カーディナルがオーリを除く三人に《武装完全支配術》の術式を組み上げ、それを暗記させる事三十分。元よりAI故に暗記力にも優れるストレアはすぐに覚えたが、他の二人はそうは行かず……結局時間ぎりぎりまで暗記に費やしていた。
「さて……わしは告げるべきを告げ、与えるべきは与えた」
それも終わり、オーリ達は大図書室を離れてあの無数の廊下のあるエントランスまで来ている。
「オーリ、ストレア、キリト、ユージオ……この世界の命運は、お主ら四人に託されたと言ってよい」
カーディナルの言葉を大袈裟だという事はない。今のままアドミニストレータの支配が続いても、この世界の未来は閉ざされるだろう。人界全てがアドミニストレータの奴隷とされるのか、はたまたダークテリトリーに全てを蹂躙されるのか……《外》によって全てが虚無に還るのかは、わからない。しかし、ろくでもない結果に終わる事だけは確実で。
「世界の命運か……思えば遠くに来たもんだなぁ」
「村を出る時、こんな事になるなんて思いもしなかったよ……」
「普通こんな事に関わるなんて無いからねぇ。半分以上兄貴のせいだけど」
「そう言うの止めろ。僕だって穏便に終わるならそうしてたぞ」
「少しは緊張せんかお主らは」
カーディナルの言葉に『はーい』と返事をする四人。気負いも緊張も見て取れない自然体に、気張っている自分がおかしいのかと疑問が浮かぶカーディナルだが、統計的に自分の方が正常であると結論を出す。要はこの四人がおかしいのだ。
「まったく……頼もしいのか、わからん連中じゃ」
「だからこそ、予想外の結末になるかもしれないって思わない?」
ストレアの笑みに、カーディナルも小さく笑って返した。男三人が何かしら話しているのを横目に、カーディナルはストレアと言葉を交わす。
「悪い方に予想外にならんと良いがな」
「その辺は……どうかなぁ」
「お主が言い切らんでどうする。四人の中では一番理性的じゃろうに」
「どうかな。こういう時は何の根拠もなく歩いて行ける方がいいかもしれない」
柄じゃない、と暗にストレアは言って首を横に振る。彼女の本分はやはり人間ではないと、彼女自身が思っているからこその言葉。AIとして知性を収集し続け、《フラクトライト》を得て人としての知性も得たが、それでも自分は人間ではない――…しかし、人間でなくても良いと思っている。仮に人として生を得ていたとして、これほどまでにあり得ない確率を経た先に居られるとは限らないのだから。
そんなストレアの心境はカーディナルすら窺い知れない物だが、ストレアの言い分については理解できる。先が見えないからこそ、より良い結果を求めて歩いて行ける。《希望》を探す事が出来る。
「……この世界にも、希望は残っておるか」
「さぁ? あるとわかってるから探すわけじゃないらしいけど」
「どういうことじゃ?」
「希望があるからと言って、それを探すのはその人間の《意志》だし、逆も然り。《絶望》しか無いと知って足を止めるのは、その人間の《諦観》だよ」
受け売りだけどね、と微笑みを浮かべて告げられたストレアの言葉は、少なくない衝撃をカーディナルに与えていた。二百年もの間、アドミニストレータ打倒のために思考実験を繰り返した。その中で協力者を探す為に世界中に使い魔を放ち、世の営みを知り、目の前で協力者になり得る存在を連れ去られたりもした。
「……わしは、自分の意志で諦めようとしていたのか」
予想外の存在……アドミニストレータが人界の停滞の為に設置した妨害オブジェクトである《ギガスシダー》を伐り倒した若者の話を聞くまで、カーディナルは抗っていたと同時に諦めてもいたのだ。この世界はもう、どうしようもなく行き詰っているのだと。
「カーディナル」
「……なんじゃ?」
「いや、このエントランスまで来たは良いが、僕らは何処から出る事になる?」
「あぁ……オーリ。お主を拾ったのが三十階であるのはわかっとるな?」
あぁ、とオーリは首肯した。デュソルバートの言葉を覚えていたのもあるし、塔の窓の数からして大体それくらいだろうと思っていたのもある。
「わしがお主らに用意できる通路で、最大は五十階の《霊光の大回廊》じゃが……ここは広い。おそらく大半の整合騎士がここに集合しとるじゃろう」
「僕を殺すか、再度捕らえるかするために……か。騎士の数は後九名だが、どうなるか」
「ん? 兄貴、何で騎士の人数把握してんの?」
ストレアの疑問について、オーリは簡潔に『騎士長からの情報だ』と答える。
「牢から抜け出た後の行動についても、あの人の入れ知恵だからな」
「……そんな事して、騎士長大丈夫なの?」
「だからこそ、不審に思われないように騎士を配備してるだろう。ただ、騎士達はまだ侵入者が僕だけだと思っている……その差を使って、何とか大半の騎士を無力化したい」
オーリが視線を巡らせれば、ストレア達が頷いた。
「カーディナル。使い魔を僕に付けて、僕の状況を把握する事は可能か?」
「それくらいなら出来るが……」
「なら、使い魔を付けて僕だけを三十階の……上への階段前があるならそこで降ろしてくれ」
「待てオーリ。まずお前の考えを一から十まで全部説明しろ。いきなり役割分担だとわからない」
キリトの言葉にオーリは、少し焦っていた自分を自覚して深呼吸を一つ行う。
「……考えと言っても簡単だ。相手は僕が単独だと思っているなら、それを印象付ける為に一人で行動する。そして、多数の整合騎士が現れた時に、そこから最も近い扉から三人が強襲を掛ける」
「……今更だからもうアタシは何も言わないし、保険としてカーディナルに使い魔を付けてもらうんだろうけどさ。兄貴が危険な状態になったら、その時点でその作戦は無しだよ」
「それはわかってる。上手くやるさ」
「いや、上手くやったら尚更オーリだけ危険じゃないか……」
呆れかえったユージオの声。ストレアは既に諦めていて、キリトは『こいつ、記憶無くしても考え方が一切変わってない』と遠い目をした。
「平然と『自分が囮になる』と、わざわざ助けに来た者に対してよく言えるな……」
ユージオと同じように呆れかえったカーディナルの言葉に、オーリは首を横に振る。彼にとってこの選択は必然だ。自分の行動の結果として、三人はここに来てしまった――…命を賭ける事になってしまったのだから、いの一番に原因となった自分が賭けなければならないと、本気で思っている。
「……こうなったオーリは言っても聞かないからな……キッチリやれよ。しくじったらもう一度殴るぞ」
キリトが睨み付けながら言えば、真剣な表情でオーリは頷いた。次に視線をカーディナルに向ければ、やれやれと溜息を吐いた。彼女が見込んだ協力者は、その仲間にも言われている通りの馬鹿だった。どこまでも自分が……自分だけが可愛いアドミニストレータとはまさに対極に位置すると言って良い、自分の価値をどこまでも低く見ている異常者。何故そうなってしまったのか、カーディナルにはまったく想像も推測も出来ないが、だからこそ誰かの為に命を賭ける英雄的な行為を躊躇いなく行えてしまう。それに助けられている彼女が『自分に出来る事』を考えれば、最大限オーリを手助けする事のみ。
「……良かろう。じゃがお主が危険な状態となった、とわしが判断すれば三人をすぐ近くの扉から突入させる。良いな?」
「了解した」
◇
カーディナルの開いた扉を抜け、オーリの視界に上へと伸びる階段が飛び込んできた。背後の扉は既に跡形も無いだろうと、振り向く事なくオーリは階段を駆け上がっていく。大理石で出来た階段には汚れ一つなく――…しかし、建物内には人の営みと言うものが全く感じられない。オーリの聞いた話では、カセドラル内には多くの修道士やその見習いが生活しているはずである。
(出てこないように命令されているなら都合がいい、か)
デュソルバートのような威圧感を感じず、自分を追ってこれるだけの身体能力を持っているが、気配を隠すという発想が無い。オーリが追手に感じている印象は全てチグハグだ。『得体が知れない』という表現が彼の中で一番しっくり来るが、それでも歪に過ぎるという感覚は拭えない。
さらに悪い情報として、追手の人数は二人――…整合騎士級の存在を二人同時に相手をする事はなるべく、彼も避けたい事象ではあるが今現在、足を止めないまま階段を五階分は駆け上ってきており、いつ他の騎士が上から来るかはわからない。
(隠れられそうな場所は――…部屋くらいしかない。迎え撃つにしても一旦姿を隠して奇襲するか?)
逡巡を瞬きの間に打ち消して、オーリは自身の気配と足音を消した。選んだのは、三十六階の踊り場。部屋への扉が並ぶ廊下と、三十七階へと続く階段がある場所。後ろから来る追手から姿を隠せる場所が複数存在する場所を選んで、彼は息を潜めた。
「あれ、居ないよ? ゼル」
「うっそ、見失っちゃった? ネル」
オーリを追って現れたのは、互いにとてもよく似た二人の幼い少女だった。
外見はどちらも十歳程度で、共通点としては簡素な黒い修道服に身を包んでおり、緑色の腰帯に全長三十セン程の赤みがかった木製の柄の小剣を差している。片方はネルと呼ばれた、薄い茶色の髪を二本のお下げに編んだ、垂れ気味の眉と目じりが気弱げな印象を受ける少女。もう片方はゼルと呼ばれた、麦わら色の髪を短く切った、勝気そうに切れ上がった両目が印象的な少女だ。
物陰から自分を追ってきた双子とも思える少女達を見た時、オーリはまた自分の胸の裡にデュソルバート戦で感じたモノに近い感情が広がっていくのを自覚していた。今度はストレアに対して感じていた物に近しい……家族への親愛の情と言えるものだと、彼は思った。自分の封じられた記憶の中に、少女達のような存在が居たのだろうか――…そんな考えを胸の奥底へと封じ込め、オーリは二人を注意深く観察した。
「どこかの物陰に居るのかな?」
「にしては何にも感じないね……んー、ダークテリトリーからの侵入者っていうのは、隠れるのも上手いのかな?」
二人の不穏な会話は、隠れているオーリの元まで届いてくる。二人はどうやら整合騎士見習いであり、オーリを捕らえて殺し、整合騎士になる事を目的としているようだった。しかし、ベルクーリが言っていた『ちびっ子の双子』が彼女達とすれば、二人は騎士として認知はされているはずなのだが……と考えそうになるが、強引に打ち切った。
次に考えるのは、どうやって二人を無力化するか。二人の武器は見た所腰帯に差した短剣のみである為に、可能性としては短剣使いである。短剣はあくまで補助であり神聖術か肉体そのものを武器とする使い手である。という二つがまず思いつく。
しかし観察を続けてわかるのは、やはり二人の素振りなどがチグハグであるという事。周囲への警戒はお粗末でありながら、その身のこなしは確かに生死を賭けた戦いを経験したもの。緊張感無く無邪気に会話をしている様子は年相応に見えるのに、出てくる話は物騒極まりなく、命と言う物に全く頓着していないように思える。
(――…殺す事に慣れているのか)
脳裏に閃いた可能性は、悍ましいものだった。二人が見た目通りの年齢であるならば、今よりも幼い頃から『殺す』事を叩き込まれてきた事になる――…純粋培養の殺戮者。これがまだ魔獣相手で慣れているのであれば救いはあるかもしれないが、会話を聞く限り人を殺し慣れている印象しかない。
「上に行ったのかなー?」
「にしては足音もしないし……私は近くだと思うな」
「じゃ、廊下の方見てみようか。あたしは右!」
「なら私が左だね」
声が聞こえて、足音が遠ざかっていくのを聞きながら、オーリは小剣を抜いて頭上に掲げる。直後に響くのは硬質な――…金属同士の激突音。
「あれ、気付かれた!?」
「刺す気が駄々漏れだ」
声を上げたのは廊下に消えたはずの、ゼルと呼ばれていた少女。彼女の手には毒々しい濁った緑色をした刀身を持つ短剣が握られている。それを見て、オーリはその材質と用途を見抜いた。
「《ルベリルの毒鋼》かよ……」
傷を付けられれば、たちまち全身を麻痺させる毒を持つ鋼。ならば触れないように離れて戦うのが定石であるが、この鋼が持つ毒は人体に入れば麻痺させる物であると同時に、物質に触れるとそれを腐らせる毒になる。
体を跳ね起こし、その力を利用して短剣ごと少女を弾き飛ばす。その瞬間に彼の真横へともう一人の少女が短剣を突き出してきた所を、その腕を掴んで弾き飛ばした少女へと投げ飛ばした。
「ちょちょちょ!?」
「いったぁー!?」
空中でぶつかった少女達が階段下……三十六階へと落ちていくのを一瞥してオーリは上へと駆け上がる。彼が隠れていたのは、三十七階と三十六階の間にある踊り場の物陰。双子が気付いて仕掛けてきても対応でき、気付かなければそのまま距離を取れ、観察可能な限界の距離がそこだったために彼はそこで息を潜めていて、双子が自分に気付いている事に気付いていた。
階段を駆け上がりながら、オーリは少女の短剣を受け止めた小剣を確認すれば、受け止めた箇所が僅かに腐食しているのが目に入った。切り結べば数合持たずに折れる可能性が高くなった小剣をここで使い捨てる事を決めて、オーリは駆けあがる速度を上げる。
「待てー!」
「痛くしませんから!」
緊張感のない双子の声にオーリは脱力しかける。狙ってやっているなら見事な作戦と言えるだろうが、二人が素である事は何となく理解できる。彼を刺しに来る瞬間にも邪気は無く、ただ『刺そう』という意気だけがあった。
「どういう風にすればそんな事になる……ッ」
「あれ、お兄さんあたし達の事知ってるわけじゃないんだ」
オーリの吐き捨てた言葉が聞こえていたのか、後ろから快活な声が響いてきた。
「整合騎士に知り合いは少なくてなっ!」
「知り合いが居るだけで十分ですけど……ならお兄さんは貴族ですか。しかも相当上の」
「えー、ダークテリトリーの暗黒騎士とかじゃないんだー」
残念そうに言う声が、オーリには殊更恐ろしかった。ここまで来て二人の声からは『好奇心』などの感情しか読み取れなかったからだ。
「私たちって、カセドラルの中で産まれ育ったんですよ」
二人から語られるのは、アドミニストレータによる悍ましい実験の記憶だ。お下げの少女、リネル・シンセシス・トゥエニエイトと勝気な少女、フィゼル・シンセシス・トゥエニナインは、アドミニストレータが《蘇生》神聖術の実験の為にカセドラルに居る修道士と修道女に命じて作らせた子供だという。
三十人居た子供たちは五歳の時に二人一組となり、『互いを殺し合う』という《天職》を与えられ、蘇生の実験の為に殺し合う事を強いられた。初期の蘇生実験は悲惨なものだったらしく、そのまま死ぬ子供は良い方であり、爆発して粉々になってしまったり、人の形すら保てず変形した肉の塊になってしまったり、蘇生出来ても全く違う人格になってしまったりしたらしい。
そこまで聞いて、オーリは彼女達に感じた歪さの正体に気付いた。互いに殺し合う事が天職なのだから、周囲の気配を探る必要などない。目の前にいる相手をいかに効率よく、損傷を少なく殺すかに注力してきた結果として、二人は武器を振る鋭さと身のこなしを得た。そして、それが日常であった為に、『刺す意気』を持っていても『殺意』や『邪気』という『害意』を二人は持ちえない。
「アドミニストレータ様が蘇生実験を諦めたのは……あたしたちが八歳の時だっけ?」
「うん。結局、完全な蘇生は不可能だったみたいで、天命がゼロになると白い光の矢が降ってきて、頭の中を削っていくんですよね。それに大事な所を削られた子は元通りにならなかったし……私も、生き返ったら何日かの記憶が無いなんて事は何度もありました」
恐ろしい事を、何でも無いように告げるリネル。二人の話を聞いていたオーリの足は四十五階に降り立った時に止まり、彼に追いついた二人も同様に止まった。
「そんなわけで、実験が終わった時に生き残っていたのは私とゼルだけで」
「生き残ったあたしたちに、頭でっかちの元老が『次の天職を選べ』って言ったから『整合騎士になりたい』って言ってやったの。そしたら元老怒っちゃってさー、その頃一番の新米だった整合騎士と試合する事になって」
「――…殺したから、君らがその番号を継いだ、という所か」
振り向いたオーリの言葉に、フィゼルが『正解』と笑った。
「でも、特例でなった私たちは、他の騎士みたいに防衛任務に就くには勉強が足りないという事で、修道女見習いとしてもう二年も法律とか神聖術を教わってるんですけど」
「もううんざりなんだよね。だからどうしたら神器と飛竜がもらえるか相談してたんだけど、そんな時に咎人が牢を突破してここに侵入して来たって警報が流れてさ」
「他の騎士に捕まえられる前に捕まえて、自分達の手で殺せばいいと思ったんだな」
小剣を手に持ち、槍を背負ったオーリが身体ごと、双子の方を向いた。
「……お兄さん、泣いてるんですか?」
その眼は感情が籠っていない凪いだものだが、双子には何故か彼が泣いているようにも見えた。
「君らがそう見えるなら、そうかもしれない。正直言って、今の僕には自分がどう思ってるのかわからないんだよ」
吐き捨てるように言った彼の心情は、誰にも推し量れるものではない。彼自身ですら、今の自分の心が分かっていないのだから。最高司祭への怒りがある。双子への同情もある。その安易な同情を律する心がある。悲しみがあり、苦悩があり――…だから、このまま上に行く事を彼の本能が拒否した。何かしら、この双子との決着が必要であると何かが叫んだのだ。
「あたしたちに殺されてくれるの?」
「それは出来ない」
「なら、どうして立ち止まったんですか?」
そう問いながらも、双子は緑色の刀身を持つ短剣を抜き放ち、無駄のない動きでオーリへと斬りかかる。その双子の、短剣を持つ手に対して、オーリは正確に拳を当てて短剣を手から弾き飛ばす。
「何で立ち止まったか?」
双子の手から落ちた毒の短剣を遠くへと投げ捨て、小剣を二本の短剣へと変じて彼は双子へと放り投げた。
「お前達に拳骨食らわせて、改めて上る為だよ!」
◇
痛い、と私……リネル・シンセシス・トゥエニエイトは感じている。整合騎士団長のベルクーリに捕らえられた咎人であり、カセドラルへと侵入した彼に殴られて『痛い』と感じている。毒鋼の短剣ではなく、彼がわざわざ変換した短剣で斬りかかれば、頭に拳骨を落とされて、顔は遠慮したのか平手で打たれ、腕を取られて投げ飛ばされる。
何とも遠慮のない――…私ともう一人、フィゼル・シンセシス・トゥエニナインも同じように拳骨を落とされたりしており、私たちが十歳の少女である事など一切考慮せず、斬りかかれば彼は苛烈に対応してきた。
殴られた所、打たれた所、投げられて落ちた所、全てが痛みを発しているが、何故か打たれも殴られもしていない所が『一番痛い』と思ってしまう。
「なんで……」
対する彼は無傷ではない。それどころか、急所は守っているがそれ以外は切り傷だらけであり、出血による天命減少も発生しているだろう。仮にも整合騎士である私たちの攻撃を受けて、自分から積極的に攻撃をせずにこっちが動いた時に反撃するだけ。
私たちが殺した整合騎士など相手にならないような強さが、その姿にはある。
「なんでっ!?」
「何が?」
「全部だよっ! なんで反撃だけなの!? なんであたしたちを殺そうとしないの!? なんで……なんであたしたちを殴る度に、お兄さんが泣いてるの!?」
ゼルが叫んだ。訳が分からないと、頭を抱えて叫んだ。
私たちに攻撃を加える度に、彼は歯を食いしばって何かに耐えていた。それは傷の痛みを堪えるものじゃないのは、何となくわかる。身体の動きはまったく変わっていないし、むしろ速くなっているくらいだから。なら、何を堪えているというのだろう。
「……お前らがぎゃーぎゃー泣いてるからだろ」
「私たちが、泣いてる……?」
そんな馬鹿な、と目元に手を当てても濡れる事はない。平手で打たれた頬が熱を持っているくらいで、何も変化はない。でも、そう言われてまた一段と胸の裡の何かが痛んだ気がした。思わず胸を押さえても、痛みが増していくような気がしてくる。何かの術式を疑ったけれど、彼は一切《システム・コール》の式句を唱えていないから術式ではないと断言できる。
彼が投げ渡してきた短剣も、本当に形を変える為の式句しか唱えられておらず、何かを仕込む様子は一切なかった。
「殴る度、打つ度に頭の中に泣き叫ぶ声が聞こえてくる。ご丁寧にお前達と同じ声で、言葉になってない叫びが聞こえてくる」
戯言とは、私は思わなかった。ゼルも同じ気持ちなのか、私と同じように胸を押さえて彼を見上げている。
「でもお前達は泣いてないし、僕を殺す気で挑んでくる。それも伝わってくるのに、聞こえる泣き声はどんどん大きくなる。そんな中で『お前達が
涙を拭わないまま、全身から血を流している彼が私たちを見下ろした。その眼は争っているなんて思えないほどに優しげで、でも表情は悲痛に歪んでいる。
「……騎士デュソルバートの時も、お前達の時も、何かが僕の中の何かを刺激してくる。こんな風に戦ってる時間なんてないはずなのに、何かが僕に『後悔するぞ』と訴えかけてくる」
近づいてくる。無防備に、ゆっくりと歩み寄ってくる。
殺せる、と考える。ぎしり、と胸の裡の痛みが激しくなった。
ゼルを見れば、顔色を無くして震えている。得体の知れない物を見ている恐怖で、震えている。
それはきっと、私も同じだ。
この人がしている事は、私たちには理解できなかった。ここに逃げていた時までは、理解できた。塔を上る事も、理由は知らないけど目的があるのだろうと理解できた。でも、今私たちにこうして無防備に歩いてくる事は、全然理解できない。悲痛な顔をして、涙を流す意味が分からない。
「「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
彼が、私たちに手を伸ばしてきた所で、私たちの中の恐怖が弾けた。叫ぶままに恐怖が身体を突き動かして、私たちは彼の身体に短剣を突き立てる。全然上手くない刺し方だけど、お腹に二本も剣を突き立てたからこれで彼は死……
死ぬ?
当たり前だったはずの事が急に怖くなって、身体が動かない。ゼルの身体も固まってて、動いていない。そんな私たちの身体を彼が抱き寄せた。家族にするように、親が子供にするように、優しく抱き寄せる。
「……泣くなよ。■■、■■……」
誰の名前を呟いたか、聞こえなかった。
泣くなと言われたけれど、私たちは自分を傷つけられる痛み以外の『痛み』で、初めて声を上げて泣いた。
かーでぃなる「言った傍から何しとんねん」(CV:丹下桜で熱いツッコミ
すとれあ「んー……とりあえず様子見!」
きりと「いや、何でだよ」
すとれあ「何か踏んだ音がしたから」
ゆーじお「時々よくわからない感覚を発揮するよね、ストレアって……」
記憶が刺激される過程のイメージとしては何となく、劇場版『ウルトラマンティガTHE FINAL ODYSSEY』のティガダーク→ティガトルネード→ティガブラストみたいな感じを考えていたり。
要は刺激されて思い出す度にギアが上がる。