メンタルアップグレードに関する各種記録   作:由祐

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「貴方の名前を教えてください」


M4A1:何時かの思い出

私の一日は、指揮官を起こすことから始まる。

 

彼と出会ってからの習慣だ。

 

肩をゆする程度では、指揮官は全く起きない。

 

だから、丁寧に布団を剥いでから起こさないといけないのだ。

 

しょうがないなぁと苦笑しながら、つい頬を撫でる。

 

……副官の役得として、このくらいは良いでしょ?

 

一週間経った頃には私も指揮官も、当然の様にこんな朝を過ごしていた。

 

一月経った頃にそれをみんなに指摘されて、指揮官と二人してそれが普通でないことにようやく気付くくらいには。

 

指揮官と一緒に居ると、安心して、心が温かくなって、ぽかぽかするんです。

 

だからなのでしょうか。

 

指揮官を起こさないと、私も起きた気がしないんです。

 

ねぇ、指揮官。

 

貴方は、私の事をどういう風に思っているんでしょうか。

 

もっと、貴方の事が知りたいです。

 

 

「……ふわぁ~……」

 

「おはようございます、指揮官。0530、始業時間一時間前です」

 

「……おはよう、M4。毎朝悪いな、起こして貰っちまって」

 

「良いんですよ。好きでやっている事ですから」

 

「……そっか。なら、これからも頼むよ」

 

「はい!」

 

「よし、まずは飯食って、それから朝礼だな」

 

「ええ。とうに手はずは整えてあります」

 

「マジか……。ありがとうな、M4」

 


 

作戦記録を読み返し、反省点を明確にし、訓練でそれらを潰す。

 

いつも通りの訓練。いつも通りの筈の繰り返し。

 

けれど、なぜか。

 

指揮官の下に着任する以前よりも効率が跳ね上がっている。

 

でも、足りない。

 

これだけじゃ足りない。

 

もっと、もっともっともっと指揮官の役に立ちたい。

 

もっと指揮官の役に立って褒めて欲しい。

 

頭を撫でてもらったり、抱きしめてもらったり、と夢を見てしまう。

 

これが、SOPMODIIやAR-15がいつも感じていたことなのだろうか。

 

この胸を焦がすような熱い衝動が。

 

……よし、今日も一日、頑張ろう。

 

 

「頑張ってるな、M4」

 

「はい!」

 

「……あのさ、一体どうしてそんなに頑張ってるんだよ」

 

「珍しいですね。なんでいきなりそんなことを聞くんです?」

 

「まぁ、その……、あれだ。頑張りすぎて無理してるんじゃないかと気になってよ」

 

「大丈夫ですよ。躯体に掛かる負荷も、演算処理の負荷も許容範囲内に収めてありますから」

 

「そっか、ならいいんだ。……うん」

 

「……ふふっ、指揮官。ちょっと顔が赤くなってますよ?」

 

「う、うっせうっせ!」

 

「ふふふ……」

 


 

焼き付くような赤い空も、蒼く染まりだす頃。

 

残っている物資と顔を突き合わせ、今日のメニューを考える。

 

戦術人形である私達とは違い、人間である指揮官には、栄養補給は必須だ。

 

精神の安定にも、食事は寄与する。

 

それに、指揮官の食事を準備することも楽しく感じて来たのだ。

 

ネットワークから料理に関するデータを集め整理する事が、最近の私の趣味といって良いだろう。

 

段取りを踏んで手順通りに料理を進めていく。

 

最初は本当に酷い味だったけど、手間取っている私を見て一口鍋からつまんで「おいしい」とそう言ってくれた貴方の顔が、忘れられない。

 

レシピ以外の事も調べるようになったのはそれからだろうか。

 

ここをこうして、ああすれば。

 

そんな細かいところにも、気を向けるようになった。

 

今度は、なんて言ってくれるんだろうか。

 

 

「指揮官、今日はカレーですよ」

 

「お、悪いなM4。毎度毎度持ってきて貰っちまってよ」

 

「いいえ、これも好きでやっている事ですから」

 

「……ありがとうな」

 

「それは食べてからにしてください、指揮官。今日のカレーは自信作ですから!」

 

「悪いな、それじゃいただきますっと……」

 

「……その、お味はどうでしょうか……?」

 

「うん、旨い。すっごい旨いよ」

 

「……よしっ」

 

「ただ、あれだ。妙に舌に馴染むと言うか……、懐かしい味だな」

 

「そう、ですか?」

 

「ああ。……あれ、なんか涙が出てきた」

 

「し、指揮官っ?!そんな変なものは混ざっていないはずなのにっ」

 

「いや、違う、そうじゃないんだ……。家族の事をさ、思い出しちまって」

 

「指揮官……」

 

「M4、聞いてくれるか?」

 

「……はい」

 

「俺、就職するまでは貧乏でさ、両親とも共働きで、家にいつも一人だったんだ」

 

「……」

 

「で、さ。たまたま二人そろっての休みが取れて、母さんが作ってくれたのがカレーなんだよ」

 

「思い出の料理、だったんですね」

 

「……ああ。それから、少しも経たないうちに二人して事故で死んじまったけどよ」

 

「……それは」

 

「ああ、悪い。湿っぽい話をしちまって。まぁ、そんな経緯があって記憶に残ってたんだ」

 

「……指揮官」

 

「……ごめん、M4。カレー、旨かったぞ」

 

「……はい」

 


 

心でどれだけ指揮官のことが好きでも、私は全然指揮官の事を知らなかった。

 

どんな味が好きか、どんな音楽が好みか、どんな銃が好みか、どんな書き癖があるか、

 

どんな歩き方をするか、どんな生活を送るか、どんな寝方をするのか、どんな布団が好きか、

 

どんな風景が好きか、どんな言葉遣いをするか、どんな戦術が好きか、

 

今の指揮官の事なら、いくらでも知っていると胸を張って言える。

 

でも、それでも。

 

昔の指揮官の事なんて、全く知らなかった。

 

何処で生まれて、どんな風に育って、何故この会社に入社したのか。

 

いや、そもそもの話だ。

 

私は、指揮官の名前すら知らない。

 

情報漏洩対策だとか、万が一人質を取られないようにするためだとか、理由は沢山ある。

 

でも、結局のところは、だ。

 

指揮官自身、あまり昔の事を思い出したがっていないのではないだろうか。

 

ついさっきもそうだ。

 

指揮官にどんな家族がいて、どんな思い出があったのか。

 

……あえて、それに触れないように接してきたつもりだった。

 

もし、私達から指揮官の素性が漏れるようなことが有れば、絶対に後悔することになるだろう。

 

でも、それでも知りたいと、そう思ってしまったのだ。

 

 

「で、なんでこんな時間に部屋に来たんだよ、M4」

 

「……その、指揮官にお願い事が有って」

 

「ん?お願い事か。良いぞ、聞くだけなら幾らでも聞いてやるとも」

 

「約束をしたいんです」

 

「約束かぁ……。守れるかわからないしな。内容を聞いてからするか考える。いいな?」

 

「ええ。それで構いません」

 

「よし、じゃあ言ってみろ」

 

「……その、鉄血が片付いた後に、指揮官が指揮官じゃなくなったら、の話なんですけどね?」

 

「まぁ、そうなれば当然そうなるだろうな……」

 

「指揮官。もし、そうなった時は、貴方の名前を教えてください」

 

「……まぁ、今じゃ守秘義務とかテロ対策とかいろいろ有るもんな」

 

「はい。だから、全部終わった後に、です」

 

「……いいぜ、約束だ。全部終わった後、いろんな話をしてやる。俺の、思い出とかな」

 

「……はいっ!約束ですよ、指揮官!」

 

「ああ、約束だ。M4」




なぁ、M4。

お前は、今も約束を覚えていてくれているんだろうか……?
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