流星の軌跡   作:Fiery

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すとれあ「この世界、過労死無いんだよね……睡眠が足りて、ちゃんと食べて、天命を維持してれば体は不調を訴えないし」
かーでぃなる「精神的な疲労はあるがな。それを心意で打ち消す事もあるが、逆もまた然りで諸刃の剣じゃ」
すとれあ「戦争終わったら一抜けしたいなぁ……」
かーでぃなる「無理じゃろ」
すとれあ「ハイパームジヒ……」


兄より働き詰めの妹がいる

 

 《東の大門》崩壊予定日まで、残り十四日。

 守備軍は今日から、先日設営を完了した大門近くの野営地へと移動を開始する。セントラル・カセドラルから野営地までは飛竜ならば一日も掛からない。馬を使えば一日と少しと言った所だろう。隊列を組んで移動し、食料なども運び込めばもっと時間がかかるが、それでも戦争開始の三日前までには完了する計算だ。

 そのタイミングで、ストレアはようやく数多の仕事から解放された。野営地の統括はベルクーリら整合騎士団に移譲して物資の出立をその目で見送り、彼女自身も後で追いかけるとはいえ、それは今すぐではない。ただ、悩ましい問題は残ってはいるのだが。

 

「兄貴」

 

 兄が眠るベッドの横にある椅子に座り、彼女は聞かせるように語りかけた。護衛のリネルもフィゼルも、家族であるシノンやラン、ユウキも今は外している。お願いして外してもらったのだが、それはこの光景を誰かに……カーディナルにすら見られるわけにはいかなかったから。

 

 一度目を閉じ、開く。そこにある彼女の瞳の色は赤ではなく()()。最高司祭戦で兄が見せた瞳と同じ、全ての色を内包した色。一部とはいえ彼と同じ魂を引き継いだ(コピーした)彼女が、あの《蒼》に満たされた際に目覚めた力。

 この力の凄まじさは先の討伐戦で兄が証明していた。削除されていたはずのキリトの記憶すら呼び起こし、システムコマンドでは到底説明できないアリスの記憶と人格の統合を為し、ユージオやカーディナルには遥かな過去すら想起させた。

 《奇跡の力》などとは言わない。これはいずれ……はるか遠い未来の話かもしれないが、人がたどり着くものだとストレアは思っている。自分にこの力が発現し、分析する機会が得られたのは幸運では括れない……兄からのメッセージと考えた。

 

「見られたくないものがあるなら、隠しておく事を勧めるよ」

 

 虹色の瞳がオーリを捉え、その魂を意識する。彼女がやろうとしている事は同じ力を得て、このアンダーワールド(魂の世界)だからこそ可能な方法。力を持たない相手の記憶を呼び覚ましたり、魂にすら作用して見せたというのなら、持つ者同士ならば近い事が出来るのではないかという思考。

 

 前代未聞の魂への意識没入(ソウル・ダイブ)の敢行。

 

 それを持って、兄の目覚めを促す事がストレアの目的だ。まとまった時間が取れるのは今この時だけ。すなわち、チャンスはこの時だけ。

 

「行くよ、兄貴」

 

 これが他人だったら、出来るという確信は無かった。力を持っていても、出来ないと思ってしまっただろう。でも、オーリとストレア(魂の兄妹)という組み合わせならば出来るという確信が、ストレアの中にはあった。まったくもって理屈の無い、根拠のない自信ではある。失敗すれば自分も兄も、どうなるかわからない。最悪、どちらの魂も消えてなくなってしまうかもしれない。

 

 でも今この時、ストレアの中には恐れも不安も無かった。そんな余地もないほどに、その魂へと意識を向けて――

 

 

 

 気が付けば、ストレアはカセドラルとは全く違う場所に居た。

 いや、場所と言って良いかどうかも分からない。何もない空間に、ストレアはただ浮かんでいるだけ。どの方向を見ても、何もない。物だけでなく、()()()()

 

「ここが……?」

 

 兄の魂の内側だというのか、という疑問に意味はないとストレアは打ち消した。光も無く、さりとて闇に包まれているという事もない。例えるのならば、何処までも透明な世界。それはある意味で兄らしいと思ったから。

 そんな場所を、感覚のままにストレアは進んでいく。奥へ、ただひたすらに奥へ。普通ならば絶対に見られる筈もない、パーソナリティの根幹へと。

 

 ある程度進んでいけば、光の粒……と言っても、今のストレアの頭部ほどの大きさがあるものが、ふわりと浮いているのを見るようになった。感覚が奥だと訴える方向から浮き上がるそれの一つに、慎重に触れる。

 

『いや、お前。何だってあんな風に言ったんだよ?』

『……売り言葉に買い言葉というか。俺もまずかったと今は思うけどさ……』

 

 何か落ち込んでいるキリトを宥めている兄の声。キリトの装いはゲームでよく見た黒ずくめで、背に黒い剣を背負っている。その顔は今よりも少し幼い。そんな彼に呆れているのが、ストレアにはよく伝わってくる。

 

「記憶……なの? これ」

 

 見た物だけで推測するのならば、キリトの装備はSAO時代の物だと判断できる。ストレアの中にも多少SAOサーバーのデータは残っていて、その中で照合すれば背負っていた黒い剣は魔剣《エリュシデータ》だ。ならばこれは兄の記憶なのだと推測するしかない。《フラクトライト》の中にある、記憶を保持する《光子》がこれなのだろうかと思い浮かぶ。

 

 その思考はいったん止めて、ストレアは潜行を再開する。どのような影響があるか不明なため、光の粒には極力触れないようにしながら。潜行中に見えたのは、不自然に光の粒が無い場所。何かに抉り取られたように、何もない空間。

 これが《フラクトライト》の損傷だろう、とストレアは当たりを付けた。自分が触れればどうなるかはわからない為、これも今は無視して。

 

 潜行していた時間はどれくらいだったか曖昧だ。短かったようにも思うし、何時間も潜っていたようにも感じられた。

 

「……あれ?」

 

 やがて見えてきたのは、一際大きい……ストレアの全身と同じだけの大きさがある光の塊。あれが中心だろうか、とストレアは目を凝らして見て、違和感を感じた。違和感の正体はわからないが、直感的に光の塊は()()()()()と思ったのだ。しかし、辺りを見渡しても潜行中にずっと見たサイズの光の粒や、遠くに抉られた損傷が見えるだけで、他に何もない。桜川涼というパーソナリティの根幹に居るはずの存在が、見当たらない。

 

「いや、そんな筈ない。この塊は多分、兄貴の一番大事な人……詩乃に関する記憶。それを守るものが無いなんてあり得ない」

 

 だから、その虹色の目を凝らして見た。そして、信じられないものを見て息を呑む。

 

「あ……あに、き?」

 

 ()()()()()()()()()に、色の無い何かが座っていた。輪郭もぼやけ、記憶の光に照らされて視認する事すら困難な何か。その何かが兄であると、ストレアは直感した。近づけば何とか輪郭はわかるその姿は人型なのは確かのようで、片膝を立てたまま座って微動だにしない。

 

「これ、が、兄貴の根幹……セルフ・イメージ……?」

 

 今度こそ、信じられない物を見たとストレアが愕然とした。訳が分からない、何だこれはと、許されるのなら叫んでしまいたかった。ストレアだって魂の事で知っている事などほとんどない。天然の《フラクトライト》……人間の魂の構造的なものはオーシャン・タートルで大まかにマッピングされていて、それらしいものの名前を知っているくらいだ。

 

 だからってこれは無いだろう、と思う。桜川涼という自己を定義するはずのものが、輪郭だけしかない透明なものだと言うなら、今まで自分達が見ていたアレは誰なのだというのか。()()()()()()()、今まで生きてきたというのか。

 それを問い質したい衝動に駆られるが、ストレアはそれを押しとどめる。今自分がここで強い感情を爆発させてはいけないという事を、本能的に理解しているから。それをしてしまえば、オーリが《記憶解放術》を使用した時のような影響が悪い方向で起きてしまうと考えたから。

 だから、感情を押し殺してストレアはそのセルフ・イメージに触れた、今の兄に何が起こっているのか、その全てを知る為に。

 

 

 

 気が付けば、ストレアは元のカセドラルの部屋に居た。ベッド横の椅子に座ったままで窓の外を見やれば、自分が部屋に来た時よりさほど時間が経っていないように感じる。

 

「ホント、ふざけんなよ兄貴……」

 

 全身に汗をかき、着ている服も不快な張り付き方をしていたが、その全てを無視して彼女は兄に毒づいた。知った事を元に考えれば、今の兄の状態がどういう状況なのか理解できる。そこから導き出される答えは、今のままだと涼の回復は数十年先の話になる、という事。

 

 《武装完全支配術》と《記憶解放術》の使用により、彼の《フラクトライト》は重大な損傷を負ってしまった。その原因は、術の使用を切欠にして急激に高まったその魂の力に、魂自体が耐えられなかったために起きた現象だ。

 彼が負った損傷は致命傷と言って差し支えなく、皮肉な事に自分を傷つけたその魂の力によって今の状態が保たれていると言って良い。シノン達の看護や仲間達の努力で持ち直している所もあるが、それでも未だ大部分は修復に至らずに危険な状態だった。癒すには膨大な時間がかかるというのも道理である。

 

 だが、その選択肢は取れない。魂の寿命の事もあれば、現実の肉体の事もある。ストレアはオーリの事を心配していないが、シノンやラン、ユウキの事は別だ。仮に魂の治癒に五十年という時間が必要だとして、三人はその間この世界に残ると言ってくるのは想像に難くない。しかし、それを行うとなれば現実では三週間近く連続でフルダイブを行う事になる。実際、それ以上掛かる事もある為に三人への負担がどれほどか、想像もつかない。

 

 それを打開できる場がもうすぐ出来上がるという事に、ストレアはこの世界を作ったラースに……ひいては現実世界の《神》にありったけの罵詈雑言をぶちまけたい思いだった。

 

 以前に邂逅した、茅場晶彦のコピー体がストレアに言った『(オーリ)の魂が輝く場所』とは、すなわち極限状況だ。本当に生死がかかった場所……兄が初めて輝いた《ソードアート・オンライン》のような極限状況は、もうすぐ発生する。

 ラースの技術者達にとっての《最終負荷実験》――…《東の大門》の崩壊を引鉄にした、ダークテリトリーとの戦争。アンダーワールドの住人にとって、考え得る限り最大級の極限状況。討伐戦においてその魂を輝かせた彼を目覚めさせるためには、お誂え向きの状況。

 

 そこに連れて行けば、目覚める可能性が高い。ただ、後方に下げておくにしても死ぬ可能性は当然ある。丁半博打のようなものであり、更には連れて行っても目覚めないという可能性もある代物。分の悪い賭けでしかないが、他の諸々を考えればそうせざる得ない状況に、毒のある言葉の一つも吐きたくなる。

 

「……絶対起きろよ、クソ兄貴。それまではアタシが、何とかするからさ」

 

 

 

 

 

 

 兄の部屋を出てストレアはすぐに、討伐戦以来立ち入る事の無かったカセドラル最上階……最高司祭の居室だった場所に来た。最初に来た時は確かに遠いと思っていた場所だったが、今回はあっさりと辿り着いたように感じていた。ここに来た目的は、討伐戦の時にも使ったシステム・コンソールだ。アンダーワールド側からこの世界そのものへと干渉する事の出来る場所に、ストレアは用があった。

 

 約半年ぶりに入った部屋は、痛いほどの静寂に満ちていた。ソードゴーレムを構成した黄金剣はカーディナルが回収し、丁重に埋葬したために部屋には無い。アドミニストレータが使っていたベッドも戦闘時に吹き飛んで無くなっており、部屋にあるのはそれこそ紫色の水晶板……件のシステム・コンソールのみだ。

 ストレアはその前に立ち、操作を開始する。目的は外部との通信であるが、ここで操作するのは加速倍率を現実世界と同じにするものだけだ。

 

『――…ストレアさん』

「こっちにとっては久しぶりだね、加藤さん」

 

 時間感覚が等倍に戻る時の、何とも言えない感覚を経て数分。ストレアの耳に数年前に聞いた女性の声が響いた。目の前の中空にはアンダーワールドに似つかわしくない近未来的なスクリーンが表示され、端末のカメラに映った加藤の姿。彼女の握る端末には自分が映っているだろうと、ストレアは皮肉気に口元だけを歪める。

 

『そちらから倍率を下げて頂いて感謝します。現状、こちらから操作が不可能になってまして』

「おい、それはどういう事? そこには兄貴の他に、詩乃もキリトもアスナもいるのに!」

『……それについては、こちらの不手際です』

「不手際で済むかぁっ!?」

 

 ストレアの怒声が、広い部屋の全てを震えさせた。余談ではあるが、その声は加藤達の居る第二制御室中にも響き、他の人員の身体も震わせるほどの怒りを感じさせるものだった。

 

「……何があったか、全部言え」

『そう、ですね。我々には知らせる義務があり、貴方達には知る権利がある』

 

 怒りに歪んだストレアの顔に、加藤は息を呑んだ。当初見た彼女の姿も確かに人間と見紛うばかりだったが、それでもAIらしさ……非人間的なものがあった。

 それが今はどうだ。人間と全く変わらない怒りを持って、ストレアは加藤を怒鳴りつけた。その圧倒的な感情の奔流は、直接ぶつけられたわけでは無い比嘉と凛子の顔から血の気を引かせ、菊岡にすら冷や汗をかかせるほど。ぶつけられた加藤はその精神力と責任感で抑え込んだが、それでも戦慄するに足る怒りだった。

 

『端的に伝えます。オーシャン・タートルは所属不明の武装集団にメインルームを占拠されています。故に管理者権限を凍結し、外部からの干渉を不可能にしました』

「相手の目的は?」

『当該プロジェクトに使用されているテクノロジーと、その成果物である《人工高適応型知的自律存在》……こちら側で存在が確認されているのは、《アリス》と言う名前のフラクトライト。それを宿したライトキューブが狙いでしょう』

「外部からの干渉は防いだって言ったよね? 内部からやる可能性があるって事で、その手段は?」

『ダークテリトリー側のスーパーアカウントである、スーパーアカウント04《暗黒神ベクタ》及び高レベルアカウントを使用しての、アリスの奪取が考えられます』

 

 クソッタレが、と兄譲りのスラングでストレアは内心で罵った。ここにきてやる事が増えたという事もそうだが、ダークテリトリー軍との休戦が絶望的になった事もそうだ。このままでは相手はこちらの全てを滅ぼして、アリスを見つけ出すまで止まらないだろう。休戦の条件としてアリスを渡したところでそれはアンダーワールドだけでなく、現実においても最悪な結果になりかねない。

 そもそも、オーシャン・タートルに入り込める勢力がどれだけあるのだろうか。そして可能であろう所がアリスを手に入れてやるとすれば何か……ストレアにとって想像する事は容易い。そんな相手に彼女を引き渡すわけにはいかない。

 

「後は全部こっち任せって事だね。それはわかった……どこに逃がせばいい?」

『アンダーワールド最南端、《果ての祭壇(ワールドエンド・オールター)》と呼ばれる場所で、この第二制御室へのライトキューブ排出操作が行えます。こちら側で確保してしまえば、向こうも撤退……いえ、こちらの札も切れる』

そっち(現実)の事については、兄貴達に害がこれ以上ない限り好きにすると良いよ。でも、何かあったら覚悟しておけ。特に、胡散臭い眼鏡の自衛官と、自称天才。何かあった時、()()()()()()()()

『伝えておきましょう』

 

 通信が切れた後、加速倍率が再び現実の千倍へと戻っていく。内部からの加速倍率の設定は時限式だ。その時間が来ただけの事である。

 

「……どうした、ストレアよ」

「カーディナル……」

 

 水晶板から視線を外して後ろを見れば、困惑した顔で幼賢者が立っている。何故この部屋に居るのかというのもそうだが、カーディナルから見ればただの一日で憔悴したような表情を見せる彼女に対してが大きい。

 

「《外》で、何かあったのか?」

「色々……後、ごめん。勝手に入った」

「構うものか。別に入る事を禁止しておるわけでもなし、今まで来なかったのは気持ちの問題じゃからな」

 

 柔らかく笑うカーディナルに、ストレアは微かな笑みを浮かべた。

 

「さて……ストレア」

「うん、説明する。だけどカーディナル、『どう知ったか』は聞かないで」

「……お主も大概、秘密主義じゃな」

「アタシもそれだけ、特別製でね」

「よかろう。わしから問う事はせんよ。しかしそれならば、わしの頼みも聞いてくれ」

「カーディナルが頼みって……珍しいね」

 

 疑問符を浮かべるストレアに対して、はっはとカーディナルは笑った。何も難しい事ではないと前置きして。

 

「十年で構わん。最高司祭を務めてくれぬか?」

「……は?」

 

 その提案に、ストレアの空いた口が塞がらなかった。

 

「正気?」

「正気じゃよ。むしろ、現時点でお主以外に任せられる者がおらぬ」

「知ってるよね? アタシも兄貴達と同じように《外》の存在だって」

「あぁ。しかし()()()()()()()()()詳細プロパティを参照できる。オーリやキリトは参照できんのにな」

 

 カーディナルの言葉に問い詰めるような色はない。しかしストレアが現実では、オーリ達とは違う存在であるという事には辿り着いている様子であり、それを悟ったストレアは頭を掻きながら苦い顔をした。

 

「まぁ、その事は別に関係ないがな」

「関係ないんだったら尚更、アタシ以外に頼みなよ。ベルクーリとかさぁ」

「今現在のお主の力量を知らぬとは言わせんが?」

「実力云々で決めるならカーディナル一択じゃん……そもそも何でそんな話になったのさ」

「……まぁ、お主になら言っても良かろう」

 

 ふぅ、と息を一つ吐いたカーディナルが真剣な表情になる。お主以外に他言は無用じゃ、と前置きして。

 

「わしの行動原理は覚えておるな?」

「カーディナルシステムのサブプロセスの『狂ったメインプロセスを修正せよ』って奴?」

「あぁ。そしてそれはアドミニストレータを討って終わり、というわけでは無い」

「狂ったメインプロセスによる影響が無くならない限り……ってのは正確じゃないか。その影響がシステム環境の許容範囲内に収まらなければならないって事だよね」

「そうじゃ。そしてそれを完遂した時、このわしは機能を停止するじゃろう」

「……理屈としては、納得できる話だよね」

 

 アドミニストレータ(メインプロセス)が異常を起こした為に、カーディナル(サブプロセス)がその修正を行う為に目覚めたのならば、それが解決されれば再びメインプロセスを監視する役目に戻る。それはただ監視するだけの物になるという事であり、自発的な行動は一切起こさなくなるだろう。

 そして今カーディナルが宿っているフラクトライトに、元居た人格は存在しない。故に彼女の機能が元に戻るのならば、今目の前にいるカーディナルと名乗る少女は人格のないただの抜け殻となる。

 

「おそらく、《最終負荷実験》である今回の戦争が限度じゃ。そこを超えれば結末がどうあれ環境が激変し、あやつが及ぼした影響もほぼ無くなるじゃろう」

「二百年以上生きたカーディナルの人格が早々消えるとも思えないけど……」

「少なくとも表に出る事は無くなるとわしは考えておる。そうなれば、この公理教会という巨大な権力機構の統治者が居なくなる」

 

 そうなった場合の結末は、ストレアにもあっさり想像できた。現在の人界守備軍に四帝国の皇帝や、北以外の三国の上級貴族、上級司祭は参加していない。そしてそれらの存在は権力欲が一等強い。だからこそ、公理教会の最高司祭という立場に群がるであろう。そうなれば、今度は人界の中での戦争の始まりだ。

 

「そんな中で、この人界を正しく導いて行ける可能性が最も高いとわしが踏んだのがお主じゃ。皇帝や貴族、権力の亡者達の心理を最もよく知り、中庸中立の立場で権力に溺れる事無く運用でき、そして権限レベルはわしやアスナ達を除けば最上級の位置する存在」

「その条件に当てはまるのがアタシだけだと?」

「そうじゃ。しかし、ただやってくれと言うだけならばお主は引き受けんじゃろう? だから十年」

「その十年で後任を育てろって事だ」

 

 あぁ、と頷くカーディナルを見て、ストレアは考え込んだ。カーディナルの危惧は理解できたし、それに備えて後継者を決めておくという事自体は理解できる。しかし、その人選については首を傾げざる得ない。

 

「この戦争でアタシも死ぬ可能性がある。それでもアタシを指名するの?」

「参加するならば誰だろうと同じよ。ベルクーリを始めとした整合騎士も、修道士や志願兵も変わらん。その中で生き残る可能性が高く、わしが信じられる者……ストレア、お主に託したい」

「……一応聞くよ。ベルクーリ」

「あやつはその魅力で部下を纏める事は出来ても、交渉は不得手じゃろう。やってやれん事はないが、不安はどうしても残る。それにあやつがやっても結局、お主に交渉事は投げると思うぞ?」

「ファナティオ」

「そもそも妊娠中じゃろ。子を産むまでの間で戦争を起こされでもすれば問題じゃ」

「ぐぅ……アリス」

「ちと素直過ぎるし、潔癖な所がある。騎士の象徴としてならわしも推す所じゃが、わしが求める役割には向かんな」

 

 この後も数名の名前を上げるが、カーディナルの返答は思わしくない。その間、ストレアの表情は苦さの百面相と言わんばかりに変わっていった。

 

「……ごめん、確約は出来ない。戦争の行方も何もわからないから、今すぐに返事は出来ないよ」

「構わん。わしが停止するまでに答えをくれれば……いや、やると決意してくれれば、あのコマンドを使え。それでわしは御役御免じゃ」

「あのコマンドって……」

「管理者権限取得コマンド……今のお主ならば、エンタイア・コマンドリストも呼び出せよう」

 

 

 

 

 

 

 戦争まで残り七日。

 ラン達三人は兄が眠る部屋で自身も野営地へと向かう準備をしていた。

 

「本当に、連れて行くんですか?」

 

 彼女の口から出る疑問を、双子の妹はジト目で返す。オーリを戦場に連れていく事を聞かされてから、一日に一回は出るその疑問を聞かされ続ければ、その対応になるのも仕方ない。

 

「ストレアが決めて、私も支持した。後方に置くし、護衛には引き続きリネルとフィゼルに付いてもらう。後は私達が看るのに離れていたら不都合だって事もあるけど」

 

 その疑問に律儀に答えるのはシノンだ。ランに何度も質問されているが、嫌な顔一つする事無く回答しているのは流石だとユウキは思う。最初に提案を聞いて、烈火のごとく怒ったのはシノンだった。提案をしてきたストレアの胸倉を掴み上げ、家族と認めた相手には滅多に見せない怒りの形相で彼女に詰め寄ったからだ。

 ストレアはシノンの怒りを全部受け止めても尚、譲らなかった。『目覚めさせるにはこれしか方法はない』と言って、詰め寄られようと頭を下げて、あの時のように床に額を擦りつけて土下座までして。本当にそれだけしか方法が無いのだと訴えてきた。

 

 流石にそこまでされれば、シノンとて怒りを継続するわけにはいかない。元々彼女は優しい性格をしているし、それほどまでに家族が必死であるならば事情を聞くくらいの度量はある。今は何の力も持たない最愛の人を命の危険がある場に連れて行く提案に激発したが、よく考えればその事を何の理由もなく許容するストレアではないと思い至った。

 シノンは謝罪の後で改めて問いかける。何故連れていく事が、オーリの目覚めに繋がるのかと。

 床に両膝を付けたままのストレアが話したのは、今回の戦争という極限状況の()()()。オーリは元々、アドミニストレータとの戦闘の際にその魂の殆どを取り戻していた。それはまさしく、自身を極限の状況に追い込んだ事によってもたらされた活性。茅場晶彦の言っていた輝く場所によって、彼がその神髄を見せたという証左だから。

 

「それは、そうですけど……」

 

 ランが言い淀む。納得はしていても、それが全てではないという態度も変わらない為、シノンは苦笑した。この戦いの目的は人界がダークテリトリーの侵略に抗う事だ。その中で命が失われていくという事を仕方ないと割り切れはしないが、守備軍に参加した者達は皆守る為ならばと、戦争で倒れても人界のためにと言って集った者達だ。ランが感じている憐憫(れんびん)の情は、ともすれば彼らにとって侮辱でしかないのかもしれないので、ランはそれについては納得はしていた。

 ただ、その死にオーリの目覚めの為という目的が足されると話は変わってくる。ランに取ってオーリは最愛の兄である。その事実に揺るぎはなく、声を大にして言う事だって出来る。しかし、その兄の為に死ねと、誰かに言う事は出来ない。

 

 この世界に来て半年。現実での時間は四時間半ほどだが、彼女にとっては半年であり、その間に見たこの世界は確かに生きていた。この世界でのオーリの生家に行き、そこで最も古株の使用人の老女とも話した。幼少の頃、あまり手は掛からずに妹の方がヤンチャだった事を聞いたりした。よく顔を出していた店に行き、同じ物を食べた。私領地にも顔を出してみて回った。会う人は皆笑っていた。

 その笑顔からは力を感じた。生きる力という、ランとユウキにも与えられた力。自分達を産んでくれた両親から、今の家族から、仲間達から受け取った力。全てを見たわけでは無いにしても、彼らの裡にその力を見て、自分達と同じ生命であるという事を理解した。

 そんなこの世界に生きる存在に、兄の為に死んでくれという事は出来ない。自分の意志で決め、自分の手でこの世界の存在を殺すという事ならば、ランは許容出来た。罪深い事だと理解していても、それが自分のやりたい事の為だと許容し、背負う事が出来た。

 

 しかし、誰かが自分の為に死ぬと言う事は、許容できそうにない。そしてそれは兄だって同じだと、ランは思うのだ。誰かの犠牲を許容できないからこそ、兄はいつだって自分達の前に立っていたはずだろうと。だからあくまで目覚めに必要ならば、連れていく事までは許容できる。しかしその死を彼に背負わせないでくれと、ランは願っている。

 

「姉ちゃん。お兄ちゃんが、お義姉ちゃんが、ストレアが背負うって言うなら、ボクらはそれを支える事が出来る。ボクらは、家族なんだから」

「ユウ……」

「そうね。涼ばかりに背負わせてちゃ、家族だなんて言えないものね」

 

 ユウキの言葉にシノンが笑みを浮かべ、優しくその頭を撫でる。えへへ、とユウキは照れたように笑うが、言った言葉とその想いに偽りなど無い。家族だから支え合う事は当たり前であり、その為に彼女は強くなることを願ったのだから。

 

「でもさ、お兄ちゃんをどうやって連れて行くの? お義姉ちゃんが飛べるから背負う? 姉ちゃんのその杖も飛べたよね確か」

「わたしの杖はユウも乗せて荷物も載せるから正直難しいかな……」

「ストレアに考えがあるみたいね。少し待っててとは言われたけど」

 

 そもそも、シノン達の出発日を指定したのはストレアである。オーリを連れて行く手段の手配もするという事で、全て彼女にお任せだった。この世界に来てからストレアの世話になりっぱなしだとシノンは思い、先日は迷惑をかけたと反省もしていたが、当のストレアが『アタシにしか出来ないんだからやるしかないでしょ。でも胃にダメージ与えるのはやめて』と真顔で言われたので、流石の彼女も引き下がった。

 

「正気なの貴女。ヴァルゼライド卿を戦場に連れて行くって!」

「あー、それ色んな人に散々言われたけど決定事項だからね。アンタが雨縁に乗せていくんだよ」

「責任重大じゃない!?」

「胃に痛みを覚えるわけじゃないからヘーキヘーキ」

 

 そんな会話と共に入室してきたのはストレアと、北の警護に当たっていたアリス。彼女は部屋にいるシノン達を見ると一礼した後にストレアを指さした。

 

「彼女、こう言ってますけど」

「事前に話を聞いて、了承した後なのよ。絶対に必要だからってね」

「戦場に連れていく事が必要? どういう事?」

「極限の状況だからだよ」

 

 ストレアの声が、表情が真剣なものに変わった。遊びの一切ないその表情にアリスも表情を引き締める。

 

「兄貴はアドミニストレータとの戦いで、完全に復活する直前まで行った。命懸けの極限状況に居た事で、自分を取り戻そうとしていたんだ」

「貴女の言葉を疑うわけじゃないけど、それで本当に取り戻せるというの? 貴女の話、カーディナル様の話、そして外から来たというシノン達の話では、ヴァルゼライド卿の魂は酷く傷ついているという事だったはず。ならば静養するのが一番でしょ?」

「アタシはあの時も言った筈だよアリス。うちの兄貴の非常識さをね」

 

 ストレアの言葉にシノン達は苦笑した。酷い物言いであるが、オーリが非常識なのは三人の共通認識でもある。そこが心配の種ではあるが、だからこそ彼であるとも言える。シノン達はそんな彼も愛している為に、ストレアを怒る事はしなかった。

 

「……わかった。ヴァルゼライド卿を運ぶ任は受けるけど、貴女やシノン達はどうするの?」

「私は単独で、ランは杖で飛ぶ事が出来るからユウキを乗せていくわ」

「アタシはまた別口」

「……貴女、また何か企んでる?」

 

 訝し気なアリスの視線を、心外そうにストレアは見返した。そんなひどく仲の良さそうな光景に、シノンもランも、ユウキですら笑みを零した。

 

「企むって何さ。ただ色々頼まれてるだけだって……で、北はどうだった?」

「まったく……カーディナル様には報告したけど、二日前に大規模なゴブリンとオーガの侵攻があった。数は百程だったけど、撃退は問題なく出来た」

「ユージオの様子は?」

「最初は少し戸惑っていたけど、ちゃんと剣を取って戦えた。というか、私の心配はしないんだ」

「アンタの心配はするだけ無駄。あぁでも、ちゃんと家族とは話せた? 罪人として連れ去られたけど、アンタは許されて戻った。でも村の人達が受け入れてくれるかは不安だったし」

「村の皆……は無理だったけど、家族とはちゃんと話せた。ユージオの方も家族と話して、後は開拓の手伝いもしてたし」

 

 そりゃ良かった、とストレアが笑みを浮かべれば、アリスも同じように笑う。

 

「仲が本当に良いわね」

「「良くない」」

「いや、息が合い過ぎて説得力がありませんよ」

「じゃれあってる時のお兄ちゃんとキリトさんみたいだよ」

 

 

 

 




すとれあ「アタシとアリスの仲が良いという風潮に物申したい」

しのん「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
らん「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
ゆうき「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
あすな「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
りーふぁ「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
ゆな「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
きりと「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
べるくーり「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
ふぁなてぃお「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
かーでぃなる「?」(何言ってんだこいつ、という顔)
その他整合騎士達「?」(何言ってんだこいつ、という顔)

ゆーじお「え、普通に仲いいよね? 家族自慢になると喧嘩するけど」

ありす「聞き分けの無いストレアが悪い」
すとれあ「そっくりそのまま言い返すけど?」
ありす「はぁ?」
すとれあ「あぁ?」

ゆい「ストレアが寝取られた気がします!」
りずべっと「何処でそんな言葉憶えたの!?」
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