後これ引っかからないよね?
家族が増えれば賑やかさは増す。
年頃の女子が集まれば、それは指数関数的に跳ね上がるだろう。
桜川涼という少年は別に賑やかなのは嫌いではないし、女子に囲まれる空間というのも別に苦ではないと思っていた。
「これはどう?」
「木綿季ちゃんのイメージとは違うんじゃない? むしろこっちの方が」
「何でボクのを選んでるのに明日奈さんと詩乃おねーちゃんが真剣なの?」
「こういう機会だと大体女の子って楽しいものなんです。
藍子ちゃんも木綿季ちゃんも、気に入ったの選ばなきゃ」
ただ、流石に女性用の下着を取り扱っている店の中に入る勇気はない。
ついでにその中で和気藹々と藍子と木綿季の下着を選んでいる女性陣の中に入る勇気はもっと無い。
仲間との顔合わせを含めたお試し宿泊を終えて訪れた四月の末、二人は涼と詩乃が住む家にやってきた。
持ってきた手荷物やらを確認していた詩乃から『着替えが足りない』と申告を受けて買いに行く予定を立てた。
当日、買い物に出れば何故か明日奈・里香・珪子が待ち構えていた。
「何で?」
「詩乃のんから応援要請を受けたから来ちゃった」
「私だけだとどうかと思ったから呼んだわ。珪子ちゃんも張り切ってるし」
「頑張りますよあたし! お姉さんですから!」
「で、あたしはストッパー」
「わたしも木綿季も病院が長くてそう言うのに疎いので、意見が聞けたらなぁ、と」
「ボクは皆と一緒で嬉しいよ!」
「数の暴力で俺をいじめるのは止めろ。特に明日奈さん彼氏どうした」
「和人君は予定があるんだって」
野郎逃げやがった、と涼は内心で叫んだ。
買おうとしている物のメインは姉妹の衣服なのだから、これだけ女子が集まれば心強いのは確かではある。
ただ、それ以上に買い物が長くなる上、買う数がおそらく半端ない。
「ちなみに予算は伝えてるよな?」
「大丈夫よ。だからまず数が比較的少ない所から」
「涼君は店の前で待機する事」
「逆にそれが拷問になるような所に行くんですね逃げていい?」
「敵前逃亡は荷物持ちにするわよ」
「た、楽しみです」
藍子が珍しく目を輝かせているし、木綿季も行きたくてうずうずしているらしい。
彼女らの兄になっている身としては、逃げるわけにもいかないだろう。
ここにいない男性陣が『逃げるな』と半笑いで言ってる幻覚を見ながら、今度ALOで八つ当たりしようと思った涼だった。
◇
女子の買い物を舐めていた、と涼は認識を改めざる得なかった。
長いとは聞いていたが、外で一時間待たされるのはキツイものがある。
暇つぶしに携帯を弄って和人に恨みのメッセージを送るのも飽きたため、どうするかと考える。
「涼」
そんな時、詩乃が店から出てきた。
手ぶらなのを見るとまだ買い物は続いている様子だ。
「来て」
「へ?」
詩乃は真っ直ぐ涼の所に向かえば、手を取って有無も言わさず店へと引っ張っていく。
彼に思考する時間を与えない電撃作戦は成功し、詩乃はまんまと彼を店に連れ込んだ。
「ちょ、詩乃。え、何で」
入った店が店なので、涼は声を潜めて彼女に問う。
彼女が振りかえればその頬は赤く染まっていた。
「……私にとっての第一目的はこれだから」
「どういう事だよ」
「涼に話した、明日奈達に協力してもらう目的は本当。でも、それだけじゃないの」
詩乃の説明としては、二人が一緒に住む事を拒否する気はない。
そもそも恩人からの頼みを無下にする事など出来ないし、義理の親なら尚更だ。
でも、二人きりではないのも事実なので、その機会を作りたいと明日奈達にお願いした。幸い彼女達は快く協力することを約束してくれたし、藍子と木綿季の事も気に入っている。
「今日はこれっきり。でも、これからもたまには二人だけで……」
心細そうな詩乃の態度に、涼は自分の思い至らなさを恥じた。
突然妹が二人出来て一緒に住むという状況に気を取られ、彼女に気が回っていなかった。
確かに藍子と木綿季の事も気に掛けないといけないし、これから家族にならないといけない。
でも、それを理由に詩乃に気を回させなかったのは自分の落ち度である。
「ごめん、詩乃。 悪いのは全部俺だ。
少ないかもしれないけど、これから埋め合わせをさせてくれるか?」
「じゃあ、その……一緒に選んで」
顔を真っ赤にしながらも、詩乃は握った手を離さない。
自分で埋め合わせをするといった手前、涼に拒否権は存在しない。
恥ずかしすぎて無理っす、とは言えないのだ。
幸いにして、仲間達は同じ店内でも離れた場所にいる。
そして運悪く、店員は彼らを仲睦まじいカップルだと遠巻きに見ているだけ。
詩乃は涼の手を引いて、様々な色やデザインの下着がかかったハンガーを手に取って自分の身体の前に持ってくる。
普段の彼女では選ばないようなものばかりだったが、それでも詩乃は自分に合う物を知り尽していた。
「正直、その……どれも似合うと思って、こ、困るな……」
「……昨日お義母様にも相談したら、自分に似合う物の選び方を教わったの」
「へ、へぇー……そうなのか」
母さん余計な事しやがって、という気持ちと、ありがとう母さん、という気持ちが涼の中で同居するのは初めてだった。
ただ、感謝の言葉は絶対に口にしない。 黒幕に感謝などしてやらないのだ。
「どう? どれが好き?」
「いや、どれって……詩乃の、好きなのでいいんじゃ」
涼がそう答えれば、詩乃の両手が彼の頬へと伸びて視線を合わされる。
「……貴方にしか見せない物だから、貴方に選んでほしいの」
その一言を言われた直後から店を出るまでの間、涼に記憶はない。
ただ、店を出た直後に彼が隣を見れば、彼の手を握っている方と逆の腕に密封された紙袋を抱えて、頬を赤く染めながらも嬉しそうに笑っている詩乃の姿があった。
◇
結局、買い物は大方の予想通りに遅くまでかかった。
下着の後に服を見に行く予定だったが、藍子と木綿季が少し疲れを見せていたので昼食を取る。
病院の食事に慣れ切っていた二人はメニューを見て目を輝かせながらどうするどうすると選ぶ。
そんな光景を一番嬉しそうに見ていたのは明日奈だ。
「明日奈は相当二人の事気に入ったのね」
「わたしにも妹が居たらなぁ……」
「残念。 この二人は私の義妹なの」
「きぃーっ、羨ましいぃぃー」
「や、やめてー、わたし達の為に争わないで―?」
「二人は藍子ちゃんに何やらせてんの……?」
なぜか絶妙に昼ドラっぽくない昼ドラみたいな事をしている三人に思わず里香がつっこんだ。
乗らなかった木綿季の方は珪子と一緒に熱心にメニューを見ている。
「とりあえずコントしてもいいけど注文決まったか?」
「どうしようおにーちゃん。どれも美味しそうで決まらないよぉ」
「木綿季ちゃん、そういう時はシェアするんだよっ」
「そーそー。万が一残してもよく食べそうなの居るし」
「メニュー全部とか言ったら怒って止めるけどな?
まぁ当人同士で異存がないならシェアしようと問題ないだろ」
さっさと注文を決めているのは涼と里香だけだ。
明日奈と詩乃は姉妹で遊んでいるし、珪子・藍子・木綿季は仲良くメニューの写真に目移りしている。
別に急かす理由もないので、のんびりとそれを見ていたが遊びを切り上げた明日奈が仕切ってさっさと決めてしまった。
「こういう仕切りはやっぱ、明日奈がこの面子だとピカ一だよな」
「そりゃ鍛えられたもの。上司がアレだったし」
「あー、うん。わかるわぁ……」
SAO組が思わず遠い目になる。
かつてSAOで最強ギルドとして君臨していた『血盟騎士団』の副団長がアスナなのだが、団長はヒースクリフ――…プレイヤーに偽装した茅場晶彦だったわけだが、こいつ基本的に攻略以外ではほとんど働いていない。
その攻略で誰も文句が言えないほど働くから性質が悪い。
でもそれ以外では働かないのでそのしわ寄せが誰に行くかと言えば副団長のアスナである。
ギルド運営から作戦の立案から指揮まで、主に彼女がやっていたといえばその仕事ぶりも分かるという物。
元々あった素養に加えて、それは中々堂に入った物になってしまったのだ。
「それはそうと、GWはもう予定詰まってたりするの?」
「藍子と木綿季連れてそこら辺回って慣らすくらいしか予定してないな」
「じゃあ、皆でALOでどこか行かない?
あっちなら時間さえ合わせれば皆集まれるはずだし」
「行く行く! 絶対行く!」
明日奈の提案に真っ先に飛びついたのは木綿季。
それから続いて乗り気なのは藍子で、自身のギルドメンバーにも声をかけていいか等を明日奈に聞いている。
「じゃあ連絡先交換しましょう」
「そうですね」
「ボクもボクも!」
(うちの妹達ちょろい。ちょろくない?)
(ちゃんと知らない人に付いて行かないようには言い含めておくわ)
◇
それからの買い物では藍子と木綿季が着せ替え人形となったが、それはそれで皆が楽しんだ。
今日だけで二人は女性陣とだいぶ打ち解けたらしく、アスナに至ってはもうお持ち帰りできそうな好感度になっていた。
やっぱりちょろい、という気持ちは涼と詩乃の共通のものである。
夕方には三人と別れ、マンションに戻れば、涼は夕食の準備の為にキッチンへ移動する。
詩乃は藍子、木綿季と一緒に、今日買ったものをわいわいと騒ぎながら二人の部屋の収納へと入れていく。
「詩乃おねーちゃん」
「何?」
「おにーちゃんをどんな下着で悩殺するの?」
木綿季の一言で、詩乃の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
脳内を駆け巡るのは『何故バレた』の一言のみ。
「ちょ、木綿季!?」
「だって詩乃おねーちゃん途中で居なくなったし、だから選んでるんだろーなーって。おねーちゃんも気にならないの?」
「え、それはその、男の人を知っている詩乃義姉さんの選択ですから、今後の参考にはしたいな、とは」
木綿季の指摘に、藍子は顔を真っ赤にしながらも正直に答えた。
どうやら店に涼を連れ込んだ事まではバレてないらしいが、そこに突っ込まれるとは思わなかった。
というより純粋だと思っていたが、病院暮らしでも"そういう"知識がしっかりあるのは予想外だ。
「…………ノーコメントで」
流石に義理の妹であってもその質問には答えられない。
二人に恋人や好きな人が出来た時にそういう話をするのは良いが、これは詩乃にとって無理な話だ。
「えー気になるー」
「木綿季っ、早く片付けましょう! 兄さんがご飯作ってますから!」
「今日のお昼も美味しかったけど、おにーちゃんのご飯も美味しいよね」
あっさりご飯の話に釣られた木綿季はご飯ご飯と歌いながら買った服を片付けていく。
助かったという安堵と共に、買った時の記憶が甦ってしまう。
『俺は、詩乃と、その、そんな関係に、なりたくないわけじゃ、ないけど。
でも、その、なってしまったら、歯止めが利かなくなる、というか。
見せてもらったの、全部似合ってて、正直、俺は詩乃が好きだから。
どれでも、詩乃が着てるってだけで、好きです……』
あそこまでパニックに陥った彼を初めて見たが、それ故に本音を見事に言ってくれた。
ファッションについての参考には一切ならないが、違う言質は取った。
買った下着は結局一種類だけだったが、必殺の意思を込めた詩乃の羞恥心を最大まで酷使する逸品である。
それを来たるべき日まで隠し通し、最良のタイミングで使用する。
その時初めて、自分は彼に全てを捧げる事が出来るのだ。
「おーい、夕飯出来たぞー」
「わーいごはーん!」
「はしゃぎすぎよ木綿季」
とりあえずその時は今日ではないので、この顔の火照りをどうやって冷ますか詩乃は考えた。
恨みのメッセージ
おーり:古戦場から逃げるな
きりと:それ違うゲームゥッ
おーり:後ドロップに絶妙に恵まれないように物欲センサーフル稼働させるから
きりと:マジで止めろそれは戦争だろうが
※作者はグラブルに一切触れた事はありません。