流星の軌跡   作:Fiery

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新年度なんで連続。
タイトルに意味はあんまりない。


普段の行いがどんな影響を及ぼしているか考えよう

 アリス・シンセシス・サーティにとって、ストレア・ヴァルゼライドはよくわからない存在だった。自分を敵視しているようにも思えるし、それでいて敬意のようなものも気遣いのようなものも感じさせた。口を開けば普通に会話をしていても、言葉の端々で自分と張り合い、釣られて自分でも無意識の内に張り合った。

 初めて帝城で会った時は意識していなかったが、八十階で戦った時から強烈に意識させられていた。自分と同年代で、自分と互角に渡り合う同性と言う存在は彼女の周りでは居なかったから。だから張り合っていたのだと今ならわかる。

 

「あ、あぁ……」

 

 戦ってから、数時間しか経っていない相手だった。そんな、ただの顔見知りとしか言いようのない相手が自分を庇って、その身を剣で貫かれていた。視線の先では夥しい量の鮮血が舞って、彼女の愛剣がその手を離れて床に落ちる。同時に、彼女が使った支配術の効果も解けて、見えていた狼の耳と尻尾が消えて。最後にゴーレムの左腕が無造作に引き抜かれて、その身体が前のめりに倒れた。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 その光景に狂乱の叫びを上げたのは、ユージオ。普段の理知的で優し気な顔つきは見る影もなく、怒り狂った形相に歪ませ、その目を血走らせてゴーレムを睨み付けている。最初に割り当てられた役割など頭の中から消し飛び、惨状を齎したソレが生きた人間で造られている事も怒りで押し込み、逆手に握った青薔薇の剣を床に叩き付ける。

 

 

「エンハンス! アーマメントォッ!!」

 

 

 ユージオにとってのストレア・ヴァルゼライドと言う少女は、一言では言い表せない程の存在だった。自分の親友を救ってくれ、自分自身も見出してくれた恩人。刻み手の次の天職を定めてくれた雇い主でもあり、様々な事を教えてくれた先生でもある。彼女からは本当に色んなものを貰ったと、ユージオは思っている。今は記憶を失っているとはいえ、想い人であるアリスに会えたのは、彼女が見出してくれたおかげでもあったからだ。

 そんな彼女が、アリスを庇って凶刃に倒れた。アリスもストレアもユージオにとっては大事な人だ。なのに、また自分は守れなかった。その事実が最も憎いのだと、彼は本当に今更になって気が付いた。

 

 その強烈な意思に反応するように凍気をまき散らしながら、青薔薇の剣の支配術によって生み出された無数の氷柱が、通る軌跡を凍り付かせてソードゴーレムへと直進する。その速度は五十階で使用した時よりも遥かに速く、凍気の冷たさもその時を遥かに超えている。怒りが彼の持つ理知的なタガを外し、本来持っているだろう力を……その《心意》を遺憾なく発揮していた。

 

 今この時だけだが、ユージオは人界において最高峰の《武装完全支配術》を行使していると言っても過言ではなかった。例えば整合騎士長であったならば、ユージオに惜しみない称賛を送っていたであろう程に。

 それでも、相手は人界最高の術士が組み上げた、《記憶解放術》の神髄を使って生み出された最強の兵器。背骨を軸として上半身を猛烈な勢いで回転させたゴーレムの両腕が、自身へと向かってくる氷柱をあっさりと砕き、削り、破壊する。《強化》位階で《解放》位階の相手を正面から――…というのは何とも無茶な話だ。

 

「だったら踏み越える。今この瞬間だけでも構わない……僕が誰かを守れると、証明させてくれ! 《青薔薇の剣》ッ!!」

 

 無理はかつて打ち壊された。無茶はずっと見てきた。無謀だって今この時をもって知っている。

 

 だからどうしたと、道を示してくれた親友が、仲間が、大事な人が言っていた。それに倣う。かつての自分から、本当の意味で強くなるために。守りたいものの為に、今この時よりユージオと言う剣士を始めるために。

 

 

「――リリース!! リコレクション!!!」

 

 

 武装完全支配術の第二段階、《解放》位階へと手を伸ばす。今の彼には過ぎた力だとしても、求めない理由はない。この力が必要なのは、今この時なのだから。

 手の中の青薔薇の剣がユージオの意志に反応したのか、大きく震えた。直後に部屋いっぱいに響き渡ったのは、無数の硝子が砕け散るような音。異変を真っ先に感知したのは、ゴーレムを見据えて駆けていたオーリとキリト。

 

「キリト!」

「あの水晶だけを砕くぞ!」

 

 彼らの視線の先には、全身を凍り付かせた剣の巨人が居た。その光景に最高司祭もわずかに目を見開いたのをオーリの視界が捉え、彼はそっちへと駆ける目標を変える。ゴーレムが最高司祭の虎の子である事は間違いなく、今この時は行動不能に陥っている。それは彼女が介入する可能性があるという事であり、誰かがそれを抑えなければならない。

 今のオーリには、動きの止まったゴーレムを機能停止に追い込む攻撃力はない。彼の見立てでは心臓の位置に納まった水晶を砕けば、少なくとも最高司祭の術を停止させることはできると踏んでいた。そこを砕くだけならば誰も殺す事にはならない。だからこそ、オーリはキリトに託した。

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

 どくん、とキリトの握る黒い剣が脈打った。ようやくか、と言わんばかりに鼓動の直後、刃の至る所から無数の《闇》が溢れ出す。あらゆる光を食らう漆黒の奔流がうねり、よじれ、絡み合い、たちまち生み出されたのは一抱えもありそうな太い槍だ。その切っ先をゴーレムの心臓結晶へと向ければ、漆黒の槍がそこに向かって突き進んでいく。

 キリトが生み出した《武装完全支配術》とは、剣の元になった《悪魔の樹(ギガスシダー)》の記憶を呼び覚まし、それを顕現させる事だ。形や大きさは本物……当時のままでは決してないが、本質はあの樹と全く同じ。硬く、鋭く、重い、存在そのものが最大の武器になり得る支配術。

 

 ぱきり、と音がした。

 

 漆黒の槍の先端はまだ水晶に到達していない。ならばなんだ、とキリトが闇の先に目をやり、目を見開いた。

 

「あれだけの凍気で、完全に凍り付いてない……!?」

 

 ゴーレムが、身体の正面をキリトに向けていた。ユージオの《記憶解放術》で全身が凍り付いていたはずなのに、動き始めていた。

 何かあったのかとキリトがユージオに視線を向けると、術の起点となっている青薔薇の剣を握ったまま()()()()()()()彼の姿が見えた。青薔薇の剣の荒ぶる力を扱うのに、彼の力量では早過ぎた。ただそれだけの、残酷な現実。

 親友となった少年の名を叫び出しそうになった自身の心を抑え込んで、しかしキリトは裂帛の気合を持って剣を握る手に力を込めた。漆黒の槍が、ぎこちなく振るわれるゴーレムの右剣と激突する。塔全体が揺れていると錯覚するほど……いや、錯覚では決してない。本当に、塔全体を揺さぶるほどの衝撃が、力の激突によって生み出された。

 

 

 そんな最中にあって、アリスは倒れ伏したストレアへと駆け寄り、血で服が赤く染まろうと気にせず跪いて抱き上げた。どんどんと失われていく命の熱さが、彼女の死を予感させている。

 

「なんで……なんで私を庇ったのです……!」

 

 彼女の頭の中はそれでいっぱいだった。出会って少ししか経ってない、元々は敵だった自分を何故庇ったのか。

 

「……なに、してんの……」

 

 うっすらと目を開けたストレアの弱々しい声が、アリスへ問いを投げる。こんな事をしている場合じゃないだろうと、自分の死すら冷静に演算したストレアは合理的に、アリスへと問いかけている。

 

「わかっています! 今すぐにでも彼らに加勢せねばならないという事など! でも! でも……!!」

「アンタ、さぁ……ほんと、バカだよね……」

「バカで構いません! 霊薬は……」

 

 ストレアの身体を極力揺らさないように、アリスは彼女の後ろ腰を探った。目当ての感触はすぐに見つかって、そしてすぐに絶望へと変わった。

 手の中にある、霊薬を収めていたはずの瓶は縦に真っ二つに分かたれていた。当然中身の霊薬が残っているはずもない。

 

「《システム・コール》! 《ジェネレート・ルミナス・エレメント》!」

 

 瓶を投げ捨てて、すぐさまストレアへと両手を翳す。生み出された十の光素がストレアの傷口へと吸い込まれていくが、それでも血は止まってくれない。ならばと、アリスはストレアの左手を自身の左手で握る。

 

「アンタの、天命……勿体ない……」

「黙りなさい! 《システム・コール》《トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ》《セルフ・トゥ・レフト》!」

 

 今度は、自分の天命をストレアに移すために式句を唱えた。八十階での戦闘によって、アリスの天命も万全とは言えないが、時間もないこの状況ではこれが最善だとアリスは考えた。元よりこれ以上の回復術を、彼女は修めていないのだから。

 

「止まれ……! 止まって……!!」

 

 それでも、流れ出す血が止まってくれない。既にアリスが着ている青いドレスの大半は血の赤と混ざり、奇しくも目の前で息絶えようとしている少女のパーソナルカラー……彼女と言う人を表す色へと染まっている。

 それでもと、左手からストレアへと天命を注ぎ込む事を諦めるわけにはいかなかった。

 

「もう、いいよ……これ以上、無駄にしちゃ……」

「無駄ではありません! 貴女が死ぬ理由などどこにもない! 貴女とはもっと、もっと……!」

 

 言葉にならないまま、アリスの左目からはとめどなく涙があふれてくる。何故だと、アリスは思う。悲しいと思う心と共に、絶対に失いたくないとも思う心がある。ここまでして、もうどうしようもなくストレアと言う命が失われるのだと分かってしまっているのに、諦めたくないと思っている。

 

 失う間際で、その理由にアリスは思い当たった。

 

 ストレア・ヴァルゼライドは、()()()()()()()()()()()()()()に初めて出来た、対等な友であったのだと。

 

 六年間、アリス・ツーベルクと言う少女の身体を不当に占拠し生きてきた《仮のアリス》。そんな彼女が出会い、戦い……対等であると認めた同年代の少女。まさに奇跡と言う他ない確率で巡り合った、初めての存在。

 他の整合騎士達は目的を同じくする仲間だとは思っている。しかし、それでも友と言える存在ではない。小父と慕うベルクーリを友だと言えないだろうし、今は任務で果ての山脈へと行っているエルドリエは自分の弟子であるし、やたらと自分に構ってくる《イーディス・シンセシス・テン》は友とは何か距離感が違う。

 何の気負いもなく、整合騎士という認識も超えて、ただのアリスとして話せた。数時間だけだとしても、《アリス・シンセシス・サーティ》として過ごした六年間で、初めての数時間だった。

 

「……アリス」

 

 穏やかに、優しくストレアが微笑んだ。握られている左手をするりと放し、ゆるゆると首を横に振る。手が離れたために術も停止したので、流れ込む天命の光も消えた。

 

「ストレア!」

 

 友の名前を呼ぶ。彼女へと向けて何かを呟こうとした時、すぐ横の床……昇降盤だった場所に、戦いの前に見た短剣が突き刺さり、紫色の閃光を放った。

 

 

 

 

 

 

 最高司祭は、自分を抑えるために現れたオーリの不可解な行動に眉をひそめた。彼女に効果が無いとは言え、彼は持っていた切り札であろう短剣を明後日の方向に投擲したのだ。

 

「何のつもり?」

「さてな」

 

 オーリは中空に立つアドミニストレータを見据え、彼女の一挙手一投足に神経を巡らせる。ソードゴーレムに加勢、または自分か他の誰かへの攻撃に意識を割いた瞬間、その綺麗な顔に蹴りの一発でも叩き込むつもりだからだ。

 アドミニストレータもその意図が分かっているし、実際に先ほど不可解な行動をほんの少しだけ目で追っただけで、自分の顔の横を紙一重でオーリの蹴りが通っていった。だからこそ睨み合いという膠着は完成している。

 意識を割くという意味では、神聖術の詠唱も危険だ。いくら意志力で詠唱を削ったとしても、オーリの反応速度と文字通りの速さの前には、《システム・コール》の時点で襲い掛かられるだろう。そもそも意志力を使う時点で、オーリならばその意識の起こりを感知してしまう可能性がある。

 

 自分を見据える虹色の瞳が、何かしら心の動き……感情と言う物を読み取っているのではないか、という予想を最高司祭は既に立てている。ソードゴーレムの正体を見破った所から、『特定の何かが視覚化できる』という予想は立ったが、『人間』という言葉からそれが人間由来の物……感情ではないかと推測を立てただけだが。

 アドミニストレータは過去に感情の殆どをその《フラクトライト》から削除したが、全て消え去ったわけでは無い。情動そのものは存在する。だからこそ、感情を読み取れるオーリがそれに反応出来る事も考えられた。

 

「……正直、二人だけでソードゴーレムがここまで抑え込まれるなんて思わなかったけど、時間の問題ね」

 

 故に膠着は彼女も歓迎する所だった。大きく揺れる部屋を気にする事無く、鏡の眼で最高司祭がオーリを見る。

 

「それはどうかな……と言いたい所だが、真っ向勝負では流石のあいつでも分が悪いか」

 

 オーリの見た限り、ソードゴーレムの性能は圧倒的の一言に尽きる。自分の能力が十全に出せる状況を想定しても尚、打倒までの道筋が見えない。実力的に今この場に居る人間は全員、今は人界でも最高峰の能力を持っていると言って良いだろう。

 しかし、それでもようやく拮抗状態に持ち込んだだけだ。ユージオが命を賭けて解放術を使って作った数秒が無ければ、全員今は床に倒れ伏していた可能性が高いのだから。そもそもの肉体性能からして違う上に、相手は疲れを知らない器物。長引けばこちらが不利な事は明白だ。

 それにストレアを生かすためには、圧倒的な術の力量を持つ存在が必要だ。最高司祭と並ぶくらいの実力を持った術者。この盤面に影響を与える事が出来る存在。

 

「……あぁ、そう言う事で時間が欲しかったのね」

 

 視界の隅で捉えた紫色の閃光に、彼女は納得を示したように微笑んだ。その発生源はオーリが投擲した短剣であり、突き刺さっているのはこの部屋に来るための昇降盤のある位置。昇降盤から離れた、今二人が居る位置からそこに向かって投げて当てたという事自体、凄まじい絶技だがそれをこの男は自分との対峙中に、ついでの様にこなしたのは恐ろしいと言う他ない。

 紫色の発光現象に動揺したのか、ゴーレムの動きが一瞬止まった瞬間にキリトが漆黒の槍を押し込み、その巨体を壁へと叩き付けるのが見える。

 

 やがて短剣が発していた閃光は昇降盤へと移り、短剣は解けるようにその姿を消した。次に昇降盤全体が紫色に輝いたかと思えば、それは天蓋と床を繋ぐような光の柱へと姿を変える。

 数秒立ち昇った柱は、少しずつその幅を狭めていく。その中から少しずつ姿を見せたのは、艶やかな焦げ茶色の平面……周囲を同色の四角い枠に囲まれ、片側に銀色のドアノブが突き出た、扉。

 近くに居たアリスが唖然とした表情でそれを見ていれば、カチリという小さく硬い響きが広間の空気を揺らした。ドアノブがゆっくりと回転し、音も無く静かに扉が開いていく。扉の先にあるのは暗闇であり、そこがここではない何処かへと繋がっている事を、アリスに想像させる。

 

「――…このような形になろうとはな」

 

 扉から姿を現したのは、細身の長杖を持ち、黒いベルベットのローブと房飾り付きの角ばった帽子と小さい銀縁眼鏡を身に付けた、幼さと無限の叡智を同居させた賢者。柔らかそうな栗色の巻き毛と、大きな瞳が月明かりに照らされて輝き、凛とした声でそう呟く。

 

「あ、貴女は……」

「カー、ディナル……?」

「あぁそうじゃ。とりあえず治すぞ」

 

 扉から現れたのは、彼らの協力者であるカーディナル。彼女はストレアの身体に自分が持つ杖の先端を当てた。その瞬間に輝く光の粒子が彼女を包み込み、瞬く間に出血を止めてその傷を塞いでいく。ついでと言わんばかりに、ストレアを抱きかかえるアリスの天命を回復させて、宙を滑る様に移動して凍り付いてしまったユージオの横に立つ。

 自身の記憶解放術の余波……この場合は反動と言った方が適切だろうが、完全に凍り付いてしまい《ディープ・フリーズ》のように天命の減少すら凍結した彼を見て、カーディナルは未だ漂う凍気のせいで白くなった息を吐く。

 

「ユージオは……」

「戻すのに時間がかかるというだけで、戻す事は可能じゃ。ただ……」

 

 駆け寄ってきたキリトに現状を説明して、カーディナルは胸を張った不倶戴天の敵に視線を向けた。その視線を受け止めて、最高司祭は指を絡め合わせた両手で口元を隠し、カーディナルを一瞥した。その間にオーリはアドミニストレータから距離を取って、カーディナルの横に並んだ。

 

「すまない」

「構わんよ。わしが余計な属性を付けたせいでもある」

 

 長杖の先端がオーリの左肩に触れれば、そこに光が集束していき腕の形を成した。

 

「来ると思ったわ。予想外の事はいくつもあったけど、それでも誰かが危機的な状況になれば、お前はそれを見捨てる事が出来ない。手駒に仕立てておきながら、使い捨てる事が出来ない」

「貴様のような虚ろなる者に何を言われようがどうでもよい。しかし随分と人間の真似が上手くなったものじゃな。クィネラ」

「あら、そう言うリセリスちゃんこそ、そのおかしな喋り方は何のつもりなのかしら」

 

 バチリ、と二人の間で特大の火花が散ったような光景を、キリトは幻視した。

 

「その名でわしを呼ぶな! わしの名はカーディナル! 貴様を消し去る為に存在するプログラムじゃ!」

 

 賢者の宣誓を、支配者は微笑みを湛えて聞いていた。やがて右手をふわりと掲げ、大きく広げられた五指が何かを握りつぶすような形に変えられる。

 

「そうだったわね。そして私はアドミニストレータ……全てのプログラムを管理する者。さて、あなたを歓迎するための術式を用意したの。喜んでくれるかしら?」

 

 何をする気だと、左腕の調子を確かめているオーリがアドミニストレータを注視し、キリトは自分が吹き飛ばしたソードゴーレムを見据える。最初の変化はアドミニストレータの表情だった。真っ白だった頬に仄かに血の色が走り、銀色の瞳に凄絶な光が宿る。オーリと睨みあっている時ですら見せなかったほど集中をしている様子に、オーリが飛びかからんと身を屈めた瞬間に、アドミニストレータの右手が握りしめられた。

 

 同時に、十重二十重に硝子が砕け散ったかのような硬質な破砕音が、全方向から響き渡る。

 

 あまりの出来事に、堪らずキリトとオーリが窓へと視線を向けた。

 

「……おい、オーリ」

「どうなってる……()()()()()()()()()()()()!?」

 

 見えたのは、現実ではありえない光景だった。窓の向こうに見えていたはずの星空や雲海。青白く輝いていた月と言った窓の向こうの景色……夜空の全てが砕け散っていた。

 破片となって崩れ落ちていく《夜空》の向こう側から顔を見せるのは、虚無。奥行きも何もない黒と紫がマーブル模様に混ざりあう空間が、窓の向こうに広がっていた。

 

「アドレスが、切り離された……」

「ストレア? アドレス、とは……?」

 

 アリスに支えられて立ち上がろうとしているストレアが、アドミニストレータがやった事を理解していた。そんな彼女へと、アドミニストレータは怪訝そうな視線を向ける。

 

「正解……と言いたい所だけど、どうしてお前がそれを知っているのかしら? 詳細プロパティも参照できるヒューマン・ユニットのはずなのに」

「はっ、アンタに言ってもわかんないから、言う気は無いよ。要するにアンダーワールドのある次元からこの広間は切り離された。カーディナルを逃がさない為に」

「……えぇ、その通り。二百年前におちびちゃんを取り逃がしたから、そこから学ぶ事にしたのよ。いつか誘い出せたら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようってね」

 

 仕上げとばかりに今度は左手の指先が鳴らされた。先程とは違い控えめな破砕音が響いて、アリス達の後ろにあった扉……カーディナルが現れるために生み出した物が破壊され、昇降盤に浮かび上がっていた円模様まで消滅している。

 

「……どうする、兄貴」

「どうする、っていうのは?」

「確かにカーディナルは、対アドミニストレータ相手には心強い援軍だけど……」

 

 アリスに支えられながら、オーリ達に合流したストレアがカーディナルを見る。ストレアの視線を受け、カーディナルは沈痛の面持ちで目を伏せた。

 

「……わしに、あの巨人を攻撃する事は出来んな」

「な、何故です?」

「オーリが問うて、アドミニストレータが認めたじゃろう……わしに、人を殺す事は、出来ん」

 

 アリスの問いへの答えは、残酷なまでの基本原理だった。カーディナルは人でなくなったアドミニストレータを殺すために二百年間、大図書室で研鑽を積んできた。しかしそれは大前提として『アドミニストレータが人ではない』という事実があったからだ。だから『人』である整合騎士が護衛についた時に、手を出せる可能性が極端に下がった。

 それでもと辿り着いた苦肉の策が、協力者を探す事だ。そして巡り合ったのがオーリと、ストレアと、キリトと、ユージオ。今や人界でも指折り……最高峰の実力を持っているだろう四人に、整合騎士の協力まで取り付けて、ほぼ完璧な布陣であるとカーディナルは思っていた。しかし、ソードゴーレムの存在が彼女の想定を打ち砕いたのだ。

 あれほどの性能の存在を抑えるためにはオーリら五人の協力が不可欠であり、一人でも欠ければ途端に瓦解するだろう。かと言って、その前にアドミニストレータを排除するというのも現実的ではない。それに二人が神聖術を撃ち合えば、その余波でオーリらは良くて重傷を負うだろうが、ソードゴーレムはそれを受けながらも突破出来る。

 

「あぁ、それは問題ない。僕一人で無効化できる」

「は?」

 

 だから、オーリが事も無げに言いだした言葉にそう答えても仕方がない事だった。

 

「……兄貴?」

「オーリよ、お主は何を言って……」

「やり方は言えんが、どうすればゴーレムを還す事が出来るかは()()()()()()

「……これだけは教えろ、オーリ。その方法は、お前が無事に戻ってくるんだな? 命懸けの特攻とかじゃないだろうな?」

 

 今にも掴みかかりそうなキリトの気迫に、オーリは微笑んで頷いた。

 

「上手く行けばどうにかなる」

「それしか! お前がそうするしかないってのかよ!?」

 

 キリトの脳裏に、SAOの最後の決戦の光景が思い浮かぶ。自分とアスナを庇ってヒースクリフ……魔王茅場の致死の一撃の受けたのは、目の前の親友だった。自分の前で親友が死んでしまうと感じたあの時の恐怖は、筆舌に尽くしがたい。

 そんな死地から生還した男だという信頼はある。しかし、今この場で彼が死地へと向かう事を許容できるかは別の話だ。

 

「あぁ、言い訳を一緒に考えてくれると助かる」

「は?」

「カーディナルは四人を守っててくれ。キリト、ストレア、最高司祭の相手は任せるぞ」

「お、おい! オーリ!?」

 

 キリトが肩を掴もうと伸ばそうとする手を振り切って、オーリは初速から全力で駆けた。そこで初めて、キリトは気が付いた。

 

 

 

 彼の髪の殆どが、蒼に染まりつつあったことを。

 

 

 

 




すとれあ「今回のアタシはヒロインムーブと言っても良いんじゃないだろうか」
おり主「そう言う事言うから気の迷いと思われるんだぞ」
すとれあ「なん……だと……?」
おり主「え? ワザとじゃなかったの?」
すとれあ「早く言えよクソ兄貴ー!?」
おり主「理不尽すぎない? 流石にその物言いには抵抗するぞコラァッ!」
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