配信前から物議をかもし、公開中止を余儀なくされた幻のドラマ!
その裏側を283チャンネルで限定公開!
事務所で、甘奈・灯織・果穂の三人がテレビを見ている。
ソファに並んで座り、珍しく静かだ。
目の前のパソコンが鳴らす冷却ファンの音。それが気になるぐらいの部屋。
放送中の番組は、ジャスティスⅤのスピンオフ。
この前、果穂がゲスト出演したものだった。
テレビ画面には学生服を着た果穂が映っている。
普段の元気で明るい笑顔とは違い、はかなく微笑む表情。そのお淑やかな仕草が、思わず仕事の手を止めさせる。
(何度見ても良い演技力だ。ヒーローごっこに付き合ってきた甲斐がある)
不良学園モノのドラマもそうだったが、こっち方面の仕事が向いている、んだろう。
(しかし……)
画面の中の果穂と目が合う。
果穂の切なげな視線。控えめな上目遣いに、目がとらわれる。
それはまるで、愛の告白をされているような。
『あなたと、ずっと一緒に……』
(……そうだよな)
ずっと一緒に。果穂と仕事をしていくなら、このふざけた案件は断るしかない。
決心はついた。
「……ふー」
静かな部屋で、口から大きな溜め息が出た。
「プ、プロデューサーさん……?」
果穂が、おびえる子犬のような目でこっちを見ていた。
顔色をうかがっている?
「どうかしたか?」
「あ、あの……あたしのお芝居。なにか、変でしたか……?」
「ん? 良かったぞ」
将来は世界的な俳優に名を連ねること間違いなしだ。スタイルの良さも世界レベルに見劣りしないだろう。
そうだ、英語を喋れるようになった方がいいのか?
(……この辺りは夏葉に相談か)
などと考えていたら、甘奈にムッとした顔で見られていた。
「プロデューサーさん?」
「な、なんだ?」
怒ってる? 何を?
「どうして果穂ちゃんの決め台詞を見て、おっきな溜め息ついたの?」
甘奈の隣にいた灯織も、責めるような視線を向けてきた。
「さすがに、今のは酷いと思います」
「あたしのお芝居……」
「ああいや違うんだ果穂。溜め息は次の仕事で悩んでただけで」
「悩む? プロデューサーさんが?」
その一言で、三人が一斉に疑問の目を向けてきた。
(しまった。何も言わずに片付けたかったんだが)
三人が興味深そうにしている。というか、話すのを待っている。
「……実は、果穂にドラマのオファーが来ていてな」
「えっ! あたしですか!?」
「ああ、指名だ」
「今度は何なんですかー!? またゲストに呼んでくれてるんですかー!?」
「いや……」
果穂がやる気全開だ。目が輝いている。
こっちの困った空気を察してくれないまま、三人は「すごーい☆」やら「あの演技なら」などとキャッキャしている。
三人で一頻り盛り上がった後、いよいよ甘奈が聞いてきた。
「それで、どんな役なの?」
「あたし、何でもやります!」
そんな事言わないでくれ。
困った沈黙を灯織が気付いてくれたらしい。
「プロデューサー? 何か問題でも?」
「……ああ、そうだな。果穂には難しいと思ってる」
「プロデューサーが弱気になるほどの仕事……?」
難しい顔をしていると、果穂が闘志を燃やすように言った。
「あたし、挑戦します! 挑戦したいです!
戦う前から降参なんて、できません!」
「果穂ちゃんの言うとおりだよ!
プロデューサーさん、果穂ちゃんの可能性を信じてあげて?」
この案件の可能性は信じたくないんだが……。
手元の企画書に目をやると、あまりにも業の深いタイトル。
『16才のママ』
確かに、初めて果穂を見たときは高校生ぐらいかと思ったけど。
いくらなんでも小学生に母親役はないだろう……。
(う~ん)
改めて企画書を見て、これは無いなと思う。
ふと、優しい花の匂いがした。
遅れて、甘奈の驚いた声が背中から。
「16才の、ママぁ!?」
どうやら甘奈がこっそり近付いてきて、背後から企画書を覗き込んだらしい。
そのタイトルを聞いた灯織が「うわ」といった表情でこっちを見ている。
耐えられず目をそらしたら、後ろにいたはずの甘奈の顔が間近に。
「プロデューサーさん? どういうつもり? こんなお仕事持ってきて!」
「すまん、あの場では断れなかったんだ」
業界でも有名なハイマウンテンPとスロープアップP。この二人の案件を断るのは難しい。
噂では果穂に学生服を着せる指示を出したり、甜花に園児服を着せる指示も、この二人の仕業らしい。
実際、これで好評を得ているのだから恐ろしい手腕だ。並のプロデューサーでは思いつかないだろう。
(しかし、今回のドラマは……)
果穂の大幅なイメージダウンに繋がりかねない。
「やります!」
果穂の大きな声が部屋に轟いた。
「あたし、お母さん役やります!」
「果穂ちゃん!?」
「果穂、これは辞めた方が……」
「いえ! この役にあたしを選んだ意味が、きっとあるはずです!」
ただの性癖だと思うぞ。とは口が裂けても言えない。
というか、説明できない。
甘奈も灯織も、あわあわしている間に、果穂は己の道を進んでいく。輝く星に、一番にたどり着くのは自分だと言わんばかりに。
「ヒーローだって、はじめからヒーローじゃないんです!
いろんなことを経験して、強くなって、はじめてヒーローになれるんです!」
その前向きさは、とてもまぶしくて……。
「だから、あたしも――」
ブランコ、思い切りこいだら空に飛び立てるんじゃないか。
鉄棒で、ぐるり回ったら、世界が変わってるんじゃないか。
滑り台の坂を駆け上がれば、時を越えられるんじゃないか。
「あたしも、お母さんになります!!」
「「お母さん『役』!」」
「はい! がんばります!!」
そう言って両の拳を握る果穂。
その可愛らしい気迫が、こっちまで伝わってくる。
(童心に返る、か……)
果穂は、いつも希望を抱かせてくれる。
公園で遊んでいた頃、砂場に自分の理想を思い描いたように。
「じゃあ、先方には良い返事をしておくぞ」
「はい! よろしくお伝えください……!」
少し離れたところで、甘奈と灯織が心配そうな顔をしているが気にしない。
今日、これから始まる伝説を前にして、不安や怯えなどを抱えてはいられない。
果穂のために出来ることは山ほどある。
(さて、まずは育児雑誌あたりを用意すればいいか?)
・ ・ ・
・ ・
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「灯織ちゃん。これは甘奈たちが、ちゃんとしなきゃだね……」
「うん。いくらプロデューサーでも、この分野は右も左も分からないだろうし」
「……逆に詳しかったらやだよ。そういう事、考える相手がいるみたいで」
「別に、いてもおかしくないと思うけど」
「それは、そうかもだけど……」