詩乃:泣くとかそんな状態じゃなかった
藍子:ふとした拍子に涙が出て止まらなくなる
木綿季:誰かといると泣かないけど一人になると涙が止まらなくなる
悠那:そもそも知らされてない
悠那「扱い酷くないですか!?」
作者「物理的な距離的に残当」
学院であっても、オーリはキリト・ユージオ・ストレア・メディナの四人と行動を共にする事が多い。そこに各自の傍付きが居れば人数は簡単に倍になり、学院内の集団としても大人数になる。
各自の傍付き……オーリの傍付きだけが男子で、後は女子と言う比率だが、相性としては悪くない。女性陣は言わずもがなだが、唯一の男子も上手くやっている。理由としてはオーリら五人が、まとめて五人の傍付きの訓練を見ているという事が挙げられる。基本的に上級修剣士と傍付き練士のマンツーマンになるそれを、どうせ一緒に行動するのだからと纏めたのはオーリだ。『他の上級修剣士の傍付きを指導してはいけない』という規律も規則も存在しないし、まとめた方がそれだけ刺激が多い。傍付き達もそうだが、オーリらも何かしらの切欠が掴めるだろう考えられたので、オーリを除いた四人の仲間と、五人の傍付きは諸手を挙げて賛成した。
「それじゃ、神聖術の
「えっ、俺ぇ?」
そうして始まった合同勉強会。数回行っているが今回はストレアが受け持つ神聖術についての回であり、これは初等練士の大半がまず、剣術よりも神聖術の練度が低いためである。主席のオーリと次席の彼女に割り当てられた部屋の居間に集まったのは、五人の傍付きとそれぞれの上級修剣士。傍付きは勿論だが、ユージオとメディナも彼女の講義を聞く姿勢になっている。
五人の中で……いや、在学している練士や剣士の中であっても、ストレアの神聖術の成績はトップに位置する。教員すら舌を巻くほどの力量は、噂では稀に見る満点の成績とも言われる彼女の講義だ。初等練士ならずとも修剣士すら、その話を聞けば『自分も受けたい』と押しかける可能性がある値千金の物。
幼い頃からそんな妹と神聖術を訓練しているオーリはともかく、『神聖術苦手なんだよなぁ』と避ける節のあったキリトは、いきなりの質問に焦った。
「
「えーっと……全八種類で、《光素》《熱素》《風素》《凍素》《水素》《闇素》《鋼素》《晶素》だよな」
「はい正解。神聖術はその八種の
こんな風にね、とストレアが詠唱を行って、立てた人差し指の先に一つ、黄金色の球状の光が生み出された。『おぉー』と五つの声が上がり、ストレアは声を上げた五人の中から焦げ茶色の髪の少女に視線を送る。
「ロニエ。今アタシが生み出したのは、何の
「は、はい。えーと……仰っていた式句は《ジェネレート・ルミナス・エレメント》なので、《光素》です」
「ん、そだね。では《光素》の特徴は?」
「えっと……暗闇を照らしたり、天命の回復に使えると習いました!」
「正解。
「何で俺を見ながら言うんだストレア……」
がっくりと肩を落とすキリトを見て、他の四人の上級修剣士が笑う。傍付き達も微妙な表情をしているが、外出しては門限ギリギリにオーリに室内に転がされているキリトを見たのは一度や二度ではない。少し緩んだ空気を指先の光を消して、『こほん』とストレアが咳払い一つで引き締める。
「次は《熱素》。何かを燃やしたり、熱くしたりする事が出来る
「上手く使えば野外でも料理が出来るよな」
「ユージオ、貴方の相棒って食べ物の事ばかりなの?」
「食べる事が好きだからね、キリトは」
メディナとユージオの会話に、『確かに』と傍付き達が頷いた。たまにキリトが買ってきて差し入れをしてもらえる食べ物はどれも美味しく、彼らと同室の練士たちにとっては楽しみの一つだ。
「食べ物の事ばかりじゃないぞ。剣の事とかもちゃんと考えてるし」
「大体そのどっちか、って話だろう?」
オーリのトドメにキリトが机に沈んだのを見届けて、ストレアは続きを開始する。
「料理の話はともかくとして、神聖術の力を伸ばしたいなら周りに迷惑が掛からない程度に普段使いをするっていうのは間違いじゃないよ。神聖術に必要なのは式句の詠唱と、それに伴う効果をイメージする事だから」
「イメージ……?」
「例えばの話、生み出した素因をどこに向かって飛ばすのか、とかだね。式句の中に事細かく『どう飛ばすのか』『何を目標にするのか』を入れても良いけど、それだと長くなる」
「戦闘中だとその式句で何を狙っているのか、丸分かりにもなるからな」
「そう言う事。だからある程度は使い慣れておいた方が、いざと言う時に役に立つんだ」
オーリの言葉に同意を示して、ストレアの講義は進んでいく。
「次に《風素》。風の素因で、物を吹き飛ばす事が出来るね。生成式句は《ジェネレート・エアリアル・エレメント》だよ」
「《熱素》と組み合わせると洗濯物が早く乾くな」
「雨の日とかに重宝しそうね」
「いやいや、メディナまで思考がキリトに毒されてないかい……?」
「《凍素》。これは氷の素因で、簡単に言えば氷を作ってぶつけたり、何かを冷やしたりできるものだよ。生成式句は《ジェネレート・クライオゼニック・エレメント》」
「暑い日とか、鎧の中を良く冷やしてもらったな……」
「ス、ストレア様! 籐カゴの中とかを冷やしたりもできるんでしょうか?」
「出来る出来る。というかアタシの常套手段だよ、それ」
「《水素》は水の素因だね。まぁこれはイメージが簡単かな。言うなら水をかけるようなものだから。生成式句は《ジェネレート・アクウィアス・エレメント》」
「野外で汚れたら、それで流せそうだよな」
「それで服が濡れたら、《熱素》と《風素》で乾かすのかい?」
「ユージオも何だかんだでキリトに毒されてるじゃない」
「訓練で使うなら、この《水素》か《光素》にしておいた方がいいな。後は怪我をする可能性が高い」
「兄上の言う通りだね。という事で次いくよー」
「《鋼素》は鋼の素因。戦闘で使いやすいと言ったらこれもかな。鋼を生み出して盾にもできるし、そのままぶつけて攻撃も可能だから。生成式句は《ジェネレート・メタリック・エレメント》」
「あの、この素因を使えば武器は必要ないのでしょうか? 武器にも盾にもなって便利だと思うのですが」
「んー、そこは生み出せる鋼の力によるかな。最初はそこまでの物は生み出せないから、本当に応急的な物にしかならないよ。極めていけば分からないけど……難しいだろうね」
「料理の包丁とかまな板くらいにしかならないか……?」
「食べ物から離れろ、キリト」
「《闇素》。闇の素因の事だけど、これは兄上が詳しいかな」
「まぁキリトを見つけるのに使ってるのがこれだからな。闇と言っても性質は様々だ。まず、相手や障壁にぶつける事によって、相手の視界を潰したり自分の姿を隠す事が出来る。それともう一つ、《闇素》は物に向かっていく性質がある。それを利用すれば、余程離れて無ければ物や人を探せるって寸法だ。生成式句は《ジェネレート・アンブラ・エレメント》」
「なら次からは、その《闇素》に《光素》をぶつければ撒けるのか?」
「飛んできた方向から位置を割り出せるから無意味だぞ、それ」
「知ってた……」
「最後に《晶素》は、ガラスの素因だね。生成式句は《ジェネレート・クリスタリン・エレメント》」
「《鋼素》と似たような使い方、と考えていいんでしょうか?」
「強度はこっちの方が低いけど、《鋼素》と比べるなら『透明である』という事が利点として挙げられるね。見えない壁を設置して罠として使ったり」
「これも撒くのに使えるな……」
「誰かがお前の逃げ道に設置して、お前がぶつかる可能性も考えろ」
「なるほど、キリトはそうやって追い詰めればいいんだ……」
「ユージオさん? そう言う所は学習しなくていいから」
わいのわいのと盛り上がる生徒たちに対して、ストレアが手を叩いてそれを制した。
「さて、素因についてざっくりとやったけど、次は術式について。神聖術の術式は大きく分けて六つの段階がある。一番初めは当然、《システム・コール》から始まる《起動》。二番目はさっき素因について話した時に出した、生成式句が該当する《素因生成》。三番目はその生成した素因に形を与える《形状加工》。四番目は加工した素因をどう飛ばすかの《射撃》。五番目はより正確に何を狙うかの《軌道指定》。最後に術式を発動する為の《解放》」
簡単にやってみようか、とストレアは右手の人差し指の先に一つ、《熱素》の素因を生み出した後、それに対して左指の人差し指を向ける。
「《システム・コール》《ジェネレート・アクウィアス・エレメント》《フォーム・エレメント・リキッド・シェイプ》《フライ・ストレート》《カウンター・サーマル・エレメント》《ディスチャージ》」
左の人差し指の指先に現れた《水素》が液状化し、雫となってストレアが右手の指先に待機させていた《熱素》へと真っ直ぐに飛んで命中。互いに消え去っていく。その光景に傍付き達が再び歓声を上げた。
「簡単にするとこんな感じ。《起動》は唱える物は一つだけだし、《素因生成》はさっきやったから飛ばして、三番目の《形状加工》から。これはさっき唱えた中では《フォーム・エレメント・リキッド・シェイプ》が該当する」
「素因を液体に変えた……という事でしょうか」
燃えるような赤い髪の傍付きの少女……ユージオの傍付き練士であるティーゼ・シュトリーネンの回答に、ストレアは『せいかーい』と明るい声音で返した。
「《形状加工》は《フォーム》から始まる式句で、『何』を『どのような形状』に『変える』という感じで構成されている。さっきの《フォーム・エレメント・リキッド・シェイプ》で言うなら、《フォーム》と『変える』の《シェイプ》は定型句と言って良い。その間の《エレメント》と《リキッド》が『何』を『どのような形状』の部分に該当するね」
「あのー……ストレア様」
おずおずと挙手をしたのは、メディナの傍付きとなったフレニーカと言う少女だ。傍付き五人の中では剣の腕に秀でており、性格的には控えめで大人しい。メディナとの相性は良いらしく、彼女が『妹ってこんな感じなのかしら……』と言うくらいには関係も良好だった。
「はい、フレニーカ」
「素因以外も形状を変える事って……出来るんでしょうか?」
「神聖術の力量が上がれば可能だね。例えばー……これでいいか」
ストレアが手に取ったのは、平べったい石……自身の《群狼剣》の整備に使っていた砥石の中で、もう使えなくなった物だ。あまり
「《システム・コール》《フォーム・オブジェクト・バード・シェイプ》」
式句を唱え、手に乗せた砥石が光を放った後、そこに鎮座していたのは翼を広げた小さい鳥の石像だ。精巧に出来ているそれは、とても一瞬で出来たものとは思えないほどで、傍付き達に渡せば五人がいろんな角度からまじまじと見ている。
「ストレアって、しれっと凄い事してのけるわよね?」
「あー……確かにそうかもしれない。遠征の時も振り回されてた記憶しかないし」
「今のって何がどう凄いんだ?」
「基本的に、その物に干渉できる程の力量が無いと変えられないんだよ。使い込んでいる私物なら難易度は下がるが、それでもあれだけ精巧に変えるのは難しいと思うぞ」
「前半二人が何か失礼な事を言った気がした。メディナとユージオは後でアタシに付き合って訓練希望かな?」
「「ごめんなさいっ!」」
立ち上がって頭を上げる二人に、キリトとオーリが苦笑した。ストレアは不満げに唇を尖らせていたが、気を取り直して傍付き達へと向き直る。
「まぁ実力が上がればこういう事も出来るってだけで、最初は素因の加工が良いと思うよ。神聖術でよく使うとするなら、この《形状加工》まで唱えて《解放》かな」
「《起動》して、《素因生成》を行い、《形状加工》して、《解放》するわけですね」
「そう言う事だよ、ロニエ。後の《射撃》や《軌道指定》はより正確に狙いをつける場合に唱える。《射撃》は《フライ》で始まる式句で、真っ直ぐ飛ばす場合は《フライ・ストレート》。曲射の場合は《フライ・ベント》と唱える」
「真っ直ぐ飛ばすのはわかりますけど、曲射が必要な場合って……」
「例えば真っ直ぐ飛ばしたら、相手が展開した障壁で防がれる場合、避けて攻撃したいなら曲射する。逆に障壁を破壊したい場合は、直射して更に《軌道指定》もしてやれば確実かな。ちなみに《軌道指定》は《カウンター》で始まる式句になるよ」
「そして最後に、《解放》である《ディスチャージ》を唱えて術式を発動させるわけだな」
「そうそう。で、これは基本的に遠距離……遠くの相手を狙うもの。近距離で使う場合は、その場で《解放》する《バースト・エレメント》の式句を唱える事だね」
こんな感じで、とストレアが指先に一つだけ《風素》を生み出して《バースト・エレメント》と唱えれば、《風素》が弾けて、室内でありながら全員の髪を揺らす程度の突風が吹く。
「生み出す素因の大きさによっては、自分を巻き込むかもしれないから気を付けて。これで今日のアタシの講義はおしまい。質問したい事があったら、各自の掃除が終わってからねー」
「「「「「有難うございました!」」」」」
傍付き五人が立ち上がり、一礼した後で各自が受け持つ掃除へと入っていく。それを見送った後で、オーリとキリトは同時に立ち上がり、二人して同時に窓から飛び出していく。
「あ、しまっ」
その意図にメディナとユージオが気付いた時にはもう遅い。
「さぁ、やろうかぁ……」
いつの間にか背後に立っていたストレアに首根っこを掴まれて、二人は練武場へと引きずられていく。ちなみにストレアの訓練は五人の中で一番地味にキツイという事を、ここに記しておく。
◇
そんな賑やかな学院での生活ではあったが、当主としての仕事も持っているオーリとメディナは、定期的に三区にある屋敷へと戻る事が許可されている。それはオーリの名代として動く事もあるストレアも同様であり、ついでに言えば二人の護衛でもあるキリトやユージオにも適用される。
「……やっとか」
今日は一人で屋敷へと戻ったオーリが届いた手紙の中身を検めて、一つ息を吐く。内容はざっくりと言えば『ゴブリンの偵察部隊の事について、帝城にて聴取を行うため登城されたし』という事だが、例の報告を上げてから二年以上かかっているという事実にオーリは苦笑せざる得ない。皇帝と言えど、《公理教会》へ報告を上げようと思えばそれなりに手間がかかる事は知っているが、これでは対策を立てる前に向こうの準備が整ってしまうだろう。
オーリはそんな漠然とした不安を覚えながら、手紙に記された指定日を確認する。指定日は三日後で、その次の日は七日に一度の安息日に当たる。すぐさま登城する旨を手紙に認め、人を呼んで届けさせる。この辺りの人を使う……と言う行為に、今になっても慣れない彼であるが、それはもう貴族の振る舞いとして割り切っていた。
「さて、どの《整合騎士》が来るのやら……」
帝城に行き、皇帝に対して報告するだけならば問題は無い。しかし皇帝とも面識のあるオーリからすれば、それは有り得ないと結論付けられる。『あの皇帝なら動かないだろうな』と見越して、オーリは更に上の……人界を統べる《公理教会》への報告として、
故にこの聴取には《整合騎士》が現れると、オーリは踏んでいた。彼が面識のある《整合騎士》は決して多くないが、それでも自身が赴いた境界を越えて現れる闇の軍勢の討伐などで顔を合わせる機会はあったのだ。そして、それ故の懸念も彼の中にある。
(知ってる《整合騎士》の名前の中に、統一大会の優勝者が居たんだよなぁ……)
もちろんそれ自体は不思議でも何でもない。《四帝国統一神前大会》の優勝者は《整合騎士》として取り立てられるという話は、それこそ辺境の村に居たユージオですら知っている話だ。しかし、当人がその事を全く覚えていない――…自身が天界より召喚された神の騎士であると述べられた時点で、オーリは一つの仮説を組み上げた。
彼らを召喚したとされる最高司祭が、何か良からぬ目的の為に整合騎士と言う駒を用意しているのではないか、と言う仮説。バレれば人界最高の権威である《公理教会》への反逆として処刑されかねないものであるが、オーリはこの仮説を否と断ずることは出来なかった。
《公理教会》は上級貴族に対し様々な特権を認めている。確かに地位とそれに付随する義務や責任の重さを考えれば、特権がある事に対しては彼自身も納得を示す。しかし、現状はどうだったか……数年前にオーリが、メディナに対するイジメの報復としてとった行動。その結果が根絶……とまでは言わないにしても、貴族の数は明らかに減った。だからこそそのしわ寄せで、彼もストレアもメディナですら仕事に忙殺されたのだが、そういうものを許してしまうほどに貴族は腐敗していたのだ。
そしてそれは何も北帝国だけの話ではなく、他の三帝国でも同様だった。外交により、三帝国の内部を垣間見る機会のあった彼は知っている。自身が嫌悪した存在が、各国の中枢にすら巣食っているのだと知っている。そんな状況を何故教会は許しているのか……仮説の根源はその不信感であった。
各国の状況を教会が知らないという事は有り得ない。面識を持った騎士との話からすれば、彼らも『上級貴族が腐っている』と不信感を持っている事はわかっていて、故にその中で毛色の違う自分に少ないながらも好感を持っているのをわかっている。任務中の雑談として話しただけであるが、話した相手に関しては間違いないだろう。
(それでも動かないのは、最高司祭にとってそれが都合が良いから……もしくは端から興味を持っていないから)
背もたれに体を預けて思考に耽る。最高司祭の狙いについて……興味が無いならそれ以上話が進まない。ならば都合がいい場合、その『利』は一体なんだと考える。真っ先に思いつくのは、自分のやる事を妨害される事が無いというのを思いつく。しかし、基本的に皇帝すら絶対服従している《教会》の、それも最高司祭が今更妨害を考えるのだろうか?
思考はそこで留まらず、少し飛躍させる。例えば、服従している皇帝ですら反旗を翻すような事を教会……ひいては最高司祭が考えているのだとしたら、それはどのような事だ、と。
(既得権益への干渉……をする意味は無い。既に教会の権力は絶大で、利益を増やしても手間だけが増えて得られる利益に見合わないだろう。ならば何だ……皇帝達が干渉されて反旗を翻す可能性のある物……あんな、自分だけが大事な奴らが手を出され、て……)
「自分、だけ……」
思考が行き着いた先を想像し、オーリの背筋に寒気が走った。執務室にある保管書類を乱暴にひっくり返し、目当ての物を凝視、何度も何度も読み返す。それは、貴族ならば誰でも閲覧できる情報……北帝国の人口の推移表。着実に増えている人口を示す書類を握りしめ、その想定が違っていて欲しいと願う。
「……これは、誰に言っても無駄だな。証拠も何もない。しかし実行されてからでは遅い……」
その願いと共に、彼は決意と覚悟を胸の中に閉じ込めた。例えそれが、世界を敵に回すものだとしても、
◇
三日後、オーリはストレア・キリト・ユージオを伴って北帝国の中枢である帝城へと足を運んでいた。通されたのは玉座の間ではなく応接間で、豪勢な設えのソファにはオーリとストレアが座り、その後ろにキリトとユージオが控える。護衛としての位置にいる事にも慣れたものであり、滅多に来ない帝城という場所に緊張している様子ではあるが、それでも固くはなっていない。
「しばらくお待ちください」
案内をしてくれた騎士が礼をして退室していく。
「……なんか物々しいな」
「そうだね。何かあったのかな?」
「これからあるんだろうな」
オーリの言葉にキリトとユージオは疑問符を浮かべ、『あぁ』とストレアが納得を示した。流石にこの世界で十数年……もうじき二十年に届く時間を共に過ごしているのだ、ストレアにしてみれば兄の思考パターンは理解している。それでも時折計り知れないのだが、今回は周囲の状況から見ても間違いが無いだろう。
「二年経っての聴取って何事かと思えば……兄貴、直接訴える為に《整合騎士》が来るように仕向けたね?」
「「はぁっ!?」」
「仕向けたわけじゃない。そうなればいいなとは思ったのは事実だけどな」
オーリは三人に自分の考えを話した。闇の軍勢に関しての報告で、《教会》の目に留まる様な報告の仕方をした事。その理由は通常では会う事の叶わない《整合騎士》に会って可能ならば聞きたい事があるからであり、無理でも何かしらの『渡り』は付けるつもりである事。
「その時にユージオの目的である彼女の事も聞いてみよう」
「いいのかい? 有り難いけど負担になるなら……」
「特に問題はない。雑談程度で済ませるから、深い所までは聞けそうにないが」
「充分だよ。それ以上は僕が自分で辿り着く」
目に強い光を宿したユージオの言葉に、オーリは頷いた。そのタイミングで、応接間のドアがノックされた。
『整合騎士様が御出でになりました』
告げられた言葉に、キリトとユージオが息を呑む。オーリの狙いが的中したという意味の言葉であり、更なる狙いへの試練でもあるからだ。『入ってください』とオーリが立ち上がりながら告げれば、ゆっくりとドアが開く。
まず目に入ったのは、金色だった。窓より入る光を反射して金色に輝く鎧が目に入り、次にその鎧の下にある青いスカートと、上に羽織った青いマント。そして、黄金を融かし極細の糸にしたような、深く清らかな色を湛えた長い髪。
「セントリア市域統括、公理教会整合騎士――…アリス・シンセシス・サーティです」
「ノーランガルス北帝国一等爵家、ヴァルゼライド家当主。オーリ・ヴァルゼライドです」
自己紹介と共に礼をした後、オーリが右手を差し出す。アリスと名乗った整合騎士は『あぁ、貴方が』と得心がいったような表情をした後、微笑みを浮かべてその手を取った。
「騎士長閣下よりお話は聞いています。《太陽竜》と呼ばれる貴方の事は」
「騎士長……ベルクーリ・シンセシス・ワン閣下の事ですか」
「えぇ。『見所のある貴族である』と珍しく褒めていらっしゃいました」
なるほど、とオーリは呟いて思考を回す。まさかそんな大物の名前が出るとは思わなかったと、内心で嘆息する。自分の名前が売れているというのは彼も認識していたが、整合騎士の中でも知られているとは思わなかった。
それに、彼と面識があるのは《レンリ・シンセシス・トゥエニセブン》という少年騎士だ。何かしらのトラウマを追っていた彼とは、帝国内に出た魔獣の討伐に赴いた時に会っている。その際に自身の貴族としての心構えと、背負う者としての覚悟を見せた。それから少し話をしてそれっきり……《整合騎士》は任務以外で市井の民と交わる事が禁じられている為、連絡も何もない。
「そのお話に興味はありますが、先に要件を済ませましょう」
「そうですね」
アリスがオーリ達と対面のソファに座り、それを見てオーリ達が座る。先程まで柔らかく笑みが作られていた表情は鳴りを潜め、冷徹な眼差しで騎士はオーリを見据える。
「まずは報告より遅くなった事に謝罪を。そして、ゴブリン達を討伐したというのが」
「妹のストレアと、後ろに控えているキリトとユージオです」
紹介の為にオーリがユージオを見れば、彼の眼が大きく見開かれたまま止まっている。その姿に『まさか』と言う考えが過った。彼から幼馴染の《アリス》の話は聞いている。《セントラル・カセドラル》に連れ去られて六年経ち、キリトと出会い《ギガスシダー》を伐り倒した後、二年間を剣の鍛錬や神聖術の修練に費やしてきた。
その目標が今、整合騎士となって彼の前に現れたというのなら、オーリがあの仮説を組み立てる元となった不信感の一つにたどり着く。
「――…場所はルーリッドの村。その北にある果ての山脈の洞窟。セルカ・ツーベルクという修道女見習いの少女が迷い込み、まず彼らが捜索に向かいました」
「ルーリッド……セル、カ……」
真っ直ぐにオーリを見据えていたアリスの表情と、冷徹だった瞳が崩れた。今の話の中に不審な言葉は何もない。術式など無い事はアリス自身が理解している。しかしオーリの口から並べられた言葉が、彼女を揺さぶっているのは確かなようだ。その反応を見ていたオーリが静かに深い呼吸を一つ行い、話を続ける。
「洞窟内で彼らが見つけたのは、闇の軍勢の先遣隊と思わしきゴブリンの群れ。総数は三十で、ゴブリン達にセルカ・ツーベルクは捕えられていた」
微かにアリスの唇が震えたのを、オーリとストレアは見逃さなかった。報告書には固有名詞を最低限しか載せていない。それは特に意図があった話ではなく、報告書に名前が載せられて変に注目を受けるよりは伏せていた方が良いだろうという判断からだった。
ただ、この聴取で固有名詞を出した時の彼女の反応が劇的すぎて、彼が思っていた流れからは大きく変わっている。『防衛の話は難しそうだな』と内心で苦笑し、しかし話を続けなければ何も始まらない。
「……女性には刺激が強すぎる話でしたか? 少し時間を」
「必要ありません。配慮には感謝しますが……続きを」
「わかりました。奴らはどうやら『ダーク・テリトリーに連れて帰る』などの話をしていたようです。それを聞いた二人はセルカ・ツーベルクの救出を決意し……結果としては成功しました。その後はキリトがユージオがセルカを連れて逃げる時間を稼ぐために残り、その時にストレアが合流。ゴブリン達を殲滅したというのが顛末です」
そう締めくくられた話に、アリスが僅かに安堵の息を吐いた。報告書で顛末は知っているはずだが、という疑問が湧き、問いかける。
「……私達に来た報告書は、『果ての山脈内の洞窟の人界側にゴブリンが居たが、撃滅した』と言う物だけです。貴殿が語られたような詳細は載っていませんでした」
「……把握しました」
「こちらも、その報告で事態は把握しました。由々しき事態である、と私は考えますが」
「はい。そして、その件でお伺いしたい事があります」
「答えられる事であれば」
「むしろ貴女達《整合騎士》でなければ答えられないと思います。伺いたい事はただ一点……
ともすれば、《公理教会》への不信と取られかねない問いに、アリスもそうだがストレアもキリトもユージオも目を見開いた。それほどまでの覚悟を秘めてきたのだろう、オーリの眼は全く揺ぎ無く、格で言えば上である筈の整合騎士相手でも臆することなく真っ直ぐ見据えている。
「……小父様……いえ、騎士長ベルクーリ閣下が貴方を褒めていた理由が、理解出来た気がします。本気で人界を憂い、民草を守る決意と覚悟を持っている」
「何処で聞かれたのか気になる所ではありますが……貴女の意見を伺いたい。整合騎士アリス殿」
「その前に一つ、お願いがあります」
「出来る事であれば」
「……可能な限り、今仰った村や、セルカの事を、教えてください」
震える声で紡がれた彼女の言葉に、オーリは三人に視線を向ける。見る必要が無いくらいに、三人とも肯定の視線をオーリに向けて……特にユージオの視線の圧は凄まじい。それに屈したわけでは決してないが、オーリは整合騎士アリスへと視線を向けた。
「わかりました。我々が事実と信じる所をお話しましょう」
まだ彼女の右目バーンはしない(ネタバレ
話を書く度にプロットに変更加わるんですけどどうなってんすかね(白目
あいこ「にいさんにいさんにいさんにいさん」
ゆうき「おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん」
すぐは「気持ちはわかるんだけど……瘴気が凄い」