ラスボスまで後どれくらいかかるんだよ……
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聴取とは違う、懐かしき日々の回想。
整合騎士アリスに請われ、話すならばユージオ以上の適任者はこの場には居らず、彼は自身の生まれから出会い、その別れまでを語っていく。自身の家族の話も、彼女の家族の話も、何一つ色褪せる事のない、彼の魂の記憶を。
「……そう、ですか」
長い、彼の半生の話を聞き終えたアリスは小さく呟いた。それから、ユージオの話の中に出てきた名前を……彼の幼馴染の《アリス》という少女の家族の名前を、小さい声で呟き続ける。何度も何度も、己が内に問いかけるように。
「……どれも、記憶にはないはずなのに、声も、顔も、思い出せないのに、私の口が、喉が……心が、それを知っている……憶えている」
騎士の瞳から溢れ出す物を察知して、オーリは視線を彼女から外した。それを見る資格があるのは彼女の家族か、彼女をずっと思い続けてここまで来た男だけだと思ったからだ。ストレアもそれに習い目を伏せ、キリトはユージオの肩を叩く。
「ッ……アリス」
「何度も、何度も呼んだ……毎日、毎晩……セルカ……セルカ……」
ユージオの声に反応しないまま、彼女は家族の……妹の名を呼び続ける。その瞳から、涙を零しながら。次から次へと溢れるそれを誰も指摘せず、彼女自身も止める事はない。ユージオはそれを見て、彼女に家族の……ルーリッドの村で過ごした記憶自体が無く、しかしそれでも刻まれたものがある事を悟った。
「……オーリ、これは、どういう事なんだい?」
ユージオの声は震えていた。記憶がないという事は、連行された《セントラル・カセドラル》で何かされたという事に他ならないからであり、その事実が恐怖となって彼を襲っている。
「――…全部推測でしか語れない。証拠が無いし、状況からの判断でしかない」
「それでもいい。教えてくれないか?」
懇願を聞いて、オーリはとうとう顔を両手で押さえて俯き、嗚咽を漏らすアリスを見る。これ以上、彼女を刺激する話をするのは彼としては遠慮したい。聞きたい事も聞けていないし、自分の目的は何一つ達成していない。
それでも、二年の付き合いである友の言葉を無碍にするのは、彼の矜持が許さない。部屋を出ると余計な目がある為に、学院に戻った後で話そうと言う旨を伝える為に口を開きかけるが。
「かまい、ません。私も、何故このような事に、なっているか……小父様が認めた貴方の話を聞きたい」
気に掛けたアリスにすらそう言われてしまえば、オーリも話すしかない。『他言無用で、刺激の強すぎる話だ』と前置きして、口を開く。
「本題に入る前に、騎士アリス。レンリ・シンセシス・トゥエニセブン殿とは面識は?」
「……あります。それが、何か?」
「彼の騎士は数年前に魔獣の討伐の際に出会いまして、少しだけですが話をしました。そしてその後、屋敷に戻った後に少し記録を調べたのです」
「整合騎士は、最高司祭様によって天界から召喚されます。人界に我らの記録など……」
「あるのですよ。人界……いや、セントリアの市民ならば誰もが知っている、『《四帝国統一神前大会》に優勝した者は、《整合騎士》になる名誉を賜る』という話があります」
「え……」
「これはセントリアの誰に聞いても……それこそ、北も東も南も西も関係なく、同じ話を知っています」
アリスの驚愕を、オーリは切って捨てた。それと同時に、ユージオもアリスが語った話との矛盾を知る。
「彼の名が、統一大会優勝者の一覧の中にありました。伝え聞く髪色や特徴も一致……その年の頃も全て。そしてもう一つ……エルドリエと言う名前に、聞き覚えは?」
オーリが言った名前は、今年の統一大会の優勝者の名前だ。ノーランガルス北帝国第一代表剣士、エルドリエ・ウールスブルーク。オーリらの先輩を打ち破り、その剣の腕を知らしめた後に《整合騎士》となる栄誉を賜った男。
その名を聞いた瞬間に、アリスの顔が青褪めていき……やがて力無く頷く。
「……エルドリエ・シンセシス・サーティワンは、一カ月ほど前に整合騎士として人界に召喚された、私の弟子です」
「紫色の髪の、美丈夫でしょうか?」
「確かに、髪の色は紫です……美丈夫かは、わかりませんが……美形では、あると」
「そうですか」
天井を見上げ、オーリは一つ息を吐く。彼の中の不信感の一つが、確信に変わってしまった。身も凍るような所業を、最高司祭は行っているという確信だ。そして、人界を守る整合騎士すら、最高司祭にとっての駒に過ぎないという考えが現実味を帯びてくる。
「本題ですが、整合騎士は天界より召喚された神の騎士では決してありません。この《アンダー・ワールド》で生まれ育った人間です」
強く言い切られた言葉に、アリスは目を見開いた。そんな彼女の様子を横目に、オーリは続きを語る。
「レンリ・シンセシス・トゥエニセブン殿については過去の事なので、間違いの可能性がゼロではない。しかし、エルドリエ・シンセシス・サーティワン殿については今年の話です。覚え違い等は有り得ない。更に言えば、僕は試合も見ていますからね。彼の名はエルドリエ・ウールスブルーク。この北帝国の将軍、エシュドル・ウールスブルークとその妻アルメラの息子……上級貴族の人間です」
「そんな馬鹿な!?」
怒号と共にアリスが立ち上がる。その眼は強い怒りの色があるものの、何処か不安な色も見え隠れしている。それを揺るがない瞳で見据えるオーリに、アリスは諦めたように再びソファに座った。
「……全てとは言いません。しかし四帝国の上級貴族の多くは、贅を尽くした怠惰な暮らしに溺れている。なのにエルドリエが……他の騎士もそんな貴族の出身などと」
「少し、過激な話をしますが……上級貴族が腐敗してしまったのは、あまりにも高い地位と数多の特権を教会より与えられたからです。故に貴族の子供は幼い頃より剣や神聖術の英才教育を受ける事が出来る。そして、その子供達を競わせ、選りすぐられた天才達が統一大会に出て、優勝した一人だけが《セントラル・カセドラル》に招かれる……まるで、供物のように」
その言葉にアリスは脇に置いていた剣に手を掛けようとして、止めた。説明をしているオーリの眼に、一切の虚偽や自身を謀ろうという邪心が見えず、自分の記憶にないはずの何かが彼の事を肯定していると感じたからだ。
「更に言いますが、大会の優勝者はおそらく整合騎士の中でも半数でしょう」
「……それは何故、です?」
「確証はないのですが……おそらくもう半数は《禁忌目録》を犯した罪人であると、僕は考えています。この考えに至った理由はユージオから貴女の……いえ、整合騎士になる前の貴女である《アリス・ツーベルク》の事を聞いています。そしてその話に、貴女は記憶になくとも懐かしさを感じた」
そうですね、という問いに、アリスは頷いた。どうしようもなく、自分の心がその名前の存在を求めている事実を、彼女は否定できない。
「彼女は禁忌を犯し、整合騎士によって《セントラル・カセドラル》へと連行された――…そんな彼女と同じ名前であり、同じ特徴を持つ人間が、整合騎士として現れる。疑うな、と言う方が難しい」
「し、かし、ならばその連行した騎士が、何故私を覚えていないのですか?」
「それが最も考えたくない事で、そうでなければ辻褄が合わない話ですが……」
オーリは目を閉じて、呼吸を整える。自分もここまで来れば妄想の域だと思っている推論を語る為に、力を込めて口を開いた。
「最高司祭に、貴女達の記憶が操作されている可能性があります」
今度こそ、アリスの剣が鞘から解き放たれ、その切っ先がオーリの喉元へと向けられた。それに反応してキリトとユージオとストレアが自身の剣へと手を掛けて、オーリがそれを両手を上げて止める。
「そんな事、あり得るはずがない!? 私達は! 私達は……!」
「騎士アリス。貴女の記憶の中に天界の誰から生まれ、何処で育ったかの記憶は無いでしょう。最初の記憶はおそらく、最高司祭が貴女に向かって『あなたは天より遣わされた神の騎士なのです』……と言うような事を話しかける場面では?」
冷たい切っ先が喉元に触れているのを感じながらも、オーリの声が震える事はない。変わらず真っ直ぐにアリスを見据え、その視線を受けた彼女は何も返答する事が出来ない。言われた言葉がその通りであり、図星であったからだ。
「……それ、は、整合騎士は、地上に遣わされた時点で、ステイシア神によって天界の記憶を封じられるからで、ダーク・テリトリーの邪悪な者どもを討ち滅ぼし、騎士の責務を全うした暁には、再び神の国に……」
彼女の声が尻すぼみに揺らいで、途切れた。それと同時に剣の切っ先がオーリの喉を離れて、力なく床へと向く。
「故に私はそう考えた、と言うだけです。そして、先に僕が伺った内容にも繋がる可能性がある」
「……全面戦争になった場合、我々整合騎士だけで人界守護が叶うか、でしたね……」
問われた内容を繰り返し、整合騎士アリスは弱々しく首を横に振った。
「……騎士長閣下も、貴殿と同様の懸念を胸の裡に秘めておいでのようでした。ダークテリトリーの精兵は既に数万の規模に達し、それらが一斉に《東の大門》から押し寄せてきたら、騎士団だけではおそらく抗しきれない、と」
「そして、人界の貴族達の剣は現状、見栄えを追求した物が多くとても実戦に耐えられるとは考えられない――…その状況を望んだのは、最高司祭であると僕は考えています」
次々と告げられる彼の過激な推論に、アリスは打ちのめされる。ユージオも口は挟まないが、その推論が『あり得る』と考えてしまえる事に恐怖を覚えていた。
「オーリ……君は一体、何処まで考えているんだい……?」
「整合騎士が記憶を操作されていると考えた時、最高司祭から彼女達整合騎士への印象を考えて出した結論が『駒扱い』だった。記憶を操作する……それはその人間を殺す事と同じだと、僕は考えている。そんな事が何故できるのかと問われれば、最高司祭が人を愛していない……もっと言えば、人界の人間全てを信用していないのではないか、そう思った」
語られる推論に、ユージオは息を呑んだ。今まで信じてきた物が、土台から全て崩れ去るような……あるいは、全てが虚像だったかのような錯覚を覚え、膝から崩れ落ちそうになる。
「……最高司祭様は、一体何を目指しておられるのですか……?」
整合騎士の問いかけに答えられる者は、この場には誰一人存在しない。オーリが推論を言うのは簡単であるが、それが事実である保証はどこにもない。彼の推論が当たっているのだとすれば、その目的を聞いた者の末路は『服従』か『反逆』の二つしかない。そんな博打に誰かを巻き込む気など、オーリには存在しなかった。
ストレアはヴァルゼライドを次代に繋げる為に欠かせないし、キリトとユージオは元より関係ない……と言うのは言い過ぎだろうが、世界を敵に回させるわけにもいかない。ユージオにアリスと戦わせるような選択をさせたくもないのだから。
「それはわかりません。しかし、今この状況が望んでいる物であるとすれば、この人界を守る気概を持つ者達を集めて軍を組織する、という事も出来ない。誇りを持つ上級爵家や街を、友人を、家族を守ろうとする気概を持つ下級爵家や、本来なら僕らが守るべき民にすら、武器を持たせて戦ってもらうしか術がないにも関わらず、です」
「……そう、ですね……最高司祭様が、お許しになる筈がない……」
「だから騎士アリス、この事は誰にも言わない事が賢明です。同様の懸念を騎士長閣下が秘めておられる事を知れた事は望外の幸運でしたが……無用の混乱が起こるでしょう」
アリスが震える唇で何かを言おうとするが、諦めたように少しの間俯いた。
「……どうすれば、いいのでしょう……」
「――…それに答える事は、僕には出来ません。騎士長閣下ならばあるいは、何かしらの道を示してくれるかもしれませんが」
その言葉を最後に、この聴取は終わりを告げた。部屋に居た者達の心に、重い影を落として。
二日後、ヴァルゼライドの屋敷に整合騎士が訪れた。青みを帯びた鉄灰色の、短く刈り込まれた髪の、二メル……メルは現実世界でのメートルの事だ……近い身長を持つ偉丈夫。
「……ベルクーリ・シンセシス・ワン騎士長閣下ですか」
「あぁ。ヴァルゼライド家当主、オーリ・ヴァルゼライドだな? 貴殿を、セントラル・カセドラルへと連行する……大人しく付いてきてくれると助かるんだが」
◇
「兄貴の狙いはこれか……ッ!?」
オーリがカセドラルへと連行された報告を聞いて、ストレアは兄が彼女の演算以上に馬鹿だったことを思い知る。
「どういう事だよストレア!?」
「どういう事も何も、一等爵家……いや、皇帝ですらカセドラルに入る事は年に一度の謁見しか許されていない。それ以外の方法で入るには統一大会で優勝するか」
「……罪人として、連行されるしかない?」
呆然としたユージオの言葉に、ストレアは頷いた。おそらく整合騎士アリスは、兄を連行した騎士長に聴取の時の事を話したのだろう。彼女が『小父様』と呼ぶ程度には信頼していて、兄と同様の懸念を持った男ならばと思ったのかもしれない。
そして今考えれば、兄は『他言無用』と言ったにも関わらず最後にアリスへと『騎士長閣下なら』と言った。
「整合騎士まで誘導するとか、あの馬鹿兄貴がッ!」
屋敷の執務室で、普段の彼女から想像できない程に口汚く兄を罵る言葉が出る。ここにはストレアとキリトとユージオしかいないが、もしかしたらそれ以外の誰かが居ても、今の彼女に取り繕う余裕は無かった。
「馬鹿だ馬鹿だとずっと驚かされてきたけどここまで馬鹿だとは本当に思わなかった!! 今更ながら詩乃には尊敬しかないね! あの兄貴の手綱を握れるのって詩乃くらいじゃん!?」
「落ち着いてストレア! 誰の事言ってるかわからないけど落ち着いて!?」
うがーっ! と吼えたストレアが兄の執務机をひっくり返す。ユージオの制止も聞かずに暴れまわる彼女を横目に、キリトはひっくり返された机から幾つのも便箋を見つけた。何気なく拾い上げれば、そこには『ストレアへ』と書かれており、他のを拾い上げれば『キリトへ』『ユージオへ』とそれぞれ書かれている。
「二人とも! オーリからの手紙だ!」
その声にストレアが『ばっ!』と振り向いて、自分宛ての物をひったくるように手に取った後、乱雑に開いた。
『ストレアへ
これを読んでいるという事は大方、お前が僕の机をひっくり返したんだろう』
「これ、アタシ怒ってもいいよね?」
「あいつが冒頭から茶化すのはマジな時だけだ」
『そうしないと見つけられないようにこの手紙を隠す。ここに記したのは僕が考えた最高司祭の目的についての推論と、それを暴くための計画についてだ。目的については正解ではないかもしれないから、判断はお前に任せよう。
まず、僕は最高司祭が整合騎士とも違う、《ダークテリトリー》への対抗手段を用意している可能性があると考えている。そして、その手段の材料は人……人界に住まう民かもしれないと考えた』
手紙に書かれていたのは、三人が二日前に聞かされた推論の恐ろしさを遥かに超える物だった。今年の統一大会で優勝したエルドリエ・ウールスブルークの母であるアルメラの姿が、彼が整合騎士となった後に消えている事。
遡れば統一大会で優勝した者達の近親者や、特に親しいと言われていた者達が姿を消している可能性がある事が書かれていた。
『騎士アリスの話を聞き、状態を考え、整合騎士となった者が奪われている記憶と言うのは、その者が愛していた誰かの記憶なのではないかと僕は考えた。そしてその者が愛していた存在が忽然と姿を消したのは、単なる偶然だろうか?
そんな事が出来るのはこの人界においてただ一人だけだろう。もしかしたら、他の整合騎士となった者達の大切な者も同じく姿を消しているかもしれない。残念ながら調べる時間は無かったので、この推論を軸に僕はさらに飛躍させた。ストレア、お前ならこの問いに答えられるだろうか? 人間を兵器に作り替えられる術の有無を』
「どう、なんだ? ストレア」
「……全部読ませて。それから答える」
『最高司祭は人知の及ばない力を行使する。もし、騎士から取り出した記憶と、その記憶の元になる本人を呼応させた場合……そのような超常の力を、最高司祭が自在に振える兵器として生み出せたとしたら、この世界はまさに地獄だろう。最高司祭に全て管理された……《永遠の停滞》とも呼べる、留まった水がただ腐るだけのような、そんな世界になってしまう……それが最高司祭の目的なのだと、僕は思う。
誰も愛さない、誰も信じないならば、人界もダークテリトリーもどうなろうが関係ない。自分に従属する存在を生み出し、そして力を得られるこの方法を最高司祭が使わない道理はない。既に三十一の騎士の記憶と、愛する人……いや、騎士アリスの愛する人は生きているのだったな。ならば三十……そんな力を振るえる兵器があったとして、多分まだ足りない。ダークテリトリー数万の軍を撃退するには足りない。ならば増やす必要がある。
犠牲になるのは、まずは皇帝からか? 徹底的に牙を抜いて、怠惰に浸らせた上級爵家か? 北帝国の人口も他の国の人口も着実に増えている。最高司祭にとっては兵器の材料が増えている事になる――…それをいつ使う? もう、時間はないのかもしれない。
だから、僕は騎士アリスの思考を誘導して騎士長に僕がした話をするように仕向けた。伝え聞く騎士長の人柄からすれば、直接僕を見る為に彼自身が僕を連行するはずだ。それで僕はカセドラルの中に入る。牢に入れられれば抜け出す。それ以外なら騎士長と話をして謁見を……と考えるのは流石に虫が良すぎるか』
「行き当たりばったりにもほどがあるぞクソ兄貴ィッ!?」
「キリト、僕今オーリに対して凄く怒りが湧いたよ」
「俺もだよユージオ。あいつ絶対殴る」
『願うなら、お前やキリト達は僕を追わないでくれ。人界への反逆の罪は僕だけが背負っていこう。ただストレア、お前がくれた《お守り》だけは持っていくとするよ』
ストレアへの手紙は、そこで終わっていた。キリトとユージオも自身へ宛てられた手紙を読むが、内容はほとんど変わらなかった。
「さて」
読み終えた手紙を、ストレアは神聖術で焼き尽くした。非常に珍しく、まったくの無表情で静かにブチギレている。
「アタシは馬鹿兄貴を追うけど、どうする?」
「愚問だなストレア」
キリトが腰に佩いた剣の柄を握りしめる。彼がこの世界に来たのは、馬鹿をしようとする友の為だ。そいつが自ら飛び込んでいった所に自分が行かないなんて選択肢を、キリトは持っていない。
「あいつを最短で殴るなら追いかけないとな」
「オッケー……ユージオは学院に戻って」
「え」
ストレアの言葉に、ユージオは耳を疑った。
「何で!? 僕も――」
行く、と言おうとした瞬間、ユージオの右目に鋭い痛みが走る。立っていられない程のそれに呻き声を上げながら、彼は膝をついた。
「ユージオ!? どうしたユージオ!?」
「ぐうぅぅぅっ……!? 右、目がっ、焼け、る……ッ!? それに、も、じ……!?」
ユージオの指の隙間から右目を覗き込んだキリトが見たのは、左右が反転した英語の文字だ。
「【SYSTEM ALERT:CODE871】……?」
「この世界の人間の意思を縛るコード。禁忌目録……教会への反逆の意思を見せた人間に痛みを与え、従属を強制するの」
ストレアが簡潔に述べた言葉に、キリトは戦慄した。そして、何故こんな物が仕込まれているのか疑問も浮かんでしまう。菊岡達は《人工フラクトライト》達を兵器に乗せる為にこの世界を作った。なら何でこんな意思を縛るような物が必要なのかわからない。
ユージオを支えるように肩を掴むキリトを余所に、ストレアはユージオの顔を両手で挟み、濃いグリーンの中に赤い光が明滅する、彼の眼と自分の眼を合わせる。
「スト、レア……」
「ユージオ聞いて。その右目の痛みは、反逆を抑制する為に名も知れぬ神が仕込んだ物。それが発動したって事は、君は兄貴を助ける為に教会に反する事を選んでくれた」
充分だ、とストレアはユージオに笑いかける。それほどまでに自分達に友情を……大切だと感じてくれていたのだとわかった。それ以上の事は望まない。本来なら彼はこのまま学院で楽しく過ごすはずだったのだから――…そこに戻れば良いと、ストレアは思う。
そのストレアの笑みが、かつてユージオが救えなかった少女の笑みと、重なった。
彼女の青い瞳とは全く違う赤い瞳が、あの時と同じように『さようなら』と言っていた。
「……繰り返す、もんか……」
「ユージオ?」
「あの時動けなかった事を、僕はずっと後悔し続けた! 諦めていた六年を動かしてくれたのはキリトと! ストレアと! オーリもだ!」
魂の奥底から湧き上がる思いに任せ、ユージオは吼える。もう後悔はしないと、強くなるために剣士を志した。知らなかった事を知り、剣を、術を学んで――…その歩みを支えてくれたのは、キリト達だ。
「僕はもう無くしたくない! 大切な人を! 大切な友達を守る為に僕は――!!」
永遠に続くように思えた激痛は、彼の右目に走った銀色の光と共に消失する。ばしゃっ! と言う音と共に眼球自体が内部から破裂して、鮮血が飛び散る。
「ゆー……じお……?」
呆然と、自身の顔にかかった鮮血を気にせず、ストレアはユージオに声をかけた。コードが発する痛みを、彼女は知っている。だからこそ彼女は自身を解析して解除する事を選んだ。その方がリスクが少ないからであり、何より下手をすれば、自身を焼き付けた《フラクトライト》が損傷する可能性があったからだ。
「……だい、じょうぶ……僕も、オーリを助けに行くよ。ストレア、キリト」
そんなリスクを乗り越えて、無くなった右目の部分を押さえながら、それでもユージオは笑う。彼にキリトが肩を貸して立ち上がり、ストレアも気を取り直して立ち上がる。
「兄貴の馬鹿が、ユージオにも、うつった」
「あはは……それが何だか、嬉しいよ」
「それじゃあ馬鹿三人で、大馬鹿野郎を助けに行くか」
その前に目を治そう、とストレアは苦笑しながら《システム・コール》と呟いた。
◇
「牢屋に整合騎士団長ですか……何というか、合いませんね」
「抜かせ。それに、お前さんの希望に大体沿ってると思うぞ」
後敬語やめろ、と鉄格子越しにオーリの前に立つ整合騎士団長……青みがかった鉄灰色の髪の偉丈夫、ベルクーリ・シンセシス・ワンは呆れた顔で言い放つ。
オーリを牢屋に繋いだのは彼自身だ。セントラル・カセドラルの地下にある監獄の中に今、オーリは両手首を拘束される形で座っている。両手が自由にならないだけで、壁に繋がれておらず、牢屋の中ならば自由に動ける。罪人としては破格の好待遇……と言えない事も無い。
「癖なんで勘弁してください。それで、僕の推論はどうでした?」
「心当たりがありすぎて、お前さんが預言者か何かじゃねぇかとオレは疑ったな」
ベルクーリの全く嬉しくない言葉に、オーリは頭を抱えた。理論の飛躍もあったが、あれは一応彼が得た情報と筋道を立てて構築した、何時か誰かがたどり着くものでしかない。一般には出回らない事実を一等爵士と言う権限から知っていたオーリ……ともすれば、妹のストレアでも辿り着けただろう物に過ぎない。
「普通はそれだけの物が揃ってても考えないもんさ。お前さんより色々知ってるはずの皇帝からそんな話が出た事なんてねぇしな」
「常識外れという自覚はありますよ。それで騎士長は、どうしてくれるんです?」
「……今、セントラル・カセドラルに詰めている騎士は平時の半分くらいだ。ダークテリトリーの侵攻に備え、《東の大門》以外から人界へと入ってこれないかの調査をしている。北に関しては、お前さんの妹が調べた詳細図が役に立ってるが、他は全然だな。丸一日は帰ってこねぇよ」
「残った方々は?」
「オレ以外ならアリスの嬢ちゃん、ファナティオと配下の《四旋剣》、後はデュソルバートと……ちびっ子の双子か」
「十名とか普通に多いですよね。僕一人ですけど」
「はっ、泣き言は聞かねぇぞ。オーリ・ヴァルゼライド」
ニカッと笑うベルクーリとは対照的に、オーリは深い溜息を吐いた。誰も彼も一騎当千の整合騎士相手に、一人で命懸けの勝ち抜き戦をする――…しかも相手は自分を殺す気で来るだろうが、自分は後の事を考えて無力化に留めなければいけない。
それが、彼の考えた最高司祭への謁見方法……地下から始めて地上百階のカセドラルを登りきり、その道中の整合騎士を無力化して、最高司祭の元へと辿り着く。整合騎士となる方法はもう使えないと判断した。皇帝になる事は可能だが時間が全く足りない。故にこれしかなかったと言える。
「それしかないのだから、僕はもう止まれません」
「――…上まで来たら、流石にオレもお前さんを斬らなきゃならなくなる。それでもだな?」
「無駄に散っても、万が一辿り着けても、僕の命だけで話が終わるんです。
静かに深く、決意と覚悟が湛えられたオーリの瞳を見て、ベルクーリはもう何も言わない。この眼をした相手は、例外なく楽な相手ではなかった。手強く、自分に一矢報いる者すらいたほどだ。そんな者の眼を、腐っていると思っていた上級貴族の当主がしている。
最初に彼の話をベルクーリが聞いたのは、レンリ・シンセシス・トゥエニセブンからである。《武装完全支配術》という、整合騎士にとっては闘法の基礎と言うべきモノすら扱えなかった彼が、ある任務から帰還した後にそれを使えるようになっていた。何があったのか、興味をそそられるのも当然の帰結であり、問うてみればオーリの名前が出た。
だからこそ、その男に興味を持った。その中で起こったのが北帝国における大量の貴族の《粛清》……いや、自滅だ。彼は一切何に違反する事も無く、悪徳貴族達をほぼ一掃して見せたその手管にベルクーリは恐怖し……しかし、彼自身の高潔さとその姿勢に感激した。
(そんな男だからこそ、皇帝に成って民を守ってほしかったんだがな……)
自分が認める男が捨て石にならなければ、今の人界の未来は拓けない。ダークテリトリーとの最前線を見てきたベルクーリだからこそ感じた懸念と同じ物を、人界に居ながら感じ取ったオーリを彼は高く買っていた。彼が治めた国が後ろを支えてくれるのならば、ダークテリトリー軍に負ける事など無いと信じられるほどに。
その思いは今話している間も強くなっていた。だからこそ、惜しいのだ。
「まぁ、まずはここから出る所からですね」
「助けはしねぇ。でもオレの所に来るまで、オレはお前さんの邪魔はしねぇ」
「わかってます。中に連行してくれただけでも有難いですから」
オーリが深く頭を下げた。それはベルクーリへの感謝でもあり、ここで別れる為の挨拶。覚悟を決めた男に対して、ベルクーリはかける言葉を持たない。故にそのまま彼に背を向けた。
「生きろ。オーリ・ヴァルゼライド」
「次に会う時は、戦場で」
ベルクーリの気配が消えた後で、オーリは頭を上げた。さて、と改めて牢屋の中を見渡せば、あるのは誰も繋がれていない壁から垂れ下がる鎖と、その先に付いている手枷。自分の服は屋敷から連れて来られた時のまま……来なければ学院に戻るつもりだったので、自身用に設えた深い青色の学院の制服。そして両手首には手枷がそれぞれ填められて、一メルほどの鎖で左右が繋がっている。
この鎖と壁から下がっている鎖は同じ材質だろう。《窓》を呼び出して《天命》を確認すればどちらの鎖も同じ数字を示していた。自身の鎖と壁から垂れ下がる鎖を交差させ、垂れ下がる方は足で固定して軋みを上げるほどに両手の鎖を引く。せめてもう一人いれば楽だったろうが、一人と決めたのは自分なので泣き言をいう気は一切ない。二つの鎖の《天命》は順当に減っていき、もうじき破壊できる寸前で一旦力を抜いて、最後に軽く交差部を軋ませればどちらの鎖も破壊する事が出来た。
自身を縛る鎖だけでなく、関係のない鎖を破壊したのには訳がある。今の彼には武器が無い……いや、究極的に言えば武器は常に持っているのだが、それは本当に最終手段としてだ。故に壁から垂れ下がる鎖を長めに切って武器にする為に面倒ながらもこういう行動に出た。そもそも牢の中では神聖術が使えないというのもあるが、それは当然の事だろう。
そんな考えで、先端に枷が付いた長さが二メル弱の鎖を手に入れた彼は次に鉄格子を見た。再び《窓》を開いて《天命》を確認し、鎖よりは丈夫ではない事を確かめた。手に持った長い鎖をジャラジャラと鳴らし、使用感を確かめ……扱った事は無いはずなのに意外と扱える自分に驚きながら、鉄格子へと振るう。力は余り込めずに、先端を意識して速く疾く――
その意識が鎖に伝わったのか、剣の時と同じように淡い光が灯り、ほぼ同時に右と左へ閃光と化した鎖――…鞭と化したそれが鉄格子を音も無く斬り裂いた。
「……まぁ、いいか」
知らぬ技を知っているように扱えた事。それに違和感を持たない自分。他にも様々に浮かんだ『自分の事』を彼は棚上げする。そんな事を考えている暇はない。既に掛け金にした自分の事になど興味を抱かない異常者が、違う世界で再び最上層を目指して歩き出した。
このオリ主、とうとう専用武器無し。
すとれあ「あ、ほ、かぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
きりと「ば、か、やろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ゆーじお「え、えーと……上位貴族ー?」
すとれあ「罵倒できないユージオが純粋過ぎてアタシが汚れて見える」
きりと「……まぁ、そう言う言葉教えるわけにもいかないしな……」
ゆーじお「な、何かごめんね? ちゃんと覚えるから」
すとれあ「そのままのユージオでいて。癒し枠が必要だから」
きりと「ホント、貴重な人材だよ……」