流星の軌跡   作:Fiery

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やっとアリス戦。


戦闘とは濃密なコミュニケーションである(ただし一部のみ

 四人は昇降機を降り、八十階のテラスを歩いていく。オーリが騎士長から聞いた話が正しいのならば、残りの整合騎士は二人――…騎士長本人と、ユージオの探し人であったアリスの二人だけ。

 オーリの気になる要素としては、双子が言っていた《元老》がいかなる人物なのか……役職からして、騎士長より上であると考えれば、戦力として数えられなかったのは納得の行く所だ。そもそも戦う存在ではないだろうが、術士としての力量は侮れない物があるだろうとオーリは仮定して、テラスの先に見える扉に視線を向けた。

 

「ふむ」

「どうした? オーリ。この扉の向こう側からビリビリ来てる件か?」

「あぁ……居るな。で、覚えのある気配だ」

 

 キリトと顔を見合わせていたオーリがユージオを見る。その動きは、この先に誰が待ち受けているかを雄弁に物語っていた。

 

「まさか、アリスが?」

「その可能性が高い。開けた瞬間斬りかかられる事はない……とは思うが、準備はしておけ」

 

 その言葉に、三人が頷いた。各々が《武装完全支配術》を待機状態にする所を確認して、オーリが扉を開くために力を籠めれば、重々しい音を響かせながら扉が左右に開いていく。

 扉の先に広がる光景は、今までの塔の内部とは一線を画していた。広大な床は石張りではなく、柔らかそうな芝が密に生い茂り、芝生の各所では色とりどりの花が咲き誇っている。そんな花たちは甘い香りを漂わせ、その向こうには綺麗な小川まで流れていて、水面に光が反射してキラキラと輝いている。

 向こうに見える大理石の壁が無ければ、塔の内部である事を忘れるくらいの光景がそこに広がっていた。

 

「……来て、しまいましたか。ヴァルゼライド卿」

 

 その中に設けられている小高い丘。壁の天井に近い部分に開けられた窓から降り注ぐ陽光を一身に受け、黄金の鎧を纏った騎士がそこに立っていた。何かを堪えるように口を真一文字に結び、その瞳には悲しみの色を宿したアリス・シンセシス・サーティが、真っ直ぐにオーリを見ていた。

 

「そうしなければならなかったので」

 

 彼女の視線を受けて、申し訳なさそうにオーリは笑った。思考誘導した後ろめたさもあるが、何より彼女はユージオの大事な人だ。そんな人を利用したのだから、彼の中にも罪悪感と言う物はある。殴られるくらいは覚悟の上だが、悲しそうな目で見られるのはそれ以上に堪えるものだった。

 

「それに何故、他にも居るのです?」

馬鹿(兄貴)が馬鹿したから追って来た」

馬鹿(親友)が馬鹿したから殴りに来た」

馬鹿(仲間)が馬鹿したから助けに来た、かな」

「お前ら馬鹿馬鹿言い過ぎじゃない? え、真面目な所だよ? ここ」

 

 何とも言えない表情のオーリが三人を見やれば、三人分のジト目で迎撃された。そんな光景にアリスも何とも言えない表情を作るが、すぐに表情を引き締める。

 

「――…騎士長閣下より、貴方がここまで来たならば通せ、と指示を頂いております」

「あー……なるほど。閣下らしい決断だ」

 

 アリスの言った言葉の意味を、オーリは正確に理解した。『ここまで来たなら自分が斬る』とベルクーリは考えているのだ。そしてその意図は他の三人も理解している。

 

「止めても行くんでしょ? 馬鹿(兄貴)は」

「とうとう兄貴とすら呼ばれなくなったぞ……まぁ、言う通りだから反論できんが」

「平時は話が通じるのにこういう時は通じないんだよなぁ、馬鹿(親友)は」

「お前にだけは言われたくないわ」

「これ、自業自得って言うんだよね。馬鹿(オーリ)

「くっそ、あんな純粋だったユージオまで染まったとかどうすりゃいいんだ」

 

 仲間達に罵倒という名の激励をされつつ、オーリは庭園の中にある唯一の道……煉瓦が敷かれた小道を駆けていく。アリスは言葉通りそれを止めず、ただ憂いと悲しみを瞳に滲ませて見送っていった。彼の姿が小さくなり、声も聞こえないような距離に行くまで見届けた後、アリスは三人を見やる。その瞳にはもう憂いも悲しみも無い――…凍てついた氷のような色だけがあった。

 

「侵入してきた方法は問いませんし、彼を追ってここまで来たという意気は褒めておきましょう。しかし――」

「罪は罪で、裁くって言うんでしょ?」

 

 アリスの言葉を遮って、ストレアが背負った大剣を抜いて構えた。そんな彼女の行動にキリトとユージオは驚きを示し、アリスは凍てついたまま見据えている。対してストレアは真剣な……ともすれば睨み付けていると言って良いかもしれない形相でアリスを見返す。

 

「ストレアッ!?」

「二人は下がって。ユージオは彼女と戦えないだろうし、キリトはまだ温存」

「……そう仕切るの、あいつに似てるな」

 

 キリトが呆れたようにストレアを見て、ユージオの肩に手を置いた。ユージオは二人に視線を彷徨わせ、歯を食いしばり、拳を握り締めて数歩下がる。ストレアはそんな彼に一瞬だけ微笑みを向けて、再びアリスへと視線を向ける。

 対するアリスは、腰に佩いた鞘から自身の愛剣を抜き放つ。細身の長剣と言った風情のそれは、鍔から柄頭まで黄金で造られ、刀身は鮮やかな山吹色に染まっている。

 

「私は三人同時でも構いませんが」

「冗談。そんな事しても意味ないよ――…アタシにとってはさぁっ!」

 

 地面が揺れた。そう錯覚するほどに力強い踏み込みと共に、ストレアの身体がたった一歩でアリスへと肉薄する。大上段から振るわれる大剣と、横薙ぎに振るわれる長剣がぶつかり合い、衝撃が庭園全体を薙いでいく。

 ぎりぎりと鍔迫り合いをしながら、互いが互いを初めて真っ正面から見据え、その瞳の奥まで覗きこむ。

 

「……なるほど。貴女は私と戦うのが目的で」

「だから全力で来てよ。アタシの全力に――…応えてみてよ!!」

 

 互いの剣が互いを弾き飛ばし、距離を取る。二人が次に移る行動は、思い思いの構えを取ってからの、解放だ。

 

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

 

 結句が同時に唱えられ、その剣に陣が描かれる。アリスが握る黄金の剣の刀身が消え……無数の小さい花弁のような欠片へと変わり、彼女の周りを覆うように展開される。

 対するストレアの変化は、剣ではなくその身に起きていた。両腕と両足が灰色の毛皮のような物に覆われ、右肩には狼の頭部のような灰色の肩当が現れ、最も特徴的な変化としては頭部に狼の耳。そして腰部と臀部の間の辺りから一本の狼の尾が生えている。

 

 再びストレアが踏み込む。先程と同じ踏み込みだが、先ほどよりも速く――…事実としてアリスの眼には、気が付けばストレアが目の前にいたとしか映らなかった。

 

「るぅあっ!」

「くうっ!」

 

 振り下ろされる大剣の一撃を、アリスは無数の花弁で防ぎきる。しかし剣を合わせた瞬間にアリスが感じたのは、ストレアの膂力が先ほどと全く比べ物にならず――…その一撃が、一つで大地を抉るほどの威力を持つ《金木犀の剣》の花弁を全て使って、ようやく防ぐことが適う事実。

 

「その力、どこから……ッ」

「力だけじゃないよ!」

 

 花弁で受け止めていた圧が消え、アリスの背筋に悪寒が走った。それに従って横に飛べば、一瞬前まで彼女が居た所を大剣が通り抜け、その衝撃波が綺麗な芝生だった床を根こそぎ抉り飛ばす。一瞬でストレアがアリスの背後に回って、斬撃を繰り出したのだと理解するには攻撃の範囲が大きすぎるが、それでも事実として受け止めた。

 ここに至って、アリスはストレアに起きた変化の内容を正確に察知する。《武装完全支配術》は呼び覚ました一部の記憶を攻撃力に変換する術式であるが、ストレアのそれは自身の身体能力を全て極限まで上げる事を目的とした《武装完全憑依術》とでも言うべきものだ。

 

「その大剣……さぞ名のあった《狼》を」

「そう。むかーし、ダークテリトリーで千の狼を率いていたと言われた《狼王》……その狼を群れごと剣にしたのが、この《群狼剣》」

 

 憑依を可能にするならば、その記憶というのは生物のものであるというアリスの予測を、他ならないストレアが肯定する。千の狼を率いる程の強さを持つ狼の記憶によって彼女の身体能力は高められ、単純にそれだけならばアリスが対してきた相手の中でも最強であると断言できるほどだ。

 

「しかし、それだけの力……」

「今のアタシの心配をする余裕があるの? 舐めてんのか整合騎士ィッ!!

 

 三度目の踏み込みも圧倒的な速度を齎し、振るわれる斬撃はより鋭く、重くなる。それに反応し、防ぐアリスの技量はまさに卓越している……天才的と言ってもいいが、今のストレアはそれを凌駕しうる勢いを持っていた。

 ストレアの全力の一撃を、アリスは花弁全てを使って受けざる得ない。ただ、ストレアの一撃はあくまでも持っている大剣によるものであり、彼女は『自分の身体すら武器としてみる』と評されたオーリの魂を、一部とはいえ引き継いだ彼の双子の妹――…あくまで剣士、騎士であるアリスの思考から外れた行動など、容易く行えてしまえる存在である。

 

「隙有りッ!」

「がっ!?」

 

 ()()で持った大剣で、アリスの花弁たちを押し込みながら空いたもう片方の手で拳を固め、彼女の視界の外から振るってその顔を殴りつける。人外の膂力を持って容赦なく振るわれた拳の一撃は、全身に鎧を纏ったアリスの身体を容易く八十階の壁まで殴り飛ばした。

 

「アリスッ!?」

「ストレアだって殺す気じゃない。今は待つんだユージオ」

 

 彼女の下へ駆け寄ろうとしたユージオを抑えつつ、キリトは一つ気がかりな事があった。ストレアから大図書室で待機していた時に、連携などの確認もあった為三人は自身の術の内容の概要程度は情報交換していた。それでも、ストレアの術についてはここまで凄まじいものだと思わなかったが……ならばおかしいのだ。

 

 ()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、説明できない。

 

 その身に狼の記憶の一部を降ろし、身体能力を上げる事はまだわかる。その見た目から想像できない程の力を持つ事も、速力を持つ事もあるだろう。しかし、それでも整合騎士アリスを圧倒できるイメージがキリトには浮かばない。これが互角ならば、素直に感心していただろう。

 

「……おい、まさかストレア」

 

 その理由の仮説が、彼女の様子を見たキリトの脳裏に浮かび上がった。今アリスを殴り飛ばしたストレアの拳から、血が滴り落ちているのが見えたから。

 

 何故血が滴り落ちているのか……自分の身体を壊すほどの力で、相手を殴ったからだ。

 何故、そんな力を発揮しているのか……能力を引き上げる上限を排除しているからだ。

 

 ストレアの支配術は、彼女の意志で能力を引き上げる割合を決める事が出来て……その割合に限界はないのではないか。そうキリトは考えた。

 

 そんな事を考えた間に、アリスの花弁達が全方位からストレアへと襲い掛かってきていた。皮肉にも殴り飛ばした事によって距離が取られてしまった。ストレアの遠距離攻撃の手段は神聖術しかないが、今詠唱に気を回す余裕は無い。

 だからこそ余計な思考をする事が無いという利点があると、ストレアは思っている。全方位から襲い掛かる花弁を把握し、その中でアリスへの最短の箇所を大剣でこじ開ける。花弁を全て集めなければストレアの剣は防げないという事は、既に二人とも知っている。突破される事が分かりきっているのならば、アリスには次の手があるという事。

 

「《ディスチャージ》!」

 

 花弁を突破したストレアへと飛来するのは、五つの風素だ。それが目の前で炸裂し、暴風を巻き起こす。風はストレアの身体を床から離すに余りあるものであり、たまらず彼女の体が宙へと撃ち上げられる。

 その勢いは天井にまで達するほどであったが、体勢を入れ替えて彼女は天井へと足を付けてしゃがみ込む。そのまま自身を天井に押さえつける力が消える直前、アリスへ飛びかからんと跳躍。落下する勢いすら乗せて彼女へと着弾。

 

「あ、貴女の戦い方は……無茶苦茶ですね……ッ!」

「それだけ本気で全力で……形振り構ってないんだけどねェ……ッ!!」

 

 着弾の勢いで土煙が立ち込める中、互いが剣を打ち合わせる。鍔迫り合いの中で、アリスの手に伝わってくるストレアの力は、解放後の初めの一撃よりも明らかに力が落ちている事を感じさせたが、それでも押し切れない。

 アリスは先程の着弾の際にも、ダメージを受けている。ストレアの圧倒的な膂力を伴った、自分自身を武器に変えた一撃を避けきれずに、何とか引き戻した花弁全てで受けて、あっさり食い破られたためだ。纏っていた鎧の大部分は砕かれ、数か所の骨折もあり、頭からは出血もある。しかも壁に全身を打ち付けられた事もあって、痛みを感じていない場所が無いほどだ。

 そして、彼女の眼に映るストレアは、それ以上に深刻なダメージを負っていた。自分の身体を庇う為に差し出した左腕はだらんと垂れ下がり、骨が突き出ている。全身は裂傷だらけであり、頭からも鼻からも口からも血を流す。あの人間砲弾とも言うべき特攻は、アリスよりもストレアに甚大なダメージを与えていた。

 

「何故です! 何故そこまでして私と戦うのですか!?」

 

 たまらず、アリスは叫んだ。そこまでの事をして尚、ストレアの剣からは害意や邪念の類が一切感じられないから。

 

 何故そこまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……聞きたいなら教えるけど、アタシも聞きたい事があるんだよね」

「聞きたい事……?」

「アンタ、兄貴の話を聞いたよね? ()()()()()()()()()()?」

 

 ストレアの質問の意図を、アリスは図りかねた。ここに居るのは彼女が整合騎士だからであり、セントリア市域を統括する任に付いているからだ。ただ、ストレアがそんな単純な事を問うはずはない。彼女はベルクーリが認めた《太陽竜》の妹。彼女自身も《月光竜》と呼ばれるほどの傑物である。

 

「それはどういう……」

「アンタはルーリッドの事、セルカの事を聞いてあれだけの反応を見せた。でも見に行ってないよね?」

「……それは、整合騎士の務めがあるからで」

「ダークテリトリーの侵攻が始まったら、ルーリッドはその位置からして真っ先に被害に遭う。アンタの頭ならそれくらい解ってるはずで――…記憶も無いのにあれだけ大切だと思った人がいる場所がそういう目に遭う可能性を、騎士の務めだと見過ごしたの?」

 

 歯をむき出しにし、ストレアは初めてアリスに対して『敵意』を見せた。ふざけるなと、その瞳が訴えかけた。

 

「アンタだってあの話で理解したはずだ。最高司祭がアンタ達、整合騎士に虚偽を並べていると。まぁそれでも従うのは仕方ないとは思うけど、その務めはアンタの魂の叫びを無視するに足るモノだって言うのか!?」

「それ、は……」

 

 アリスの剣の切っ先が揺れると同時に、ストレアがアリスの身体ごと壁際にまで押し込む。

 

「アタシはね……この人界にも大切な人達が居るから、人界を守るって言う兄貴の馬鹿を止めない。最高司祭がその為の障害になるってなら、兄貴と並んで剣を向ける事だってやる。大事ってのはそう言う事でしょ? 時に何を置いても……《禁忌目録》だろうと、《整合騎士の務め》だろうと! アンタの大切が危なくなった時! 守れないそれに従うって言うのか!?」

 

 ストレアは、聴取の時にアリスの魂の発露を見た。本当に家族を、セルカの事を大切に思っているのだと信じられる光景を見た。それでも彼女がこの塔に居て、動いていないという事実を見て、わからなくなったのだ。

 

「アンタにとって何が大切なの!? アンタの記憶を弄った最高司祭様!? ただ支配を盤石にするために権威を利用する教会!? それとも――」

 

 血を吐きながら、流す血よりも紅い眼が、揺れる整合騎士の青い瞳を見据えた。

 

「この世界を生きて、アンタを待っている家族!?」

「わた、しは……私の、大切なものは……ッ!」

 

 アリスが食いしばり、ストレアの剣を押し返す。彼女の魂の奥底に眠っていた何かが、彼女に力を与えるように。

 

「私だって! セルカに! 家族に会いたい! でもお前達の……ヴァルゼライド卿の話が事実なのだとしたら! 私はこの身体……アリス・ツーベルクという少女の物を六年もの間不当に占拠して来た! そんな偽りの私が、どうして彼女の家族を見に行けというのです!?」

「だから、何でここに居るんだって聞いてるんだよ!?」

 

 鍔迫り合いの最中にあって、二人は互いにその額をぶつけあう。

 

「それだけ大切だって言うなら! 何でアンタはまだここに居て、アタシと戦ってる!?」

 

 問いかけに、アリスは息を呑んだ。何故戦ってるか、それは彼女達がカセドラルに侵入したから、捕らえるためだ。しかし、彼女達がここに来る原因になったのは、オーリとの話をアリスがベルクーリに相談したからであり……

 

「私、は……」

「アンタが剣に込める本当の理由は、何? それを守る為に向ける相手は、誰? それがアタシだって言うなら、死ぬまで付き合ってあげるけど」

「……何故です。私と貴女は、先日会ったきりの他人のはずなのに……どうして、貴女が命を賭けているのですか……」

「賭けるよ。アタシの大切な人の一人が、アンタの為に命を賭けてここまで来たんだから」

 

 え、とアリスの声が揺れた。ストレアが視線をアリスから外せば、彼女もそれに釣られて先を見る。視線の先では、亜麻色の髪が揺れていた。緑色の瞳が二人を心配そうに見て、口元は堪えるように食いしばっているけど、彼も彼女達から目を離していない。

 

「……ユー……ジオ?」

 

 その名を呟いた時、アリスの脳裏に駆け巡ったのは覚えのない――…しかし、それを魂が求めていると断言できる光景。幼い自分と、幼いユージオと、もう一人が赤く染まっていく空を見上げている。その光景に、思わず手を伸ばした彼女の右目の視界が、赤く染まった。

 呻き声を上げ、アリスが鍔迫り合いを止めて膝をつく。左手で剣を持ち、右手で右目を押さえながら。

 

「なん、ですか、これは……右目が、灼ける……ッ!?」

「……それは、名もなき神がこの世界の人間に施した、封印だよ」

 

 アリスに何が起こったか、ストレアは正確に理解した。故にユージオにした説明をアリスへと行う。

 

「……ひど、い」

 

 少女の口から零れた一言には、悲しみと怒りが込められていた。

 

「記憶だけで、なく……意識すらも、誰かに操られる……私から家族の、妹の思い出を奪うだけでなく……こんな封印まで施して、服従を強要する……っ」

「アリスッ!」

 

 その光景を見たユージオが急いで彼女へと駆け寄り、膝をつく彼女の身体を支えた。

 

「ユージオは、これを知っていたの、ですか?」

「……僕が教会に反逆する事を決めた時に、僕の右目も……」

「それは、私のため、に……?」

「切欠はオーリだけど……僕はずっと、君に会いたかった。あの日連れ去られてしまった君に、もう一度会いたかったんだ」

 

 視線を合わせ、ユージオはアリスと向かい合う。彼は自分の大切なアリスの為に、この右目の封印を破った。だからこそ今彼はここに居て、こうして彼女に触れる事が出来ている。

 神の施した封印を破るほどに強い思いを彼は持っていて、その時に支えてくれたのはキリトとストレアだ。

 

「だから、アリスが大切なモノのために戦うなら……今度は僕が支える。君をもう、一人にしない」

 

 真摯に、真剣に、ユージオはアリスへと言葉を投げかける。彼の手を、アリスは右手で握りしめた。赤く明滅する目を彼の目と合わせて、凛とした表情で。

 

「ユージオ……私の身体を、しっかりと押さえていて」

「……わかった」

 

 アリスの右目から甲高い金属音が響き、紅い光は輝きを増していく。彼女の身体を押さえるために、ユージオはアリスを抱きしめた。アリスも彼にしがみ付くように体を抱きしめて天井を――…その先を睨み付けるように見上げる。

 

「私は、人形ではない! 私は私の意志で、この世界……この世界に生きる人々を! 家族を! 妹を守りたい! それが私が成すべき唯一の使命です!」

 

 叫ぶのは、宣誓。

 

「最高司祭アドミニストレータ! そして名を持たぬ神よ!! 私はその成すべき使命……いや、成したい願いの為に」

 

 天へと告げる、決意。

 

「――…あなたと、戦います!!

 

 アリスの右目から、深紅の輝きが光の柱となって迸った。

 

 

 

 

 

 

 アリスが自力で右目の封印を突破した後、ストレアも術を解いてその場に崩れ落ちた。よくよく確認すれば、比較的無事なのは剣を握っていた右腕だけであり、特に重傷を負った左腕は元より、両脚も肉離れや内出血を起こし、胴体にも深刻なダメージが残っている。

 

「ストレアッ!?」

「あー……ごめんユージオ……アタシの腰の後ろのビン、一個取って……」

 

 駆け寄って来たユージオに、無事な右腕で腰の部分を指さす。彼がそこを探れば、目当ての物はすぐに見つかった。ベルト部分に三本ほど、小瓶を収める事が出来るホルスターが設けられ、そこには透明な液体が入ったガラスの小瓶が三本ある。そのうちの一本を取り出し、蓋を取ってストレアを抱き上げて口元へと寄せた。

 小瓶に入っていた液体を半分ほど飲んで、ストレアは右手を動かして瓶を口から離す。

 

「大丈夫かい? というか何であんな無茶を」

「あー、今はお説教無しでね。アタシはもう大丈夫だから、瓶の残りをアリスにも飲ませてあげて」

「この瓶の中身は?」

「アタシ手製の霊薬……伝説の代物ほどじゃないけど、十分効果はある筈」

 

 ストレアが自分の顔に付いている血を拭えば、新たに血が出る気配はない。半分であっても十分な回復が見込めるというならば、アリスに飲ませる事にユージオとしては異存なかった。

 

「……私に飲ませて良いのですか?」

「そう言うの良いから、さっさと飲んでよ。こっちは兄貴追いかけないといけないんだから」

 

 もう身を起こせるまでに回復したストレアの言葉を受けて、アリスはバツの悪そうな表情になりつつもユージオから小瓶を受け取り、中身を飲み干した。その瞬間から、身体に付いた細かい傷は勿論、大きな物も見た目には消えてなくなり、痛みも瞬く間に引いていく。

 

「……これほどの霊薬を、貴女が作ったというのですか」

「これでも色々と集められる立場だったからね。作り方や材料なんかも溜め込んでるし、馬鹿兄貴が何かやらかすのに備えていたんだ。でも半分だと、眼の方まで復元するような効果はないから、そっちは自分で治して」

「いえ、こちらはまだ治しません。私にとっては決別の意味を込めたものですし……アリス・シンセシス・サーティからアリス・ツーベルクにこの身を返す際に治せばいいでしょう?」

「まー……本人が良いって言うなら良いけどさぁ」

 

 残りの二本は万が一のための備えとして、この場で使うつもりはないらしい。霊薬の効果が全身に行き渡るまで、ストレアは芝生の上に転がる事にしたのか横になる。

 

「とはいえ、このままというのは見苦しいでしょうか……?」

「なら……」

 

 ユージオが着ていた服の右袖を破り、アリスの右目を覆うように即席の眼帯として巻き付ける。そんな光景を眩しそうに見ていたキリトが、意を決したように三人に視線を巡らせた。

 

「さて……俺は先に行って、あいつを追いかける」

「だね。アタシはまだ動けないし、上に居るのは……」

「整合騎士長であり、最強の使い手である小父様……ベルクーリ閣下です。整合騎士最強という肩書に偽りはなく、小父様の剣の技量も超一流ですが……武装完全支配術は最早、神の技と呼ぶべきものです」

「って事らしいから、キリトが一本持って行って」

 

 二本の霊薬の内一本をキリトに投げ渡し、それを受け取った彼は頷いた後で門へと駆け出す。ユージオは負傷しているアリスとストレアを守る為に残るが、回復次第追いかける。

 

「……ヴァルゼライド卿は大丈夫でしょうか。見た所、彼だけが神器かそれに類する物を持っていないように見受けられましたが」

「……そう言えばストレアが北帝国内を動き回るのは、オーリの武器かその材料を探す目的もあるって、言ってたよね」

 

 ユージオの言葉に『だねー』と少し気の抜けた返事をストレアが返す。

 

「ギガスシダーは良さそうだったけど、あれはキリトとユージオが伐った物だし……それ以外で良さそうなのは無かったかなぁ」

「あまり言いたくはありませんが……三階の武具保管庫には、最高司祭が人界全土から集めた物が保管されているはずです。そこから見繕うなどはしなかったのですか?」

「三階にそんなのあったんだ。でもさ、そういう風に持って行っても支配術は使えないんじゃない?」

「それはそうですが……武器の差ぐらいは埋めなければ、小父様に一矢報いる事さえできないのでは?」

 

 アリスの表情に浮かぶのは純粋な心配だが、ストレアはそれをあえて鼻で笑った。訝し気な目を向けるアリスを余所に上体を起こして、その目を見返す。

 

「アンタは剣も術も腕は立つけど、相手を見る目はそれほどでもないよね」

「……どういうことです?」

「兄貴は神器持ちの整合騎士相手に……それも、支配術まで使った相手に神器無しで渡り合ってるし、今行ったキリトはそんな兄貴より剣の腕が立つ剣士だよ?」

「……は?」

 

 ぽかんとした表情をしたアリスを見て、『あんまり舐めんな』とストレアは意地悪く笑った。

 

 

 

 




ストレアの支配術はケモミミに尻尾を生やした狂戦士になる(ざっくりとした説明
使用時に剣の天命を消費して、使用中は自分の天命を消費する。能力上昇の割合は任意であり、上げれば上げる程自分の天命を消費するのは当然として、上がり過ぎた能力に肉体がついて行けなくて余計にダメージを受ける、ピーキーを越した狂気的な仕様である。

デメリットの分だけめっちゃ身体能力は上がるので、超短期決戦向き。


ありす「貴女、ユージオの事が好きなのですか?」
すとれあ「……何? アンタに言われると嫌味にしか聞こえないよ?」
ありす「……彼が好いているのはこの私ではなく、本来の持ち主でしょう?」
すとれあ「アタシにとっては違うけどね。アンタは可能性の一つだよ。アリス・ツーベルクが整合騎士になったかもしれない可能性。だから、アタシにとってアンタは『アリス』でしかない」
ありす「……ふふっ、優しいですね」
すとれあ「うるさいなぁっ!? アタシを揶揄うくらい元気なんだったらユージオと話でもしてきてよ!?」
ありす「いえ、もっと貴女と話したくなりました。治療ついでに聞きたい事も出来たので」
すとれあ「ユージオー! 助けてー!」


ゆーじお「仲良いなぁ……すっかり打ち解けてる」


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