流星の軌跡   作:Fiery

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気を付けろ、上から来るぞッ!

 

 予想外だったストレアの参戦によって、瞬く間にゴブリン三十体は討伐される事になる。

 この世界での戦いに慣れていなかったキリトやユージオ。そもそも戦闘に不向きなセルカに対し、彼女は既に何度も魔獣討伐や領内や国内に現れた闇の住人すらも相手にした手練れだ。それにこの世界の人間には知る由もないが、AIの特性も持つが故に神聖術の行使の正確さにおいては他の追随を許さない。

 ゴブリン三十体の大半をその大剣と神聖術によって撃破し、キリト達が何とか数体を撃破した頃には、全てのゴブリンを撃破していた。

 

「とりあえず村に案内して。村長も呼んで説明する事があるから」

 

 撃破した後で、ストレアはそう切り出した。有無も言わさぬ口調だったが、ゴブリンがここに居たという事がそれだけ深刻な事態であるという事を三人に理解させるには十分な威があったらしい。多少だが負傷したキリトとユージオはセルカの神聖術で治療が施され、すぐさま四人は村へと向かった。

 村に戻った時には日が暮れており、広場では大人達が集まって捜索隊を出すかどうかを協議していて、そこに四人が顔を出せば集まっていた大人達全員が安堵の声を漏らす。続いて村長とシスターが叱責の為に口を開こうとした時に、それに待ったをかけたのはストレアだった。

 

「一等爵家、ヴァルゼライド家の当主オーリ・ヴァルゼライドの妹、ストレア・ヴァルゼライドです」

 

 そう言って、ストレアは大剣の鍔元にある紋章を見せた。狼の頭部と二本の剣を象ったそれを見た大人達の反応は劇的であり、村長達……これはキリトとストレアを除くその場の全員と言った方がいいかもしれない……は思わず平伏しようとしたが、それをストレアが止める。次に持っていたゴブリンリーダーの首を見せ、洞窟であった事を説明。そのまま村の防衛をどうするかと言う話に移った為、キリトとユージオ、セルカの三人はそのまま家へと戻っていく。

 

(なぁ、一等爵家って、なんだ?)

(それ本当に言ってるのかいキリト!? 本当ならこの村に来るような事のない凄い人だよ!? その中でもヴァルゼライド家と言ったら、僕でも聞いた事があるほどの大貴族だ!)

(被害があっても動くのが遅い貴族が多い中で、率先して魔獣を退治したり平民や遠い村にも慰安や色々と聞きに来てくれる偉い人よ! 失礼なんかしたらキリト、村の皆に怒られるだけじゃ済まないのよ!?)

 

 小声で話しながら恐ろしい剣幕を見せた二人に、キリトは謝るしかなかった。この世界でのストレアはそういう事なのだろうと納得はしたが、彼にとってはALOで接した時間の方が長い為に態度を改めるという事は難しい。ただ、なるようになると考えてキリトはベッドに倒れ込み、泥の様に眠った。

 翌日の仕事については、疲れているだろうという事でユージオやセルカも免除になり、何故かストレアが教会に来て子供達と遊んでいた。起きてきたセルカがそれを見て腰を抜かすというひと悶着もあったが、ストレアに逆に介抱されてその際に色々と話をすればあっと言う間に打ち解けている様子だったのは、微笑ましい光景だったとキリトは思う。

 

「……え、えーっと、ストレア様。何で僕達の仕事場に……?」

 

 その翌日、すっかりと回復したユージオとキリトは巨樹《ギガスシダー》を伐る為にいつものようにそこへと向かい、交互に斧を振るっていた。昼前になり、休憩をしようと二人が木の根に腰を下ろしたタイミングで、大き目の籐かごを持ったストレアが現れたのだ。

 

「聞きたい事があるっていうのと、ついでにお昼ご飯作って来たよー。なんか硬そうなパン買っていくのが見えたから」

「「えっ?」」

 

 男二人の顔は驚愕に染まっていた。キリトの驚愕は『作れるの?』で、ユージオは『貴族様に作らせてしまった』だが。そんな二人の表情を見て、ストレアがジトーッとした視線を向ければ慌てて礼を言う。

 

「ま、どんなイメージを持たれていたかは大体わかるけど、アタシは別に下手くそじゃないって。兄貴には厳しく指摘されたし、野営での食事は士気に直結するし」

「兄貴?」

()()()

 

 ストレアの言葉に、一瞬だけキリトは呼吸を忘れた。だが、すぐに平静を取り戻して一度だけ息を深く吐く。だが、視線でどういう事だと問うのは忘れない。ただ、ここで話す気のないストレアはそれを無視する。

 

「なら、安心ですね」

「まぁ焼いてパンに挟んでってくらいだけどね。早く食べちゃって、《天命》は待ってくれないから」

 

 籐かごの中身は、スライスした黒パンに焼いた肉とチーズを挟んだものだったり、豆や様々な野菜と塩漬け肉を煮込んだものが入った陶器の器とスプーンだったり、絞ってもらったミルクの入った壺だったり。ユージオにとっては久しぶりの、仕事場で食べる温かい昼食である。

 

「い、いいんですか? こんなに用意してもらって」

「良いよ。君は《勇気》を示した。《天職》だからとかの言い訳じゃなく、自分にとって大切な人の為に。これはアタシからのささやかなお礼でもあるから」

「僕は……」

「貰っておけよユージオ。この場合、断る方が失礼だろ」

 

 そう言いながらキリトが手を伸ばすので、流石にそれはストレアが軽く叩いた。キリトが勇気を出したのも事実ではあるが、そもそもキリトとユージオは生い立ちが違うし、他にも違う点が多々ある。それに、誰かの為に今まで破る事の無かった《村の掟》をユージオは破った。キリトと言う要因があったとは言え、彼は自分の意思で、セルカを助けたいと願った。それはこの世界においては稀な事だ。

 

「では、頂きます……」

「はい、召し上がれ。キリトもいいよー」

「やっとか。美味そうな匂いに我慢はきついよ」

 

 少年二人がパンに齧り付けば、温かさと共に肉の旨味とチーズの香ばしさが口に広がり、スプーンで豆と野菜と肉の煮込みを掬えば、ほろほろと崩れていく具材がそれぞれの旨さをダイレクトに伝えてくる。

 

「美味しい……」

「ん、良かった」

「ホントに(もぐもぐ)美味いな(がつがつ)これホントに(ごくごく)ストレアが?」

「アタシが作ったけど、食べるか話すかどっちかにしよう?」

 

 ストレアが呆れた目でキリトを見るが、彼は意に介さずそのまま食事を続けている。その様子にユージオは苦笑して、ストレアは大きな溜息を吐いた。

 

「それで、ユージオ君。君の《天職》は《刻み手》……この木を伐り倒す事を使命としたもので合ってる?」

「え? あ、はい。そうです」

「伐り倒すアテはあるのかな?」

()()()

 

 ストレアの問いに答えたのはキリトだ。残りのサンドイッチを口の中に押し込んで、立てかけていた革袋へと手を伸ばす。ストレアは疑問符を浮かべるが、ユージオは驚いたように目を見開く。

 革袋から取り出されたのは、一振りの長剣。白銀のような光沢を持ち、柄には精緻な細工が施され、握りにはキッチリと白い革が巻かれている。ナックルガードは植物の葉と蔓の意匠で、柄の上部を見れば煌めく青い宝玉に薔薇の花の象眼が施してあった。

 その剣……ユージオが《青薔薇の剣》と呼ぶそれをストレアは数秒眺め、うん、と一つ頷いた。

 

「使えるの?」

「三日前よりマシなはずだ」

「ってキリト!? その剣が持てるのかい!?」

「斧が軽くなってたから、もしかしたらって思ってたんだ」

 

 そう語り、キリトが剣を鞘から抜き放つ。シャリィーン、という背筋が震えるような音を響かせ現れた刀身は、まるで研ぎ澄まされた氷のような透明感であり、複雑に光を閉じ込めてその青色を映し出している。

 その剣は、ユージオが一昨年の夏に、村から北にある洞窟にあったそれを持ってきた物。その時はロクに持てないそれを三カ月ほどかかって持ってきたという。三日前に彼がキリトに見せた時も同様で、キリトもその重さに振るうだけでダメージが入るほどだった。そんな剣を今、キリトは軽々とまでは言わないにしても、扱えている。こっそり自身の《ステイシアの窓》を確認したストレアはその理由に思い至った。例のゴブリン集団との戦闘で、自分達のシステム的な権限レベル(オーソリティ)が上がったのだろう。これは他生物を害する機会があった時に見られる現象……要は《レベルアップ》だ。

 権限レベル……《オブジェクト()コントロール()オーソリティ()》と《システム()コントロール()オーソリティ()》の二種類があるそれは、それぞれ《武具装備レベル》と《神聖術使用レベル》と言うべきものだ。ストレアの現在の《OCA》は61、《SCA》は65である。ゴブリンの討伐前より、どちらも一つ程数字が上がっているのだから、キリトらの数字は推して知るべしだ。

 

「その剣はうちの《群狼剣》と同じくらいの物だね。良い剣だから大事にしなよ」

「ぐんろうけん?」

「あぁ、この子だよ。ヴァルゼライド家の家宝」

 

 ストレアが背負っている灰色の大剣を指さす。『家宝』という言葉にユージオは戦慄するが、ストレアはあははと笑って大丈夫と告げた。

 

「それで、キリト。その剣で伐るの?」

「これならいけるはずだ」

 

 キリトはギガスシダーの幹と向かい合い、腰を落とす。右足を引いて半身になり、その回転に連動して右手に握った剣を真横から後ろへと。一瞬の溜めを入れると同時に、刀身に光が灯る。その構えをストレアは知っている。片手剣単発ソードスキル《ホリゾンタル》と呼ばれる物のファーストモーションだ。

 刃が大地と水平に走り、その速さと鋭さは稲妻の如く。狙いは樹にある切れ込みの一点で、そこに寸分違わず命中したそれは痛烈な衝撃音を轟かせた。その衝撃はギガスシダーの巨体を大きく震わせ、周囲の梢でさえずっていた小鳥を一斉に飛び立たせた。

 

「い、今のは……」

「《剣術》。彼は剣士だよ、ユージオ君」

「す、ストレア様は、キリトの事を知っているんですか?」

()()()? でも剣術の事は知ってるし、二刀を振るえるなんて剣士でも一握り。逆に言えば、剣士以外にそんな人は殆ど居ないからね。消去法でそうだと思っただけ」

 

 尤もらしいストレアの嘘の説明にユージオは納得したのか、意を決した表情でキリトへと向かっていく。そんな彼らのやり取りを見ながら、ストレアの口元が微かに吊り上がって笑みを形作った。彼は思わぬ拾い物だと、彼女は思う。基本的にこの世界の住人は善良で従順である事に間違いはない。中には貴族連中の様に狡猾なのもいるが、上位命令に逆らえない性質は変わらない。ストレアの様なイレギュラーでもない限りは、その性質は共通している。貴族の狡猾さについてはおそらく、初期に影響を及ぼした人間の中にそう言う精神性……他者を簡単に見下し、蹴落とすような人間が居たからだろう。『同じスペックを持つ存在が戦えば、より悪意が強い方が勝つ』とは何で読んだんだったかと考えて、視線の先でユージオが剣を持つのが見えた。

 

「……格好いいね。男の子」

 

 それはまるで、自らを縛る鎖を斬り裂き、世界に羽ばたかんとする剣士の誕生の場面のように思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「そう言えばストレア」

「んー?」

「ここに来るのに一月は掛かるって言ってなかったか?」

「あー……」

 

 ストレアが村に来て七日目。

 ユージオがギガスシダーに向かって剣を振るうのを、二人は並んで座りながら見ている。そんな折にキリトが振ってきた話題は、彼女にも覚えがある。

 

「呼ばれたんだよね。だから最初に、ここに来ることにした。本当なら街道沿いを見て回るついでに迎えに来るつもりだったから」

「呼ばれた? 誰に?」

「名前は知らない。『ここにキリトとユージオが居る。助けて』って呼ばれたから。年の頃はそうだね……十か十一。金色の長い髪に深い青色の眼の女の子だったよ。その幻影は」

 

 その特徴を聞いて、キリトの視界にある光景が映し出された。

 三人の幼い子供が、ギガスシダーの根元に座っている。一人はアッシュブラウンの髪の少年。一人は金色の長い髪の少女。そして一人は黒い髪の少年……その姿は、幼い頃のキリトそのものだった。

 何故、と疑問に思う前に、金色の髪の少女が『その光景を見ている』キリトを見る。

 

『キリト、ユージオ……待っているわ。いつまでも。セントラル・カセドラルのてっぺんで……あなたたちをずっと、待ってるから』

 

 キリトの胸の内に、泣きたくなるほどの懐かしさを齎した声。その声を発したであろう少女は儚げに微笑んで、その体はまるで夢の様に抜けるほど青い空へと溶けていく。それに、思わずキリトは手を伸ばした。

 

「キリト?」

 

 声を掛けられた事で、キリトの意識は手を伸ばした先を見る。そこに居るのは剣を振り終えたユージオであり、そこで初めてキリトはさっき見た光景が自分だけに見えていた物だと知る。

 

「あ、いや……何でもない」

「そう? なら良いんだけど……」

 

 そう言いながらも、ユージオは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

 

「泣いているよ? キリト」

「え――」

 

 キリトが自分の頬に触れると、止め処なく涙があふれてくる事に気付く。次に感じたのは、胸の内にある悲しみの感情だ。何故悲しいのか、何故泣いているのか、キリトには全くわからない。()()()()()()()()()()()()()()事に疑問すら覚えているのに、これが自然なのだと納得している自分もいる。

 

「な、何でもない。何でもないよユージオ」

「本当に? やっぱりまだ傷が……」

「気の済むまで泣いた方がいい時もあるよ、ユージオ君。それに、そろそろじゃないかな?」

「あ、はい。じゃなくて……うん、そうです……だね」

「あー、やっぱりこっちは慣れないかぁ。剣はどんどん上手くなるのにねぇ」

 

 揶揄い交じりの笑みで、ストレアがユージオを見た。それに照れたようにも、困ったようにも見える笑顔でユージオは『たはは』と笑う。ストレアがユージオに課しているのは、彼女に対しての堅苦しい敬語を止める事だ。別にゆっくりで構わないが、三人で……いや、セルカも含めれば四人か、その中の誰かしかいない場であれば敬語は無しと決めていた。

 提案をした理由は、ストレアがユージオの夢を聞いた時。『剣士になりたい』という彼の夢を聞いた時に、ストレアは自身の家であるヴァルゼライド家に誘ったのだ。貴族の護衛という事であれば、天職としては《衛士》やそれに準ずる物になる。ならば剣術を学ぶ事も、何ならストレアが持つ権力で《ノーランガルス帝立修剣学院》に通わせる事も不可能ではない。

 この話はキリトにも適用され……というか、元々はキリト用に用意したカバーストーリーであり、ユージオの方が予定外ではあったのだが、この予定外は歓迎すべきだとストレアは考える。キリトとは違う刺激が、自身の兄にどんな影響を及ぼすのかも確認しなければいけないのだから。

 

 そんな裏事情は含めず、ユージオにその話をした所、食いつきは大変良かったので帰る際に共に連れていく事を約束したのが、未だに彼女が村に居る理由である。現状はここを拠点に、本来の仕事である街道沿いの確認をしていた。

 

「君の《刻み手》としての最後の一振りになるよ。心してね」

「――…うん」

 

 力強く頷く彼に、ストレアもまた頷きを返す。幹の前に立ち、ユージオは少し前なら考えられない程に深く刻まれた切込みを見て、自分の過去に思いを馳せた。

 

(やっと、君を探しに行けるよ。アリス)

 

 かつて罪を犯したとして、整合騎士によって連れ去られた幼馴染。彼女の笑顔を脳裏に思い浮かべながら、ユージオは剣を構える。《青薔薇の剣》を使って、ひたすらに練習し続けた技。もう既に骨身に染みついたそれは完璧に発動し、寸分違わず打ち込み続けた切込みへと突き刺さる。

 

『うん、待ってるよ。ユージオ』

 

 懐かしい、あの日以来聞く事の出来なくなった声が、ユージオの耳に響く。脳裏によみがえる記憶――…その中に居るのは、自分を含めた幼馴染()()の姿。ユージオと、アリスと、そして――

 

「キリ、ト……?」

 

 そこに居た彼の姿に思わずユージオが振り向いた瞬間、巨樹が不気味な軋み声を上げた。その音に三人は顔を見合わせ、次にギガスシダーの幹から上へと視線を向けて。

 

「さ、左右に走れー!」

 

 自分達の方に倒れてくるその巨樹から、三人は一目散に離れる事を選択した。途方も無く巨大な樹が倒れる衝撃はすさまじく、近くに居た三人は衝撃で空高く放り上げられ、受け身の取れなかったキリトとユージオは尻から地面に着地して、五十ほど天命を減らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「この村、賑やか過ぎない?」

「俺、この村にこんなに人が居るの初めて知ったぞ」

「あはは……実は僕もなんだよね。年末の大聖節のお祈りよりも多いよ、絶対」

「あのお祈り、長いんだよね……うちは家格が上だから、最初から最後まで拘束されてさ」

「え……あれって夜まで……」

「これから年末はアタシの護衛だから、二人共地獄にようこそ!」

「どうしようキリト。僕、今から断りたくなってきたよ」

「逃がさん。お前達だけは……!」

「俺はすっかり互いに慣れた二人にびっくりだよ」

 

 真顔で述べるキリトに、ユージオは曖昧に笑った。ギガスシダーが倒れた際に尻もちをついたという格好悪い所をストレアに見られたので開き直ったとは言えない。そのストレアは、二人とはこの世界で踏んだ場数が違うので、受け身をきっちりとっていた。その事実も相まって、ユージオの中でどうやらストレアに対する扱いを変える事にしたらしい。

 そんな三人がいるルーリッド村の中央広場では、赤々とした篝火が幾つも焚かれ、集まった村人達の顔を明るく照らしている。広場の真ん中にある噴水の傍らでは、即興の楽団が陽気な音楽を奏で、それに合わせて踊る人々の靴音や手拍子、そして笑い声が聞こえてくる。

 喧騒から少し離れたテーブルに三人は座っていて、それぞれの手には林檎酒のジョッキが握られていた。

 

 ギガスシダーが伐り倒された事は、ユージオ達が知らせるまでも無く村に知れ渡っていた。巨樹が倒れた際の衝撃はすさまじく、破壊音に至っては今居る中央広場を超え、ルーリッド村北口にある衛士詰め所にまで響いたという。そのせいで帰るや否や、ストレアはこの村での七日ぶり二度目の緊急会議へと、ユージオを連れて消えていった。世界観としては村長よりも遥かに偉い貴族様が居るのだから仕方ないと言えば仕方ない。まぁ今回は主犯……と言う言い方は適当ではないが、メインはユージオだ。

 ギガスシダーを伐り倒す事を天職とした《巨樹の刻み手》である彼の処遇についてが、この緊急会議の議題でもあったから。キリトの処遇については『あ、迷子はこっちで引き取るね』『どうぞどうぞ』と二秒で終わったらしい。それを聞いたキリトは『俺の処遇軽い……軽すぎない?』と呟いたらしいが、《ベクタの迷子》なんてそんなものである。

 

 そしてユージオの処遇だが、最初は『お役目を九百年も早く終わらせたことを罰するべきだ』なんて意見もあった。その意見は『お役目を早く終わらせたら罰する、何て規則はこの世界の何処にもないけど、何を根拠に言っているのか教えてくれない?』とストレアが威圧して一瞬で制圧した。

 それから、《村の掟》により次の天職を選ぶ権利を得た彼は、剣士として生きる為に村を出る事を告げた。これに噛みついたのは、村で以前衛士長をしていたドイクという男だった。言い分としては『衛士長である息子を差し置いて』という事だったが、ここでもストレアが『あぁ、彼もアタシが央都に連れて行くからねー』と言えば村長も……と言うか、事前に言われていたユージオと発案者のストレア以外の会議に出ていた全員が驚きを示していた。理由としては『ちょうど学院に行くのに、同年代の護衛が欲しかった。彼なら人柄も問題無いし今は天職も無いから連れて行くのにうってつけ。それにもう一人のキリトは兄に付けるし』という事。

 

 ここで実力は大丈夫なのかと言う話が出て、それならと出席者の中で彼女ら二人を除き、一番の実力を持つはずの前衛士長のドイクに、ストレアは自身が持つ《群狼剣》を持ってみるように告げた。軽々と少女が灰色の大剣をテーブルの上に置いて、ドイクは恐る恐る持ってみるが持ち上げる事は叶わなかった。その次にユージオに持つように言えば、彼は《青薔薇の剣》との重心の違いなどに戸惑っていたがキッチリと持ち上げて素振りすらして見せた。その光景を見せた後で『何か反論は?』とストレアが出席者の顔を見渡せば、誰も反論しなかったという。

 《群狼剣》の優先度(プライオリティ)……所謂《装備可能レベル》は、《青薔薇の剣》と同程度ある。ならば、《青薔薇の剣》を扱えるユージオにも当然扱えて、逆にドイクは武器を扱う為の《OCA》が彼よりも低い事をストレアは理解して、あえて自分の持っている剣を使ったのだ。

 

「で、ギガスシダーの伐採祝いとユージオとキリトの門出のお祭りだけど、主役の二人は楽しまないの?」

 

 林檎酒をちびちびと飲みながら、ユージオとついでにキリトに視線を送る。どうでもいいがストレアは下戸のようで、一番酒精が弱い物でもジョッキ一杯はきついらしい。めでたい席なのであえて何も言わないし、彼女に酒を勧めてくる猛者もこの村には居ないので、今のところ問題は無い。

 

「僕はダンスが苦手で……」

「俺も……踊れるかなぁ?」

「やらないと踊れないよ? っておーい、セルカー」

「あ、ストレア様! ってユージオとキリトは何でここに?」

 

 ストレアが普段と違う装い……シスター見習いなので黒い修道服を普段着ているが、今は赤いベストと草色のスカートを身に着けているセルカに声を掛けた。駆けてきた彼女はストレアと同じテーブルに居る彼らを見て疑問符を浮かべる。

 

「まぁちょっとね。で、ユージオ踊り苦手なんだって。だからセルカ、ユージオと踊ってあげてくれない?」

「えぇっ!?」

「何でユージオが驚くの!? あたしと踊るの嫌なの?」

「あ、いや、そんな事ないよセルカ!?」

 

 拗ねるセルカを宥めるユージオ。突然始まったラブコメ時空にキリトは勿論、ストレアも悪い笑みを浮かべている。セルカは多分、ユージオの事が好きなのだろうと、二人は考えている。本当なら村を出て行ってほしくないし、姉であるアリスの事は忘れられなくても、自分を見て欲しいと思っているはずだ。しかしそれ以上に、ユージオの決めた事を尊重して、応援するという出来た少女だ。

 そんなセルカも、あのゴブリン討伐からレベルアップしたらしく、神聖術の行使が容易くなったらしい。シスター・アザリヤも驚いていたが、セルカもこれからはこの村のシスターとして本格的に学んでいく事になるだろう。ならばこれが一時の別れの前の最後の交流になるのだから、二人には存分に楽しんでほしいものだとストレアは思う。

 

「アタシとキリトはちょっとここで今後の話をしとくねー。だからセルカはユージオを連れて踊っていいよ」

「はい、有難うございます!」

「え、ちょ、それ僕も」

「明日になったら話してやるから、今は行った行った」

 

 セルカに引っ張られて、踊りの輪の中に入るユージオの姿を見届けて、ストレアとキリトは互いに向き合った。

 

「……オーリの奴は、どんな感じなんだ?」

「とりあえず普通に過ごしてるよ。今は貴族の当主様だから気軽に央都からは出れない。だからアタシが名代のような形で色々と回ってるかな」

「具体的に、魂が欠けてるっていうのは……どういう事なんだ?」

「あー……んー……正直抽象的、概念的すぎて、アタシも説明し辛いんだよ。ただ事実として、兄貴の《フラクトライト》は他の《STL》使用者であるキリト達と違って、三十三パーセント程度が検出できなかった……それは自分と言う存在を保存できる領域が、人より少ないって事になるのかもしれない」

 

 ごくり、とキリトが息を呑む。少なくとも、詩乃ですら彼の異常には気付けなかった。普段の生活で、魂なんてものを意識する事なんかほとんどないから。今こうして戦慄を感じてはいるものの、キリトにはイマイチ実感が伴わない異常。ひょっとすれば普通に生きていく上では特に関係ないんじゃないか……そんな事すら考えてしまう。

 

「魂の働きなんてわからないけど……例えば容量の限界が来たとして、魂は壊れるのか。それとも不必要だと判断した情報……記憶を上書きするのか。そして、その不必要な情報は何を指すのか、何がそれを決めるのか」

「……待ってくれストレア。それはまだ証明も何もされてないだろ?」

「そうだね。誰も実証した事のないものだよ。だからこそ()()()()()()()()()()()()()の――…普通に生きていく事が、兄貴自身を壊していく可能性だって、ある」

 

 すっと背筋が冷えていく感覚を、キリトは味わっていた。ストレアが言ったのは、ただの可能性の一つでしかない。魂の事については何もわかっていないから、それが本当なのかどうかは誰も分からない。《フラクトライト》の説明にしても、キリトは研究も何もした事が無く、一応信用した加藤から聞いた内容でしか知らないのだ。だからこそ、どんな可能性も捨てるべきではない……それが、早過ぎる親友の死と言う可能性であるなら、なおさら警戒しなければいけないのは当然だった。

 

「とりあえず今後の予定としては、仕事しながら央都へ向かうよ。その道すがら、キリトはユージオにソードスキルを教える」

「あぁ、それは任せてくれ」

「アタシは二人に知る限りの神聖術を教える」

「神聖術ってのはあれだよな。システムコマンド……」

「身も蓋も無い言い方だとそうなるけど、要はALOの魔法だから。まずは詠唱の暗記からだね」

 

 これ学院の必修でもあるから覚えるように、と言われて先程とは違う意味でキリトの顔が歪んだ。彼も一般的な学生らしく、勉強は嫌いな方である。ついでに暗記は苦手で、ALOの魔法の詠唱なども苦手である為に、脳筋ビルドに拍車がかかっている。

 

「まぁまだ一年あるからそれまで暗記だね」

「オーリは覚えたのか?」

「基礎も応用もバッチリかな。まぁ兄貴の場合は十年以上やってるし、この世界での生まれも違うから仕方ないけど」

「そうか……」

 

 自分がダイブしてから、この世界では十日ほど過ごした。現実では十五分程度しか経っていないとしても、自分にとっては中々に濃い十日だった。ならばオーリはそれ以上に濃い年月を過ごしていたのだろう。

 

「結局、俺の動機は『あいつに負けたくない』なんだなぁ……」

「何それ?」

「いや……初めて会った時と変わってないなってだけさ」

 

 SAOで初めて出会い、戦って、肩を並べて、絶対に負けたくないと思っている男。そんな彼への心配もある。今どんな風になっているのか、この目で確かめたいのも当然ある。しかし、その頑張りを聞いてしまえば沸き上がってくるのは『負けたくない』という、一番初めの思いだった。

 

「さて、ユージオはセルカとどんな感じかなっと」

「いっその事ここで告白とかしないかなぁ……」

「ストレアって、見ない内に何か性格変わってないか?」

 

 噴水の横で踊るユージオとセルカへと視線を向ければ、二人とも楽しそうに踊っている。ユージオの方は少々ぎこちないが、それを上手くセルカが誘導してくれて、いい雰囲気だなと素直に思える光景だった。

 ちなみに、ユージオ達はキリトとストレアの視線に気づいてしまったため、余計に互いを意識する羽目になってしまったという。

 

 

 

 




上からギガスシダーが倒れてくるのと、上からの権力でとりあえず確保するのと。


ゆーじお「凄い事になったなぁ……」
すとれあ「おや、嫌だった?」
ゆーじお「そ、そんな事は……ただ、この何日かで目まぐるしく変わっちゃって」
きりと「だなぁ。というか、青薔薇の剣持てなかったら一生無理だったな……」
すとれあ「そんな事より、セルカとはどうなったんですかねぇ」(野獣の眼光
ゆーじお「黙秘っ! 黙秘したいです!」

きりと(あ、今まで仲間内にはいなかったタイプだから、いじるの楽しいって顔してる)
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