流星の軌跡   作:Fiery

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あつい しぬ


暗黒騎士を討て

 

 

 

 目の前にあるのは、絶望だろうか。

 近づいてくる悍ましき悪魔の巨人を前に震えが止まらず、それ以外の動きが出来なくなってしまったかのように動かない体。低木地帯の細い道を行くために縦長の隊列を組んだ部隊の中ほどにて、馬車の護衛に立っていたロニエとティーゼは周りも同じようになっている事に気付かない程に、その巨人から目が離せなかった。

 

 目を離せば、死ぬ。

 

 そんな考えが脳裏を過ってしまって、動く事が出来ない。前方の踏みつぶされる衛士の叫びも、巨人が踏み込む地鳴りも聞こえているというのに、身体が動いてくれない程の圧倒的な恐怖。峡谷でのぶつかり合いでは、衛士達は戦えていた。ユナの後押しを受け、彼女に守られていたから。

 それが悪だというわけでは決してない。守られてたと言えど、攻撃を食らえば衛士達も痛みを感じていた。恐怖もあるし、怯みもする。ただ、死ぬようなことがなかっただけ。

 

 その死が、目の前にやって来た。わかりやすく巨大で、悍ましく、恐怖を煽るような形をして現れた。だからこそ二人は動けなくなった。彼女達が携えていたはずの覚悟を、巨人は超えてきたのだから。

 

「動けないなら護衛の意味無いんですけど」

 

 そんな声と共に、馬車から二つの影が飛び出した。

 飛び出したのは馬車で眠っているオーリの護衛であるリネルとフィゼル。言葉を投げかけたのはリネルで、二人は投げかけた言葉すら気にせずそのまま巨人へと駆けていく。守ると決めた人がいる場所に脅威が近づいているのだから、二人が動かない理由は存在しない。

 二人は全く同時に、後ろ腰に差していた短剣を抜き放つ。《縛鎖(ばくさ)の短剣》と名付けられたそれは、カセドラル戦の際にオーリが牢屋の鎖を変じた短剣をカーディナルが強化改修した物だ。話を聞いたストレアが持ち込んだ材料によって優先度(プライオリティ)を上げた二本の短剣は、核となる鎖が経た年数も相まって神器に伍する業物となった。

 番号を冠してはいるものの、整合騎士見習いであるリネルとフィゼルにとっては念願の武器であったが、手に入れた際に二人の中に浮かんだ感慨は驚くほど小さかった。二人の裡に浮かんだのは、ようやく守る為の出発点に立ったのだという思い。

 

 短剣を手に入れてから二人は、護衛をこなす傍らでそれを扱う術の習熟に腐心した。殺し方は誰にも負けない自信があったが、それだけで守れるなどという妄想は抱かない。そもそもからして、オーリには気づかれて仕留める事が出来なかったのだ。彼が馬鹿みたいに二人とぶつかり合ってくれなければ、あの時の勝敗は一方的なものになっていただろう。

 だから、殺し方以外も磨く必要があった。少なくとも直近で二人に必要なのは、短剣を用いた戦い方だ。立ち回りなど覚えなければいけない事は様々にあったが、幸いと言って良いのか整合騎士だらけの環境では、周りの訓練を観察していれば大半は補う事が出来た。

 

 それでもどうにもならない部分は、模擬戦を頼み込んだ。ベルクーリやファナティオ、アリスやイーディスにエルドリエ。堅物であるデュソルバートにも頭を下げて回ったのだ。整合騎士団の中でも経緯が特異で扱い辛いと思われていた二人のその態度に、元々そこまでの隔意を抱いていたわけでは無い彼らは暇を見ては立ち合いをしてくれるようになった。ちなみにシェータは衝動の関係があるので丁寧に謝絶していた。

 そこに外から来た組が加わると、二人に指導したのは意外にもユウキだ。元々彼女は感覚派の天才肌であるが、義父と兄の薫陶を受ける時には『何故そうなるのか』『何故こう動いたのか』という自身を客観視した分析を求められていた。

 分析などはランの方が得意ではあるが、ユウキも彼女と並んで地頭は良い。ゲームをする中で姉妹の役割分担をした結果がそうだったというだけであり、習慣付けてしまえば感覚派の彼女の動きに理論の裏付けが出来る。次は自身の感覚と理論のすり合わせだが、これは似たタイプである兄を観察し、すぐにものにしていた。

 

 何が言いたいかと言えば、ユウキは意外と教える事が上手い。リネルとフィゼルが模擬戦をしている様子を観察し、感じた違和感を分析し、わかりやすくそれを伝える事が出来る。そもそもの短剣術の基礎に関してはユウキも心得があった為にそれを伝えてある。

 

 事ある毎に『お兄ちゃんに習ったからね』と自慢してきた彼女と二人が度々喧嘩をしていたのは割愛する。それを見学していたランが呆れていたのは言うまでもなく。

 

「嫌な事思い出した」

「言ってる場合じゃないですよ、ゼル」

「わかってるって!」

 

 リネルとフィゼルの歪な成長は、ある程度正された。あくまで肉体を使う戦闘術という面においてだけだが、それでも変化は劇的であり、進化と言っても過言ではない程の向上を見せた。術に関しては《武装完全支配術》()()を十全に扱える。それはカーディナルに術式を聞いたわけでもなく、自身で想起したものでも無い。この短剣を授けてくれた人が()()()()()()ものだから。

 

「「エンハンス・アーマメント!」」

 

 立ち竦む衛士達の隙間を縫い、巨人の元へと駆けながら式句を詠唱する。二人の握る短剣が蒼い輝きを帯びて、リネルが巨人の前で疾走を止め、フィゼルが巨人を追いぬいて、同時に大地へと短剣を突き立てる。

 突き立てられた短剣を中心に発生する魔法陣。大きな一つの魔法陣の外縁を三つの小さな魔法陣が周回する。次の瞬間に、その小さな魔法陣より成人男性の腕ほどもある巨大な鎖が魔法陣一つにつき一本。合計六本のそれが巨人の首に、両腕に、両脚に、胴体へと絡みつく。

 

『グオォォォォォォォォォッ!?』

 

 肉を締め付ける音と鎖が擦れる金属音が響き、巨人の咆哮に苦悶の色が混じった。人を容易く握りつぶす膂力をもってしても、二人の鎖が千切れる様子はない。

 

 それは二人にとって()()()()だ。

 

 この短剣は、彼女達が至天と断ずる星より貰ったものである。最高司祭(アドミニストレータ)その代理(カーディナル)も、その力は認めていても二人にとっては至天に非ず。あの時優しく抱き止め、自分達の心を救い上げてくれた(ヒト)こそ、彼女達が無条件に信を預ける存在だ。

 その信は強固であり、強靭であり、そして不屈である。ともすれば狂信者と言われても否定しようがないほどに。

 

 だからこそ、()()()()にこの鎖を引き千切る事は不可能だ。この鎖を斬りたいというのならば、それこそ術者である二人を狙うしかない。神速の踏み込みでフィゼルへと近づき、その首を刎ねるべく二刀を振るわんとする暗黒剣士のように。

 

 その二刀を阻むように、二閃が煌めく。

 

「ギリギリだね!」

「大丈夫!? えっと……」

「フィゼルだってば」

 

 闇の二剣を、白銀の細剣と一刀が受け止めた。受け止めたのはアスナとリーファの二人で、フィゼルの方は二人が受け止める事を知っていたかのように涼しい顔をしているが、巨人を抑えるために全神経を支配術に集中している。十全に扱えるとは言え、それは術の制御に全神経を注げばの話であるために攻撃されればそのままお陀仏になっていた。

 だからと言って、リネルとフィゼルには支配術しか選択肢はなかった。得体の知れない巨人を相手に一撃死を狙うには、二人はまだ未熟だ。通常のジャイアント族であれば二人の連携で一体程度は瞬殺できる。しかし迫る巨人を見た際に『瞬殺は不可能』であると確信した二人は、これ以上守りたい人に近づけさせない為に術の使用を選択した。

 その判断を下した理由は単純にシノン達の存在があればこそだ。二人はこの半年の間でシノン達を信用するに至っている。これはユウキやランと交流を持った結果である事もそうだが、それぞれのスタンスを理解したからという事が大きい。

 

 シノンは、二人が最初に見た時から印象は変わらない。オーリを第一に考え、その次に家族や仲間達が来ている。アンダーワールドに対してはまったくもって頓着しておらず、そこに住む《フラクトライト》達に対しても同様だ。関わりが出来たアリスやユージオ、ベルクーリら整合騎士やメディナ達には多少情があり、その意思を尊重している節があるがそれは家族であるストレアから『オーリが彼らを守る為に戦った』と聞いて、オーリの意思を尊重しているからに過ぎない。

 

 ランとユウキは、シノンより幾分かマイルドである。優先順位は似たようなものだが、《フラクトライト》達を人間と認めて接し、仲が良い相手もいる。特にユウキはリネルとフィゼル相手に煽ったり喧嘩したりと、中々にアンダーワールドをエンジョイしていると言って良い。ランもランで、この世界独自の料理やお菓子などに目を輝かせる程度には楽しんでいた。

 

 リーファはアンダーワールドに来た時一番戸惑っていたが、この世界に生きる人々と関わっていく内に思う事が色々とあったらしく、アンダーワールド全体の事についてカーディナルやストレアと話す事が多くなった。基本的には兄であるキリトの考えに沿って、この世界を守りたいと思っているし《フラクトライト》達も人間だと思っている。

 

 アスナとユナはSAOを経験したからこそ、アンダーワールドに対する思い入れと言うものは強い。あの世界をより昇華した、異世界とも言うべきこの世界に何かしらの意味を求めていると言ってもいい。故にオーリを救う事を命題としているが、その過程でアンダーワールドや《フラクトライト》達を犠牲にするという事を極力避けている。

 

 だからこそ、というのはアレであるが、リネルとフィゼルは六人の立ち位置を理解し、信用したのだ。敵の襲撃があった場合、動けるのなら必ず六人は動くと。

 

「フィゼルちゃん、そっちは任せる!」

 

 鍔迫り合いを演じながら、アスナは問いかけた。その声に余裕は一切なく、リーファの表情にも余裕は一切ない。二人同時に相手をしながらも一切力負けしていない暗黒剣士を見れば理解できるだろう。《創世神ステイシア(スーパーアカウント01)》と《創世の騎士(ハイアカウント01-1)》を相手に一歩も引かぬ時点で、相手の力量は常軌を逸していた。

 アスナとリーファのコンビならば、通常のALO等であれば二刀流のキリト相手でも高確率で勝ちを拾う事が出来る。そもそもキリト達の中で最強の力量を持つユウキですら、二対一となればその勝率を大きく下げることから、連携と言う物が持つ力は無視し得ぬほどに大きい。

 

 そんな二人であっても、この暗黒剣士は難敵であると感じられた。感じた力量は二人が知る最強にすら匹敵する上に、感じ取れた相手の完成度が最強以上のものであったからだ。模擬戦の時の整合騎士達とも違う、年月の長さだけではない()()()の重厚さ。正面から打ち崩すのは困難であると、アスナは即座に判断した。

 

 故にフィゼルの返答を待たずに動く。アカウントの権限である地形操作を、負担がかからない程度に使用。暗黒剣士の片足部分を少々隆起させ、重心が僅かに崩れたタイミングで剣を弾いて構え、自身の細剣に光を灯す。

 単純な剣術であれば目の前の敵に対して勝ち目は薄い。しかし、ユナを除いてアスナ達は《武装完全支配術》を編み出す事が出来なかった為にそれを使う事も出来ない。ならば何を使うかと言えば、目の前の相手がほとんど知らぬであろう力……SAOやALO仕込みの《ソードスキル》だ。

 アスナが使うのは細剣ソードスキルの五連技《ニュートロン》。技の出が最速であり、その技自体の速さも高位の五連突きが放たれる。それに対して暗黒剣士は冷静に――…しかし、確実に意識を割いた。

 

「せぇぇぇぇぇいっ!」

 

 その隙を逃すリーファではなく、自身が受け止めていた方の剣を弾いてさらに相手の姿勢を崩す。たまらず、と言った体で暗黒剣士はアスナの突きを受けながら後ろに跳んで後退するが、その前にリーファの長刀が光を帯びている。

 ゴッ、という音が果たして踏み込みの音なのか、攻撃を繰り出した音なのかわからないが、確実なのは敵へとリーファのソードスキル《ヴォーパル・ストライク》が放たれた事だ。後ろに跳んだ事により広がった距離を潰し、剛撃が一直線に敵剣士へと向かう。

 

 直撃の直前、恐るべき速さで暗黒剣士は自身の二刀を交差させた。そうやって直撃を防いで更に、未だ空中に居る為に()()()()()()()()自身へのダメージとなる衝撃を殺し、吹き飛ばされる事を許容した。

 

「厄介……ッ!」

 

 その判断はアスナにとって厄介だ。ここで仕留められるとは思っていなかったが、ある程度のダメージは残せるはずだった。距離を取れた……この低木地帯の出口を超えた辺りまで飛ばせた事は不幸中の幸いと言えばそうかもしれないが。

 

「このまま追いかけるわ。リーファちゃん」

「わかりました。でも巨人は?」

「それなら」

 

 アスナが言い終える前に、突然巨人の首が転がった。唐突な状況に周りが『え?』と声を上げるが、アスナとリーファ、それにリネルとフィゼルはそれをやった人物をしっかりと視界に捉えている。

 

 そこには、ランの操る飛行する杖に乗り、剣を振り抜いた姿勢のユウキが居た。

 

 

 

 

 

 

 ユウキが、高速で飛行するランが操る杖の上で戦うというのは初めてではない。

 最初にこの方法を試したのは、アンダーワールドでの生活が落ち着いた辺りで自分達のアバターの性能を洗い出していた時だった。

 

『姉ちゃんの杖って飛べるの?』

『みたいだね。飛んでる間は杖の天命……耐久度を消費するし、わたしが乗ってないとだめらしいけど』

『誰か後ろに乗っけて空中戦! って無理なのかな?』

『じゃあユウ。やってみよっか』

『何でそこでボクなのかなぁ!?』

 

 軽いノリであるが、ランとしても嫌がらせでは決してない。

 まず第一に空中戦を行う航空戦力として運用する場合、射程距離がある攻撃方法を持っている事が前提である。ランが杖を使用せねば飛べない為、ランが術を使用すればいいと思うかもしれないが、杖の操縦に集中しなければならない場合というのは必ずあるだろう。その場合、同乗者に攻撃を任せる事になるので同乗者にも射程距離のある攻撃方法を所持してもらわねばならないし、それは術以外が望ましい。

 次に同乗者に飛行能力が()()()。航空戦力が貴重なアンダーワールドにおいて、飛べる戦力を別の飛べる戦力に乗せる意味はない。飛行能力の無い者の中から同乗者を選ぶのが当然である。

 最後に、操縦者であるランとの相性問題。彼女とある程度意思疎通……僅かな仕草や合図などで察する事が出来れば尚良い……が出来る事。これらを総合的に判断した場合、最も適役なのはユウキなだけの話だ。

 第一の条件の時点で、外から来た仲間はシノンとユウキ以外全員弾かれる。アンダーワールド人を含めても大体が弾かれるだろう。第二の条件でシノンと、飛竜を持つ整合騎士は弾かれる。そして最後の条件であるが、残った候補の中のアンダーワールド人でそこまで深い仲となった相手はいないし、その点で言えばユウキがぶっちぎりである。兄が万全ならばランは兄を逆指名していた事は想像に難くないが。

 

 そう言うわけで暇を見て双子は、杖による空中戦の訓練を始めた。ランは基本的に杖に横座りする形で搭乗するが、ユウキは剣を振る為に杖の上に立つ必要が出てくる。持ち前のバランス感覚で立つ分には何とかなるが、その上で剣を振るのはまったく勝手が違う。

 それに空中戦と言うからには止まる事は殆どない。不安定でありいつ方向転換するかも考えながらであれば、立つ事も困難だ。ユウキも落ちても問題ない高度で訓練していたとは言え、最初は何度も落ちた。義父(チート)の指導によって現実で受け身の取り方を会得していなければ、大怪我は必至だっただろう。

 それでもここはアンダーワールドだ。ペインアブソーバーなんて言うものはない為、落ちれば当然痛い。ランも、ユウキが数回落ちた後に『止めようか?』と心配になって聞いたが、ユウキはそれを拒否した。

 

 やれる事(手札)は多い方がいいというのが、彼女が敬愛する兄から教わった事だ。

 

 双子の姉であるランが自身をパートナーに選んだ理由は、ユウキも理解している。そして、姉が自分に出来ない事を決して頼まない事も知っている。ユウキ自身もこれが出来ないとは思わないから、出来る事なのだと信じている。

 ただ、彼女の内で何処かしっくりと来ない感覚が渦巻いていた。単にバランスを取るだけでは崩れてしまう。訓練での挙動はハッキリ言って本気ではないのに、バランスを取れないのだ。やった事が無いから戸惑っているのだと最初は考えたが、結局それは違っていた。

 

『武器に乗るって……オーリみたいな事を自発的にやってるのか? マジで?』

 

 ある日の雑談で言われたキリトの言葉で、ユウキの脳裏に明確なイメージが浮かんできた。

 

『……あ、武器とか状況違うけどこれ、お兄ちゃんの刃乗りじゃん』

 

 ボスが振るってきた武器に乗るという事は、やろうと思えば意外と難しくないのをユウキは身を持って体験している。キリトやアスナもやっているし、仲間の中で機動力が低めのクラインでもたまにやる。しかしそんな彼らの《刃乗り》は、相手の武器が地面に刺さったりして静止した状態で行う。間違っても、振られている途中……動いた状態の武器に乗ったりしない。

 『自分で制御していない武器に乗って行動する』という事が、オーリは酷く巧かった。自分の動きの流れ、相手の動きの流れ、それがどう混ざり合うのかを見切る眼が、混ざり合ったそれを御する感覚が、そしてそれを成してしまう技量が凄い。

 

 そのイメージ。相手の動きの流れに同調しつつ、しかし自分の動きの為の芯は外さない。言葉は簡単であるが、やるとなると難しいというレベルでない。兄が存分に動けるのなら、『じゃあお兄ちゃんやってよ』と我儘の一つも言っただろうが、兄はまだ眠っているのだ。ユウキは一人でその境地にたどり着かねばならない。少なくとも、取っ掛かりは掴まなければならなかった。

 

『やりたい事はわかるし、出来るとすればユウキだけというのもわかるけど……』

 

 義姉に訓練の安全性を高める為の随伴の話を持っていけば、渋い顔をされた。義妹を可愛がる彼女の反応としては至極妥当なものであり、危ない目になるべくあってほしくないという感情が見え隠れしている。

 そんな義姉に、ユウキは頭を下げた。そうされれば義姉が何も言えなくなることを承知して、だ。それだけ必要なのだと訴えれば、義姉は溜息を吐きながらも随伴を了承してくれた。外から来た自分達は仕事を振られてはいてもそこまでの量はないので、忙しなく動く整合騎士やキリトにストレアと比べれば時間的余裕があったから。それ以上にシノンは、ランとユウキの二人を家族として可愛がっているので、頭を下げられれば余程の事でない限り相手の意思を尊重するのに苦しくない。

 

 ただ、その訓練のやり方には流石に苦言を呈した。そして自分に協力を要請した意味を理解した。

 

 カセドラルより高い所でやるのは、自分を追い込む為と言えど異常だ。アンダーワールドに来てから一番神経を削られたのはこの時だろうとシノンが言うくらいに、彼女は全神経を集中して義妹を落下から守った。その結果として、ユウキはランが操縦する杖の上で十全に剣を振る技能を会得したのだ。

 

 《太陽の剣士(ユウキ)》の権限である《射程延長》と組み合わされた空よりの斬撃。鎖の隙間を縫うように放たれたソレは、全く威力を減衰させる事なく巨人の首を斬り落とした。ともすれば()()()()()に見た時よりも鋭さを増した一閃に対して、味方ながらアスナもリーファも戦慄を禁じ得ない。

 

「行くよユウ」

「オッケー姉ちゃん!」

 

 巨人の絶命を見届けた後、ランは高速で飛翔を開始した。目標は今現在、イーディスと交戦状態に入っている敵だ。巨人が部隊を襲った時、ランは真っ先に上空へと目を向けた。彼女の性格からして、部隊が襲われていればすぐに助けに入るはずだ。それが無いまま巨人は部隊を襲い、死傷者が多く出た。

 彼女が駆けつけられない理由――…部隊が襲撃を受けたという事は、彼女も襲撃を受けている可能性が高い。イーディスが実力者である事は理解しているが、敵のスーパーアカウントが出張ってきたのであれば勝敗は不透明になる。相手の能力によっては大分マズいだろう事まで、ランは予測した。

 ストレア・アリス・ユージオが交戦したスーパーアカウントを撃破できたのは、アンダーワールドでも常識外の、武装完全支配術の同時使用と言う鬼札をストレアが使用した事と、アリスとユージオの支配術の共鳴による攻撃の連携が突き刺さったからだ。ユージオの話によれば、敵スーパーアカウントは彼の支配術から力だけで抜け出したので、ステータスにおいては上位整合騎士ですらマトモにぶつかると危ない。

 

 巨人を呼び出した相手については、アスナとリーファに任せれば問題無いだろう。騒ぎに気付いたベルクーリやキリトも合流すれば、相手も撤退を視野に入れるはずだ。

 問題は騒ぎを知ったアリスが飛び出してこないかどうかだけである。その辺りはオーリの傍に居るシノンにお願いしてあり、いざとなれば抑えてもらうように頼んでいる。ストレアもアリスの近くに付いているので、動き出しそうなら睡眠術式(物理)をやり返すかもしれない。

 

「姉ちゃん、二時方向に居た」

 

 周囲を見渡していたユウキがランに報告する。その方向を見れば確かに、イーディスの飛竜が複雑な軌道を描いて飛んでいる。それを確認したランは自分の右手に五つの闇素を生成。

 

「ユウも攻撃準備」

「突きを飛ばすのって狙撃っぽい気がするよね」

「命中率は?」

「姉ちゃんの狙撃よりだいぶ低い」

「うん、当てられる距離までは牽制だけにしとこうか」

 

 闇素を鳥の形に転じながら素早く杖の天命を確認すれば、まだ八割をキープしていた為にランは速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

「今、何と……」

 

 竜戦車の中で、シャスターが驚愕の余りにこの場の支配者へと問い返す。

 

「『余が出るから飛竜を出せ』と言ったが、何か不都合があるか?」

 

 そう問いかける皇帝に対して、総指揮官が出る事自体が前代未聞である……とは言わない。ダークテリトリーでかつてあった《鉄血の時代》においても、各種族や組織の総指揮官がぶつかり合う事はあったのだから。そしてダークテリトリー軍で最も力を持つのは目の前の暗黒神だ。その神が出ると言っている以上、それは決定事項である。

 

「何故御身が出ると」

「何、余の姿を人界軍に見せてやった方がお前達の仕事も捗るだろう?」

 

 皇帝の言う通り、この神が姿を見せれば人界軍の警戒は嫌でもそちらに集中するだろう。ともすれば人界軍から例の暗黒術師を殺し尽くした存在や、ベルクーリも出張ってくる可能性があるとシャスターは考える。

 

(あれだけの力を持つ存在が居るのならば――)

 

 この邪悪なる神の命に、刃が届くかもしれない。

 神の思惑がどこにあるかは関係ない。人界とダークテリトリーの和平の為に、例え神に違う思惑があろうと、これは好機なのだ。跪き、顔を伏せたまま思考していたシャスターが、再度頭を下げた。

 

「了解しました。従者の選抜は?」

「何なら()()()()()()()()()?」

 

 身体の奥底が凍えるような皇帝の声に、シャスターは全精神力を動員して動揺を抑え込んだ。

 

「……それは、光栄な事です」

 

 声が震えたかどうかは、彼自身に判断できなかったが。

 

 

 

 




ありす「私が出るべきでしょう!?」
すとれあ「お前アタシの話聞いてた? 出るとマズいっつったよな?」
ありす「敵の狙いが私なら――」
すとれあ「だからそれが敵の狙い――」



ゆーじお「……僕を挟んで怒鳴り合うの止めてほしいなぁ……」

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