百話超えるなぁって……(白目
荒野を駆ける巨大な体躯の狼が一体。その背には、ストレアとキリトが乗っている。
イーディスと話した後、ストレアが気絶していたアスナとユナへと治療を数分施しての出発となった。
「ストレア」
「何?」
「この際だから聞いておきたい事が色々ある」
背後から響くキリトの真剣な声音に、ストレアは真剣な眼差しで彼に振り向く。何が聞きたいのか当たりが付いていると言った表情に、キリトは一つ息を吐いてから口を開いた。
「まずベクタの事だけど、詳細を知ってるんじゃないか?」
「スーパーアカウント04《暗黒神ベクタ》の性能についてなら、把握してるよ」
「内容は?」
「んー……それを説明するために、ちょっと講義と行こうか」
くるり、と体ごとストレアはキリトへと向き直る。狼王の操作については問題ない……ベルクーリとユージオの匂いを追わせている為、何かしらで途切れない限りは狼王任せだ。
「スーパーアカウントは四つある。アスナの使っている《創世神ステイシア》、シノンの《太陽神ソルス》、ユナの《地神テラリア》、そして《暗黒神ベクタ》。この四つはそれぞれ、アンダーワールドという世界とそこに住む住民に対して管理者権限を保有している」
「ステイシアの地形操作はフィールドに対してで、テラリアの天命回復はそのままだよな。ソルスの広域殲滅は……」
「広義で言うならリソースだろうね。動的ユニットを破壊し、空間リソースを生み出す。その為の広域殲滅じゃないかな。さて、ならベクタの権限は何か……キリトも聞いた事のある言葉が、そのヒント」
「ベクタに関して聞いた事のある言葉って言うと……ベクタの迷子か」
「そう。《フラクトライト》の再配置によって、縁も所縁もない場所に現れる人物の事を指す言葉だ」
フラクトライトの? と疑問を呟いた後、彼女が言いたい事に気付いた。
「ベクタの管理者権限は、《フラクトライト》に対してのものか」
「《人工フラクトライト》内の動的データに改変を施して離れた地点に再配置。新たな家族を構成させる事を目的としたものだけど、ベクタはそれだけじゃない」
「どういう事だ?」
「理由がどうあれ、住民を攫うという形になるから他の三神と比べれば嫌われ役……まぁ要は邪神の類になる。万が一《暗黒神ベクタ》アカウントを使ってアンダーワールドに干渉する際にそれじゃ、下手したら攻撃対象にされるでしょ? だからステータスや装備についても優遇されてるし、《術式の対象にならない》って保護もされてるみたいなんだよ」
ストレアの説明に、流石のキリトも渋い顔になった。ゲームであれば顰蹙物の優遇ではあるが、この世界はゲームではない。菊岡達にとっては《人工高適応型知的自律存在》を生み出すための箱庭……あえてゲーム的に例えるなら文明シミュレータと言うべきだろう。だからこそ、神となっているスーパーアカウントに対しては様々な特権が付与されている。
「そもそもステータス的には、三神からして住民とは隔絶しているからね。そう言う意味じゃベルクーリであろうと、ベクタに挑むのは自殺行為と変わらない」
「だから俺達が行く……のは良いんだが、その理由はもしかして」
「アタシとキリト、それと兄貴が使った武装完全支配術……あれでステータス的な問題は無視できる。装備については最高優先度と言っても神器級だから、キリトの剣でも問題ない。アタシはアタシで、攻撃するなら殴る蹴るするし」
「なるほどな……なら次だ。お前達の虹色の瞳について」
その質問に対して、ストレアは『やっぱ聞くよねぇ』と笑った。今アンダーワールドに居る存在の中で、オーリの瞳が虹色に変わったところを目撃しているのは、対アドミニストレータ戦に立ち会ったキリト達五人だけだが、ストレアの瞳が虹色に変わる事はシェータやイーディス、何ならシノンだって知っているほどに、この戦争中でその状態は目撃されている。
ただ、ストレアがそれを詳細に説明をした事はない。聞く人間がいなかったわけでは無いが、『心意の関係だと思うけどよくわからない』と言われてしまえばそれ以上の追及は難しい。例えストレアが
どちらも知っているアリスとユージオが問い詰めようとした矢先には、ストレアの同時支配術による反動についてに意識が行ってしまった。どちらも知っている相手から問われるのはキリトが初めてであり、そうなれば誤魔化さずに話そうと彼女は決めていた。
「《フラクトライト》が光量子で構成された量子場である事は聞いたね?」
「あぁ。それを解析するのが《ソウル・トランスレーター》で、保存するのが《ライトキューブ》だろ?」
「そうだね。じゃあ、その光量子が発生させる量子波については?」
問いかけられた言葉にキリトは『は?』と声を上げた。
「細かい説明はしないし、量子波って呼び方も暫定的なものだけど、それを使って光量子に対して干渉できるのがアタシと兄貴なの。アタシの場合は自分のフラクトライトに干渉してその出力を上げたり、量子コンピュータのように光量子を運用したりするのが主な使い方だけど、他人に使えばその心意を可視化する事も出来る」
「じゃあ、オーリは……」
「この力と解放術を使って、不完全だった《フラクトライト》の出力を上げ過ぎた結果として、昏睡状態に陥ったと考えられるね。兄貴が何で使えるのかは不明だけど、アタシの場合は使える兄貴の魂を一部とはいえコピーできたから……と考えるのが妥当かな」
更に、これはストレアは口に出して言わないが、オーリがあの低い《フラクトライト》活性率でも問題なく日常生活を送れていたのは、無意識にこの能力を使っていたからだろうと考えていた。
日常的に活性や補助をこなし、強化され続けた能力がその片鱗を見せたのがSAO事件の最後の時だろう。使用した機器がSTLに及ばずとも、その原型と言っていいナーヴギアであった為にその異常値を刻み込み、オーリは生還を果たしてストレアは生まれ落ちた。
そしてストレアは能力を使えはするが、能力強度はオーリに及ばないと考えられる。ただ、使えると最近自覚した雛のような力であっても、その有用性は計り知れない。ならば、鍛え続けられたオーリの力がその自覚を伴い、魂が完全を取り戻して十全に発揮されたならば……アドミニストレータ戦のオーリの記憶解放術を思い出して、ストレアは戦慄を覚える。
目を醒ましてくれれば、ひょっとしたら――
「……その力は、ベクタの心意に対抗できるのか?」
「あー……キリトも感じてたんだ」
神妙に頷くキリトに関して、ストレアは『やっぱり』と言う感想を抱いた。オーリと同じようにアンダーワールド内の時間ではあるが、十年に近い時間を過ごした彼は元々の素養もあったのだろうが、心意と言う物にほぼ完全に適応していた。
SAOにも仕組まれていたシステム……いや、機能を縮小しているが《ザ・シード》にもそのシステムは組み込まれており、SAO生還者は全員一様に心意に対して素養、もしくは高い経験値があるとストレアは考えている。その中でも最前線で戦い、
「はっきり言えば未知数ではあるけど、可能性としては高いかな。あっちの心意の強度にも寄るけど、アタシへの影響は殆ど無効化できると思う。キリトに関してはサポートはするけど、実はそんなに心配してないからね」
「俺、そんなに図太く見えるのか?」
「例の支配術が使える時点で自己イメージがしっかり出来てるんだから、ちょっとやそっとじゃビクともしないよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
ははは、と笑って二人は同じ方向へと視線を向けた。その目付きは鋭く、先ほどまで笑っていたとは思えないほどに険しい。
それもそのはず……視線の先には、一体の飛竜が飛んでいる。二人の乗る狼王と並走するように飛ぶそれに乗っているのは、弓を背負った暗黒騎士だ。キリトは背負っている夜空の剣の柄に手を掛け、ストレアは百ほどの熱素を保持状態にして警戒を示した。
「おたくら、うちのボスを殺る気かい?」
飛竜が近くまでやってきて、暗黒騎士が発した第一声は敵意も何もないものだった。まるで世間話でもするような、そんな軽い調子で問いかけられ、しかし二人は警戒を崩さない。
「まぁね」
「なら忠告だ。
その言葉に、二人は疑問符を浮かべた。ベクタの味方であるはずの暗黒騎士が何故そんな事を言うのか……そんな気持ちがありありと表情に出る。
「別にお前さん達をハメようとかそんな理由じゃねぇ。単純に言っとかなきゃなんねぇから言ったまでだよ」
「どういう事だ?」
「うちのボスはそっちのアリスに首ったけでな。もしも奪取に成功されちまえば
「……あの皇帝のアカウントを使ってダイブしているのはアンタ達のボスで、依頼人や上層部の思惑なんか無視で、アリスを独占しようとしてると?」
「ほぼ間違いないと思うぜ」
「信じられると思うか?」
キリトの問いの後で、『だよなぁ』と暗黒騎士は兜を掻いた。根拠と言う根拠は全てこの暗黒騎士ロッドの勘だ。しかし、土壇場でそれに従ったからこそ彼は今まで生き延びている。彼にとっては無視の出来ない信用情報の一つであり、状況的な証拠ならばある。
「なら後で俺を切り捨てて、この世界から退去させりゃいい。それだけでお前さん達の状況は良くなるだろ? 何ならこの飛竜も持ってけ」
ロッドの言葉に『え?』と言った感じで飛竜が鳴く。マジかこいつ……と言う感情が二人の中で首を擡げ、ストレアは溜息を一つ吐いて保持していた熱素を空間リソースへと還元した。
「その忠告は心に留めておくよ。でも、アンタの目的はログアウトでしょ? しかもアタシ達に撃破されての」
確信を持っている言葉に、ロッドは口笛を吹いた。逆にキリトはどういうことだと視線を向けている。
「一度殺したからと言って油断するなって言うのは、復活する可能性の示唆。普通にログアウトした場合、アカウントは使用可能状態のままだから、例えベクタを撃破してもその中身がこの暗黒騎士アカウントで入ってくる可能性は高い。それを防ぐためにもアタシ達はこの暗黒騎士を撃破したい……で、アンタが欲しいのは『戦った末に敗北した』という言い訳だね?」
「ご明察。悪い話……って言うよりアンタ達にとってはメリットしかねぇと思うわけだが」
「ここで斬り捨てても、すぐに現実に居る場所から退去するわけじゃないでしょ? アンタ達が現実で形振り構わなくなる可能性だってある」
「その辺は無いとは言えねぇし、信じてくれと言うつもりもねぇよ。ただ、俺についてはログアウト出来りゃボスが『そう言う行動を取ろうとしていた証拠』を探してみるつもりだがな」
嘘はない。虹色の瞳でロッドを見据えたストレアはそう判断した。外の人間のフラクトライトも読み取れる事には驚いたが、それはおくびにも出さずにキリトに視線を向けて頷く。
「……わかった。なるべく痛くはしないようにするぞ」
「男に言われても嬉しくねぇ台詞だ……」
「俺も言ってて嬉しくない」
口の軽さに反比例した重い一撃が、暗黒騎士の首を一瞬で刎ねる。生臭く鉄臭い血が噴き出し、暗黒騎士の身体は大地へと落ちていった。すぐにそれは見えなくなって、ストレアは飛ぶ飛竜に『狼王の背に乗れ』と命令すれば、その飛竜はとても素直に従った。
◇
片翼が斬り裂かれた飛竜が最期の力を振り絞って軟着陸したのは、円柱形の奇岩が乱立する地帯だった。場所としてはこの地帯の中央の、高さ約九十メートルに直径も二十七メートルほどある岩の頂上。
自分を献身的に運んできた飛竜の事を記憶と思考から削除したガブリエル・ミラーは、足元に横たわっているアリスの事を気にしながら、岩山を下るかどうかを思考する。現実世界では、懸垂降下の為の道具があればこの程度は軽々と降下してみせるガブリエルであるが、道具も無く、この世界の魔術にも習熟しているとは言い難い状況であれば危険と言わざるを得ない。
元よりアリスを置いていけるはずもない為、ガブリエルは岩山を下りるプランを早々に諦めて真上に視線を動かす。赤い空に浮かぶ太陽は頂点に迫りつつあり、今回クリッターに指示した、アメリカ人プレイヤーを戦場に投入する作戦のリミットが近づいている事を示している。
当初の予定通り最初に三万のプレイヤーを送り込み、次に二万程度を予定している人数が送り込まれるはずだ。それだけいれば、人界軍の残り数百名はまともな抵抗も出来ずに殲滅されるだろう。
不確定要素は人界軍に参加している敵スーパーアカウントと、整合騎士である。しかし整合騎士の一人であるアリスを捕らえ、自分を何らかの手段で撃墜した三人の追手も恐らく騎士かスーパーアカウントに準ずる存在であろう。
数としては半減したと見るべきだが、多数を攻撃できる弓のスーパーアカウントが残っている限りは心許ないと考えるべきか。
そう判断しても現状、ガブリエルに打てる手はない。ならば追手を撃破し、その飛竜を奪い、再び南を目指せばいいと結論付け、改めて横たわるアリスを眺めた。
(つくづく……美しい)
現実で美女と謳われていた女性を見ても何も感じなかったガブリエル・ミラーが、身体の芯で蠢く興奮を抑えられないと感じるほどにアリスを求めている。彼女が目を醒ました時の為に全ての武装を解除すべきかと考え、そんな風に作業的にアリスを扱うのを躊躇うほどに。
(やはり、たっぷりと時間を掛けたいな……鎧のベルト一つ外すのも、優美に、厳粛に、象徴的に……)
狂おしく求めるからこそ、何をするにしても万全を期したい。そんな歪んだ心持ちで、アリスの頬に優しく触れる。
「……もう暫く、そのまま眠っているといい。アリス……アリシア」
優しい言葉をかけ、ガブリエルは敵を迎え撃つべく岩山の中央へと足を進める。その視線の先では青い服を着た亜麻色の髪の少年が乗った飛竜と、ガブリエルが見知っている男が乗った飛竜がちょうど岩山の端に着地するところだった。
「……暗黒将軍。貴様何故、人界軍の者と協力している?」
ガブリエルの問いは、《人工フラクトライト》達の性質を知っているからこその疑問であった。上位者である自身に歯向かってくる……一度目は彼我の力の差を知らぬという事で理解できるが、
彼に対している暗黒将軍は一歩前に出る。手の仕草で自身が乗った飛竜へと指示を出せば、くるるっと鳴き声を発した後で北へと飛び去って行く。隣の少年……ユージオの乗っていた飛竜も岩山から飛び立ち、戦場となる場所を離れた。
「無論、和平の為に」
「和平だと?」
想定していなかった、とガブリエルは珍しく僅かに表情を歪ませる。そもそも人工フラクトライト達が生み出された目的は無人兵器の製造の為だ。戦いの、戦争の為に生み出された存在が
「何が可笑しい、皇帝よ……!」
「可笑しい? ……あぁ、私は今
ガブリエルが自身の顔に触れ、その歪み方を確認すれば確かに笑っている。笑みを形作っている。しかし、その内心はあまりの馬鹿らしさに笑うしかなかった……と言うのが正しいだろう。
嘲りを隠さない皇帝の態度に、もう言葉は無意味だとシャスターが腰に佩いた刀……銘を《
そんな臨戦態勢に入る二体の《人工フラクトライト》を前に、ガブリエルは背後の空を見上げた。
彼の目に入ったのは、眼前に迫った致死の流星。四つのスーパーアカウントの中で最大の天命を持つ《暗黒神ベクタ》の天命を全て削りきるほどの一撃。
ユージオとシャスターが敢えてガブリエルの視界に入り、その意識を少しでも引き付け、その視界の外より降下してきたベルクーリが必殺の一撃を見舞う。そのような計画を立てて彼らは行動していた。
その一撃には、ベルクーリの必殺の心意も込められている。カセドラルでオーリと戦った時すら、本気と全力を出し切っても漲らせる事の無かった殺気を込めている。
理由は怒りだ。ベルクーリ・シンセシス・ワンと言う男は、その長い生涯において初めて、愛剣に真なる怒りを込めるほどに激怒していた。アリスが攫われた事のみだけでなく、目の前の存在が現実世界と言う別の世界からやって来たよそ者であり、そいつが暗黒界人たちを戦場に駆り立てた。
純粋に、そう例えば……人界軍に居たキリト達のように、または皇帝直属の暗黒騎士のように、自身も仮初とは言え命を賭け、戦場で剣を振るい戦い抜いていたのであれば、ベルクーリはここまで激怒しなかったであろう。
しかし、この皇帝は後ろで指示を出し、無為に何万と言う命を散らせ、アリスを攫って行った。効率的と言えば聞こえはいい。しかし、余りにも命を軽視した行いは、二百年以上アンダーワールドを見守り続けてきたベルクーリには到底赦せるものではなかったのだ。
現実世界の人間が全て悪でない事は知っている。オーリを、キリトを、アスナを、シノンを、他の外から来た人間達を見てきた。それぞれがそれぞれの考えを持っているけれども、悪ではなく仲間を、家族を守ろうとする者たちだった。皇帝に従っていた弓の暗黒騎士ですら、その心の中には俗でありながらも善性を宿していた。
(つまり、てめぇと言う人間の本性が、どうしようもなく悪だと言う事だ)
だからこそ、目の前の存在へと全身全霊を込めた怒りを。それを持って、散っていった命に対する報いを。
命の重さを、この一撃で知れ。
「ぜあぁぁっ!!!」
足の裏に風素を発生させ、高度十メルの地点で最後の一歩を踏み切る。あらんかぎりを込めた気合いと共に、皇帝の脳天へと斬撃を振り下ろす。その威力は大気すら灼く、アンダーワールド開闢以来発生した全ての剣技を超えるほどの威力。命中すれば、神と言えど一撃で葬り去るほどの、究極だった。
そんな一撃を見ても、ベクタの表情はまったく動く事は無かった。せいぜいが見上げる程度の動きしか許さない超速の、あらゆる防御も回避も許さない絶対の一撃。
シャスターもユージオも、次の瞬間には皇帝が両断されていると信じてしまうほどのものだった。
しかし刹那の瞬間、皇帝の身体が淀みない動きで、すぅと横に滑った。唯一退避できる空間へと、回避に必要なギリギリの距離を。究極の一撃が断ち切ったのは、宙にたなびいたマントだけであり、直後に雷鳴じみた轟音と共に岩山の頂上に深い傷跡をつけ、巨大な岩山自体をも大きく震わせた。
「あれを躱すか……ッ!?」
驚愕に顔を歪めるシャスターとユージオに構わず、ベルクーリは止まる事なく風素を使って宙を蹴り、皇帝の横に着地。全霊の一撃を打ち込んでから半秒と掛からず即座に横薙ぎの一撃を放つが、皇帝はそれすらも避けた。
だがそれで、ベルクーリは勝利を確信する。
先に放った一撃は躱されたが、それは未だ
最初に豪奢な白金色の髪が広がり、額に嵌まる宝冠が微かな金属音と共に砕け散り、皇帝の両腕が高く高く掲げられた。ベルクーリの目には、黒を纏う長身の皇帝が縦に裂ける様が視えていた。
ただ、その光景は乾いた破裂音と共に砕かれた。
「な、に……」
今度は、ベルクーリと言えど動きを止めるしかなかった。破裂音の元は、皇帝が両手の掌を背後で合わせた音だ。ただそれだけで、止められる威力ではないはずの不可視の斬撃を止めてみせた。
有り得ない。その威力の斬撃を放った本人だからこそ、それが理解できてしまった。だから刹那の間とはいえ動きを止めてしまい、続いて発生した現象を黙視する事しか出来なかった。
蜃気楼のように揺らめいていた不可視の斬撃が、皇帝の両手に吸い込まれるようにして消えたのだ。それと同時に、皇帝の青い双眸がどす黒い闇色に染まり始め――…その奥底に、ちかちかと瞬く無数の星のようなきらめきが見えた。
「……貴様は、人の心意を食うのか」
その煌めきは、魂だ。この男が今まで吸い取ってきた、人々の魂が囚われている。そう確信したベルクーリの呟きは目の前の皇帝に、そして二人にも届いていた。
「心意を……?」
「そんな、馬鹿な……!?」
「シンイ……? ……なるほど、
空斬を吸い尽した皇帝が無造作に両手を降ろし、寒々しい……生きた人間の気配が完全に抜け落ちた声を響かせる。それはユージオは元より、歴戦の暗黒将軍であるシャスターも、それよりも長く生きたベルクーリの心胆を凍らせるには十分な、人外とも言える存在が放つ声。
そんな存在感を放ち始めた皇帝が、その唇を薄い笑みのように見える形へと歪めた。
「お前の心は、オールドヴィンテージのワインの様だ。とろりと濃密で、どっしり重く……長く残る後味。私の趣味ではないが……しかし、となればあの二人の味はどういうものかも含め、メインの露払いに味わうのも良かろう」
皇帝が腰に佩いた長剣を抜き放つ。現れた細身の刀身は青紫色の燐光に包まれ、皇帝が纏う不吉な雰囲気を一際強調していた。
「さぁ、もっと飲ませてくれ」
そう言い、気負いなく剣をぶら下げながら微笑む皇帝へと、ベルクーリは意を決して駆け出す。シャスターもユージオも、それに倣うように駆けだした。
――死ぬわよ? 貴方
ふと、懐かしい声がベルクーリにそう囁いた。
――かもしれねぇ。でも
一瞬だけ、ベルクーリは口の端を歪めて笑う。
――てめぇのガキのように思ってる奴等を守る為に死ぬなら、上等すぎらぁ!
◇
ストレアとキリトが狼王に乗りベクタが離脱し、ベルクーリらが追って行った方向へと駆け出して十分ほど後、約一万のダークテリトリー軍が五百の人界軍と合流し、南へと進路を取る。合流前にはアスナとユナが目を覚まし、三女神とその従者が揃い踏みでダークテリトリー軍を出迎えた。
双方の軍はストレアより『いきなり仲良くしろとは言わない。ただ、足を引っ張る事なく協力して』と言いつけられており、対面時こそぎこちなさがあったもののリーファやラン、ユウキが間に立ちつつ、協力体制は整っていた。
そんな中でシノンはオーリの居る馬車の中で、彼の眠るベッドに座っていた。リネルとフィゼルは馬車を引く馬を操舵している為にこちらには居らず、今は二人だけだ。
「涼……」
愛しい人の名を呼んだ彼女の声は、戦場で発していた物とは比較にならないほど憔悴しきっていた。何故かと言われれば何てことは無い。この状況が彼女の心に多大な負荷を掛け、消耗させているから。
それでも、彼女がその心を曝け出せるのは愛しい人の前しかない。今は眠っていても、自身の声が届いていなくても、無条件に寄りかかれる場所はここしかない。
「あの二年で、わかってたのに……貴方の声が聞けない事が辛くて、貴方に笑いかけてもらえない事が寂しくて、貴方に抱きしめてもらえない事が苦しい……」
その瞳から、涙が溢れ出てくる。ただ、嗚咽を漏らす事だけは我慢した。聞かれれば誰かが来るだろうから、こんな姿を見せてしまえば士気に影響してしまう。
しかしそんな中で、今までの二人の事を思い出せば……出会って別れてを繰り返しているようにシノンは思う。
初めて出会った時も、すぐに道は分かれてしまった。
次に再会した後は、SAOによって引き裂かれてしまった。
戻って来てくれた後で、今こんな事になっている。
何度繰り返せばいいのだろう。これが最後なのか、それとも……そんな考えが浮かんできてしまう。信じると決めたのに、彼のプロポーズを待つと決めたのに。
「私、弱いよ……涼。貴方が居ないと、立っていられなくなっちゃうよ……」
どさり、と力なく、愛しい人の胸に飛び込むように倒れる。それでも、オーリが目を覚ます事はない。規則正しく胸が上下して、生きているという事を伝えてくるだけだ。それでも、シノンは縋りたかった。今曝け出している
そんな彼女の頭をふわりと何かが撫で、鼻腔によく知っている匂いが強烈に飛び込んでくる。
「っ……りょう?」
顔を上げて名前を呼び、彼の顔を覗き込む。しかし、そこに居るのは相変わらず眠っている表情であり、何の変化も見受けられない。それでも、感じた全ては彼女が知っているものだった。
愛しい人が頭を撫でてくれた感触と、抱き着いた時に嗅いだ匂い。
覚えてる。まだ自分はそれを全部覚えている。忘れてなんかいない……それを思い出せた彼女の涙は、いつの間にか止まっていた。
それと同時に、外がにわかに騒がしくなっていく。名残を惜しむようにシノンはオーリから離れて立ち上がり、一度自分の両頬を叩く。
「シノン様!」
「今行くわ」
呼びかけた衛士へと短く返事をして、シノンは一度だけ愛しい人へと振り返った。
「……行ってきます」
だから次は、起きて私を出迎えてね。
そう言い残して、戦場の空へと飛翔した。
血色を取り戻しつつある肌と、蒼く染まり始めた髪に気付く事なく。
すとれあ「後書きに書くおふらいん的なネタが尽きそう」
きりと「まぁ今設定吐くわけにもいかないしな……本編はすげぇシリアスだし」
すとれあ「作者はその反動で脳内はギャグネタばかりらしいよ」
きりと「誰が被害者に……」
すとれあ:生贄にされる人を見る目
きりと「まって、ちょっとまって」