転生ボンボン珍道中 作:りんりつ
「月見さーん」
「あら、瑠衣ちゃん、と……」
ツヤツヤキューティクルの黒髪をサラリと靡かせ振り向いた彼女は、上品な仕草でわずかに目を丸くした。皆さんご存知、ボーダーきっての名オペレーター、月見蓮女史である。
「唯我くん、よね?」
「迷子一人ごあんな〜い」
「ご、ご無沙汰してます、月見先輩……」
僕が俯きながら小声になるのも致し方ないし、月見先輩から戸惑いの声が上がるのは当然だろう。何故なら僕の左手は小学生よろしく、小佐野先輩の右手と繋がっているからである。
「ええ、久しぶりね……仲良し、なのね?」
「いえ、さっきファーストインプレッションを果たしたばかりです」
「えー、ゆいがぽんノリ悪いよー」
「ぽ、ぽん……?」
コワイ。イケイケJCコワイ。ボンボン人生初のギャル(死語)との邂逅である。未知生物の遭遇とはこうも……この……なん……なんだ?その、対処法を考えることさえ侭ならないことなのか?例えば熊と出会ったら目線を合わせたままじりじり後退するみたいな、そういうマニュアルがあって然るべきなのでは?そもそもギャルとはなんなのか?いや、そもそも小佐野先輩が小佐野先輩という一個人であるにも関わらず『ギャル』で括るのは安直なのでは……
「こら、瑠衣ちゃんあんまり唯我君を苛めないの」
「えー、苛めてないんだけどなー」
「それで唯我くん、私に何か用かしら」
「あっ、はい、その」
が、そこはクール系女子と名高い月見先輩である。僕の中で突如展開された哲学じみた思考実験が宇宙まで到達する前に、バッサリと回路を切ってくださった。そこに痺れる、憧れるぅ!
幸い左手も現役JCモデルの魔手から……いや、さすがに失礼か……柔肌な御手から……今度は変態臭くなるな。まあいいや、とにかく解放されたので、僕は右腕にぶら下げていた紙袋から丁重に某老舗和菓子店の包みを取り出し、それを両手で捧げ持つように手渡した。気分はさながら、ラブレターを手渡す告白の返答待ちのティーンの少女である。
「この度何の因果か戦闘員として固定隊に配属されることに相成りまして、せめて隊員の方にご挨拶をばと考えていたのですが……ご挨拶が遅れたこと、大変申し訳ありません!つまらない物ですが、どうぞお納め下さい!」
台詞は納期が延長してしまった取引先への挨拶がイメージ。どうだ、いつだったか爺に頼んで教えてもらったきっちり90度のお辞儀はさぞ美しかろう、なんて誰へともしれずに内心で自慢する。
「あら、わざわざいいのに………って、この包み,結構な高級和菓子店の老舗じゃ……」
「母が土産で買ってきた物なのでお気になさらず。そこそこの量があるはずなので、オペレーターの皆さんと召し上がってください。勿論、小佐野先輩も」
「おー、いいの?ラッキー」
「そう……ならお言葉に甘えるわね」
一度は軽く遠慮して、再度勧められた後は相手の意を汲んで素直に受け取る。そうして、ありがとう、と僅かに口元を緩める月見先輩の姿はまさに大和撫子そのものだ。初対面後の雑談で和菓子が好きなことは聞いていたので、やはり洋菓子にしなくてよかったな、と内心で安堵する。……屋敷にまだ残ってる父からの土産は生モノのプリンなんだよなぁ……。…最悪使用人連中に差し入れて消費しよう。
その後いくつか話をしたところ、なんと月見先輩は太刀川隊長殿の幼馴染みであること、その縁あってオペレーターを請け負ったが、しばらくしたら戦術に関して磨きをかけたいのでオペレーターを外れること、後任として現在は中央オペレーターの一人である県外からのスカウト組の一人に目をつけていること、その彼女にオペレーション技術を教えていることを話してくれた。つまるところ彼女期間限定のオペレーターであるらしい。少し残念だ。
「短い間だけれど、オペレーターはしっかり務めるつもりよ。厳しくいくから、よろしくね」
「ングっ、……えーと、お、お手柔らかに。あ、いえ、ですがこちらこそ、僕が出来ることであればなんでも尽力させて頂きます。どうぞ宜しくお願いします」
すっかりもてなされてしまった僕は淹れて貰った緑茶を啜り、持ち寄ったようかんを飲み込んでから慌てて返事をした。隣には当然のように小佐野先輩が座っている。くるみ湯餅子が美味しい?あ、これアソートパックだったんですね、お気に召したようで何よりです。
「月見さん、後任って国近先輩のこと?」
「えぇ」
「そっか。んー、うさみんも風間さんの所入るって言ってたし、そろそろ腰落ち着けた方がいいのかなー」
むむむ、と唸る小佐野先輩。それに対して月見先輩は軽く首を傾げる。
「まあ由宇ちゃんが太刀川くんの所に入るのもすぐではないし、焦る必要はないと思うけれど」
「うーん、それもそうなんだけど、モデルの方が……」
「やっぱり両立って難しい物なんですか?」
「いや、単純に飽きてきたんだよねー」
僕の問いがズバッと清々しいまでに切り捨てられる。あ、飽き、ま、まあそういうこともあるだろう。まだ中学生だし。うん。……ドライなギャルコワイ。
頬杖をつきつつアンニュイに息を吐く小佐野先輩は流石モデルと言うべきか、その一瞬が実に絵になった。例え湯餅子を食んでいたとしても可憐という形容詞が外れる様子はないし、彼女は美醜観点がちょっと怪しい僕からしても美少女だと思う。というか僕、今両手に花状態では。月見先輩も小佐野先輩とは違うタイプの美少女だし……あ、なんか今一瞬氷の笑みでスパルタ教育を施す美女になっている未来が見えた。うん、こんな幼馴染がいたらあの頓珍漢な隊長殿も逆らえ無さそうだ。
「ボーダー一本に絞るとしても色々あるし、固定部隊についてもそうだし……やっぱりもうちょっとフラフラしてよーかな」
「瑠衣ちゃんがしたいようにすれば良いと思うわ」
「そうですね、僕もやりたいことやるのが一番だと思いますよ」
我儘を押し通して進学先まで変えた僕が言うので、結構説得力はあると思う。確かに時々過労死しかけることもあるが、それ込みで今の日常にやりがいを感じているので。
「多少キツくてもやりたいことなら案外なんとかなる物ですよ。習い事とかだって、辞めたあと後悔しないかとか思ってましたけど、びっくりする位全然そういうのないですもん」
鉄の化物を豆腐のように割いていく少年の姿なんて三門以外では見る事は出来ないだろう。その点太刀川さんのヒロイックさは僕が求めたその物なので、他がアレでも大体目を瞑れる。
なんて長々語ったのが悪かったのだろうか。ふと思考から抜け出すと、二人がどこか驚いたような顔でこちらを見ていた。え、なんですか?隙自語乙的な?サーセン!!!
「な、なーんて!まあ僕の話ですし参考にはならないと思いますけどね?なにせ僕の数有る才能には類稀なる先見の明も含まれますし?後悔なんてしないのは当然なんですけど?」
「唯我くん?」
アッ、死……。テンパって更に妙なことを口走るのも、立派なコミュ障の特徴である。黙り込むだけが症状じゃないんだ!みんなも雄弁だからってコミュ障騙り乙ーとか思っちゃいけないぞ!お兄さんと約束だ!(白目)
「そっ、そろそろガンナーの合同演習があるので失礼しますね!短い間でも、よろしくお願いしますっ!!!」
ごめんなさい、嘘です!!!ホントは演習まであと1時間弱はあります!!!
とはいえ居た堪れなさがキャパシティオーバーした僕は、情けなくもオペレーションルームから尻尾を丸めて逃げ出したのであった。
「やっぱゆいがぽん、おもしろーい」
「そうね……不思議な子ね」
敗走
{先見}の部分を誤字ってたので修正しました。もしほかに見つけたら教えてください