私、不器用ですから……
今日は、真乃・めぐると後から合流する事になっている。
それまでは事務所で待機。
いつものように音楽を聴いて過ごす予定、だったんだけど……。
「「気の利いたことが言えない?」」
「ですか?」
事務所のソファで甘奈・果穂と話している内に、なぜか私の悩み相談みたいになっていた。
(いつの間に……)
甘奈は学校でもこんな感じで友達と話してるのかな。
きっとこの明るい二人には私の悩みは伝わらない。
不思議そうな顔をした甘奈の隣で、果穂も首を傾げている。
「気の利いたこと……?」
たぶん言葉の意味が分からない果穂に、甘奈が助け船を出した。
「果穂ちゃん。気の利いたことっていうのはねー……」
説明しようとした甘奈だったけど、言葉に詰まって数秒、その手はスマホを触っていた。
「えっとね……」
検索しているのだろう。甘奈の指は忙しく動いていた。
「……褒めること、かな?」
果穂が、スマホを操作する甘奈を見て目を輝かせている。
「甘奈さん……スゴいです!
指がシュバババって動いてます!」
果穂の言葉に、甘奈が自慢げな顔を見せる。
(ふふっ、絵に描いたようなドヤ顔)
あと、他には……何気ない会話で相手をクスッとさせたり、何か否定する時にも相手の気を悪くさせないようにとか。
基本、相手の気分を盛り上げるような。
まあ、甘奈が言うように『褒める』で方向性は合ってる。と思う。
スマホをしまった甘奈が、頭に『?』を浮かべて聞いてきた。
「灯織ちゃんはイルミネの二人のこと、褒めたことないの?」
果穂もそれに付け足すように言う。
「真乃さんもめぐるさんも、とっても素敵なお姉さんですよ!」
「あ、あるにはあるけど……」
日頃から「甜花ちゃん可愛い~☆」な甘奈と「すごいです!」が口癖みたいになってる果穂と比べたらさすがに……。
口ごもる私を見て、甘奈が口を尖らせた。
「灯織ちゃ~ん?
まさか二人と会うときに挨拶しかしてないなんて事、ないよね?」
「えっ?」
挨拶以外に何があるの……と思っていたら、果穂も同じ事を思っていたらしい。
「あの、甘奈さん。
あいさつの他に何をするんですか?」
私と果穂に同じ疑問の視線を向けられた甘奈は「……ふむ」と、残念そうに何かを納得した。
(あっ)
「わかった」
「え!? 灯織さん、わかったんですか!?」
「うん、これは間違いない」
「灯織さん……!
さすが一番星のブルーです! かしこいです!」
果穂に応援されて自信が付いた私は、なぜかこっちを哀れんだ目で見る甘奈を正面から見返す。
そして言ってやった。
「挨拶と一緒にする事……。
それは、ハグ!」
めぐるは正しかったんだ。
今までは恥ずかしいから鬱陶しがって離れてたけど、これこそがコミュニケーションを円滑にする秘訣……!
「ねぇ灯織ちゃん。それ、これから会う人みんなに出来る?」
「えっ?」
「現場のスタッフさんとか」
「……一人ずつハグする時間はないかな」
「社長さんとか」
「……怒られそう」
「プロデューサーさんとか」
「そっ、それは無理!?」
「ていうか、それ気の利いた言葉じゃなくてボディランゲージなんだけど」
呆れた声を出す甘奈に、私は敗北感を抱いた。
だってプ、プロデューサーに抱きつくなんて――。
「あたしは出来ます!
みんなとあいさつして、仲良くハグします!」
果穂が私をかばうように前に出た。その表情は、まさしく私を救うヒーロー!
どう? 甘奈。これなら言い返せないはず。
「えっとね、果穂ちゃん?」
甘奈がとても優しい笑みを浮かべた。
あまりにも迫力のある笑顔が果穂を後ずさりさせる。
「な、なんでしょうか?」
「それはとっても危ないから、しちゃダメだよ?」
「は、はい……」
有無を言わさぬ甘奈の慈悲深い笑顔は、社長に意見する七草さんを見ているようだった。
そして、甘奈は頭を抱えるように「まったくもぅ……」と言った後、私達を見た。
「あのね二人とも。
挨拶しながら褒めることって、第一印象しかないよね?」
確かに。その日、初めて会った状況だし。
「そ・れ・に! 甘奈たちはアイドルなの!
見た目にもめっちゃ気を使ってるでしょ!?」
「「……」」
私も果穂も返事をしなかった。できなかったと言うべきか。
「ファッション気にした事ないの!?」
驚く甘奈に、果穂が答えた。
「えっと、あたしはお母さんが……」
「あ、そっか。果穂ちゃんは、そうだよね」
甘奈はそう言って果穂に寄り添い、頭をよしよしとなでた。
「えへへー」
なでられて喜ぶ果穂は私より背が高いけど、まだ小学生だし。
オシャレの事なんて、余程じゃないと気にしないと思う。
しかし、二人の優しい世界を見ていたら鋭い視線が飛んできた。
甘奈の少し怒ったような眼差し。
「灯織ちゃんは……もちろんファッションにこだわってるよね?」
思わず目をそらした。
「灯織ちゃん?」
「べ、別に……仕事の衣装ならプロが選んでくれるから」
私服だって、自信がない訳ではないけれど。
それを目を光らせる甘奈に言うと、やぶ蛇になりそうだから黙っておこう。
「でも……」
何か言いたそうな甘奈だったけど、気を切り替えたみたい。
「ともかく! 挨拶して、相手を見て、良いと思ったところを言う!
特に甘奈たちはアイドルなんだし!
お互いにチェックするのも仕事の内!」
言い切った甘奈を果穂がキラキラした目で見ている。
「甘奈さん……! 勉強になります!」
「灯織ちゃん、やってみて」
「えっ?」
「気の利いた挨拶! 果穂ちゃんに!」
戸惑う私と、驚く果穂。
気を取り直すのが私より早かった果穂が、こっちを向いた。
「灯織さん、どうぞ! なんでも言ってください!」
(えぇ……?)
な、何を言えば……。
そうだ。こんな時、二人なら何て言う?
「灯織ちゃん!」
「せ、急かさないで!」
真乃、めぐる……!
まずは真乃を思い浮かべ、意を決した私は果穂の方を向いた。
「お、おはよう果穂」
「はい! おはようございます!」
「そ、その服に描かれた鳥さん、可愛いね」
「……!」
果穂がハッとした顔をする。
(失敗した……?)
「灯織さん! いい目の付けどころですねぇ……!
このアニ丸シリーズ、あたしもとっても気にいってるんですー!」
果穂が嬉しそうに言った。
パーフェクトコミュニケーション!
(やった……!)
真乃、やりきったよ。
(むんっ)
心の中の真乃も、両手をぎゅっとして喜んでいる。
見た? 甘奈? 私だってやれば出来る。
そう思って、腕を組みじっとしている甘奈を見返した。
「惜しい」
「えっ」
甘奈の口から出た言葉は、イマイチだというニュアンスを含んでいた。
「どういう、こと?」
「果穂ちゃん相手だから良かったけど」
果穂だから良かった……?
「う~ん。オシャレする人って、自分を良く見せるためにしてるから……物を褒めるより、その物を選んだ人のセンスを褒める方がいいかなーって」
それは、甘奈の言う通りかもしれない。でも。
「い、今のは果穂に合わせた挨拶……だから」
そう、小学生向けの挨拶。
決して私のトークスキルが小学生レベルな訳じゃない。
「ふーん。じゃあ、次は甘奈にして?」
「……」
強がりは簡単に見抜かれたらしい。
果穂の期待の視線が辛い。
でも私の心の中にはコミュ力の長、めぐるもいるから。
私のパーソナルスペースに居座れるめぐるなら、甘奈なんて!
「……おはよう甘奈」
「おはよー」
めぐるみたいに、言ってみる……!
「今日のファッションも決まってるね、甘奈!」
ちょっとテンション高すぎたかな……。
甘奈が困っていた。
「なんか、すごい変……」
少しの間、甘奈と見つめ合ったけど、気まずすぎたので果穂を見た。
「灯織さん、悪の怪人に操られてるんですか……?」
悲しい目で見られた。
失礼な。まるで私に明るいキャラクターの演技が出来ないみたいな雰囲気。
でも、めぐるを信じてもう一押ししてみよう。
意気込んだ私は、さっきのめぐるモードで果穂に近寄る。
「果穂ー、そんな顔しないで? 笑顔笑顔!」
「ひっ……」
本気で怯えられた。果穂のいつも元気だった目の端には、小さな涙が。
(そんなに、変?)
甘奈が、果穂を守るように間に入ってくる。
「灯織ちゃん? 妙な真似はやめて、ちゃんと自分の言葉で褒めなきゃダメだよ?」
演技指導が入った。
「自分の言葉……って?」
「さっきから灯織ちゃんが言いそうにないセリフばっかり。
そういうのお世辞で褒めてるって、すぐに分かっちゃうんだから」
甘奈が果穂の涙を拭って、そのまま私と果穂を遠ざける。
そして甘奈は、仕切り直しと言わんばかりにパチンと両手を叩いて、私に向き合った。
「さ、灯織ちゃん。もう一回」
「ま、まだするの……?」
「するの」
この流れ、私の悩みというか欠点を克服するみたいな形になってるけど、正直なところ困っているわけじゃない。
イルミネにはめぐるがいるし、一番星には甘奈がいる。もっと言うと、私が不作法な事をしてしまってもプロデューサーが助けてくれる。
もちろん、自分一人でちゃんと出来れば一番いいんだけど。
(……うん、そうだ)
チーム一番星の名に恥じぬよう、一番いい結果を目指すべき。
さて、どうしたものか。
前には仁王立ちする甘奈。
その顔は、できるまで逃がさないという意思を感じる。私この後、仕事なのに。
以外とスパルタなのかな? 甜花さんには甘々なくせに。
……色々考えても仕方ないのかもしれない。
甘奈は、自分の言葉で褒めろと言った。
だったら、私は思ったことを素直に言うしかないのだろう。
(よし)
腹は決まった。
甘奈を打ち倒さなければ、真乃とめぐるに会えないというのなら……。
乗り越えていこう。
友達の数がコミュ力と関係ないって事、証明してあげる――!
「甘奈。おはよう」
「うん、おはよー☆」
この至近距離で甘奈が……ウィンクしてきた……。
めぐるのフレッシュなウィンクとは違うそのチャーミングな笑顔は、私の視覚中枢を刺激し、興奮した血が頭を駆け巡る――。
「あれ? 灯織ちゃん。顔、赤くなってるよ?」
甘奈が平然とした顔で言い放った。
まるで、それが日常かのごとく!
(これがアルストロメリアのリーダー……)
恐ろしい。ただの挨拶一つで私を動揺させた、この少女が。
(私は、これを越えられるの……?)
違う。越えなければならない。
たかがウィンクで、この風野灯織を落とせると思ってもらっては困る!
いつだって私は、真乃とめぐるの柔らかいものに抗ってきたんだから!
ウィンクなんかに……。
(負けない!)
パッと視界が開けた気がする。
頭は落ち着き、心は穏やか。
それはまるで、蒼い風吹く野原の光景。
(いける)
今ならいける。
ここからが、私の領域……!
「甘奈」
「なになにー?」
「いつも色んな服を着こなしてて、オシャレだよね」
「ありがとー」
「でも……」
「うん?」
「どんな服を着てても、甘奈の笑顔が一番魅力的だから」
「えっと……そ、そんなジッと見ないでほしい、かな……」
「そうやって恥じらう仕草も、素敵だと思う。
甘奈を見てると、これが理――」
「もっ、もう終り!!」
「え?」
「合格! 灯織ちゃんは気の利いたこと、ちゃんと言えるよ!?」
・ ・ ・
甘奈に合格をもらった後、追い出されるように事務所から出てきた。
(あれで良かったのかな)
あまり手応えが感じられなかった。
真乃とめぐるにも言ってみる? と、考えていたところで、二人の姿が視界に入った。
「灯織ー!!」
めぐるが大きく手を振っている。
その隣にいる真乃も、ちょこんと手をあげた。後ろにはプロデューサー。
お互い歩み寄って合流を果たすと、早速めぐるが抱きついてきた。
「お待たせ灯織ー。元気にしてたー?」
「もう、いちいちくっつかないの」
「えー、寂しくなかった?」
「寂しくない、子供じゃないんだから。
ねえ、真乃?」
「えっと、私はちょっと寂しかったよ? いつも三人でいたから」
「そ、そう……」
真乃の言葉に心が温かくなる。
(あれ? これって気の利いた言葉……?)
私も言ってみよう。
「……実は、早く会いたかった」
「ほわっ? ひ、灯織ちゃん?」
「真乃の顔を見ると安心する」
「ぇ、えっと、何かあったの? 大丈夫?」
慌てた真乃が心配してきた。
(私、そんなにおかしい?)
答えあぐねていると、めぐるが再びギューッとしてきた。
「なになに? 真乃を困らせる子はおしおきだぞー」
「……めぐるの匂い」
「えっ!? 私、匂う!? ご、ごめんね!?」
「めぐるみたいで好き」
「……ま、まーわたしの匂いだしー?
そりゃあわたしだよね、あはは……」
「……」
「……」
「……」
なんだか気まずくなった。
黙ってしまった私達を見たプロデューサーが、おずおずと聞く。
「灯織? 本当に大丈夫か? 事務所で怖い映画でも見せられたとか」
プロデューサーにも心配されてしまった。
「いえ、問題ありません」
私の気の迷いです。
どうやら、私に気の利いた言葉はまだ使いこなせないらしい。
とはいえ、練習や努力で何とかなるものでもなさそう。
(仕方ないけど、封印……)
いつかまた、これを使う日が来るのがいいのか、悪いのか。
自分にも分からない……。