流星の軌跡   作:Fiery

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FGOのイベントと執筆活動が重なり過ぎて死にそうです。
影分身の術は無いのか……!?


命を賭して

 プレイヤー軍を食い破り、アスナ達は何とか遺跡の参道へと滑り込む。参道の幅は二十メートルほどであり、混成軍の人数なら後方に敵を通さないように配置してローテーションを組んで迎撃は可能だ。

 そこで防衛戦を行い――…それも熾烈を極めている。

 

 右翼にイスカーン率いる拳闘士団。左翼にはリピアが率いる事になった暗黒騎士団。そして中央は、亜人隊を指揮下に加えたイーディス率いる人界暗黒界混成軍とユナ。

 その()()()()アスナ、リーファ、ユウキ、ランが立ち、空からはシノンの爆撃があって尚、戦いの天秤はアスナ達に傾くわけでは無い。

 

「ちぃっ」

 

 弦を引き絞ったシノンが舌打ちを一つ。その中に込められているのは()()()という、苛立ちの感情だ。

 防衛戦を開始した後、シノンはストレアが捨て置いた一万を超えるプレイヤー軍が近づいてくるのを視認した。当然、それに対して迎撃行動を起こしたのだが、思った以上にプレイヤーの数を減らせなかったのだ。

 その理屈は簡単なものであり、プレイヤー達は軍人のように隊列を組んで進むのではなく、小隊のような少人数、または単騎が無数に散る形で進んできたためだ。シノンの広範囲殲滅攻撃は相手が密集していれば最大限の効果を発揮する。散っていたとしてもその攻撃範囲でカバーは出来るだろうが、それでも撃破できる数は少なくなる。

 流石に相手も防衛戦をしているこちらに仕掛ける際には密集しているが、今度は味方との距離が近い為に、範囲を最大限に取るという事は出来ない。

 

 それでも相手に損害を出す事が出来るのでシノンは爆撃を行っているが、思う様な結果が上がらない為に苛立っていた。

 

 敵を撃ち漏らせば、最愛の人が死ぬ。戦いが始まってから常にシノンは、そんな強迫観念に晒されてきた。

 ランとユウキを、アスナ達を信用していないわけでは無いが、自身が最も数を撃破できる能力を持っているのはシノン自身も、他の皆も周知の事実である。戦争が始まってからのキルスコアは大規模術式を行使したストレアよりも上であり、アンダーワールドで最も《フラクトライト》やプレイヤーを撃破したのはシノンだ。

 

 その事についての後悔はない。彼女にとっての優先事項に変更は一切ないから。

 ただ、そうしても尚危機にある事が、たまらなく恐ろしかった。加えて、思うように撃破できない事実が苛立ちを加速させてしまう。

 

「上からじゃもう限界か……」

 

 敵が散らばった事による効率の低下で、もう上空支援の効果が上がらないと判断したシノンは攻撃位置を変更するべく移動する。移動しながら、この戦争でようやくその仕様を解明した武器に視線をやった。

 スーパーアカウント02《太陽神ソルス》は《無制限飛行》と弓型の専用武器《アニヒレート・レイ》による《広範囲殲滅攻撃》で、遠距離より対象を攻撃して殲滅するユニットだ。その専用武器は使い方……要は弦を引く力で攻撃の威力を、弓を構える角度で攻撃する範囲を設定する。一度攻撃した後はチャージが必要で、最大の威力と範囲で攻撃すれば当然チャージ時間も長くなり、最小の威力と最小の範囲であれば短い。

 

(どうする……どうすれば……)

 

 弦を引く。どうすればいいと、最も信じる誰かに問いかけながら。

 

 一方、杖で迫り来るプレイヤーを殴打し、気を抜かないまま次の相手の鳩尾部分に石突を叩き込む。そんなランが用いる《太陽の巫女(ハイアカウント02-1)》は、術式の使用に重点を置いたアカウントである。

 妹であるユウキが使う《太陽の剣士(ハイアカウント02-2)》は武器を扱う事に長けたアカウントであり、共に《太陽神ソルス》の従者という設定を与えられている。故にステータスや天命値もそれに準じたものであり、アメリカ人プレイヤー達が使っている暗黒騎士とは性能そのものが隔絶しているといっていい。

 

 それでも、数を相手にした場合は武器にはなれどそのまま勝利に結びつくわけでは無い。最初の内は疲労はあれっても、まだ動けていた。ユウキやアスナ、リーファも同様に、四人が四人ともお互いをカバーしながら数を減らせていた。

 ユナの歌の効果もあって、彼女が歌い続ける限りは即死による退場以外を考えずに良くなったのは大きく、シノンの上空支援もあって順調そのものと言えた。

 ただ、数が多すぎた。一度に相対する人数という意味ではそこまで多くはないが、そうして長い時間、休みなしで戦い続けても尽きない程の数だ。

 

 しかも相手はAIではなく、血の通うプレイヤー。埒が明かないとみるや、戦術を変更してくる。

 

「重装兵……!?」

 

 隊列を組み替え、現れたのは分厚いタワーシールドと長大なランスを構えた騎士達の姿。

 

「槍の突撃が来ます! 穂先をよく見て、初撃を回避してください! 懐に入れば倒せる敵です!!」

 

 アスナが張り上げた声に、人界暗黒界双方の兵達から『おぉっ!!』と応える声が上がった。

 

「姉ちゃん行ける?」

「兄さんくらい速く突かれたら無理かな」

「二人とも余裕。余裕じゃない?」

「オーリ君とキリト君がやる奴だよね……しんどい時こそ軽口叩いて余裕を持つって」

「逆に言わなかったら、それだけどうにもならない状況らしいよ」

「なるほど?」

 

 リーファは疑問符を浮かべているが、半分自動で軽口を叩けるだけまだ冷静になれる。張りつめ過ぎず、しかし適度に張りつめるには()()()()()()()()だ。言い方を変えれば適度に気を抜くという事。それが戦闘中であろうと、一度は緩めなければ次に力を入れる事は出来ないから。

 

「来るよ!」

『『『突っ込めェェェェェッ!!!』』』

 

 英語で雄たけびを上げ、横一列に二十人もの重装兵が突撃してくる。赤い、死を齎す津波はまさに災害のような圧力を伴って襲い掛かってくる。衛士達が浮足立つ気配を感じ、拳闘士や暗黒騎士、亜人隊もわずかに動揺が走る。

 

「「「怯むな!!」」」

 

 それぞれを率いる者が吼える。そんな事では、自分達より前に出ている女神たちに笑われるぞと言わんばかりに。

 その声と同時に、アスナ達四人はそれぞれが別の突進してくる槍へと突っ込んだ。アスナが細剣で横に受け流し、リーファが刀で縦にいなし、ランが杖を回転させて弾き、ユウキは突き出された槍の上に乗って敵の首を落とす。

 

Crazy(イカれてる)!?」

「今のは何言われたかわかったんだけど!?」

 

 返す刃で言った相手を斬り倒し、ユウキは周りを見た。幸い第一波は様子見の意味合いもあったらしく、連続で突進されるわけでは無い。四人を無視して部隊の方に突進していったプレイヤー達の突進で貫かれている者もいたが、ユナの武装完全支配術のおかげで槍を引き抜かれた後に急速に回復し、敵を撃破している。

 

(それでもマズイ、かな?)

 

 ユウキが戦術、戦略面では自分より数段上のアスナとランを見れば、二人も渋い顔をしていた。装備の優先度(プライオリティ)は彼らの装備よりも相手の槍の方が上であるから、当たれば傷を負う。それはまだいい。

 問題は今現在の回復はユナの支配術によるもの……厳密な意味での回復ではなく、ユナが全ての傷を引き受けているという事と、攻撃を受けた時の痛みまで消えるわけでは無いという事。最初の峡谷戦では戦争開始直後であった為に疲労も無く、各々の士気も高い水準を維持できていた為にそこまで考える必要はなかったが、今はマイナス要因が存在している。

 

 例えば疲労による精神的な消耗。それは様々な事を鈍らせてしまうものであり、ともすれば人の心に絶望を……()()を呼ぶ呼び水となる。それはこの世界、心意という心の持ちようが肉体すらも支配する世界においては致命的なものになりかねない。心が折れてしまった時、人は容易く絶望する事をアスナも、明日も生きられるかわからなかった事のあるランとユウキも知っていた。

 

 ユナの事はそれ以上に深刻であり、峡谷戦では術の使用は二十分程度だったが使用後に彼女は気絶している。今はもう既にその倍以上の時間は経過しているために混成軍の損耗は今は無いが、それはもういつ終わってもおかしくない束の間のものになっている。

 

「突破の際にもうこっちは一万を割り込んで、あっちはまだ一万以上……義姉さんの爆撃も、参道に入り込んだ相手を撃とうとすれば」

「わたし達もまとめてになる、か……」

「えぇ、そうね」

 

 四人以外の声がすぐ上から響いて、隣りへと降り立つ。

 

「義姉さん!?」

「上からじゃ埒が明かないわ。だから、これからは私もこっちで撃つ」

「いやお義姉ちゃん、近接……」

「最悪、弓でも拳でも。足もあるわよ」

「アスナさん、オーリ君に感化されるってこんな感じなんです……?」

「否定できないかなぁ……」

 

 あはは、と苦笑するアスナは表情を引き締め、また突撃体勢を整えたプレイヤー達を見やる。

 

「また来るよ。皆」

「ここなら、前に飛ばせば敵の誰かに当たるから楽ね」

「なるべくカバーはしますけど、無理しないでくださいね……」

「ランちゃん……義理の姉が突飛だとお互い苦労するね」

「姉ちゃんとリーファさんがシンパシー感じてるの、ホント面白い」

「ユウキ、戻ったら覚えときなさい」

 

 ヒエェェェ、とわざとらしく声を上げたユウキの視線がふと空へと向く。

 

「……うそ」

 

 わざとらしかったさっきの声と打って変わっての、真剣な呟き。それにつられるように四人は空を見て、息を呑んだ。アメリカ人プレイヤー達が来た時と同じように無数の流星が……様々な文字列とフォントで構成された線が、大地へと伸びてきているのだから。

 

 しかしその色は違う。

 

 赤色ではなく、深い青色のそれが意味する所を推測する事は彼女達には出来ない。ここで敵の援軍が来たとしても、来るなら来いと構えるしかないのだから。ストレアが居れば何かわかっただろうか――…シノンはそう考えて振り切った。

 

『大丈夫』

 

 耳元で声が聞こえて、シノンは思わず振り返る。今ここにいるはずの無い人の声が聞こえたから、その人が眠っている馬車がある方を振り返った。

 空の様子に気付いていないプレイヤーの重装兵が再び駆けてくる。迎え撃つアスナ達との間に流星が落ち、敵プレイヤー達が現れた時のように人の形を成していく。プレイヤー達にとっては突然の事に動きが止まり、次の瞬間には鮮血が舞い、プレイヤー達の身体が次々と吹き飛んでいく。

 

「なん、で……」

 

 アスナ達の視界に映ったのは、ここにいる筈の無い存在の姿。

 

「何で、ってのは酷いんじゃない?」

「まぁしゃーねぇだろ。予想外の援軍って奴なんだから」

「リズ……クライン……!」

 

 ピンクの髪に盾とメイスを携えた少女と、赤髪に似合わないバンダナを巻いた青年が肩に刀を担ぐ。更にその横に流星が次々と振り、アスナ達が知る姿を結んでいく。

 

「間に合ったか?」

「エギルさん!?」

「あたしだって居ますよ!」

「シリカさんまで!?」

 

 まさか、とアスナが形を取る人たちを見渡した。

 知っている。みんな、知っている顔だった。忘れる事など出来はしない――…共にあの鋼鉄の浮遊城を駆け抜けた、掛け替えの無い仲間達だから。

 

「SAO生還者(サバイバー)千人で、助けに来たわよ!」

 

 勝気に笑うリズの声と共に、降り立った生還者達の声が大地に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 二人の武人が、皇帝に向かって剣を振るう。雄々しい気合と共に真っ直ぐに、何の策略も存在しない、愚直なまでの突撃。凡そ、剣技の高みにいる整合騎士団長と暗黒将軍が取るはずのない戦法。

 しかし今、二人が取れる戦法でこれが最も強力であると二人は理解している。何度も剣を合わせてきた好敵手同士だからこその連携を持って、皇帝を追い詰めるという選択。それでも激しく傷つき、全身から血を滴らせながら。

 

 その中にユージオは踏み込めずにいた。怒涛の突撃の前に割り込む隙を見いだせないというのもあるが、二人が見せる背中が彼の介入を許さなかったのだ。

 

『親ってのは、自分の子を守って死ぬモンだ』

『未来へ歩む者を守るのが、俺の本懐だ』

 

 二人の覚悟を、その背中は語っている。決して穢してはいけないものに、ユージオは知らずの内に敬意を払い、しかし剣を握る手には力を込めたまま、戦局を見据えた。

 

 斬りかかり、意識が薄れ、痛みで覚醒する。

 

 そんな事を続けて、どれだけ経ったか。ユージオが空にある太陽の位置を見ても、ほとんど変わりがない。数分程度しか経っていない状況に歯噛みしながらも、二人の戦いを目に焼き付けようと、再び視線は戦いへと移る。

 

「……理解出来んな」

 

 微かな嫌悪の色を浮かべ、皇帝はそう吐き捨てた。その突撃の意味を理解できないのは当然として、それを諭したベルクーリはともかく、シャスターがそれに付き合っているという理由も理解できない。

 剣を撃ち合う度に感じる心意の味。それは二人が自分を殺す気で挑んでいる事を示している。

 ()()()()()。二人にとって自身は不倶戴天の敵であろう事は理解できるのだから。しかしスーパーアカウントである自身に対して、ただの《人工フラクトライト》である彼らが勝てる可能性は低い。それはアバターのステータスや付与された権限から見ても明らかであり、だからこそ理解できない。

 逆転の札を残している可能性と、自分を出し抜いてアリスを攫う可能性のみに注視しながら立ち回っているが故に嬲っているような状況ではあるが、それでも二人は愚直な突撃を繰り返すだけ。剣を持ち、自分達を見ているもう一体は隙を伺っているような様子を見せるだけであり、アリスを攫う気配を見せない。

 

 ガブリエル・ミラーにとっては、端的に言えば全てが不可解だった。

 

(まだか……ベルクーリ……ッ)

(後、五十だ……)

 

 だが二人にとってはそれで良かった。その狙いは、時穿剣の記憶解放術による皇帝の撃破であり、ここに至るまでの行動全てが二人の想定内。

 この記憶解放術《裏斬》は、単純に発動すればいいと言う物ではない。発動し、命中させればありとあらゆる相手を屠る事が可能な物であるが、効果に見合う……と言うのは人それぞれだが、困難な条件が三つ存在する。

 

 第一の条件は時間だ。《裏斬》が斬るのは()()()()()()であり、正確に時間を計る手段の全くないアンダーワールドにおいて十分を正確に計る事は不可能に等しい。ただこれは、時間に干渉できる神器である時穿剣と長年同調し続けた結果としてベルクーリが身に着けた、今が何時かなどの時間に関する事を正確に把握できる特技によってある程度は解決できる。

 事実として、ベルクーリは左腕を斬られた後から、愚直な突撃をシャスターと共に敢行して皇帝の能力によって意識を寸断されようとも、驚異的な正確さで時を刻み続けているのだから。

 

 第二の条件は場所である。時間を計れたとしても、十分前に対象が居た場所を把握できなければ無駄に終わる。発動に莫大な天命を消費する《裏斬》は連発できるものではない為、この二つを正確に知らなければ発動したとしても空振りに終わる可能性が非常に大きい。

 これが、二人が血を流しながらも突撃し続けている理由。流した血は今や、広いとは言えない岩山の頂上の殆どに広がっている。それを踏んで付いた三人それぞれの靴の跡……それはこの戦闘の軌跡。その中で自身の左腕を斬られた場所をベルクーリは覚えている。そして、その後から皇帝がどう動いたかは、血の軌跡が教えてくれる。

 

 最後の条件は、条件と言うほどのものではないかもしれない。単純に、一見何もない所を斬るという悠長な動作を皇帝ベクタが許してくれるかどうか。攻撃中は隙だらけな上に、自分の方を見ていない敵など恰好の的に過ぎない。数と言う利も皇帝の能力の前では無意味であり、最も達成が困難な条件がこれだろうとベルクーリは考えている。

 

 それらの事を、ベルクーリはシャスターに一切話していない。しかしシャスターは、ベルクーリが考えているであろう策に命を賭けた。そこにあるのは長年敵同士であった二人の間に培われた、不可思議な信頼だけ。

 敵である。友ではない。しかし和平を目指す同志であった。ダークテリトリーに於いて異端の思想を持つシャスターの考えを一番初めに認めたのは、敵である人界整合騎士のベルクーリであった。シャスターの腹心であり愛人でもあるリピア・ザンケールも、『閣下が仰るならば』という消極的なものであったにもかかわらず。

 自身が認めた男が自身を認め、『命を賭けるか』と問うてきた。それに『是』と返せねば、シャスターは今まで培ってきた己全てを裏切る事になるだろう。ここで死ぬ事になれば未練も、後悔もあるだろう。

 

 それでもここで命を賭けねばならない。賭けねば、生きられたとしてもこの時の己を明日以降の自分は、一生嗤い続ける。生きる事が勝利かもしれないが、矜持を捨ててしまえばビクスル・ウル・シャスターという武人は死ぬ。

 

 その事を、シャスターは心の中でリピアへと詫びた。

 

 苦労させるかもしれない。

 後悔させるかもしれない。

 悲しませるかもしれない。

 

 それでも、愛している。

 

 だからここで、この(怪物)は殺さなければならない。愛する人が生きる未来を、紡いでいく為に。その礎になれるのならば本望であると。

 

「おぉぉぉぉぉッ!!」

 

 シャスターが吼える。もう何度目かわからない突撃を見据える皇帝の目に浮かぶ嫌悪は、最初よりも強くなっていた。

 

「飽きたぞ。お前達の魂は重く、濃すぎる。そして私を殺す事しか考えず――…単調に過ぎる」

 

 平坦な声で言葉を連ねる皇帝の剣が、粘着質な光を纏った。ふっ、とシャスターの意識が遠ざかる。もう何度も受けた為に、意識を失っていようと次に起こる事は理解できた。次に振られる一閃で自分の命は終わる。

 

「何かを狙っている事など、丸分かりだ」

 

 しかし皇帝はシャスターを無視した。意識を失った彼を捨て置き、ふらりと明後日の方向へ向かおうとしたベルクーリへと剣の切っ先を向けて、光を放つ。

 舌打ちと共に、ベルクーリはそれを回避した。彼が向かおうとしたのは、十分前に皇帝が居た位置。意志力のみで時穿剣の記憶解放術を発動させ、そこを斬ろうとしていたのだ。それを……いや、皇帝撃破の秘策の存在を見抜かれ、ベルクーリの万策は尽きた。

 次の好機は自分には訪れないだろう。しかし、最後まで足掻けと、彼も咆哮を上げる。自身へと伸びる光を何度も、必死で避けて……とうとうそれが身体に触れた。

 

 意識が闇へ落ちる。

 

 次にベルクーリが見たのは、時穿剣を握っていた自身の右腕が斬り飛ばされる光景。剣が地に落ちれば、術も解除されてしまう。そうなればもう、皇帝を殺すことは不可能だ。

 

まだだッ!!

 

 先に意識を取り戻したシャスターが朧霞を皇帝へと投げつけ、ベルクーリの右腕ごと宙を舞う時穿剣へと走る。無駄な事だと、皇帝が冷笑を浮かべて投げつけられた剣を弾き、シャスターへと剣を向けようとして、青薔薇の剣に光を宿して自身へと真っ直ぐ突っ込んでくるユージオに気が付く。

 ユージオに、二人が何を狙っているかはわかっていない。しかし、ここが成功するか失敗するかの瀬戸際であると理解できた。

 

「ふむ」

 

 そんな彼の決死の攻撃を、皇帝はただ眺めるだけだった。馬鹿にして、とユージオは思わない。皇帝の実力は、アンダーワールドにおいても屈指の剣士二人を相手にして優勢であったことからわかっている。自分よりはるかに格上だと理解して尚、ユージオは皇帝へと走った。

 走る途中で強く踏み込み、突進する。音に迫るほどの速度を持って、ユージオは皇帝へと立ち向かう。ソードスキル《ソニックリープ》による高速の一閃はぬるり、と最短距離を伸びてきた皇帝の剣で止められた。

 

 呑まれる。

 

 一度感じたあの感覚が再びユージオを喰らわんと襲い掛かってくる。意識を問答無用で闇へと突き落とすような皇帝の心意は、騎士長や暗黒将軍ですら抗えないものだ。二年前よりも遥かに強くなったとはいえ、二人の練度に及ばないユージオが抗える道理はない。

 

「…………ない」

「む?」

 

 意識が呑まれ、呆然自失としているはずの彼から漏れた声に、皇帝は疑問符を浮かべた。能力は正常に作用し、目の前の《人工フラクトライト》はその機能を一時停止したはずなのに、何かを発した。

 

「……わたさ……ない」

「……何?」

 

 虚ろになった瞳のまま、ユージオの顔が皇帝を見た。何故動ける。何故自分を捉えている。そんな疑問は次の一言で吹き飛んだ。

 

 

「僕のアリスを! お前になんか渡さない!!」

 

 

 その宣誓に、皇帝は怒りで応えた。無表情だった顔に初めて、明確にそれとわかるものを滲ませて、目の前の存在を叩き潰す事を決めた。

 何故この存在が能力に囚われて尚動いたのか、そんな事は()()()()()()。二度とそんな言葉を吐かないように、今ここで殺せば問題ない。

 

「良く言ったユージオ……ッ!!」

 

 ベルクーリが口を笑みに歪めた。言ったのが今でなければ、盛大に祝いの酒でも飲みたい気分だった。皇帝の心意に、義息がその心意を持って抵抗を示したのだ。

 お前ならオレよりも先に行ける。アリスを……その手で大事な者を守っていける。そう確信して、斬り飛ばされた自分の腕の方向を見た。そこには未だ光を宿した時穿剣を、自分の代わりに握ったシャスターが居た。ならば行ける。今しかない。

 

「シャスタァァァァァァッ!!」

 

 叫びながら、駆けた。皇帝と斬り結ぶユージオの元にでも無ければ、名を呼んだ好敵手の元にでもない。

 

 まったく関係ない、乾いた血で刻まれた軌跡の途中へ。

 

「そいつで! ()()()()()!!」

「――…承知ッ!!

 

 何故だとか、そんな疑問を挟む余地のない、最強であると認めた男の要求。その男の愛剣に、シャスターは自身の天命全てを注ぎ込む。恐るべき力が宿った剣に、全てを喰らわせる。本来の担い手ではない彼が扱うにはそうするしかないのだと言うように、全てを込める。

 

 その行動に、ガブリエルは疑問を挟まない。しかし彼らが自身を害するのは確定している為に、その行動を止める為に動く。

 

 

「エンハンス!」

「アーマメントォッ!」

 

 

 だが一歩遅い。新たな力を伴った声が二つ響き、皇帝へと影を落とす。振り下ろされる二本の長剣と一本の大剣が目に入り、躱す隙間の無いそれを握った剣で受け止めた。

 衝撃音が響き、黒衣の剣士と赤紫のオーラを纏った虹色の目の少女の姿が目に入る。邪魔をするなという不快感と共に、皇帝の剣に光が灯り――

 

「舐めんな」

 

 少女の声と共に光が弾けた。同時に少女が持っていた大剣も砕け散ったが、ガブリエルはそれに構う事が出来ない。

 

(力が、()()()()?)

 

 今まで相手の心意とやらを吸っていた力が、何も出来ずに弾かれた。囚われながらも動く事はまだ理解できた。メカニズムが分かったわけでは無いが、まだ理解できる。しかし、弾いた――

 

 一瞬の思考。それが、皇帝の致命的な隙だった。

 

「――…オレ達の勝ちだ」

 

 満足そうな声と共に、ベルクーリは好敵手によって振り下ろされた愛剣をその身に受け入れた。右肩口から左腰にかけての袈裟斬りにより、最強最古の整合騎士の肉体は完全に分断され……それと同期するように、皇帝ベクタの肉体も同じく両断された。

 

 同時に、自身の能力の限界を超え、全てをその一撃に込めたシャスターの左手から時穿剣が落ちた。硬質な金属音を響かせると同時に、暗黒将軍もその身体を力なく岩山へと横たえる。

 

「ベルクーリ!? シャスター!?」

 

 ベルクーリが秘策に用いた記憶解放術は、正確に決まれば相手のあらゆる防御は意味を成さずに、攻撃がそのまま天命へと届く。オーリを相手にした時はその一撃で致命傷を与えられず左腕を斬り飛ばすだけだった為に生き永らえたが、今回の一撃は問答無用の致死の一撃。ベクタがいかに膨大な天命を有していようが、そんなものは関係なくゼロにする一撃だった。

 

 分かたれた皇帝の上半身が地に落ちる前に、漆黒の光が心臓の辺りで炸裂し、墓標のように天へと昇っていく。そんな光景を見る事無く、ストレアは二人へ、キリトはユージオへと駆け寄った。

 

「ユージオ! おい! ユージオ!」

「キリ、ト……?」

「良かった……大丈夫か?」

「うん……それより、ベルクーリさんは?」

 

 虚ろな目に光を取り戻したユージオが辺りを見渡して、膝をついて座り込むストレアの背を見つけ……そこにある大きな血だまりを、そして上半身と下半身が分かたれた彼を見つけて、目を見開く。

 ストレアが手を翳し、何か虹色の光を行使しているが、もう絶対に助からないであろう事を確信させる凄惨な状況だった。

 

「……随分と無茶苦茶したね。兄貴以上の馬鹿を見たのは初めてだよ」

「そう、かい……? アイツ以上ってなら……オレの面目も、保てたか……」

 

 語り掛ければ口を開く。まさしく奇跡としか言いようのない状態を、ベルクーリは保っている。それがストレアの助力であろうと気付いて、彼は笑った。

 

「シャス、ター……は?」

「アタシが手を施す前に、もう死んでた。アンタの解放術を引き継いで全霊を注ぎ込んだ……その心意も、天命も、全部ね」

「そうか……何でオレぁ、まだ……?」

「アタシの悪足搔きだよ。どうせ死ぬなら、言い残す事の無いようにって言う」

「……優しすぎて、涙が出てくらぁ……」

「ベルクーリさん!?」

 

 そう話していれば、ユージオが傍へと駆け寄って膝をついた。その目からは大粒の涙を零し、何故と問いかけていた。

 

「ユージオ……泣くんじゃねぇよ」

「でも……でも……僕は、貴方に助けられて……!!」

「良い、んだよ……親ってのは、子供を守る、もんだろ……? だから、それで、いいんだ……」

「ベルクーリさん……!」

 

 声を掛けても一向に泣き止まない彼に、ベルクーリは困ったように笑う。しかしこの時間はずっとは続かないだろう。ストレアが『悪足搔き』と言ったように、引き伸ばされている時間が削れていっている事を、ベルクーリも分かっていた。

 

「なぁ、ユージオ……頼みがあるんだがよ……」

「頼み……?」

「いや、まぁ……オレの事をちょっとでも親みてーに思ってくれてるんなら……ちと『親父』って、呼んでくれ……」

 

 その言葉に、ユージオは涙を流しながらベルクーリの顔を見る。彼の顔はとても透明な笑みで、今が自分の最期の刻である事を悟っている。

 

「おっ、おや……っ」

 

 尊敬する偉大な先人の最期を理解してしまい、ただ一つの言葉を紡ごうとユージオは最大限の努力を払った。しかし震える喉が、溢れる涙が、その言葉を口に出す事を許さない。まるで言ってしまえば、もう死ぬしかないのだと踏みとどまる様に。

 

「……泣くんじゃ、ねぇ……そんな奴にゃ……アリスを、嫁に、やんねぇぞ……」

 

 はは、と笑うベルクーリの身体から、本当に最後の命が、心意が抜けていく。

 

「し、死なないで……! 死なないでください! 親父殿! 僕はもっと! 貴方から剣を、その心を教えて欲しかった! だから!」

「ははは……もう、ねぇよ……お前さんに教える事はもう、何もない……」

「でも!」

「後は、二人で見つけるんだ……なんてったってアリスはオレの弟子で……お前さんは……」

 

 

 

 ――…オレの、息子なんだからよ。

 

 

 

「親父、どの?」

 

 

 

 答える声は、もう無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※余韻をぶっ壊す後書き注意

らん「義姉さんにだけ兄さんの声が聞こえた?」(ハイライトオフ
しのん「(私にだけ聞こえて)ごめんなさいね」
ゆうき「そんなのおかしいボクだって兄ちゃんの家族なのに何でお義姉ちゃんだけなのそんなの絶対おかしいだって家族なのに家族だって言ってくれたのになんでなんでなんでなんで」(闇堕ち



くらいん「あれ、止めなくていいのか……?」
あすな「(修羅場的な意味で)お触り厳禁だから……」
りず「原因を後で中に投げ込めばいいのよ。それくらいしなきゃいかんでしょ」(真顔
りーふぁ「あそこに投げ込んだらオーリ君が二週間くらい監禁されそう」
しりか「自業自得ですよ自業自得」
えぎる「あいつ死んだな」(未来予知


ゆな:ヒロインレースに完全に取り残されてて顔を覆う。
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