『なあ幽香、ちょっくら遊びに行かないか?』
私の家に上がり込んで来た彼は、私にそう言った
『遊びに……?嫌よ』
『まあそう言うなよ。な?お願い!』
彼は顔の前で手を合わせ、私に拝む様に言う。彼が私に何かを頼む時、決まってやる仕草だ
『…………もう、しょうがないわね。見てるだけよ?』
『えぇ〜……まあ来るんならいいや。行こうか、妖精達とする缶蹴りは楽しいぞ?』
そして、彼は太陽の様に眩しく笑った
「……………随分と、懐かしい夢を見たわ」
私はベッドから上体を起こし、灯りを点ける。外はもう明るみを帯びていた、日付も変わっているだろう
懐かしい夢を見た原因は昨日の昼頃に来たあの人間の所為だろう。あの人間はあの後倒れ、突如現れた博麗の巫女と白黒の魔法使いに担がれ何処かへ飛んで行った
博麗の巫女と白黒の魔法使いが珍しく慌てていたけど……
「………似てたわ」
あの人間は、彼に似ていた
顔が似ていた、と言うわけじゃない。多少顔も似ていた。あの人間の瞳が、纏うものが、彼によく似ていた
「あれは、いつの頃だったかしら」
…………そうね、50年前かしら。彼が私の前に現れたあの日も、昨日の様に晴れていた
あれは、私が花達に水をやろうと外に出た時のこと。花畑へ行くと見知らぬ男が花をしゃがんで眺めているのが目に入った
「……………貴方、ここで何をしているの?」
「え?………ああ、花を眺めていたんだよ。この花は綺麗だな。俺は花に詳しくもないしあまり関心も無いけど、ここの花達は綺麗だと心から思える」
彼は立ち上がり言いながら私の方を向く
見た感じは若く、少し短く切り揃えられた髪がちょっと跳ねている。黒い浴衣を着ていた
「……………そう、嬉しいこと言ってくれるわ」
「ってことは、ここは君の花畑?」
「ええ」
私は少し得意そうに返す
「そうなのか、それはすごいな!こんな綺麗な花を育てるなんて」
彼は笑顔でそう言った
その笑顔は眩しくて、太陽の様だった
「……………」
私は思わず目を細める
「おっと、そう言えば今日は用事があるんだった。さよなら」
彼は手を振りながら踵を返し歩き出す
「あ、そうそう」
急に立ち止まって振り返った
「立花 栄春《たちばな えいしゅん》」
「…………?」
たちばな えいしゅん?急に何を言っているのかしら
「俺の名前だよ。君は?」
なんだ、名前のこと
…………名前、果たしてこの男に名乗るべきかしら……
「?どうした?」
「…………」
この男を見る限り、何か害があるわけじゃなさそうだし……
「風見 幽香《かざみ ゆうか》よ」
私は名乗った
「かざみ ゆうか、ね。良い名前じゃないか」
男はにぃっ、と私に笑う。その笑顔はさっきの様に眩しいわけじゃなかったけど、十分に明るいものだと思った
「それじゃ、また来るよ」
そして男は、下駄をカラコロと鳴らしながら帰って行った
これが、私と栄春の出会いだった
それから彼は頻繁に私の元へ来るようになった。暇があれば私の家に来て、最近あったことを話し、日が暮れれば
「またな、幽香」
と言いながら下駄を鳴らし帰って行く
私は家に押し入って来た彼に仕方なくお茶を出し、彼の話が面白ければ笑い、日が暮れ帰る彼に別れの挨拶をされると
「ええ、またね栄春」
と返して見送る
それがいつの間にか当たり前になっていた
そんな日々が不思議と楽しく思えた
「栄春、また明日も来るかしら」
私の家の玄関で、手を振りながら楽しげに笑う彼を明日も見れるだろうか
そう思い、私は毎日灯りを消していた
「栄春、来ないわね」
栄春と出会って、何度目かの夏。梅雨の時期
この日は朝方にパラパラと雨が降っていたが、昼になると止んだ
最近栄春が家に来ない。今までは最低でも3日おきには来ていたはずなのに、ここ一週間は来ていない
「そうね、偶にはこっちから行くのも良いかもしれないわ」
栄春は確か、人里の隅の方に住んでいると言っていた。そこで鍛冶屋をやっているらしい、なんでも里一番の名鍛冶士だとか
私は日傘を手に取り、家を出て人里へと向かった
「少し騒がしいわね」
人里は少し落ち着きが無かった
「何かあったのかしら」
不思議に思いながら栄春の鍛冶屋へと向かう。場所はだいたいわかっていた
『残念ねぇ。あそこの鍛冶屋の店主、不治の病らしいわ。もうこの先長くないとか』
「え?」
急に耳に飛び込んできた言葉に耳を疑う
「………いえ、そんなわけないわ」
栄春なわけがない。この里に鍛冶屋は他にもある、きっとそこの店主だろう。そう結論付ける
「……………」
だけど、やっぱり不安が拭い切れない。気付けば早足になっている
「(あの角を曲がれば、栄春の鍛冶屋のはず)」
焦る気持ちを抑えながら、杞憂であってほしいと思いながら私は角を曲がった
『そこを!そこをどうにかならないのですか!?』
『こればっかりは私にはどうしようも……』
店の前で二人の男が言い争っている
その店の看板には、『鍛冶屋 立花』と書いてあった
「っ!!」
私はその光景を見て、日傘を捨て走り出す
「退きなさい!!」
栄春の弟子と思われる男と医者だと思われる男を押し退けて中へと入る
鍛冶場を通り過ぎ、奥へと走る
『おい、君!何を「貴方は黙ってそこにいなさい!」
なりふり構っていられなかった
「…………っ!」
そして栄春のいる部屋へと辿り着いた
「………幽香、か?」
栄春は私の姿を見て驚く。彼は寝ており、顔は痩せ細り衰弱していた
「………………貴方、いったいどうしたって言うのよ……。心配、させて……」
私は栄春に歩み寄ると、栄春はゆっくりと体を起こす
「………ああ、ごめん。病気で、行けれなかっゴホッゴホッ!」
「栄春!」
栄春は咳き込む
「ガハッ!」
そして血を吐いた
「!………」
「はぁ………はぁ…………幽香、すまない。俺はもう、長くない……」
栄春は血塗れの手を見て、そう私に告げた
「だから………せめて、最後に……幽香の、花達を見たいんだ。連れてって、くれないか?」
「……………ええ、わかったわ」
私は栄春の体を抱える
「はは、幽香は……力持ち、だな」
「こんな時にまで、何を言っているのよ……」
そして私は花畑を目指すため鍛冶屋を出る
『き、君!師匠をどこに連れて行く気だ!!』
「うるさい!邪魔するんじゃないわよ!!」
私は妖力を放出して怒鳴る。それだけで男は腰を抜かした
そして私は花畑へと飛び立った
「……………すげえな、幽香。空飛んでる」
「ええ……」
「それに、さっきの感じ。妖怪、だったのか……」
「ええ……。驚いた?」
「ああ………、驚いたよ。人生で、一番の驚きだ。何年も一緒にいたのに、気付かなかったなんてな…」
「そう……。もう着くわ」
「ああ………あそこの木に、もたれたいんだ。頼めるか?」
「わかったわ」
私は花畑へと降り立ち、近くの木へと栄春をもたれさせる
「何度見ても、綺麗だなぁ。この花達は」
「貴方も、水やり手伝ってくれたわよね」
「ああ。…………ゴホッゴホッ!」
栄春は苦しそうに咳き込む
「……………あぁ〜、俺、死ぬんだな」
「………そう、ね」
栄春の言葉を聞いて、声がくぐもる
「なあ、幽香」
「なに?」
栄春は私の方へ顔を向ける
「俺が死んだら、墓は花がよく見える場所がいいな」
「……………ええ、わかったわ」
もうやめなさい
「それで、墓の中から毎日花を見て過ごすんだ」
「そう、それは素敵ね」
もう…………
「それと………「栄春!」……なんだ?」
「もう、いいわ………。もう、喋らなくて……いいわ」
「幽香…………」
もう喋らなくていいから…………
これ以上は………もう……
「俺が死んだら………俺のことは、忘れて生きてくれ」
「…………え?」
「ごめんな。これが、俺の最期のお願いだ。な?お願い」
ゆっくりと顔の前まで手を持っていき、手を合わせる
「あ………」
栄春が、私に頼みごとをする時に必ずする仕草
「…………ええ、わかったわ」
私は、出来るだけ笑顔を作り答えた
「ありがとな、幽香。本当に………ありがと」
栄春は笑った。その笑顔は、初めて会った時の様な輝きをまだ持っている
そして木に体を預け、目を瞑る
「………………」
「…………栄春?」
声をかけても反応しない
「栄春?栄春!?」
「……………」
体を揺すっても反応しない
「えい……しゅん………」
涙が頬を伝うのがわかった
……………栄春は死んだ
「………………栄春、私は……」
貴方のことが、好きだった…………
「……………あれから何十年経っても、まだはっきりと思い出せるわ」
忘れてくれ?無理よ、そんなの
「忘れれるわけ、ないでしょう?」
私は、一人静かに涙を零した
なんとか今日中にこれを書いておきたかった。書けてホント良かった
次は重傷を負った弥生視点、お楽しみに