戦争開始まで、残り七日となった日。ダークテリトリーにある帝宮オブシディア城に激震が走った。ダークテリトリーを統べる暗黒の神、ベクタが再び降臨した。その一報によって。
その一報に、半神半人であるアドミニストレータが討たれたと聞かされた以上の驚愕を受けたシャスターは今、今まで開かれる事の無かった玉座の間で他の十候と共に跪き、その神に拝謁していた。
白に近い金色の髪は後ろへと流され、その額には黒い金属に深紅の宝石がはめ込まれた宝冠。精悍であり美丈夫と言われてるであろう顔付きはシャスターよりはるかに若く、しかしその眼には一片の感情すら浮かべる事はない。
身に纏うのは黒い革製のシャツとズボンであり、その上には漆黒の豪奢なガウン。朧げな燐光を放つ一本の長剣を腰に佩き、見事な銀の刺繍が施された手袋とブーツを身につけ、血で染められたかのような深紅のマントを羽織っている。絶対者の風格を伴った神が、玉座に座っていた。
更には、その脇を固めるように三人の、漆黒に金の縁取りが施された鎧を纏った騎士……一人は大盾を持って大槌を背負っており、一人は禍々しいオーラを放つ長剣を一本ずつ左右の腰に佩き、一人は長弓を背負っている者達が立っている。その三人はおそらく暗黒神の従者であり、シャスターと比べても引けを取らぬであろう風格が存在した。
「顔を上げ、名乗るがいい――…そちらの端の、お前からだ」
神の声は印象通りに冷たく、這い上がってくるように寒気と恐怖を、シャスターはその意志力で抑え込んだ。十候としてシャスターと同列に並んでいる者達も同じように感じ、ただ一人を除いて同様に抑え込んだ。
「は、ははあっ!! 私、商工ギルドの頭領を務めております、レンギル・ギラ・スコボと申します!」
恰幅のいい中年男が弾かれたように上体を起こし、名乗りを上げた。
「ジャイアント族の長、シグロシグ」
異様に長い鼻梁を持ち、三メートル半の巨体に黒光りする鎖を交差させるように巻き付け、腰を獣の皮で覆った亜人種が地響きの如き低音を発し。
「……暗殺者ギルド頭首……フ・ザ……」
先ほどのジャイアント族と比べればあまりにも矮小で、存在感の無いフーデッドローブ姿の存在が、耳障りな掠れ声で名乗り。
「オーク族の長ぁ、リルピリンだぁ」
前に突き出た平らな鼻に牙が覗く巨大な口、小さい目に知性を湛えた豚が七割、人が三割といった頭部を持ち、肩に半ばまで埋まり込んだ首に小獣のの頭骨を幾つも繋げて作った首飾りを下げた存在が、甲高い声で名乗った。
「拳闘士ギルド第十代チャンピオン、イスカーン!」
その隣、少年と言ってもいい年頃の若者が機敏な動作で一礼し、威勢よく叫んだ。赤金色の巻き毛を垂らし、日焼けした上半身には革帯だけを巻き、下半身にはぴったりとした革ズボンとサンダルを、そして両手には四角い金属の鋲付きのグローブを填めている。
「ぐるる……オーガの……長……フルグル……」
上半身はほぼ長い体毛に覆われた、狼によく似た頭部を持つ亜人種が聞き取りにくい声を漏らし。
「山ゴブリンの長、ハガシにござりまする! 陛下、ぜひとも一番槍の栄誉は我が種族の勇士にお与えくださりますよう!」
猿に似た禿頭の両脇から細長い耳を伸ばす、小柄で濃い目の緑色の肌をした亜人種が、キイキイと耳障りな声で吼え。
「とんでもない! 我らは、こんな連中よりも十倍陛下のお役に立ちまするぞ! 平地ゴブリンの長、クビリめにござりまする!」
山ゴブリンとは肌の色合いが少々違うだけの亜人が同じような耳障りな声で喚けば、二体のゴブリンは途端に罵り合いを始め――
バチッ!!
二体の鼻先で、青白い火花が散った。突然の出来事にゴブリンの長二人は悲鳴を上げて飛び退った。ベクタはその火花が飛んできた方へと、何の感慨も浮かんでいない視線を向けた。
「――…失礼致しました、皇帝陛下。暗黒術師ギルド総長、ディー・アイ・エルと申します。我が配下の術師三千、そして私の心と体は全て配下のものですわ」
ゆるりと立ち上がった女が、実に艶めかしい仕草と声で一礼した。オイルでも塗り込んでいるかのように輝く褐色の肌を黒い光沢のある革で申し訳程度に隠し、履いているブーツは針のように細いピンヒール。背中には黒と銀に輝く毛皮のマントを羽織り、その上を豪奢なプラチナブロンドの髪が腰下まで流れている。
豊満な肢体と妖艶な美貌を誇示するような姿勢の女に反応したのは、弓を背負った騎士が茶化すように発した口笛のみ。残り二人の騎士は兜を被っているので表情はわからず、その姿勢にも乱れはない。顔が見えるベクタだが、彼女の言葉に鷹揚に頷いただけでその美貌に一切反応を示す事無く、最後の男へと視線を向けた。
「暗黒騎士団長、ビクスル・ウル・シャスター。我が剣を捧げる前に……皇帝陛下に問いたい」
魔女が黙って一礼して跪くのを横目に、シャスターは跪いたまま顔を上げ、腹の底から全身に力を漲らせて真っ直ぐに神を見据えた。
「今この時に、玉座に戻られた皇帝陛下の望みは、奈辺にありや」
単なるプログラムではありえない、ある種の覚悟の先にベクタ……スーパーアカウント04《暗黒神ベクタ》としてアンダーワールドにダイブしたガブリエル・ミラーは、戦場で出会った中でも数少ない《本物の兵士》を見た。
「血と恐怖。炎と破壊。死と悲鳴」
切削された金属のような硬質な声で紡がれた言葉が玉座の間に響いた瞬間、十候たちの表情が引き締まった。ガブリエルは十人の表情を順番に見やり、マントを翻して玉座から立ち上がった。その口から、あたかも本心であるように偽った征服欲に満ちた台詞がほぼ自動的に零れていく。
「余を天界より追い払った神どもの力溢れる西の地。その護りたる《大門》は今まさに崩れ落ちんとしている。故に余は戻って来た……我が威光をあまねく地上に知らしめるために。大門が崩れ落ちたその時こそ、人界は我ら闇の民のものとなるのだ!」
ガブリエルの演説に、同じくダイブしてきた三人の暗黒騎士は内心で舌を巻いていた。事情を知らなければ聞き入ってしまっても仕方のないその技術に素直に感心せざるを得ない。
「余が欲するのはただ一つ。時を同じくして彼の地に現れる《神の巫女》ただ一人! それ以外の人間どもは望むままに殺し、奪う事を許そう! 全ての闇の民が待ち望んだ――約束の時だ!!」
しん、と静まり返った空気。誰もが永遠に思えたそれを破ったのは、甲高く野蛮な鬨の声だった。
◇
オブシディア城最上階にある皇帝の居室。演説の後、開戦の準備を整える為に十人の諸侯たちは城を去り、ガブリエルと副長を務めるレオはテーブルを挟んで向き合って座っていた。ディオは部屋の片隅にあるシステム・コンソールで現実のクリッターに現状報告中で、ロッドは周囲の確認に出て行った。
『しかし、隊長にあんな才能があったなんて知りませんでしたよ』
『必要に応じたまでだ。レオも似たような事は出来るだろう?』
『やる機会があれば、ですな。この世界では機会は無さそうですが』
脱いだ兜を弄びながら、レオは頭を掻いた。アンダーワールドにダイブした三人とガブリエル自身を見れば、顔の造形については殆ど現実と変わらない。大槌と大盾の防御型の騎士となったレオの髪は現実の赤に近い赤銅色の短髪であり、ディオは現実では黒だがここでは深い青色で、男性にしては長い髪を後ろで纏めている。ロッドは現実そのままだ。
『報告終わりました』
『どうだった?』
『向こうはこちらのダイブを見届けて、メインコントロール・ルームに戻ったばかりだそうです。それで、《アリス》の身柄を確保した後の事ですが、ここまで連れてきてそのシステム・コンソールからメインコントロール・ルームへのイジェクション操作を行えばいいと。注意事項としては管理者権限によるリセットが出来ないので、この世界で死ねばアカウントを再使用する事は出来ないと』
『しばらく私達が前線に出る事はありませんが、留意はしておくべきでしょうな』
『ただ、《アリス》を発見し次第、全力で確保するために動いてもらう事になるぞ。それこそ最悪、このアカウントを失ってもだ』
二人が了解の意を返した事を確認して、ガブリエルはソファから腰を上げた。
その頃、一人周囲の確認に出たロッドは、人気のない廊下で一人の女を組み伏せていた。
「ぐっ……」
「いやさぁ……ここには俺ら以外誰も入るなって命令あったっしょ? しかもカミサマからの命令なわけ」
面倒な事になったなぁと、うんざりした表情を隠しもせずにロッドは女に問いかけていた。薄物を身に纏った女は、玉座の間で見たディー・アイ・エルと名乗った将軍の一人よりもロッドとしては『アリ』な美貌を持っていた。高く結い上げられたアッシュ・ブルーの髪から覗く顔はどことなくエキゾチックでありながら、北欧的な雰囲気も感じさせる。
そんな女が、最上位のアカウントである筈の《暗黒神ベクタ》からの命令を破って、このエリアに現れた。ロッドも大まかな概要については聞き及んでいるからこそ、この状況が面倒なものだと認識しているのだ。
アンダーワールドの人工フラクトライト達は基本的に、上位存在が定めた法や規則、命令に逆らう事は出来ない。その性質は、ラースがブレイクスルーを目指した限界点という奴である。様々な法や規則で縛られた人界側と、たった一つの法……《力で奪え》と言う物でしか縛られていないダークテリトリー側でも、その性質は変わらない。この女はそれを破った。
《アリス》という、その限界を突破した存在ではないという事は調べが付いている。ならばこの女は何だとロッドは思考を回した結果として、出した仮説は二つ。一つは殆どあり得ない可能性ではあるが、この女もアリスと同じ高みにごく最近至った人工フラクトライトであるという可能性。
もう一つは、《暗黒神ベクタ》がダークテリトリーを統べる絶対強者だと認識されていない、という可能性。ロッドとしてはこちらが本命である。それでも女以外に侵入者が居ない事から、ある程度上位者としての命令は通用しているのだろう。ならばこの女は自分がベクタより強いと思っているのか? それは否である。本当にそうならば既にこうしてロッドに、ベクタより下位である暗黒騎士に押さえつけられている時点で思考回路に矛盾が生じ、最悪自我が崩壊していてもおかしくはない。ならば彼女にとっての上位存在からの命令だろうか。
「で、アンタは命令されてきたのかい?」
「ちが、う……これは、私自身の意思だ……!」
女の声に偽るような物はないとロッドは感じた。長年、傭兵みたいな事でヤクザに食っていれば、人の心の機微など嫌でもわかるようになる。わからなければ体よく使い捨てられるのがオチであるからだ。そんな自身の感覚が『女の言葉は嘘ではない』と言う。
「アンタの上官は?」
「………………い、ない」
「へぇ、アンタ
感心したようなロッドの声に、女はギリっと食いしばった。わかりやすい奴、と苦笑するがそれではっきりした。女が神にまで弓引く理由はその上官にあり、今回の事は女の独断である。ほとんど人間と変わんねーじゃねーか情報更新されてませんけどォッ!? と叫びたくなった彼である。
「まぁ俺は、アンタが何を考えて総大将を殺しに来たかには興味がねぇのよ」
「な、らば、放せっ」
「あぁ、このまま尻尾巻いて去るんだったら放してやるよ。こっちも戦争前に戦力を減らすようなことはしたくねぇしな」
どうするよ、とロッドは女の腕の骨を砕かんばかりに力を籠める。彼の中でもかなり穏当な対応であるこの対応の理由としては、この女がどう足掻いても自分を殺すまでの能力が無いと判断した事と、こうして組み伏せて女の肢体を観察して得られた結果としてある結論に至ったからだ。
「俺はどっちでもいいんだぜ? アンタの
「き、さまぁっ」
「だからこの辺で、お互いに何もなかった事にしようや、って言ってんだよ」
怒りの形相で睨み付けてきた女の鼻先に、自分の鼻先が触れるほど顔を近づけたロッドが呟く。その目の奥にある感情は女にはわからなかったが、それでも彼のしている提案が偽りではないという事だけを教えてくれた。
「……何故だ」
「戦争がどれくらい長引くかは知らんが、俺らは目的の物だけ手に入れたらさっさとこの世界を去るのさ。その後の事に興味はねぇの」
だから好きにしな、と彼は手を放して立ち上がった。ゆっくりと身を起こす女に対して既に興味は失せたとばかりに、近くの扉を開けてちょうどあった食糧庫から、何本かワインをくすねている。
「……礼は言わんぞ」
「命賭けるんなら、愛した男に一言言ってから来なさいな。お前さんイイ女なんだしさ」
濃い褐色の肌でもわかるくらいに顔を赤くした女が走り去るのを見送って、ロッドはワインを一本開けてそのまま口を付けて飲む。意外といけるじゃねぇか、と呟きながら、隊長であるガブリエルに『強者である事を示す』話をどう報告したもんかと悩みながら。
◇
ストレアが野営地である、東の大門のある峡谷の手前のとば口を包むように広がる草原に到着したのは、戦争開始まで四日を切った頃だった。アリス達は二日前には既に到着しており、彼女はすぐに目的の天幕へと駆けこんだ。
「ストレア」
そこに居たのは天幕の中にあるベッドの一つを囲むようにいるシノン達、現実世界組だ。そのベッドには相変わらず意識の無いオーリが眠っており、見舞いに来ていたのだろうと分かる。
「皆に話さなきゃいけない事があったけど、揃ってるならちょうどいいや」
「話さなきゃいけない事?」
「特にシノンとキリト、アスナにとって大事な話」
真剣な眼をした彼女の言葉に疑問符を浮かべる三人だが、ただならぬ雰囲気を察して先を促す。
「この話は後でベルクーリ達にも伝えるけど、スーパーアカウントの《暗黒神ベクタ》がアンダーワールドで使用された」
「スーパーアカウントって……え、誰かが《STL》でそのアカウントを使ってダイブしたって事ですか?」
「全員、動揺は最小限にして聞いて……兄貴達が今現在いる場所が、何者かに襲撃された。兄貴達が居る部屋とは隔離に成功してて襲われる可能性は無いけど、一部の設備が掌握されてる」
「ま、まって、ストレアさん待って。何それ、なんでそんな話になってるのさ!?」
理解できないといった表情でユウキがストレアを見たが、ストレアはそれを手を翳して制する。
「最後まで聞いて。兄貴達の現実の身体が今すぐどうこう、って話じゃないから。それで、そいつらの狙いはアリスなんだ」
「……それって、アリスが菊岡達が言ってた人工フラクトライトの限界を突破した、最初のフラクトライトだから、か? でも、そいつらはどうやってアリスの情報を……」
「その辺は後回しにしましょう。とりあえず、私達……涼も安全は安全なのね?」
「そこは入念に確認した。ユイからの情報提供も受けて、襲撃者の装備じゃどうしても閉じられた隔壁は抜けないんだ。だからそれは問題ない」
ストレアの断言にアスナとキリトは安堵の息を吐き、ランとユウキ、リーファもそれは同じだ。シノンは何か考え込む仕草を取り、ユナは話に付いていけてない。それも当然の話であり、逆にこの状況で一番泰然としているシノンがおかしいのだが。流石
「それで? それが何でアンダーワールドへのダイブになるの?」
「今現在、アンダーワールドは外からの操作の殆どを受け付けない状態になってるんだ。だから相手は、この世界でアリスを確保する事にした」
「内部からも、アリス達のフラクトライトがあるライトキューブを排出する操作ができるのか……」
「うん。人界側のアカウントは軒並みロックされたから、相手はダークテリトリー側のスーパーアカウントを使って、この最終負荷実験の状況も利用して仕掛けてくるはず」
「だったら、アリスさんは後方……それこそ央都にまで下がってもらうの?」
アスナの問いかけにストレアは首を横に振る。
「そんな余裕は人界軍に存在しないよ。特にアリスの場合、実力的にもベルクーリが一目置くくらいの主力。抜けた穴を塞ぐのは容易じゃない」
「俺達でその穴を塞ぐことは?」
「難しい。それにキリト達には、敵側のスーパーアカウントを相手にしてもらう必要が出てきたからね」
「管理者権限で対抗しないといけないから、ね?」
「それにアバターとしての性能も、単純にスペックだけの比較だけど、勝てる可能性があるのは同じスーパーアカウントだけ。支配術なんかの全部の要素を駆使したら、キリトでも可能性はあると思うけど……」
「後は中身のプレイヤーの実力次第か……本職なら弱いって事はない、よな」
キリトの呟きに全員が頷いた。尋常な勝負であれば、キリト達も相手が本職と言えど後れを取る気は毛頭ない。しかしこれは戦争であり、状況は刻一刻と変わっていくものだ。それに相手の能力値が未知数である為に、迂闊な事は出来ない。
「だから、その辺りも含めた作戦会議をしたいんだ。ベルクーリ達には外云々の話は出来ないけど、少なくともベクタ降臨の事は伝えないといけない。相手の《神》に対してどう戦うかくらいは詰めておきたいからね」
「……あの、ストレアさん。アリスさんが相手の手に落ちたら、どうなるんですか?」
ランの問いかけにストレアは答えるかどうか、十秒ほど迷った。しかし、伝えない事で彼女達の心に迷いを生んでしまえば、負ける確率が上がってしまう。それはすなわち、永久に兄が戻ってこない可能性に繋がってしまう。その可能性だけはストレア自身も、シノンもランもユウキも認められるものではない。
そう自分の心に言い訳をして、ストレアは口を開いた。目の前の少年少女達には重すぎるであろう、事実を。
「アリスを手に入れようとして動いている所がアタシとユイの予想通りなら……
それからすぐに、総指揮を執るベルクーリとその副官であるファナティオ、各小隊を束ねた大隊を指揮する上位整合騎士が天幕に集められた。そしてその場で、ストレアは『カーディナルからの情報である』として、ダークテリトリーの神であるベクタの降臨を告げた。
「そ、それは、本当なの? ストレア」
「カーディナルからの情報で確度は高いし、無視できる内容じゃない」
「あぁ。ベクタの元で一つにまとまられれば、厄介どころの話じゃねぇからな」
ベルクーリの言葉にストレアも、他の上位騎士も頷いた。今までの情報であれば、ダークテリトリー軍の弱点は『意思統一が出来ていない、または遅い』という点が挙げられただろう。トップがそれぞれの勢力の長十名であるし、それぞれがそれぞれの利の為に動くからだ。それ故の無秩序さは厄介でもあるが、逆に言えば指揮系統が混乱するであろう隙も必ずあるという事だった。
それが一つの意志の元にまとまる事を考えれば、厄介さは跳ね上がる。質で勝っているとはいえ、それを押し潰す数の差を正しく運用された場合、人界軍の全滅という可能性は考えたくもない程に跳ね上がるのだから。
「ただ、それを聞いたとしても作戦は変更できねぇ。数で劣るオレ達は包囲されない、大門のある峡谷内で戦うしか残されてないからな」
ベルクーリの言う作戦とは、この戦争が決定した時点からずっと話し合ってきた物だ。東の大門がある峡谷は、戦場としては十分な広さはあるがそれでも数万の大軍が数千の敵を包囲できるような地形ではない。それを利用して相手の進行を遅らせる事に軍の大半は注力し、残りの戦力……主に多数の敵を攻撃可能な武装完全支配術を使用できる整合騎士で、相手の数を減らす。
次に問題なのは遠距離攻撃の対策で、弓などの物理攻撃に関しては盾などで対処が可能であるが術式はそうは行かない。ストレア達が握る情報によれば、ダークテリトリーの暗黒術師の数は約三千。人界軍の術師のざっと二十から三十倍近い数である。故にそれだけ相手の術は脅威であり、それだけ
「諸刃の剣ですが、私達の方で大規模術式を行使して空間神聖力を枯渇させるという方法を取るという話でしたね。カーディナル様は央都守護の為に騎士四名と共に央都に残りましたが、出陣の際にそれほどの規模での術式行使が可能な者が二人いると言っていました」
「一人はストレアの嬢ちゃん、そんでもう一人がアリスの嬢ちゃんだったな」
「わ、私、ですか?」
アリスが自分を指さすが、その表情は信じられないと言う物だ。彼女は確かに剣と術両方に高い適正を示し、その力量は整合騎士の中でも最上位だ。ただ、いつかの最高司祭のように百以上の素因を生成できるようになったストレアと比べると劣っていると考えていた。
「気付いてないだけで、アンタもそれくらいはもうできるでしょ。あれは結局、認識と発想の問題だし」
「でも、私がそれまでに会得できるかは別でしょう? ならストレアの方が確実という事じゃない」
「そう言う事じゃなくて……ベルクーリ、アタシとアリスが前線から抜けても大丈夫?」
その質問に少し考えて、ベルクーリは『問題ない』と返す。彼女達二人は人界軍の中枢戦力ではあるが、前線から抜けてもそれで瓦解するような事はあり得ない。他の整合騎士も居るし、何ならキリトやユージオも居るのだから。
「何か考えでもあるのかい?」
「あるというか、基本的に作戦通りだよ。ただ、アタシとアリスの二人で、本当に一帯の空間神聖力を根こそぎ使うだけ」
「ふむ……確かに一人より二人の方が力も精度も上がるし、二人なら息を合わせる事も難しくない、か」
「それに、雨縁に乗せてもらえれば空から術を撃てるからね。地面に立って使うよりは敵にも狙われない」
「行けるか? アリス」
ベルクーリの問いに、アリスは力強く頷いた。
ラスト辺りのネタは出来ているのにそこに進むまでが遠い悲しみ