中央暦1639年 4月25日
ロデニウス大陸 北部沖合い
その日、ロデニウス大陸沖のロウリア王国北部海上で行われた「ロデニウス沖大海戦」で、4発の核爆弾が爆発した。
爆心地と化したのは、クワトイネ公国のマイハーク港を攻略すべく、同地に向けて進撃するロウリア王国東方征伐艦隊――4,400隻の木造帆船で構成された艦隊のど真ん中だった。
投下されたのは、日本国航空自衛隊の所有するB61熱核弾頭――重量300キロ、全長3.5メートル、全幅30センチ程度であり、その核出力は170キロトン、1945年8月6日に広島で世界で初めて実戦使用された核兵器「リトルボーイ」11.3個分のエネルギー、それが4発であった。
それぞれのB61熱核弾頭は、空自に所属する4機のF-2A戦闘機から1発ずつ投下され、艦隊上空の高度500メートル地点にて炸裂した。
まず最初に核爆発によって飛び出したのは、放射線だった。核分裂により生じた放射線は、爆心地付近にいた人間――要するにロウリア艦隊の水兵を即死させるには十分すぎる量、致死量だった。この時点で、仮に弾頭が炸裂せず、熱線や爆風の影響がなかったとしても、爆心地付近の水兵は助からなかっただろう。
続いて100万分の1秒後には、中心の温度が250万℃に到達する超高温の火球が形成され、熱線を外部に放出しつつ急速に温度を下げながら膨張、この頃からガンマ線が大量に放出されることで空気が反応して紫色に見えるようになり、約1.7秒後には、あの禍々しいキノコ雲が形成された。
放出された膨大な熱線は、爆心地付近にいた多数の木造帆船を一瞬にして発火させ、多くのロウリア水兵らの皮膚に重度の火傷を負わせた。
さらに遅れて発生した巨大な衝撃波は、爆心地から数キロ離れた場所にいた帆船のマストや船体を破壊し、中には一瞬にして船そのものを衝撃波だけで完全に粉砕されたものもあった。
熱線や衝撃波は一瞬にして全てが照射されしきったが、爆発により生じたガンマ線や中性子線は、さらに数時間以上経っても照射され続けた。
そして爆心地付近にいた全ての生物――船上にいた兵士はもちろん、海中の魚も含めすべて――の身体へ、生体活動に影響を与えかねない致命的な量のそれを与え、彼らの身体を蝕んだ。
やがて一拍置いて、ようやくロウリア水兵らは立ち上る巨大な4つのキノコ雲を目にした。
この瞬間だけで4,400隻いた木造帆船の中で浮いていられたのは600隻弱、満足に活動できるのは150隻弱にまで減らされており、生存者は約16万人の水兵のなかで、2万人弱しか残っていなかった。この時点で指揮官の海将シャークンも蒸発していた。
そして生き残った彼らも、放射線と熱線による重度の火傷により、もう長くないことは明らかだった。
もはやこの時点でマイハーク港への進撃は中止されていた。やがて日没となり、放射性降下物を含んだ黒い雨が彼らの頭の上に降り注ぎ始めた。
その頃にはもう5,000人程度しか生きていなかった。放射線による生体活動への影響と、皮膚への重度な火傷による脱水は、医薬品も治癒魔法の使える魔導師も少なく、さらに食料も綺麗な水もほんの少ししかない船上で、彼らは助けを求めながら次々に息絶えていった。
喉の渇きに耐えられなくなった者の中には、口を開けて空を仰ぎ、黒い雨を飲もうとする人間もいた。やがて彼らはそのまま動かなくなった。
そのうちに生き残っていた者も次々に生命活動を停止していき、船員の不足によって活動可能なロウリア艦隊の帆船も、ロウリア本国への帰還が可能な帆船も、この時点では一隻も残っていなかった。
翌日、ロデニウス大陸の沖合いには大量の水死体や、
それらの死体は、全身の露出した皮膚が焼けただれたり、水ぶくれを起こしたり、肉を垂れ落とすなど、どれも奇妙な死に方であった。
異世界の人々にとって初めてとなる、科学的に引き起こされた核爆発による攻撃の成果は、同時に大惨禍を引き起こす結果となった。
今は別の小説を描いてるので、連載はかなり低調になると思いますのでご注意下さい。