業界の大物Pからの案件、ドラマ『16才のママ』主演の仕事を受けた果穂とシャニP。
さっそくシャニPは果穂のため、資料集めに奔走する。
仕事帰り。大きめの書店に寄ってみたはいいものの、育児や結婚のコーナーは場違い感がひどかった。
自分と同い歳ぐらいの女性からの視線。
少し年上かと思われる女性からの視線。
まるで珍しいものを見るような目で、全身を舐められる。
(探しづらい……)
とりあえず手に取った数冊だけ買って、すぐに帰るか。
そう思ったとき後ろからよく知る声。いつもの穏やかさはなく、あせったように後ろから呼びかけてきた。
「プ、プロデューサーさん?」
振り向くと、このコーナーにいる他の女性と似たような雰囲気。しかし、確かにうちの輝くアイドルがそこにいた。
「千雪か、お疲れ」
「は、はい、お疲れ様です……あの、そ、その本、どう、されるんですか?」
手に持っていた育児や結婚の雑誌を、千雪がまじまじと見ている。
「ああ、これは果穂のためにな」
「…………はい?」
千雪の表情が固い。
書店の空気にひびが入った気がした。
「ん? だから、果穂に読んでもらおうと思って」
明日からさっそく役作りだ。
やると決めたからには本気モード。果穂も今頃、親にお母さんになる心構えを聞いているだろう。
「…………」
呆然と立つ千雪は、魂が抜けたかのように動かない。
「そういえば、千雪は何の本を買いに来たんだ?
その、申し訳ないんだが、結婚とか子育てはまだ勘弁してもらえないか?」
ここのところ千雪のスケジュールはパンパンで、アルストロメリアとしても波に乗っているからな。
「は、はい。私は、そんな予定ありませんから……まだ」
「ああでも、千雪が絶対にこの人だってのを決めたなら、もちろんスケジュールは調整するぞ」
「い、いえ、大丈夫です……このままで」
「そうか? じゃあ、このコーナーには何を?」
「それは、ほら……プロデューサーさんは背が高いですから。もしかして、って――」
「千雪~? 結婚の本あった~?」
恋鐘が、そこそこの大声で喋りながら向かってきた。
それを聞いた千雪の顔がだんだん赤くなる。
「うぅ……」
「いや、まあ、若いうちから考えておくのはいい事だと思うぞ?」
「何も言わないでください~……」
「すまん……」
「あっ、プロデューサー!?
プロデューサーも本ば買いに!?」
「ああ」
「奇遇やね! 偶然BOOKS!
これぞ、メインヒロインの王道ばい!」
恋鐘は満足そうにしている。しかしそれを見る千雪は、なんとも恨みがましい目つきだった。
「恋鐘は料理の本か?」
その手にはパエリアの表紙。
「うん、スペイン料理!
情熱の国の味、楽しみにしとって!」
「はは。ありがたいけど、いつも悪いな」
「よかよ~。うちも好きでしとるだけたい」
サンドイッチの差し入れから始まって、かなり餌付けされているような気もする。
(まあ美味しいからな、仕方ない)
「プロデューサーのハートも、ばーりばりに熱くさせるばい!」
「おいおい、今でも仕事への情熱はかなりのものだろ?」
自分で言うのもなんだが。
すると、元気だった恋鐘が急にしおらしくなった。
「し、仕事だけやなくて……そ、その」
もごもごしてしまった。
とりあえず仕事の事じゃなくて良かった。今以上に働けと言われたら、本当に分身しなきゃならない。
恋鐘と話している間に、千雪は目的の本を見つけたらしい。
(? アイドル雑誌が欲しかったのか? あれなら事務所にありそうだが)
「プロデューサーさん、そろそろレジに行きませんか?」
「ああ、そうだな」
いつまでも立ち話するわけにはいかないし。
「恋鐘も行くぞ?」
「ふぇっ? あ、う、うん。行く!」
三人でレジに向かって歩き出した。
「そうだ二人とも、俺がまとめて買ってくるよ」
「「えっ?」」
「経費でいいだろ」
二人の反応は違った。
嬉しそうな恋鐘と、困ったような千雪。
「ありがと~プロデューサー。はいこれー」と、満面の笑みの恋鐘が渡してきた料理本を受け取った。
「お、裏表紙は変わったケーキだな」
「んふふー、期待しとって~」
「ああ、楽しみにしてる」
上機嫌の恋鐘は、まだ困った顔をしている千雪に声をかけた。
「千雪~? プロデューサーに買ってもらわんの?」
「う、うん。私は、いいかな……」
「え~? 今年は遠慮せん言うとったたい?」
そういえば、千雪からの年賀状に書いてあったな『今年は遠慮しないので』って。
まさか恋鐘にも送ったのか? ……いや、寮で一緒に書いたとかか。
そうこう話しているうちに、レジに着いた。
「千雪、先にレジしていいぞ?」
「えっ」
「ん?」
千雪は自分が選んだ本を大事そうに抱えている。
「い、いえ、私は後で……」
「そうか? じゃあ――」
店員さんに「お願いします」と、自分が持っていた本を渡した。
一冊、二冊……とバーコードが読まれていく。
「って、プロデューサー!?」
「どうした恋鐘?」
「ど、どうもこうもなか!
なっ、な……なしてこがん本ばっか買うんと!?」
「そりゃあ勉強のためにだろ」
近頃は動画で勉強する傾向らしいが、やはり何冊かの本を比べながら読む方が速い気がする。
「本はいいぞ。果穂に見せるときにも、要チェックなポイントをまとめやすいし、コメントも添えられる」
「……か、ほ? ……こみや?」
「ああ、どうかしたか?」
恋鐘がポカーンとしてしまったところで合計金額が出たので、店員さんに代金を払って店を出た。もちろん呆けた恋鐘の手を引いて。
遅れて千雪も出てきたが、その顔は日が暮れたばかりの空と似て、複雑な表情をしていた。
しばらく無言で歩いた。恋鐘の手を引いて。
「プロデューサーさん」
「なんだ?」
「あの、歩きながらでいいので……何があったのか、話していただけますか?」
「そ、そうばい! 同じ事務所の仲間、うちにも説明する義理ぐらいはあるやろ?」
「……えーっと?」
何の話だ?
「果穂ちゃんと、何が――」
「プロ゛デューサ゛ーさあぁぁあぁん!!」
前から果穂が走ってきた。
二人との話をさえぎり、抱きついてきた果穂は、目尻に輝く涙を隠すように顔をくっつけてきた。
果穂がこんなに取り乱すなんてただ事じゃない。
千雪と恋鐘も心配そうに見ていた。
「どうした果穂」
泣くのをこらえて、必死に話そうとしてくれる。
「プ、プロデューサーさんのためにお母さんになるって言ったら、お父さんが怒っちゃって、話も聞いてくれなくて……。
あたし、おうちにいるのも……」
「そうか……大変だったな」
「はい……」
「でも、会えてよかった」
「はい……」
ギュッとしがみついてくる果穂の手に、さらに力が加わった。
やはり、この案件は難しすぎたらしい。
千雪と恋鐘の顔も難しくなっている。
(まずは、親御さんの説得からか)
明日のスケジュールを考えていると、果穂の温かい体が離れていった。
見ると、果穂の両手がそれぞれ恋鐘と千雪に握られている。
「プロデューサーさん。とりあえず、寮に連れて帰りますね」
「え、いや――」
「プロデューサーは心配せんでええよ。というか、今二人にさせたら絶対まずか……」
二人は果穂にも確認を取ろうと迫った。
「果穂ちゃん。今晩はお話、いーーーっぱい聞かせてね?」
「え、は、はい……?」
「果穂! カツ丼作っちゃるけん!
ぜーーーんぶ、吐かんね!」
「え、はく……?」
謎の気迫にガッチリつかまれた果穂は、そのまま鬼気迫る二人に連行されるように去っていった。
(あ。親御さんに、果穂は今日寮に泊まるって連絡しないと)
・ ・ ・
電話をしてからの記憶がない。
いつのまにか自分の部屋で朝を迎えていた。
「ふぁ……」
あくび。そういえば寝ていないのかも。
よし、出社だ。
今日も一日楽しくいこう。