流星の軌跡   作:Fiery

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百話までに終わる算段をつけつつも、どうなるかマジでわからない。


出会うのは運命か、絶望か

 

 

 

 異様な気配を感じたのは、小休止を終えて再び南下する部隊を追いかける為に移動を開始した時だった。ダークテリトリー軍の方から迫る気配に、キリトは思わずその方向を見た。同じように隣に居たベルクーリも振り向き、唸るように口を開いた。

 

「ありゃあ……拳闘士だな」

「拳闘士って言うと……武器を持たずに戦う奴か」

「あぁ。拳で殴れば傷がつくのに、剣で斬られる事は拒否する。しかも殴られりゃこっちの防具をぶっ壊すしな」

「何だその頭おかしいの……」

 

 裸一貫の殴り合いを要求してくる能力を聞いて、キリトの顔が引き攣った。斬られる事を拒否するとはどのくらいなのか尋ねれば、『鋼を斬るくらい』との返答があり、更にキリトの表情が渋くなった。

 

「ちなみに聞くけど、拳闘士相手に素手で渡り合えそうなのっているか?」

「居ると思うか? そもそも、拳闘士相手の対策としてシェータをこっちに入れたんだぞ」

「あぁ……何でも斬るとかいう」

「呼びましたか?」

 

 二人の間から何の気配も感じさせず、静かな女性の声が聞こえた。ぎょっとした二人が振り向けば、長身痩躯で濃い灰色の髪と、同じ色の鎧に身を包んだ女性騎士が立っていた。無表情で立つ、年の頃は二十前後の彼女がシェータ・シンセシス・トゥエルブ。今は亡き元老長に凍結処理を施されていた整合騎士の一人だ。その腰には神器《黒百合の剣》を佩き、その眼には何の意も帯びていない。

 そんな瞳が、遠くより迫る一団を捉えた。

 

「敵の先行隊……ですね」

「拳闘士の、な。シェータ、頼めるか?」

 

 ベルクーリの問いに、シェータは言葉なく頷いた。囮部隊に志願した際にそう割り当てられたのだから、今更彼女が言う事は何もない。

 ざ、と丘を駆け下りていくシェータを見送って、ベルクーリとキリトは部隊を追う為に走り出した。

 

「あの人、あまり騎士団の訓練には来なかった人だよな?」

「あぁ。ただそれには理由がある」

「理由?」

「カーディナル曰く、シェータはその心に《切断衝動》とでもいうべきものを抱えてるんだそうだ」

 

 切断衝動? と疑問符を浮かべるキリトに、ベルクーリは言葉を続けた。

 

「何でも斬りたがる……それは草木、建物、生物に至る全てが対象で……当然、人間も入る」

「マジか……なら、訓練にあまり来なかったって事は」

「『オレらが斬りたくなる』から来ないのさ。ただ、そう言う判断ができる事からわかるだろうが、あいつ自身は決してその性分を好んでいるわけじゃねぇ。だから、他人と極力関わらない」

「なるほどな……ん? なら、どんな仕事を割り当てたんだ? 流石に何もしていないって事は無いんだろ?」

「カセドラル外との交渉の際のストレアの護衛だ。万が一、斬りたくなっても止められるようにってな」

「……んんっ?」

 

 その言葉にキリトは違和感ではなく、()()()()を感じた。危険人物……とまでは言わないが、その兆候のある人物を手元において監視するというのは良くある話である。しかしそれは、監視する側が監視される側を上回る力を持つ場合だけである。

 それを考えた場合、ストレアに対して好意的な解釈をしたとしても、シェータとストレアは五分だろう。万が一の事態になった時にシェータを止めるのは文字通り、命懸けになるのは明白だ。

 

「……なぁベルクーリ。問題は起こらなかったんだよな?」

「……カーディナルが再封印を考えた程度の問題だ」

「大問題じゃないか!?」

「その後、シェータは衝動をある程度制御下に置く事が出来た。それが分かったからあいつは再封印されていない。ストレアは大目玉を食らったがな」

 

 当時を思い出したのか、ベルクーリが何とも言えない顔で溜息を吐いた。それだけでどのような問題が起こったのか、何となくだが想像がつく。

 おそらくストレアは、シェータの衝動が発生した際に自分を斬らせたのだろう。生きているという事は致命的な箇所ではなかったようだが、それでもカーディナルがシェータの再封印を考える程の事態に発展していた。キリト達の耳に入っていないという事は()()()()()なのだ。

 

「まぁ制御下に置けるようになったのもある程度だ。暴発の危険性はないわけじゃないってので、極力関りを減らしていたわけだな」

「それはわかったけど……その件はアリスとユージオには内緒だな」

「流石に今、ここで大喧嘩させるわけにはいかねぇしな……」

 

 二人は、知られてしまった場合のその光景を想像して、何とも言えない溜息を同時に吐いた。

 

 

 

 

 

 

 シェータ・シンセシス・トゥエルブは、自身を破綻者だと自覚している。この世に存在する、ありとあらゆるモノを斬る事にしか興味が無い。その性を心から楽しんでいるわけでは決してないが、対峙した瞬間に彼女の目には対象の切断面がはっきりと見えてしまう。そして、それが見えてしまえば実現せずにはいられない。

 そんな彼女の性を最初に見抜いたのは、前最高司祭アドミニストレータだった。アドミニストレータより賜った《黒百合の剣》はかつて、ダークテリトリーに於いて《鉄血の時代》と言われた、五族が血で血を洗う戦いを繰り返していた時代を終わらせた最大最後の合戦。闇の五族の殆どが相打ったその戦場に唯一残っていた黒百合が元になっている。

 シェータがそれを探し当てたのはアドミニストレータの命令であり、その時言われた言葉が心を捕らえて離さなかったからだ。

 

 

――…何だろうと斬れる、最高優先度の剣を作ってあげる。

 

 

 その一言に、彼女の中の忌まわしい性が反応した。

 命令を受け、単身で赴いた戦場跡は生物の気配の一切が無くなっていた場所であったが、それでも彼女は諦めなかった。三日三晩、探索し続けて見つけたのが件の黒百合であり、それから作られたのが、極細の刀身を持つ剣である《黒百合の剣》。

 それを賜った一年後、シェータは挑まれた立ち合いで整合騎士を斬殺し、自ら望んで長い眠りにつく。次に目覚めたのは百年以上後の事であり、アドミニストレータの死という話を聞いた時もシェータの心は揺れなかった。ただ、自分の目覚めに立ち会った少女の赤い眼が少しだけ気になった。

 

『もし何か斬りたくなった時、いの一番にアタシの所に来てくれないかな?』

 

 次に会った時の少女は、そんな事を言い出した。少女の()()の眼はシェータの性を見抜いた上で、そう言い放った。当然というかシェータは困惑し、何故かと言葉少なに問いかける。戦争に向けて組織される人界守備軍の、事実上の二番手である少女が『斬りたくなったら自分を斬りに来い』と言っているのだから、誰でも困惑する。逆に言えば、斬る事にしか興味を持たないはずのシェータが困惑するほどの衝撃を持った申し出だった。

 

 そこで終われば良かったのだが、運悪く少女が居る前で切断衝動が発症してしまう。

 

『切れ味の良すぎる物で斬られると痛くないとは言うけどさぁ』

 

 呆れたように切断された自分の腕をくっつける少女を見て、シェータは少女に対して恐れを抱いた。自身が言えた義理ではないが、狂っているとも思った。しかし、少女はその性を完全に制御している。

 

『貴女は……一体』

『人間じゃない事だけは確かだよ? ま、この世界だとあんまり関係ないけど』

『人間じゃないとは……?』

『お、そうやって誰かに興味を持つのは良い傾向かな』

 

 そう言って微笑む少女の姿は慈愛に満ちていたと、シェータは思う。自分が人ではないと言い、しかし人界の事を考えて行動する少女。親しい友人と談笑したかと思えば、皇帝や上級貴族達と苛烈に交渉する二面性。そして、自分に斬られても笑って流し、淡々とその痕跡を消す事。

 そんな事を繰り返し、その所業が最高司祭代理にバレた。連座で騎士長にもバレてシェータは二人に査問に掛けられたが、ここで彼女の衝動に関してまとめた資料が何故か少女から提出されて、最高司祭代理がその怒りを体に纏うほどに激怒した。

 

『お前は! もっと! 自分を! 大切にしろ!!』

 

 ご尤もな言い分だとシェータも思ったが、少女が怒られている原因は自分である為にどうしようもなかった。少女も申し訳なさそうに謝るが、それでも提出した資料の説明をする辺り反省の色が薄い。

 

 結果はシェータが参戦している事からも分かる通り、彼女が凍結封印などされる事はなかった。無罪放免とは行かない為に注意は受けたがその程度であり、『二人を引き合わせたわしの責任でもあるからな』と最高司祭代理は疲れ切った顔をしていた。ただし、少女には徹夜で説教していたが。

 

 そんな事を思い出しながら、シェータは迫りくる拳闘士団の先行部隊に目を向けた。彼女が囮部隊に志願した理由は、人界を守る使命に目覚めたとかそんな殊勝なものではない。ましてや自分の為にその身を斬らせた少女の為でもない。

 

『いつか、斬りたくないモノを見つけてね。シェータ。それが、貴女の中にある衝動と付き合う一番いい方法だと思うから』

 

 その約束に報いる事への近道だと思った。

 戦争に参加した事も、こうして囮部隊に志願した事も、斬る事が出来る場所でなら見つかると思ったから。

 

「……まぁ既に、貴女を斬りたくないとは思っているのですが」

 

 そう呟いて、シェータは無表情をほんのわずかに崩した。拳闘士団の先行部隊は更にその速度を上げている。瞬く間にやって来るだろうと思い、シェータ・シンセシス・トゥエルブは腰に佩いていた神器を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 シェータが拳闘士団を迎え撃つ頃、イーディス・シンセシス・テンは囮部隊の最前列を飛竜を駆り誘導していた。小休止をしていた丘から一キロルほど南下した所にある、低木が鬱蒼と茂る場所がある。その中に一本だけまっすぐ伸びる細い道に沿うように飛ぶ彼女は、その名前にある番号が示すように十番目にアドミニストレータによって作られた騎士だ。

 かつての彼女は普通の村娘であったが、足の悪い妹の治療の為に人界中を旅するほどに行動力に溢れてもいた。その旅の中で犯してしまった禁忌目録違反を発見され、公理教会へと連行の後に《シンセサイズの秘儀》にて整合騎士へと作り変えられた。

 百年以上騎士として生き、その時は訪れる。東方守護の任についていた彼女に突然蒼い光が舞い降り、それを浴びた瞬間に彼女は全てを思い出した。飛竜を駆り、最速でカセドラルへと帰還した彼女を待っていたのは騎士長のベルクーリと、妹のように思っていたアリスであり、二人より告げられた残酷な真実だった。

 

 最も大切なものを失っていた彼女に残った心の拠り所は、望んで与えられたものではなかった整合騎士という立場だった。妹は確かにこの世界で生きていたから、この世界を守ろうと言う思いだ。光を浴びた時に妹と話し、そのように考える事が出来なければ、イーディスという魂は砕け散っていたのかもしれない。

 そんな事をしでかした張本人の元に向かえば、死んでいないのが不思議なほどに衰弱して眠る少年が居た。それを嘆く家族も、友人も居た。イーディスにとっては、少年の妹だという双子の泣き声が一番堪えた。イーディスはもう妹と会えないとはいえ、最期に言葉を交わして笑える事が出来たから。

 

『記憶を取り戻してくれた事、最期に妹と話をさせてくれた事、感謝しているし恩として返すために戦うけれど、彼が起きたら家族や友達を泣かすなって怒るわ』

 

 そう彼女は決意した。その言葉に、恩人の家族や友人は大いに同意してくれた。

 また、戦争への準備の中で慶事と呼ぶべき事も多くあった。特筆すべきなのはベルクーリとファナティオが結婚した事だろうか。この時ばかりは最低限の仕事のみを行った後で、騎士団やキリト達もお祝いした。イーディスにとっては、いつも厳しい印象だったファナティオがとても柔らかく笑う事に驚いたが。

 

 後、何か出来事があったかと言えば、イ―ディスの妹分(と思っている)のアリスが幼馴染だったというユージオと二人きりで北の警備に長期間向かうと聞いた時、決闘騒ぎが起きたくらいだ。何だかんだでアリスも騎士団内では可愛がられていたし、騎士団外の人間とそうなる事は前代未聞だ。

 アリスから出立の報告を受け、『お姉ちゃん許しませんよ!』と早速ユージオと対話(物理)を行おうとすれば、愛する妹分から『そんな姉は必要ないです』と言われ、イーディスは泣いた。妹との最期の別れとは違う意味で大泣きした。

 ユージオの実力をイーディスは模擬戦でしか知らないが、それでも騎士団に居ても遜色ないものだとは知っている。直接剣も合わせているのだからその辺りは言い訳出来ない。それでも妹分が異性と二人きりと考えれば、よくわからない感情が沸き上がるのだ。その事をアスナに相談したら『わかる。よくわかる』と親身になってくれた。それをランに目撃され、『姉なるもの……!?』と言われたが、それに込められて意味はよくわかっていない。

 

 不謹慎であるが、この戦争の準備期間はイーディスにとって()()()()()と言えるだろう。騎士になってから娯楽が無かったとは言わないが、淡々と一日を過ごす日々が流れ、いつの間にか倦んでいたような感覚は確かに存在した。しかしこの半年を振り返れば、人界の存亡をかけた戦争の準備期間だというのに、楽しかったという感想が一番に出てきた。

 

 そんな事を考え、口元が綻ぶ。ただ、その綻びはすぐに真一文字に結ばれた。

 

「……何の音?」

 

 彼女の耳に届いたのは鋭く風を切る音。自身の遥か頭上から響いてくる音に、イーディスは思わず顔を上げた。太陽が沈み、一面が暗黒の空にいる《何か》を探る様に音が響く方向へと視線を滑らせる。だからこそ、自分に向かって飛来する矢に気付けた。

 

「ッ!?」

 

 即座に自身の神器である《闇斬剣》を抜き放って矢を斬り捨て、飛んできた方向を睨み付ける。そこには、暗黒の夜空に溶け込むように飛ぶ闇色の飛竜と、その背に立って弓を構える全身漆黒の鎧を纏った人型。

 

 ゾクリ、とイーディスの背中を悪寒が走った。

 

 飛ぶ飛竜の上という不安定な足場。行軍に合わせて速度を落としているとはいえ、飛竜に乗っているイーディスを自身はそれを追い越す速度で飛ぶ飛竜に乗りながら、正確に頭を狙ってきた。彼女と同じ整合騎士であるデュソルバートでも出来るかどうかわからないその技に、弾いた矢の威力に、彼女の本能が戦慄を覚えたのだ。

 

「あれが言ってたヤバい奴かな……?」

 

 そう感じられる相手は自ずと限られてくる。騎士に成り立ての頃に戦った暗黒騎士は確かに恐ろしかったが、今では自分の方が強いと断言できる。暗黒将軍が出てきたとしても互角だろう。そんな自身への評価を元に、戦慄するほどの相手と言えばそれこそ暗黒神ベクタとその側近くらいしか、イーディスには思いつかない。

 そんな側近が現れた理由はただ一つしかない。ベクタが全軍を差し向けるほどに求めているアリスだ。彼女の確保か、難しいのなら行軍の足止めをするために現れた。そう考えるのが妥当であり、あながち的外れでもないと誰もが思う。

 当然イーディスもそう考えて、相棒たる飛竜に指示を出す。それは非常にシンプルなものだった。

 

「《闇飛(ヤミトビ)》、あの飛竜に追いついて。乗ってる奴はあたしが斬る」

 

 飛竜は一つ嘶くと、主人が望むままに速度を上げる。

 

 イーディスの判断は正しい。彼女が知り、収集できた情報を考えれば弓を携えた暗黒騎士を抑えるのは正答の一つだろう。相手を追いかけながら、高速で飛来する矢を躱すか叩き落とし、相手に剣の間合いまで接近するという事は難事だが、彼女なら出来る可能性がある。

 故に、相手の本命に気付くのが遅れた。弓騎士へと向かって速度を上げたタイミングで別の風切音が彼女の背後で響いた。

 

「な――」

 

 飛来する矢を叩き落としながら思わず後ろを振り返る。そこには、もう一体の闇色の飛竜が部隊に向かって高速で降下していく所。しまったと思った時にはもう遅く、闇色の飛竜の口から吐き出された熱線が部隊の行く手を阻むように低木ごと大地を薙ぎ払った。

 舌打ちして、そちらの方に回ろうとすれば弓騎士の一矢がイーディスを牽制する。動き出そうとする絶妙なタイミングで放たれる矢が、彼女に救援という行動を許さない。

 

 イーディスに与えられた選択肢は一つだけ。この弓騎士を迅速に排し、返す刃でもう一体を撃破する。

 

「上等!」

 

 主の気合に同調し、闇飛が大きく嘶きその翼を広げた。

 

 

 

 

 

 

 行軍していた部隊の前に、一人の黒騎士が立っている。彼らの前進を遮るように熱線を吐いた飛竜に乗っていた暗黒騎士その人であり、その腰には左右に一本ずつ禍々しいオーラを放つ長剣を佩いている。

 その姿を確認した瞬間、先頭に居た衛士達は己の全身が粟立つのを感じた。ただ腕を組み、仁王立ちをしているだけの暗黒騎士に対して、衛士達の本能がけたたましい警報音を鳴らしているのだ。

 

「……ふむ。先頭にはいないか」

 

 暗黒騎士の呟きが、衛士達の耳にやけにはっきり聞こえた。ダークテリトリー軍の狙いが整合騎士アリスであるという事は、既に部隊には周知されている。だからこそ、この暗黒騎士の言葉はアリスが居ない事に対してのものだと理解できた。理解したために、衛士達は弾かれたようにそれぞれの武器を抜き放ち、構えたのだ。

 

「――…諸君らの使命、矜持。理解しているつもりだが、敢えて言おう。振るえば死ぬぞ?

 

 シャリン、という場とオーラに似つかわしくない涼やかな鞘走りの音を響かせて、騎士が二本の剣を抜き放つ。闇を凝縮したような刀身は光を跳ね返さず、禍々しいオーラも相まって命を吸い取るような不吉さを孕んでいた。

 

 暗黒騎士が一歩前に出る。それだけで、衛士達へと圧し掛かる重圧が増したような気がした。その上、二刀の暗黒騎士が乗ってきた飛竜が周りの低木をその熱線で焼いていく。低木が焼け、炎が上がる。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 進軍していた道の両横から上がる炎に、衛士達が感じていた恐怖が振り切れた。一人が叫び、狂ったように剣を振り上げて暗黒騎士へと駆けだす。それを切欠にして、次から次へと衛士達が騎士へと殺到した。

 横への退路を封じられ、退く事が出来なければ前に出るしかないのはわかりきっている。しかしその前には、彼らにとっては死そのものと言って良いほどの力を持った存在が居て、それでも衛士達は騎士へ向かって行った。現実世界の人間でも容易ではない選択を選び取った彼らに、二刀の暗黒騎士は敬意を示す。

 

 闇色の剣閃が幾重にも走り、向かって行った衛士達が全て暗黒騎士を()()()()()。剣を振り下ろすわけでもなく、体当たりをするわけでもなく、すり抜けていった。その異常な事態に、出遅れた衛士達の視線が釘付けになる。

 

 次の瞬間、駆けていった衛士達が全て、縦に真っ二つになって崩れ落ちる。

 

 それだけならばまだ、良い。目の前の暗黒騎士が恐ろしく強いというだけで、話が終わるからだ。しかし、それだけで話は終わらない。変化は、斬られた衛士達が崩れ落ちた瞬間から始まった。

 通常、アンダーワールドで死んだ者達は死体を残さず、光となって消滅する。その際に幾らかの生命力と言う物を空間リソースとして放出するのだが、騎士に斬られて死んだ者達は違った。その死体がドス黒い結晶と化したのだ。それだけでも異常であるのに、更にその結晶はまるで生きているかのように一つに固まり、胎動し、十数秒後にはその結晶がまるで卵の殻のようにひび割れて砕け散り――…醜悪な姿をした化物が、生れ落ちる。

 

 形は人型だ。しかし、人よりもはるかに大きく、ジャイアント族と同程度の巨体を持ち、全体的に赤黒い色をしている。皮はなく、顔も全身も筋肉と血管が剥き出しになり、脈動している。サバイバルホラーゲームに出てくる不死身の怪物のようなその姿は、耐性の無い人界人たちにとっては余りにも悍ましいものであった。

 

 二刀の暗黒騎士……ダークテリトリーハイアカウント04-2《暗黒剣士プルート》の特殊能力は、殺した相手の数に応じた《眷属》を召喚するものである。一定時間内に殺した人数が多いほどに呼び出せる眷属は強力なものとなる為に、こういう集団戦では重宝する。

 戦争開始直後に使用しなかった理由は、召喚できる眷属の数が一体であるのと、召喚した眷属は基本的に召喚者である暗黒剣士以外を敵味方関係なく攻撃するためだ。自分以外の味方が近くにいれば普通に巻き込む為に、集団同士のぶつかり合いでは使えなかっただけである。

 ガブリエル達は別にダークテリトリー軍がどうなろうと関係はないが、アリスを手に入れる為のリソースを無駄にしたいわけでもない。だからこそ今の状況は、彼にとってもやりやすい。

 

 悍ましき巨人が吼える。爆音のような咆哮は衛士達のみを竦ませ、踏み出した足は大地を揺らす。

 

「真っ直ぐ、お前が死ぬまで踏みつぶして進め」

 

 冷酷な命令を実行すべく、巨人が衛士達へと駆け出した。

 

 

 

 




すとれあ「ふつーに挟み撃ち気味でヤバすぎる件」
ありす「呑気に言ってる場合じゃないでしょ!?」
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