一番星の日常を観測する   作:谷川涼

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甘奈はこの日、トンファーキックの恐ろしさを知った。


Magical girl runstar☆

 今日は、日曜の朝から事務所に来ている。

 早朝の街は静かで人も少なかった。

 企業戦士は、ひとときの休息にひたってるんだろう。

 でも甘奈たちアイドルに曜日は関係ない。

 そしてそれは、テレビに映るアニメヒロイン達も同じ。

(あれ? この子達は日曜しか働いてない?)

 まあ、別にいい。色んな働き方があるんだから。

 テレビの中で悪い怪人と戦うのは、それぞれオレンジ・ブルー・ピンク、三人の魔法少女。

(新番組だよね)

 果穂ちゃんがいつも見てるのは戦隊ものだったし。

 この新番組、どうやら中々にシリアスらしい。登場人物の紹介もそこそこに、ヒロイン達はピンチに陥っていた。

 甘奈の隣に座る果穂ちゃんは、今にも助けに行きたそう。

「ま、負けないでオレンジー!」

 ついに果穂ちゃんが声をあげた。

「あっ」

 とても痛そうなキックがオレンジを倒した。これは起き上がれないかも。

 果穂ちゃんが思わず立ち上がってテレビを睨んだ。

「ず、ずるいよ!? なんでトンファー持ってるのにキックするの!?」

 画面の中の怪人は、まるで果穂ちゃんを嘲笑うかのように「カーッカッカッカ!」と叫んだ。

 見事な悪者の笑い声。

 ブルーとピンクも気圧されている。でも、そこは戦うヒロイン。

 ピンクがオレンジを介抱しに行くと、ブルーが一人で怪人に攻撃を仕掛けた。

『ピンク。私が時間を稼ぐから、後のことはお願い』

『ダメ!』「だめっ!」

 果穂ちゃんとオレンジの声が重なる。

 でも、ブルーと怪人はすでに戦っていて聞こえていない。

(ブルー、すごい……)

 怪人のトンファー攻撃に見せかけたキックを、予測していたみたいに避けるブルー。

 激しい格闘の中、ブルーは傷一つ負っていない。

 その涼しい目は、全ての攻撃を計算しているようにも見える。

「いけーブルー! やっちゃえー!」

(勝てそうかも……)

 怪人も攻撃が当たらないことに焦りを覚えたのか、いったん距離を取った。

『カッ! まさかこの技を使うことになるとはな』

 怪人がトンファーを構える。

 まるで、トンファーの先端が銃口のようにブルーを狙う。

「ビームです! 逃げてブルー!」

(ビーム!? トンファーなのに!?)

 でも、こういうのに詳しい果穂ちゃんが言うならそうなのかも。

『喰らうがいい』

 怪人のトンファーに光が集まる。その瞬間、すでにブルーは怪人の懐に飛び込んでいた。

『隙だらけだから』

 そう言ってブルーが、怪人を倒す――

 

「えぇええぇっ!?」

 果穂ちゃんの驚きは、もっともだった。

 怪人のビームが撃たれる前に、ブルーが怪人を倒す。テレビの前の皆がそう思ったはず。

 でも、怪人のトンファービームの方が早かった。正確には、トンファービームという名のキック。

 トンファービーム(キック)

 ブルーですら予測できなかったそれは、一撃でブルーを倒した。

 そして、すかさず流れだすエンディング。

 

 第一話にしてクライマックスなアニメを見せられた甘奈たちは、しばらく言葉を失っていた。

 

 ・ ・ ・

 

 衝撃の展開から覚めた頃。

 ソファで隣に座る果穂ちゃんが、ぽつりとつぶやいた。

「灯織さん、来ないですね……」

「そだね」

「何かあったんでしょうか……」

「何か?」

「あの怪人に襲われてたり」

「えぇっ?」

 果穂ちゃんはそこまでお子様な発想はしない、よね? でも、可愛くて笑ってしまった。

「わ、わかってます! あれはアニメの中の出来事だって!」

「だ、だよね」

「でも、ブルーが灯織さんそっくりだったから……」

「あー」

 そっくりというか、たぶん甘奈たちをモデルにしたキャラデザだった。声まで似せるこだわりよう。声優さんってすごいよね。

 ただ、ピンクが攻撃を受けた時に変な声を出すのはどうかと思う。

 それにしても、自分に似た女の子がボコスカ戦ってると、こっちまで痛くなっちゃうかな。

「灯織さん、大丈夫でしょうか……」

「うーん、じゃあ電話してみよっか?」

「は、はい! お願いします!」

 スマホを取り出すと、部屋のドアが開いた。

「おはようございます」

「あ、灯織ちゃん。おはよー」

「灯織さん! 無事だったんですか!?」

「えっ? う、うん……?」

 果穂ちゃんに抱きつかれた灯織ちゃんが戸惑っている。

 その後ろからプロデューサーさんも入ってきた。

「おはよう、もう来てたのか」

「うん、おはよー☆」

「おはようございます!」

「二人とも普段は学校があるんだし、日曜の朝ぐらいは家でゆっくりしないのか?」

 プロデューサーさんが気遣ってくれるけど、ゆっくりしたかったら事務所にはまだ来ていない。

(甘奈が朝強いのもあるけど……)

 ていうか、なんで灯織ちゃんはプロデューサーさんと来たんだろ……。

 そんな早くから仕事なんてないよね?

(玄関で会っただけかな……)

 だよね。灯織ちゃんだし。

 甘奈が気を取り直すと、プロデューサーさんと果穂ちゃんが話していた。

「プロデューサーさんは見ましたか!? ランスター!」

「ああ、かなり激しいバトルアニメだったな」

「はい! あの怪人……許せません! 灯織さんを!!」

「ははっ。よく似てるけど、283プロはまだ関わってないからな」

 二人の言葉に、灯織ちゃんが「?」を頭に浮かべて聞いた。

「あの、プロデューサー? 私、今日の仕事内容まだ聞いてないんですけど」

「そうだな。丁度いいから三人とも聞いてくれ」

 プロデューサーさんがカバンから書類を取り出して配った。

 甘奈は、ちょっとしたアンケートだって聞いてたけど……?

「さっき果穂が言ってたアニメ『魔法少女ランスター』とうちのコラボが始まる」

「ぅえぇっ!? 聞いてないよ!?」

「あたしもです!」「私も……」

「今始めて言ったからな」

「な、何するの?」

 アニメの魔法少女とコラボなんて、え、何するんだろ……。

「あー、詳細はまだ先方と打ち合わせ中なんだ。今回は意識調査というか、簡単なアンケートに答えてもらうだけだ」

 そっかー……。

 甘奈と果穂ちゃんは納得したけど、灯織ちゃんが困ったように言った。

「プロデューサー……私、そのアニメ見てません」

「ああ、それでいいんだ」

「えっ?」

「こういうのを見ない層の意見も大事だからな」

「それなら良かった……」

 安心した灯織ちゃんを見たプロデューサーさんが、今度は果穂ちゃんの方を見た。

「果穂はメインの視聴者層」

「はい!」

「だから、自分のこだわりとかも語ってくれ」

「りょーかいです!」

「プロデューサーさん、甘奈は甘奈は?」

「甘奈は、あれだな。甜花が見てたら見るんじゃないか?」

「うん、そんな感じ」

「保護者目線で答えてもらおうか」

「おっけー☆」

 甘奈が答えると、プロデューサーさんは急ぐように時計を見た。

「どうかした?」

「ああ、他の打ち合わせがあるから行ってくる。

 質問の紙はさっき渡したやつ。

 アンケートの応答は、ハンディカメラに動画で保存な」

「は~い」「はい!」「はい」

 甘奈がいってらっしゃいを言う間もなく、プロデューサーさんは出て行った。

 今日も忙しそうで、また無理してないといいけど……。

(ううん、甘奈たちも仕事仕事)

「ねえ、誰から撮る?」

「はい! あたしやります!」

「おっ、果穂ちゃん元気☆」

「任せてください!」

「それじゃあ甘奈が質問読むから、灯織ちゃんはカメラ係してくれる?」

「うん、分かった」

 灯織ちゃんが早速、カメラの電源を入れて構えた。

「おっほん。それでは小宮くん、質問です」

「どうぞ!」

「ヒーローに大切なものと言えば正義の心ですね」

「はい!」

「では、ヒロインに大切なものは?」

「えっ……えっ?」

 果穂ちゃんが目をきょろきょろさせて困っている。

 やがて頭がいっぱいになったのか、目をうるうるさせてこっちを見た。

「ひ、灯織さーん。何か分かりませんかー?」

「私? ぇ、えーっと……男は度胸、女は愛嬌、とか?」

「そ、それです! さすが灯織さんです!」

 果穂ちゃんが「どうですか!?」とでも言いたげな顔で甘奈を見る。

「うーんとね、果穂ちゃん」

「だ、だめですか?」

「ううん。ただ、これアンケートだから正解とか無いよ?

 だから、果穂ちゃんが思ったことを答えるだけでいいと思う」

「そ、そうなんですね……わかりました!」

 果穂ちゃんが再び気合いを入れ直す。

「第二問。ヒーローに変身ガジェットは必要ですね」

「は、はい!」

「では、ヒロインに謎の動物は必要ですか?」

「……必要です!」

「その理由は?」

「かわいいからです! いる意味はあんまりないけど、かわいいから必要です!

 ちなみに、あたしのそばにもマメ丸っていう子がいて、とってもかわいいんです!」

「そう言う小宮くんも可愛いですね。

 では第三問、ヒーローと言えば合体ロボ」

「はい!」

「では、ヒロイン達が合体する事について……」

 甘奈に何を言わせるつもりかな。この質問を考えた人は。

(プロデューサーさん、これのチェックしてない……?)

「あの、甘奈さん?」

「あ、なんでもないよ? 質問は以上です☆

 次は……甘奈が答えようかな。灯織ちゃん、質問読んでくれる?」

「うん」

「じゃあ! あたしがカメラ係ですね!」

 果穂ちゃんが灯織ちゃんからカメラを受け取った。カメラを触るのが楽しそう。

「甘奈さん、準備はいいですか?」

「いつでもおっけー」

「それでは皆さん、せいしゅくに……。

 十秒前……8,7,6,5,4,3」

 2,1,果穂ちゃんからキューが出た。

 真面目にやってるのが何だかおかしくて、笑っちゃいそう。

「では大崎甘奈くん、質問です」

「ふふっ」

 笑ってしまった。

「大崎くん? 真面目にやってください」

「ご、ごめ~ん。まさか灯織ちゃんまで、そのノリでやると思わなかったから」

「え、しなくても良かった?」

「どっちでもいーよ」

 ちょっと深呼吸。

「はい、お願いします」

「では第一問。ヒロインの活力となるものは『甘いもの』『音楽』『花』どれがいい?」

 これは、アルストロメリア的に花って言った方がいいのかな?

 あ、逆にかぶらない方がいっか。

「うーん……音楽!」

 スイーツも大事だけど、タイアップのためにもね。

「第二問。ヒロインの家族達の描写は必要だと思いますか?」

「もちろん。お話に奥行きが出来るよね」

 あ、でも甜花ちゃんが見るやつって、あんまり両親出てこないかも。どっちがいいかな……。

「第三問。家族があなたの関わった作品を見るために夜更かしして、生活リズムを崩しています。どうしますか?」

「……パッケージ版、買います」

(他に答えようがない……)

 甜花ちゃんに配信サービスなんて利用させたら、きっと大変なことになる。

「第四問――」

「えっ、まだあるの?」と聞いたら、灯織ちゃんは果穂ちゃんをそっと見て首を振った。

(また変な質問だったのかな)

「それじゃ、交代だね」

 最後は果穂ちゃんが聞いて、灯織ちゃんが答える。それで今日のお仕事はおしまい。

 帰りに三人でどこか寄って、何か食べたいな~。

 甘奈はカメラを構えて、頭の中にスイーツのメニューを広げた。

 果穂ちゃんも質問の紙をぺらり。

「では風野くん、質問です」

「はい」

「当方は女児向けアニメなのですが、いったいどうすれば風野さんのような方にも見ていただけるでしょうか(切実)」

 質問がいきなり低姿勢だった。

「えぇ……」

 灯織ちゃんも困っている。

「えーっと……そう、ですね……。

 ……えぇ…………」

(ちょっとお手伝いしてみようかな)

「逆に灯織ちゃんはどんな番組を見てるの?」

「……あんまり見ない」

 手伝えなかった。甘奈は無力です。と思ったら灯織ちゃんが何か思いついたみたい。

「そうだ、占いコーナーとかどう? あと天気予報も付ければ便利」

「灯織さん……それ朝のニュース番組です」

 灯織ちゃんの顔がしょんぼりした。

「果穂ちゃん、次の質問してあげて」

「はい! 第二問。当方は女児向けアニメなのですが、風野さんがお色気シーンが必要というのであればご用意いたします。だから見て」

「…………えぇ」

 今、心が揺れたね。必死に平静を装ってるけど。

「そ、それなら女児向けアニメだとしても世の男性が見るかもしれませんね。良い案かと。ええ、私には関係ありませんが」

 あの顔はチェックする顔だ。間違いない。甜花ちゃんがごまかす時にそっくり。

「では、第三問です。中盤に出てくる真の桜のプリンセスというキャラクター。彼女が襲われているところをブルーが救うというのはどうでしょう。イルミネーションの下で熱く抱き合うシーンなんかも――」

「良いと思います」

 食い気味に来た。

「いえ、女児アニメにヒーロー然とした展開を加えることで従来の視聴者層とは別のところにアプローチする手腕、お見事です。

 きっと、このアニメは成功するでしょう」

 当然のように早口でまくし立てる。

(興奮しすぎじゃない……?)

 アニメ制作陣に釣られた灯織ちゃんは、まるで営業担当になったかのようにカメラに向かって番組をアピールしている。

(この映像、たぶん表に出ないと思うけど)

 カメラを持っているのが甘奈だから、必然的に灯織ちゃんは甘奈に向かってプレゼンをする訳で。

 灯織ちゃんの熱い想いをぶつけられた甘奈は、思わずカメラの電源をそっと落した。

 

 それからしばらく、帰りに寄り道して食べるスイーツが決まるまで、灯織ちゃんの熱弁は続いた。

 そんな灯織ちゃんの事を、果穂ちゃんが仲間になりたそうな目でキラキラ見ていた。

 

 少しだけ、果穂ちゃんの将来が心配になった日曜日。


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