流星の軌跡   作:Fiery

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合流なう


静かにキレるのと、普段怒らない人が怒るのは大体同じくらい怖い

 

 晴れ渡る空が突如十字に裂けたかのように光が奔り、その中心から白く輝く星が二つ、ゆっくりと降りてくる。カセドラルの最上階よりもなお高い場所から降りてくる星の一つからは乳白色の光の粒子が、もう一つの星からは薄青に輝く光の粒が、まるで雪のようにふわりふわりと舞い降りてくる。

 やがて、二つの星はカセドラルの地に降り立ち、その姿が露わになる。

 

 星の一つは、真珠で出来ているかのような光沢を放つブレストプレートに籠手とブーツを身に着け、その下には防具と同色を基調にして、赤いラインが入ったドレスを纏い、腰には一本の剣を携えている。ふわりと風になびいた長い髪は艶やかな栗色をしていて、その口元には優し気な笑みを浮かべている。

 もう一つの星は群青色の鎧にブーツ、白い長めのスカートを纏っていた。左の背中部分にはまるで翼のように配置されたパーツが浮かび、その手には白色の長弓が握られている。髪は水色のショートヘアであり、その眼差しは隣の星とは違って優しげなものは一切含まれていなかった。

 

「ここが……アンダーワールド?」

「そうみたいね」

 

 白き星……スーパーアカウント01《創世神ステイシア》でダイブしたアスナと、青き星……スーパーアカウント02《太陽神ソルス》でダイブしたシノンが、辺りを見渡しながら現状を認識する。

 降り立った場所は、噴水がある庭園のような場所。すぐそこに、見上げても果てが見えない程に高い塔を望む事が出来る場所。降りてくる途中で、自分達を見る幾つもの視線を察知していた二人は、その内の何人かがその塔の中に入っていったのを見ている。空から二人も人が降りてくるのは現実でも異常事態だ。それが、派手なエフェクト付きであれば尚更であり、それに対応出来そうな誰かを呼びに行ったのであろうと予想は出来た。

 なので二人はあえて行動を起こさず、その対応してくるだろう誰かを待つことにした。シノンとしてはすぐにでも最愛の人の居場所を、そこらで自分達を覗き見している人物に問い質しても良かったのだが、それはダイブ前にアスナに止められていたので、噴水の縁に座ってむすっとした表情で。アスナはそんな親友の態度に苦笑して。

 

「アスナ! シノン!」

 

 しばらくしてやってきたのはキリトだった。その後ろにはユージオとベルクーリ、ファナティオが続く。

 

「キリトくん!」

 

 恋人の姿を認めたアスナが駆け出し、その胸の中に飛び込む。キリトは穏やかな表情で彼女を受け止めると、少しだけ力を込めてその身体を抱きしめた。そんな彼の顔は初めて見たと、ユージオは驚いた。

 ユージオが知っているのは、日常であれば少し気が抜けた……と言っては失礼かもしれないが、そんな表情や、不敵に笑う顔に何か突拍子もない事を思いついた時に浮かべる悪戯っぽい笑み。戦いになれば眼光鋭く、決意を秘めた顔を。

 

「……坊主、知り合いか?」

「えぇ、今抱き合ってる二人は外では恋人よ」

 

 問いに答えたのはシノン。ベルクーリは彼女に対して、何者かと探るような視線を送った。

 

「抱き合いながらで良いけど、キリト。旦那は何処?」

 

 その視線の意味を正確に理解しながら、シノンは無視してキリトへと問いかけた。どう見られようと、彼女にとっての優先順位は変わりようが無い。『あぁ』と少し沈んだ声で、キリトはアスナから身を離すと、シノンを見た。

 

「オーリはカセドラル……この塔の中に居る。案内するよ」

「キリト?」

「大丈夫だユージオ。それにベルクーリにファナティオさん。二人は、言ってた協力者だよ。それにシノンは、あいつの奥さんだ」

「そ、そうなのかい!?」

 

 驚きの声を上げたユージオの視線がキリトを見て、アスナを見て、シノンを見る。それにはベルクーリもファナティオも驚きの表情を浮かべ、シノンを見た。

 

「キリトくん、どの辺りまで話してるの?」

「外……現実世界の事は一応、ここにいる三人は知ってる。ほかにも数人は知ってるけど……」

「無暗に口外しない方が良いって事ね」

 

 シノンの言葉にキリトが頷いた。そもそも、無用の混乱を引き起こすとして、最高司祭が討たれた事自体秘密になっている。そこに現実世界の事まで追加すればそれは劇薬でしかない。幸いと言って良いかはわからないが、二人が使用したスーパーアカウントはアンダーワールドでは神様扱いである為、その力を借り受けて降臨した存在とすれば誤魔化すのは難しくないが。

 

「ストレアは?」

「今はカーディナル……組織の最高責任者をしてる人の所に居る」

「カーディナルって……もしかして」

「その辺は、交えてから話すよ」

 

 一階から階段で昇り、回廊を抜け、昇降盤を使って辿り着いたのは七十階。途中でファナティオが別件がある為に離れ、五人はある部屋の前で立ち止まった。何の変哲もない木の扉をキリトがノックすれば、中から『はーい』と少女の声が聞こえ、扉が僅かに室内側に引かれて、出来た隙間から覗いた灰色の目が彼らを見た。

 

「どうかしましたか?」

 

 隙間から見ている少女、リネル・シンセシス・トゥエニエイトの灰色の瞳には、警戒の色がありありと見て取れた。キリトを見た時にも少しだけ警戒の色は浮かべたが、見知らぬ顔であるシノンとアスナの存在を認識した瞬間に警戒度が跳ね上がっている。

 

「あぁ、オーリに会いに来たんだけど……」

「後ろの二人は?」

「俺の仲間で、オーリとも面識がある」

 

 キリトの表情をじぃ、と見つめる灰色の瞳。数秒の時間の後、『武器はこちらで預かります』と五人が持つ武器に視線が向けられ、扉が開かれた。扉を潜った先の部屋は、現実での比較対象がすぐには思いつかない程度には広く、家具も調度品も最小限しか置かれていない為にかなり殺風景に見える。その部屋の中で一番大きな家具……天蓋付きのベッドの横には、麦わら色の髪を短く切った、勝気そうに切れ上がった青い目の少女である、フィゼル・シンセシス・トゥエニナインが五人……特にシノンとアスナを警戒しながら立っている。

 

「こちらに武器を置いてください」

 

 扉の横にある大き目の机を示され、キリトとアスナとシノンは言う通りに武器を置いた。ベルクーリとユージオは、その机の横にリネルが立ったので近くにあるソファに座って待機している。

 

 一歩一歩、ベッドに近づく度にシノンは自分の心臓が大きく跳ねるのを自覚していた。《ソウル・トランスレーター》という、最早オーパーツの域に達したと言っても過言ではない機械によって、魂に見せられている夢と言っても過言ではないこの世界。心臓など無いはずの仮想の肉体は確かに鼓動を刻み、生きているという事をリアルに彼女へと伝えてくる。噴水の横に降り立ち、部屋に来るまでの間でも、この世界が本当に仮想であるのか疑問に思ったのは両手の指では足りない。

 そんな世界の中で、オーリはまた戦いの中に身を置いていた。その果てに、全ての力を使い果たして眠っているという。まるであの時のようだと、アスナは思う。SAOの最終決戦の時も、彼は全ての力を吐き出して戦って、自分達を庇って一度倒れた。その時に立ち上がる為の力を与えたのは、現実に居る朝田詩乃という存在だった。またあの時のように奇跡が起こせるとしたら、彼女を欠かす事など出来はしない。

 

 キリトがベッドの横に立つフィゼルを見れば、彼女は警戒したまま……片手で後ろ腰に差した短剣の柄を握ったまま、そっとベッドの周りを覆う薄布を動かした。

 

「っ……オーリ、君……」

 

 見えた姿にアスナは息を呑んだ。その姿形は確かに、彼女の知るオーリ(桜川涼)のもので相違ない。しかし、本当に彼なのかという疑問を持ってしまうほどに、変わり果ててもいた。まず目に入った色は、白だ。病的を通り越して、完全に燃え尽きた灰のように真っ白な髪に、肌。

 そして、次に目に入ったのはそんな白に走る黒色のひび割れだった。確認できるだけでも、左の頬から首筋に掛けてと、衣服から出ている左手首にも同じようなひび割れが見受けられる。アスナの脳裏には、砕け散る前の結晶が思い浮かんだ。本当にギリギリのギリギリまで、自分の全てを使い果たした存在がそこに居た。

 

「……涼」

 

 シノンは、そんな彼の頬に優しく触れた。目には涙を溜め、それを流す事を堪えるように口を真一文字に結んで。フィゼルが止める事を躊躇うほどに、その行為には慈愛の心が溢れている。愛しい人の名前を呼び、その頬に触れて、その唇に口付けを落とす姿はまるで、一枚の絵画のようだとアスナは思った。

 長い長い口付けを終え、シノンが顔を上げた。オーリの顔に落ちた涙の雫を指で拭い、もう一度だけ頬に口付けを落とす。

 

「キリト」

 

 顔を上げた彼女の表情には、強い決意が宿っていた。その眼差しはALOで、GGOで数多の敵を撃ち抜いてきた狙撃手のものであり、その瞳の奥には彼女の髪色と同じ色の炎が宿っているように見えた。

 

「涼は……旦那は、この世界を守る為にこんな風になったのよね?」

「……あぁ」

「この世界を壊せば、旦那は戻ってくるかしら?」

 

 彼女の問いかけに意味はない。アンダーワールドの全てを破壊したとして、彼の魂が癒えるわけでは決してない。そんな事はわかりきっているが、最愛の人にこうなるまで()()()()世界の事を、シノン(朝田詩乃)はどうしても好きになれそうにはなかった。

 破壊する事で彼の魂が元通りになるというのなら、シノンはキリトとアスナを敵に回しても……それこそ、この世界全てを敵に回そうが全てを破壊し尽くすだろう。でもそんな事は無いから、今は壊す事はしない。故にシノンはその言葉の後に『冗談よ』と続けた。

 

「彼が守った世界だもの、私もそれは留意しておくわ。私の力が必要なら、協力もする」

「……シノンはそれでいい。オーリの事を一番に優先してくれて構わない」

 

 それで十分だとキリトは思う。彼女の優先順位を考えれば当然の事であり、オーリがこうなった以上は片時も傍を離れたくないはずのシノンが協力まで約束してくれるというのは、彼女がキリトやアスナに対して最大限譲歩しているからだ。

 しかし、純粋なこの世界の人間……《人工フラクトライト》達にとってはそうは受け取れない。突然現れたアスナとシノンの事を『オーリ治療のための協力者』とは聞いていても、その人となりも、実力も不明の相手だ。そのうちの一人が世界を壊すとまで言ってのける。リネルとフィゼルの警戒度が上がるのも当然と言えた。

 

「なんつーか……すげぇ嬢ちゃんだな」

 

 ベルクーリは、シノンの物言いに少々圧倒されていた。この少女は、氷の様な眼差しからは想像も出来ない程の激情を秘めている。その激情の殆どはオーリへと向けられる物であり、愛する人に向けるものとしては些か以上に強烈であると言わざる得ない。しかし知己であろうキリトともう一人の少女はそれを当然という風に受け取っている事から、それが彼女とオーリにとっては普通だったのだ。

 鮮烈に、翳りなく、何処までも真っ直ぐに向けられているその心はまさに太陽の如くある。その心を受け止め、包み込むだけの器がある男にとっては、まさにこれ以上ないほどの相手だろう。

 

「協力者って言うのは、お二人だけなんですか?」

 

 ユージオの問いにシノンは首を横に振った。

 

「最低でも後二人来るわ。旦那の妹がね」

 

 

 

 

 

 

 その後、オーリの部屋を出た一行にカーディナルとストレアが合流し、会議の場が設けられる。議題は当然、こちら側に来た二人と、これから来るであろう人間についてだ。

 

「まずは、わたし達の事について説明した方がいいかな?」

「そうじゃな。キリトやストレアからは概要程度は聞いておるが、本人からも聞きたい」

 

 幼賢者カーディナルの言葉にアスナとシノンが頷き、アスナが口を開いた。自分達がどこから来たのか。そこがどういう場所であり、その世界で自分達がどう暮らしていたのか。自分達とキリト、オーリやストレアとの関係性。そして、自分達がこの世界に来た理由。

 

「……なるほどな」

 

 アスナが話せる全てを話し終えた後、しばらく沈黙を守っていたカーディナルが呟いた。思案気な表情のままではあるが、一先ず信用が置ける話であると判断したのだろう。彼女が共犯者として信用しているストレアから聞いた話とも大きな矛盾が無いのも信用する理由だし、納得できた事もある。

 

(あやつがデュソルバートとの戦いで見せた《心意》はおそらく、こやつが原因じゃな。なるほど……記憶が無くとも愛は消えず、か)

 

 カセドラル防衛戦において、《熾焔弓》の《武装完全支配術》を打ち破ったオーリを包んだ光が形作った姿がシノンと被って見えた。世界を隔たれ、記憶を封じられても尚、魂にまで刻まれた愛を持っていた彼に応えた目の前の少女。なるほど、()()()()()()である事に疑い様は無い。

 

「事情は理解した。後にカセドラルに来るであろう者達についても、受け入れるように手配しておく」

「有難うございます。カーディナルさん」

「礼には及ばんよ。今のわしら……人界はあやつやキリト、ストレアに未来を切り拓いてもらった。その英雄の一人の治療のために色々と都合する事は、むしろ当然じゃろう。ただ……」

「私とアスナに何が出来るのか。可能ならその戦闘力が見たい、ってところ?」

 

 シノンの言葉にカーディナルは頷いた。何せこれからダークテリトリーとの戦争の準備に入るのだ。整合騎士も、キリトも、ストレアも、動いてくれる者達は皆動かなければならない。そこには当然カーディナルも含まれているが、アスナとシノンの戦闘力如何によっては護衛を付けねばならないし、ともすれば彼女達にも仕事を頼む必要性だって出てくる。

 《外》から仲間の治療のために来た相手に戦争に関する事まで頼むのは心苦しいが、それだけ形振り構っていられないというのが人界の現状である。

 

「なら早くしましょう。そっちは時間が無いだろうし、私はさっさと旦那を看たいの」

 

 シノンの言葉で早速稽古場へと移動し、二人の実力を確認するための場が整えられる。

 アスナは剣の腕を見る為に騎士達と軽く模擬戦を、シノンはとりあえず弓の腕を見る為に練習用の弓矢で的にどれだけ当てられるかを試す事になった。

 

「二人の実力はどうなのです? キリト」

 

 割り当てられた仕事を終えて合流したアリスが、騎士の時の口調で問いかけた。

 

「どっちも強いよ。見てればわかるさ」

 

 そう言ったキリトの視線の先には、ファナティオと剣を合わせるアスナの姿がある。どちらも突き技が主体の連続剣の使い手であり、非常によく似たタイプである。息も吐かせぬ斬り合いは《閃光》の異名を持ったアスナと、支配術で光を操るファナティオに相応しい超高速戦の様相を呈している。

 

 しかし、デュソルバート・シンセシス・セブンにはその戦いが目に入らなかった。目に入っているのはもう一人の少女、シノンが淡々と矢を射る的で、それに釘付けになっている。視線の先の的に刺さっている矢はただ一つ。何十回とシノンが矢を撃っているにもかかわらず、だ。しかしそれは、決して彼女の技量が低いわけでは無く、むしろ高すぎるからこそ起こっている事象である。

 シノンが矢を撃てば、的に刺さった矢の末端である弦に番える為の部位である『矢筈』に当たり、的に刺さっていた矢を真っ直ぐ縦に裂いて同じ場所に新たに突き刺さる。その光景がもう何十回も繰り返されている。かと言って、シノンが狙いをつけるのに時間を掛けているかと言えばそんな事はない。速射と言っても過言では無い速度で撃ちながら、時には的を見る事もなく撃っての精度である。

 

 何という絶技……いや、まさしく神の御業と言っても過言ではないと、デュソルバートは畏怖した。使っている弓も矢も訓練用に使う物であって、神器などでは決してない。彼が使えば全て的に当てる事は出来るだろうが、刺さった矢に当て続けるという絶技は不可能だ。

 

「シノーン! やりすぎー!」

「分かりやすいでしょ」

 

 それを特に消耗した様子もなくこなしたシノンに対して、ストレアは大きく両手でバツ印を作った。訓練用の矢だってタダではないので、そこまでバカスカ破損させられては溜まったものではない。

 とはいえ、その絶技はこれ以上ないほどにシノンという人間の技量を知らしめた。スーパーアカウントとしての性能をほとんど使わない、彼女の人間としての力。ストレア(第三のAI)に同じ事をやれと言っても出来はしないだろう。シノンの方を見ていた騎士達は、デュソルバートを筆頭に何も言えなくなっている。

 

「それじゃあ、私は旦那を看てくるから」

「アスナの応援は?」

「必要ないわ。相手が切り札を切るなら別だけど、ただ切り結ぶだけなら時間を掛けるほどにアスナには勝てなくなるじゃない」

 

 そうシノンが断言すると同時、アスナが動く。ファナティオの攻撃を、まるでどこに攻撃するか知っているかのように捌き、アスナの攻撃が、ファナティオがどこにどう逃げるかを知っているかのように正確にその場所へと繰り出される。

 

「ま、参りました……」

 

 躱した先で、寸分違わずにファナティオの喉元へと繰り出された刺突が触れる寸前で止められた。自分の全てを予測され、その通りに動かされたのだと理解したファナティオが降参の言葉を口に出し、アスナは剣を鞘に納めた。

 

「……未来でも見えてんのかねぇ」

 

 ベルクーリがそう言うのも無理はなく、全てが予定調和だと言わんばかりの光景であった。少なくとも最初は互角だったように見えたが、中盤からは互いの息の乱し方に差が現れ、最後に一気に詰め切られた。ファナティオがどこにどう攻撃して、どう剣を避けるかを予測できなければ出来ない芸当である事を理解しているからこそ、ベルクーリはそれが恐ろしい。

 何せ、二人が模擬戦を開始してから終わるまでが十分程度だ。その中盤までに予測を完璧にして、詰め切るという芸当は洞察力によって相手を観察し、それを基に予測する思考力が必要になる。

 どちらの能力も恐ろしいほどに鍛えられていなければ、これは成立し得ない。単純に剣の腕も、副長のファナティオと最低でも互角だという事を考えれば、アスナという少女の騎士としての完成度が窺い知れた。

 

「……キリト、貴方の居た世界ってどんな魔境なの?」

「魔境って……」

 

 アリスが思わず素になるほどの光景だったのは間違いないが、現実世界が魔境呼ばわりされた事にキリトは苦笑する。確かに二人はALOやGGOでトップクラスの実力者である事に疑いはない。しかし現実世界では普通の女の子である事を彼は知っているし、この場に記憶が戻ったオーリが居れば『上澄みだけ見られても困るわ』と言っているだろう。

 

「それで、もう満足かしら?」

 

 シノンが、模擬戦を見守っていたカーディナルへと声を掛けた。

 

「予想外が過ぎるがな……まったく、これほどとは思わなんだ」

「そう。それじゃあ私は旦那を看るから……」

「すまんがそうも言ってられん。お主らと同じように来たぞ」

 

 カーディナルの言葉にシノンが窓から空を見てみれば、光が瞬いた。

 

 

 

 

 

 

「義姉さん!」

「お義姉ちゃん!」

 

 濃い青みがかかった長い髪を左サイドに纏め、群青色のワンピースとその上に白いコートのような外套を纏い、深い青色の長杖を携えた少女が出迎えたシノンへと駆け寄ってくる。その後ろには同じように髪を右サイドへ纏めて、こちらは群青色の鎧を着ていて、腰部には紺色のスカート。腰には一本の長剣を佩いた少女が続いてくる。

 

「ラン、ユウキ」

 

 自分に駆け寄ってきた義妹二人をシノンは抱き止めた。

 

「やっほー、お兄ちゃん」

「何でリーファまで? それに……」

 

 抱き合う三人を横目に、出迎えに混じったキリトが三人目であるリーファ……アスナのものに似たプレストアーマーにスカートには緑色のラインが入っており、腰には一本の刀を佩いている。髪はALOのアバターによく似た金髪のポニーテールだ。

 

 彼女と少し話した後、その後ろに居る()()()を見た。

 

 肩までの長さの金色の絹糸のような髪で、前髪の一房が三つ編みに編みこまれている。纏うのは明るめの緑色を基調とした、所々に深緑の装甲が付けられたバトルドレス。頭には白いテンガロンハットのようなつばの広い帽子に青い羽根飾りが付き、白色の外套を胸元にある緑色のリボンで止めている。最も特徴的なのは、彼女が到底武器には見えない楽器……若草色のギターを持っている点だろう。

 

「ゆ、ユナさん?」

「どうも、キリトさん。正直事情は余り飲み込めていませんけど、オーリ君が危ないという事なので」

 

 来ちゃいました、と言う彼女……ユナが笑いかけた後、周囲を見渡した。通常のフルダイブではあり得ない、ポリゴンらしさの全くない……現実であると言われればそのまま信じてしまいそうな世界を見渡し、感動する心は確かにあるが一旦それを棚上げした。

 

「一体、何があったんです? ここは一体どこで、何が行われようと?」

 

 彼女も、あの過酷なSAOを生き残った帰還者(サバイバー)の一人だ。壮絶な二年間で培った意識は最も重要である目的を忘れる事無く、鋭さを帯びた視線がキリトを射抜く。

 

「わしが説明しよう。この世界で起こった事全てと……これから起こるであろう事全てを、な」

 

 彼女達に歩み寄ってきたカーディナルがそう言い、やって来た四人を見た。シノンと抱き合っていたランとユウキが、キリトと話していたリーファとユナの視線も、カーディナルへと向く。全員の目は真剣そのものであり、それを受けて彼女は頷いた。

 

「あの、兄さんは……」

「それも含めて、話させてはくれんか?」

「でも居るんでしょ? お兄ちゃんと会っても、大丈夫なんだよね?」

 

 不安な心をその顔ににじませた姉妹がカーディナルへと歩み寄るも、彼女は首を横に振って背を向けた。なおも食い下がろうとした彼女達をシノンが再び抱き止め、『大丈夫だから』と二人にだけ聞こえるように呟く。その声がほんの少しだけ震えている事に二人は気が付いて、目を見開いた。

 

「……兄さんがどうなっているかも、教えてもらえるんですね?」

「あぁ。お主らには何も隠さぬ……それが、今のわしらに示せる誠意じゃからな」

 

 

 

 

 

 

 カーディナルがキリト達《外界人》とストレアを連れてきたのは、自身が勝手知ったる大図書室だ。ここはカセドラル内でも彼女が特に誰にも話せない事を話す部屋としては特に優秀であり、全てを話すにはもってこいの場所だった。

 

「長い話になる。まずは座ってくれ」

 

 いつかのように、杖の一振りで大きな丸テーブルと人数分の椅子を出現させ、もう一振りで適度な温度に保たれた紅茶が入ったカップとソーサーを用意する。その御業に新たに来た六人は『へぇ』と声を上げたが、キリトとストレアは気にした様子もなく椅子へと座った。

 カーディナルも席に着き、六人に促せば彼女達も席に座る。

 

「まずはわしの事について……名はカーディナル。今はこの世界における最高指導者の代理として、この公理教会を運営しておる」

「そのカーディナルと言うのは、わたし達も知っている《カーディナル・システム》の事で間違いはないんですね?」

「然り」

 

 アスナの問いに是と返し、カーディナルはキリト達にも語った話……オーリが戦う切欠となった大元、最高司祭アドミニストレータの発生とその原因。そして、この世界の神と相対する事になった彼らの歩みとその結末を。

 事前にオーリの容態を知っていて、粗方の事情も察していたアスナとシノンは動揺は少ない。しかし、他の四人はそうもいかなかった。

 

「なんで……なんで……」

 

 その軌跡を聞いて、真っ先に声を漏らしたのはランだ。その目からは涙を溢れさせ、兄への疑問の声を呟く。自分に関係ないのだから見過ごせばよかったのにと思って、彼女が知る兄ならばそんな事出来はしないと分かってしまう。

 あぁ、自分達姉妹が愛した彼ならば、知ってしまった誰かの危機を放っておく事など出来なくて、自分を一番危険な所に置く事に躊躇いなんかない。《死銃》事件の時もそうだったではないか。あれだけ濃密に……ラン達にもわかるほどに死の気配を漂わせた相手にすら立ち向かった兄ならば、他の誰かに出来たとしても、自分から関わっていく事を止めるはずがない。

 

「姉ちゃん……」

 

 泣き崩れそうになる姉を、ユウキが抱きしめて支えた。支える彼女も涙を流しているが、少なくともランよりはまだしっかり出来ている。リーファは彼の行動に頭を抱え、それに付き合ったキリトに対して視線を向けている。

 

「お兄ちゃん……」

「……何も言い訳はしない。何を言われたって、俺は受け止めなきゃならないんだ」

「キリト君……」

 

 俯いてしまった彼に、流石のアスナも掛ける言葉が見つけられなかった。オーリがこの世界に来る事になったのは、彼が声を掛けたからだ。それさえなければと言う思いを、キリトはずっと抱き続けている。彼の意識がこのまま戻らないなんて事態になった時には、自分の命を差し出せと言われれば差し出すしかないと思うほどに。

 シノンもランも、ユウキもオーリの両親ですらそんな事は望まないだろう。ストレアが言った通り、キリトを責められるとしたら被害を被った本人だけなのだから。アスナが出来るのは、彼の傍に寄り添い、彼を手伝い、一日も早くオーリが目を覚ます事を祈る事だけだ。それはリーファも同じであり、下手をすればぽっきりと折れてしまいそうな精神状態の兄を放っておく事など出来るはずもない。

 

「……そう、ですか」

 

 ユナは話を聞いた後、目を閉じたままそう呟いただけだった。その胸中にどのような感情が渦巻いているかは、カーディナルでも見透かせない。

 

「彼らしい……と言うべきなんでしょうね」

 

 ふと、その表情を崩して彼女の顔に浮かんだのは微かな笑み……仕方ないという様な諦めにも、それでこそという喜びにも見える笑みを浮かべる。この中で本当の意味での蚊帳の外だった事に対して、別段ユナは思う所はない。一緒に暮らしているわけでもなく、関係性の距離が近いわけでもないからだ。

 今回起こった事は、本来ならユナの耳に届く事なく終わっていたように、彼女は思う。ただ、それを言うならば彼が居なければ彼女の命はSAOで終わっていたはずで、ならばその先を見せてくれた彼の事で自分の命を懸けるのは、ユナにとっては至極当然の帰結になる。

 

「それで、貴女は……このアンダーワールドに生きる貴女達は、わたし達に何を期待しているんです?」

 

 一歩踏み込んだ問いは、ユナが感じているある種の懸念により生じた物だった。それが何かと問われれば、この塔の中に入った時から感じている空気が、SAOで感じたモノとあまりにも酷似していた。それが何の空気かはユナとしても忘れられない物だ。

 

 これから、階層ボスを倒す為に挑む攻略組の空気。言うなれば戦いに行く……もしくはその為の準備をしているプレイヤー達が持っていた空気が、この塔の中には充満しているのだ。ユナもアインクラッドの九十五層以降は高レベルのバッファーとして、階層ボス戦にも参加している。あの時は生存者が半数を割った後であり、誰であろうと使えるプレイヤーは全て使わなければならない状況だった。

 だからこそ戦いの空気も、その恐ろしさも鋭敏に感じ取る事が出来る。そんな彼女の衰えぬ感覚が、カーディナルの隠そうと……この場合は酷く言い辛そうにしている事があると見通していた。

 

「……今から約半年後、この人界とダークテリトリーと呼ばれる場所が、戦争になる。人界はどれだけ戦力をかき集めようと一万に届く事は無かろう。対して、ダークテリトリー側は……約五万」

 

 そこまで言われれば、目の前の幼賢者が何を言いたいのかアスナやシノン達六人は理解した。確かにアスナのスーパーアカウント《創世神ステイシア》、シノンの《太陽神ソルス》、ユナの《地神テラリア》は、この世界において最上位の権限と能力を持っている。そしてそのスーパーアカウントに従者という形で紐づけられたハイアカウント……リーファの《創世の騎士》、ランの《太陽の巫女》、ユウキの《太陽の剣士》も然りだ。

 人界側の最高指導者となっているカーディナルからすれば先に見た実力も含め、是が非でも戦列に加わって欲しい六人である事に違いはない。

 

ふざけないでください!!!

 

 部屋中を震わせる怒声は、ランの口から出た物だ。滅多な事で声を荒げる事のない彼女が怒りのまま、テーブルにその両手を叩き付け、カーディナルを睨み付けながらその身を乗り出す光景にリーファやアスナ、ユナは勿論だがユウキとシノンも驚きで目を見開いていた。

 

「ラ、ラン……」

「兄さんが命を懸けてこの世界の未来を繋いだ事は理解しました。えぇ、そして貴女も……アンダーワールドの人達も必死なんでしょう。でも……」

 

 テーブルに叩き付けられた両手が握りしめられ、歯が食いしばられる音までが部屋に響く。

 

「わたし達をその戦争に参加させるだけの為に、この世界の為に命を懸けたはずの兄さんを、言い訳に使うのは止めろ……!!!」

 

 怒りと共に吐き出された言葉に、カーディナルは喉を詰まらせた。その様な意図が無かったとは言えはしない。未来を繋いだ恩人に対する扱いでは決してないが、あらゆる誹りを受けてでも今は戦う為の力を集める時だった。

 そう決意したはずなのに、目の前の少女の真っ直ぐで純粋な憤りの《心意》は、思っていた以上に幼賢者の心をかき乱した。説得の言葉はおろか、謝罪の言葉すら思いつけず、その見た目相応の少女のように俯いてしまう。

 

 そんな中、キリトが黙って席から立ち上がった。

 

「き、キリト君……?」

 

 声を掛けるアスナには応えず、彼は床に両手と両膝をつき、ラン達に向かって頭を下げた。

 

「お兄ちゃん!?」

「俺が皆に頼むなんて筋違いで、恥知らずだなんて分かってる。でも、お願いします。俺だけの力じゃ全然足りなくて、皆の力を借りても守れるかなんてわからないけど! ちからを、かしてください……!!」

 

 大図書室の床に額を擦り付けて、キリトは叫んだ。アスナとリーファが慌てて駆け寄るが、キリトは頭を上げようとせずにそのままだ。親友が守った世界を守りたいという思いは、彼にだってある。しかし、いかにキリトが《武装完全支配術》を使え、このアンダーワールドにおいても屈指の実力者だとは言っても、五倍以上の戦力差を覆せはしない。それでも彼は、親友のやった事を無にしたくない。

 例えこの世界での戦いが痛みを伴い、相手が自分達と同じ《魂》を持つ人間なのだとしても、彼自身が言ったように恥知らずのように頭を下げて頼むしかない。

 

 親友(オーリ)の為に、命を懸けて、力を貸してください、と。

 

「アタシからも、お願いします」

「ストレア……」

 

 今度はストレアが、キリトの横に彼と同じように両膝をついて頭を下げて、その額を床に付ける。

 

「アタシがもっとしっかりしてれば、兄貴だって今頃帰れてるはずだった。こんな言い方は卑怯だと思うし、何て言われても良い。兄貴の、この世界を守るっていう意思を、守ってください」

「そんなこと……ッ!」

 

 激発しそうになるランの機先を制して、カーディナルがキリトとストレアのように頭を下げる。

 

「言いたい事、思ってる事、怒りも恨みも全部、わしにだけぶつけてくれ。今回の事全て、わしが原因を取り除けなかった事にある。オーリにも、キリトにも、ストレアにも……今この人界に生きる者達にも、このような事を強いたのはわしの甘さ……愚かさじゃ。全てが終わった後ならば、わしをどうしてくれようと構わぬ。だが頼む。わしに手を貸さずとも、この世界の為に……」

 

 床に伏して頭を下げる三人の姿に、ランは怒りの落としどころを見失った。彼女だって頭ではわかっている。今自分が怒ったとしても、兄が駆けつけてきて抱きしめてくれる事など無い。こうして喚く暇があるのなら、少しでも現状をどうするのか話し合う事が先決で、建設的なのだから。

 でも、頭で理解する事と心で納得する事は全く別の事だ。兄は命を懸けて、力を使い果たして、その魂を極限まで削ったという。それに対して、この世界は何をした? 何を兄に返してくれた?

 何も返してくれてないじゃないかと、そう思ってしまうのだ。例え兄が見返りを求めていなかったとしても、彼女はそのまま甘える事を許さない。間に合わなかった自分が兄の為に何かするのは至極当然であり、だからこそ、その手で守られたこの世界が何も返してないように見えるのが、ランには納得できない。

 

「ラン」

 

 怒りのままに三人を睨み続ける彼女を、義姉が後ろから抱きしめた。

 

「義姉さん……」

「この世界を壊しても、涼は帰ってこない。そうやって分け与えた全てを取り戻したとしても、絶対に喜ばない」

「でも……でも……!」

「ラン、私達はこの世界の事は良く知らない。だから、まずは知りましょう。あの人が何を見て、何を感じて、何を聞いたのか。私達は知る義務がある」

 

 小さい子供をあやすような優しい声で、シノンは語る。その胸の裡に渦巻く心はランと大して変わらない激情が渦巻いているが、だからこそそれを撒き散らすべきではないと語る。少なくとも今は、この世界に対しての不信感しかないのだから、何もかも全てを壊してしまいたくなる。

 

「姉ちゃん」

「ユウ……」

 

 姉の手を、妹が握る。それはダメだと語らずとも教えてくれる。兄の意思を尊重するのなら、自分がこの憤りをばら撒くのは間違いだ。ランはもう一度三人を睨みつけた後、目を閉じて深く息を吸った。胸の裡に溜まった怒りを追い出すように、長く長く息を吐く。

 

「……兄さんに、会わせてください」

 

 冷静さを取り戻した声に、異論は出なかった。

 

 

 

 




使用しているスーパーアカウント・ハイアカウント
アスナ:《創世神ステイシア》
シノン:《太陽神ソルス》
ユナ:《地神テラリア》

リーファ:《創世の騎士》
ステイシアに紐づけられたハイアカウント。かの女神の従者。

ラン:《太陽の巫女》
ソルスに紐づけられたハイアカウント。かの女神に仕える巫女。

ユウキ:《太陽の剣士》
ソルスに紐づけられたハイアカウント。かの女神を崇める巫女とは双子。
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