流星の軌跡   作:Fiery

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物語は、終わりの螺旋へ。


上半期が終わるのでまた土日と連続で投稿。


そして彼女は己を定義する

 赤い空を、三体の飛竜が翔けていく。

 一体はアリスとユージオを乗せたアリスの飛竜・雨縁。もう一体はキリトを乗せた、ハイアカウントの暗黒騎士が乗っていた黒い飛竜。最後の一体は、ストレアが乗るベルクーリの相棒であった星咬だ。もう一体いた、シャスターの乗っていた飛竜は彼の愛剣《朧霞》と目印としてのストレアの上着、その中に仕込んだ手紙を託して北へと飛んでもらった。

 ベルクーリとシャスターの遺体はあの後、役目を終えたかのように光となって空へと融けていった。その光景を見届けて、四人はこうして果ての祭壇へと向かっている。

 

 飛び立って数分、漆黒の破線が一本だけ伸びてくるのをストレアは視認した。その破線が何なのか、彼女は良く知っている。その前に、千人ものプレイヤーがアンダーワールドへとやってきた事も感じており、サンプルはいくらでもあったからだ。

 

連結体(ネクサス)からのコンバート……」

 

 黒い破線は、数分前までストレア達が居た岩山へと落ちていく。星咬の名を呼べば、それだけでストレアの意思を理解した飛竜が進むのを止め、その場に留まる。

 

「来たのか?」

 

 同じように飛竜をホバリングさせたキリトがストレアの隣に並んだ。彼に頷きで返事をしながら、もう一体の飛竜を見る。

 雨縁に乗ったアリスが心配そうに自分を見ている視線に、ストレアは睨み付ける事で答えた。言葉にすれば『お前アタシを舐めてんのか』とでも言えそうなものに、アリスは視線を逸らして相棒を南へと翔けさせる。

 

「……当たりが強くないか?」

「アタシの当たり程度で凹まれても困るよ。なんせ行ってもらうのはアリスにとって未知の世界で、良い人ばかりじゃない所だ」

「アリスの事を考えてるとしても、嫌われたらどうするんだよ」

「それならそれでいいじゃん。アタシが向こうに帰った後はアリスがここに帰る理由になる」

 

 何の気負いもなくそう言ってのける彼女に、キリトは何も言えなくなった。嫌われるならそれで構わない。その相手に対して何だかんだとお節介を焼き、見返りを求めない――…あえて言うなら対象の安寧が見返りと言えるだろうその考えは、お人好しとも呼べないほどに自己犠牲へ振り切っている。

 人として健全ではない在り方ではあるが、しかしストレアは極自然に体現している。AI(人工知能)であり、SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムだった彼女にとってはそれが普通である……とも言い難い。

 

 あえて言うなら保護者の視点と言えばいいのだろうか。対等ではない、上位者の目線。それならば……と思うが、今度は何に対しての上位なのかという疑問が出てくる。

 

「そんな事より、来るよ」

 

 思考は寸断され、今目の前の出来事へと意識が向かう。

 

 漆黒のデータラインが平らな岩山の頂上へ降り立ち、粘着質な水溜りを作る。その色はまるで地獄へと続く底なし沼……いや、そこだけ切り取った深淵への穴のような、深く濃い……闇そのもの。

 ラインが最後までその穴に吸い込まれ、とぷんと穴の表面に小さな波紋が立つ。その直後、音もなくその穴から右手が突き出てきた。細長い五本の指がうねうねと宙を掻く様は、二人の背に悪寒を走らせるに足る光景。

 

 それ以上に、ストレアは危険だと感じていた。既に星咬の上で臨戦態勢を取り、瞳を虹色に輝かせ、自身の武装完全支配術すら起動している。ベクタと一瞬だけ(まみ)えた時以上に、嫌な予感が止まらない。

 

 その間にも右手に続いて左手が現れ、穴の縁を掴む。湿った水音を立てて現れたのは、意外と特徴の薄い顔つきの、男のアバター。頭に張り付くような短い金髪に、細い鼻梁と薄い唇。白人系のデザインではあるが、妙にのっぺりとした印象の姿。

 

 その姿を見て、ストレアは一つ思い出した。アンダーワールドに来る以前、戯れで兄に聞いた大会出場の履歴と、戦った相手の印象。

 

『一番得体が知れなかったのは、やっぱサトライザーか』

『サトライザーって、BoBの?』

『今まで対戦した……SAOじゃ殺し合った連中でも、戦った後とか戦う前とか、色々感じるものはあるんだけどな、あいつだけそれが無い。黒い穴がそこにあって、()()()()()()()()()()()()()で気持ち悪いってレベルじゃなかったな』

『なにそれこっわ……』

 

 その後に対戦相手の記録を調べ、その件の相手(サトライザー)も調べた。その由来はれっきとした英単語であり、綴りは『Subtilizer』で、その意味は《研ぐもの》《薄くするもの》《選ぶもの》《盗むもの》。

 

 そんな男が、今目の前に現れた。穴から上体だけを出し、周囲を見渡す為に動いた青いガラス玉のような目が、二人を捉える。全てを反射するような、それでいて吸い込むような、一切感情の無い目。

 

「兄貴め……既に本質の一端を掴んでたとか」

「知ってる、のか?」

「――…アタシと会う前に、兄貴が出た第一回BoB」

「あぁ、あの相打ち……まさか」

「そのまさかだね。世界狭すぎかな……」

 

 二人の姿を捉えた男……GGOでのプレイヤー名《サトライザー》。現実での名をガブリエル・ミラー。彼はほんの僅かに口元を歪めた。ベクタの時に自身の力を弾いた少女の姿を認めたからであり、それが運命のように感じたからだ。

 

「アリスは逃げた、か……まぁいい。すぐに追いつく」

 

 ガブリエルの身体が完全に穴から抜け出し、その全貌が露わになった。上下が揃いの濃い灰色の服に革のベスト。足元は編み上げのブーツという、現実世界の兵士のような服装。見える武器は、左腰に佩いた長剣と右腰から下げられたクロスボウ。GGOからコンバートした為に銃器がこのアンダーワールドの技術水準……という名の実装されている武器に置き換えられたのだろう。長剣の方はおそらくだが、光剣の類であると考えられる。

 そして、ガブリエルが抜けだした後も黒い穴はそのまま残り……いや、驚いた事に穴は地面から剥がれ、生き物のように蠢きだした。剥がれた部分が蝙蝠のような翼になり、蛇のような尻尾になり、丸く平べったい体になり、丸い眼球が四つも張り付いた頭部になる。

 鳥とも飛竜とも違う奇妙な怪物は、ガブリエルを乗せると翼を羽ばたかせて離陸。すぐに二人と同じ高度まで上昇してくる。

 

「星咬!」

 

 それを素直に待つ気は、ストレアには更々ない。その意思を汲み取った星咬が口を開き、謎の有翼生物とそれに乗ったガブリエルへ熱線を吐き出す。それをするりと躱し、有翼生物は上昇速度を上げた。

 

「キリト、あいつは時間稼ぎとか言ってらんない。最初から倒す気で行く」

「だろうな。でも飛竜に乗っての空中戦になるぞ」

「ALOの応用で、心意で飛んで見たら?」

 

 星咬に待機命令を出し、ストレアは風素を纏って空へと躍り出た。相手はベクタであった時、剣とその心意による能力だけで戦っていたとユージオから聞いており、空中戦を行うのであればあの奇怪な生物に乗るしかない。

 アンダーワールドの術式に精通し、風素による飛行が可能なストレアであれば空中での自由度は圧倒的に違う。空間リソースについても、風素飛行を行うのであれば問題ない数値である事は()()()()()ために、ストレアは飛竜に乗って戦うのではなくこちらを選択した。

 

「ほう」

 

 感心したような声を上げるガブリエルへ、時穿剣を抜き放って斬りかかる。左腰に佩いた長剣がいつの間にか抜かれ、ぶつかり合って甲高い金属音を辺りに響かせた。

 

「――…その眼の色は、魂の色に似ているな」

「うるせぇ、気持ち悪いぞ変態かてめぇ」

 

 チリチリと鍔迫り合い、空っぽの眼と全色を宿す虹色の眼がその視線を交えた。言葉に出たやり取りに少しだけ、ガブリエルは既視感を覚える。ただそれを思い出そうとはしなかった。何であれ、今は任務の最中であり……目の前の少女が、極上の獲物であると断じれるからだ。

 

 交えた視線より、自分を飲み込まんとする虚無の津波が殺到するのを、ストレアは確かに見た。アミュスフィアであっても自身の兄にその心意を感じさせた男の、STLによって制限が解除されたその力を睨み返す。

 ばちん、と虚無の津波が、全色の壁によって弾かれる。心意という力は極論、その人物の想像力が全てである。そのプレイヤー名の通り自身の魂を盗もうとイメージした男に対して、ストレアがそれに伍する心意を持って殴り返したのだ。

 

 一瞬だけ、ガブリエルの目元が不快気に歪む。その背後、二刀を振り上げたキリトがガブリエルの逃げ場を潰すように左右から一刀ずつ剣を振るった。流石のガブリエルであっても、三方向を同時に対処することは不可能だ。しかし彼は何の迷いもなく、キリトの《流星の剣》に蹴りを放ち、《夜空の剣》による斬撃を剣を持たぬ腕で受けた。

 

(なん、だこれ……!?)

 

 右手から伝わる手応えに、キリトは戦慄した。()()()()()()()()()()。当たったのは見ている。勢いを多少は削がれたとしても、並の相手であれば腕ごと相手を斬る一撃だ。それが何の感触も無く、無効化された。ガブリエルの腕は健在であり……

 

(……ん?)

 

 飛竜が距離を取り、ガブリエルの全身が見える位置に移動した時、キリトは違和感に気付く。夜空の剣で斬った場所は服すら斬れていないのに、迎撃された流星の剣が当たったらしき箇所を黒い粘着性の水が覆っていた。

 それが消えた後に見えた所は、肉体(アバター)の傷こそ見当たらないが、服は斬れたままだ。二つの剣の違いは何か……剣のステータスとしてはどちらも大差ない。夜空の剣がキリトの好みの重さであったり、流星の剣はその取り回しの良さが際立っていたりするが、それは個性の範囲だ。ならば何が違う――…言うまでもなく、流星の剣には親友の意思が宿っているとキリトは思っている。ならば、ストレアと同じ力もこの剣に宿っているとは考えられないか。

 

 事実、体勢を崩したガブリエル相手にストレアが時穿剣を振るい、浅いもののその体に傷をつけた。再び黒い水が傷を覆い治していたが、とするならば。

 

(あいつがこの剣を作った理由は、この男の脅威をあの時から感じていたから?)

 

 キリトやストレアは知り得ない事ではあるが、この時のガブリエルは格闘と銃撃以外の攻撃を一切無効化している。茅場晶彦がSAOでしていたようにシステムによる設定ではなく、その虚無と称された心意によってだ。

 対抗できるのは先に述べた属性の攻撃のみである筈が、ガブリエルの心意に対して対極にあるもの……オーリとストレアの能力がそこにイレギュラーを発生させた。ストレアが対抗できるだけならば、まだ理解できた。彼女は今こうして自分の意志でガブリエルと戦い、得た能力を全力で振るっている。

 

 ただ、流星の剣は説明がつかない。昏睡状態であるオーリが生み出した事もそうだが、その力があまりにも()()()()()()()()()()()()()()()()()となっている。

 とするならば結論は一つしかない。昏睡状態のままオーリはガブリエルの存在を感じ取り、無意識のままに()()()()()()()()()()()()。そして、その為の切り札をキリトへと託したのだ。

 

「だったら」

 

 俺のやる事は一つだとキリトは目を閉じ、意識を集中させる。剣に宿る親友(とも)の力を、最大限解放するために。

 

「力を貸せよ親友――…リリース・リコレクション!!」

 

 黒き飛竜の背から、蒼き光の柱が立ち昇る。その光にストレアは『やっぱ仕込んでたかクソ兄貴』と内心で悪態をつきながらも笑い、ガブリエルはその蒼にある男を思い出し、先ほどの既視感の理由を理解した。

 

「つくづく……やはり、運命が私をここに呼んだのか」

 

 黒かったコートを蒼色に染め、その身体だけで空へと躍り出た剣士を見やり、ほとんど動かなかったガブリエルの表情が大きく凄絶な笑みに歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 どれくらい歌っているのか、全ての感覚が曖昧なまま、ユナはそんな事を考えた。自身が使用している《地神テラリア》の能力を使い、大地に立っている限り彼女が天命の減少によって死ぬ事はない。少なくとも、感じ続ける痛みに心が折れてしまわない限りは。

 

「ユナ様!?」

 

 近くに居た少女……ロニエが崩れそうになったユナの身体を支えた。もう既に、深緑の装い全ては血で真っ赤に染まっていた。支える為に触れたロニエの両手にも、衣服にも血が大量に付着し、鉄臭いニオイが鼻を突く。

 こんな風になるまでユナは人界軍を、暗黒界軍の受ける傷を肩代わりし続けていた。既に焦点の定まらない瞳を前に向けて、それでも口が、喉が歌を紡いでいく。

 

 あまりにも痛々しく、しかし慈愛と神々しさに溢れたその姿に、ロニエは涙を流す。彼女はユナやアスナ達が何のためにこの世界に来たか、正確な所は知らない。ストレアから『ま、兄貴関連だね』としか聞いておらず、しかしこうしてこの世界の為に文字通り身を削っている彼女達に深い敬愛の念を抱いている。

 もちろんロニエや親友のティーゼ、他の志願した兵達も何もしていないわけでは無い。彼女だって先程迄前で剣を振るい、襲い掛かってきた赤い騎士と戦って来たばかりだ。交代で戦っており、暗黒界軍も共に戦っているとはいえ、彼らの疲労はすでにピークが近い。

 それでも戦えているのは、最も分かりやすく自分達を支えてくれるユナが居ればこそだ。戦線の最後列でありながら、戦っているアンダーワールドに生きる命全てに加護を与える女神の歌に、彼らの士気は大きく助けられている。

 

「ユナ様……ユナ様……!」

 

 もういいとは、口が裂けてもロニエは言えない。そうすれば死んでしまう命があると分かっているからこそ、ユナは歌っているのを知っているから。

 

(あぁ……わたし、自分で今立ててないのかぁ)

 

 自分を支える感触にやっと気づいて、ユナは支えてくれている誰かに笑いかけた。その誰かが自分に何かを言った気がしたが、耳も良く聞こえていない。正確には聞こえているのだろうが、痛みで急速に擦り減っていく精神のせいで全てが鈍っていた。

 それでも歌うのは何故か……そう聞かれると、ユナは困ってしまう。歌うのが好きだから歌っている。言ってしまえばただそれだけで、誰かの為に歌うのはそうしたいからだ。誰かの助けになればいいと思い、それが自分の大切な人の助けになったら最高だ。

 

 特段崇高な目的があるわけでも無ければ、馬鹿みたいな自己犠牲の精神を持ち合わせているわけでもない。重村悠那という女は、愛しい人の為に歌えればそれで満足なのだ。その人に届ける為に歌えれば、何も言う事はない。その過程で他の誰かに認めてもらえたり、大勢の人の前で歌うのも勿論嬉しいし楽しい。最初の理由はそうだった。

 でも、運命は変わった。SAOで死ぬために歌った自分はオーリに救われた。なら、今度は自分が彼を救う為に歌う番だと思った。

 

 

 ふと、鈍ったはずのユナの視界に一つだけ、はっきりと輪郭を帯びた背中が現れた。簡素な衣服を着て、穂先を大きな鞘で覆った槍を担いだ、蒼い髪をした男の背中だ。

 

 

 その背中を、ユナは知っている。自分を助けてくれた時も見て、その時からずっと追いかけて、SAOが終わった後も求め続けてきた背中。今は眠っているはずの、彼女の英雄(オーリ)の背中。

 

(君は……まだ戦うの?)

 

 疑問を投げかけた。傷ついているのなら、もう戦わなくていい。全てが終わった後で目を醒ましてくれればそれでいい。その時は、自分にも何か言葉をくれれば。

 

 ユナの視線の先の彼は横顔を見せて笑い、唇が動いて告げた言葉は『ありがとう』だと直感した。

 

 それだけで、ユナにはわかってしまう。戦う気だと理解してしまう。SAOの時はいつだってそうだった。一番に先陣を切り、自分が多く傷つく事になっても戦っていた。そんな人に救われたから、ユナはわかってしまった。

 自分に彼を引き留める事は出来ない。彼にとって自分は引き留めるだけの特別にはなれなくて……でも、ユナにとって彼は一番の特別だ。

 

 鈍っていた感覚が、急激に元に戻ってくる。垣間見た背中がユナに力を与えてくれたかのように体に活力が漲り、ふら付いていた身体はしっかりと大地を踏みしめている。

 

「え……」

「あ、ロニエさんだったんですね。すみません、支えてもらって」

「い、いえ、そんな……あの、ユナ様……」

「大丈夫です。えぇ、不安にさせてしまって済みません」

 

 ロニエの眼から流れる涙の跡を見つけて、ユナは謝った。戦場を見れば、いつの間にか統一された色調ではない、様々な色の集団が赤い騎士達と戦っている。その集団が何なのか、ユナは一目でわかった。『だから、SAOの時の……』とロニエには意味の通らない言葉を呟いて、支えてくれていたロニエにもう一度だけ礼を言い、その体を離して大きく息を吸った。

 

 

「世界よ!! わたしの歌を聞けぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 今までよりも遥かに力の籠った歌声が戦場に響き渡る。その歌声に込められたイメージが、心身ともに満たされた重村悠那の心意が、戦う味方へと伝播していく。

 

 

 ランとユウキは、猫妖精族(ケットシー)の青年の背中を見た。真紅の大剣を背負い、冒険へと駆けていく背中を見た。

 

 リーファとアスナは、親友と並び立つ二人の背中を見た。強大な敵を前にしても恐れる事無く踏み出す、強い背中を見た。

 

 リズやクライン、シリカやエギル、SAO生還者(サバイバー)達は、ゲームをクリアに導いた英雄達の背中を見た。散ってしまった仲間の背中もあるが、皆須らく英雄であった。

 

 人界軍、暗黒界軍双方のアンダーワールド人は、世界を導くために駆け抜ける背中を見た。停滞を打ち砕き、隔てた世界を結ぼうとする英雄達の背中を見た。

 

「……涼」

 

 そしてシノンが見たのは、等身大の愛しい人の後ろ姿だった。他のイメージと違うのは、彼は一歩一歩着実に歩み――…その先にある闇へと向かっていると言う事。

 

 SAOに彼が囚われている間見ていた夢と同じ光景が、再び彼女の前に現れた。

 

「い、いやっ……だめっ! 行っちゃやだぁっ!?」

 

 手を伸ばす。

 夢では動かなかった体が動く。

 

 だから、シノンは精一杯駆けた。その背中に追いついて、引き留める為に。

 

「私を置いていかないで! 私をもう、一人にしないで!!」

 

 叫ぶ。魂の底から、あの時から抱き続けてきた想いを。

 

「私の知らない彼方(ばしょ)なんかに――…行かないでよぉっ!?」

 

 その魂の慟哭と共に、彼女の手が彼に触れて。共に闇へと墜ちていく。

 

 

 

 戦場からシノンの姿が消え去った事にその時気付いたのは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 二刀がアンダーワールドの空で剣舞を繰り広げる。それを見舞われる観客はただ一人、アリスを奪わんとこの地に現れたガブリエルだ。

 《流星の剣》の記憶解放を行ったキリトの力は、凄まじいの一言に尽きる。自身への武装完全支配術に、《夜空の剣》の武装完全支配術すら組み合わせ、三重解放という現時点ではストレアでも出来るかわからない荒業を持ってガブリエルを圧倒する。

 攻撃は何もない空間の空気を踏みしめ、地上と同じ踏み込みを再現する。回避となれば心意による飛行で自由自在に舞う。手数は二刀による回転率で弾幕にも等しく、黒き剣の一撃は見た目よりはるかに重く、蒼き剣の攻撃はまさに流星の如く鋭い。

 

 ガブリエルが如何にその心意で攻撃を無効化し、また受けた傷を癒す事が出来たとしても、今のキリトは災害に等しい。人の身であれば抗うに難く、故に守勢を……いや、完全に防御に回り、耐え忍ぶしかない。

 

「《ジェネレート・オール・エレメント》!」

 

 そしてこの場にいるもう一人は、それを見逃してくれるほど優しくも、抜けてもいない。現時点のアンダーワールドにおいて最強の一角を担う少女が呼び出したのは、八種の素因全て。しかもそれぞれが()()()()()()で、辺り一帯のリソースを食いつくす勢いでだ。

 当然、風素による飛行術が使えなくなるために星咬を呼び戻し、その背に乗っての行使である。

 

 一気呵成とも言える攻めの理由は、偏にガブリエルという男への最大限の警戒あっての事だ。ガブリエルについて知っている事は多くないが、わかっている情報だけで最大に警戒すべき対象である。

 

「キリトッ!」

 

 ストレアが叫べば、高速でキリトが離脱していく。次の瞬間には八種の円状光帯がガブリエルを檻のように囲み、高速で回転して完全に閉じ込めて。

 

「《ディスチャージ》ッ!!」

 

 八種数万の素因が連鎖で炸裂。一瞬だけその威力が収束し、アンダーワールド中から見えるであろう破壊の光柱が荒野と天を貫くように突き立ち、その余波で猛烈な風を巻き起こす。現状、これを超える破壊力はストレアには望めない程の一撃。歴戦の飛竜である星咬も風に煽られて姿勢を崩すが、何とか持ちこたえた。

 

「――…マジかよ」

 

 風が止み、光が消え、大地に大規模な破壊の跡を確認したキリトは、ガブリエルが居た所を見て愕然とした。

 

「流石に、こんなの想定できるか……」

 

 今のはアドミニストレータでも一撃で倒せるんだぞ、とストレアが愚痴る。

 

 二人の視線の先には、ガブリエルが居た。背に禍々しき翼を生やし、左腕を剣に、右腕に()()を取り込み、その顔には血管を浮かび上がらせ、ガラス玉のようだった青い目は血走っている。あの術を受けて生きている事も、その化物のように変じた姿も驚きではあるが、ストレアの驚愕はそれ以外の事象においてだ。

 

「あいつの心意が、増してる」

「みたい、だな……」

 

 流星の剣との同調と記憶解放によってその力を増したキリトと、能力により出力を上げているストレア。術を受ける前までのガブリエルは、その二人よりも心意の力は確実に低かった。

 しかし今はどうだ。まるであの術の威力を喰らい、自身の糧にしたかのように力が膨れ上がっている。実際そうなのだろうと考えても、理屈は一切説明できない。

 二人が攻める手段を考える数秒、ガブリエルから微かな笑い声が響いた。

 

「若く、芳醇……しかし味わい深く、程よい味のアクセントもある。一言で言えば『うまい』となるが……」

 

 剣と化していた左腕が生々しい音を立てて人の手の形となり、続いて右腕も同じように変化していく。背には翼を生やしたままで、顔中に浮き上がっていた血管も血走っていた眼も元に戻り、翼以外は表面上現れた時のガブリエルへと戻っていた。

 

 それが恐ろしい。何をしようと呑み込み、何にも影響されず、自分を保っている。決して揺るがぬ虚無の心意が、まるでブラックホールのようだと思えてしまう。

 

「それでも」

「やるしかない」

 

 二人に撤退は許されない。アリスが現実世界に行くまでは元より、アリスが行ったとしてもこの男がアンダーワールドを蹂躙しない保証はない。だからこそ、撃破して少なくともこの世界から追い出さねば、アンダーワールドの未来はない。

 

 キリトが空中を疾走し、雷光のような速度で斬りかかる。先程まで受け止め、耐えるしか選択肢の無かったその一閃を、ガブリエルは素手で受け止めた。

 

「なん……だと……!?」

 

 白刃取りでもなく、何か技術的な動作も見受けられない。無造作に右手を突き出し、無造作に刃を掴んだ。万力以上の力で掴まれているのか、掴まれた流星の剣がびくともしない。

 

「さっきまで見えなかった君の剣が、()()()()()

「あぁそうかよ!」

 

 右手の夜空の剣を振るうも、そちらも無造作に掴み取られる。その瞬間、キリトに最大限の悪寒が走った。

 力が抜ける感覚がある。まさかと言う思いで動かない二刀を見れば、剣を伝って自分からガブリエルへと淡い光が移動していくのが見えた。

 

(俺の心意まで吸い取れるって言うのか!?)

 

 ベクタの時にそうできる事は聞いていた。しかしアレは《フラクトライト》への干渉……言ってしまえばライトキューブ内の物に限られると判断していた。それがどうだと、自分の甘さを叱咤しながらキリトはガブリエルの顎へと自身の足を振り上げる。

 

「シィッ!!」

 

 破れかぶれの蹴りは首を傾ける事で躱されたが、その躱す先にはストレアが振るう時穿剣が居た。ガブリエル自らの行動で斬撃が吸い寄せられ。

 

「嘘でしょ……!?」

 

 自身への武装完全支配術と能力を全開にして放った一撃は、ガブリエルの首を確かに斬り飛ばした。しかし、斬り飛ばした断面から闇色の粘液が斬り飛ばした首へと伸び、首を包んだかと思えば即座にそれが元の首を形作って元通りになる。

 回復でもなく、ましてや蘇生でもない。ダメージが一切無いのだ。それでも剣への拘束が緩んだのか、キリトは何とか剣ごと脱出して距離を取り、ストレアも背に生やした妖精の翼を使ってキリトの隣へと並んだ。

 

 能力が通じなくなっていると、ストレアは判断する。それは何故かと言えば、単純に相手の出力に負け始めているからだと考えられるから。ならば出力を上げればいい……とは、単純にはいかない。そこまでに達するイメージ力が、ストレアには無いからだ。

 厳密にいえば、ガブリエルほどに自身を定義できていない為にそこには至れないと言う事でもある。彼女にとって自己の定義は、未だに成されていない事柄だ。以前邂逅した茅場晶彦のコピー体との問答から探し続け、今こうして魂を得て戦うに至ってもまだ定義していない。

 

 定義すれば二度と改変不能な事柄であると感じているからこそ、あやふやなままの日常を楽しんでいたかった。誰でもないけれど、オーリの妹として、シノン達の家族として、キリト達の仲間として楽しく生きていたかった。

 

 以前、『オーリを事件に巻き込むなら何者にも成れなくていい』とストレアは言った。でもこのままでは何も守れない。半端な強さで大切なものを何一つ守れないのなら。

 

 

 喜んで、ナニカに進化しよう(成り果てよう)

 

 

「キリト」

「何だ? 策でもあるのか?」

「ある。仕込むのに一分かかるけど」

 

 行ける? という視線に、キリトは頷いて応えた。出来る出来ないではなく、やるしかないのであればやるだけだ。意を決し、飛び出すキリトを見送ってストレアは一つ息を吐く。

 

「《システム・コール》」

 

 まずするのは、管理者権限の取得だ。ただ、取得したとしても権限がどこまでガブリエルに通用するかは不透明であり、ストレア自身もこれは保険程度にしか考えていない。数秒コマンドを唱えれば、ストレアの視界に景色と共にあらゆる数値が浮かび上がってくる。

 それらを一切捨て置いて、次は星咬を呼んで時穿剣を渡した。『次の持ち主が良い人だと良いね』と軽く一撫でし、北へと飛ぶように命じた。

 

 それだけで三十秒経った。後三十秒――…それだけあれば十分だと、ストレアは目を閉じ、それを口にする。

 

 

 

転生(てんしょう)せよ、我が新星(たましい)――…0と1の間(はざま)に願いを掲げるがため》

 

 

 

 彼女という存在を書き換える為の、起動詠唱(ランゲージ)を。

 

 

 

 




詠唱はぶっちゃけ数カ月ほど前から考えてた。


すとれあ「詠唱完全版は次回だけどね!」
きりと「それはいいが、敵の成長速度おかしくない? バグ?」
すとれあ「原作でもあんな感じなんだよなぁ……」
きりと「ぇぇぇ……」
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