私達アイドルの主戦場、それはステージ。なんだと思う。
私達のライブパフォーマンスは録画され、編集され、商品化されたものがファンの皆の元に届く。でも、そこにいつも付け加えられるものがある。
特典映像というもの。
それに収録されるのはステージで輝く私達じゃなくて、等身大の私達が参加する企画。
そう、ステージじゃない他の戦場。
中でも多めなのが料理に関する番組。偶然にも私、風野灯織がそれなりに出来る分野だ。
「灯織さん! キャベツ洗いました!」
事務所のキッチンに立つ私の隣、エプロン姿の果穂が洗い終わったキャベツをまな板の上に乗せている。
「うん。果穂は千切りって出来る?」
「えっと、焼きそばに入れる大きめのなら切ったことあるんですけど……」
果穂が残念そうに言う。正直でよろしい。
困る果穂を気にしたのか、少し離れて冷蔵庫の中を物色していた甘奈が寄ってきた。
「じゃあ甘奈がやっちゃうね?」
「……! ありがとうございます!」
「果穂ちゃんは中に入れる具材、選んでくれる?
これが味を決める、いーっちばん大事なお仕事なんだから☆」
「はい! りょーかいです!」
そう言って、今度は果穂が冷蔵庫の方に向かった。あ、手帳にメモをとってる。冷蔵庫を開けっ放しにしないようにかな。偉い。
甘奈がキャベツを切るリズムのいい音がキッチンに流れる。甘奈も私と同じで、それなりに料理が出来るんだろう。
……でも、それなりじゃダメな事は分かってる。上には上がいる。
今283プロで料理企画をやれば、チームうさちよかめが一番になると誰もが思うはず。定食屋の娘、お菓子まで作れる普通(?)の子、子供心に理解が深いギャル。
隙がない。ほとんどの客層に好かれる料理を出せそう。
じゃあ、私達チーム一番星は一番になれないのか。
違う、そんな名前負けは許されない。
強者を打ち倒すには意外性と一点突破。幸い、私達にはチームうさちよかめに勝るとも劣らないスキルがある。
めぐるに粉ものマスターと言われた私。
放クラで海の家料理を習った果穂。
そして……。
「灯織ちゃん? そんなにジッと見て、甘奈のキャベツの切り方おかしかった?」
「う、ううん。綺麗に出来てる」
「えっへへー、ありがとー☆」
そして、年上の皆を押しのけて嫁力が高いとされる甘奈。学生服の上にエプロンを着けてるだけでもう強い。きっとプロデューサーの胃袋を掴む前にハートごと鷲掴みだろう。
……つまり。
「灯織ちゃん、千切りできたよ」
「うん、こっちも180℃。安定するまでに生地の用意しなきゃ」
熱いステージ。私達の戦場は、この鉄板の上……!
「果穂、具材の用意は出来てる?」
「はい! さっきプロデューサーさんが出先でお餅をいっぱいもらってきたそうです。おすそ分けしてもらいました!」
果穂の衝撃発言に甘奈があわあわしている。
「そ、そんな……!? メインの具材が無味無臭……!?」
「落ち着いて甘奈」
これが正統派な料理を作ろうとするチームうさちよかめなら厳しかったかもしれない。
でも私達が勝負を賭けるのは、大味な鉄板料理のB級グルメ。
大体の味はソースとマヨネーズ!
「大事なのは食感、だから……!」
「食感! そっか、果穂ちゃん!」
「はい! なんでしょうか甘奈さん!」
「確かお煎餅も沢山あったよね? 甘奈はお餅を柔らかくしておくから、取ってきてくれる?」
「はい!」
果穂が再び飛び出していった。
甘奈は、切り分けた餅をお湯の入った器に移しレンジへ。
(1、2分で柔らかくなるやつ……)
私はそれを横目で見ながら、ボウルに片栗粉・水・塩と卵を入れる。そして、少しだけ卵白を切るように軽く溶きほぐす。
「ポイントは卵のコシを残す程度に。じゃないと卵の固まる力が弱くなる」
ぶつぶつ言いながらボウルの中身を混ぜる私を、甘奈が餅を切りながら見ている。
「さっすが粉ものマスター☆ 詳しー」
「やめてよ、まだまだ勉強中だって」
「おせんべい、到着です!」
果穂が帰ってきた。ホットプレートの温度も安定。いいタイミング。
もうすぐ餅を切り終わりそうな甘奈が、果穂に声をかける。
「果穂ちゃん。お煎餅、バラバラにしちゃってー」
「え!? バラバラ、ですか?」
驚くのも無理はない。お菓子を料理に組み込む発想は、意欲的に料理を調べないと身につかないこと。甘奈も中々に勉強熱心らしい。
「果穂。私が今から生地を焼き始めるから、卵が固まり始めたら小さいお煎餅を入れてほしい」
「は、はいっ、わかりました!」
「甘奈もね」
「おっけー☆ もう準備できてるよ」
生地をホットプレートに流し込む。
「ジュッてしました!」
果穂がはしゃぐけど、ここからが私の戦い。
卵の固まり方が均一になるように、菜箸でほわっと混ぜる。お好み焼き粉とはまるで違う繊細な作業。そして、やがて半熟になれば……。
「果穂、甘奈っ」
「はい!」
「いっくよー」
生地の上に様々な大きさの餅や煎餅が乗る。
後は、これを生地で包みながら焼いていく。
「……あの、灯織さん?」
「何?」
「もしかしてこれ、味付けとかしてないんでしょうか?
前に鉄板でお料理をしたときは、焼き始めたらスッゴくおいしそうな匂いがしてきたんですけど……」
果穂が少し申し訳なさそうに言っている。
「甘奈も気になってた。
灯織ちゃん。これ、本当に美味しくなるの?」
「心配しないで二人とも。ちゃんとお好みソースかけるから」
あれが美味しいのは科学的にも証明されてる、はず。
「「えー……」」
二人の疑惑の目が辛い。
「そ、それに、今回は卵の生地で包むとん平焼きだから、お好み焼きみたいにべったりソースでこってりじゃないんだって」
なんて話をしていたら程よく焼き色が付いてきたので、とん平焼きを大皿に移す。
「ほら二人とも、切り分けるから他のお皿にキャベツを盛り付けて」
と言ったら、果穂がビックリした。
「あ! キャベツ、一緒に焼いてません!?」
「うん。今回はね」
「珍しいよね? こういうのでキャベツを添えるのって」
甘奈の言葉に果穂も同意する。
「はい。お好み焼きにキャベツがいっぱい挟んであるのは、見たことありますけど……」
もちろん予定通り。
「プロデューサーは年末年始で食生活が荒れてそうだし、本当はキャベツだけでいいかとも思ったんだけど」
「そこは『うさちよかめ』にただで料理番組を振られるわけにはいかないよね」
「そういうこと」
番組向けの一風変わった料理が出来るところ、少しは見せておかないと。
相槌を打つ私に、果穂がキラキラした目を向けてきた。
「スゴいです灯織さん! プロデューサーさんの健康まで考えてたんですか!?」
「料理は、食べる人のことを考えて作るものだから」
「家庭科の先生と同じことを……! 灯織さん、プロです……!」
「果穂。いいから、プロデューサーのためにキャベツ盛ってあげて」
「はい!」と、返事をした果穂がお皿にキャベツを盛って渡してきた。
私は、そのキャベツの上に一口サイズに切り分けたとん平焼きを乗せてソースをかける。
「これで出来上がり」
キャベツonとん平焼き。
「なんだかお寿司みたいです!」
果穂の反応に甘奈が笑った。
「シャリがキャベツで、ネタがとん平焼きってこと?」
お寿司よりは少し大きいけど、でもプロデューサーなら確かにお寿司みたいに一口でいける、かな。
「お寿司かぁ」
「何? 甘奈」
「ん~……。灯織ちゃん、切り分けたやつの半分ぐらい、お好みソースかけないでおいてくれる?」
甘奈……何か、思いついたのかな。
「分かった。私はもうプロデューサーのところに行くけど?」
料理を注文した人を待たせるのは愚行。
「うん、先に行ってて。
あ、果穂ちゃんは甘奈のこと手伝ってくれる?」
「は、はい! なんでしょうか?」
私は果穂の返事を背に、甘奈の企みを期待してキッチンを出た。
プロデューサーは、デスクで書類仕事の真っ最中。
仕事の手を止めてしまっていいものか。料理を乗せたお皿を持ったまま立ち止まっていると、顔を上げたプロデューサーと目が合った。
「お、もう出来たのか? 灯織」
「は、はい。手軽につまめるものを用意しました」
「なんだか悪いな、年末にしまい損ねたホットプレートの片付けを頼んだだけなのに」
「いえ、大した手間ではありませんから」
自分の料理の練習も兼ねてるし。
完全に仕事から手を離したプロデューサーが、私の持つお皿を見た。
「何を作ったんだ? キャベツの上に、薄いオムレツ?」
「これはとん平焼きです。豚肉がなかったので、ただの薄い卵焼きみたいになってますけど」
「なぜ千切りキャベツの上に……」
「……本当は、キャベツも卵で包むものらしいんですけど、今はサッパリしてる方がいいかなと、思いまして」
「なるほど、ずいぶん気の利くシェフだな」
そんな、シェフだなんて。
褒められて動きそうな顔を心の中で抑えた私は、とん平焼きが並んだお皿をプロデューサーに突きだした。
「どうぞ、食べるなら食べて下さい」
「ああ。それじゃ、いただきます」
割り箸を割ったプロデューサーが、一つを口に入れる。
飲み込むまで待つ時間が、ライブの本番が始まる前みたいに長く感じられた。
「ど、どうですか? プロデューサー?」
「どうって、味か?」
「はい」
「味は美味しいぞ。お好みソースの味だけど」
ですよね。
「しかし、ソースの味だけじゃないな。卵に包まれてたバリバリしたやつを噛むと海鮮? の味がほのかにして、いいアクセントになってると思う」
それは甘奈のアイデアです、お煎餅。
「あと、このグニグニしたのは果穂にあげた餅か? 煎餅のバリバリとキャベツのシャキシャキとで、少し癖になる感じだな」
そう言って二つ目を食べた。
「うーん、美味しいな……。いや頭ではただのソースの味だって分かってるんだが、これは中々止まらない」
三つ目もいった。
上出来……だけど、最大の壁は冷蔵庫の余り物でプロ並の料理を出してくる恋鐘さん。
……何か、もう一押しがいる。プロデューサーの理性を崩す何か。
ただのお好みソースを極上のものに変える何かが。
「おっまたせー☆」
「お待たせしましたー!」
来た。
主役は遅れてくると言わんばかりのタイミング。
甘奈と果穂がプロデューサーのそばに寄る。あれが放クラとアルストのレッド。
そして、果穂が持ってるとん平焼きは……赤いソース!?
「甘奈、それは?」
「じゃーん! 甘奈特製トマトソース!」
じゃーんって……最初から見えてたけど。
でも、そっか。お好みソース自体を別のものに変えてしまえば……。
「トマト缶がしまってあったのを思い出して」
その甘奈の言葉にプロデューサーが少し考える。
「ああ、あれどうするか困ってたんだ」
「お好みソースの代わりにかけてみたらどうかなーって」
果穂が「かけてみました!」と言って、プロデューサーにお皿を突き出す。
「じゃあこっちも頂こう」
プロデューサーが甘奈のとん平焼きを口に入れた。食べるところを甘奈にじーっと見られているプロデューサーは、困ったのか目を閉じて味わっている感を出している。
やがて待ちきれなくなったのか、甘奈が聞いた。
「プロデューサーさん。どう、かな?」
「美味しい……!」
「よかったー」
「和風だったのが一気にイタリアンになった。
うん、これ凄いな」
笑ったプロデューサーがちゃんと褒めてるのが分かる。
……私としたことが、粉ものマスターの称号に囚われすぎてたみたい。和風のものを洋風にアレンジするなんて発想は、そこそこあるはずなのに。
後悔していると、プロデューサーの携帯が鳴った。
お仕事再開、かな。
プロデューサーから離れてソファに座った私達は、残りのとん平焼きを食べ始めた。
「果穂ちゃん、灯織ちゃん。お茶でいい?」
「あ、うん。ありがと」
「甘奈さん、ありがとうございます!」
甘奈がお茶を入れに向かった。
また先を越された。あれが283プロトップクラスの嫁力……。
まだまだだな……。そう自嘲する私の隣では、果穂がとん平焼きをぱくぱく食べている。
「おいしいですね! 灯織さん!」
「え……そ、そう?」
「はい! スッゴくおいしいです!」
そう言って満面の笑みを浮かべる果穂。その幸せそうな笑顔は、見てるこっちまで幸せが伝わってくる。
「そんな大したものは作ってないんだけど」
「そんなことありません!
あたしも、灯織さんや甘奈さんみたいにおいしいお料理を作って、みんなに美味しいって喜んでほしいです!」
「う、うん。その気持ちがあれば、すぐにでも出来るようになるよ」
「はい! がんばります!」
そう、だった……。
料理は競うもの、じゃなかったのかも。
食べてくれる人を笑顔に、その笑顔は作る人を幸せにする……ものだったかもしれない。
普通に料理が出来るようになって、続けてきて、半ば作業になっていたのかも。
初心、忘れるべからず。