一番星の日常を観測する   作:谷川涼

5 / 13
ホワイトデーの裏側

 寝起きドッキリ。

 それはアイドルが避けて通れないイベント。

 我が283プロのアイドル達も、そろそろ新人とは言えなくなる頃合い。

 いつか来るはずの企画に向けて練習が必要だと、親心ではないが思った。

 しかし社長である私がアイドルにドッキリなど仕掛けては、なんとかハラで問題になるのは必然。

 なのでアイドル同士でやってもらうように、プロデューサーに頼んでおいた。

 前に雪山で使ったハンディカメラにドッキリの映像を収めてもらっている。

 もし使える映像になっていたら、283プロのWEBチャンネルに公開するのもありだろう。

 インターネットの難しい事は分からんが、はづきがやる。

 私は検閲の仕事といこうじゃないか。

(ふっ、寝起きドッキリか……)

 懐かしい。昔はテレビでよく見たものだ。

 アイドルのプライベートを覗くような感覚がファン達に大受けしていた。

 刺激的な映像になっているかもしれないから、あのプロデューサーに検閲をやらせるわけにもいくまい。

 私が全責任を背負うのがいいだろう。彼にはまだ未来がある。

 

 

『はいー……ここからは、甜花カメラ』

 

 さて、まずは大崎甜花の撮影か。

 相変わらず気の抜けた声をしている。

 

『甜花は、なーちゃんにドッキリ……』

 そうつぶやいて、抜き足・差し足・忍び足。

 恐る恐る進む彼女はドアの前に立った。

『ここが、なーちゃんのお部屋……です』

 ドアノブに手をかけ大きく深呼吸した彼女は、静かに、ゆっくりとドアを開けた。

『は、入る……ね?』

 いったい誰に許可を取っているのだろうか。

 そして、部屋は当然だが暗かった。

 彼女のカメラの前を小さく照らしているのは、懐中電灯の光。これは、照らし方を見るに頭に付けていそうだ。

『あぅ。なーちゃんの部屋、いつも、綺麗……』

 小さなライトに照らされる部屋は、確かに片付いていた。

(悪くない、これなら彼女や283プロのイメージアップにも繋がる)

 最も、あのプロデューサーの元に居て、だらしがないアイドルなどいまい。

『ぇっと……まずは、部屋の物色』

 寝起きドッキリの定番だな。

 アイドルの寝顔や寝起き姿だけでなく、部屋をいじるのもファンが喜ぶポイントだ。

 とはいえ、この部屋は片付いている。あまり見るところが無さそうだが……。

『ど、どうしよ……』

 悩む彼女の声と、あちこちに揺れるカメラ。

 ふらふらする映像に苛立ちを覚える。

 次に会ったときに注意してやろうかと思ったが、私がアイドルに干渉するのも――。

『あ』

 嬉しそうな声色が見つけたのは、学習机だろうか。

 机の上にある小さなデジタル時計は3月13日4時。

 こんな早くに起こされる妹が可哀想で仕方がない。というか、姉の方がこの時間にちゃんとしているのはどういう事だ?

 アイドルとして仕事をするという自覚が出てきたのなら、喜ばしいな。

 そんな立派になった気がする彼女は、机に近寄ると偉そうに言った。

『なーちゃん。アルバム、出しっぱなし……。

 甜花が、片付けてあげる。けど、その前に……』

 これはアルバムのプライベートな写真を見せる流れだろう。

 なかなか良いものを見つけた。

 アルストロメリアはツイスタの投稿画像でも、日頃から幸福論を誕生させ続けているからな。

 投稿には至らなかったオフショットなどは、ファンからすれば垂涎ものだろう。

 さあ、早く見せるがいい……!

 

 表紙をめくったそこには、華やかな彼女たちの日常が――!

 

『……!』

 

 男との2ショット写真がずらり!!

 

 ……いかんな、私も歳か。

 見えてはいけないものが見える。これが老眼?

『なーちゃん、プロデューサーさんと……』

 何? プロデューサー?

 ……確かに、よく見ればあのプロデューサーだった。

 距離感もそこまで近くないし、まあ……。

『で』

 で? デート!?

 デート中の写真だとでも言うのか!?

 

 

『出前、とってる……ピザ、おいしそう』

 ……この、事務所でピザを食べてる写真か。

 確かに……チーズが上手く伸びて、CMに使えそうな一枚になってはいるが。あのプロデューサーが映っていたらダメだろう。

 

『あ、ここ……限定プリンのお店。

 なーちゃん、仮装して行ったんだ……』

 仮装……? この紙袋を抱えてプロデューサーと映ってるやつか。

 何の衣装かは知らんが、この大崎甘奈の恥じらいを隠しきれていない控えめな笑顔。こんな魅力的な表情は雑誌撮影の仕事でも見た事がない。

 この写真にプロデューサーが映っていなければ……。

 

『……これ、プロデューサーさん?』

 開かれたページの中で、一枚だけスーツではない服を着た男がいた。

 写真の題名は『似合うかな?』と書かれている。

『うん、似合う……と思う』

 ん? これには大崎甘奈も映っていない、ラフな格好をした男が一人。

 顔は確かにあのプロデューサーだが……何の写真だ?

 

 いや、考えていても仕方がない。

 こんな映像WEBに公開できん!

 削除だ削除!!

 

 

「ふーっ……」

 思わず大きな溜め息が出た。

 まさかアイドルの寝起きドッキリを見る前に、自分がドッキリさせられるとはな。

 まあいい、我が283プロが誇るアイドルは他にもいる。

 気を切り替えて、さっさと次を見るとしよう。

 

『えっと、こちら、真乃カメラです』

 

 優しい声と共に映像が映る。

 あまり女の子の部屋といった感じはしない。

 次は櫻木の撮影か。

 声の中に緊張が混じっている。まだ頼りなさそうな感じは抜けないが、そこが応援したくなるポイントなのかもしれん。

『ただいまの時刻は午前5時。あ、3月14日です』

 別に日付は言う必要ないんだが……。

 しかし、彼女も眠そうではないな。最近の子は早起きだったりするのか?

『私は今、灯織ちゃんのお部屋に来ています』

 ……ああ、もう風野の部屋に入っていたのか。

 さては、カメラの電源を入れ忘れていたな。

『灯織ちゃんのお部屋、整理整頓されてて綺麗ですね』

 良い事だ。最も、風野なら当然だろう。

 カメラを持って辺りを見回した彼女は、机に目を向けた。

『あっ、あんなところに日記帳があります』

 そう言って机に寄った彼女は、他の物には目もくれずに日記帳を手に取った。

『灯織ちゃんがどんな事を書いてるのか、気になりますね。

 皆さんも、気になりますか?』

 それは、ファンからしたら知りたいだろう……しかし大丈夫か?

 お笑い芸人ならまだ笑えるだろうが、内容によっては写真より危ないものが出てくる気が……。

『はい。皆さんの気持ち、わかりました。

 皆さんを代表して、私が読み上げます』

 何だ? このトントン拍子に進む感じは。

『3月○○日。

 ホワイトデーのために材料を買いに行った。

 きっと真乃もめぐるも用意してくるから、それに負けないぐらい良いものを作りたい。

 粉ものマスターのスキルは、お菓子作りにも適用される!』

 そういえば、この撮影日がホワイトデー当日か。

『ふふっ。灯織ちゃん、なに作ってくれたのかな?

 後でめぐるちゃんも呼んで食べようね?』

 寝ている風野に話しかけるように言った。起こすなよ? 寝起きドッキリなんだから。

『3月△日。

 真乃、めぐると室内動物園に行った。

 動物と遊ぶ二人を見ていると癒される。

 でも、フクロウとの勝負は熾烈を極めた。

 一瞬でも目を離したら負ける。そんな緊張感が私とフクロウの間にはあった。

 まるでメンタルが減った状態のフェスのよう。その中で私はパーフェクトなアピールを決めた。

 まさに伝説の一瞬、フクロウ敗れたり』

 

『2月□□日。

 真乃、めぐるとアルバイトCMの収録。

 私達はレストランのホールスタッフ役で、可愛い衣装を着させてもらった。

 CMが街頭モニターにでかでかと映されて驚いたけど、まあまあ見れるものになっていた。と思う。

 あと、給仕の仕事は貴重な体験になった。

 粉ものマスターも、作るだけじゃね』

 

 ……なんだ?

 風野は粉ものマスターとやらが気に入っているのか?

 どうやら自分の事らしいが……。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 やっと使える映像になりそうだな。個人的な日記と聞いて心配していたが、無難な活動記録で安心した。

 少し首を傾げる表現はあるものの、風野らしくていいんじゃないだろうか。

 

『2月14日。やってしまった。

 バレンタインにチョコフォンデュ、プロデューサーと食べる私。

 これではプレゼントにカウントされてない気がする。まずい。いや、プロデューサーと食べたから美味しかったけど。どうする? 改めてバレンタインチョコを贈るのもおかしいし。郵送する? 事務所に? いや、それじゃ咲耶さん宛てのチョコに埋もれるだけ。ダメ、いい案が思いつかない。このままじゃ一年分の私の感謝の気持ちが届かないんじゃ――』

『真乃!? 待って! それ書き直してないところ!』

『ひ、灯織ちゃん!? 起きてきたらっ』

『あっ』

 なんと風野が起きてきて、日記を読む櫻木を止めた。

(書き直し……?)

 まさかこいつら、打ち合わせしてたのか? ドッキリなのに?

 いや、まあ、練習だから構わんが。

 どちらにせよ、この映像も公開できんな。

 削除。

 

 ……寝起きドッキリは、まだ早かったのかもしれない。

 ある程度、バラエティでの立ち回りが分かってきてからにした方が……?

 そもそも、起こすところまでいかないのはどうしたものか。

 

『……おーい』

 次の映像が始まっていた。

 今度は幽谷霧子の撮影か。

 いかにもな子供部屋が映る。

『ふふ、社長さん。見てますか?』

 ……見ているが、私がチェックする事を伝えてあったか?

『時刻は6時。3月15日、です』

 ふむ、外も明るくなってきている。明かりがいらない丁度いい時間だろう。

『わたしは、果穂ちゃんに寝起きドッキリ』

 放クラか。それならいいリアクションが期待できるかもしれん。

 ドッキリ役が彼女なのは気になるが、アンティーカとしてバラエティ番組はこなしているはずだ。

『大丈夫……摩美々ちゃんにドッキリの事、教えてもらったから』

 なるほど、それは重畳。

『ちゃんと準備、してきました』

 儚げな声に自信の色を付けた彼女は、自身が持つ小さい買い物カゴのようなものを映した。

 カメラがアップで映したのは、折り重なる爬虫類が入ったカゴ。

 まるで死骸の山なそれは、実に気味が悪い。

(田中摩美々、いったい何を考えている……)

『ぬいぐるみでも、迫力満点です』

 …………ああ、分かっていたとも。

 この私がその程度、見抜けないとでも思ったか。

 いやしかし待て、これを寝起きの小学生に見せるのは大丈夫か? 泣かせるなよ?

 そんな私の心配は届かず、彼女は小宮果穂のベッドに近付いてゆく。

 物音一つ立てずに忍び寄る様は、まるで必殺仕事人。

 仕事の完遂こそを是とした隠密の凶器が今、残酷にも幼い子供に振り下ろされる……!

 

『あれ……? いない?』

 すやすや眠るはずの小宮果穂が見当たらない。

 頭から布団を被っているわけでも無さそう。

 どういう事だ?

 画面をくまなく見ても、存在が感じられない。

 

『わぁーっ!!!!!!』

『きゃ』

(!!!?!??!?)

 

 突然の大音量に不意を突かれた。

 画面の中では、小宮が幽谷に抱きついている。

『あ、あれ? 霧子さん、ぜんぜんビックリしてない……』

 小宮が落胆した声を出した。

 ちなみに、私も全く驚いていない。

 大方、どこかに隠れていて驚かす機会をうかがっていたのだろう。こんな子供だましに一々驚いていたら社長業は務まらん。

 しかし、幽谷は驚いて固まっているようだ。私には分かる。まだまだ子供だな。

 小宮が抱きついたまま、少ししてから幽谷がもぞもぞ動き出した。

『び、びっくりした……』

『え! びっくりしましたか!?』

『う、うん……とっても』

『えっへへー』

 満面の笑みな小宮がバンザイをして言った。

『ドッキリ大成功ー!!』

 てってれ~。と、ミッションクリアの音が鳴る。

 幽谷のカメラに撮られる小宮は、笑顔でフィナーレを迎えていた。

『果穂ちゃん、おめでとう。

 社長さんも、これで満足です』

 おい、何を勝手に満足したことにしている。

 ふん、この訳の分からん映像も使えんな。

 削除だ。そう思ってパソコンを操作しようとしたが、幽谷の声が聞こえてきた。

『ふふ……。

 いくら社長と言えど、乙女達の無防備な姿を覗けるとは思わないでほしい』

 何……?

『咲耶さんからの、伝言です』

 

 まさか、最初から一杯食わされていたとでも?

 ……ふっ、今回はこれで引いてやろう。

 だが私をみくびるな。

 私の勝利の方程式は、お前達が考える以上に……パーフェクトだ!!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。