流星の軌跡   作:Fiery

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ふ・い・う・ち


五月が来る迄花粉で死ぬ。
スギとヒノキを持っているからこその悲劇である。


ビームを見てから避けるガン◯ム理論

 

 

 

 意識が暗闇の中から浮上し、オーリの閉じられていた眼が開いた。彼はすぐに覚えている記憶を探り……自分が壁を背に座っている事に気が付いた。

 彼の最後の記憶は、双子の整合騎士に腹部を刺された所までだった。しかしその傷は無く、何なら全身に負っていた傷すらも癒えており、手を動かそうとしてやっと両手が誰かに握られている事に気が付く。

 

「……何で」

 

 彼の手を握っていたのは、戦っていたはずの双子の整合騎士であるリネルとフィゼルの二人だった。状況からして、この二人に救われたのだろうとオーリは理解できたが、何故という疑問が沸き上がる事は止められない。

 それでも、二人の手から伝わる体温は温かく、安らかな寝顔を見て問う事は止めた。その代わりというわけではないが、オーリは横に置かれていた槍を背負い、二人を抱きかかえて立ち上がる。窓から差し込む光の角度を見て、時間はそんなに経っていないと考えた彼は先を急ごうと階段に足を掛ける。

 

「んぅ……」

「ん……」

 

 一階分の階段を上った辺りで、双子の口から声が零れた。起きるかと思ったが、その様子の無い二人の顔を見て、オーリはまた階段を上り始める。あの場に置いておく事も出来たはずなのに、彼はこうして二人を抱えている。その理由は、彼もよくわかっていない。

 ただ、自分には大事な誰かが居て、その誰かの中に二人のような双子が居たのだろうか……そんな推測は出来た。彼女達に殺されるわけにはいかないが、それでも置いていくという考えが不思議と思い浮かばず、こうして連れてきているという事は、その思い出せない誰かは自分にとって本当に大事だったのだろう……そんな考えは彼の胸の裡にストンと落ちた。

 

 そうしている内に、五十階まであと半階……折り返しの踊り場まで来た。これ以上抱えていく事は出来ない、とオーリは二人を降ろそうと膝をつく。

 

「……お兄さん」

 

 そんな彼の顔を、リネルの灰色の瞳とフィゼルの青色の瞳が覗きこんでいた。

 

「起きたか。気分はどうだ?」

「悪くは無い、かな」

「そうか」

 

 手短に答えて、オーリは二人を優しく床へと降ろす。二人は立とうとせず座ったままで、立ち上がろうとしたオーリの服の裾を掴んだ。

 

「行けば、死にますよ」

 

 リネルの真剣な眼差しが、オーリを射抜く。よく見れば二人の手は震えていて、『彼が死ぬ事に恐怖している』と言う思いが伝わってくるような気がした。オーリはそんな二人の手を改めて優しく握り、安堵させるために優しく微笑みかける。

 

「死ぬわけにはいかなくなった。お前達の《天命》も分けてもらったしな」

「なんで、それを」

「あの状況で僕の命を繋げるとしたら、二人が分けてくれるしかないだろう?」

 

 有難う、と少しだけ乱暴に二人の頭を撫でる。それだけで二人の震えは治まったようで、オーリは今度こそ立ち上がった。二人に背を向けて、一歩一歩階段を踏みしめながらオーリは五十階へと向かう。二人はその背をただ見送る。

 

「……大きい、ね」

「……うん」

 

 剣を振るだけでない『強さ』を自分達に見せてくれた存在の背に、双子は祈る。神にではなく、最高司祭にでもなく――…初めて道を照らしてくれたその星へと、彼女達は祈った。

 

 

 

 五十階という、カセドラルの半分の位置にある大回廊。その天井は今まで見ていた階段による斜面でなく、水平面へと変化した。そこから先へと少し進めば、強い白光がオーリへと降り注ぐ。

 天井が今までよりもさらに高くなり、遥か頭上で弧を作る大理石の天蓋には創世の三女神とその従者達の似姿が色彩豊かに描かれている。その天蓋を支える円柱にも無数の彫像が飾られ、左右どちらの壁にも設けられた大きな窓からは《太陽(ソルス)》の光がふんだんに降り注いでいた。

 

 カセドラル一階分の床面積を使った、恐ろしく広い大回廊。今オーリが立つ入口から最奥部の壁まで深紅の絨毯が真っ直ぐ敷かれ、その突き当たりには巨大な扉がそびえたっている。十中八九あの扉の奥に上層へと続く階段があるのだろう、とオーリは考えた。その証拠というわけではないが、その扉の前……いや、大回廊の中心部に、鎧兜で身を固めた騎士が五人いるのだから。

 五人の内四人は、白銀に輝く揃いの鎧と十字の孔が切られた兜を身に着け、同じ形の大剣を床について柄頭に両手を重ねておいている。

 その四人の前に立つのは、優美な薄紫色の輝きを帯びた、四人と比較すれば華奢な鎧を纏い、猛禽の翼を象った兜を被った騎士。刺突に特化した細剣を腰から下げており、四人とは比べ物にならない程の闘気をその身体から立ち昇らせていた。

 

「咎人、オーリ・ヴァルゼライドだな」

「如何にも。貴殿の名は?」

「――…整合騎士団第二位、ファナティオ・シンセシス・ツーである」

 

 前に立つ騎士の闘気が威圧に変わり、その全てがオーリに叩き付けられる。常人なら息すら不可能な重圧……戦いの場に不慣れな者ならば膝を追って頭を垂れ、慣れた衛士であろうとも戦意を喪失するであろう重圧の中、彼はその表情に笑みを形作る。

 同時に、彼の身体からも闘気が立ち昇ったとファナティオと名乗った騎士は感じた。自身と比べても遜色が無いと感じるほどの闘気を発しながら、オーリは背負っていた槍を手に持ち、その石突を床に叩き付けた。

 

「僕の相手は貴殿か!?」

「その威勢は見事――…しかし、まずは彼らの相手をしていただこう。私が手塩に掛けて鍛え上げた《四旋剣》のな!」

 

 ファナティオが声高に叫ぶと同時、後ろに控えていた四人の騎士がぴたりと揃った動作で床に突き立てていた大剣を反転させて構え、オーリに向かって踏み込んでくる。オーリは同時に踏み込み、瞬きの間で先頭の一人の間合いに入り、重い唸りと共に、騎士の大剣が横薙ぎに振るわれる。

 

「なぁっ!?」

 

 四人の騎士の誰かが、驚愕の声を上げた。剣を振るった騎士の眼前からオーリの姿が掻き消え――…剣の上に立っている事など、この世界(アンダーワールド)はおろか、現実でも他のVRMMOでも常識外の事象だからだ。

 剣を振るった騎士が持つ手に重さを感じる前に、剣に乗ったオーリの槍の石突が真っ直ぐその騎士の側頭部へと吸い込まれていき、甲高い音を立てて吹き飛ばした。曲芸紛いの業とあっさり騎士が吹き飛ばされたという事実により、生み出された一瞬の硬直。

 今度は槍の穂先を床に突き立てて、体を回転させて近くに居た二人目を蹴り飛ばす。我に返った三人目と四人目がタイミングをずらしてオーリへと斬りかかるが、受けた驚愕が抜けきっていないと分かる精彩を欠いた技は、例え整合騎士の物であっても今のオーリに通じる事はない。

 槍を立てて構え、三人目の剣を受けた槍が淡い光に包まれた。直後に槍が回転し、剣を受け流すとともに無防備になった騎士の腹部……ちょうど装甲の無い継ぎ目の部分を槍で殴り飛ばし、三人目を吹き飛ばして四人目へとぶつけて、その結果を確認する間もなく、オーリはファナティオへと走った。

 

 四人の騎士が突撃してきた直後から、ファナティオは《武装完全支配術》の詠唱を始めているのだから。

 

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

 

 高らかに告げられた結句と共にファナティオが持つ細剣が光を放ち、その切っ先がオーリへと向けられた直後、彼が突然横に飛んだ。

 

「ほう、我が《天穿剣》の一撃を初見で躱すか」

「これで躱せてるって……?」

 

 左肩の部分に焼け焦げた線を残して、オーリは一撃を放った騎士を油断なく睨み付ける。ファナティオの纏う闘気の若干の揺らぎを察し、本能が回避を叫んだ結果がこれであるが、揺らぎを察せなければ少なくとも肩に穴が開いていただろう。逆に言えば、それだけの事を探知出来て尚食らってしまったあの攻撃が()()()()のだ。

 

「光った瞬間には既に食らっていた……貴殿のそれは、《光》を使った攻撃か」

「……一撃見ただけでそこまで見抜く。流石、騎士長殿が目を掛けていただけはある、か」

 

 オーリの視界の中でファナティオの闘気が再び揺らぐ。細剣の切っ先からその身を外した直後、迸った一条の閃光がギリギリ胸元を掠めた。横目で先の壁を見やれば、閃光が突き刺さったであろう場所には、大理石が真っ赤に融けて孔を作っている。

 

「良く躱す」

「だから躱せてないだろうに……ッ!」

 

 次々と放たれる閃光に、オーリは一瞬も油断する事なく直撃だけは避け続ける。掠めるだけで閃光の超高温が自身の肉を焼くために、斬られたり突かれる物とは違う痛みが走るが、それでも直撃すれば終わる事が理解できるために、痛みを無視して動き続ける。

 放たれた閃光が十を超え、オーリはようやく回廊内の柱の影へ滑り込んだ。全身の至る所に線上の焦げ跡を作った姿は痛々しいが、奇跡的に貫かれていないのが幸いだろう。

 

「《天穿剣》の光をここまで躱すとはな――…私もまだまだ力が足りぬという事か」

「それは手も足も出ない僕に対する嫌味ですか?」

「ここまで放って死ななかったのはお前が初めてだという事だ。誇るがいい」

 

 ファナティオの言葉と共に、復帰した四人の騎士達が距離を取りながらもオーリを取り囲む。その状況に、内心でオーリは舌打ちをした。囲む騎士の突破は実力的に可能な範囲だが、そうなればファナティオの閃光に狙い打たれる。かと言ってファナティオに向かえば四人の騎士に仕留められるのは想像に難くない。

 

(要はあの光をどうにか出来れば……ん? 光、か)

 

 四旋剣達はオーリから距離を保ったまま動かない。初撃で彼が見せた、常識外の挙動への対処が決まりきっていないのだろうが、いざとなれば自分ごとオーリをファナティオの光で焼く事が出来ればいいとも思っているようで、そういう強い犠牲の感情(いろ)が見え隠れしている。

 少しの膠着を破るのは、追い詰められているであろうオーリ。握っていた槍を自分から見て左に居る騎士へと投擲し、それを追うように柱の影から飛び出す。ファナティオはそんな彼を狙い澄ましたかのように《天穿剣》の閃光を解放し。

 

「《ディスチャージ》ッ!!」

 

 オーリが神聖術で展開した、一枚の銀色の板を見た瞬間に兜の奥の眼を見開く事になる。その板に映るのはまさに、光を放とうとしている天穿剣を構えたファナティオ自身なのだから。

 彼が展開したのは《鋼素》と《晶素》を組み合わせて作った鏡――…光を反射し、姿を映す物。一等爵家のオーリであれば日常生活においてもよく使う物であり、故にその特性を知っている。

 光の放つ事を止める事はもう出来ず、閃光は放たれ寸分違う事なく鏡へと当たり、その熱量を持って一瞬にして鏡を融かし尽くしたが――…それでも、鏡はその役目を果たした。一瞬でもオーリに光が到達するのを遅らせた為に、彼は初めて天穿剣を一撃を回避し、僅かながらもその暴力的な光を術者へと跳ね返したのだ。

 

「ッ!?」

 

 跳ね返された光は、ファナティオの兜へと襲い掛かる。予想外の出来事のはずだが、長年戦い続けた経験値と超人的な反応速度で首を傾けて回避を行おうとした。しかし、兜の左右に伸びている翼飾りに光が命中し、左側の翼飾りとその留め金を消滅させ……前後に兜が割れた。

 

 途端、空中に濃い黒の、艶やかで豊かな髪が広がり、整合騎士第二位がその素顔を晒す。()()がそう認識した瞬間、オーリの固く握りしめられて全体重が乗せられた拳が、その顔面に突き刺さった。

 

「ごはっ!?」

 

 全力で振りかぶられた槌のような一撃をまともに食らい、ファナティオが大きく後方へと吹き飛ぶ。四人の騎士はそんな()()()()()()光景に固まり、そんな中オーリは悠々と《鋼素》を細い紐状にしたもので投擲した槍を拾い、石突で床を叩いて大きな音を響かせる。

 

「兜が割れ、素顔を晒した途端に貴殿の闘気が()()()

 

 表情を変えないまま、オーリは問いかける。その声に怒りを乗せ、その身に憤りを纏って。

 

「神器の力も、それを扱う技も、何もかも強かった。それが素顔を……女である事を晒しただけで、何故こんなにも萎えさせた?」

「だ、黙れ――」

「すまないが、騎士ファナティオ。僕は貴殿が女性である事など、最初に対峙した時からわかっている」

「は?」

 

 断言されたオーリの言葉に、ファナティオは思わず声を上げた。

 

「う、嘘を」

「虚言を吐く意味が無い。それに四旋剣の内三人も女性だが、僕が()()()()()手加減する余裕があるとでも? ――…相手を舐めているのは、どちらだ」

 

 ギシリ、と大回廊の窓に嵌められたガラスが軋みを上げた。オーリが纏う怒りの心意が、物理的な力すら伴い始め、大回廊へと伝播しているのだ。その怒りを知って、ファナティオはオーリの言葉に嘘偽りが一切ない事を悟り……自嘲するように笑う。

 

「……オーリ・ヴァルゼライド。貴殿は今、教会の権威が失われれば、人界がどのような地獄になるか、理解しているのか?」

 

 彼女の問いに、オーリは頷いた。

 

「理解しています。今の安寧が薄氷の上にあるものでしかなく、そして最高司祭がそんな人界の行く末に一片の興味も持っていない事も」

「な、に……?」

「これは別の騎士にも投げかけた問いですが――…整合騎士第二位、ファナティオ・シンセシス・ツー殿。人界の中にダークテリトリーに抗しうる戦力が整合騎士団のみである現状、人界守護が叶うか否か、答えていただけますか?」

「出来る出来ないではない……人界とそこに暮らす民を守るというのが、整合騎士の最大の任務である。ならばこの命を賭してでも、私達は()()()()()()()のだ!」

 

 気合と共に、ファナティオが立ち上がった。殴られた部分には痣が出来ており、大きく腫らしているがその眼光は鋭く、萎えていた闘気は最初に対峙した時よりも強大になっている。

 

「……そうですか」

「貴殿の納得行く答えではないだろうが……だからこそ、混乱を齎す存在は許されんのだ」

 

 《天穿剣》を頭上高く掲げ、ファナティオが鬼気迫る表情でオーリを睨み付けた。オーリの眼に映るのは、何かの為に自分の命すら投げ打つ、()()()()()自分が汚れる事を嫌った美しい覚悟だ。

 その覚悟を目の当たりにして、だからこそオーリは目を伏せ、頭を下げる。

 

「申し訳ない、騎士ファナティオ。僕は、貴女のその覚悟に応える事が出来ない」

 

 何を、という疑問がファナティオの脳裏に浮かび――

 

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

 

 天蓋から降る声が、それに答えた。

 

 

 

 

 

 

 大回廊の様相は一変していた。

 部屋の大半を氷の蔦や薔薇が覆い、所々には水晶のような霜柱が床から突き出している。そして、氷の蔦はこの部屋に居た五人の騎士を見事に拘束し――…その身を凍り付かせている。

 

「……武装完全支配術って言うのは、どれも恐ろしいな」

 

 白い息を吐き出して、オーリは後ろを見た。

 そこに居るのは、床に青薔薇の剣を突き刺して術式を発動させているユージオと、黒い剣を持って構えているキリトと、同じように灰色の大剣を構えたストレア。

 

「僕のはこんな感じで、拘束向きだけどね」

「十分すぎる。特に今回のような作戦に関しては、ユージオが一番だな」

 

 この光景を生み出したユージオへと言葉をかけてから、オーリは凍り付いている五人の騎士を見渡す。四旋剣は無力化したと言って良いだろうが、問題はファナティオだ。

 未だにその身から闘気を立ち昇らせ、眼に映る覚悟の色は先程と遜色ない。まだ戦う気なのだとオーリは直感的に理解して、凍り付いている彼女へと歩み寄る。ぴきん、と氷を砕く破砕音が聞こえたのは、それと同時だった。

 

「うそ、だろ……」

 

 驚愕したのは、術者であるユージオ。青薔薇の剣の武装完全支配術として彼が想起によって生み出したのは、彼が助け出したい少女……アリスと戦う事になった時に、彼女の動きを止めるという目的に沿った拘束の為の力だ。その為の凍気の源は、拘束した相手自身の天命であり、動きを封じると同時に脱出の為の力を奪う事が、この術式の真骨頂と言えた。

 それを、この整合騎士は凍り付いた状態から破ろうとしているのだ。その音を聞きながら、オーリは彼女の前に立った。対する彼女は顔が動かずとも瞳だけがオーリを見て、視線がぶつかり合う。

 

「騎士ファナティオ。貴殿の覚悟は理解した上で言わせてもらいますが、貴女達が命を賭ける程度では足りない。力で貴女達に届かぬとも、覚悟を持つ者達を束ねなければ迫る侵攻には抗えない。そして、それを最高司祭は絶対に認めない――…だから、僕は未来を繋ぐためにカセドラルを登っている」

 

 オーリの言葉に込められた意味――…教会最高司祭の討伐を悟り、ファナティオはその眼を見開いて驚きを示した。そしてその決意の源泉が、自分と同じように人界の平和とそこに住む者達の安寧を思う心だという事も、同時に理解した。オーリの決意も、ファナティオの決意も命を賭けている事に変わりなく、しかしオーリの言葉にファナティオは確かに『より良き未来』を幻視した。整合騎士である自分では持ち得なかったものに、賭けてみたくなった。

 

「……ユージオ、解いてくれ」

「いいのかい?」

「これで戦うなら、三人がさっさと上に昇れ。少なくとも残りの騎士の数よりこっちの数の方が多いんだから」

「お前が残るってんなら俺も残るぞ。背中を守る奴が必要だろう?」

 

 キリトの言葉にオーリは苦笑し、ユージオは二人のやり取りを見て溜息を吐いた。ストレアはジト目でオーリを見ているが口を挟まない所を見る限り、二人が残るならまだマシかと諦めているように見える。

 

「……その、必要は、無い……」

 

 ユージオが術式の使用を停止してすぐに、ファナティオが掲げた右腕と顔を覆っていた氷を砕き、震える声で呟いた。

 

「……私の、覚悟は……ただの玉砕に過ぎん……しかし、オーリ・ヴァルゼライド……貴殿の命を賭けた決意は確かに、未来を私に見せた……故に、それを信じよう」

 

 彼女はオーリを見た後に、その後ろにいる三人にも視線を巡らせた。

 

「未来を、頼む……繋いでくれれば、我らも守る為にこの力を振るおう……」

 

 今動かせる部分だけを動かし、最大の敬意を込めて彼女は頭を下げる。それを見たユージオの表情が愕然としたのを、ストレアだけが見ていた。

 

 

 

 

 

 

 大回廊の奥の扉。その先に階段は存在しなかった。オーリが昇ってきた階段ホールと同じ広さがあるだろう唯の空間だけが存在し、特異なものと言えば床の中央にある奇妙な円形のくぼみだけ。上を見上げれば、視線の届く限りの場所に天井が存在しない吹き抜けが高く高く広がっていた。

 

「……どう登ると思う?」

「とりあえず、壁に手を掛ける所は無さそうだな」

 

 キリトの問いにオーリが周りを見ながら答える。大理石の壁は装飾は有れど継ぎ目のないものであり、指の先すら掛けられるものが存在しない。窓枠はそもそも跳んで届く高さでもない為に論外であり、上層に用のある存在がわざわざそんな登り方をするという事も考えづらい。

 

「昇り降りするための何かが多分あるよね」

「何かって、例えば?」

 

 ユージオがストレアに問いかけると同時、上から黒い影が降下してくるのが見えてきた。次第に影が形を帯びてくれば、鉄で出来ているだろう円盤のような物がその姿を現した。直径は二メル程度の物であり、しゅうしゅうと奇妙な音を立てて下降してくる。次に四人が感じたのは冷たい空気の流れであり、ストレアは上層へと昇る手段がなんであるか悟った。

 その円盤は下降を続け、音と空気の流れの原因がその円盤の下部中央に空いた小さい穴から猛烈な勢いで噴き出す空気だと四人が気付く頃には、その円盤は床から数メルまで近づいており、程なくして床に空いたくぼみにすっぽりと嵌まる様に停止した。

 

「お待たせいたしました。何階をご利用でしょうか?」

 

 円盤の中央……硝子の筒の天辺に両手を当てたまま立っている一人の少女が、最低限の抑揚だけを備えた感情の読み取れない声を発した。短剣の一本も差しておらず、服装も戦闘には向かなそうな簡素な黒いロングスカートに、胸から膝下まで垂れる縁取りとして透かし編みが施された白いエプロン。容貌は少し灰色がかった茶色の、眉と肩の線で切り揃えられた髪に血色の薄い顔は整っているが特徴を見出しにくい。

 そんな少女を見やって、オーリとキリトはさっさと円盤に乗った。この少女から敵意と言う物が感じられないのはユージオも分かっているが、それでもよくこんな怪しいものに乗れるなぁ、と変な所で感心する。ストレアは少女よりも円盤の方に興味があるらしく、『あ、そう言う構造なんだ』と呟いて円盤の周りを一周した後に飛び乗った。

 

「えぇ……皆そんなあっさり……?」

「あっさりって言うけど、これで上と行き来するんだよユージオ」

 

 ね、とストレアが少女に聞けば頷きが返って来た。

 

「左様でございます。お望みの階をお申し付けくださいませ」

「だってよ」

「いや、警戒心が無さ過ぎやしないかい……?」

 

 キリトの言葉に呆れたような顔をしたユージオを尻目に、ストレアは少女に次々と質問を投げかけていて、少女はその質問に律儀に答えている。オーリに至っては円盤に乗った後に手摺りに凭れ掛かって、術で治療を開始する始末。

 警戒心を露わにした自分が馬鹿みたいだと溜息を吐き、ユージオも手摺りの切れ目から円盤に乗りこみ、それを見たストレアが『行ける一番上まで』と告げる。

 

「かしこまりました。それでは八十階《雲上庭園》まで参ります。お体を手摺りの外に出しませんようお願いいたします」

 

 間髪入れずに答えた少女は、円盤の中央にある硝子の筒の天辺に両手を当てた。

 

「《システム・コール》《ジェネレート・エアリアル・エレメント》」

 

 術式の詠唱にユージオが身構えるが、彼の肩をストレアが安心させるように叩く。

 

「大丈夫。これ、《風素》で昇ったり降りたりする仕組みだよ」

 

 ほら、と彼女が筒の内部へと視線を向けるのに習い、ユージオも視線を向ければ確かに、ガラスの筒の中に緑色に輝く風素が出現している。しかも十個――…相当技量が高くなければ出来ない芸当である為に、違う意味で再び彼が驚きを見せた。

 

「《バースト・エレメント》」

 

 少女が硝子の筒に当てた十指の内、右手の五指を真っ直ぐ立てて解放の式句を紡ぐ。途端に十の内五つの風素が弾け、大きな風の唸りが足の下から響いた直後、五人を乗せた円盤が上昇を始めた。

 理屈としては、円盤を貫く硝子筒の内部で解放された風素が生み出す膨大な風を下方向に噴出する事で上昇するだけの単純なものだが、最初の動き出し以外は殆ど揺れもせずに昇っていく円盤に、今度はユージオだけでなくキリトもオーリも驚いている。

 

「すげー。考えれば単純だけど思いもよらないよなぁ」

「そもそもこれが必要な建物がここくらいだろうしなぁ」

 

 呑気に下を見たり上を見たりして会話に華を咲かせ、更には少女にも話しかけているキリトとオーリを横目に、ストレアはユージオを連れて二人とは反対側に立って、手摺りを持って外側を見た。

 

「ねぇ、ユージオ」

「どうしたの?」

()()()()()()()?」

 

 いつになく真剣な眼をした彼女の問いかけに、ユージオは自分の心が見透かされているような錯覚を覚えた。それは、彼の内に燻ぶっている激情――…あの日、アリスを連れ去られた日から胸の裡にある黒い感情。

 その感情の名前をユージオは知らなかった。しかし、ストレアが『憎い』と言った事で彼はこの感情が『憎しみ』なのだと思って……首を横に振った。

 

「……わからない。そんな気もするけど、それだけじゃない気もする」

 

 でも、とユージオは言葉を続ける。

 

「あの日、アリスを連れ去った騎士の事は憎いと思うし……その騎士に命令した教会の事も、今では信じる気になれない。だから……整合騎士が人界に住む人の為に戦っているなんて、信じられない」

 

 そこで言葉を切ったユージオの脳裏には、先ほどのファナティオの姿が浮かんでいる。自分の《武装完全支配術》による拘束を、その意志の力で打ち破らんとした騎士は確かに、その胸の裡に決意を秘めていた。彼の大切な仲間であるオーリと同じ、人界とそこに住む人の平和と安寧を願い、それに命を賭ける決意。そして、同じ思いを持っていたからこそ、彼女はオーリの言葉に未来を見て、それに賭ける事が出来たのだと理解している。

 

 幼いアリスを鎖で拘束し、連れ去っていった奴の仲間なのに。

 

「ユージオはさ、アタシや兄貴と会うまでは上級貴族って悪い奴ばっかりだと思ってなかった?」

「え? ま、まぁ……それは、あるかも」

「で、実際アタシや兄貴と会って、社交界をその眼で見てどう思った?」

「それは……そんな貴族ばかりじゃないなって」

 

 少なくとも、二人の下に集まる貴族にユージオが想像していたような悪徳貴族は居なかった。メディナは貴族らしく誇り高く、人一倍修練も勉強もしている事を彼は知っている。高慢な貴族は確かにいたが、彼らも人を人と思わない貴族ではない事を知っている。

 

「整合騎士にも、同じ事が言えるかもしれないよ?」

「……それは」

「でも、アタシは別にユージオがそう考えても良いと思ってる」

「え……?」

「大事な人が目の前で連れ去られたんだもん。そりゃ怒るし憎くもなるよ。それは人として当たり前の感情だし、アタシはそれを否定する気は無い。憎しみは良くないとかそんな事は言う気も無いけど……憎しみだけじゃ、()()()()()()なんだと思う」

 

 偉そうな事言えないんだけどね、とストレアは笑うが、その言葉にユージオは息を呑む。

 例えば、整合騎士憎しで斬ったとしても、どうなるのかユージオは想像できない。憎しみで傷つけて、それだけで憎しみは消えるのか。憎しみに憑りつかれて、整合騎士を全部斬るまで止まらない存在になるのか……そんな想像をして、違うと叫びたかった。

 ユージオにとって大切なのは、アリスだ。彼女を取り戻すという事を第一目的にして、彼は剣士を志した。あの日、遠ざかる彼女を守れなかった自分の無力を呪った。天職に縛られ探しにも行けない自分に諦めた。キリトが現れてそれが砕かれて、ストレアに見出されて央都に来て、オーリや様々な人と出会い――…大切なものは増えていった。

 狭い村の中で完結していた彼の世界は、大きく広がった。そして、だからこその悩みがある事を知った。きっと村の中で生涯を終えていたら……この胸の裡の黒い感情の事をこうして考えるなんて事はしなかっただろう。

 

 始まりはそうだったとしても、それだけで終わっちゃいけないのか。

 

「……僕も、進めるのかな」

「ユージオが進みたいって思うんなら、きっと進めるよ。何ならアタシやキリトや兄貴が引き摺って行くかもしれないけど」

「それは、強烈だなぁ」

 

 束の間の穏やかな時、思い思いに過ごす四人。

 

「お待たせいたしました。八十階、《雲上庭園》でございます」

 

 円盤がその動きを止め、少女は硝子筒から両手を離すとエプロンの前で揃え、一礼した。四人はそんな彼女に口々に礼を言い、円盤を降りていく。

 

 

 

 最後は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 




すとれあ「アタシ、ヒロインっぽくない?」
おり主・きりと「あざとい流石ストレアあざとい」
かーでぃなる「わしに言っといてお主もか。あざといのぅ」
すとれあ「ちょっと三人並んで? グーでぶっとばすから」


ゆーじお(僕にはアリスが僕にはアリスが僕にはアリスが僕にはアリスが)(ちょっとドキドキしたらしい

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