一番星の日常を観測する   作:谷川涼

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・前回のあらすじ
シャニPは育児雑誌を求めて書店に立ち寄った。
そこで恋鐘・千雪と出会うと、シャニPの持つ雑誌が小さな波乱を呼ぶ。
渦中の人である果穂も現れ、一触即発かと思われた。
その後、シャニPは果穂の両親と話して、果穂のドラマ主演の承諾を得た。
「よし、楽しく話せたな」


第2話「P・肝・P・肝」

 今日も一番に事務所に着いて、窓を開けた。

 連休初日の朝の空気が、すっきりとした気分を届けてくれる。

 ぼんやりした眠気を覚ましてキッチンに向かう。

 朝のコーヒー。も大事だが、もっと欠かせない日課。

 小さなジョウロに水を溜め、リビングに戻る。

 お花さんへの水やりと、霧子へのメッセージカードの用意。これをしないと一日が始まらない。

 霧子が掃除してくれている事務所で、霧子と花の世話をする。

 

(……霧子を感じる)

 

 優しい朝の時間。

 目を閉じる。外から聞こえるのは明るい鳥の声。そして、階段を元気に駆けあがる音。

 

「おはようございまーす!!」

 

 果穂がドアを開け放って現れた。

「おはよう。昨夜は大丈夫だったか?」

 恋鐘と千雪に連れ去られた感じだったからな。

 あの優しいを絵に描いたような二人も、寮ではどうか分からない。昔から、アイドルの寮は殺伐とした空間だと聞いている。

 若い子に対して洗礼というものまで行われるとか――。

 

「もちろん大丈夫でした!

 恋鐘さんが作ったカツ丼と肝のお吸いもの、とっっっても美味しかったです!」

 果穂が腕を振って力説する。

 その興奮っぷりは、やはりマメ丸にそっくりだった。

 

(本当に美味しいんだろうな……)

 半熟の卵でとじられたカツ。ひとくち食べれば、とろとろの卵と肉汁に油、恋鐘特製のダシが口の中で広がって……思わずご飯をかきこむ。

 それに、肝の吸いものなんて定食屋より料亭みたいだ。

 想像すると、腹が鳴りそうになる。

 そういえば今朝はコンビニでゼリー飲料だけだったか。

 ひもじい思いが顔に出てしまったのか、果穂が心配そうに見上げてきた。

「プロデューサーさん? なんだか悲しそうな顔をしてます……。

 ごはん待ってるマメ丸みたい……」

 俺もマメ丸だった。

「もしかして、朝ご飯まだなんですか……?」

「うん、まあ……」

 俺の返事を聞いた果穂が驚いたように声をあげた。

「ス、スゴいです!」

「うん? 何がだ?」

「今日の朝、昨日あまったカツ丼を千雪さんが違う料理にしてたんです!

 でも、あたし達の朝ご飯はそれとは違うもので!」

「もので?」

「何してるのか聞いたら、プロデューサーさんの朝ご飯にって言ってたんです!」

 ぐ~。と俺の腹が鳴った。待ちきれないらしい。

「果穂、持ってきてるんだよな?」

「はい! これです!」

 果穂が千雪のカバンっぽいものからタッパーを出して「どうぞ!」と渡してくれた。

 フタを開けると「グラタン?」の未完成?

「あたためてお召し上がりください……!」

「ああ、そういう事か」

 冷たくて固いチーズは、ちょっとした保冷剤がわり? この早朝にしか出来ないことだろう。ありがたい。

「じゃあ温めてくるな。

 あ、役作りのための雑誌。そこにあるから読み始めておいてくれ」

「はい! りょーかいです!」

 そう言って読み始めた果穂を置いて、またキッチンへと向かった。

(カツ丼改めカツドリアか)

 千雪もなかなか挑戦的な事をする。

 チーズがとろけるまでの時間は、コーヒーを淹れるのに丁度よかった。

 

 ・ ・ ・

 

 朝食を済ませ、コーヒーを持ってリビングに戻ると、雑誌を読む果穂の隣に霧子が座っていた。

 霧子は、熱心に読み込む果穂を慈しむような目で見ている。

 小さなツバサをはやす天使が二人。

 

(天国に迷い込んでしまった……)

 

 地上から少し高い空にある事務所。ここは283プロ。一階はペットショップ。

(よし、俺は正気だ)

 

 声をかけるのもためらわれる神々しさだが、こっちだって仕事だ。遠慮はしない。

「おはよう霧子、来てたのか」

 声に反応した霧子が、ゆっくりと顔を上げる。その優美さはまるでメルヘン。思わずため息が出るというやつだ。

「ぁ、おはようございます。プロデューサーさん」

 霧子がふわりと微笑んだ。

 窓から入るそよ風もつられて笑う。

 辺りに咲く草花もざわついて――。

 いや、事務所に草花は咲いてない。

「霧子は今日ビジュアルレッスンだな、まだ少し早いが……」

 待て、霧子にビジュアルレッスンが必要か? 誰だ? そんなスケジュールを組んだのは?

 

 俺だ!

 

「あの、早めに来たのは……プロデューサーさんが、朝から事務所にいるって聞いたので……」

「ん? 何か用事でもあったか?」

「い、いえ……。あの、ご迷惑、だったでしょうか……?」

「迷惑なわけないさ」

 どうやら、わざわざ会いに来たらしい。

(休日の朝からご苦労な……)

 だが、パーフェクトコミュニケーション! にこにこマーク!

 

 にこにこしていると、雑誌を読んでいた果穂に呼びかけられた。

「あのー、プロデューサーさん?」

「どうした果穂^^」

「あたし、まだ、役の設定とか聞いてません……」

「あ」

 そうだな、それが分からないと役作りできないよな。

 カバンから企画書を出して目的の情報を探す。

「えーっと、主人公である少女は女優業、素晴らしい才能で将来を約束されていた。

 しかし、業界のとあるPとの子を身ごもった少女は、16才という若さで人生の選択を迫られる」

 読み終えると、霧子が悲しそうな目でこちらを見ている。

「そんなの、ダメです……」

「そうだな、ダメだ。今から断りの電話を――」

「だっ、だめです!! どうしたんですかプロデューサーさん!?」

 果穂があわてて立ち上がって、俺のスマホを抑えに来た。

「あたしと、この役をやりきってみせるって、約束したじゃないですか!」

「あ、ああ」

 そうだ、果穂との約束を破るやつは人間じゃない。感謝祭の準備中でもヒーローショーに行く。それがプロデューサーってもんだ。

 だが、俺はあと何回ノート埋めを失敗すればいい……。はづきさんは何も手伝ってくれない……。

 

 気を取り戻して、霧子に話しかける。

「そういわけでだな、霧子」

「は、はい……?」

「病院には若い妊婦さんとかも来るんじゃないか?」

「……はい」

「そういう人達がどんな感じか、果穂に教えてやってほしい」

 頼む! と、お願いしたら、霧子は一応笑顔で引き受けてくれた。

(後で、この企画案を出したのは俺じゃないって言わないと)

 

 霧子が立ち上がって、果穂に声をかけた。

「それじゃあ、果穂ちゃん」

「はい!」

「プロデューサーさんのいないところで、お話しよう……?」

「は、はい……?」

(えっ!?)

 なぜだ霧子。なぜそんな思春期の娘が父親にするような事を……。

 ……いや。これは、保健の授業で男子を遠ざける的なやつか?

 

 どちらにせよ、霧子が遠い。

 リビングを出ていった二人、置いていかれた一人。

 それはまるで夏の大三角形。

 夜空に目立つベガとデネブ。

 ひとつ離れた場所のアルタイル。

 輝く彼女達とは居られない。そう言われたような錯覚。

 

 ああ、これが天の川伝説。

 真面目に働かなければ、織姫と会うことは叶わない。

 

(まだ朝食を済ませただけだからな)

 

 一人でも出来る仕事は山ほどある。

 ゴールデンウィーク? こちとら毎日がレインボーだ。

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