流星の軌跡   作:Fiery

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急激に暑くなってきましたが、皆様も体調にお気を付けを。


魂への誓い

「アリスッ! アリスゥッ!?」

 

 虚ろな心意を持つ、ダークテリトリーの暗黒神が駆る黒い飛竜が愛しい人を攫った瞬間、ユージオは堪らず駆け出していた。立ち塞がる赤い鎧の暗黒騎士達を青薔薇の剣で薙ぎ払い、必死に追いつこうと足に力を入れる。

 

「ユージオ! お前まで無茶をするな!?」

 

 一人突出したユージオの四方から、敵がその武器を持って襲い掛かっていく。ベルクーリがそこに割り込もうと一歩踏み込んだ時、青薔薇の剣が光を帯びた。次の瞬間に右への一閃から始まり、瞬時に左へ一閃、一回転しての左右への一閃。

 剣の軌跡が四角形を描く、ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。ベルクーリの目から見ても見事な連続剣は囲んで来た四人を瞬く間に蹴散らして、彼は再び駆けようと足に力を入れた。

 

「っ、どけぇッ!」

 

 それでも焼け石に水だ。直ぐに他の敵が彼へと群がり、その足が止まってしまう。

 

 早く、早く。アリスが連れ去られてしまう。今度はこの世界の中の話ではなく、違う世界へと。()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼女が行ってしまう。

 

 一度目は幼かった。弱かった。そして、逃げ続けていた。しかし切欠と出会い、鍛え学ぶ機会を得て、様々な人の助けでその手を掴む事が出来た。もう()()()()()()()と誓ったその手を離すのか……そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 

「違う」

 

 その誓いは誰にした。

 親友(キリト)にではない。

 恩人(ストレア)にでもない。

 愛しい人(アリス)にでも、ない。

 

「僕は、自分に誓った」

 

 この魂(自分自身)に誓っただろう、と叱咤する。だからこそ、今度はもう形振り構うものかと、その決意を剣に込める。左手を前にかざし、右手の剣を肩の上に大きく引く。

 

「だから」

 

 青薔薇の剣に光が灯り、それは今までよりも大きな光を放った。

 

「そこをどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 限界まで引き絞られた弓から放たれる矢のように、踏み込んだ地面を爆発させるほどの踏み込みでユージオは敵の中へと突撃していく。突き出す剣先から溢れる光を纏い、自身が青薔薇の剣と一体化したように一直線に敵をなぎ倒しながら、彼は進んでいく。

 キリトが見れば、ユージオの取った構えは自身もよく使っていたソードスキル《ヴォーパル・ストライク》である事は一目瞭然であった。そして、この技に()()()()()()()()()()と言う事も。

 何がどうしてそうなっているのか――…答えは《心意》だ。身体能力の強化から、技の性能の向上まで、この世界の法則を超える……あるいは補強するほどのイメージ力があって初めて、それは成される。

 

 しかしそれにも限度はある。ユージオはまるで一条の閃光のように敵陣を貫いたが、それでもなお足りない。しかも彼自身、その強烈な《心意》を制御できておらず、一瞬だけ動きが止まった。

 

「ユージオッ!?」

 

 それを見たベルクーリが思わず叫んだ。いつもの調子とは全く違った、必死の叫び。娘のように思っていた弟子が目の前で連れ去られ、義息と思っていた男がそれによって命を落とそうとしている。流石の整合騎士団長も、冷静ではいられない事態の連続だ。

 愛剣の柄を握りしめ、その支配術を解放しようと意志を込める。《空斬》ではなく、自身にも多大な負荷をかける《時間加速》を使う為に。

 

 その決意は、赤鎧の敵を薙ぎ払う熱線によって押し留められた。

 

「ベルクーリ!」

「その声は……!?」

 

 バサリ、と羽ばたきを響かせて影が差す。見上げた先には、ダークテリトリーの黒い飛竜……そして、聞こえた声はベルクーリが良く知っている男のものだった。

 

「シャスター! 何故ここに!?」

「話は後だ! 道をつけるぞ!!」

 

 何故自分達を助けるのか。この男にそれを問うのは無粋だと、ベルクーリはそれを呑み込んで全軍に指示を出した。

 

「この包囲を突破する! オレに付いて来い!!」

 

 オォッ! と応える声と共に、ベルクーリはユージオの居る方向へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 一方、ダークテリトリー軍と組んだストレア達はストレアを先頭にして、南への一点突破を図っていた。左右を狼たちにかく乱させながら、イスカーンが拳を叩き込み、シェータが一閃して両断し、ストレアが蹴撃で吹き飛ばして周りの敵に叩き付ける。

 

「人界にも俺たちみたいなのが居るもんだなぁ!」

「生憎、今は武器の手持ちがないの!」

「解放術で、剣を狼に変換してるから」

 

 言いながらストレアは拳の先に熱素を生成し、叩き込むと同時に相手の鎧に熱素を付与。吹き飛ばした相手が敵の中に消えれば炸裂させて相手の被害を増やすという、割とえげつない事をしているのだが、全員が必死である為にそれに気付く事はない。

 それでも減った気がしないのだから、数と言うのは本当に暴力である。この中で一番広範囲を殲滅できる術の力量が高いのはストレアであるが、彼女がここで下がるのは悪手であった。共闘を持ちかけられた立場であったとしても、それは一時的なものであり関係としては対等に近い。

 故に下がっては後の話し合いにおいて不利になる可能性もあるので、こうして小技で対応して地道に減らすしかないという状況だった。

 

「ん?」

 

 そんな中、こちらに向かって飛来する青い光。何だ、とストレアが意識を集中しようとして、良く知る《心意》を虹色の瞳が捉えた。

 

「全員! 今相手してる敵を吹っ飛ばして距離を取って!!」

 

 近くに居るシェータ達は元より、ダークテリトリー軍の最後尾まで響いたその力を伴った大喝破は本来、ストレアの命令を聞く筈の無い彼らにその命令通りの行動を強制させた。直後、青い光より射出された無数の流星がダークテリトリー軍を避けるように、外のプレイヤー達へと降り注ぐ。

 

「こりゃあ……術師どもを殺し尽くした」

「惚けてる暇は、ない」

「南へ抜ける! 狼王! アタシの前の奴らを引っ掻き回せ!!」

 

 一際巨大な狼の遠吠えと共に、ダンプカーが小動物の群れに突っ込んだかのように南に密集していたプレイヤー達が吹き飛んだ。運が良ければ生きているかもしれないが、アンダーワールドにペインアブソーバーはない為、アミュスフィアユーザーであっても痛みはそのままだ。

 ストレアが『即死させるな』と狼たちに指示したのもそこに理由がある。痛みに慣れていない外のプレイヤー達の意気を消沈させ、あわよくばそのまま離脱させるためにあえてそうした。こちらはキリト達を除けば、殺されれば本当に死ぬのだから対価としては安いくらいだとストレアは考える。

 

 二度目の流星は、進行方向で暴れる狼を避けて降り注いだ。チャージの速さを疑問に思ったが、ストレアはすぐにそれを可能にする存在に思い至って捨て置く。

 

「シノン!」

「援護するわ! 貴女達は真っ直ぐ行きなさい!」

 

 大規模な殲滅攻撃を二度した後、弦を引く力を弱めて小規模な攻撃を繰り出しながら、シノンはストレアに声が届く上空まで下りてきた。

 

「抜けたらどうする!?」

「真っ直ぐ南へ行って! アスナ達と合流出来れば完全に分断できるはず……!」

 

 頭の中で、狼王を除く全ての狼たちへと指令を下した。内容は『自分達が突破した後、赤鎧の軍団を足止めしろ』と言う物である。《群狼剣》の核は狼王なので、狼王が死なない限り術を解けば再び剣は手に戻る。

 だが天命の殆どは損失し、再び解放術が使えるようになるまで長い時間がかかるのは想像に難くない。霊薬で剣としての天命は回復できたとしても、だ。

 

(ごめん、群狼剣)

 

 内心で、ストレアは彼らに詫びた。狼たちも武器になっていたとは言え、この世界に生きる命だ。それを自分の都合で使い潰す事実を、一瞬だけ目を閉じて真摯に詫びた。

 群狼剣(彼ら)に対してのストレアの想い入れは、並大抵のものではない。文字通り自分の半生を共に生きて、戦い、駆け抜けてきた相棒である。この決断ですら、自分の身を引き裂かんばかりの辛さではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()と歯をくいしばって耐えた。

 

 

――ウオォォォォォォォン

 

 

 応えるように響いた遠吠えは、どこか温かい物だ。それはストレアだけが思ったらしく、目の前の敵は恐ろしいのか身を強張らせたが、その瞬間を逃さなかった彼女の蹴りで宙を舞った。ついでに熱素を付与して炸裂させるおまけつきである。

 若干八つ当たり気味だが、道を拓くのならば爆発と言うのは効果的であると言わんばかりに、軍勢の中に()()()()()

 

「「「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!!」」」

 

 そこへ二つの拳と一つの剣を差し込み、こじ開ける。珍しくシェータが叫んだ事にストレアが驚きの表情を見せつつも、とうとう突破して開けたそれを今度は狼の爪牙が広げていく。

 

「止まるな! 走れ!!」

 

 続くダークテリトリー軍へと振り返って一喝する。プレイヤー軍も減っているが、それ以上にダークテリトリー軍の被害は大きい。ストレアの見立てでは拳闘士及び暗黒騎士が二千、亜人部隊が三千、輜重部隊三千と言った所で、プレイヤー軍の方はまだ一万以上残っている。

 

「貴女達が抜けた所に叩き込む?」

「叩き込んで、散り散りに逃げられても後で面倒になるかもしれない。今は抑えるだけで距離を取るの優先」

 

 シノンの問いかけに答えながら、残る狼たちを足止め用に配置していく。そんな中でバサリと羽ばたきの音が聞こえて、二人は視線を上げた。

 

「ストレア!」

「イーディス? どうしたの!?」

 

 飛竜に乗った彼女が来た時点で、ストレアは既に嫌な予感はしている。普通の問題ならベルクーリらで対処が可能である故に、イーディスを使ってまでストレアに伝える事は間違いなく大問題が発生したことを意味している。

 

「アリスが、ベクタに攫われた! 騎士長とユージオと、暗黒将軍がそれを追ってる!」

「キリト達は?」

「アスナの力で一方向からしか攻められないようにして、ユナ様が損耗を引き受けてる。それで戦えてはいるけど……」

「救援が必要、か?」

 

 会話に入って来たイスカーンに、イーディスが警戒し剣の柄に手を掛ける。それをシェータが押し留めようとした時に、彼がストレアに対して跪き、頭を下げた。

 

「……どういうつもり?」

「皇帝は俺たち暗黒界十候の前で言った。自分の望みは巫女だけで、そいつさえ手に入れば後はどうとでも知ったこっちゃねぇってな。なら皇帝が巫女を掻っ攫った時点で、俺たちに下された任務も一切合切終わった……俺たちを使い潰して、剰え全部ぶっ壊そうとする皇帝に付き従う理由は、もうねぇ。なら――」

 

 彼の言葉に続くように、やってきたリピアが、オークが、拳闘士団が、暗黒騎士団が、亜人部隊や輜重部隊の全員が、ストレアへと跪く。

 

「いや、ちょっと……」

「ストレア、アンタに俺たち全員が協力しても問題ねぇって事だ!」

 

 問題しかねぇよ! と叫びそうになった。言ってる事は共闘の継続だが、その姿勢はストレアに『ダークテリトリー軍の全権を預ける』と言っているようなものである。しかも()()()()ともなれば、ダークテリトリーの唯一の法を考えても異常だ。ストレアはそんな力を見せた覚えなど無いのだから。

 かと言って悩む時間も無ければ、受けないという選択肢もない。跪いたダークテリトリー軍からは自分に対する畏敬の念やその力を認める感情しか見えないのだから、数秒の思考の後、諦めたように溜息を一つ吐く。

 

「イスカーン、このまま軍を指揮して南下して人界軍と合流。シェータは彼らに同行。イーディスはアタシとシノンと一緒に、先行して合流する」

 

 意見は? と全員を見渡せば、誰も異論を挟まなかった。誰か何か言えよぉっ!? と言うストレアの内心は、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 大地が裂け、巨大な地割れが左右に長く……一キロ二キロでは利かないほどに広がり、幅も百メートルはあろうかと言うものが、人界軍とアメリカ人プレイヤー軍の間に横たわっている。そしてそこに一つだけ、人が十人並べるかどうかの幅の橋……いや、そこだけ()()()()()()()()と言った方がいい道がある。

 ただ、アメリカ人プレイヤー達はそこを渡ろうとしない。四千程度残っていたプレイヤーの半分は地割れの発生と共に奈落の底へと落ちたが、残ったプレイヤーが攻めないのはもっと違う理由がある。

 

 右手に黒い剣を、左手に蒼い剣を持ち、黒衣をはためかせて道のど真ん中に陣取る一人の剣士が、彼らの足を止めている理由そのものである。最初に一気呵成に渡ろうとしていたプレイヤー達数十名を、彼は瞬く間に切り伏せて見せた。それで火が付いたプレイヤー達がまた突撃してくるが二度、三度と続けばどんなに鈍くても目の前の存在の実力と言うものを理解してしまう。

 

 対する、《武装完全支配術》状態のキリトはプレイヤー達に睨みを利かせながら、その実力を分析していた。

 

(当然だけど、個々の実力はバラバラか。目立って強そうな奴は居ないから……ここで足を止めるだけなら何とかなる)

 

 アリスがベクタに攫われ、包囲を突破した後にベルクーリとユージオ、そしてダークテリトリー軍の暗黒将軍がそれを追って飛竜で飛び立っていった。暗黒将軍……ビクスル・ウル・シャスターと名乗った男はベルクーリと少し話していたが、キリトとしては何となくシャスターと言う男を信用できる気がしている。

 力が全てというダークテリトリーの中にあって、彼の中に失われていない善性の光が感じられたというのもあるが、大半はキリトの直感だ。

 

 ちらり、と後ろ……人界軍の方を気にすれば、回復してきた衛士達が防衛戦を築いている。その中にはロニエやティーゼ、フレーニカと言った自分達の傍付きをしてくれていた少女の姿もあれば、寮長のアズリカやアグルの姿もある。

 生きてて良かったと安堵すると共に、出発時より人数が半分を切ってしまった部隊の人数に歯噛みした。

 

 不甲斐ないと言えば、この裂け目を作ったアスナは気絶したために馬車の中へと担ぎ込まれた。ログアウトするほどの負荷がかかったわけでは無いのが幸いだったが、それでもだ。そして傷ついた軍の回復についてはユナが一手に引き受け、もう血の色に染まりきった服を更に血で染めている。

 

(ここで出なけりゃ男じゃないし、こいつを守らにゃならん理由もあるし)

 

 良くも悪くも単純な理由で、キリトはここに立っている。普通ならば残す必要の無かった道があるのは、万が一ストレアが飛竜に乗らずに帰還した場合の為だ。彼女がたどり着いた時に橋でも掛ければいいという考えもあったが、地形操作時の負荷を身をもって知っているアスナとしては、休まずに行使する場合の限界を三度と定めていた。

 切り札として残しておかなければならない力である為に、道となる部分を残して地割れを引き起こすという手段となった。そして行使後にアスナは気絶し、その道を人界軍の防衛体制が整うまで、キリトは一人で守っていた。

 

 プレイヤー軍は基本的に近接武器しかない。片手斧や片手槍などの投げられそうな武器はあれど、遠距離武器はないのだ。あったとしても、デュソルバートの熾焔弓や、ベルクーリが渡された暗黒騎士の神器のようなものが相応の使い手に渡らなければ恐ろしくはない。

 弓があれば、対岸の人界軍に攻撃が届いた可能性はあるが、一人や二人程度が射かける矢であれば斬り払える人材は生き残った衛士の中にも居る。その為、キリトはある程度後方の事を考えずに相手に睨みを利かせる事が出来た。

 

(ただ、このままの状態は絶対に良くない。アリスの救出に向かったベルクーリ達を待つんじゃなくて、俺たちも南に移動すべきなんだが……)

 

 最重要人物であるアリスが攫われた以上、部隊をこれ以上引き連れる意味は無くなったと言っていい。元々は囮部隊としてダークテリトリー軍を人界より引き離す為の作戦であり、アリスを《外》へと連れていく為の手段だったのだから。

 しかし、ここまで来て戻ってくれと言うのも薄情であり、酷な選択だと言える。何せまだ他のプレイヤー軍もいる上に、共闘しているような様子だったとはいえダークテリトリー軍も健在だ。五百程度の部隊をそのまま送り返すには、不安材料しかない。

 

 このまま連れて行くにしても、今後は何が起こるかまったく予想が出来ない不安もある。三万ものプレイヤーが投入された以上、今後もそれが無いかと言われれば『そんな事はない』だろう。

 次に同規模の……いや、一万でも来ればその時点で自分達はどうにかできても、人界軍を生き残らせる事は難しい。むしろあの逃亡戦でよく生き残ったものだとすら思うのだから、次があればまず全滅だ。ならばどうする、と思考しそうになった彼の耳に、大地を揺らす咆哮が届いたのはそんな時だった。

 

 駆けてくる。北より巨大な狼が一体、脇目も振らずに。それに続いて空を疾駆するのは、一体の飛竜と一人の人間だ。

 

「シノンとイーディス。と言う事はあの狼は……」

 

 キリトの想像を肯定するように、狼の上に円状の光帯が現れた。ダークテリトリー軍の第一陣を薙ぎ払ったものよりは小さくとも、この二千程度を薙ぎ払うのなら過剰とも言える力を内包した光の帯。アンダーワールド全土を見渡しても、あの術式を使えるのは二人だけ。

 

 その片割れが、迷いなく再び光の一撃を解き放ち、地割れの前で足を止めていたプレイヤー軍を薙ぎ払う。続いてシノンがその弓よりこの世界における神威の一つを解放すれば、降り注ぐ無数の流星が更にプレイヤー達を襲った。

 

「――…すごいな」

 

 目の前のアメリカ人プレイヤー達が全て、その二撃で消え去った。それを齎した光を見て、生き残った部隊の人間は歓声を上げた。キリトが抑えていたとは言え、目の前の脅威が分かる形で消え去ったというのは大きいのだろう。

 やがて狼が道の北側で止まり、背に乗っていたストレアが地面に降り立つ。飛竜に乗っていたイーディスは部隊の所に、シノンはそのままオーリの居る馬車へと文字通り飛んでいった。

 

「ストレア」

「世間話は後。アスナとユナは?」

「今はまだ、どっちも意識を失ったままだ」

「ログアウトに至っていないなら大丈夫だね。皆聞いて!」

 

 パンパンと手を叩き、そこまで大きくないものの、はっきりと部隊全員に響き渡る声で言えば歓声は治まった。

 

「ダークテリトリー軍から共闘の申し出があった」

 

 その言葉に部隊は騒めいたが、ストレアは『落ち着け』と静かに言った後で言葉を続ける。

 

「とりあえずの期限はベクタが呼び出したであろう、例の正体不明の軍勢及び、ベクタ自身の撃破まで。事後で悪いけどこの話は受けたからそのつもりで――…それでイーディス!」

「あたし!?」

 

 飛竜から降りて、部隊の中から彼女が慌てて顔を出す。

 

「こっちの部隊の取りまとめをお願い。ダークテリトリー軍と合流したら、南に進軍してこの先にある遺跡で、追ってくるであろう奴らを迎え撃って」

「いやいやいや、ストレアが指揮するのが筋でしょう!? 騎士長も本隊は副団長に任せたけど、こっちで騎士長不在の場合はストレアにって」

「アタシも不在になるからイーディスにお願いしてるんだけど」

 

 イーディスがハッとした表情でストレアを見た。

 

「アリスの救出に向かった三人を、アタシが追う。最悪の場合はそのまま皇帝との戦闘に入るだろうから」

「認められるわけないでしょ!?」

 

 イーディスが怒声と共に歩み寄り、ストレアの胸倉を掴み上げた。

 

「貴女自分の立場分かってるの!? 危険な事に率先して飛び込んで! 自分がどれだけ皆の未来にとって必要か――」

()()()()()

 

 言葉を続けようとしたイーディスの口が、ストレアの静かな一言で閉ざされた。黙れと言われたわけでもなく、ただ名前を呼ばれただけでその意図を本能が理解し、無意識の内に彼女自身が自分で黙ったのだ。

 そっと、優しく胸倉を掴んでいた手を握られ、解されて、放してしまう。有無を言わせぬほどの強制力がありながら、優しさに満ちた行動。それに思わず呆けてしまう。

 

「ベクタの能力とその()()が持つ心意を考えれば、向かった騎士長達の勝率は低いと言わざるを得ない。騎士長達でそれだから、イーディスに行ってもらっても意味は無いのは理解して。それに、アタシの他にもキリトに来てもらうから」

 

 突然名前を呼ばれても、キリトは動揺しなかった。そんな気がしていたと言わんばかりに肩を竦め、口元を笑みの形に歪める。

 

「何で、キリトだけなの? それならアスナ達も連れて行けば」

「そっちはまだ、ひょっとすれば一万程度の奴らを相手にしないといけない。向かう戦力は勝算があって、尚且つ最小限でないと意味がない」

「それに俺が一番、対多数の戦闘に向いてないって所か?」

「後は先に向かった三人……特にユージオの支配術との相性、かな。アタシが行く理由は狼王の速度は平地なら飛竜以上に出せるから、その関係だね。今は時間が惜しい、でしょ?」

 

 そう言われてしまえば、イーディスは彼女に何も言い返す事は出来ない。ダークテリトリー軍が一時的に味方になるとはいえ、力のある存在は多い方が良いのは確かだから。

 

「無事に、戻って来なさい」

「死ぬ気はないよ。ま、首尾よくアリスを取り戻せたらそのまま果ての祭壇まで行くから、こっちに戻るのは遅くなると思うけど」

 

 

 

 

 

 

「やれんのか? シャスター」

 

 はるか遠く、ベクタの乗る飛竜が地平線に映るごく小さい黒点のままであるのを見据えながら、ベルクーリは横を飛ぶシャスターへと問いかけた。

 隣に居るのはダークテリトリーに属する存在であり、ベクタはそのダークテリトリーを統べる存在である。力が唯一の法であるダークテリトリーに於いて、シャスターがベクタに抗えるかどうかというのが鍵にもなってくるために、その問いかけは必然のものだ。

 

「やるしか無かろう。それに……」

「それに?」

「託すものは託した。勝手ながら期待している者も居る。なら、何も憂いはない……いざと言う時は俺ごと斬ると良い」

 

 そう言った彼の表情は、覚悟を決めた者の顔だった。ならばもう何も言うまいと、ベルクーリは愛剣である時穿剣を鞘から抜き放つ。

 

「ベルクーリさん?」

 

 ユージオの疑問の声を余所に、ベルクーリは意識を極小の点……ベクタが乗る飛竜へと集中する。

 今現在、ベクタを追跡して一時間以上経過しているが追いつける気配がない。基本的に飛竜の性能……その能力に個体差は存在するが、大きく離れているわけでは無い。休まず飛び続ければ疲労が溜まるが、ベルクーリ達はストレアが用意した霊薬の中から数個の強壮剤を拝借し、各自が乗る飛竜へと与えていた。

 ベクタの飛竜に比べて疲労をある程度無視できるために、距離を詰められると踏んでいたが()()()()()()()()。いくらなんでもそれはおかしく、だからこそベルクーリは切り札を用いる事にした。

 

 今ベクタがいる所まで届く長射程の術は、ベルクーリには到底操れない。そんな術を操れる可能性があるとすれば今人界を守っているカーディナルか、今は亡きアドミニストレータか。しかし、彼は先に挙げた二人をして不可能な時間への干渉を可能としている。

 

 長年の相方である飛竜・星咬に、手綱を握る事なく意思を伝えて慎重に高度を調整する。狙うのはベクタ本人ではなく、その飛竜の片翼。今彼らから辛うじて姿を確認できるのは飛竜のみであり、姿を確認できないベクタであれば外す可能性が高い。

 《記憶解放術》は莫大な天命を消費するためにそう乱発できるものでも無く、今回の相手に命中させるには常軌を逸した正確さが要求される。地平線に浮かぶ砂粒のような黒点を見つめ、ベルクーリはその集中力を極限まで高め、研ぎ澄ます。

 

 それをシャスターとユージオは固唾を呑んで見守った。《時穿剣》の最終奥義を知らずとも、ベルクーリ・シンセシス・ワンが尋常ならざる気迫を持って先にいるベクタに何かをしようとしている……それを察したために、二人は自身が乗る飛竜を星咬から離した。

 

 それに構う事なく、ベルクーリは身体の右側に時穿剣を立てて構える。そして、式句も無く解放術を発動させ、その刀身が微かな光を帯びた。

 

 

「時穿剣……《裏斬》!!」

 

 裂帛の気合と共に重々しく、しかし凄まじい速度で振り下ろされた斬撃。愛剣より伝わる手応えに、ベルクーリは一先ずの安堵を得た。

 

 彼方の空で、皇帝ベクタの駆る飛竜の左の翼が、付け根から切断されていた。

 

 

 

 




すとれあ「アタシばかり何で怒られたり厄介事が……」

きりと(残当なんだよなぁ……)
あすな(残念でも何でもなく当然としか言えない……)

しのん「例えば旦那が同じ事してたらストレア、貴女はどうする?」
すとれあ「……」(明後日の方向を見て、鳴らない口笛を吹く
ありす「間抜けは見つかったみたいですね」
すとれあ「うるせーばーかばーか」
ありす「子供か!?」
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