工房はサバンナと港の間の森の中に作ることとした。
かばんたちは港から帰ってくるはずであり、
故に元のなわばりと港の双方に近い場所を選ぶ必要があったからだ。
工房はほぼ完成し、後は内装を整えるだけだ。
ハカセたちから借りた詳細な地図では、
このあたりには研究所とホテル、そして居住区があるらしい。
研究所も気になるが……まずはもっとも近い居住区に行こう。
フレンズがいなければ、絨毯の一つも持って帰れるはずだ。
「これは……なるほど。
ジャパリパークは博物館だけではなく、動物園としても機能している。
故にこのような形となるか……」
塀で囲まれた中にドーム型の家が建ち並ぶ。
しかし、それはどれもかわいらしく、淡く明るい色彩で塗られている。
どうも私のセンスに合わない。
しかし、それでも何か有用なものはあるかもしれない。
私は戸を叩いて尋ねようとした。だがその前に内側から戸が開いた。
「会いたかったーっ!」
中にいた灰色のフレンズが飛びかかってくる。
私はとっさにパリィをしようと銃に手を伸ばしかけるが、
相手はフレンズだったと思い直しそのままハグを受けた。
「懐かしいなあこの匂い……!匂い?
あれ……あなた、ヒトのフレンズ、ですよね?」
懐に顔をうずめて匂いをかぐその仕草は犬を彷彿とさせるものだ。
「ああ、ヒトのフレンズには違いない。
パークにはもう一人ヒトのフレンズがいるがね」
「もう一人!?じゃあ、きっとその人が……
あ!申し遅れました!私はイエイヌです!」
犬のフレンズか。
懐かしい、遙か昔マリアやローレンスが共にいた頃猟犬を飼っていたこともある。
狩りのさなかに死んだがね。
「私は……ゲールマン。ヒトの一種、ハンターのフレンズだ」
「そう、ですか……」
しかしこの様子ではどうもこの間のセルリアン騒ぎを知らないようだが……
「立ち話も何ですし、お茶でもどうですか?」
「ああ、喜んで」
内部は思ったより広かった。しかし、やはりかわいらしすぎる内装だ。
だが、絨毯は悪くない。
なんとか交渉したいものだが、しかし犬にとって絨毯は大事なものだろう。
諦めるべきだ。
キッチンに立ってイエイヌはお茶を入れようとしているが……あれはいかん。
「イエイヌ、それは紅茶ではない」
「え?でも草にお湯を入れて飲むものがお茶だって……」
「茶とは、茶の木から取った葉を乾燥させなければいけないのだよ……
実は、私は茶葉を持っていてね。どれ、お手本を見せよう」
私は夢から茶葉の包みを取り出した。
あと半分ほどか……いずれアルパカに頼まねばなるまい。
「すみません、お客さんにそんなことをやらせてしまって……」
「構わないとも、私がやりたいのだ」
お湯とポットはある。
まず一度ポットとカップを湯通しし……
茶葉の量はこれでよかろう。
湯の量、よし。
後は4分ほど待てば良い。
「あの、お茶が出来たと思うんですが……」
「ああ、紅茶とは茶の葉がポットの中で浮き沈みするまで待つと美味しいのだよ」
「なるほど待て!ですね!」
「ああそうだ。待て、と言うわけだ」
イエイヌはじっとうれしそうにこちらを見ている。
「しかし、君は先日のセルリアン騒ぎを知らなかったようだが。
ボスは近くにいないのかね?」
「あ、はい。ちょっと遠い所にいるので。
たまにまとめてジャパリまんをもらっているんです。何かあったんですか?」
「ああ、この間の夜のことだ……」
私はかばんの活躍をイエイヌに言って聞かせた。
「パークガイド!かばんさんはパークガイドなんですね!」
「ああ、暫定だがね」
「私、その人に会ってみたいです!今その人はどこに!?」
「港にいる。パークの外に出て行ったヒトを探しに行くそうだ。
私は、彼女らが戻ってくる家を作るために資材を探しているのだよ……」
イエイヌは興奮を隠せないようだ。尻尾がブンブンと揺れている。
「じゃあ、きっとパークにヒトが戻ってきますね!
昔、ここにはたくさんのヒトがいたんです。
でも、ある日を境にみんな居なくなってしまって……
だから私、ここでお留守番してるんです。
ずっと、一人で……
いつかここに戻ってきてくれると思っていました」
イエイヌは壁に飾られた絵を見て涙ぐむ。
子供の書いた絵だ。帽子をつけた子供を中心にフレンズとパーク職員の姿がある。
『パークガイドのおにいさんおねえさん』と題されていた。
きっと、彼女の飼い主は彼女を捨てて逃げたのだろう。
あるいはセルリアンに襲われて死んだか……
この絵自体も相当古い。彼女が飼い主と会えることはおそらくない。
「その絵は、君の飼い主のものかね?」
「はい!きっとそうです!
私はフレンズになってから何度か代替わりしてて……
もう、記憶もおぼろげなんですけど……
それでも、会いたいなあ……」
「……そうか」
だがそれでも彼女は帰らぬ主を待つのだろう。
それが犬というものだ。
健気な、そして哀れなことではないか。
「……お茶にしよう。茶菓子は、これを食べたまえ」
私はそっとテーブルに茶を注いだカップと皿に入れたクッキーを出した。
「ありがとうございます!」
彼女はじっと待っている。
私は茶を少し飲んだ。うむ、まあまあだな。
「どうしたのかね?」
「あ……食べても良いですか?」
なるほど『良し』が必要だったのか。
「ああ、良いとも。食べたまえ」
「はい!」
むしゃむしゃがつがつとクッキーを食べる姿は、かつて飼っていた犬を思い出す。
「なんだが、懐かしい味です……なつか、しいなあ……」
イエイヌは涙ぐむ。
犬のおやつといえばクッキーとジャーキーなのは、
パークでも変らなかったのだろう。
「すまない、私が君の飼い主であればよかったのだが」
「いいんです!あなたがヒトであることに間違いないですから!
私はヒトに会えただけでうれしいんです!」
「……ありがとう」
少し茶を蒸らしすぎたのだろうか?今日の茶はいやに、苦い。
『もしよければ……』
私とイエイヌの声が重なった。
「あ、どうぞどうぞ」
「いや、君から先に言い給え」
「はい、もしよければ私と遊んでくれませんか?
フリスビーを投げたり、ボールを投げたり……
綱引きするのも楽しいですよね!
……どう、ですか?」
「ああ、喜んで」
少しでも彼女の孤独が紛れることを祈る。
■
「いやー、遊びましたね!ゲールマンさんはボールを投げるのが上手いです!」
イエイヌは草原に寝転び、ぱたぱたと尻尾を振っている。
満足そうだ。
「ああ、私もかつて犬を飼っていた。もう遠い昔のことだがね」
「そうなんですか……
きっと、そのイヌは幸せだったと思います!私にはわかるんです!」
「そう、だろうか……」
あのときの私は若く愚かだった。
犬を用いた狩りに便利だとしか思っていなかった。
本当に愚かなことだ。
だがしかし、この愚かな私にも出来ることがあるならば。
「さっきの話なのだが、もしよければ君も私の家に来ないかね?
共にヒトを待とう。いずれかばん……
ああ、パークガイドのヒトなのだが……あの子も招くつもりだ。
いずれヒトが戻ってきたときは一番に来るように案内も立てよう。
……どうだろうか?」
イエイヌは立ち上がりばっとこちらを見た。
そして、そのときの表情を私は言い表す術を持たない。
「……少し、考えさせて貰っても良いですか?」
「ああ、ゆっくり考えたまえ」
私は草原に座り、イエイヌは家に帰った。
私は、イエイヌが出てくるまでずっと待っていた。
そうするべきだと思ったのだ。
「ローレンス、マリア……私はまた間違いを犯そうとしているのだろうか?
かばん、君ならどうしただろう?
ウィレーム先生、答えを教えて下さい……」
果たしてこれでよかったのだろうか?
犬には犬の生き方がある。
帰らぬ主を待って死んだ犬の逸話はヤーナムでもあった。
失った者同士が傷をなめ合うことは正しいのだろうか?
いや、しかし。
このまま彼女がこの家でずっと腐っていくのをただ見ているのは……
あんまりにも哀れじゃあないか……
「ゲールマン!お待たせしました!行きましょう!」
イエイヌは玄関を開けて大荷物を背負って出てこようとした。
だが荷物がつかえて転んだ。
「……イエイヌ。ありがとう、至らない私だが、君と共に暮らせてうれしい」
私はイエイヌを助け起こすために手を伸ばした。
「はい!」
イエイヌはとてもうれしそうに『お手』をした。
イエイヌは暖かい笑みを浮かべていた。きっと、私もそうだっただろう。
「ああ、良い子だ」
「はい!……はい!」
イエイヌの瞳から涙がこぼれた。
その顔がにじむ。
正しいかどうかはわからない。だが、今はきっとこれでいいのだ。