シャニPは育児雑誌を求めて書店に立ち寄った。
そこで恋鐘・千雪と出会うと、シャニPの持つ雑誌が小さな波乱を呼ぶ。
渦中の人である果穂も現れ、一触即発かと思われた。
その後、シャニPは果穂の両親と話して、果穂のドラマ主演の承諾を得た。
「よし、楽しく話せたな」
今日も一番に事務所に着いて、窓を開けた。
連休初日の朝の空気が、すっきりとした気分を届けてくれる。
ぼんやりした眠気を覚ましてキッチンに向かう。
朝のコーヒー。も大事だが、もっと欠かせない日課。
小さなジョウロに水を溜め、リビングに戻る。
お花さんへの水やりと、霧子へのメッセージカードの用意。これをしないと一日が始まらない。
霧子が掃除してくれている事務所で、霧子と花の世話をする。
(……霧子を感じる)
優しい朝の時間。
目を閉じる。外から聞こえるのは明るい鳥の声。そして、階段を元気に駆けあがる音。
「おはようございまーす!!」
果穂がドアを開け放って現れた。
「おはよう。昨夜は大丈夫だったか?」
恋鐘と千雪に連れ去られた感じだったからな。
あの優しいを絵に描いたような二人も、寮ではどうか分からない。昔から、アイドルの寮は殺伐とした空間だと聞いている。
若い子に対して洗礼というものまで行われるとか――。
「もちろん大丈夫でした!
恋鐘さんが作ったカツ丼と肝のお吸いもの、とっっっても美味しかったです!」
果穂が腕を振って力説する。
その興奮っぷりは、やはりマメ丸にそっくりだった。
(本当に美味しいんだろうな……)
半熟の卵でとじられたカツ。ひとくち食べれば、とろとろの卵と肉汁に油、恋鐘特製のダシが口の中で広がって……思わずご飯をかきこむ。
それに、肝の吸いものなんて定食屋より料亭みたいだ。
想像すると、腹が鳴りそうになる。
そういえば今朝はコンビニでゼリー飲料だけだったか。
ひもじい思いが顔に出てしまったのか、果穂が心配そうに見上げてきた。
「プロデューサーさん? なんだか悲しそうな顔をしてます……。
ごはん待ってるマメ丸みたい……」
俺もマメ丸だった。
「もしかして、朝ご飯まだなんですか……?」
「うん、まあ……」
俺の返事を聞いた果穂が驚いたように声をあげた。
「ス、スゴいです!」
「うん? 何がだ?」
「今日の朝、昨日あまったカツ丼を千雪さんが違う料理にしてたんです!
でも、あたし達の朝ご飯はそれとは違うもので!」
「もので?」
「何してるのか聞いたら、プロデューサーさんの朝ご飯にって言ってたんです!」
ぐ~。と俺の腹が鳴った。待ちきれないらしい。
「果穂、持ってきてるんだよな?」
「はい! これです!」
果穂が千雪のカバンっぽいものからタッパーを出して「どうぞ!」と渡してくれた。
フタを開けると「グラタン?」の未完成?
「あたためてお召し上がりください……!」
「ああ、そういう事か」
冷たくて固いチーズは、ちょっとした保冷剤がわり? この早朝にしか出来ないことだろう。ありがたい。
「じゃあ温めてくるな。
あ、役作りのための雑誌。そこにあるから読み始めておいてくれ」
「はい! りょーかいです!」
そう言って読み始めた果穂を置いて、またキッチンへと向かった。
(カツ丼改めカツドリアか)
千雪もなかなか挑戦的な事をする。
チーズがとろけるまでの時間は、コーヒーを淹れるのに丁度よかった。
・ ・ ・
朝食を済ませ、コーヒーを持ってリビングに戻ると、雑誌を読む果穂の隣に霧子が座っていた。
霧子は、熱心に読み込む果穂を慈しむような目で見ている。
小さなツバサをはやす天使が二人。
(天国に迷い込んでしまった……)
地上から少し高い空にある事務所。ここは283プロ。一階はペットショップ。
(よし、俺は正気だ)
声をかけるのもためらわれる神々しさだが、こっちだって仕事だ。遠慮はしない。
「おはよう霧子、来てたのか」
声に反応した霧子が、ゆっくりと顔を上げる。その優美さはまるでメルヘン。思わずため息が出るというやつだ。
「ぁ、おはようございます。プロデューサーさん」
霧子がふわりと微笑んだ。
窓から入るそよ風もつられて笑う。
辺りに咲く草花もざわついて――。
いや、事務所に草花は咲いてない。
「霧子は今日ビジュアルレッスンだな、まだ少し早いが……」
待て、霧子にビジュアルレッスンが必要か? 誰だ? そんなスケジュールを組んだのは?
俺だ!
「あの、早めに来たのは……プロデューサーさんが、朝から事務所にいるって聞いたので……」
「ん? 何か用事でもあったか?」
「い、いえ……。あの、ご迷惑、だったでしょうか……?」
「迷惑なわけないさ」
どうやら、わざわざ会いに来たらしい。
(休日の朝からご苦労な……)
だが、パーフェクトコミュニケーション! にこにこマーク!
にこにこしていると、雑誌を読んでいた果穂に呼びかけられた。
「あのー、プロデューサーさん?」
「どうした果穂^^」
「あたし、まだ、役の設定とか聞いてません……」
「あ」
そうだな、それが分からないと役作りできないよな。
カバンから企画書を出して目的の情報を探す。
「えーっと、主人公である少女は女優業、素晴らしい才能で将来を約束されていた。
しかし、業界のとあるPとの子を身ごもった少女は、16才という若さで人生の選択を迫られる」
読み終えると、霧子が悲しそうな目でこちらを見ている。
「そんなの、ダメです……」
「そうだな、ダメだ。今から断りの電話を――」
「だっ、だめです!! どうしたんですかプロデューサーさん!?」
果穂があわてて立ち上がって、俺のスマホを抑えに来た。
「あたしと、この役をやりきってみせるって、約束したじゃないですか!」
「あ、ああ」
そうだ、果穂との約束を破るやつは人間じゃない。感謝祭の準備中でもヒーローショーに行く。それがプロデューサーってもんだ。
だが、俺はあと何回ノート埋めを失敗すればいい……。はづきさんは何も手伝ってくれない……。
気を取り戻して、霧子に話しかける。
「そういわけでだな、霧子」
「は、はい……?」
「病院には若い妊婦さんとかも来るんじゃないか?」
「……はい」
「そういう人達がどんな感じか、果穂に教えてやってほしい」
頼む! と、お願いしたら、霧子は一応笑顔で引き受けてくれた。
(後で、この企画案を出したのは俺じゃないって言わないと)
霧子が立ち上がって、果穂に声をかけた。
「それじゃあ、果穂ちゃん」
「はい!」
「プロデューサーさんのいないところで、お話しよう……?」
「は、はい……?」
(えっ!?)
なぜだ霧子。なぜそんな思春期の娘が父親にするような事を……。
……いや。これは、保健の授業で男子を遠ざける的なやつか?
どちらにせよ、霧子が遠い。
リビングを出ていった二人、置いていかれた一人。
それはまるで夏の大三角形。
夜空に目立つベガとデネブ。
ひとつ離れた場所のアルタイル。
輝く彼女達とは居られない。そう言われたような錯覚。
ああ、これが天の川伝説。
真面目に働かなければ、織姫と会うことは叶わない。
(まだ朝食を済ませただけだからな)
一人でも出来る仕事は山ほどある。
ゴールデンウィーク? こちとら毎日がレインボーだ。