ルーリッドの村を出て、一月が経つ頃。
「ここが……」
「央都、なんだ……」
「そ、《央都セントリア》。《人界》最大の都市だよ」
三人の眼前にあるのは、巨大な白亜の門と壁だ。左右には弧を描くようにそびえたち、門自体も巨大で、とても人の手で動かせるとは思えない物だ。そんな門を潜り、まず目に飛び込んできたのは今まで通った街とは比べ物にならない程の人と、その活気。村から一番近いザッカリアの街すら見た事の無かったユージオにとっては、さぞかし衝撃的な光景だったろう。
「こんなに、人っているんだね……」
「人界全体で約八万人。その四分の一の約二万人が居るのが央都だからね。そりゃ多いよ」
「もうどれくらい多いのか、僕にはわからないよ……」
ぐるぐると目を回してしまいそうな彼に、二人は苦笑する。キリトとしては二万人と聞いてそこまで多いとは感じていないが、しかしこの都市の街並みと人の流れを見れば、その考えを改めざる得ない。
「で、ユージオの最終的な目的地があの塔……《セントラル・カセドラル》か」
キリトが視線を上に向けて、その先にある物を見る。他の二人もそれに合わせるかのように彼の視線の先へと目をやれば、そこには天へと届かんばかりに伸びる白亜の塔。そこには《禁忌目録》という絶対の法と、《整合騎士団》という絶対の力で人界を支配する最大の権威、《世界中央公理教会》が座している。
「あそこにアリスが……」
「流石に、あそこにはうちの権力でも連れて行ってはあげられない。正攻法でいくなら学院に入って、そこから《整合騎士》にまで一歩ずつ上り詰めるしかない。君はそこまでたどり着ける?」
問いかけるストレアの真剣な眼差しに、ユージオは真剣な眼差しで返して頷いた。道中でも何度も問われ続けた覚悟は、既に彼の中に大きく根付いた信念だ。それを感じ取って、ストレアは優し気な笑みを浮かべる。
「それじゃ、とりあえずヴァルゼライドの屋敷に行こうか。兄貴には手紙で報告はしてるけど、実際に会って最終報告しないと」
「……何か緊張するな」
「大貴族の当主様相手だと、流石のキリトもそうなるんだね」
緊張しているのだろうユージオの固い笑みに、キリトは曖昧に笑う。そう言う意味ではないが、それはユージオには関係のない事情の為、黙っているしかない。まさかアンダーワールドの大貴族の当主が、現実世界の高校生……しかも現実の記憶が無いという、今日日の小説でも使われないような設定だ。しかもその相手はキリトの親友。
これから会う存在は果たして、自分の知る親友・
央都は直径十キロの真円上に配置された城壁によって囲まれ、その中を更に
《北セントリア》市街は十の区画に分かれていて、一番南側……最も《セントラル・カセドラル》に近い一区には帝城。二区には帝国行政府。三区と四区には貴族が住まう高級住宅街……と言うには家の規模が、アスナの実家より豪勢な物しかない。五区には《帝立》と名の付く施設が揃う区画であり、騎士団の本部や闘技場にオーリらが入学を予定している学院もここにある。六区と七区は商業エリアであり、その北の八から十までの区画は《北セントリア》市民が住む住宅街となっている。
そんな中でヴァルゼライド家の屋敷は当然、三区の貴族の住まう住宅街の中にあり、その中でも一等広い敷地と豪華さを誇っていた。ここに加え、市街の外にも《私領地》なる広大な土地まで持っている……これは一等から三等爵家までの貴族に限られるが、その中に村まで持っているのだから、その広大さは推して知るべしだろう。
「これはストレア様」
ヴァルゼライドの屋敷の門前に立っていた衛士が礼をしてから、声をかけてくる。高い身長に全身鎧をまとい、兜の隙間から覗く眼は鋭いながらもストレアに対する敬意が見て取れた。
「ご苦労様、アグル。変わりは無かった?」
「はっ、特には。それで、後ろのお二方は……」
アグルと呼ばれた衛士の視線が、キリトとユージオに向けられる。何者かと値踏みするような、本人を見通すような視線。不愉快な物ではないが、居心地が悪くなるようなそれに二人は身を固くする。
「手紙で知らせた二人よ。黒い服がキリトで、青い服がユージオ」
「衛士のアグルだ。今はヴァルゼライド家の門番を任されている」
ガントレットを外し、右手を差し出す彼に二人は顔を見合わせてから、それぞれが右手を握り返した。
「キリトです」
「ユージオです」
「よろしく。ストレア様、これからオーリ様にお会いになられますか?」
「そのつもりだけど、都合が悪い?」
「いいえ。ただ、今はいつもの日課の最中でしょうから、お庭の方へ」
「わかりました。それじゃあ行きましょう」
口調を《令嬢モード》に変えた彼女の先導で、キリトとユージオは屋敷の門を潜る。途中で会う使用人達に頭を下げながら、広い屋敷の中を進んでいけば、辿り着くのは屋敷の建物に三方を、もう一方を美しい花々がある花壇に囲まれた庭へと出る。
目的の人物が居たのは、その庭の中央。黒地に白のラインが入った修練服を纏い、右手に剣を、左手に槍を持ち、勝手の違うそれぞれをまるで自身の体の一部のように扱う。キリトから見れば『奴なら出来て当然』の事であるが、ユージオにとっては違った様子だ。
「……凄い」
食い入るようにその演武を見ている。その眼は素直な感嘆と、少しでもその動きを可能にする技を盗もうとする、剣士の色があった。そんな彼に免じて、もう少し眺めていても良かったがそれでは仕事が進まないと、ストレアは一歩踏み出して庭に降りる。
「ストレアか」
「ただいま戻りました、兄上」
振り向き、妹を出迎えるオーリ。その肌は白く、髪も同様であり、目は赤い。容姿の事は事前に聞いていたとは言え、実際に見たキリトへ齎した衝撃は大きい。そして何より、自分と同程度の身長……ゲームと同じような身長差である事が、余計に嫌な憶測を彼の脳裏に過らせる。
「――…以上が、報告になります」
「そのゴブリンは闇の軍勢の偵察部隊……とも考えられるか。陛下に報告して、そこから教会に上げてもらうしかないな。それで、彼らが?」
その赤い眼が二人を見る。先程の衛士よりも鋭く、キリトには目の前の男が自分の親友であると確信させ、ユージオにはあのゴブリン達よりも恐ろしいと思わせる圧を伴った視線が、二人を射抜く。
「あーにーきー?」
「……お前がその口調になる程度には心を許しているのか。なら、これ以上は無粋だな」
ふ、とオーリが肩の力を抜けば、圧が霧散する。キリトは肩を竦めているが、ユージオの全身からはどっと汗が噴き出した。
「旅と妹の仕事の付き合いで疲れているだろう。それぞれ部屋は用意させているから、今日は休んでくれ。食事になったら呼ぶから、それまでは好きに過ごしてくれて構わない」
「それじゃ、部屋に案内した後で北七区に行ってくるから」
「七区? あそこは細工師と鍛冶師が店を出しているが……武器が入用なのか?」
「出先で特級の材料が手に入ったから、キリト用の剣をね」
「……キリト?」
再び、赤い眼がキリトを見る。名を聞けば確かに、夢で見たあの黒い剣士の面影が、目の前の男から感じられた。そう認識した瞬間に、胸の中で燻ぶっていた熱が高まり始める。この男が、自分の虚ろを埋めてくれるかもしれないと、ずっと思っていたから。
「あぁ、俺がキリトでこっちがユージオ……です」
「敬語はいい。ストレアが素を出しているなら、この四人でいる内は特に肩ひじ張らなくて結構だ」
「え、でもそれは……」
「そりゃ有り難い。どうも敬語は肩が凝って仕方ないんだ」
あっさりと言葉を崩したキリトに、オーリは思わず笑う。そんな態度が何とも『らしい』と、長年の親友であったかのように理解できた。そんな二人にユージオは色んな意味で苦笑いし、ストレアは肩を竦めるのだった。
◇
その日の夜。キリトは唐突に目が覚めた。
ルーリッドの村から出た際に先代の《刻み手》から託された《ギガスシダー》の枝は、北七区の《サードレ金細工店》の主であるサードレという細工師に託した。これは先代の《刻み手》だったガリッタという老人からの願いで、『この樹の枝をサードレと言う男に届けてやって欲しい。そうすれば、この枝を剣へと生まれ変わらせてくれるだろう』という事だったからだ。しかもそれが《青薔薇の剣》に勝るとも劣らない物になると聞かされれば、元々当てが無かったキリトからすれば僥倖と言えた。
そして、央都に居るというそのサードレと言う男に事情を話し、枝を渡せば『一年で、この枝を整合騎士が帯びる神器すら超える程の物にして見せる』と力強い言葉を聞き、故にキリトはその言葉を信じた。ちなみに代金はストレアが私費で持ってくれるらしい。流石にそれはと断ろうとしたが、試算を見て全面降伏した。まぁ明日からはこのヴァルゼライド家で当主兄妹の護衛をしながら、学院入学のための修行の日々になる。その中で返していければいいなと、希望的観測だが未来予想図もある。
しかし、目が覚めてしまった。村で寝泊まりした教会のベッドや、途中で泊まった宿屋の物。当然ながら野宿の時の物とは比べ物にならない程に、この屋敷のベッドは寝心地が良い。それでも目が覚めてしまったのは多分、久しぶりに親友と会ったせいだろう。
「……少し、風に当たるか」
当主直々に『屋敷内なら夜でも多少出歩いても構わない』と言われている為、キリトは静かに部屋を出た。隣はユージオの部屋として割り当てられ、彼は見た事も無い豪華な……実際は最低限の家具しか置かれていなかったが、物の値段としてはおそらく、村では絶対にお目にかかれないほどの物だからか、萎縮しすぎて倒れそうになっていた。明日からは屋敷に務める衛士の待遇になるという事でほっとしていたが。
廊下を歩き、やがて出てくるのは昼間に演武を見た庭だ。そして、そこには先客がいた。
「キリトか」
結跏趺坐で座禅を行っていたオーリが、閉じていた眼を開く。アンダーワールドにはそんな精神修養法は存在しない為、彼が独自の……記憶がロックされたとしても、魂が覚えている自分にあった物を導き出した結果だろう。
「当主様が寝なくていいのか?」
「オーリでいい。どうにも、目が覚めただけだ」
「俺も同じだな」
オーリの隣に座り込んで、ぼう、とキリトが空を見上げる。数多の星々が輝く満天の星空は仮想世界だというのに、ギガスシダーを見た時のような圧倒的なリアルさを彼に叩き付けてくる。
「キリト」
「おう」
「今から試合え」
「剣は?」
「
よく見れば、キリトとは反対側に四本、数打ちではあるが剣が鞘に入ったまま横置きされている。その内の二本をキリトが手に取れば、何となくSAOで初期装備のロングソードを持った時の感覚を思い出した。もう二本はオーリが持ち、庭の中央で二人は対峙する。
こうなるだろうとは、キリトも予感していた。仮にも親友と呼んだ男に、何の影響も与えられなかったとなったら現実に戻った後、恋人の胸の中で大号泣するしかなかっただろう。だがそうはならず、現実の記憶を持たないはずのオーリがわざわざ
「全力……でいいのか?」
「あぁ。怪我の心配はするな。ある程度なら痕も残さず治せる」
「用意が良いな……」
「このくらいは普通だ。ただ、学院じゃ認められんだろうがな」
話しながらキリトは慣れ親しんだ二刀流の構えを取り、オーリは両腕をだらんと下げた無構え。ALOでやり合った時と変わらないそれに、表情に出さないままキリトは笑う。ホントにこいつ、記憶がロックされてるのか? という疑問が出てくるが、記憶を持っているならこいつがここで大人しく貴族様をしているはずが無いと思い至った。
やれば何だってこなして見せるだろうが、それでも向き不向きは存在する。キリトの場合は完全物理のアタッカーで、恋人のアスナは気質は剣士だがその性質は指導者や上に立つ者向きだろう。なら目の前の男はどうなのか……技能としては何でもこなせるが、その気質は孤高に近い。集団を率いる訳でもなく、協調性が無いわけでもないが、自分が率先して道を切り拓く事を良しとしている節がある。以前はそれが親友の在り方だと思っていたが、魂の話を聞いて不安にもなった。
お前は、死ぬなら自分から、なんて考えてないよな?
お前が思ってるよりずっと、お前の命は軽くないんだ。
「行くぞ」
「いつでも」
開始の声は無く、最初に踏み込んだのはキリト。右剣による上段からの斬り下ろしを、オーリは左の剣で受け止める。金属に金属を叩きつけた甲高い音が響き、それと同時に発生した衝撃が庭の芝生を揺らす。
初撃から全力で……あのゴブリンの時の様な背水の陣ではなく、自分自身がその全てを吐き出す事を望んだ物で、次はキリトの左剣が跳ね上がる。だが、その跳ね上がりの勢いが乗る前に、オーリの右剣がその出だしを押さえた。
ギリギリと、左右両方で鍔迫り合いを演じながら、互いの口元が笑みに歪む。キリトの右剣をオーリが流し、逆にオーリの右剣をキリトが流す。そこから刻まれるのは、十を優に超える剣戟の応酬だ。斬り上げと斬り下ろしが激突し、横薙ぎ同士が互いを弾き飛ばし、突きが互いの顔の薄皮一枚横を通る。
《剣術》……ソードスキルは使わない。ストレアからは『兄貴も使えるよ』とキリトは聞いているが、剣を合わせて彼にそのつもりが無い事を把握した。純粋な剣のみの勝負は随分と久しぶりで、こんな状況で不謹慎ではあるが胸を躍らせている自分が居ると、キリトは気付いた。ただ、楽しんでいるのはお互い様だと、心の中でアスナやシノンに言い訳はしておく。
「シィッ!」
「ラァッ!」
互いの二刀がぶつかり合う。熱が入りすぎて、夜だというのに周りへの配慮を忘れている二人だが、誰も起きてくる様子が無い。
そして、互いの意識がカチリ、と一段階ギアを上げた。互いが右剣を後ろへと引き絞れば、その刃に鮮やかな青の光が灯る。別の世界では《サベージ・フルクラム》と言う名前の、片手剣の三連重撃技の構え。刃の宿らせた互いの威に、その光景を見ていた誰かが息を呑む。
「「オォォォォッ!!」」
一撃目の横薙ぎが振るわれ、本来なら垂直方向への斬り上げに移行するはずの二人の動きが、剣を振りきって止まった。その手には、鍔元から先が全て
「何で……」
「いや、こうなるんだ。数打ちではどうしても耐えられない技が出てくる」
呆然と呟かれたキリトの言葉に、オーリが残念そうな声音で答えた。彼自身は何度も経験しているが、今回は行ける気がした。しかし結果は一撃がぶつかり合う前に刀身が砕け散るといういつもの結果だ。
残った方の剣を《窓》で確認してみれば、《天命》は未だに半分以上残っている。しかし数打ちと言うだけあって、その
「《剣術》を使うには良い武器が必要、って事か?」
「そうだ。正確に言うなら、ある程度の格以上の技を使うには、だが」
「ストレアが持ってた家宝なら、どうなんだ?」
「あれなら確かに使えるが、既にストレアに
「そうだねー。だから兄貴の武器を見つける……もしくはその材料を見つけるって目的も、アタシがやってる遠征にはあるんだけどさ」
庭にキリトとオーリ以外の第三者の声が上がり、二人は固まった。恐る恐る声のした方に視線を向ければ、呆れた表情を隠そうともしないストレアが庭と屋敷への通用口に座っている。
「で、こんな夜中に男二人で剣振って何してんの?」
「何か目が覚めたから……」
「体動かしてました……」
無意識に正座に移行する二人。そんな息の合った二人を見て、呆れた表情のままストレアは近づき、その両手を翳す。
「《システム・コール》《ジェネレート・ルミナス・エレメント》《フォーム・エレメント・リキッド・シェイプ》《ディスチャージ》」
彼女の両手十指の先に黄金色に淡く輝く光の玉が生まれ、それがまるで液体のような雫の形を取り、二人に降り注ぐ。傷口に降り注いだそれは淡い光と共に、彼らについた細かい切り傷を塞いでいく。
「すげ……」
「すまないな、ストレア」
「本当だよ。というか二人共、音にも気を付けてくれない? あれだけ派手にやったら使用人やら衛士達も起きてきちゃうでしょ」
「「……あ」」
「二人揃ってポンコツになるの止めて欲しいんだけど」
失念していた、と声を上げる二人に、本気で呆れた声をかける。『アタシが遮断しなきゃ今頃大騒ぎだよ』と言えば、二人は揃って『有難うございます!』と平伏した。キリトと会えばオーリに変化があると思ったが、こんなポンコツな面が現れるとストレアは思っていなかった。まぁ今までが隙の無い『理想の貴族様』だったのだから、息抜きがようやくできたのかと思えば悪い話ではないのだが。
「ほら、アタシももう寝るから二人共寝た寝た」
「あ、あぁ……すまなかった、ストレア。オーリ」
「お互い様だ……妹の諫言に従って
キリトから残った剣を受け取り、それを鞘に収めてオーリは二人に背を向けて屋敷へと入っていく。その姿が見えないようになって、キリトはストレアを見た。
「……僕?」
キリトの記憶にある限り、オーリが一人称として『僕』を用いた事は殆どない。数少ない場面では全てふざけて用いたくらいしか、キリトの記憶にはない。
「仮定の話だけど、兄貴はどこかのタイミングで一人称を変えたんだと思うよ。で、今は現実でのその記憶がないから、そのままってだけで」
「一人称を変えたタイミング?」
「理由は予想がつくけどね……」
ストレアの呟きに、キリトは疑問符を浮かべる。その視線に『何でもない』と首を横に振って、ストレアはいつものように笑った。
「ほら、キリトもさっさと寝る! 明日からは本格的に仕事教えながら訓練と勉強だよ!」
「お、お手柔らかにお願いしたい……」
「いやー、こんな夜中に試合うくらいだからもっとハードにしてもいいよね」
「鬼! 悪魔! ストレア!」
「キリトの《天職》って《炎上芸人》じゃないよね?」
◇
翌日、ヴァルゼライドの屋敷はにわかに騒がしい。当主直々にキリトとユージオが今日から当主とその妹の護衛として働く事が発表されたが、その事については特に誰からの反論は無かった。問題は、その当主の変化だ。
「あ、あの、オーリ様……」
「どうした? アグル」
「き、今日は随分と血色が……」
いっそ病的とまで言えた白い肌が健康的な肌色を取り戻し、白い髪も前髪の一房だけが鮮やかな『蒼』に染まっている。一夜にして起こった変化に当の本人以外が驚愕の表情を浮かべ、一部はその姿を見た瞬間叫び声をあげ、使用人の一人は倒れた。生まれた時から彼らに付いている一番の古株の老女が倒れたので、これは違う意味で当主も含めて全員が焦った。
「あぁ……僕も驚いているよ。ただ、体調については昨日より遥かに良い。ストレアにも見てもらったが、病気なども一切なかった」
「そ、それならよろしいのですが……突然の事で驚きました」
主の変わらぬ……いや、昨日よりも溌溂とした様子に、アグルは胸を撫で下ろす。幼い頃のオーリ・ヴァルゼライドを知っている身としては、一目で健康とわかる状態になった事は喜ばしい。しかし一夜にして変化するというのは不安にもなる。
「心配を掛けたな」
「いえ、お元気であられるという事ならば喜ばしい事です。して、彼らの事で他にも?」
「そうだ。アグルには二人に剣を教えてもらいたい」
告げられた内容に疑問は無い。アグルはユージオの目標への通過点……《整合騎士》になるまでに越えなければいけない二つの大会である《四帝国統一神前大会》と《ノーランガルス帝国剣武大会》の内、《ノーランガルス帝国剣武大会》で二位となり、《四帝国統一神前大会》でも初戦を突破して見せた男であるのだから。
それは数年前の話ではあるが、それだけの腕前を持っているのに何故一等爵家と言えど門番や衛士のような事をしているのかと言えば、大会に出る前からヴァルゼライド家に務めていたからであり、オーリやストレアに教える事で何故か自身の実力を伸ばし、その結果として大会出場への推薦を受けたから出ただけ、と言うのが事実である。
「一年ですかな?」
「あぁ。術については基本的に覚える事を覚えて反復でいいが、剣については二人共実践の中で教える方が良さそうなタイプだ」
「オーリ様の眼は確かですからな……どこまで?」
「僕を超えても構わない。あの二人の目標は《セントラル・カセドラル》に入る事だから」
主の話にアグルは目を見開いた。それはつまり《ノーランガルス帝国剣武大会》だけでなく《四帝国統一神前大会》で勝ち抜き――…その頂点に立つという事に他ならない。自分を超える者を自分で育てて見せろという主の
「我が全霊を持って、その務めを果たさせていただきます」
「お前の手腕を疑う事は無い。一年と言う期限は短いだろうが、頼んだ」
「御意」
深い礼をしたアグルに背を向け、オーリは少し後ろに控えていたキリトとユージオを見る。
「という事だ。北帝国で屈指の男が教えてくれるぞ」
「それは良いんですけど、オーリ様……?」
「どうした、ユージオ」
「不穏な言葉が色々と聞こえたのですが……」
ユージオの恐る恐るの問いかけに、オーリはにっこりと完全無欠の笑顔を作る。それを見たキリトは『あ、これダメな奴だ』と内心で理解した。
「僕も通過した道だ。二人の目的を考えれば僕も、アグルも超えなければいけない。当然学院に居る者も、何ならこの国の全ての剣士を超えなければたどり着けない場所を目指すというのだからな」
笑みを崩し、真剣な表情を作って語りかけたオーリの言葉に、ユージオは息を呑む。舐めていたわけでは決してない。目的の場所へと続く道が険しい事など承知していた。央都に来るまでの一月の間、軽くとは言えストレアとも剣を交えた事もある。今まで《剣術》など学んだ事の無かったユージオにとって、明確に手を抜いたストレアでさえ強いと思ったのだ。
そんなストレアが道中で『兄貴? アタシより強いよ?』と言っていた相手を超えなければいけない……そんな事実を改めて突き付けられ、それでもユージオの眼には強い光があった。
「わかりました。やって見せます」
「ちなみに手心なんかは……」
「そんなものを挟む時間がお前達にあると思うのか?」
「ですよねー……」
すとれあ「ちなみにあれ、アタシ以外に言ったらその場でしょっ引かれるレベルの不敬罪だからね」
きりと「マジですか」
すとれあ「ユージオが聞いてたら、真っ青になって土下座して許しを請うレベルって言った方が分かりやすい?」
きりと「く、口の利き方には細心の注意を払います!」
すとれあ「そうした方がいいよホント……アスナと結婚したらそう言う場にも行く事になるんだろうしさぁ」
きりと「はい……ほんとにがんばります」
おり主「初日から説教されてる」
ゆーじお「央都に来るまでの間にもあんな風になった事ありましたよ」
おり主「あー……何となくその光景が想像できるな」