流星の軌跡   作:Fiery

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前回のあらすじ

オリ主「ト ラ ン ザ ム !

VS

ベルクーリ「固有時制御・三倍速!


先に進むだけで一話潰れる事もある

 

 

 八十階にいた三人は、重傷を負っていたアリスとストレアが回復した後、階段を駆け上がる。道を知っているアリスを先頭にし、その後ろをユージオとストレアが続く形。アリスについては鎧が砕かれた為、青いドレス姿だ。

 

「キリトが先に行ったけど……大丈夫かな」

「キリトはともかく、兄貴の方が不安だけどねぇ」

 

 頭を押さえながら溜息を吐くストレアに、ユージオは苦笑を返す。

 

「生きているかどうかが、ですか?」

「また馬鹿な事してないか、かな?」

「……小父様相手に、ヴァルゼライド卿が勝つと?」

「そんな事言ってないでしょ」

 

 ちらり、と睨み付けるようにストレアを見たアリスに対して、ストレアはジト目で迎撃する。回復中にも何度か同じような事があり、険悪な雰囲気にもなったが結局大事には至っていないので、ユージオもどうすればいいかわからない。

 少なくとも、彼にとってストレアという人間は誰に対しても友好的な態度で接する存在だ。洞窟で初めて会った時は緊急事態だったが、その後改めて話せば気さくで話しやすい人だとユージオは思った。後にメディナにも聞いてみたが、同じような印象をストレアに抱いていると教えてくれた。そんな彼女が初対面から敵対的な相手というのは、何とも珍しい。

 

「大体、その小父様の事を尊敬しすぎて過大評価してないよね? 憧れは判断を鈍らせるってよく聞くんだけど」

「いいえ、小父様が整合騎士最強なのは揺るがぬ事実です。いくらヴァルゼライド卿がこれまで騎士達を退けてきたとしても、神器も持たぬ身で勝てる道理はありません」

「でもそれ、常識の範疇じゃん。兄貴の非常識さを知ったらそうも言ってられないよ」

 

 ねー、とストレアがユージオに同意を求めてきたが、彼は『あはは』と曖昧に笑うだけだ。何故ならアリスから発せられる圧がユージオに向かっていて、『どうなのですか』とこちらも問いかけてきている。これが普通に街で起きていたら、ユージオは一目散に逃げだしていた自信があった。

 

「ま、まぁその辺りはすぐにわかるよね……」

「……それもそうだね」

「そうですね。二人にとっては残酷な結果かもしれませんが」

「違ったらその顔、グーで殴るよ整合騎士」

「後を追うなら、せめて私が介錯しましょう一等爵家」

 

 フン! と互いに顔を背けた二人が、階段を駆け上がる速度を上げた。アリスの後ろを走っていたストレアが横に並び、また二人は睨みあいながら走っている。そんな親友……この場合は悪友と言った方がいいような彼女達を見たユージオは、思わず笑みを零した。

 

「「行きますよ(行くよ)ユージオ!」」

「はいはい……って二人共速いよ!?」

 

 そんな風に駆け上がれば、程なくして八十五階へと辿り着く。大広間への扉を開けた三人が見たのは、床に座り込んでいるベルクーリの姿と、立ち上がろうとしたオーリとキリトの姿だった。

 

「小父様!」

「あぁ、嬢ちゃんか……他の二人は、二人のお仲間さんだな」

「兄貴!」

「意外と元気s「何で左腕無いんじゃこの馬鹿兄貴がァッ!」即激怒!?」

 

 入って来た三人の方を見たオーリへと、ストレアがタックルを敢行して二人が床へと倒れ込む。若干天命を減らしつつも、それに構う事なくストレアは馬乗りになってオーリの左肩に触れつつ、彼の《窓》を開く。

 

「今度は何しでかした馬鹿兄貴」

 

 《窓》に記された内容を見た瞬間に、ストレアが表情を消して声のトーンが一段下がった。キレていると理解したオーリの目が、バッシャバッシャと泳ぎ始める。

 

「え、えーと……い、色々?」

「天命が減ってるのはまぁ良いよ。でも最大値がごっそり削れてるのはどういう事かな? 後その左腕、神聖力にでもした? 良いから吐けよどんな無茶苦茶したのかさぁっ!」

「やめっ……くびっ……しまっ……たっけて……」

「落ち着けストレアァッ!? 首締まってる! オーリの首締まってるからぁっ!?」

 

 キリトが荒れ狂うストレアを後ろから羽交い絞めにして、必死に床をタップしているオーリから引き剥がす。その光景があまりにあんまりすぎて、アリスやベルクーリは当然として、付き合いの長いユージオですら驚きに固まってしまった。

 

「あ、あー……すまねぇが嬢ちゃん。その辺にしてくれねぇか……? オレに勝った奴が説教で死ぬのは流石にな」

「は? え、小父様に、勝った? え? ヴァルゼライド卿が?」

「あ、今度はこっちで壊れた」

 

 年の功か、いち早く復帰したベルクーリの言葉に、今度はアリスが愕然とした。信じられないといった感じで目を見開いて、妹に足蹴にされているオーリを見ている。

 

「おう、正々堂々と真っ向勝負でな」

「じ、神器無しで、ですか……?」

「オレは抜いた。そんであいつは生身で支配術を使った」

「「「は?」」」

 

 ベルクーリの言葉に、三人の視線がオーリへと集中する。ついでにキリトもオーリを見たが、その目はとても優しかった。『骨は拾ってやろう』的な優しさであったが。

 

「生身で《武装完全支配術》って使えるんですか……?」

「オレも見たのは初めてだがな。正直見た所で理解出来ん」

「ひ、非常識ってそう言う……」

「これは非常識じゃない。ただの馬鹿だよ」

「何処に行っても根っこが変わってないんだよなぁ……」

「人界の一等爵士の中で、ここまでボロボロに言われるのって僕だけだろ絶対」

 

 やれやれ、と溜息を吐きつつ、不意に真剣な目付きで上階へと続く階段を見る。そこから、誰かが降りてくる気配はない。合流を妨げる様子も無く、こうして集まった所を叩くわけでもないという事態はオーリ達にとって都合は良い。都合は良いが、それ以上に恐ろしい。

 

「どうかしましたか? ヴァルゼライド卿」

「いえ、何でも……と言うか、騎士アリスが何故ここに?」

「キリトから聞いていないのですか? 私も協力させてもらうために来たのですが」

「キリトォッ!?」

 

 ぐりん、とオーリの顔がキリトへ向く。

 

「言ってなかったっけ?」

「右目云々の話しか聞いてねぇよ!? 合流するとか考えもしてないわ!?」

「あー……お前、俺達が合流する事すら予想外だったみたいだしな」

「一人で全員突破するつもりだったと? それは流石に無謀が過ぎませんか?」

 

 アリスの尤もな指摘にオーリが黙る。最悪、百階分壁をよじ登るというプランも考えていた事は墓場まで持って行った方が良さそうだと判断し、咳払いを一つ。

 

「無謀だとしても、そうしないと未来が無いと判断しただけですよ」

「……それは、貴殿ほどの人間の命を賭けねばならぬほどですか?」

「僕()()の命で拓けるなら安いものでしょう」

 

 オーリの言葉に、今度はアリスが黙ってしまった。確かに、とは口が裂けても言えないが、少なくとも『オーリが命懸けで来た』という事に意味はある。現状は騎士達が考える以上に逼迫しているのだと知らせるという意味だ。他の貴族ではこうは行かず、央都でも傑物であると噂が広まり、市井とほぼ関わらない騎士ですら噂を耳にした事のある彼であればこその意味。

 

「ははは……キリト、ユージオ。この兄貴ぜんっぜん懲りてないよ」

「もう一発か」

「もう一発だね」

「え、おま、ストレア拘束すんな二人とも拳固めんなやめっ、やめろぉーっ!?」

 

 そんな彼は妹に拘束され、親友二人に腹を殴られていた。

 

 

 

 

 

 

「この先、私が知っているのは九十五階までです」

 

 大広間から出たオーリ・キリト・ユージオ・ストレア・アリスの五人は、アリスとオーリを先頭にして階段を上っていく。

 

「そこから先が《元老院》という事ですか?」

 

 オーリの問いかけにアリスが頷いて、説明を続ける。九十階には大浴場があり、九十五階に《暁星の望楼》と名付けられたカセドラルで唯一、四方を壁に囲まれていない柱だけの階層があり、それ以降がカセドラルにおける最高機密区画……元老院と最高司祭の居室がある。

 

「騎士アリスは、最高司祭に会った事はありますか?」

「一度だけ」

 

 表情を引き締めたアリスが、オーリの問いに頷いた。

 

「――…整合騎士見習いとして、過去の記憶を全て失った状態で目覚めた私は、最高司祭様と対面しました。見た目としては、剣はおろか重いもの一つ持った事の無さそうな、なよやかで美しい女性なのですが……」

 

 彼女の身体がぶるり、と震える。その震えの原因が『恐怖』であるのは、四人の目から見ても明らかだ。

 

「……あの方の眼……あらゆる光を跳ね返す、鏡のような銀色の瞳……その眼で見られた時に、私は、最高司祭様を深く畏れた。決して逆らってはならない。お言葉の一片たりとも疑わず、全てを捧げて仕えねばならないと……今思えば、わたしにそう思わせたのは、圧倒的な恐怖……だったのでしょう」

「案内だけしてくれたら逃げても良いけど?」

 

 俯きかけたアリスの顔が、ストレアの言葉で跳ねあがる。

 

「心配は無用です。私はもう、私が正しいと信じる道を行く事にしました。それに小父様は我らに仕掛けられていた右目の封印をご存じだった……それはすなわち、全整合騎士を束ねるベルクーリ・シンセシス・ワンにして、公理教会の支配を決して盲目的に善しとはしておられなかったという事。だからこそ、ヴァルゼライド卿に興味を持ち、このような事になっているわけですが……」

「その辺はうちの兄がホント申し訳ない」

「何か全部僕が悪い事になってない? 気のせい?」

「オーリ、それ今更だから」

「お前。本当に自分がどう見られてるか、一度ちゃんと認識しろ」

 

 ユージオとキリトに見放され、オーリは敵地のど真ん中で味方にも裏切られた気分になった。ついでに言えば、ストレアとアリスが喧嘩しながらも絶妙に息が合っているので、この短い時間で仲良くなり過ぎじゃないか? と、オーリが考えた瞬間に二人から睨まれた。

 

「私と彼女は、根本的な所で合いません」

「それについては同意するよ」

 

 そう言い切る二人に、男三人は微妙な顔をした。

 

(悪友だよこれ)

(完全に悪友だな)

(息ピッタリだね)

 

 そんな事で三人は内心を一致させながら、やがて四方に空を望む場所――…九十五階、《暁星の望楼》へと出た。五人が見たのは空の彼方……果ての山脈の向こうへと、太陽が沈もうとしている光景。

 

「……ここから先は、私にも何があるかわかりません」

「とりあえず術が飛んで来たら僕、ストレア、騎士アリスで凌ぐから、キリトとユージオは斬り込み役だ」

 

 異論は? とオーリが問えば、四人が首を横に振った。元よりオーリは今現在武器も、片腕も無い為に術での支援くらいしかできない。キリトは五人の中では術が不得手だがそれを補って余りある剣の腕を持っている。残りの三人は単純に術への理解の深さで差があり、ストレアとアリスが術に対抗する方が良いだろうという結論だった。

 

「元老達は神聖術の行使権限こそ整合騎士を上回っていますが、近接戦闘力は一般民と大差ないと聞いています。ただ、その欠点は当然補ってはいるでしょう。薔薇園で収穫される触媒結晶を使ってほぼ無限に神聖術を行使したり、といった具合に」

「……オーリなら闇に紛れて暗殺とか出来ないか?」

「数による。一人二人ならやってやれない事は無いと思うが……」

「ヴァルゼライド卿は貴族ですよね? 先祖代々暗殺者を天職にしていた家系ではないですよね?」

 

 キリトの問いに然も当然のように答えたオーリに、アリスが突っ込む。普通なら無理だと鼻で笑う所だが、生身で《武装完全支配術》を使うなどと言った非常識な人物なので『この人ならあり得る』と思っているのだ。

 アリスの評価はストレアから見ても間違ってない。そもそも貴族的な暮らしが長かったはずなのに、いつの間にか足音を消して歩く訓練や、室内での立体機動訓練をしでかしている光景をもうずっと見てきた。故に非常識であり、常識的な演算では測れないと知っている。

 

「だから言ったじゃん。非常識だって」

「ストレア、それだと妹の君も非常識の可能性があるんだけど……」

「アタシ、爵家の令嬢として非常識。兄貴、人という種族として非常識」

「生きて帰ったらストレアを当主に据えて引退します」

「おにいさまやめろください」

「そんなに当主をするの嫌なのか……」

 

 気の抜けるようなやり取りで緊張感が程よく弛緩した所で、『よし』とキリトが声を上げた。表情を引き締めた五人が互いを見やり、一斉に頷けば、望楼から上層へと足を踏み入れる。慎重に、足音を立てずに一階層分の階段を上っていくと、これまでの階層とは趣きが変わった。

 気味の悪い緑色のランプに照らされた、せいぜい幅が一メルあるか無いかの狭く薄暗い通路があり、突き当たりにはこれまた小さい……オーリが少し身を屈めないと通れないような黒い扉がある。荘厳で、豪華絢爛と言う言葉が相応しかった九十五階までとは打って変わって、無機質な印象を受ける内装に奇妙な違和感を覚えたが、それでも踏み込まないという選択肢は五人に存在しない。

 斬り込み役のキリトを先頭に、ユージオ・アリス・ストレア・オーリと続く。扉まで二十メルほどの狭い通路に何か罠があるかと危惧はしたが、こんな中枢に罠を仕掛ける可能性は低いだろう。その証拠に、五人はあっさりと扉の前にたどり着き、キリトがこれまた小さいドアノブに手を掛けた。

 

「開けるぞ」

 

 ゆっくりと音を立てないように扉を引き開け、キリトが奥を伺えば、通路がまだ少し続いている。その先は暗いが、どうやら広間になっているようで、微かに紫色の光が瞬いては消えていた。

 通路の左右の壁に五人が張り付きながら扉を潜れば、何やらぶつぶつと呟く……一人だけのものではなく、複数人の声が耳を打った。

 

「――…神聖術の、詠唱のようですね」

「《ジェネレート》の式句が聞こえない……攻撃術じゃない?」

「関係ない術式を詠唱しているなら好都合だな」

 

 キリトが黒い剣の柄を握りしめると同時、ユージオも青薔薇の剣の柄を握りしめる。

 

「待って」

 

 それに待ったをかけたのはストレアだった。

 

「どうした?」

「抜く必要は無いよ……術式を聞いてわかった。元老がアタシ達の迎撃に出てこない理由」

 

 悲しそうに目を伏せたストレアが、キリトとユージオの横を通って広間へと出る。何とも無防備な話だが、しかし彼女に対して攻撃が加えられる様子はなく、慌てて四人が後を追ってもそれは変わらない。

 

「《システム・コール》《ジェネレート・ルミナス・エレメント》」

 

 ストレアの右手の親指、人差し指、中指の先から、広間を照らすに足る《光素》が三つ生み出されて、広間の天井へと昇っていく。

 

「――…え?」

 

 その声は、誰の口から零れたのだろうか。呆然とした声が何故零れたのかは、照らし出された光景が異常の一言に尽きて、理解しがたいものだったからだ。

 広間の大きさは二十メルほどで、高さは三階層ほどを使っているだろうと推測できるほど高かった。広間を円形に囲む壁には、等間隔で円柱状の箱のようなものが並び、箱に据えられた丸窓からは人の顔が覗いている。どうやら広間に響く声は箱の中にいる人達の声なのだろうと理解は出来た。

 

「な、何なのですか、これは。彼らは、一体何を……何をしているというのですか!?」

「ここが《元老院》……なんだな? ストレア」

 

 叫ぶアリスを横目にオーリが問いかければ、ストレアは敵意を目に宿しながら頷いた。

 

「彼らが唱えてる術式は、人界に居る人間の《違反指数》を確認するためのもの。それで……全員が全員、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なん……だって……?」

 

 呆然と立ち尽くし、壁にある箱を見上げるユージオとアリス。オーリとキリトは多少なりとも予測はしていたが故に、受けた衝撃は二人よりも少ないが、それでもここまでとは思っていなかった。

 不意に、『びびーっ』というブザー音のようなものが広間に鳴り響く。五人は反射的に互いに背を合わせて密集して周囲を伺うが、攻撃されるような予兆は無い為に発見された、というわけでは無い様子だ。しかし、その音で動きがあったのは箱の中に居た人間達の方で、彼らは一斉に真上に顔を向けた。

 彼らのすぐ上の壁には、蛇口のような管が取り付けられている。彼らがそれを見て口を開けると、その管から茶色のどろどろとした液体が流れ出し、開かれた口へと収まっていく。それを機械的な動作で飲み下していくが、液体の一部は口から溢れ出して首や胸を汚していく。

 

「何なんだよ……こんなの……こんなの、人間に対する扱いなのか……?」

 

 キリトの呟きは再び鳴り響くブザー音にかき消され、箱に納まっている彼らは再び詠唱を再開した。その行動に人間味など一切なく、機械そのものとしか彼の目には映らなかった。彼らだって《フラクトライト》を持った人間だったはずなのに、何故こんな仕打ちを受けねばならないのかと、握りしめた拳が軋みを上げる。

 

「彼らが……人界を治める公理教会の、元老だというのですか……?」

「こんな事をしたのは……最高司祭、なのかい……?」

「そうだろうね」

 

 アリスとユージオの疑問に答えたのは、五人の中で一番核心に近づいているであろうストレア。

 

「禁忌目録を犯した人間の中で、戦闘力には欠けても神聖術に秀でた人間の思考や感情を、最低限の知性を残して破壊して、元老と言う名の監視装置に作り変えた。そんな事が出来るのは人界でただ一人しかいない」

「……何で……最高司祭はこんな事が出来るんだ……」

「いかなる罪を犯したにせよ、彼らもまた人の子ではありませんか。それをこんな……人の証たる感情や知性すらも取り上げて、小さな箱に押し込めて獣以下の食事をさせるなど……」

 

 抑えきれない怒りが声に現れていた。アリスが《金木犀の剣》を抜こうとしたところで、オーリがその手を押さえる。

 

「っ……ヴァルゼライド卿!」

「騎士アリス。それは貴女がする事ではない。それに……」

 

 オーリが言葉を続ける前に、アリスは彼の裡に渦巻く途方もない怒りを、自分を押さえる右手から感じ取った。

 

「その怒りをぶつける相手は、すぐそこでしょう?」

「……そうですね。失礼しました」

 

 自身と同等かそれ以上の怒りを感じて頭が冷えたのか、アリスは詫びの言葉を口にして頭を下げた。オーリも他の三人もそれについて何も言わない。アリスが持った怒りは、全員の胸の裡にも存在していて、しかしここで彼らの命を絶っても意味がない事もわかっている。

 それでもアリスが動いたのは彼女の優しさからであり、オーリが彼女を押さえたのは彼が感情をコントロールする術に長けているからだ。それにここで元老達を殺してしまえば、異常に気付いた最高司祭が何をしてくるかわからないという打算もある。冷静になったアリスもそれに気が付いて、だから頭を下げた。

 

「この部屋に今は用はない。抜けよう」

 

 オーリの提案に、誰も異論は挟まなかった。

 

 

 

 

 

 

 広間より奥には入って来た通路と同じような狭い通路があり、その先には何とも奇妙な部屋があった。

 

「趣味が悪すぎる」

 

 オーリの呟きは、部屋の事を端的に表していた。ありとあらゆる調度品が下品な金色に輝き、照明の光をギラギラと反射している。タンスやベッドだけでなく、小さい丸椅子や収納箱に至るまでがその調子で、他にあるのがタンスからはみ出ていたり、ベッドやテーブルの上に載っている大小様々なおもちゃ達。

 大半はどぎつい原色のぬいぐるみであり、ボタンの目と毛糸の髪を持つ人形から、あらゆる動物を象った物。更には何なのか見当もつかない醜悪な怪物の物までと、大量のぬいぐるみがベッドや床に山のように積み上げられている。その他には積み木や木馬に楽器など、まるでおもちゃ屋をそのまま持ってきたかのように、様々なおもちゃが散乱していた。

 

「ここまでの趣味の悪さは……もしや、チュデルキンの居室だったのでしょうか?」

「……あの道化みたいな服の元老長の部屋と言うなら、納得できるのが何とも」

 

 アリスの言葉に納得しながらオーリは部屋を見渡すが、先に進めそうな階段や通路は見当たらない。先程の元老院には入口の通路とここに来るための通路しかなかったので、どうしたものかと頭を捻る。

 

「大概は隠し通路なんかがあるもんだよな」

「あー、その可能性は高いね」

 

 キリトの言葉にストレアが同意を示した。確かに、元老長が最高司祭に会う場合もあるだろうから、通路は必ずある筈だと思い至った。

 

「全部吹き飛ばしますか?」

「アンタさぁ、バカなの?」

「は? 私に対してその暴言は何ですか。撤回を要求します」

「さっき兄貴に止められた事をまたやろうとしてるバカだからバカって言ってるんだけど?」

 

 ゴチン! と額をぶつけあって睨みあう女子二人を余所に、男三人はとりあえず目につく家具を動かし始める。

 

「一応聞くけど……」

「止めなくていい。じゃれてるだけだ」

「何かが襲い掛かってくる気配も無いし、下手に割り込むと怖いしな」

 

 ユージオの問いかけをオーリとキリトはバッサリと切った。彼らの目から見れば、ストレアとアリスの仲は問題ないのだ。全力で戦ったせいか互いの心の裡を何となく理解できているのだろう、いがみ合っていても決定的な一線は守っており、禍根を残さない程度にしかやっていない。

 やがて女二人の睨み合いが終わったのか、フン! と互いが顔を背けて歩き出す。

 

「先に見つけた方が勝ちです」

「負けたら土下座」

「いいでしょう。後悔しないように」

「あるぇー、冗談は上手いんだぁー」

 

 ストレアの煽りと同時に、二人はそれぞれ反対方向へと走る。その光景を見て男達は苦笑し、金色のタンスを横に動かした。

 

「あ、通路だ」

 

 ユージオの呟きの通り、タンスに隠されていたのは小さい……キリト達でも身を屈めなければ入れない程の通路。

 

「なん……」「だと……?」

「君ら本当は仲良いだろ。その息の合い方で否定するのは苦しいぞ?」

 

 オーリの発言を二人は無視して、通路を覗き込むキリトとユージオに歩み寄り、彼女らも覗きこむ。

 

「先は、通じていそうですか?」

「暗いから何とも言えないが……進めるみたいだな」

「今度は僕が先に行こう。剣を振り回す空間は無さそうだ」

 

 オーリの提案に四人は頷いて、オーリは手近な棒の先端に《光素》を宿して通路へと入っていく。それに四人が続くが、ストレアは最後尾だ。大剣を背負ったままだとどう頑張っても入口で引っかかる為、逆手に持った状態で進むしかないから。

 しばらく進んでいけば少し天井が高くなり、長く続いているだろう階段が見える。照らしてみても先が見えないが、待ち伏せされている気配も感じない為にオーリの歩みに迷いは一切ない。

 

「随分長いな……」

「さっきの元老院は天井がかなり高かったから……それかな?」

「あの部屋はざっと三階分の高さはあったからねぇ」

「それなら、次に部屋に出たらそこが最高司祭の部屋かその一歩手前って事か」

「そうなりますが……ヴァルゼライド卿。腕は復元しなくてよろしいのですか?」

 

 唐突なアリスの話に、オーリは思い出したかのように『あぁ』と呟いた。

 

「どうにも復元しないみたいなんだ」

「どういう事です……? ストレアの霊薬が欠陥品だったのですか?」

「少なくともアンタよりは作る腕くらいあるわ戯け。兄貴のは、天命の最大値ごと腕を神聖力に変換しちゃったから並の……今のアタシやアリスの行使権限じゃ復元できないだけ」

「カーディナルさんくらいじゃないと……って事?」

「悔しい事に、ね」

「まぁ、治せるアテがあるから僕は気にしていないがな」

 

 何でもないかのように言うオーリの身体は確かに、隻腕とは思えないほど安定した動きを見せている。それに、無くしたばかりだというのに既に腕がない事に順応しているようにも見えるのだ。

 先ほどアリスが剣を抜こうとした際は咄嗟の状況であり、オーリとアリスの位置からして左腕の方が近かったにも関わらず、右手を添えて止めた。『思わず』無い方の腕を動かそうとする様子も無く、だ。先程まであったはずの己の一部を、既に無いものとして割り切れている。

 自分ならどうだろうか……アリスはそう考えて、無理だと判断した。無い状態で長い時を過ごせばそう割り切れもするだろうが、一日はおろか半日も経っていない状態では不可能だと言える。

 

「おかしい、と思ったでしょ?」

 

 アリスの思考を読み取ったようにストレアが小声で、彼女だけに聞こえる声で囁く。

 

「……えぇ。我々整合騎士も時に我が身を顧みない事はありますが、ヴァルゼライド卿のそれは些か異常に見えます」

「ズレてるんだよ、兄貴は。本気で、自分の命の価値が誰よりも低いと思ってる」

「……どういうことです?」

使()()()()()()()。自分の命を、それこそ数打ちの剣なんかと同じように、さ。だから、片腕を無くしても気にも留めてない。精々『使う手足の選択肢が絞れた』くらいにしか、考えてない」

「それは……」

 

 『人としてどうなのか』と言おうとして、ストレアが彼を『非常識』と言い表している理由が、アリスもわかった気がした。人が作り出した常識に対するものではなく、生物として生きるための常識(本能)に対して、非常識(理性)が強すぎるのだ。

 決して自分を卑下しているわけでは無く、自分の社会的な立場なども正確に理解している上で、自分の命の価値を低く見ているし、頓着していない。

 

「こういう言い方は好みではありませんが……後の事を考えるなら、ヴァルゼライド卿が一番死んではならないはずでは?」

「立場としてはアタシで替えが利く。戦闘力ならキリトやユージオが居る。(こころざし)ならアンタや騎士長……自分の役目の替えが居るってだけならそうはならなかったと思うけど、そこに命を賭ける理由が出来た。自分の命を賭ける事が最も効果的な出来事が起きてしまった」

 

 努めて冷静に、淡々とストレアが言葉を並べていく。先行する男三名に聞こえないような声で話しながら、自分の『兄』の特異性を並べ立てていく。

 

「兄貴が何でそんな風になったかは知らないし、わからなかった。気が付いた時にはそうだったから」

「……私にどうしろと?」

「いや? おかしいと思ってるみたいだから説明しただけ。下手に兄貴に聞いて、地雷を踏まない方が良いと思ったし」

 

 二人のひそひそ話が終わる頃、階段の先に見える光が輪郭を持ち始めた。そこで先頭を歩いていたオーリが立ち止まって、後ろに続く四人を見る。

 

「一気に行くぞ」

 

 頷くのを確認して、全員が階段を駆け上がり、光の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 




ストレアとアリスは別に本当に仲が悪いわけでは無いです。
互いが尊敬している人間についてちょっとバチバチするだけだったり、色々複雑な心情がスパークするだけで息は合います。心情的な物が合わないだけなので問題ない(何
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