アリシ編もいつの間にか20話ですってよ。
ようやく、兄に会える。
藍子は義母が運転する車の中で、逸る心を抑えるように手を祈りの形に組む。説明された話では、兄は今ある仮想世界にダイブしているのだという。何をしているかまでは明かされなかったが、無事であると知れただけで随分と気は楽になった。妹と抱き合い、泣いて喜んだのは兄にも、義姉にも言えない秘密である。
今回会うのは仮想世界でだが、それでも久しぶりの再会なのだから心躍らないはずがない。それは隣に座る木綿季も同じようで、彼女も藍子と同じように手を組み、祈るように目を閉じていた。
会えば何を言おうか。何をしてもらおうか。そんな取り留めない思考を回しながら、首から下げたロザリオを握りしめて。
ぶちり、とその鎖が切れた。
「にい……さん……?」
「ね、姉ちゃん」
呆然としていた藍子に、木綿季から声が掛けられた。彼女も同じように呆然として、震える手を姉へと向けて、開いた。
「なん、で……」
その手に乗っていたのは、自分の物と同じように鎖が千切れたロザリオが握られていた。彼女達の実母から渡されたお守りが、無残な姿に変わっていた。何でこんな時に、と思う心とは別に、どんどんと不安が膨れ上がってくる。
「二人とも、どうしたの?」
助手席に座っていた直葉が、二人の異変に気付いたのか振り向いて声を掛けてきた。彼女もある程度の事情は知っており、藍子と木綿季の事が心配でこうして二人に付き合ってくれていた。そんな彼女に二人は黙って、鎖が千切れたロザリオを見せた。
「え、こんな時に……え」
「義母さん! 後どれ位ですか!?」
「三人とも、シートベルトはしっかり締めなさい。急ぐわよ」
義母の言葉に姉妹は頷き、直葉はぎゅっとシートベルトを握りしめる。そんな中藍子はスマートフォンを操作して、兄と関わりの深い人物にメッセージを打った。
同じ頃、重村悠那は防音設備の整った自宅のスタジオで、ギターを弾きながら次に作る歌の構想を練っていた。デビューしてから、リリースするのは恋愛系が多いのもあって『恋愛の歌姫』等とも呼ばれる彼女だが、想い人の事を考えると自然と溢れるのがそう言う歌詞や曲であるというだけだ。
相手の事を考えて、こうしてギターを握るだけで様々なモノがあふれてくる。それを思うままに歌詞に、曲に変えていく。それだけで、今までと作ったものと全く違うものが輪郭を帯びていく。凄いよね、と頬が緩んだ所で。
ギターの弦が一本、プツンと切れた。
「あれ? おっかしいな……替えたばかりなんだけど」
替えは何処かなぁ。と机の引き出しを見ていれば、彼女の携帯がメッセージの着信を告げた。画面を見れば、悠那にとっては珍しい人物からのもの。ある意味では仲間のような、ある意味では恋敵のような、そんな相手である紺野藍子からのメッセージ。
『兄さんを助けるのに、協力してください』
その一文の強制力は、悠那にとって何者にも勝る物だった。全ての作業を棚上げして、すぐに藍子へと電話を掛ける。一度目のコールが鳴りやまぬ間に、彼女が応答した。
「どういうこと?」
『事情は後で説明します。今から言う場所にこれから来れますか?』
告げられた住所を検索すれば、六本木にあるビルが示された。家からもそう遠くはないし、マネージャーであるエイジにも付いてきてもらえば早々問題は起きないだろうと考え、悠那は承諾した。
「すぐに行くから」
『わかりました。わたし達も三十分ほどで着きますので』
通話が切れて、悠那はすぐにエイジへと電話を掛けた。
「えーちゃん、すぐに車を回して。緊急の用事だから」
そして、同時刻の《オーシャン・タートル》の中。
「《フラクトライト活性率》低下! 六十パーセントを切ってます!」
「一体何が起こってるんだ……!?」
突然下がった涼のフラクトライト活性率に、第一制御室に居た菊岡と比嘉が叫んだ。一時から急上昇した数字が急降下……それも、当初の数字よりも下回ればそうもなるだろう。
「そんなのわかんないッスよ!? ってあぁ、アンダーワールドの中から通信! 桐ケ谷君ッス!」
「繋いでください」
加藤の冷徹な声に、動揺していた比嘉や菊岡の頭に冷静さが戻り、機敏にその命令を実行する。
『加藤さん!? オーリが!』
「落ち着いてください桐ケ谷君。こちらでも数字は把握していますが、そちらの詳細な状況を教えてください」
マイクに向かって問う加藤の言葉に、所々焦りで言葉を詰まらせながらもキリトはダイブしてから現状に至る道筋を説明した。アンダーワールドの状況、アドミニストレータと名乗った《フラクトライト》の暴走、そして人界を取り巻く状況。
「……最悪ですね」
彼の報告により脳内で導き出された状況は、事前に調査して報告を受けていた内容とは全く違うものだった。何が
スピーカーの向こうからは、必死に涼へと呼び掛けているだろう誰かの声が聞こえる。その声は鬼気迫るものであり、彼の容態が本当に危険なものだと、加藤達に理解させるには十分だった。ぎしり、と加藤が自分の手を砕かんばかりに握りしめる。
「つまり、ワタシ達は……このプロジェクトは彼らを全くコントロールできていなかった。想定を……いや、想像を超えて彼らは進化していた」
どうしようもないほどの、自分達の落ち度だった。そうなった原因を招き入れた事も、アンダーワールドを監視しきれなかった事も、何もかもが。
そんな時に、第一制御室の扉が開く。入って来たのは、薄紅色の髪をアップで纏めた、藍色のアレンジした着物を纏った美女。それに続いて入ってくるのは、その目に殺意を漲らせて菊岡を睨み付けている詩乃。後に真剣な表情の明日奈に、凛子が続いた。
「――…伊織さん。貴女には彼女らの護衛をお願いしていたはずですが」
「その護衛対象から、ここに連れてけって言われたからしょうがないでしょう?」
申し訳なさの欠片もなく、伊織と呼ばれた女性はからからと笑った。彼女こそが加藤が詩乃らの護衛として手配し、数時間前にここに到着した人物である。自衛官である加藤が護衛に望むほど腕が立ち、特に
「加藤さん」
「……今、桐ケ谷君と繋がっています。話しますか?」
えぇ、と詩乃が頷いてマイク前まで歩いた。
「キリト」
『シノン……ごめん、俺は、俺は……!』
「貴方が謝る必要はないわ。必死になってくれてる事は知ってるから……ストレアは居る?」
『あ、あぁ……代わるよ』
数秒程無音の時間が続き、次に響いてきたのは、明るさが鳴りを潜めた沈んだ声だった。
『詩乃……』
「私もそっちに行く。異論はないわね?」
有無を言わせぬ口調。決定した事実を告げるような声に、今のストレアが反論できるはずもなかった。それだけで良かったのか、詩乃はさっさとマイクから離れて、加藤を見る。
「ちょ、ま、行くってダイブするって事っスか!? そんなの認められるわけ――」
「認めざる得ないでしょう。比嘉主任、スーパーアカウントの用意を」
「待ってくれ加藤一佐。スーパーアカウントを使う必要は……」
「何もかも想像外のこの状況で、必要が無いと何故言い切れるのです? 二佐。ひょっとして貴官はまだ、『《人工フラクトライト》達を自分達がコントロールできている』なんていう甘い考えを抱いているわけでは無いでしょう?」
現実にいる人員すら制御できていなかったのに、と言外に言われてしまえば、菊岡としても黙るしかない。それに今の最高責任者は加藤である為に、彼女の決定は絶対だ。それを覆すに足る反証を持たぬ今の彼の言葉は、何の意味もない。
「加藤さん、わたしも良いですか?」
強い眼差しで訴えたのは明日奈だ。親友が行くというのならば、彼女にも行かない理由がない。そこには恋人も弟分も居るのだから尚更である。今まで行かなかったのは、この危なっかしい親友の事を頼まれていたからであるし、彼女自身も心配だったからだ。
「――…良いでしょう。桜川君に所縁のある人物である貴女も、治療には必要な人物であったのですから。しかし、少し時間をください」
「どういう事です?」
「桜川君達と同じ第二制御室で貴女達にはダイブしてもらいますから、今後は彼の容態や貴女達の物も同時並行で見ないといけません。ここでのオペレーションでは効率が悪すぎるので、そちらにメインの制御権を移します。菊岡二佐、比嘉主任、今から一時間……いや、三十分で出来ますね?」
「はぁっ!? いや、そんな事出来る訳」
「出来ないならば、今すぐ桜川君を元に戻すような奇跡が使えると? ならそれでも構わないのですが、貴方達は自覚した方がいい。ワタシ達は今、彼らに自分達の不始末を押し付けているのだと」
そう言われてしまえば、菊岡達は黙らざる得なかった。何もかもを見過ごしていて、楽観視していたのは彼らなのだから。比嘉は黙ってモニターに向き合い、猛烈な勢いでキーボードをたたき始める。そのまま加藤が凛子に視線を向けて頭を下げれば、彼女も仕方ないと比嘉の横にある席に座って対応を開始した。
「あぁ、ラースの方からも《STL》の使用申請が上がっていますので、そちらもスーパーアカウント、及びハイアカウントの使用許可を出しておいてください」
「何でそっちも!?」
「
◇
「せっかく大団円で終わったはずなのに……起きてよ、兄貴」
ストレアが、両手足を投げ出して剣に凭れ掛かったまま動かないオーリへと声をかけた。肩を叩こうと、揺すってみても、胸倉を掴み上げても尚、彼は一切反応を示さない。力なくその四肢が投げ出されて、揺れるだけ。
その様子に慌てて駆け寄ったカーディナルが回復術を行使しても、斬り落とされた左腕の復元は出来たが、彼に意識が戻る事はない。
「何じゃ……どういう事じゃこれは!?」
回復術に効果が無いとみて、カーディナルはその権限を使い、オーリに関するありとあらゆる数値を参照する。そこに示されるのは、何の変哲もない数字ばかりだ。覚醒してなければおかしい数字ばかりが並び、唯一《フラクトライトの活性率》……これだけが『50%』という表示である為に、これが原因である事はカーディナルでもわかる。
「……あぁ……そういう、事なんだ……」
兄貴の阿呆め、と呟いて、ストレアが拳を握り締める。近くに居て想像できたはずなのに、思い至らなかった自分を責めるように歯を食いしばる。
「どういう事じゃ?」
「あれだけの記憶解放術を使う為のリソースがどこから来た? 兄貴の天命は腕を飛ばされた程度しか減って無くて、カーディナルの術で回復した。だったら兄貴は、
「……まさか」
ストレアの出した結論にカーディナルも思い至った。同時に有り得ないとも思ったが、それを否定する材料が既に彼女の頭の中にある。
「自分の《フラクトライト》……魂すらも
自分の身体に対して《武装完全支配術》を使うほどの認識を……自分自身を使い潰す事が出来るのならば、可能か不可能かで言えば可能であると、カーディナルは結論付けた。勿論それがどれだけ馬鹿げているかも理解している。誰かの為になどという次元の話ではない。
魂にまで染みついていると言って良いその認識は、カーディナルが人だと思わなかった存在であるアドミニストレータとは別ベクトルで、
「……どうすれば、オーリを助けられる?」
ユージオの問いかけに、ストレアはゆっくりと首を横に振った。そのまま天を見上げれば、いつの間にか星々が瞬く夜空が戻ってきている。破壊された天蓋のちょうど真ん中に月があり、広間全てを月明かりが照らしていた。
「アタシ達だけじゃどうにもならない。まずは今通信した先……兄貴やキリトが来た世界からの援軍を待って……いや、その前に整合騎士達に説明しないといけない。何も言わずに皆が来たら、多分戦いになるから……」
「ならば説明は私が。同じ騎士である私の方が余計な軋轢を生まずに済むでしょう。それと、カーディナル様の事は説明した方が良いでしょうか?」
ちらり、とアリスが幼賢者へと視線を向けた。
「……わしも一緒の方が良いじゃろう。わししか説明できん事もあるじゃろうしな」
「ではそのように。ヴァルゼライド卿は……」
「俺が運ぶ……それくらいは、させてくれ」
言うが早いか、キリトは剣に凭れ掛かって動かないオーリの腕を取り、その下に自分の身体を滑り込ませて、支えるようにして立ち上がる。今この体に感じる重さだけが、彼の生きている証のような気がして、キリトはキツく目を閉じた。
「なぁ、ストレア……」
「その言葉の続きを言ったら、アタシはキリトを許さない」
怒りの籠ったストレアの言葉に、キリトは押し黙った。
「この世界に来た事も、来てからやった事も、全部兄貴が自分で考えて決めた事だ。いくらキリトが兄貴の親友でも……いや、親友だからこそ、それだけは言わないで」
「でも」
こんな事に巻き込んだのは俺だと、キリトの口から飛び出そうになる。自分が誘わなければ、親友がこんな事になる事は無かった。学校に行って、他愛もない事で笑って、日々を楽しく……大切な人達と過ごせていたはずなのに。
「逃げるな桐ケ谷和人。アンタを責められるとしたら、兄貴だけだ。それを、アタシや詩乃に求めるな」
「……そう、だな……」
隣にある親友の顔を覗き見れば、そこには笑みも何も浮かんでいない、ただ眠っているだけのように見える顔がある。
「……早く起きてくれよ、親友」
そして、俺に何かを言ってくれ。
そう願わずには、いられなかった。
◇
昇降盤をカーディナルが起動させ、それを使って最上階から降りたキリト達は、そこから隠されていた昇降盤を使用して九十五階《暁星の望楼》へと降り立つ。三百六十度を満天の星空に囲まれた景色は壮観ではあったが、彼らはその景色に浸る事なく長い階段を下っていく。
やがて辿り着いたのは八十五階の大広間。座って待っていた整合騎士長のベルクーリが、一行を出迎える。
『……勝ったのか?』
『最上階であった事、全てお話します。その前に小父様』
『記憶の事だな?』
こくり、とアリスが頷く。しかし、ベルクーリのその問いが何よりの証左であった。騎士達の記憶が戻っていると確信を得たアリスは、ベルクーリに全てを打ち明けた。
一等爵士オーリ・ヴァルゼライドとその妹、ストレア。彼らの仲間であるキリト、ユージオ。そして、かつて追われたもう一人の最高司祭、カーディナルの手によって、公理教会最高司祭アドミニストレータが討たれ、消滅した事。
そのアドミニストレータが、人界の民の半数を恐るべき剣骨の異形に変えてダークテリトリーの侵攻に抗い、逆に攻め滅ぼすという計画を立てていた事。
騎士団の上位組織である元老院が、実質チュデルキン一人だけであり、他の元老と呼ばれた存在はただの装置に作り変えられていた事。
それを厳しい表情で聞いていた騎士長は時折質問を返しつつも、全てを聞き終えた後で彼女達に頭を下げてこう言った。
ありがとう、すまなかった、と。
そこからの騎士長の行動は迅速であった。まずはカセドラル内に残っている騎士達を五十階の《霊光の大回廊》へと招集し、まずそこで問うた。『記憶が戻っても尚、人界のために戦えるか』と。
集った騎士……ファナティオやデュソルバート、四旋剣の面々は元より、リネルとフィゼルも召集されていて、全員が一様に頷いた。それを見届けたベルクーリは、伝えられるだけの真実を伝えた。当然と言うべきか、騎士達は動揺を見せたが。
『あたしとネルはお兄さんを護衛すればいい? その話を他の騎士にした時、とち狂ってお兄さんに襲い掛かるのが居てもまずいからさ』
フィゼルが腰に差した短剣……オーリが鎖を変換したあの短剣の柄を握りながら、リネル以外の騎士を警戒するように見ていた。彼女達二人にとって人界の平和は二の次であり、自分達の心の闇を拭った
ちなみにオーリについては、しばらくの間はカセドラル内に一室が与えられて、そこで療養をする予定だ。ただ、ストレアとキリト、ユージオについては学院に話を通しに行かなければならない為、一時カセドラルを離れる事になる。アリスも、これから教会の事で忙しくなる可能性が高く、双子の申し出はある意味で渡りに船だった。
他の騎士もその事についてとやかく言う事は無かった。彼がその命を、魂を投げ打って未来のために戦った事を知っている。今やオーリ・ヴァルゼライドはノーランガルス北帝国の一等爵家という枠を超えて、人界でも指折りの重要人物という位置づけになっており、その護衛として、見習い扱いではあるが実力的には問題無いと言える双子を宛がう事は半ば既定路線であり、二人が言い出してくれたおかげで他の話をする時間が増えたくらいである。
次にカーディナルという存在については、多少揉めた。何せアドミニストレータとはある意味で同じ存在だ。ベルクーリよりアドミニストレータの所業を聞かされた後となっては、彼女に猜疑の目を向けるという反応は、まったく当然の事だった。
カーディナル自身は、自分が何故そういう行動を起こしたかという事情の説明だけを行い、後は騎士達に処遇を委ねるという態度で居た。彼女自身が言葉を尽くしても今は不信しかなく、言い訳にしか聞こえないだろうという事は理解していたからだ。
そんな両者を取り持ったのがアリスである。彼女にとっては、友人を死の淵から救ってくれた大恩ある人物だ。騎士達が向ける不信を理解できても、カーディナルと前最高司祭は違う存在であると訴えた。実際に共に戦ったアリスの言葉は、騎士達にとっては無碍には出来ない。長く戦いの中にあった騎士からすれば、共に戦って信用できるかどうかを判断するという事は当然あり、その感覚には一定の信頼を置いている。
だからこそ、騎士としての才に溢れたアリスの言葉には重みがあった。結論としては、次の最高司祭が決定するか別の意思決定機関が出来るまでの間、彼女を最高司祭代理として置くと言う物が通った。カーディナルの力量がアドミニストレータと同等であるという事も、要因の一つである。
他には、凍結中の騎士の処遇や現在稼働している騎士については後日改めて、という話になり、最後に通達としてオーリの治療のための協力者が近日中に訪れる事が話されて、その日は解散となった。
ストレア達はその夜はカセドラルの一室に泊まり、翌日オーリの護衛をしてくれるフィゼルとリネルと顔合わせをしてから、北セントリアへと戻っていった。カセドラルへの出入りについては、三人は自由にしていいと最高司祭代理となったカーディナルや騎士長のベルクーリからお墨付きを貰い、修道士達への通達もされた。
元々学院へは『諸事情で三日ほど空ける』とは言っていた為、戻ってきてもお咎めは無かった。しかし事情があるために、そのまま在籍は出来ないとして退学の手続きを取る必要があるので、それには時間がかかった。
そんな所をメディナに見られたものだからさらに一悶着あり、傍付き練士達にも見つかってもう一悶着あったので掛かった時間は更にドン、である。ストレア、キリト、ユージオは自分達に原因があるので詰め寄ってくるメディナ達を無碍にする事も出来ずに、根気よく説得を続けて何とか納得をしてもらった時には、最高司祭を討ってから一週間が経っていた。
カセドラル内に再度繋げられた大図書室で、ストレアはカーディナルにこの一週間の事を報告していた。キリトとユージオはベルクーリに引っ張られて、今頃は整合騎士の面々と手合わせの最中だろうかとストレアは考えて、意識をカーディナルとの話に戻す。
「まぁ、後はアタシは当主代理として北セントリアと行き来する事になる。流石に一等爵家を一つどうこうするのは、時間が足りないから」
「妥当な所じゃな。こちらも一応今動いている騎士達の意思確認は終えた。皆、人界を守る為に残ってくれたが……後は凍結中の騎士の処遇が問題じゃな」
「……凍結中の騎士に、危ない経歴の持ち主でも居たの?」
「凍結中の七名の内六名は問題ない。しかし残り一名、とびっきりに危ない奴がおる」
「名前は?」
「シェータ・シンセシス・トゥエルブ……かつての四帝国統一大会で、対戦相手を全て斬殺して優勝した騎士」
その一言だけで、ストレアは自分の肌が粟立つのを止められなかった。基本的に、《人工フラクトライト》達は人を殺せない。《禁忌目録》という上位規則に縛られ、それに反する行動がとれないからだ。ただ、それには幾つも抜け道は存在する。相手の事を人と思わなければ、殺害する事すら出来るだろうし、そもそも殺すと認識しなければ結果的に死んでしまうような行動すらとれる。
しかし、そんなものはただの偶然や、《コード:871》で妨害されてしまう事が殆どであり、対戦相手全員を斬り殺すという事は、明確にその者がそうしたいと願い、行った結果だ。
「確かにそれは危険だけど……何で凍結されてたの?」
「どうやら、自分の意志で凍結封印を受けたようじゃな。そう言う意味では、自制は出来ておるらしい」
「あー……兄貴とはまた違う方向でのイカレかぁ……で、何でその話をアタシに?」
「今からそ奴の解凍をするんじゃが、付き合え」
「なんでっ!?」
◇
その頃、キリトとユージオは集った整合騎士達と模擬戦……にしては互いの神器を用いての、本気の戦闘を繰り広げていた。ベルクーリが二人の腕を知りたがったのも理由の一つだが、騎士達も彼らの実力を知りたがっているのだ。何せ、先のカセドラル防衛戦でまともに騎士と戦ったのはオーリとストレア。ファナティオと四旋剣は最後、ユージオの支配術によって無力化されてしまったが、それを戦ったとみる事は出来ないだろう。
という事で、何故か他の騎士同士も戦う『整合騎士と他二名の総当たり戦』が開始されていた。
「貫け! 《熾焔弓》ッ!」
「奔れ、《霜鱗鞭》ッ!」
「舞え! 《雙翼刃》!」
「光よッ!」
「これ模擬戦だよな!? 殺し合いじゃないよな!?」
《武装完全支配術》を使う半歩手前まで至る熱が入った戦いに、キリトが思わずツッコミを入れた。最初はキリトやユージオがそれぞれ騎士と模擬戦を繰り広げていたのに、途中から騎士同士で模擬戦を始めたものだから、ツッコミが追い付いていない。
「はっは、騎士団でここまで賑やかなのは中々ねぇからな。楽しんでいけよ若者」
「くっ……全然隙が無い……!」
ベルクーリがユージオと鍔迫り合いを演じながら笑い、対するユージオは最古の整合騎士の技量に舌を巻く。ただ力任せに押し切るのではなく、最適な力加減と間の取り方に攻め込むための好機を伺えない。
「あたし相手に他所を気にする暇があるとはねー!」
「気にするだろこの状況は!?」
キリトは、カセドラルに乗りこんだ時にはいなかった騎士を相手にしていた。茶色がかった灰色の長い髪を一つに束ねた赤い瞳を持つ女性騎士、イーディス・シンセシス・テン。少し反りが入った、刀のような形状の剣型の神器でキリトと切り結んでいる。最初は互いに実力を探る意味でも手を抜いていたが、今ではすっかり本気だ。
これはベルクーリにとって嬉しい誤算と言えた。そもそも、自分を打ち負かした男が背を預ける相手なのだから弱いはずは無いと思っていたが、上位の整合騎士にも劣らぬ力量であると同時に、実戦的な連続剣の使い手。騎士達に足りない、対連続剣の実戦経験を積ませる事も期待できるとあって、呼んだのは正解だったなとベルクーリは内心頷いた。
「それに、こうして体動かすのも、良い気晴らしだろ」
「……どうして」
「まぁ……奴さんもお前さんも、オーリの奴とは良い友みてぇだからな。それが今は何もかもを使い果たして眠ってんだ。妹さんも結構気を張ってるみてぇだし、誰かが張りつめ過ぎないように見てやらないといけねぇ」
そっちはアリスの嬢ちゃんが気にしてるがな、と付け加えて、何か思いついたようにベルクーリは口元を吊り上げ。
「そういやユージオ。お前さん、嬢ちゃんに惚れてんだろ?」
爆弾を叩き込んできた。
「は……はぁっ!? へぇっ!? い、いいいいい今ここでなんでそんな事を!? せせせせ精神攻撃!?」
「……いや、すまん。そこまで動揺するとは思わなかった。単にお前さんが嬢ちゃんを見る目って言うのがそんな風だったもんでよ……」
ぼんっ、と顔を真っ赤にして目が泳ぎ、顔を四方八方に向けて動揺するユージオを見て、ベルクーリが何とも言えない顔で謝る。剣に動揺が現れていない事が奇跡のような反応ではあるが、様子がおかしいのは他で戦っていた騎士達にも伝わったようで、皆が言ったん手を止めて彼らの方を見た。
「今ここで言う事ないでしょう!?」
「いや、今だからこそだ。まぁここで言う事じゃねぇんだけどな」
鍔迫り合いを止め、ベルクーリが剣を鞘に納めた。ユージオもその行動に疑問を覚えつつも、彼に倣い剣を納める。
「最高司祭代理が言うには、《東の大門》の天命が尽きるのが約半年先。その時になればダークテリトリー軍が押し寄せて、誰も彼もが先の分からない戦いに身を置く事になる。今の人界に、戦える奴を遊ばせておく余裕はねぇ……それはわかるな?」
「それは……確かにそうですけど」
ユージオも、キリトと共に説明を受けた話だった。ダークテリトリーの侵攻までの時間が約半年。侵略に抗う為の準備期間としては、あまりにも短い時間。こうしている間も、カーディナルはまず戦える存在として、凍結封印中だった整合騎士の封印を解いて意思の確認をしたりしている。
それに、これからは四帝国から戦力の提供を呼び掛けたりなどをしなければならない。そう言う意味では、今この時しかキリトやユージオの力を騎士達が確認できる機会は無いと言えた。
「それに、言わなくても分かると思うが、戦場って言うのはどうしても、誰かを亡くす可能性が付いて回る。それはオレだって例外じゃねぇ……だから、後悔だけはすんなって事を言いたかったのさ」
自身の胸に手を当てて、ユージオは少しだけ考えた。ベルクーリの言っている事は真っ当な事だ。今回の戦いで、幸いにもユージオは取り戻したかったものを取り戻した。友人は力尽きて眠ってはいるが、まだ失われたわけでは無い。
少しでも歩みが違えば、何もかもを無くしていたかもしれない。大切な人を取り戻せなくなったり、永久に亡くしてしまう可能性だってあった。この秘めた想いを告げる機会も、永遠に失われてしまう可能性があったのだ。
「……そう、ですね。後悔するのは、もうごめんですから」
「おう、その意気だ」
「騎士長ー、何の話ー?」
「何でもねぇよ。ほら、お前ら、今日ぐらいしかこんな風に集まれねぇんだ。続きするぞ」
首を突っ込んできたイーディスをあしらいながら、ベルクーリの号令で皆が模擬戦に戻ろうとした時、修練場の扉が勢いよく開かれる。全員の視線が集中した先では、一人の修道士が息を切らせて何かを告げようとしていた。
「せ、整合騎士様!」
「どうした、何かあったのか?」
「そ、それが、非常事態でして……」
非常事態? と全員が身構え、修道士の話す続きを待った。
「そ、空から突如として人が、セントラル・カセドラルの一階に舞い降りてきたのです!」
きりと「親方! 空から人が!」
すとれあ「キリト、そのネタは今の所アタシにしか通じないからね?」
きりと「すまん、つい……」
すとれあ「そうやって、多少でも余裕を持とうとするのはいいんだけどねー」