仕事に励んでいたシャニPは気付く。昼を回っていたことに。
そこへ手作りの弁当を持った灯織と甘奈が現れる。
もちろん弁当はついで。
二人は果穂のために演技のレッスンを考えてきたのであった。
甘奈・灯織・果穂の三人は、事務所のリビングでおままごとを始めようとしていた。
俺は灯織に弁当を渡された一人の観客。
いや、客はもう一台。特典用の撮影をするカメラが、三人を無機質な目で見守っていた。
そんな中、甘奈が始まりの声をあげる。
「それでは、今から甘奈たちは家族です!」
配役すら決めてなかったが……。
ノリノリの甘奈にワクワクの果穂。
灯織はそんな二人の出方をうかがっている。
はじめに甘奈が動いた。
「うっ……」
「甘奈さん!? どうしたんですか!?」
「なんだか最近体調がよくなくて……」
妊娠初期のつわりと言う症状だろう。甘奈が主人公の役をするようだ。
「えぇっ!? あ、あの、何か病気になっちゃったとか……?」
「これはね、大切な人との新しい絆が生まれた、って事を教えてくれてるの」
「は、はい……? お薬とか、いりますか?」
「ううん。お薬よりも、お父さんの愛情が大事だから」
そう言った甘奈は灯織の方を見た。
目で「入ってこい」と言われた灯織がおままごとに参加する。
「お、おーい。今帰ったぞー?」
完全に棒読みだった。台本がないとダメなタイプなのは間違いない。
(俺は台本あってもダメだが……)
甘奈ママが灯織パパを出迎える。果穂も後をついていった。
いや待て、果穂は何の役だ?
俺の疑問を余所におままごとは進んでいく。
「お帰りなさい、あなた。お仕事お疲れ様」
「うん……プロデューサーの仕事は大変」
そういえば、主人公とデキた相手はプロデューサーって設定だったな。
「あなた、ごめんなさい。今日はまだご飯できてないの」
「そうなんだ……。
えっと、何かあった?」
「うん……あのね、できちゃった。みたい」
「え? さっきご飯できてないって……」
灯織が真顔で言ってのけた。
甘奈はそれを見て、がっくりと肩を落とす。
「あの、灯織さん。子供ができたって意味だと思います……!」
「あ、そっか……」
灯織は果穂に教えられて理解したようだ。
いやだから果穂は何役なんだ?
甘奈が気を取り直して話を続ける。
「ねえ……甘奈、どうしたら……」
主人公は将来有望な若手女優。
産むか産まないか。ドラマではここの葛藤をメインに描くことになる。
葛藤する意味を果穂が理解できればいいんだが……。
「適度な運動がいいって」
「えっ?」
「あと水分補給とカロリーの確保。
でも、つわりの症状が重いときは入院も考えた方がいいと思う」
「あなた……」
灯織のアドバイスに、甘奈も二の句が継げないようだ。
しかし灯織は止まらない。
「色んな栄養も大事。葉酸とかカルシウムに鉄分――」
「灯織さん! そ、そうじゃなくて……!」
「え?」
「その、お母さんはお父さんに寄りそってほしい。んだと思います」
甘奈がうんうんと頷いている。
少し灯織の将来が心配になった。
ウチの他の所属アイドルは皆、いつ嫁に行ってもおかしくないほど良い子揃いだが、灯織とは長い付き合いになりそうだ。
(差し入れてくれる弁当は美味しいんだが)
この煮物とかも、煮てあれば何でも美味しいだろって言っただけなのに、どんどん俺好みに調整してきている。
このまま行けば、俺の胃袋のW.I.N.G.をTrueするのも時間の問題だ。
そうして灯織の弁当を味わっていると、背後に凛世の気配。
「煮物なら、凛世も……」
振り返ると、凛世が弁当を見ていた。心なしか悲しそうな。
(お腹でもすいてるのか?)
「おはよう。凛世も果穂を見に来てくれたのか?」
「はい。おはよう、ございます……プロデューサーさま」
「果穂は見ての通りレッスン中だぞ。あれに何の意味があるかは分からんが」
「ふふ……賑やかなのは、良いことかと」
そう言った凛世は、おままごとを鑑賞するために近くのイスを隣に持ってきて座った。
「凛世、飴なめるか?」
少しなら空腹を満たせるはず。
「はい、いただきます……」
そうして新たな観客を迎え、おままごとに視線を移すと、灯織が赤ちゃんになっていた。
小道具のおしゃぶり装備で。
「ば、ばぶー……」
やはり棒読みだった。
(父親役を降ろされたのか……)
「ばぶー……」
目と目がばぶー。灯織が途方に暮れている。
そんな灯織を気にも留めず、甘奈と果穂はおままごとを続けていた。
「甘奈は……あなたの子を、産むから」
「そ、そんな! 仕事は!?」
「やめる。女優の賞なんかより、この子の方が大切なの」
「でも! 新人賞を逃したら、女優人生が!」
「いいの! 甘奈は、プロデューサーさんと幸せな家庭を築くんだから!」
甘奈の熱演に心臓が変な動き。
同時に隣から「ガリッ!」と何かが割れるような、心臓に悪い低音。
隣を見ると、凛世が無表情で口を動かしていた。
(飴を噛んだ音か……)
それにしては怖い音だった。まるで、奥歯でも欠けたような。
その音が果穂にも届いたのか、果穂は凛世が来ていることに気付いた。
「凛世さん!」
甘奈も「え?」とこっちを見た。
「り、凛世ちゃん!? これはお芝居だから!」
何やら慌てているが、対照的に凛世は落ち着いている。
「承知、しております……」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
「ですが……その役に相応しいのは、この凛世かと」
挑発するような凛世の言葉に甘奈がムッとする。
「どういう意味?」
「甘奈さんは17歳、ですが……凛世は、16歳……!」
どやあぁぁと目を閉じ涼しい顔をする凛世。
(いったいどう違うんだ……)
その疑問を抱いたのは俺だけだったらしい。
甘奈はがっくり膝から崩れ落ち、果穂と灯織は、真打ちの登場に目を輝かせている。
「16歳の少女。この凛世が……演じきって、みせましょう」