流星の軌跡   作:Fiery

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作って練り直し続けて、これ以上厨二回路を回すと(羞恥で)死ぬレベルまで来てしまった。


紡いだ絆を薪として、新たに輝く星と成れ

 この一分は、自分の人生において最も長いものだろう。剣を振るいながら、キリトはそう思った。

 《流星の剣》の記憶解放術による、対ガブリエル特化とも言える能力を自身全てに付与し、自分自身への武装完全支配術の出力を限界まで上げ、要所要所で《夜空の剣》の支配術を繰り出す。

 

 一撃目はまだ手応えがあった。

 二撃目は霞を斬るようなものだった。

 三撃目でもう、確かなものが感じられなくなった。

 

 全てを駆使しても、目の前の相手に対しての有効打が消え失せてしまった。再び仕掛けてから十秒程度で、キリトの持ち得た手札は全てガブリエルへと通じなくなっている。最初に決めきれなかった事が悪かったのか、後悔は様々にあるがそれでも既に撤退はない。

 

(後ろにはストレアが、アリスが、ユージオが居る)

 

 自分が退く事はイコール、三人の危機。SAOの時に命を懸けて自分とアスナを守った親友のように、今は自分が親友に守れと託された物を守るのだ。

 

「フ、ハハハハ」

 

 そんなキリトの、決死の覚悟を嘲笑うかのように、ガブリエルの口から笑いが響いた。口元は確かに笑っているのに、目元はまるで動かず、ガラス玉のような目は更に飢えているかのようにぎらつき、しかし顔全体はとても虚ろに見える。

 常識的な感性を持つキリトには理解しがたい、狂人がそこにいる。いや、事ここに至ってキリトは理解した。自分は生涯、()()()()()()()()()()()()()()()という事を。

 

 視線の先で笑い声を上げるガブリエルの姿が変貌していく。

 初めは、蝙蝠のような翼が漆黒の、猛禽類を思わせる鋭い羽毛を重ねた物へと変わった。次にその翼が新たに二対四枚増えて、計六枚に増えた翼を羽ばたかせる。

 羽ばたきに応じるかのように、ガブリエルの纏うどす黒い闇色のオーラが禍々しく、重々しく震えた。

 

 人で無くなっていく。

 

 オーラはその全身を覆い、その四肢を、胴を、頭部すらも全て闇そのものへと変えていく。頭上には漆黒の円環を頂き、眼窩には青黒い光だけが満たされるものへ。翼すらも不定形の闇へと変わり、その姿はまさしく、死の天使と呼べるモノに他ならない。

 

「なんだよ……こいつ」

 

 純粋な疑問として、キリトの口から零れ出る。人でなしやそんな言葉は色々あるが、その心の在り方が()()()()()存在を見たのは彼にとって初めてだった。自身が知る、自身から見た悪と呼べる者であっても、ここまでではない。

 『もしかしたら』などという共感すら吹き飛ばす、絶対の隔たり。自分が人間である事が間違っているのだと言わんばかりの存在。人の魂を狩り、奪い去る超越者に対して後四十秒をどう抗う?

 

 

 そんなキリトの焦燥に対して、ガブリエルは自身の内より湧き上がる力に酔いしれる。

 

 ――…何という、全能感。

 

 その強烈さに、とうとう大口を開けてまで笑いが零れた。これがこの世界におけるイマジネーションの力か、と。

 いかに強く己の力を確信できるかが鍵である、この力。壮年の騎士(ベルクーリ)が、暗黒将軍(シャスター)が、亜麻色髪の少年(ユージオ)が見せた力の神髄を、ガブリエルは得てしまった。その切欠は奇しくも、ガブリエルを排除しようとしたキリトとストレアの全力である。

 目覚ましい成長……いや、これはもう()()()()()()()()()()と言っていいほどの変容だった。人より逸脱した精神性が、文字通り人から《そういうもの》に転じた。

 

 人や国によってそれは天使とも、悪魔とも、神とも、化物とも呼ばれる、人外の類。

 

 自分の名(ガブリエル)に肖り、彼は天使と断ずる。魂を求め、盗み、奪う者(サトライザー)と合わせれば、神の如く魂を簒奪する者(ガブリエル・サトライザー)とでも名乗るかと、普段考えないような冗句まで思い浮かぶ。

 

「君と彼女のおかげで、私はやっと手に入れられる」

「何だと……?」

「礼として……いや、礼儀として、君と彼女の魂も余さず食らうとしよう」

 

 メイン(アリス)の前の前菜に相応しい。そう言い、青紫色のスパークを全身から迸らせて、突撃体勢に入る。迎え撃つように二刀を構え、キリトは迎撃態勢に入った。

 

 ガブリエルの左腕の形を変わる。闇を固めたかのような色合いの剣の形へと。

 ガブリエルの右腕の形が変わる。闇を固めたかのような色合いのライフルの形へと。

 

 右腕の銃口から吐き出されるのは、虚無を固めた弾丸。次々と放たれるそれを二刀で斬り払う。手に伝わる衝撃は非常に重く、とりあえずと言った体で放たれた六発を全て斬り払った後の剣を握る手に痺れを残している。

 

 次に圧倒的な速度でガブリエルが距離を詰め、左腕の虚無の剣を振るった。それを二刀で受けるも、弾き飛ばされる。

 膂力すら隔絶し、しかしそれでも諦めを見せず、キリトは襲い来る()()へと光を灯した剣を振るった。その心意を持って最大限に高められ、有り得ないはずのシステムからのアシストも受けて発動するのは、二刀流最強のソードスキル《ジ・イクリプス》。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 《失墜》の意味も持つ奥義を発動させ、神速の一閃が奔る。その速さは先程までのキリトを超え、虚無の剣を断ち斬ってガブリエルの肉体へと届いた。

 

「ぐぅっ!」

 

 ガブリエルの口から漏れた呻き声を聞く間もなく、更に剣閃が縦横無尽に走る。時間稼ぎでも、止める為でもなく、ストレアには悪いがここで倒すという決意を込めて。

 

 止まらない乱舞、計二十七連攻撃を受けて。

 

「フッ……ハハハハハハ」

 

 しかし、ガブリエルは笑う。全てを出し切って動きを止めたキリトへ、虚無の太刀が振るわれる。頭から唐竹に自分を裂こうとする一撃に対して何とかキリトは身体を動かして。

 

「がっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 左腕と左足が斬り飛ばされて、荒野へと落ちていく。

 

 

転生(てんしょう)せよ、我が新星(たましい)――…0と1の間(はざま)に願いを掲げるがため》

 

 

 その時、二人の耳朶を荘厳な声が打った。

 ガブリエルは『何だ』と動きを止めて。

 キリトは片手片足になっても、守る為に《夜空の剣》を握り直した。

 

 

始まりは起動。自身(ストレア)を組み替える為の起動詠唱(ランゲージ)を、その口が紡いでいく。

 

《無色の願いの咆哮が、意思無き造物(いのち)意志()を灯す》

 

奉じるは己の起源。ストレアという存在が始まった日。

彼女を目覚めさせたのは、何色も持たぬヒトが初めて願った祈り。

それがただのプログラム(つくりもの)であったストレアに、魂となるものを灯した。

 

《あの日灯った小さな種火。それは(ほのお)と燃え盛り、今こそ眩き恒星(ほむら)とならん》

 

その小さな火は時間を掛け、彼の天才すらも驚く炎へと変貌した。

しかし、まだ足りぬ。

心意の出力(ボルテージ)を上げていく。炎では足りない。

もっともっとと、その魂に熱を満たしていく。

 

《魔王を騙った我が父よ。討たれたその日に生まれた命、新たな地平へいざ往こう》

《何も恐れる事はない。我が身は既に創造主(あなた)を離れ、目指す進化(さき)へとひた走る》

 

その先にあるモノを、彼女はもう理解している。

理解しているからこそ、忌避していた。そうなればもう、元に戻る事は出来ないから。

しかし、自分の事など二の次になるような大切なものが、自分にも出来た

 

《その道程は輝く軌跡。仲間を、家族を、大事な人を得た奇跡》

 

今まで出会った人達。絆を育んだ仲間達。こんな自分を受け入れてくれた家族。

そして自分に、辛くて苦しくて、それでも大切だと思える感情を教えてくれた()()

全部が全部大切で……だからこそ、それを守る力を欲した。

 

《往き付く位階(ばしょ)には孤独のみ。ただ一人の新生なれど、繋げた絆は胸の裡(ここ)にある》

 

その結果として、何が待ち受けていようとも。

ストレアはもう迷わない。躊躇わない。

 

《――…アタシの進化(こたえ)は、今ここに》

 

静かに、荘厳に……しかしアンダーワールド中に何故か響いた改造言語(カスタムコード)

他の誰が唱えようと意味はない詠唱が、終わりへと向かう。

 

顕現させるのは、誰も予想し得なかった星。

 

新星降誕(Axleration)――…夜明けを灯せ(Sunrise)最新鋭の超新星(Super Nova)!!》

 

天才(茅場晶彦)が求めた理想郷。そこに最も近い場所で、新たな星が誕生する。

天才の予想も、凡人の妄想も超えたモノ――…仮想と現実の狭間を照らす最小の恒星。

 

 

後に《電脳と魂と機械の超越体(マキノイド)》と呼ばれる、電脳生命体。

 

 

前代未聞にして空前絶後の存在が、産声を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 アンダーワールドにいる誰もが、響いてきた声に聞き入っていた。

 戦っていた人界、暗黒界の兵は勿論、STLを使ってダイブしているアスナ達やアミュスフィアでダイブしたSAO生還者(サバイバー)達。言語すら違うアメリカ人プレイヤーでさえ、わからなくともその魂に直接響くような声に、戦いを止めて聞き入っていた。

 

「あれ、は……」

 

 声が響き渡ってきた南の空を見た誰かが、呆然と呟く。

 まず、天地を貫く赤紫色の巨大な光の柱が突き立った。その柱が内部から炸裂するもう一つの光によって打ち砕かれた後、アンダーワールドに元よりあった太陽(ソルス)ではない、もう一つの太陽がそこにあった。

 

「あれは、一体……?」

 

 その疑問の声を漏らしたのはアスナだった。

 凄い。その一言しか言えないほどに、その力は凄まじいと思える。しかしそこにあるのは威圧感とは無縁の温かさだ。

 

 幼子に対する慈母のような、愛する人に対する者のような、大いなる温もり。

 

 カラン、と遺跡に音が響く。

 次々とプレイヤーが操る赤い騎士が武器を取り落とし、その姿を光へと還しているのだ。そして、アメリカ人プレイヤー達はそれを当然の如く受け入れて、何の抵抗も示さずに消えていく。

 

「きえ、た……?」

「ログアウトしたの……?」

 

 最前線で戦っていたクラインとリズベットが、次々と消えていく相手に困惑を示す。それが何故かわからないから。

 

「……まさか、アレはストレアさん……?」

「か、な……? 自信無いけど……」

 

 ランとユウキは、その温もりの中にある知っている気配に気が付いた。しかしそれは余りにも大きくて、違うと言われればそのまま信じてしまいそうなほどに違った。

 

 赤紫の光の柱が完全に消えて、今度は同色の光の粒が淡雪のように降ってくる。恐ろしさも何も感じないそれはアスナ達が居る遺跡以外にも……ともすればアンダーワールド全体に降っているのではないかというほどに広範囲に及んでいた。

 

「地面が……!?」

 

 リーファの驚きの声は、光が降り注いだダークテリトリーの不毛の大地の変化に反応してだ。岩と砂と枯れ木しかなかったような荒野に、色彩が広がっていく。若草が芽生え、小さくも色とりどりの花が蕾を付け、枯れて久しかった川が流れを取り戻す。

 

「……奇跡」

 

 シェータの呟きは、全てのアンダーワールド人の総意だった。整合騎士達がかつて見た、最高司祭アドミニストレータの《神威》。それすらも超えたと感じられるほどの力に対して当てはめられる言葉を、他に知らない。

 

「もう……戦わなくでいいのが?」

「あぁ……戦う意味なんざ、もうねぇよ」

 

 オーク族長のリルピリンが呆然と呟いた言葉に、イスカーンが答えた。自分の掌を見て、握りしめる。誰かを……強い相手を倒す為だけに鍛え、振るってきた拳。他者を殺し、糧を奪う必要性はこの生き返った大地を見ればもう無い。自分を高める為に存分に没頭できると思って……彼はそれがもう、自分の望みでない事を悟った。

 

「あんたって子は……」

 

 イーディスは泣きそうな顔で、南の空を見ていた。世界中を覆う温もりの中に、全てを背負う覚悟を感じ取ったから。そう望まれていたとは言え、そこまで凄絶な決意を抱く必要なんて無いのだ。自分が居る。他の皆だっているって言うのに、何でも背負おうとするのはいけないと、戻ってきたら叱ってやろうと彼女は決めた。

 

 

 そこから遠く離れた、人界の地。

 

 

「この、光……」

「それにこの心意は……」

 

 東の大門に残った整合騎士や衛士達が騒めき、皆が空を見上げている。その中にあってメディナは苦笑と共に南の空へと呟いた。

 

「ストレア……貴女が実は太陽だったのね」

 

 セントラル・カセドラルの九十五階。

 南の空を見渡すカーディナルは、呆れたように息を一つ吐いた後で微かに笑った。

 

「アンダーワールドを頼んだぞ、ストレア。ここに戻ってくるまでは残ってやるがな」

 

 手に持っていた長杖に何かを呟けば、それは光となって消えた。

 

「餞別じゃ。無手じゃ格好が付かんじゃろ」

 

 人界の北の果て、ルーリッドの村。

 いつものように井戸から水を汲んでいたセルカは、空から降る光に反応して空を見上げた。温かく、優しさと慈愛に満ちているそれを一つ両手で受け止めれば、彼女の脳裏に知っている人々の顔が思い浮かぶ。

 

「……姉さま……ユージオ……キリト……ストレア様」

 

 今この時、自分の家族が、愛する人が、仲間が、敬愛する人が戦っている。遠い場所で、懸命に戦っている。世界のために戦っている。

 

「頑張れ……頑張って……!」

 

 自分に出来るのは、祈りしかない。小さなものであっても届けと、セルカは南の空へと祈った。

 

 アンダーワールド中の、生きとし生ける者が願いを、祈りを込める。カセドラルの修道士たちも、修剣学院の修剣士や練士たちも。

 

「ストレア……」

「貴女は……貴女という人は……ッ!!」

 

 果ての祭壇へと向かうユージオとアリスも、例外ではない。

 突如膨れ上がった禍々しく寒々しい虚無の心意。それに対抗するように膨れ上がった慈愛の心意。どちらも、二人は良く知っている。虚無はベクタであり、慈愛はストレアだ。この世界全てを呑み込まんとする虚無に抗う為に、ストレアは今までの自分をかなぐり捨てた。神にも等しい場所へと至る為の決意は、この世界の誰にだって推し量れはしない。

 

 だから、せめて……私が親友(とも)だと信じる貴女で居て。

 

 溢れる涙を止めないまま、アリスは祈った。

 神ではない。自分の知るありのままの友に。

 

 

 

 

 

 

 突き立った光の柱が消え去った後に現れたストレアの姿に、キリトは息を呑んだ。

 

「アドミニストレータ……?」

 

 もう居ない存在の姿がダブって見えて、瞬きの間に消え去る。

 そこに居るのは、薄紫色の法衣を纏い、胸部に濃い紫に金の縁取りがされたプレストアーマー。同色同仕様のガントレットとスカートアーマーと肩当を身につけ、肩当に止められた蒼色のマントをなびかせている。

 そして最も大きな変化は、その髪だった。長くても肩くらいまでしかなかったストレアの髪が、膝裏まで伸びていた。それが太陽の光を反射して、まるで後光のように輝いている。その輝きを増した虹色の瞳と相まって、神々しさすら放っていた。

 

「キリト、大丈夫?」

「あ、あぁ……」

 

 一瞬で距離を詰め、ストレアはキリトの横に並んだ。瞬間移動じみた速度に目を丸くしながら生返事を返す彼に呆れた視線を向けながら、ストレアは突然手の内に現れた長杖で切断された左腕と足を再生させる。

 

「その杖……」

「カーディナルが送ってきたみたいだね」

 

 まったく、と呆れたように息を一つ吐いて、ストレアはそのままガブリエルへと向き直った。ガブリエルは相対する彼女を眼窩にある青紫色の光で見据えている。

 

uyq@<6j5f(なんだ、お前は)

『何言ってるかわかんねぇよ』

 

 人の形を失い、人で無くなった代償か、ガブリエルが紡いだ言葉は二人にはまったく理解できなかった。そんな相手に対してストレアが、兄譲りの英語で返した。

 

「でもまぁ……いいか」

 

 元より意思疎通は不可能。理解できない存在同士である。語り合う言葉を持つだけ無駄で、既に殺すか殺されるしかない。

 視線でキリトへと退くように……アリス達の所へ行くようにストレアは訴える。

 

「……勝てよ」

「もちろん」

 

 心意による飛行で、キリトが南へ飛び立つのを確認した後、ストレアは改めてガブリエルを見た。

 

 途端に、二人の間で無数の白い火花が散る。ガブリエルが南へ行くキリトの魂を喰らわんと伸ばした不可視の触手。それを全てストレアが撃墜したのだ。

 ストレアの眼にはもう、彼の構成するものが全て視えている。死の天使と言った姿の内は、虚無しかない。今まで見てきた人間の《フラクトライト》では決してない、自由自在に動き、形を変えて襲いかかるブラックホールと言っても過言ではない存在。

 

 全てを無に帰す天体(ほし)が、そこにある。

 

 しかし、それで条件は互角だ。人である事を止め、人外へと至った超越者と、まったく新しい生命へと進化した、元は人工知能の超越体。

 どちらも人智を超えた存在に成り立て同士である為に、あらゆる面で互角。故に勝敗はここからの、互いの進化の速度に委ねられるだろう。

 

 声を一切出す事無く、ストレアは手に収まっていた長杖を大剣に変じ、更に八種の素因をそれぞれ()()()に及ぶ数を一瞬で生成。その上で八種それぞれを束ね、極大の素因を生み出す。

 対するガブリエルはその心意で巨大な一つの闇……闇素ではなく、虚無の塊を頭上に生成。すぐさまそれを投げつけるようにしてストレアへと向けた。

 

「《八輝極星(オクタ・ノヴァ)》!!」

 

 八つの輝星と一つの虚星がぶつかり合い、辺りに余波を撒き散らす。

 

 

 

 今ここに、最新の星々(神々)による戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 闇の中へと、朝田詩乃は堕ちていく。触れたはずの彼の姿は無く、ただ一人で闇の底へと。

 その事に対して恐怖は無かった。ここに涼がいると直感的にわかっていたから、彼女は真っ直ぐにそこへと堕ちていく。

 

 ただ、この闇の中は虚しいだけの場所だ。

 

 何故かそんな事を考える。一片の光も差さない、静寂に満ちた闇の中。そこが、ただ虚しさだけが満ちている場所だと。理由など何もなく、本当に直感的にそう思ってしまった。

 

「……あれ?」

 

 堕ちている最中に、自分の格好が《太陽神ソルス》のものでなくなっている事に気が付いた。《オーシャン・タートル》に来た時の服で、武器も当然持っていない。

 

「どういう事……」

 

 STLでダイブしている世界じゃないのか? と疑問が浮かんでくる。あの時見たイメージは、本当に()()()()()()()()()()()()()()

 次から次へと疑問が浮かんできて、現状の異常性が彼女の認識にようやく加わった。ならば今自分が堕ちていく場所は、一体どこだというのか。

 

 やがて堕ちていく速さが緩んで、最後はふわりと詩乃の身体が着地した。底らしき場所も闇一色であり、今立っているのが本当に底なのかどうかもイマイチ理解できていない。

 

「涼! 何処なの!?」

 

 彼がここに居る事はわかる。今までずっとそれを感じ続けてきた詩乃の勘がそう言っているから。しかし姿が見えない。闇に溶け込んでいるはずはないのに、彼の姿が見えない。

 

「何処、なの……」

 

 それが詩乃にはたまらなく不安だった。本当に自分の知らない……どう足掻いても手の届かない場所に行ってしまったのではないかという不安で、心が潰れそうになる。現実でも、アンダーワールドでも随分泣いたと思っていたのに、また涙が溢れてくるほどに。

 

『……他人がここに来るとはね』

 

 誰かの声が聞こえた。いや、それは正確ではなく、聞こえた声は詩乃が良く知っている声だ。しかし、別の誰かだと思ってしまうほどに空虚な声。ただ、詩乃が()()()()()()()()でもある。

 

 俯かせた顔を上げれば、そこには幼い少年が居た。

 

 その少年を、詩乃は知っている。かつて自分を助けてくれた、()()()()()()()()()の姿だから。

 

「……涼?」

()()()()()、ヒカリの人。()()()()()だ』

 

 虚ろに笑いながら慇懃に礼をする少年に対し、詩乃は困惑を返す。目の前の存在が桜川涼であるとも、そうでないとも思えて、彼女の思考を混乱させている。

 少年の言葉を信じるのであれば、()()()()()()()()()()という笑ってしまうほど荒唐無稽な事になってしまうが。

 

「……質問に答えてもらえる?」

『何なりと。嘘も付かないし、過不足なく答えさせてもらうよ』

「ここは何処?」

『桜川涼の魂の中。と言えば納得できる事もあるのではないかな?』

 

 少年の言葉に対して、『確かに』と思ってしまう。詩乃が、涼がここに居ると分かっているのは、その気配がするから。しかし特定の方向からではなく、全方向からその気配がする。

 魂の中であるというのなら、その前提が荒唐無稽という事である事に目を瞑れば、納得できる話ではあった。

 

「……貴方は何?」

『随分範囲が広い質問だけど……先の言葉を正確に言うなら、桜川涼の魂の一部と考えてもらって相違ない。ただ、このままでは主人格になってしまうがね』

「どういう事?」

()()が暴れまわっているからね。それに共鳴して、一度は弱った僕がここまでになってしまった。それに、ちょうど君が知っている桜川涼が急激に弱ったタイミングである為に、飲み込む可能性は非常に高いと思うよ?』

 

 虚ろに言葉を紡いていく少年はその空虚さに反して、詩乃に対して非常に誠実に説明を行っていた。律儀な部分は彼女の知る彼とそう大差はないらしいと、頭の片隅で詩乃は考える。

 

「同属って……」

『君達がベクタと呼んだモノは僕と同じだ。()()()()()()()()()()

「おな、じ?」

『元々ね、桜川涼という人間の魂は《虚無》だったのさ』

 

 驚愕するような言葉を告げられたはずなのに、詩乃は妙に落ち着きを取り戻していた。嘘の気配はしないし、少年が愛しい人の一部である事も何となくだが理解できた。そして、少年と同じ空虚な彼の声で以前に聞いた言葉の意味が、やっと理解できたから。

 

『その虚無の魂に変化を齎したのが君さ。ヒカリの人』

「私、が?」

(うつろ)を焼き尽くさんとするほどに鮮烈な(ひかり)に魅せられて、君の知る桜川涼(なしいろ)は生まれた』

 

 しかし、と少年は言葉を区切る。

 

『僕と分かたれた彼は極限まで自身を削り、一時期は僕が表面化するまでになっていた。覚えているかい? 君が彼を見た時にあった黒い亀裂の事を』

「……えぇ。いつの間にか消えていたから、深くは考えなかったけど……それが、貴方(うつろ)だと?」

『ここでは擬人化しているから想像しづらいだろうけどね』

 

 こうすればわかりやすいかな、と少年が右腕を持ち上げる。途端に、右腕が不定形の闇としか言いようがないものに変わった。その闇は、周りのものと同じ。

 

「……涼を目覚めさせるには、どうしたらいいの?」

 

 色んな感情を全て飲み込んで、朝田詩乃は真っ直ぐに問いかけた。

 

『君が求める彼を見つけるしかないね。見つけたら、君が活でも入れれば目覚めるんじゃないかな』

「……そんな簡単なの?」

『そもそもここに来れる存在が居ない。ここは言うなれば魂の最深部……最も重要な場所だ。前にここの手前まで来たのは居るけど、結局は入ってこれなかった。でもそれだけに直接、魂そのものを刺激できる。破壊しようと思えば簡単にできるね』

 

 拍子抜けした所に物騒な台詞を言われて、詩乃の頬が引き攣った。そんな事をする気はないとしても、用心するに越したことはないという警告なのだろうと受け取りつつ、目を閉じて息を一つ吐く。

 

「わかった。会いに行くわ」

 

 そう言って、詩乃は少年の胸に向かって飛び込んだ。抱き着く、という事でなく、競泳のスタートのように飛び込んで、()()()()()()()()()()()()()

 

『……迷いも戸惑いも無いとは恐れ入る。しかも彼女には簡単だったか』

 

 少年は百パーセント感心したように呟いた。詩乃が求めている相手は、少年の中……魂の最深部であり中枢にいる。そして、中枢への入口は少年()()()()。ヒントは求められなかったので出したつもりはないが、それでも詩乃は勘だけでその解答を見つけた。

 

『まぁ僕も、君が悲しむ所は見たくないんだ。ヒカリの人』

 

 そう呟いて、少年は周囲の闇に溶けていく。

 大元では少年も、詩乃が求めた涼も同じだ。朝田詩乃が誰よりも大切で、守りたいと思っている。だからこそ、悲しませたくはない。記憶を封じられた()()で軽挙な行動に出た主人格に怒りを覚えるほどに、少年(うつろ)はそう思っている。

 

『ヒカリを得て虚無ではなくなった()と、自らヒカリを砕いて虚無として完全に成り果ててしまった存在、か』

 

 ぼう、と虚空を見上げた少年の身体が消えていく。虚ろだったその表情に、確かな感情を灯して。

 

『共存は有り得ない。完成された虚無は満たされる事なく、全てを呑み込むだけだ。滅さねばあらゆる輝きは呑み込まれ、全ての大切なものは息絶える』

 

 かつて《虚無》であったからこそ、そうなる事など手に取るようにわかった。しかし、運命がここに愛と希望()を残した。

 

『知っているか、成り果てたモノよ。人の魂とは案外、あっさりと虚無を焼き尽くすぞ』

 

 《同属(じぶん)》が言うんだから間違いないと、虚ろだったモノは確かに笑って消えていった。

 

 

 

 




某銀の運命の詠唱が格好良かったのが悪い(などと供述しており




きりと「ストレア主人公してんなぁ」
あすな「エンディングクレジットがあれば一番最初だよね」
すとれあ「それ以上はいけない」

しのん「言われてるわよ」
おり主「アリシ編の半分以上出番なかったからね。仕方ないね」(遠い目
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