流星の軌跡   作:Fiery

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新年度なんで連続で上げる三日目。

流石にこれで終わりです。


大団円の定義とは何ぞや

 黄金の剣で出来た巨人の前に顕現したのは、地を駆ける蒼の流星。

 

 眩いほどに鮮烈な光を放ち、流星は剣の巨人の懐へと潜り込んだ。機動性だけで言えば、流星は剣の巨人を圧倒できる。その一点を駆使して、流星は剣の巨人を翻弄していた。振るわれる剣腕を紙一重で避けたかと思えばその上を走り、剣の刃でなく面へと蹴撃を叩き込んでは距離を取る。

 

 数分間もそうしていれば、何を狙っているのだと全員の視線がオーリに注がれるのは仕方のない事と言えた。

 

 いや、狙い自体はわかっていると言える。ソードゴーレムに嵌められた三角柱の水晶……あれが術の起点であり、ゴーレムの文字通りの心臓。しかし、オーリにそれを砕くに足る攻撃能力はない。ならばそれを奪い取り、誰かに砕かせるというのが通常では考えられるだろう。

 

(でも、オーリの奴は一人でやると言った。なら、一人でどうにかできる算段が付いてる……やり方が言えないって言うのは、どういう事だ?)

 

 砕くという方法なら、やり方が言えないという事はないはずだ。むしろその役目を誰かに任せるくらいは普通にするという、親友に対しての信頼がある。ならばその方法を取らない……という事は考えられるのか。

 

「……カーディナル。もしあの剣を人間に戻そうと思えば、どういった手順が必要だ?」

「管理者権限が必要な前提で、長大な神聖術の詠唱とそれなりの集中は必要じゃろうな。それでも最低限じゃがな……」

 

 カーディナルは油断なくアドミニストレータを見ながら、キリトの問いに答えた。アンダーワールドにおいて最も術に精通しているだろう彼女の言葉に納得を示しながら、キリトは再び考える。オーリはやると言ったらやる男であるというのは、今までの付き合いで理解しているし、信頼もしている。ただ、今回は状況が状況である為に親友の意図を察しておかなければ、彼の容態に直結しかねない。

 

 カーディナルの答えから考えれば、今この場で元に戻す事によって無力化することは不可能だ。オーリは術と剣のバランスが学園上位五人の中で最もいいが、術はストレアの方が得意だ。そのストレアは今、アリスと共に全身を凍り付かせたユージオの治療に当たっている。とても、あの剣達を戻すために意識を割く事は出来ない。

 三人を守る為にも、自分とカーディナルはここを動けない。勿論、アドミニストレータが動き出せばそれを止める為にキリトは動くつもりであったが、そのアドミニストレータも今は動くつもりがない様だ。

 

「う……っ」

「っ、ユージオ?」

 

 そんな中、ほぼ解凍を終えたユージオの口から呻き声が零れた。治療の手を止めないまま、ストレアとアリスは彼の顔を覗き込むと、ゆっくりと瞼が開かれて濃い緑色の瞳が彼女達を視界に収めた。

 

「ユージオ、アタシが分かる?」

「すと、れあ……?」

「私はわかりますか?」

「ありす……」

「何とか、成功したみたいだね。良かった……」

 

 ふぅ、と二人が安堵の息を吐いて額に浮かんだ汗を拭う。完全に凍り付いた人間を解凍しながら治療するという、ほぼ前例がないであろう状況は何もかも手探りだった為に、高位の術者でもある二人にとっても負担が大きかった。それでも何とかユージオの意識を取り戻す事に成功したので、安堵感で少しだけ気が緩む。

 

「ストレアッ!」

「ファッ!?」

 

 突然ユージオが身体を動かして、ストレアを抱きしめた。突然の状況にストレアは固まり、アリスは状況を認識した後に『仕方ないですね』と、立ち上がってキリトとはカーディナルを挟んで反対側に立つ。

 

「生きてる……生きてるんだよね……ストレア……」

「あー、うん。カーディナルのおかげでね」

「良かった……本当に、良かった……!」

 

 涙声でそう言う彼に、流石のストレアも頬を赤く染めながら困惑の色を浮かべた。状況が許すなら抱きしめ返しても良かったが、今はそんな場合では決してない。しかし、そうは言ってもユージオが自分の生還を喜んでくれてる事が嬉しくもあって、結果として『どうしよう』と視線を彷徨わせる事になった。

 

「ユージオ。済まないがまだ戦いは終わってないんだ」

「えっ……?」

 

 そこにキリトが助け舟に出した言葉で、ユージオは我に返ったのかストレアを抱きしめたままキリトの方を見て、今自分がやっている事を認識した。

 一瞬の空白の後、ボンッ! と音がしそうなほど一瞬で顔を真っ赤にしたユージオが、ストレアを抱きしめていた両腕を高速で動かして放した。

 

「ごっ、ごごごごっ、ごめんっ!」

「いや、うん、とりあえず後にしよう。キリトが言ったように、戦いは終わってないから」

 

 顔を真っ赤にしたまま、ストレアが立ち上がってアリスの横に立った。ユージオも動揺している自分を治めるために両頬を両手で一度叩いてから、キリトの横に並ぶ。

 

「……何でオーリがあの巨人と?」

「あいつがゴーレムを止めるらしい。その後で俺達が最高司祭の相手をしろってさ」

 

 軽く言うキリトの表情は真剣そのものであり、その言葉からは強い信頼を伺わせる。確かに、ユージオの見る限りであってもオーリと巨人の戦いは前者の優勢で動いているように見える。しかし、今のオーリは両腕があるとはいえ無手で、決定打が無い。この状況で打てる手段は一体なんだ、と彼も考える。

 

「……《記憶解放術》?」

 

 可能性があるとすればそれだけだろう、とユージオは考える。しかし、自分で使ってみたからこそ、『知ったばかりの自分達にあの術を使うのは早過ぎる』とユージオは結論を出していた。怒りのままに使ってしまったからかもしれないが、あの時に脳裏に過ったものはとても口に出せそうにない感情(もの)だ。

 

 全て凍れ――…この嘆きも、悲しみも、命も、時間も――…君が死に絶える前に。

 

 最初はゴーレムだけを凍らせるつもりだった。あの時の怒りの矛先は確かにストレアを刺した異形に向かっていたから、それが出来るはずだった。しかし、術を生み出すために辿った青薔薇の剣の記憶に思いが巡った時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってしまった。その命も時間も凍り付かせられたら、辿った記憶の中で見た、北の山脈の最も高い頂に鎮座する永久氷塊がその身を涙のように溶かして氷の中に閉じ込めた青薔薇のように、永遠に。

 

 その囁きは、まさに甘美な誘惑だった。そして、途轍もない恐怖だった。

 

 お互いしかいなかった永久氷塊と青薔薇ではないのだ。自分だけの考えでそんな事が出来るはずなんてない。だからこそ、ユージオはソードゴーレムと共に自分を凍り付かせたのだ。それが自分への罰であると信じて。

 

 だからこそ思うのだ。記憶解放術を十全に扱うには、辿った記憶に飲み込まれずに完全に制御し、力を引き出すための強い自我が必要なのだと。それを培うには時間を掛けるしかない……それでも、オーリならばという期待が無いわけでもない。

 揺るがぬ決意を持って公理教会に反逆した彼ならば、記憶解放術を御しきれるのではないかと、思ってしまうのだ。

 

「にしても……オーリは何処で自分の肉体の支配術の術式を知ったのじゃ?」

「え? カーディナルが組んだんじゃないのか?」

「戯け。わしがその話を聞いたら鼻で笑っておる。出来るはずがない、とな」

「肉体を武器として認識すれば可能性があるとは聞きましたが……」

「あぁそうじゃろうな……そういう風に強固に認識すれば可能性はあるじゃろう。しかし、そうした所で刃に向かって己の拳を振るえるか? 槍の穂先に向かって、巨大な槌に、弓矢に……自分を殺す事が出来る武器の前に、武器と認識していても自身の肉体を晒す事が出来るか?」

 

 カーディナルの問いに、四人が沈黙を返した。出来ないし、出来てはいけないのだ。戦いの中で決死の覚悟を持って臨む事はある。四肢の内のどれかを失う可能性だって当然ある。そう覚悟はしているが、自分からそこに突っ込んでいく事は出来ない。

 必要ならする事は出来るだろう。それが人間の《適応性》と呼べる物だからだ。ただ、オーリの場合はその敷居が低すぎるが故に、自分の肉体で支配術を使えてしまう。

 

「待ってください。なら、オーリは独力で術式を……?」

「そう考えるしかないが……キリトよ。あやつはまだ《外》の記憶を思い出しておらんな?」

「それは……多分、としか言いようがない。でもあいつの記憶が戻っていたとしても、術式を一人で組めるもんなのか?」

「コマンドを全て憶えて、意味も全て理解しておるなら……いや、それでも自身の記憶を正確に想起しなければ不可能か」

 

 そんな風に警戒しつつも話している五人をオーリは視界の端に捕らえ、口元を僅かに吊り上げる。こっちの人数は揃った。後は待機状態に入った術式の結句を、ゴーレムの心臓部に触れて唱えるだけ。

 もう一度、オーリはゴーレムから距離を取った。息を深く吸い、鋭く吐いて、流星は一直線に走る。疾風を、迅雷を超え、光の如く。気が付いた瞬間には、復元したばかりの左腕を伸ばして紫色の水晶体へと触れようとする、オーリの姿。

 行ける、とキリトも、ユージオも、ストレアも、アリスも、カーディナルすらも思った。しかし、じゃきぃぃんっ!! と裁断機めいた音が響くと同時に、ゴーレムの肋骨部分を構成していた左右四本ずつの剣が、その左腕を巻き込むように交差。剣の顎に咥え込まれる形になったオーリの左腕は、肘から先があっさりと切断される。

 

「あにっ……」

 

 叫びそうになったストレアが見たのは、獰猛に笑う兄の顔だった。

 

「もう少し、引き込むべきだったな」

 

 誰にも聞こえない声でオーリが呟きながら、痛みに悲鳴など上げる様子も、そもそも痛がる素振りすら見せないままに右手でソレに触れた。

 

 

「リリース・リコレクション」

 

 

 結句が紡がれたと同時、部屋の中を《蒼》が満たした。

 

 

 

 

 

 

 濃密なそれで満たされた部屋の中は、アドミニストレータですら先を見通せない。何がどうなっていると、各々が辺りを見回して気付くのは、自分以外の誰も見えなくなっているという事だった。しかしそれでも漠然と、確かに皆が居ると感じられる。

 

「これは……一体」

『ここはちょっと特別な空間だよ。《私》』

「!? 何者です!?」

 

 辺りを見渡していたアリスは、響いてきた声の方を振り向き、驚愕に目を見開いた。

 視線の先に立っているのは、まだ幼い……年の頃は十一程度だろうか、そんな金髪に青い目をした少女。青いワンピースの上に白いエプロンを付けた、()()()()()()()()()少女。

 本能的にアリス・シンセシス・サーティは悟った。彼女がアリス・ツーベルクだと。

 

「貴女は……」

『わかってくれたと思うけど、私もアリス。アリス・ツーベルク』

「何故、ここに貴女が?」

『ここはあの最高司祭様の部屋で、今は彼の記憶解放の力でちょっとした異空間になってる。ここには元々私も……他の騎士達も居たの』

「どういう事です……?」

 

 騎士が問いかければ、少女が話を続けてくれる。

 

『貴女達を襲った剣の巨人はね、騎士達の大事な人を使って作られたの。そして、騎士達から取り出された記憶の欠片を媒介にして、最高司祭様が操っていた』

「そ、それではまさかセルカ達も」

『ううん。セルカやお父さん達は居ないよ。そもそも私だけは勝手が違ったのか、使われてないからね』

 

 少女の言葉に騎士が胸を撫で下ろす。そんな騎士の仕草に少女はくすくすと笑った。

 

「こほん……剣に変えられた人達は、元に戻るのですか?」

『もう戻れないよ。最高司祭様の術は強力だから』

「そんな……」

『だからね、私。貴女にやって欲しい事があるの』

 

 真剣な眼をした少女の願いを、騎士は同じ真剣な眼差しで頷き、承諾の意を示す。

 

「何なりと」

『有難う、私』

「それで、やって欲しい事とは?」

『剣にされた人達の《魂》を、愛する人達の所へ。今この部屋は異空間になってるから、次元を切り離されていても騎士達の記憶を、愛する人の想いを届けられる』

「……騎士達を知っている私が適任というわけですね」

『それに、私も居るからね!』

 

 えっへんと胸を張る少女に、騎士は微笑ましさを感じて思わず微笑んだ。

 

「具体的には?」

『私と一つになって、騎士達と愛しい人達を繋ぐ架け橋になる。彼の記憶解放だけでも出来るみたいだけど、もっと完全にするために手伝うの』

「……それは」

『と言っても、どっちかが消えてどっちかが残るって話じゃないよ。貴女も私……アリスが進んだかもしれない可能性の一つ。だから、この場合は融合……かな?』

「私達は互いに消えずに、新しく一つのアリスになると……?」

『そうそう。そんな感じ! 私の想いも、騎士の私の想いも皆、新たな私が抱えてくれる』

「……貴女は、それで良いのですか?」

 

 騎士は少女に問う。本来なら、少女がそのまま成長し、愛しい人と結ばれて、幸せに暮らしていたはずだ。少女には騎士を消して成り代わる権利があると、騎士は思っている。だからこそ問いかけたのだ。

 

『有難う、優しい私。でも大丈夫……私達は消えるわけじゃない。新しい私を通じて見て、触れて、聞く事だって出来るよ』

「……貴女がそれでいいのであれば、私は何も言いません」

『うん、それじゃあ、両手を出して』

 

 少女が差し出した両手を、騎士が優しく握った。お互いが目を閉じてお互いを……もう一人の自分を感じ合う。握った両手から熱を感じて、やがてお互いの境目が消えていく。融け合い、混ざり合っていく事に二人は恐怖を感じなかった。とても安らかな心持ちで、互いの意識が、記憶が、魂が混ざり合っていく。

 

「――…皆を助けましょう。(アリス)

『えぇ、一緒にね。(アリス)

 

 それが最後に、二人のアリスが交わした言葉だった。

 

 

 

 魂が交わる場所で。

 

「あぁ……そうだったのか……俺は……俺は……」

 

 たとえ、その邂逅が一瞬であったとしても。

 

「……僕はこの剣を握るべき、運命だった……?」

 

 無くしてしまった筈の、いつかを見た。

 

「――…お父様」

 

 有り得ざる出会い、有り得ざる世界を垣間見た。

 

「そう、か……わしが求めていたものは……」

 

 そして――

 

「何故今更、こんな物を見せる。何故今更、私の前に現れた。何故――」

 

 魂の奥底に埋めたはずの、渇望(ユメ)を見た。

 

「あの時にお前が! 私の前に居なかった!?」

 

 

 

 

 

 

 《蒼》が晴れ、辺りの景色が最高司祭の居室のものとなった。キリトやカーディナル達五人が辺りを見渡せば、ソードゴーレムの姿は無かった。あるのは、床に突き立って沈黙している、恐るべき剣の巨人を構成していた黄金の剣達。その中心に立つ、また左腕……今度は肘から先だけだが、を失ったオーリ。

 

 そして床に蹲り、頭を抱えているアドミニストレータの姿だった。

 

「オーリ……オーリ・ヴァルゼライドォ……!」

 

 聞こえるのは憤怒の声。声に不快気な物を滲ませる事はあっても、ここまで感情を表に出した事のない最高司祭の、剥き出しの感情。その声に驚いたのは、彼女が感情の殆どを切り捨てたと知っているカーディナルだ。

 人でなくなったと思っていた宿敵が、まるで()()()()()のように怒っている。激しい情動のせいで死にかけたはずの女が、それを忘れたかのように怒り狂っている。まるで呼び覚まされたかのように、思い出されたように。

 

「何だ。クィネラ」

「私に! 私に何故こんな光景を見せた! 何故思い出させた!?」

「知るか。あんたが()()()()()()()()んじゃないのか?」

 

 全ての力を使い果たしたのか、立っているだけで辛そうなオーリであるが、その目には力が籠っている。真っ直ぐにアドミニストレータを見ているその目には、今まで籠っていた怒りや悲しみは見受けられない。

 

「ふざけるなぁっ!?」

 

 激高した支配者が、何もない空間から剣を抜き放った。針のように細い刀身に、流麗な形の鍔を持つ、鏡の色の細剣。芸術品と言われても納得できるその剣からは、圧倒的ともいえるオーラが宿っている。

 

「私は神! この世界の全てを支配し! 手に入れる者! 今更……今更過去が追いすがろうと! 私を裁く事など出来はしない!!」

 

 剣を掲げたアドミニストレータの周囲に、《熱素》の赤が浮かび上がる。

 

「何だ、あの数は!?」

 

 ユージオが驚愕の声を上げた通り、アドミニストレータの周囲に浮かんだ熱素の数は十ではない。それよりも遥かに多く……それこそ二十でも三十でもない――…百に及ぶ数の熱素が、彼女の周囲に浮かんでいた。

 神聖術の原則であったはずの……『指一つにつき素因が一つ』という理が破られている。あり得ないと目を見開いたユージオとアリスの驚愕を余所に、駆け出すのはキリトとストレアだった。

 

「アタシが術を!」

「任せる!」

 

 ストレアが《システム・コール》と叫び、《水素》を生成する。彼女が今まで生成できた素因の最大数は、両手両足の指の数と同じ二十だ。ただ、戦闘状況においてはどうしても使い勝手が悪かったために、両手の数に制限していた。

 しかしアドミニストレータが百に及ぶ素因を生み出した方法を見て、これならばと思い至った。イメージで……《心意》で髪を操り、その先にも水素を生成する。その数は今までの最大数を遥かに超え、しかし慣れない方法であるからか、生み出せる数は七十と最高司祭に及ばない。それでも、百をそのまま相手にするよりも遥かにマシで、ストレアは水素を鳥の形に変え、熱素へと向けて解き放つ。

 

「もう一度行くぞ……」

 

 愛剣を握り直し、銘が無いから締まりが悪いなと、キリトは苦笑した。ここから戻ったらちゃんと名前を付けないとな、と思い直して、再び《武装完全支配術》を解放して、残りの三十の熱素を闇の槍が食らいつくす。

 

「キリト……」

 

 オーリが、自分に背を見せる親友の名を呼んだ。

 

「寝てていいんだぜ? オーリ。後は俺達がやってやるよ」

「抜かせ……と、言いたい所だけどまぁ……後は、頼んだ、ぞ……」

 

 キリトの背後で、どさりという音が聞こえた。一瞬だけ背後に視線を向ければ、突き立った巨大な黄金剣を背もたれにして座り込んでいる親友の姿が見え、キリトは再びアドミニストレータへと視線を戻す。

 

「邪魔をッ!」

「するに決まってるだろう!」

 

 そのまま、漆黒の槍がアドミニストレータへと直進する。それに対抗するように、アドミニストレータは細剣の周囲に無数の熱素を再び生成して、一つに束ねて巨大な火球を生み出して放つ。

 彼女に対抗できるメタリック属性を持たない武器は、大体が火に弱い。元が動物だったり植物である場合が多いために、それはある意味当然の事である。その優先度(プライオリティ)から、並の火力では焦げ跡一つ付かないだろうが、最高司祭が操る物であれば話は別だ。

 キリトの黒剣は元は樹であるギガスシダー。ストレアの群狼剣は元が動物であるダークテリトリーの狼。アリスの金木犀の剣は、かつてセントラル・カセドラルが立つ前にその場所にあった世界最初の《破壊不能オブジェクト》であった金木犀の樹。ユージオの青薔薇の剣が一番致命的で、元は北の山脈の頂にあった永久氷塊と青い薔薇。

 

「わしの存在を忘れる程に怒り狂うか。何をしたんじゃあやつは……」

 

 火球を、竜を象った水が食らった。

 生み出したのはアドミニストレータと同等の権限を持つカーディナル。ソードゴーレムが居なくなった今、彼女が攻撃を躊躇する理由はないが、無遠慮に放てばオーリ達を巻き添えにしてしまう可能性がゼロではない。しかし、今この場には彼女の宿敵を倒すに足る力を持った存在が四人もいる。《フラクトライト》に宿る命令を遂行する為に今一番するべき事は、そんな彼らを死なせないように自分が守る事。

 

 悪くない、とカーディナルは思う。ただ一人、孤独に挑むだけだと思っていた戦い。その戦場で、自分の力を誰かの為に振るう。あの《蒼》の中で思い出せた温もりを守る為に。

 

「ユージオ」

「うん、僕らも」

 

 続けて走り出すのはアリスとユージオの二人。出遅れた事を恥じながらも、その手に愛剣を携えてアドミニストレータへと疾走する。愛剣達の天命は、支配術の立て続けの行使で心許ない。それでも今この場で剣を握り、戦う選択肢を二人は選んだ。この世界に生きる者として、何よりも今戦っているキリトとストレアの友として、ここで逃げるわけにはいかないという決意と共に。

 

「アリス、合わせて!」

「わかった!」

 

 それぞれの剣に光を宿し、二人は左右対称に同じ構えを取った。片手直剣ソードスキル《ソニックリープ》とユージオはキリトから聞いて会得し、アリスはそのユージオが八十階にいる時に見せてもらった、突進技。約十メートルを突進して相手を斬り裂くその技の動きを意識しながら、二人が加速する。

 疾風を超えた加速を伴い、黄金と白銀の切っ先が、漆黒の槍を砕かんと自身の剣に圧倒的な威を纏わせている最高司祭の身体を捉えた。衝撃と轟音を部屋中に響かせて、二人が目の当たりにしたのは、紫色に輝く障壁が切っ先を防ぐ瞬間だ。

 これがカーディナルの短剣を防いだ防御だと二人が理解するのはすぐだ。しかし、ただひたすらに貫けと念じ、踏み込む足に、突き入れる腕に力を籠める。その一念のせいなのか、徐々に障壁を斬り裂き……いや、すり抜けてアドミニストレータへと迫っていた。

 

「いっ……」

「けぇっ!」

「き、さまらぁっ!?」

「はいはーい、おかわり入りまーす!」

 

 口調は冗談めかしているが、真剣な眼差しのストレアが二人とは反対方向からその大剣を最高司祭へと振り下ろす。真紅の光を宿したその一撃は、両手剣の最上級ソードスキル《レイ・ブランディッシュ》。アンダーワールドでは扱う存在が彼女以外居ない技であり、その威力は彼女の手持ちの中で最大に位置する。

 それもまた施された障壁に阻まれるが、その力が弱まっているのか三本の剣がすり抜ける速度が上がった。

 

「舐めるなァッ!?」

 

 三人の目の前に風の素因(エレメント)が無数に生成され、解放された。無秩序に暴風が叩き付けられ、堪らずに吹き飛ぶ三人。その一瞬でアドミニストレータの意識が逸れ、キリトが更に漆黒の槍を押し込む。銀の細剣が圧倒的なオーラと共にそれを更に押し返すが、漆黒の槍はそのオーラですら取り込み、更に強く、大きくなって力を増していく。

 

「……何故だ!?」

 

 怒りに満ち満ちた表情をキリトへと向けて、アドミニストレータが吼えた。

 

「ここは私の世界だ! 全て、全て私のものだ! 招かれざる侵入者に! 私に歯向かうヒューマン・ユニットに! そのような振る舞いは断じて許さぬ!!」

「この世界はあなたのものじゃ無い! あなたはただの簒奪者だ。世界を……そこに生きる人々を愛さない者に、人を統べる資格など無い!!」

 

 支配者の咆哮を、英雄の叫びが斬って捨てる。

 

「愛は支配なり。お前達は私の支配(あい)を受け入れた。あの時から、誰も私を疑う事なく受け入れた! それを何故今更否定する!? 何故あの時に現れてくれなかった!?」

 

 どす黒いオーラがアドミニストレータの剣を覆っていく。途端に、キリトの漆黒の槍が力を食らって付ける力以上の力で、押し込み始めた。そんな状況で、アドミニストレータが視線を向けているのは漆黒の槍でも、その担い手のキリトでもなく……その先に居るオーリだった。

 

 《蒼》が晴れた後、最初にアドミニストレータが見たオーリの目は何処までも優しかった。アドミニストレータを……いや、そう成り果ててしまった女を、()()()()()()()()目をしていた。誰もそんな目をしなかった。周りは自分を盲目的に崇めるか、畏れるばかり。剰え、もう一人の自分とも言える相手は自分を殺す目をしていた。

 

 あのとき……そんなめをしてくれるだれかがいれば、かわっていたのかな?

 

 昔に、たった一度だけ抱いた、孤独ゆえの渇望(ユメ)。それはすぐに打ち消したはずだった。消してしまった筈だった。そんな昔の記憶は……カーディナルすら知らない記憶は、オーリによって暴かれてしまった。そして、あの時に一番欲しかった眼差しを向けられてしまった。

 

「……ほんと、酷い男」

 

 妄執の根源を暴き立て、拭われてしまったと気付いてしまった。まだまともであった頃の感情を、再び与えられてしまったと、気付いてしまった。

 彼女の神器を覆っていたオーラが霧散し、漆黒の槍を抑えていた力もなくなった。アドミニストレータの体躯を超えるほどに成長した漆黒の槍が、今度こそとその身に襲い掛かる。障壁はあっさり食い破られ、大槍がアドミニストレータの身体を紙屑のように跳ね飛ばし、頭上の純白の天蓋……創世記の絵物語が描かれたそこに、轟音と共に叩き付ける。それでも尚彼女の身体がめり込み、天蓋に亀裂が走っていく。

 

「……終わりじゃ、クィネラ」

 

 カーディナルが掲げた長杖の先端に、破滅の光が宿る。この時の為に……アドミニストレータを殺すために組み上げた、カーディナルの生涯最大最強の神聖術。二百年に及ぶ研鑽の果ての極地。

 

「さらばじゃ、もう一人のわしよ。そして……」

 

 

 

「――…わしの母だった者よ」

 

 天蓋全てを消滅させて余りある光が、放たれた。

 

 

 

 

 

 

 光が止んだ後、消滅した天蓋の代わりに黒と紫のマーブル色をした空間だけが見えていた。

 

「……終わった、のか?」

「あぁ……奴の存在をまったく感じぬ。終わったのだ、全てが」

 

 キリトの呟きにカーディナルが答えた。それに伴って、四人の頭の中に実感が染み渡り……それぞれが握った手を上に掲げる。

 

「やったんだ……僕達」

「やったんだよ、ユージオ」

「アリス……あれ? 喋り方……」

「こちらの方が良かったですか?」

「いや、え、あれ? ひょっとして……」

「うん、戻ったよ。ルーリッドで過ごした記憶、全部」

 

 にこり、と微笑みかけたアリスに、感極まったユージオが抱きついた。時折嗚咽を漏らす彼に対して『相変わらず泣き虫だなぁ』と優しく、彼女が抱きしめ返す。キリトはその光景に涙ぐみ、ストレアはやれやれと肩を竦め、カーディナルは慈愛の笑みを浮かべている。

 

「っと、そうだ。功労者を労わないと」

「それもそうじゃな。後、色々問い詰めたい事もある」

 

 ストレアの言葉にカーディナルが笑みの質を変え、あくどく笑う。しばらく幼馴染の感動の場面も見ていたいと思うが、この場所からさっさと退散したい気持ちもあった。なのでストレアはそこで、剣に凭れ掛かって座っている兄に視線を向けて。

 

「……兄貴?」

 

 何か不吉な予感を覚えて、駆け出した。キリトは涙を拭いながら視線でストレアを追い、そして親友を見る。

 

「……え?」

 

 そこには、変わり果てた姿の友が居た。あの時、ほとんどが蒼に染まっていたはずの髪の一切と、服から見える肌の全てが燃え尽きたように真っ白になった、親友の姿があった。

 

 

 

 




支配術がトランザムなら解放術はバーストにすればいいと思いました(何

すとれあ「おい作者」
きりと「おい作者」
ゆーじお「おい作者」
ありす「おい作者」

さくしゃ「ヒェッ」

しの:何処からか持ってきた拳銃を整備している
あいこ:金属バットを素振りしている
ゆうき:包丁を研いでいる
ゆうな:ピアノ線を用意している

さくしゃ「あかんしぬぅ!?」
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