やがて森を抜け、水辺地方へと我々は足を進めた。
いつしか足下はコンクリートで舗装された道となり、どこか漁港の雰囲気がただよう。
遠くに見えるのはステージだろうか?
「それでーぺぱぷは歌ってー踊ってーとってもかわいいのだ!みんなのアイドルなのだ!」
「ハカセも太っ腹だねー。練習見学チケットを渡してくれるなんてさー」
フェネックはハカセの手形がつけられた紙を見せる。
差し入れ用のアメのかけらと共に3人分、我々にくれたのだ。
「ああ、それは楽しみだ。かつて、ロンドンでそういった物を見たことがある。
あれは……華やかだった。実に久しぶりだ」
どうもアイドルとはレビューのように舞台で歌い踊り観客の目を楽しませるものだという。
ヤーナムはいくら栄えようとも所詮は僻地の寒村。酒場の歌い手がせいぜいだったが……
かつて、ウィレーム師やローレンスと行ったロンドンの賑やかさは覚えている。
「ろんどん?やーなむの他にもちほーがあったのか?」
「ああ、我々の住んでいたヤーナムから少し離れた所にあったが……
とても賑やかで楽しい街だった」
「まち?」
アライさんが不思議そうな顔をして尋ねた。
ああ、そうか。このジャパリパークでは街などあろうはずもない。
いや、あんな汚れた場所などあってはならないのだ。
「ああ、街とは……そうだな、蟻塚を想像したまえ。
あのように人の巣がたくさん集まった場所だ」
「はえー……ヒトとはすごい生き物なのだ!きっと街というのも楽しい所なのだ!」
「昔はたくさんヒトがいたんだねえ」
「ああ……うんざりするほどね」
そうしているうちに、舞台へ我々は近づいて行った。
舞台の上には複数の似たような姿のフレンズたちがいる。
白黒の水着のような衣装に赤い耳当て……はて、何のフレンズだろう。
「声がー枯れようともー愛をー歌い続けようー」
透き通った、澄んだ声だ。
美しい。さすがはアイドルと言ったところか。
「わあ!ぺぱぷなのだ!」
「いま練習中だよー。邪魔しちゃダメだよアライさーん」
「わ、わかったのだ……」
我々は少し離れた場所から練習を見続けていた。
歌も、踊りもなかなかのものだった。
しかし、これらの施設……修復された箇所がある。
フレンズでも施設の修復ができるものなのだろうか?
「あのう、すいません。練習の見学は今日はやってなくってー。チケットとかお持ちですか?」
猫科のフレンズが音も無く近寄って拒絶感のある笑顔で言ってきた。
ああ、彼女らがアイドルだというならば当然それを守る者もいるわけだ。
我々はチケットを見せた。
「ああ、ハカセから用事を言いつかっていてね。
それから、これは差し入れだそうだ。皆で食べたまえ」
「それはペパプ練習見学チケット!珍しいですねハカセがそれを渡すなんて……
あっ、申し遅れました。私はペパプのマネージャーのマーゲイです」
マーゲイは眼鏡をかけ直して名乗った。その使命に誇りを持っているのだろう。
「ヒト科のフレンズ、ゲールマンだ」
「アライさんなのだ!」
「フェネックだよー」
マーゲイはアメの入った紙袋を手に取るとふんふん、と匂いをかいで問題ないと判断したのか受け取った。
「それで、ハカセからの用事ってなんでしょう?私でできることならやりますけど……」
「ああ、かばんさんがこちらを通らなかったかね?あの子にわたす物があるのだが」
「かばんさん!それなら、港に行きましたよ!
私はあの人のおかげでペパプのマネージャーになれたんです!
あの人の助けになるなら、協力します!」
ここでもかばんはやはり他者のために動いていたようだ。
やはり、サンドスターは善性を引き出す導きなのだろうか?
そのときペパプたちが練習の手を止め、こちらに寄ってきた。
「おっなんだなんだー?」
「おきゃくさんー?」
マーゲイはペパプに向き直り袋の中身を確認してから差し出した。
「ハカセたちからの差し入れだそうです!
この人達はかばんさんに渡したい物があって来たそうですよ!」
「何かしらこれ……食べ物?」
「まるで氷みたいだな……」
ペパプたちは丸めたアメを手にとって不思議そうに眺めている。
「ああそれはアメと言って……ただ口に含むだけで良い。いずれ溶ける。甘い物だよ……」
「へー、食べてみようぜ!」
「念のため、私が毒味を!……あまーい!」
「大丈夫そうね。いただくわ、ありがとう」
マーゲイがいち早く口に含み、ペパプたちも食べる。
それなりに好評なようだ。
■
「それじゃあ、差し入れのお礼に一曲歌おうぜ!」
「ええ、リハーサルにも丁度良いわ」
「じゃあ、あれだな。みんなで歌おう!」
「ええ、行くわよ!『ようこそジャパリパークへ!』」
左右の装置からラッパの音が流れ出し……
そして曲が始まった。
本当に、本当に良い曲だった……
けものはいても、のけものはいない。か……
この優しい世界を象徴するかのようなのびやかな曲だった。
「ありがとう、とても良い曲だった。このジャパリパークにふさわしいと思う」
私は大きく拍手していた。
本当の愛はここにある……その通りだ。
姿形は十人十色、君をもっと知りたいなで漁村の虐殺をしてしまった私にはもったいないほどだ。
「お礼にこっちも一曲やるのだ!ゲールマンこないだの歌を吹くのだ!」
アライさんが私に振ってきた。たしかにティンホイッスルは持っているが……
「しかし、本職の君達にお見せできるほどのものではないのだが」
プリンセスとマーゲイがそれに興味を示してうなずく。
「私たちはいろんなフレンズともコラボレーションしたいと思ってるわ。
まずは一曲、聞かせてみて?」
「おおっ!コラボレーション!ぜひお願いします!」
フェネックが目線を左右に揺らしてからこちらを見る。
「やろうよ、ゲールマン。良い機会だしさー」
「あの曲はとっても良かったのだ!またやるのだ!」
どうやら皆やる気らしい。まあ、ダメだったら恥をかけば良い。
私は石段に座り、ホイッスルを取り出した。
「わかった、お耳汚しだが一曲『ジョン・ライアンのポルカ』」
ステップを踏み、笛を吹く。
アライさんとフェネックが手を叩いてリズムを取り、踊る。
その踊りは前回よりだいぶ上手くなっていた。
「わーたのしそー」
「歌詞がないけど、みんなで踊れる曲……新しいわね」
「踊りもわかりやすいな……こうだな」
「リズムに乗っていくぜー!」
「おほー!ペパプの皆さんの新しい踊り!これはぜひ!
今度のライブでコラボレーションしなければ!」
なかなかに好評なようだった。
やはり、人に見せるというのは緊張する物だ。これができる彼女らは素晴らしい。
「歌であればトキたちも歌っていた。ジャングル地方にいるはずだ。
すまないが、我々はかばんさんのために先を急ぐのでね。
しばらくはつきあえないだろう。申し訳ない」
やはり、狩人に舞台は似合わない。心苦しいが断ることにしよう。
「うーん、かばんのためなら仕方ないわね。
でも!その用事が終わったらライブのこと、覚えておいてね!」
「わー、すごいことになっちゃったねえアライさーん」
「光栄なのだ!かばんさんの用事が終わったら絶対やるのだゲールマン!」
二人とも乗り気のようだ。私はいい、だが彼女たちにはいろんな可能性を知ってもらいたい。
……どうやら観念した方が良いようだ。
「ああ、事が無事に終わったら、一度だけ出よう。その後は、他の者にこの歌を教えよう」
「えー、ゲールマンもやるのだ!」
「まあまあ、ゲールマンに何度もやってもらったら大変だよー。笛なら、私がおぼえるからさー」
「ありがとう、フェネック」
「いいってことさー」
こうして、我々は水辺を後にした。
しかし、港に行くには雪山地方を越えねばかなりの大回りになってしまう。
少なくとも、地図では雪山にも道はあるようだ。
次は雪山地方か……寒さに備えておかねば。
我々はジャパリまんを補給して雪山に向かった。