流星の軌跡   作:Fiery

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やっと視点はアンダーワールドメインへと進む。


互いを指さしてトラブルを擦り付け合うのが日常

 空気に匂いを感じた。

 青々とした草の、甘い花の、爽快な樹の……現実でもそう感じた事のない、様々な匂いを。通常のフルダイブではありえない、現実に限りなく近い――…《解像度無限》とも、魂に見せる夢とも言うべき《STL》でのみダイブできる空間で、キリトは目を覚ます。

 

 目から入る情報は、ここが現実ではない事を雄弁に物語っている。少なくともキリトが現実で見た事が無い光景が広がっているのだから。淡い緑色の草叢に、所々に白や黄色の色とりどりの花が点在し、水色の光沢ある羽を持つ蝶が飛び交っている。

 草叢の先には、樹齢何十年とも知れない巨木が連なる深い森が見え、体を一回転させて周りを見れば同じような巨木の森が出迎える。どうやら森の中の小さい草原で寝入っていた状態だという事は理解したが、何故こんな所に……という事を考えて、最後にここで眠ってログアウトしたのか、と何となくの結論をだした。

 

 ストレアからの説明を受けた後、キリトは《STL》を用いて《アンダーワールド》へとダイブした。彼女によれば、今自分が居る所へ迎えに来れるのは一月ほど掛かるという。だから、ダイブしたらすぐに近くの村に向かうように指示を受けた。目印は、森の中からでも見えるであろう一等巨大な黒い樹。

 

「あれか……」

 

 目的の物が遠くに見える事を確認したキリトは、そこに向かって歩き出す。ある程度の説明は受けたが、自身はこの世界の事をよくわかっていない。異世界とも言える仮想世界の中であり、現実との常識の間でズレがあるのは当然なのだから、ひょっとすればそのズレを学ぶ為の一月かもしれないな、とキリトは考える。

 歩いてしばらくすれば、目的の場所から音が響いてくる事に気付く。立ち止まって音の回数を何度か数えれば、それはきっちり五十回を刻んだ後に約三分ほど止まり、また五十回を刻み始める。

 その音にどうしようもない懐かしさを覚えながら、キリトは歩いていく。何故懐かしさを感じるのか、その理由には見当がついていた。おそらく自分が以前に《STL》でダイブしていた時に、この刻む音を知ったのだろう。それも、長い間聞いていた可能性が高い。

 

 木々の隙間が明るくなっていき、もうすぐ出口か? とキリトが駆けだす。階段状に盛り上がった木の根をよじ登り、樹の幹の影から顔を出した彼の眼に飛び込んできたのは、途轍もないとしか形容できない光景だった。

 遠くからでも見えた黒い樹は、目算でも直径が四メートルを下回る所が無いであろう程の太さであり、見上げても先が見えない程に高い。ただ、途轍もないのはその黒い樹を支えている根のほうだ。大蛇のようにも見える太いそれが四方に網目の様に広がり、キリトの居る森の辺りで止まっている。根が伸びている範囲の中には苔以外の植物は一切存在せず、この巨樹が地力を余さず吸収してしまった結果、森の出口のように錯覚してしまうほどに開けたこの空地が出来上がったのだろう。

 

「すげぇ……」

 

 現実で見た写真や映像とは比較にならない程の圧倒的な威容に、思わず感嘆の声が漏れる。ALOの世界樹の方が圧倒的に大きいのは確かだが、それ故にファンタジーとして受け入れられた。しかしこれは違う。仮想世界だと分かっているのに、圧倒的にリアルなのだ。

 キリトはその巨樹へと近づいていく。これだけの大きさであれば、登れば辺りが一望できるだろう。村がどの方向にあるか、探すにはうってつけだ。何度か根に付いた苔に足を取られるが、しっかりと歩みを進める。

 

「……?」

 

 そんな中でふと、誰かの気配を感じで辺りに視線を巡らせれば、幹の向こうから顔を出した誰かの瞳と視線がぶつかった。不思議そうに首を傾げているその誰か……キリトと同年代のように見える少年。アッシュブラウンの髪を僅かに波打たせ、優しげな目鼻立ちで濃いグリーンのように見える瞳がキリトを見ている。

 そんな少年の顔を見て、一度だけキリトの心臓が跳ねたような気がした。いや、跳ねたのは心臓ではなく、もっと奥深い場所で何かが叫んだかのような、そんな疼き。

 

「君は誰? どこから来たの?」

 

 ほんの少しだけ……気にしなければ気にならない程度の異質なイントネーションはあるものの、完璧な日本語で問いかけられる。それ自体に衝撃は無い。この世界を作ったのは日本人であるし、加藤からもこの世界の公用語は日本語だと聞いていたからだ。

 

「俺の名前は、キリト。あっちの方から来たんだけど……」

 

 背後の森を指さして苦笑する。それを見た少年は驚いたように目を丸くして、右手に持っていた何かを傍らに置いてから立ち上がった。

 

「あっちって……森の南だけど、ザッカリアの街から来たの?」

「あー、いや、何て言うか……気が付いたら森の中に居て、何処から来たかっていうのは」

「ええっ……今まで住んでいた街か村の名前とかも?」

 

 キリトがその言葉に頷くと、少年は再度驚愕の表情を浮かべながら、まじまじと彼の顔を眺めた。

 

「驚いたなぁ……《ベクタの迷子》か。話には聞いていたけど……」

「べくたのまいご?」

「あれ? 君の故郷じゃそう言わないの? ある日突然いなくなったり、逆に森や野原に突然現れる人を僕の村じゃそう呼ぶんだよ。闇の神ベクタが悪戯で人間を攫って、生まれの記憶を引っこ抜いて凄く遠い土地に放り出すんだって」

「へぇ……」

 

 独自の宗教……仮想世界であるが故に存在する《システム・コマンド》を説明する為に使った『神』と言う概念がこの世界で進化したものに関わる概念の一端を垣間見て、キリトはまた感嘆の声を上げた。

 

「なら、そうかもしれないな……」

 

 困ったような表情を作り、内心では謝りながらキリトは少年へと言葉を投げかける。

 

「……近くに村か街は無いか? わからない場所に放り出されて、そのまま森の中で野宿っていうのも……」

「あぁ、それはそうだね。でも僕の村はこのすぐ北だけど、旅人なんて全く来ないから宿屋は無いし……事情を話せばもしかしたら、教会のシスター・アザリヤが助けてくれるかも」

「そ、そうなのか? なら、良かった……」

 

 とりあえず、村に居られればストレアが迎えに来るだろう。

 

「なら、俺はこのまま村に行ってみるよ。真っ直ぐ北……で良いのか?」

「あ、ちょっと待って。村には衛士が居るから、いきなり一人で行っても説明が大変かもしれない。僕が一緒に言って、事情を説明するよ」

「それは助かるけど……」

 

 ならば何故彼はここに居たのか、そんな疑問を込めた視線を投げかければ、少年は表情を曇らせてしまう。

 

「でも、すぐには無理かな……まだ、仕事があるから」

「仕事って?」

「あぁ、ここからじゃ見えないか」

 

 少年がちょいちょい、と手招きをして歩いていく。その後に付いてキリトも歩きながら、彼らは巨樹の周りをぐるっと回って、さっき居た場所とは反対側へ。

 そこで見た物に、キリトは何度目かの驚愕を示した。この巨樹の黒い幹に、直径の二割ほどである約一メートルの深さにまで入った切込み。内部の木質も外観と同様に黒く、密に詰まった年輪にそって金属のような光沢を放っている。

 視線を動かせば、その切込みのすぐ下に一本の斧が立てかけられていた。シンプルな形状の片刃の斧で、仲間であるエギルやオーリがたまに使う戦闘用の斧とは違う、昔の木こりが使うような物。驚きなのは、刃の部分も柄の部分も全体が、一つの同じ素材から削り出されたらしく、一体構造となっている事だった。柄の持ち手の部分にだけ黒い革が巻かれたそれを少年は手に取り、ひょいと肩に担いだ。

 

「えっと……君の仕事って言うのは……《(きこり)》?」

「そう言って良いとは思うけど……そういえば、まだ僕の名前言ってなかったね」

 

 ごめんごめん、と彼は担いだ斧をまた立てかけて、右手を差し出す。

 

「僕の名前は《ユージオ》。よろしく、キリト君」

 

 告げられた名前にまた懐かしさを感じながら、キリトは彼の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 朝。

 いつもの日課である自身の調整と称する鍛錬の為に、オーリは庭へと出た。住み込みの使用人がようやく起き出してくる時間帯で、彼らとも挨拶を交わしながら彼は剣を……いや、様々な武器を振るっている。

 剣を持ち、緩やかな剣舞のような動きから徐々にその動きは加速していく。途中、剣を地面に突き刺して流れのままに手に取ったのは槍。暴風の様に回転させ、猛烈な雨の様に突きを繰り出したかと思えば薙ぎ払い、最後は庭の端に設置された的へと投擲して、槍はそのど真ん中に突き刺さる。

 

「……凄い」

 

 それに見入っているのは、先日屋敷に泊まっていったメディナである。過去に彼と、その妹のストレアと共に領内に出た魔獣の討伐に赴いた際にも、その強さに感嘆した物だった。しかし、今の演武はその時よりも洗練されているように彼女には見える。より強く、より速く、より鋭く……彼が描く敵へと振るわれている。

 オーリの顔は笑っている。まるでそこに、自分と互角に競い合う好敵手が居るかのように、楽しそうに彼は武器を振る。そんな光景が一時間ほど続いて、額に玉のような汗を浮かべた彼はようやく、自分を見ている視線に気が付いた。

 

「何時から?」

「あ、いや……すまない。初めの方から」

 

 申し訳なさそうに言う彼女に対して、オーリは『別に構わない』と笑いかける。見られて困る物ではないから、彼女が見ている分には構わなかった。ただ、まだ肌寒い明け方に寝間着のままで見学させていたというのは、彼にとっては失点と言って良い。

 

「寒かったろう? 何か温かい物でも淹れてもらおうか」

「そこまで寒くはない。何というか、その……すごい熱の入った物だったから」

「熱、か」

 

 彼女の評価はおそらく間違っていないだろう。彼自身、その自覚はあった。自分の身体の調整の為と言って、安息日であっても武器を振るっていたが、その言い訳が少し苦しいのではないかという気がしたからだ。

 

「……夢のせい、かな」

「夢?」

「今朝、夢を見た。そのせいかもしれない」

 

 どこか懐かしむような、ここではない何処かを見るような遠くを見る眼。そんな彼の眼を見て、メディナの奥底がちくりと痛む。今ここに彼が居るはずなのに、どこかに行ってしまいそうになる。そんな想像を掻き立てられるその眼が、彼女はたまらなく嫌だった。

 

 メディナ・オルティナノスと言う少女を救ったのは、オーリ・ヴァルゼライドである。

 かつて、この世界の最高権力者から直々に欠陥品と蔑まれ、一等であったその地位も格下げされ、周りには彼女を虐げ、見下す者しかいなかった。それに抵抗を許されず、ただされるがままに虐められ、彼女の心は折れていなかったが全てを封じられた状況に諦めてもいた。

 その状況を照らし出し、焼き尽くしたのが彼ら兄妹だった。ストレアは積極的にメディナと交流を持って彼女への被害を減らし、オーリは《禁忌目録》の穴を突いていた貴族達を上回る狡猾さを持って陥れ、焼き尽くしたと形容されるほどに()()()()()()()

 生まれた時から変わらなかった世界が、二人の竜によって打ち砕かれたと知った時の彼女の混乱は筆舌に尽くしがたい。不毛の荒野だったはずの領地には緑が戻り始め、表立って彼女を虐げる貴族は居なくなり、多少とは言え友人も出来た。代わりに当主としての仕事が増えたが、それもオーリが手配した代官に習いながら何とかこなせるようになった。

 しばらくは忙しく兄妹との交流は絶えていたが、それも落ち着いた頃に『礼がしたい』と彼女がオーリの屋敷を訪れた事で改めて交流が再開し、今に至っている。

 

 メディナ・オルティナノスの世界を照らすのは、太陽神ソルスではない。太陽竜と呼ばれる、この目の前の少年だ。彼が居なくなってしまえば、自分の世界はまた闇に閉ざされてしまうと彼女は信じて疑わない。例えば彼がこの世界を離れ、創造神ステイシアの御許に召される時が来れば、迷わず後を追う事を考えるくらいには本気でそう信じている。

 

「オーリは」

「ん?」

「オーリは、何処にも行かないでしょ?」

「それはわからないよ。メディナ」

 

 優し気な微笑みから真剣な目付きとなって、オーリは彼女を見た。

 

「僕は貴族だ。何かあれば領民を、果ては人界を守るべく戦いに出ないといけない。その為に命を賭けなければならない。だから、何処にも行かないという約束はできない」

 

 言葉に宿っているのは、強烈な決意だ。一等爵家に生れ落ち、先代当主すら廃して君臨する少年当主の、揺るがぬ思い。その矜持はまさに太陽の様に、見る者にとって眩しい物だった。

 

「だったら、あんまりやらかし過ぎないように。私の時は、仕事増えすぎたでしょ?」

「あんなに関わってる者が多いとは思っても見なかったんだ……」

 

 先ほどまでの雰囲気を霧散させた二人が苦笑いを浮かべた。あの時の忙しさは、しばらくは遠慮したいレベルの物だったと記憶しているからである。腐っていたとオーリが形容するレベルの存在ではあったが、それでも行政的な仕事はちゃんとしていたのだ。それ以外が腐っていただけで。だからこそしわ寄せが発生した時は大変だった。備えていた規模以上にキレイキレイになってしまったからであるが、そこはもう自業自得なのでオーリが余計に仕事をする羽目になったわけである。

 

 そんな思い出の苦労話をした後で、オーリはメディナと別れて自室へと戻っていく。その身の中には未だに発散しきれなかった熱があった。

 

「――…《アインクラッド》、《紅玉宮》、《ヒースクリフ》、《オーリ》、《アスナ》」

 

 熱に浮かされるままに、夢に出てきたその光景の中にあった名を紡ぎ出す。《アインクラッド》という城の中にある《紅玉宮》と言う場所で戦っていた。立ちはだかるのは自身を魔王と称した《ヒースクリフ》という、赤い装いに剣と大きな盾を携えた男。

 それに立ち向かうのは三人。《オーリ》とだけ呼ばれていた自分と、《アスナ》と呼ばれていた白を基調とした装いに栗色の長髪の少女。そして

 

「《キリト》」

 

 最後に呟いたのは、夢に出た戦いの光景で二刀を振るっていた、黒の剣士の名前。

 あの黒の剣士と戦いたい。そうすれば、ずっと自分を苛んでいるこの虚ろを、埋めてくれると思った。

 

 

 

 

 

 

 ストレアが来るまでの間、キリトはユージオが住む《ルーリッドの村》に滞在する事を決めた。そもそも行く宛がそれしかない上に、彼にこの世界の基本的な知識は一切ない。ストレアを探して何処にあるかもわからない所に行く事は不可能だ。

 彼女は『迎えに行く』と言っていたので待ってればいい……ただ、それまでの間何もしないという選択肢は存在しない。お世話になる教会での仕事に、最初に出会ったユージオの仕事……《天職》という、一人一人に定められた物の手伝いをこなしながら、まず基本的な知識を収集する事にした。

 

 そうと決めて特に何事も無く過ごす……という事は、残念ながらキリトの星の下では行かない。オーリに以前『お前、トラブルに好かれてるの? そういう運命なの?』と言われ、『鏡見ろ』と言い返した事を唐突に思い出し、事が全部終わったら改めて奴を殴ろうとキリトは決意を固めた。とびきりのトラブルに巻き込まれた奴にだけは絶対言われたくない。

 

 彼が今回巻き込まれた……いや、一因となっている物は、彼が世話になった教会に居る一人のシスター見習いの少女、《セルカ・ツーベルク》が朝から姿を見せなかった事に端を発した。

 ユージオと出会った日に聞いた、彼の幼馴染である《アリス》という少女の事。この世界での六年前に禁忌を犯したとして《整合騎士》と言う存在に連れ去られた彼女はセルカの姉であり、かつて彼女も教会でシスター見習いとして過ごしていたという。彼はアリスとの思い出話を色々と語ってくれた。時に嬉しそうに、時に悲しそうに。

 そして、その時に聞いたアリスが犯した禁忌の事を、セルカに話した。村から川を遡った所にある、果ての山脈という険しい山々を抜ける洞窟の中にある闇の領域との境界を越えて、その土に触れてしまった事を。

 

「今は考えてる暇はないな」

 

 眼前を通り過ぎる、粗雑な造りだが確かな威力を感じさせる蛮刀の切っ先を躱しながら、キリトはそれを持つ相手の手を蹴り上げた。相手の肌はくすんだ灰緑色で、まばらに剛毛が生えているが、頭部は禿げあがり、尖っている耳の周囲にだけ長く針金のような髪が密集している。眉毛は無く、突き出た額の下には不釣り合いなほどに大きい眼球があり、濁った黄色い光を放っていた。

 そんな相手の姿は、キリトが慣れ親しんだRPG(ゲーム)に、ほぼ必ずと言っていいほど登場する《ゴブリン》に酷似……いや、そのものであった。だからこそ、お約束的には低級である事が多いモンスターを目にしてキリトは一瞬だけ気を抜いたが、それをすぐさま改めた。

 この世界は仮想世界(ゲーム)であっても、遊びでは断じて無い。僅か二日程度の時間であるが、キリトはこの世界をきっちり認識して過ごした結果そう強く感じていた。ユージオを始めとして、村で出会った人々は皆()()()()()。楽しければ笑い、悲しければ泣き、見えない何かに縛られながらも懸命に生きている。

 

 だからこそ、彼はユージオと共にセルカを追ってここまで来た。案の定、彼女は洞窟に居て……運の悪い事に、そこには闇の領域の住人と言われる存在が居たのだ。

 

 蹴り上げられたゴブリンの手から蛮刀が放されて、キリトはその柄を空中で掴み取る。曲芸のような動きだが、相手の武器すら利用できるならしてしまう男の影響で剣系統ならこの程度の事はキリトも出来る。握りしめたそれの重さを感じながら横に一閃すれば、ゴブリンの腕の肘から先が斬れて飛んで、鮮血が舞う。

 その光景に、キリトは目を見開いた。斬れば血が出るのは、現実では当たり前だ。しかしここは仮想世界――…という思考をしようとして、キリトはそれを止めた。()()()()()()()。今、自分自身が手の届く範囲で守らないといけない命がそこにある。だからこそ、その剣は止まらない。返した刃が目の前のゴブリンの首を断ち、その生命活動を停止させる。

 

 殺さなければ、殺される。《アンダーワールド》という限りなく現実に近い、魂が見る夢と言って良い世界は、《ザ・シード》を作った男の夢を限りなく現実に近づけた物だと言って良いかもしれない。斬れば血も出る。HPが……この世界では《天命》と言われるそれが全て無くなれば死ぬ。自分が、恋人が、親友が、仲間達がかつて囚われたあの世界の先にある世界。

 

(だから、俺もこの世界に導かれたのか?)

 

 考えても答えなど得られる筈もない思考は、すぐに打ち消す。相手は一人殺された事で、完全に警戒をキリトへと向けていた。ゴブリンの数は、さっき殺した相手も含めて三十体。ALOでのゴブリン相手なら片手間で対処できる数でしかないが、ここでは違う。絶望的な戦力差と言ってもいいかもしれない。だからと言って退く選択肢は存在しない。せめて、共に来たユージオがセルカを助けるまでは時間を稼ぐ必要があった。

 

「あの《イウム》を殺せェッ!」

 

 ゴブリン達の中でも一際大きな体躯のゴブリンが吼える。命令をしている事から、この群れのリーダーであることは間違いではなさそうだと当たりを付ける。奪った蛮刀と、拾い上げた無骨な直剣の二刀を構え、命じられて自分に襲い掛かってくるゴブリンへとキリトは駆け出す。駆けながら、ゴブリンに向かって剣を振る。自分に向かって振るわれる武器を弾き飛ばし、隙を見せた無防備な所を断ち切る。

 

「キリト!」

 

 名前を呼ぶ声が聞こえ、視線をそちらに向けながら二刀を振り回して牽制する。視線の先ではユージオがセルカを背負って、左手には明かり代わりに彼が《神聖術》を使って先端に光を灯したネコジャラシが握られている。

 

「早く行け!」

「でも!」

「後で追いつくから!」

「ッ……セルカを入口まで送ったら、迎えに来るよ!」

 

 言うと同時に、ユージオが走り出す。それでいい。とキリトは満足そうに頷いて、彼を追おうとするゴブリンへ背後から襲い掛かる。直後、何かの圧が自分に迫ると感じて身を屈めれば、一瞬前まで自分の顔があった場所を巨大な刃が通り過ぎて行った。

 

「《イウム》のガキがァッ! 調子に乗ってんじゃねぇぞォッ!」

 

 リーダー格であろうゴブリンが、その黄色の目に憎悪を宿らせてキリトへと襲い掛かる。憎悪の感情自体はキリトも向けられた事はある。しかしそれはゲームの話……最近ではまだ記憶に新しい《死銃》事件以来だ。元より、キリトは一般的な日本人男子高校生であるためにそんな機会に巡り合う方がおかしいと言えるが……それでも、経験はある。

 

「調子になんて乗れるかよ」

 

 心の奥底から、不愉快さを出した眼でゴブリンを見る。キリトだけならば、この場で死んだとしても現実に戻るだけだろう。でも、ユージオはどうなる? セルカは?

 

 答えは、現実でキリトが死んだ時と同じ結末。完全な死だ。

 そんな()()()()を背負っているのに、調子に乗るなんて言うゆとりはキリトに存在しない。SAOでの最後の戦いで、自分達を庇っていた親友はこんな重い物を感じていたのかもしれないと、今更ながらまた一つ理解した。

 そして、戦う為に思考を、生き残るために反射を回す。目の前の敵を殺し、生還と言う勝利を得る為により深みへと。

 

 ゴブリンが咆哮と共に再び蛮刀を振り回す。キリトが手下から奪った物よりも巨大なそれは、直撃すれば一撃でキリトの命など容易く奪い去る代物だ。掠っただけでも、今まで感じた事のない痛みを伴うだろう――…《STL》に《ペインアブソーバー》なんて物は搭載されていないのだから。

 その事実は確かに恐怖だ。考えるだけでも恐ろしい()()だ。でも、それは今踏み越えなければいけない。生き残らせなければならない命を背負っているのだから。

 

「それに――」

 

 この世界で十数年生きてきたであろう親友は、戦いを経験してきたとストレアは言っていた。相手はわからないが、この世界に生きる命達と同じように……そして、誰かの為に剣を取ったという。親友(バカ)がそうするというならば、並び立つ自分がしない理由は無い。

 

 いくつもの剣戟を刻み、何度もゴブリンの蛮刀の切っ先が自分の肉体を刻むのをキリトは感じている。傷口自体が熱を発しているような痛みを、しかし彼は踏み越えていく。ゴブリンが持っているのが《憎悪》であるのなら、彼の内から湧き出る物は《勇気》。SAOでも、ALOでも、GGOでも、出会った誰かが彼に示してきた意志の源泉。

 

「あいつに借りを返すのに、ここで足踏みしてられないッ!」

 

 踏み込みと同時、キリトが持つ直剣に光が灯る。キリトとしては慣れ親しんだ、ここではない別の世界の必殺の技。ソードスキルの光。キリトの身体が不可視の力によって加速する。右下から斬り上げる一撃目、左から右へと薙ぎ払う二撃目、そして右上から鋭く切り下ろす三撃目が、リーダーゴブリンの防御しようとした左腕を斬り飛ばす。

 

 勝った、と思うと共に、キリトはソードスキルと言う現象が発生した事に驚愕を示した。今発動したのは三連撃ソードスキル《シャープネイル》……先日も親友相手に放ったソードスキルだ。

 

(そうか、《ザ・シード》が使われているから……!)

 

 しかし、この世界はゲームではない。遅延時間(ディレイ)があるのかも、仰け反り(ノックバック)があるのかさえ不明だ。キリトがその考えに至るまでの時間は瞬き一度分程度の物だったが……憎悪に突き動かされたゴブリンは、その間に動いていた。

 

「しまっ」

「《ディスチャージ》!」

 

 ゴブリンの蛮刀がキリトへと振り下ろされる直前、五本の赤い光の矢が飛来。キリトの傍を通り抜けてリーダーゴブリンの身体に突き刺さり、その体を大きく後ろへと吹き飛ばす。

 

「ゲームじゃないんだから、一瞬と言えどシステムを考察するのはよろしくないよ」

 

 次に掛けられた声に、キリトは勢いよく振り向く。そこには、合流するのに一月は掛かると言っていた張本人が立っている。彼女は左手を前に突き出し、右手には光を灯した見覚えのあるネコジャラシを持っていた。

 

「スト、レア……?」

「説明も挨拶も後。まずは……」

「キリト! 無事かい!?」

 

 彼女の横から、逃げたはずのユージオが駆け寄ってくる。よくよく見れば、ストレアの後ろにはセルカまで居た。

 

「何で二人が!?」

「そこで会ったら付いてくるって言うからね。とりあえず剣が振れるなら手伝って。全部片づけるよ!」

 

 ストレアは背負っていた大剣を構えて、茶目っ気たっぷりにキリトに笑いかけた。

 

 

 

 




おり主「好かれてんのはお前なんだよなぁ」
きりと「お前が一番の原因なんだよなぁ」

あすな「どっちもどっちだよね」
しのん「どっちもどっちよ」
らん「原因は兄さんですけど」
りーふぁ「飛び込んだのはお兄ちゃんなんだよね」
ゆうき「今回の件に関してはお兄ちゃんが悪い。でも色々とキリトさんにも罪状があると見たね!」

五人「つまりどっちもギルティ」
二人「馬鹿なっ!?」


すとれあ「颯爽と登場したアタシに言う事は何もないの?」
ゆい「ストレア! 頑張りましたね!」
すとれあ「あ、優しさが痛いってこういう事かぁ……」
ゆい「失礼ですね!?」
ゆーじお「それを言うなら僕は初出なんですけど……」
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