流星の軌跡   作:Fiery

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大戦開始前はこれで終われ……終われ……


嵐の前は本当に静かなのだろうか

 

 

 闇の中。二本の光刃が煌めき、鎬を削り合う。光の刃が、飛び散る火花がお互いの姿を照らし出す。一人は自分……ガブリエル・ミラーであり、もう一人は光や火花が散っても尚、その顔は窺い知れない。

 

 斬り結ぶ。斬り結ぶ。本気で、全力で。目の前の存在の魂の輝きを見ようと。一年ほど前の戦いを、夢の中でガブリエルは反芻し続ける。この男の魂はどのようなものなのか、考え続ける。

 

 日本人のVRゲームプレイヤー達が持つ独特のメンタリティと言う物は、ガブリエルを深く魅了してやまないものだ。仮想世界に対して、所詮作り物であるという認識がどうしてもあるプレイヤーは、世界で見れば大多数だ。しかし日本人は、まるでそこがもう一つの現実であるように振る舞うプレイヤーが多く、皆がリアルな感情を惜しみなく振りまく。

 彼が日本人プレイヤーと会う事も多いVRゲームである《ガンゲイル・オンライン》をプレイするのはその辺りの理由もある。彼の中で格別であったのは、一年ほど前に戯れで参加したGGOの大会で自身を魅了した男。仮想世界において、()()()()を感じさせた男。

 

 首尾よくアリスを手に入れた後はあの男を探し出し、その魂を手に入れてもいい。

 

 彼だけではない。日本において二年間だけ発生した《リアル・バーチャル・ワールド》。開発者によりハッキングされ、本物の生と死が付与されたデスゲームを生き抜いた若者たち――…《生還者(サバイバー)》と呼ばれる者達の魂も、それも《攻略組(プログレッサーズ)》と呼ばれたトッププレイヤーの魂を、一人でも多く。

 その魂達を封入したライトキューブは、ガブリエルにとってどんな宝石よりも尊い輝きを放ってくれるだろう。世界中の大富豪が何億ドルの札束を積もうが、決して手に入れられない究極の輝きを放つそれらを自分だけが知る秘密の部屋に並べ、気ままに選んだ魂を好みの世界にロードして、如何様にでも望むままに楽しむ。

 

 あらゆる輝きに囲まれたその世界の中で、ガブリエルの長い探求の旅は始まりへと回帰できるのだ。

 

「それに比べて……」

 

 つい口に出た、不機嫌さが微かににじむ独り言に対して、彼の足元に居た女の身体が震えるのを感じた。それが彼の意識を今へと覚醒させる。

 今彼が居るのは、戦場となる人界の東の大門へと向かう大型戦車の中だ。二頭の恐竜のような怪物が引くそれの乗り心地は、意外と可もなく不可もなくといった風情であり、ガブリエルとして思う所は何もない。

 不機嫌さの原因は、出立の前日に『神としての力を見せた方が良いんじゃ?』とロッドから提案を受けた事に端を発する。ガブリエルはその事に文句を言うつもりはない。『力が全て』という唯一の法に則り動く者達を統べる為には避けては通れぬ道であったし、それが《アリス》を手に入れる確率を上げるものだと納得も出来た。問題は、その為に選んだ相手が弱く、その魂に対して満足できなかったという点。

 

 負ければ止めを刺した者に皇帝位をくれてやろう、という条件に名乗りを上げて彼に襲い掛かったのはオークを除いた亜人種の四人と、その陰に隠れて己の首を狙う暗殺者の五人。すべて剣の一振りで殺し、ガブリエルの心に去来したのは落胆であった。

 

 あのプレイヤーは、援護があったとはいえただ一人で私を追い詰めたというのに。

 

 そんな落胆の中、殺した五人の額より現れた虹色の光。かつて少女を……アリシア・クリンマーガンという、当時とても仲の良かった少女を殺害した時に見た、魂の雲。それを食らってはみたが、何か感じたとすれば暗殺者の男の魂が見せた、敗北者の末路くらいだろう。他は劣等感そのものか、それを覆い隠すための虚栄心しかなく、余りにも単調なものだった。

 やはり殺すのならば人型ユニットだ。そうガブリエルが結論付けた頃には、ダークテリトリー軍の中で彼に逆らおうと言う物は存在しなくなっていた。無傷で、しかも一振りずつで長の半数を殺して見せた絶対者を目の前にして、『力が全て』と魂に刻まれた者達が何か出来るはずもないのだから。そもそも商工ギルド頭領は戦闘力が低いためにどうにもならないが。

 

 ディー・アイ・エルの《暗黒術》であればできるかもしれない。しかし、ベクタは相手に先手を打たせた上でそれを上回り、屠った。十候の一人だけであっても、葬る為には長大な詠唱が必要になる暗黒術では同じ事は出来ない。

 そして彼女が動かなかったもう一つの理由は、ベクタが己の術の()()()()()()()()()()()ためだ。それが意味するのは、ディー・アイ・エルという魔女ではこの神に絶対勝てない事を示していた。

 

 オーク族の長リルピリンは動けなかった。人族の容姿をした神に思う所が無かったわけでは無く、神が言った言葉に魅力を感じなかったわけでもない。実際に彼も腰を上げようとして、その時に気付いてしまっただけだ。神が、自分達オーク族も人族もジャイアント族もオーガ族もゴブリン族すらも、()()()()()冷め切った目で見ていた事に。

 その目は、人族が自分達を醜いと蔑むものではなかった。自分達が、そこらに居る虫などを見るような、何の感情も籠っていない目だった。直後、リルピリンは膝を折った。神の持つ《虚無の目》に、自分が人へと抱いていた恨みが()()()()()()()ものだと言われたような気がして。

 

 イスカーンは神の強さを見て、下に付く価値がある事を認めた。一人一人相手をしたのであれば微妙であったが、亜人族の長が四体同時に襲い掛かり、その上暗殺者が隙を狙っていた。イスカーンであってもその包囲網を抜ける事は難しい。しかし神は無傷で五人を屠った。ならば、この神……暗黒神ベクタは自分より圧倒的に強いと認めざるを得ない。強さに純粋な彼だからこそ、それは絶対的な決定だった。

 

 シャスターも、その強さの前には膝をつくしかなかった。己が全身全霊を掛けたとしても、この神を討てる確信が全く得られなかったからだ。そして、部下がこの神に対して暗殺を行おうとして、神直属の暗黒騎士に止められた事が幸運だと思った。暗殺ギルド頭首のフ・ザが、四人の亜人族の長の影から神を狙ったのを、シャスターはその目で見ている。彼であっても四人に意識の全てを割かねばならないが、神は影に潜む暗殺者にまで意識を向けるほどの余裕があった。その結果が、暗殺は絶対に不可能だという証明に繋がった。

 しかし、自分には無理であろうとも、未だ希望はある。人界にはあの半神半人を討った者が、自分達が誰一人討つ事が叶わなかった整合騎士が居る。彼らならば、この邪悪なる神を討ち滅ぼして、より良き未来を……暗黒将軍はこの時に命を懸ける覚悟を決めた。

 

「……お目覚めになられましたか、陛下」

「あぁ……今はどの辺りだ?」

「先遣部隊が築いた本陣まで三時間、と言った所ですわ」

 

 ガブリエルに答えたのは、彼の足元にしどけなく寝そべる妙齢の美女。暗黒術師ギルド総長のディー・アイ・エルだ。ガブリエルは向かいに座っている副長のレオへと視線を向けると、彼からも頷きが返ってくる。

 

「再度確認だが、敵の戦力は?」

「監視用の虫を使って探らせた所、約六千」

「その中で特筆すべきなのが、整合騎士という話だったな」

 

 えぇ、とディーはガブリエルの足元へと擦り寄る。

 移動中の暇潰しとして、敵の戦力やこれまでの事について彼女に話をさせていた。東の大門が崩れる以前にも北・南・西より先遣隊を送った事はあるらしいが、その悉くを退けたのは整合騎士という存在。

 魔女の話ではダークテリトリーの強者が長い年月をかけても、誰一人欠けさせる事が出来なかった絶対者。その中でも上位整合騎士は《武装完全支配術》と言う物を使い、その強さはまさに一騎当千。ただ数が非常に少なく、合計で三十体ほどである彼らについては包囲殲滅できるのならば必ず倒せるとの事だった。

 

 ガブリエルにとっては倒せるのならば何の問題もない。あくまでダークテリトリー軍は《アリス》を確保するための手段であり道具で、確保さえすれば何の文句も無いのだ。最悪でも人界軍と相打ちになれば、後は自分が最高位として君臨し最初で最後の命令としてアリスという少女を連れてこい、と言うだけ。

 それに、戦力については多少だがテコ入れをしている。自らの副長であるレオを前線の歩兵ユニット……力を見せつける際に将軍ユニットを消耗したジャイアントとゴブリン二種の軍団を指揮させ、ロッドには暗殺者ギルドの人員を任せた。オーガについては後方に下げて弓兵として運用する為、自分の護衛に付けるディオへ。三人の能力は書面やオーシャン・タートル制圧時に見た限りでは、兵として最上級だろう。

 レオに至っては副長を任せられるほどに、将としての能力もある。正直、何故傭兵をしているのかわからない人物であり、この仕事に関わらなければガブリエル自ら会社に誘ってもおかしくなかった。

 

 ロッドについては彼自身が『指揮とか出来ませんぜ』と言っていたが、普段の振る舞いに似つかわしくない真面目さとゲリラ戦向きの思考は狙撃手として運用できる。試しに与えられた装備である弓の腕を確認したが、遥か向こうの的の真ん中に当て続けた腕は本物だ。

 

 最後に自分の護衛を任せたディオだが、現代の戦争ではほとんど使う事のないであろう二本の剣を手足のように扱って見せ、模擬戦と称して戦った暗黒騎士の将軍ユニットに勝利している。この三人の、アンダーワールド下での戦闘力についてはガブリエルにとって嬉しい誤算であった。

 

「それ以外では?」

「人界の統治機構である公理教会、その頂点に立つ最高司祭……不死者と言われた女ですが、どうやら奴は死んだようですので問題はないかと。今は代理を立てているようですけど、あの者より優れた術者は存在し得ませんわ。何せ、見た目は若くとも三百年以上生きていたようですし」

「そいつがそれほどまでに生きられた理由は?」

「残念ながら……」

 

 首を振る魔女を見ながら、ガブリエルも惜しいとは思った。話が本当であるのならば、三百年以上生きた魂と言う物がどんなものなのかを知れる機会であったというのに。

 

「その代理とやらは?」

「年若い少女ですわ。大方、整合騎士長か元老長が修道士の中から適当に見繕っただけかと思いますけど」

「前の最高司祭も見た目は若かったのだろう? その代理とやらも同じかもしれん」

「だとしても、幼女と言って良い見た目にする理由はありませんわ」

 

 それもそうか、とガブリエルは興味が失せたようにグラスを持ち、中に注がれたワインを一口含む。東の大門が崩れ去るまであと一日程度。自分達の現実の時間制限を考えれば、この戦争は一両日中に終わらせたいというのが彼の考えだ。今回のオーシャン・タートル襲撃作戦の猶予時間は二十四時間。アンダーワールドにダイブするまでに四時間以上費やしているので残りは二十時間を切っている。この世界の七日は大体、現実では十分から十五分程度だが、油断はできない。あの女性士官が一人で稼いだ二時間のロスは、相手に管理者権限を封じる時間を与えてしまった。隔壁に閉ざされて今は互いに何も出来ないとはいえ、ひょっとしたらの可能性は捨てきれない。故に迅速に作戦を完了させる必要があった。

 

「全ては明日になってから、か」

 

 風変わりな味わいのワインを飲み干して、ガブリエルは戦車の外を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 開戦の合図となる大門の崩壊まで残り一時間を切った。

 人界軍の総指揮官として立つベルクーリの元に、大門上空から飛竜にてダークテリトリー軍を偵察していたエルドリエがやってくる。

 

「どうだった?」

「敵の第一陣はゴブリンとオーク、そしてジャイアントの混成軍約一万五千。第二陣に拳闘士団五千と暗黒騎士団五千。三陣にオーガ弓兵七千と暗黒術師が三千。そしておそらくベクタが居るであろう最後方には、ゴブリンやオークの予備が一万ほどと輜重部隊らしきものが五千」

「文字通りの全兵力か……しかし、こっちの予想の範囲内でもあるな」

「ですが、改めて数の差を見れば些か不安にもなります」

「こっちの主力の十倍だしな。オレだって経験した事ねぇ差だ……恐れや不安を持たない奴なんていねぇさ」

 

 そう言いつつ、ベルクーリは布陣している人界守備軍を眺めた。

 第一陣は整合騎士団副長であるファナティオを指揮官として、攻撃範囲の広い支配術を持つ騎士が陣取っている。その後ろには人界守備軍の衛士達二千と、一陣最後方には自分から志願したユナが居る。第二陣に総指揮官であるベルクーリを筆頭に、央都に残した四名、北・南・西の守護に配置した二名ずつの計十名と、オーリの護衛をすると言って聞かないフィゼルとリネルを除いた残りの整合騎士及びユージオと、そして衛士四千。最後方にはメディナ達学生の志願兵を含めた輜重部隊五百と、その護衛及び相手側の神とその従者を相手にする別動隊としてキリト・アスナ・リーファ・シノン・ラン・ユウキの六人。ストレアとアリスは戦場上空にて既に大規模術式の用意を開始していた。

 

「……そういや、エルドリエ」

「何か?」

「いや、聞いてなかったと思ってよ。お前さんが未だに騎士で居る理由って奴を」

 

 本当に唐突な騎士長の言葉に、一等爵士であり騎士であるエルドリエも『今それ聞くの?』と言う表情になった。この騎士長はユージオの時も唐突に聞いてきたが、普段は恐ろしく忙しいので私事は後回しになりやすい。ファナティオと結婚した? あれは公務としてカーディナルとストレアが結婚式をでっち上げ、参加者が率先して動き、その期間の二人はいちゃつくのが仕事だと言わんばかりの物だったので問題はない。

 

「個人的な理由を言わせていただくならば、同じ一等爵家の者が命を懸けたのです。ならば私が逃げるわけにもいきません」

「しかし、お前を含めて全員に教会を恨む理由がある」

「確かに無いとは言えません。正直に言えば今も恨んでおります……私は母をあの忌まわしい黄金剣に変えられた」

 

 エルドリエの言葉は確かに彼のごく個人的なものであると同時に、似たような境遇の騎士全員の代弁でもある。自分の記憶は奪われ、大切な存在はその身を剣に変えられてもう二度と還ってこない。それを為した存在に操られていた時ならともかく、記憶を取り戻した彼らが今こうして人界のために戦ってくれる事が奇跡なのだ。

 

「なら、何でだ? 正直に言えば、オレぁお前達に首を狙われても仕方ねぇんだがな」

「教会に……正確には前最高司祭アドミニストレータに恨みはあれど、整合騎士としての使命を是としたからです」

「……あの時、()()()()()?」

「はい。《蒼》の光に包まれた私は、母と話せました。騎士デュソルバートは奥様と、騎士レンリは親友と話せたと」

 

 エルドリエは自分の胸に手を当て、目を閉じた。

 

「母は……母さんは恨み言一つ言わなかった。ただ、私の事を誇りに思うと言ってくれたのです。ならば私は、自分だけが恨みを晴らすなどと言う事は出来ない。そんな事をすれば、私は母が誇ったエルドリエではなくなってしまうので」

「そうか……」

「騎士長閣下はどうなのです?」

「オレか? 似たようなもんだし……長い年月やってた分、()()()()()()()()()事も思い知らされたがな」

 

 一瞬だけ、最古の整合騎士の表情が曇った。そこに込められた意味は、エルドリエと言えど察する事は出来ない。年季が違う。積み重ねた経験が違う。しかし、ベルクーリ・シンセシス・ワンという整合騎士も失ったのだという事だけわかる。だから、エルドリエは彼を恨んだり憎んだりすることはなかった。

 それに実力は間違いなく整合騎士団最強であるし、性格も好ましいとエルドリエは思っている。戦う者ゆえの冷徹さや厳しさはあれど、それは当然の物だ。総じて、エルドリエにとって騎士長は尊敬すべき先達である。嫌い、憎む方が難しい。

 

「それでもやらなきゃなんねぇ事があるって、年なんざ数百年も離れたガキに教えられちまった。年寄り使いの荒い、クソガキにな」

「騎士長から見たら人界の人々全員がクソガキでしょう。どれほどの期間整合騎士を務めていると思っているのです」

「こいつに勝って落ち着いたら辞めたいんだよな……」

「後継者もいないのに辞められるとお思いですか?」

「そこは自分に任せろとは言わねぇのかい? エルドリエ」

「言いたい所ですが、流石に騎士アリスや()()を知る身としては言えぬでしょう」

 

 そう言ってエルドリエは自身の居る第二陣に居る衛士達を眺め、目当ての顔を見つけた。白銀の鎧を纏ったユージオは緊張の面持ちで目を閉じていた。彼はベルクーリの元々の家名を継ぎ、この戦場に来る前に最高司祭代理直々に《騎士》の天職と、今着ている鎧を賜った。

 剣の腕も整合騎士と比べても遜色なく、北の警護に居た時は毎日のようにアリスと剣を合わせ、そしてゴブリンとオーガの混成隊相手に彼女と二人で立ち向かった。実戦経験という意味で言えば、ユージオはもう既に人界でも屈指の経験者だ。

 

「それとも、一番の理想は」

「実際にオレと戦って勝った奴はあいつだけだからな。オレに勝った奴が騎士長だと言ってた身としては、そう言う気持ちが無いわけじゃねぇ。でも流石に、外から来た嬢ちゃん達の様子を見れば引き留めるなんてのはな……」

 

 気丈に振る舞っていたシノンの顔と、兄に縋りつき泣いていたランとユウキの顔を思い出せば、彼に残ってくれなどと言えるベルクーリではない。その三人以外にも、外から来たというキリト達を見れば確かな絆がある事など一目瞭然だ。

 そして、そんな男が立つまでの間に、自分は思い悩むだけであった。そのツケがこの戦力差十倍の絶望的な戦争に()()()()()()()()()()()()という、鬼畜の所業。ベルクーリと言えども、キリトと同じように罵られ、殴られる覚悟でいた。

 

『キリトにも言ったけど、贖罪を本人以外に求めんな。兄貴は死んだわけじゃないし、絶対に起きる。それに、この戦いに皆を参加させたのは()()()だ。その責任を勝手に取るんじゃない』

 

 そんな思いを察したのか、ストレアがベルクーリを睨み付けながらそんな事を言った。四帝国や貴族達との交渉では器用で狡猾に立ち回るのに、こういう時の彼女は不器用で真っ直ぐだ。それだけ、家族や仲間に対しては特別な想いを抱いているのだろう。背負い込みすぎているようにも思うが、それで潰れずに自分の足で立っている彼女はやはり傑物だと、ベルクーリは思う。

 

(カーディナルが次期最高司祭に推すだけはある、か)

 

 剣や術の力量もそうだが、何よりもその精神性が好ましいのだと考える。調和を貴ぶ事も出来るが、その中でも民を導く事が出来る魅力を持ち、権謀術数にも通じる存在。絶対者であった前最高司祭アドミニストレータの次を……教会の権威を軟着陸させる事を任せるのならば確かに、最有力候補と言えるだろう。それに彼女であれば少なくとも、整合騎士団が文句をつける事はない。

 

「まぁそう言うわけだ。お前も狙っていけよエルドリエ」

「この戦いで生き残れた暁には、貴方に挑ませて頂きますよ。ベルクーリ閣下」

 

 

 

 

 

 

 天幕の中、キリトは親友が眠るベッドの横に座って、何をするわけでもなく上を見上げている。

 

「戦争が始まるな。オーリ」

 

 もうすぐ……後三十分程度で、アンダーワールドに人界とダークテリトリーが出来てからずっと二つの世界を隔ててきた大門が崩れ去る。菊岡や比嘉、ラースの技術者達が設定したスケジュールに則って、人工フラクトライト達を目的の物である《高適応性人工知能》にする為に。

 この世界で懸命に生きている命を犠牲にする悪魔の所業を止める術は、キリトには無い。変更修正不可能のスケジュールは、現実世界に居たとしても止める術などどこにもない。大勢の人が死ぬだろう未来は止められない事は、キリトにだってわかっている。アドミニストレータの手によって殺戮人形に作り変えられるか、自分の意志で戦い抗って死ぬかの違いならば、どちらの方がいいかという選択肢しかなかった。

 親友がその二つの中から選び取ったのは、自分の意志が介在するもの。それがこの世界にとって良かったのかどうかはまだわからないが、キリト自身もその未来を選択した。ユージオやアリス達が生きる世界に、未来が無いという事にしたくはなかったから。

 

 その代償が親友になるなんて、思いもしなかった。

 

「お前なら、もっと違う形に出来たのか?」

 

 意味のない問いを、返ってこないと分かりきっていて口に出した。この半年の間に思い知ったのは、多芸な親友の有り難さである。ストレアはその辺りの技能の薫陶を受けているので、守備軍の中では何でも出来る便利屋扱いされていた。

 有り難さ、と言うのはそのまま可能性だとキリトは思った。様々な選択肢を現実にする能力があり、選べるだけの判断力があるという事はそれだけ選べる未来が多いという事だ。親友なら恋人との未来に全力であろうが、それ以外の事柄には幅を持たせている事を知っている。

 『詩乃を路頭に迷わせる可能性は絶対殺す』とガチ百パーセントの顔と声で言っていた親友にドン引きしたのを思い出す。SAOの時にも発揮した異次元の要領の良さで、学校の課題とALOとGGOとその他ゲームに全力投球して嫁との時間を確保する姿はまさに修羅だった。それを呼吸するようにしているのだから、あの両親の教育は凄いのだろうと考えざる得ない。

 

 話はズレたが、それだけの選択肢の広さがあればもっと違う形でこの時を迎えられたのではないかと、キリトは思うのだ。自分に出来る事、出来ない事の選択は確かに必要であるが、出来る事を増やす事を怠るのも行けない。スキルのレベル上げと拡張のどっちを取るかという話で、自分も親友もポイントに上限のあるゲームであれば『どうしたもんか』と頭を悩ませる問題だが、現実の自分が獲得するのに必要なのは時間とモチベーション、そして学ぶ機会。

 それをしなかった自分が悪いと考えずにはいられない自身の性分に、キリトは苦笑する。親しい仲間には何度も苦言を呈され、親友にはその性分を心配されて何度もガス抜きという名の殴り合いになった。そんな得難い親友に命を懸けさせたのは己のせい……という考えは未だにある。

 

「なぁ、オーリ。この戦争で俺は、何ができる?」

 

 やるべき事は決まっている。この戦いに出てくるであろう敵のスーパーアカウントに対する戦力として運用されるから。《外》から来た相手に対してキリト達をぶつけるというのは、彼らが無用にこの世界の命を殺めないようにという気遣いでもあるのだろう。それについては受け入れる事が出来る。

 しかしそれだけでは足りないと、キリトの心が叫んでいた。自分が目の前の男と対等の親友であると胸を張るには、気を使われていてはダメなのだ。それが悪いとは言わないが少なくとも自分も相手を気遣い、貸しも借りも作り作られたりして、それでも笑っていられる関係でありたい。少なくともオーリとの間柄はそうでありたいとキリトは思っているからこそ、今の状況に胸を張る事が出来ない。

 

「来てくれた皆を守る。人界を、そこに生きる人々を……でも、ダークテリトリーに生きている相手も()()()()なんだったら、俺は……」

 

 斬れないと、キリトは思う。自分達と同じ魂を持つ相手を、斬りたくないと思ってしまう。アドミニストレータとの戦いは、相手が非道な未来を作り上げようとしていたから、それを止める為の責任感で剣を振るう事が出来た。

 しかし、今回の戦いは言ってしまえば人界とダークテリトリーの()()()()だ。自分の知る人は助けたいと思うが、自分にその権利があるのだろうかと考えてしまう。こんな自分にその資格があるのだろうかと。

 

「……そう考えると、いつもお前は強かったよな。ラフコフの時だって、結局俺はお前に頼って……GGOの時もビビった俺に発破をかけて……いつも、俺が潰れそうな時にお前が色々としてくれた。今度は俺がと思ったけど……こんな俺に、何が出来るかな?」

 

 自嘲する。支えられていたと自覚すればするほど、足元が覚束なくなる感覚がある。アスナにも、リーファにも、仲間達にも支えられているというのに、親友が居ないだけで悪い事ばかり考える。

 

 思い悩んでも、時間は止まってくれない。気が付けばもう、大門が崩れ去るまで十分を切っているだろうか。天幕の外が最後の準備で騒がしい。

 

「……もう行く。またな、オーリ」

 

 持ち場に戻ろうと、立ち上がった。直ぐにシノンも来るだろうと予想して、二人の邪魔はしたくないと眠る親友に背を向ける。

 

 キリト

 

「っ!?」

 

 親友の声で呼ばれた気がして、慌てて振り返る。そこで見たのは、眠る親友の傍らにあるさっきまで影も形も無かった、一本の蒼い剣。両刃の直剣であり、鍔元はエックスのような意匠でその中心には星形の飾りが彫られ、刀身の真ん中には白いラインが一本。星とラインの並びはまるで流星のようで。

 キリトがその剣を手に取れば、まるで吸いつくように手に馴染んだ。ギガスシダーの枝から削り出した黒い剣を手に取った時のような感覚であるが、それと違うのはこの剣からは恐ろしさを感じないという事。逆に自分を叱咤するような感覚が伝わってくる。

 

「……うじうじ悩むくらいなら、きっちり守って戦えってか?」

 

 厳しいな、と笑ってからその剣……名付けるとしたらオーリの二つ名から取って《流星の剣》とでもするかと考えたそれを背負う。腰に佩いていた黒い剣を見て、それも背負おうとしてふと閃く物があった。

 

「星と共にあるのなら……最後の最後になったけどお前の名前、やっと決めたぞ」

 

 

 

 行こう、《夜空の剣》

 

 

 

 己の剣と友の剣を背負い、英雄と呼ばれた少年は歩き出す。その足取りは迷いなく、しっかりと大地を踏みしめて、この世界での最後の戦いへと。

 

 

 

 




しのん「わ た し は ?」



さくしゃ:脱兎



すとれあ「いやまぁ、キリトで締めるかシノンで締めるか、直前まで迷ってたみたいだけど剣を渡すためにこっちになったという」
しのん「とりあえず作者処す? 処す?」
らん「わたしやユウは選択肢にも入ってないんですがそれは?」
すとれあ「アタシは知らないです」
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