あれから、1週間の時が流れた。
私の新しい工房はかつての『狩人の夢』のそれとほぼ同じデザインだ。
違うのは、裏に寝室とキッチンを増設したことくらいだ。
居住区に近い森に建てられた私の家の周りには色とりどりの花が自生していた。
私はここで、イエイヌと暮らしながら道具を売って暮らしている。
「ゲールマン、お客さんが来ました」
イエイヌがうれしそうに二人を案内する。
「お久しぶりです!ゲールマンさん」
「すっごーい!きれいなおうちだね!」
庭いじりをしていた私は手を止め、立ち上がって狩人の一礼をする。
「やあ、よく来てくれたね。かばん、サーバル」
「このおうち、ビーバーに作ってもらったの?」
私は入り口に向かってゆっくりと歩き、サーバルたちはそれに合わせてくれる。
「ああ、細かいところは自分でしたがね」
「へー……確かに扉に模様が彫ってあったりしますね!」
「立ち話も何だ。まあ、入り給え」
「はい!」
「わーい!」
両開きの玄関を開けると、フローリングの上に絨毯を敷いたいつもの部屋が見える。
長方形の部屋は壁際にいくつも作業机と棚が置かれ、その上にはランタンが光を放つ。
かつてと違うところは、来客用の椅子がいくつかあることだ。
「ささ、どうぞ座って下さい!」
私が何も言わずともイエイヌはテーブルと椅子を用意してかばんたちに勧める。
「あ、はい。ありがとうございます」
「ありがとう、すわるね!」
「イエイヌ、いつもありがとう」
「いいえ!ヒトの命令に従うのが私のやりたいことですから!」
イエイヌは尾をよく振って笑う。哀れなことだが、しかしイヌの本能とはそうしたものだろう。
今はただ、彼女の傷を癒やすことに勤めたい。
「次はなんですか!?」
「では、お茶とお菓子を頼もう。終わったら、君もここに座り給え」
「はい!」
イエイヌはとてもうれしそうに裏のキッチンへと駆けていった。
かばんたちは少し困ったように笑う。
「あはは……少し変ったフレンズさんですね」
「ああ、イエイヌとヒトは遙か昔からお互いの種族を友としてきたのだよ」
「種族ごと友達、ですか?」
「ヒトはイエイヌに寝床と食事を与え、その代わりにイエイヌはヒトの狩りを手伝う。
そういった関係がフレンズでないヒトとイヌの間にずっとあったのだ。
今はもう、ヒトの多くは狩りを忘れてしまっているが、それでもその関係は続いているのだよ」
サーバルとかばんは感心した様子で相づちをうち、時に互いを見て微笑んだ。
「すっごーい!ずっとずっと昔から友達だったんだね!」
「なんだか、素敵だと思います。でも、僕のコンビはサーバルちゃんが良いなって思います」
「えへへ、ありがとかばんちゃん!
……でも、なんだかホッとしたよー。ゲールマンにもこんびが出来たんだね!
フェネックたちと離れて一人で暮らすのかと思って心配してたんだ」
サーバルが気遣わしげに私を見る。やはりサーバルは優しいフレンズだ。
この子が共にあるのであれば、かばんは血に呑まれることもないだろう。
「……ありがとう。やはり、一人では何かと足りないからね。
今はお互い支え合って生きている……あの子にもそれが必要なのだろう」
イエイヌがお盆にお茶と菓子を持って現われた。
「お待たせしました!今日のおかしはクッキーです!」
「ありがとう、イエイヌ。君も座っていただき給え」
「はい!ありがとうございます!」
その忠実な様子にサーバル達はほほえましそうに笑った。
我々はしばし紅茶をたしなみ、クッキーに舌鼓を打つ。
「それで、ゲールマンさんは今なにをしてるんですか?」
「今は……フレンズに道具を売って暮らしている。もっとも、茶菓子の方が評判は良いがね」
「道具……ですか?」
「主にセルリアンを狩るための護身用具だよ。海水を詰めた壺とか、そういったものだ」
「へえー……」
「君にも、特別な武器を用意した。いつか言っていた、狩人の武器だ」
「ありがとうございます!」
「ああ、イエイヌ。頼めるかね?」
「はい!」
イエイヌは素早く工房に吊された三本の武器を手にとって床に並べた。
「説明しますね!こちらが斧!こちらがノコギリ!こちらが杖です!
斧は……えっと、ちょっと重くて力がいりますけど一番使いやすいです。
振り回すだけでセルリアンが吹っ飛んでいきますよ!
ノコギリ鉈は一番強いです。がりがりがりーって引っ掻いてあっというまに倒せます!
振り回すのは簡単だし、オススメですよ!
杖は、一番軽くて振り回しやすいです!でも使うのが難しいかも……」
イエイヌには変形機構をオミットした慈悲の刃のレプリカを持たせた。
つまりそれはただのシミターなのだが。
その過程で、この最新の3武器も振り方を教えてある。
変形はやはり難しいらしく、実戦で使えるようになるにはまだ時間がかかるだろう。
「二人とも、どれか一つ選び給えよ……」
わああ、とサーバル達は目を輝かせる。
「それから……銃というものもある。どれも室内で振り回すには危険だ。外に出たまえ」
これらの武器は鍛冶によってできたものではない。
サンドスターの力の「輝き」を再生する力で私の装備として蘇ったもの。
あるいはフレンズはサンドスターにより自らの武器や衣服を形成する。
これを『けものプラズム』というが、私にもそれは扱えた。
「夢」から装備を紡ぐ狩人の業と極めてよく似ていたからだ。
「わぁー!なにこれなにこれー!ありがとう!ゲールマン!」
サーバルは物珍しそうにノコギリ鉈を取った。
彼女らのために、武器には全て鞘を作った。
血晶をはめていないとはいえ、どれも+10武器相当のものなのだから必要だろう。
「構わない。それらは今や私に必要なく、君たちの手にあったほうが良い物だ」
「そっかー……お外いこ!かばんちゃん!」
「うん!どれにしよう……」
「振ってみて考えれば良いよ!」
■
家の裏手には広場がある。
かつて、大樹と庭があった位置だが、今は平坦な草原だ。
「じゃーさっそくやってみよう!」
「そうだね!じゃあまずこれから……」
日光の下でかばんはまず斧を手に取った。
「それは持ち手の部分をひねることで伸ばすことができる。
まあ、まずは振ってみて手になじむか試したまえ」
「はい!」
かばんは短くした状態で両手で斧を振る。
ふむ、かなり振りが遅い。
狩人ならぬ一般人が鉈を振り回すくらいだろう。
「ちょっと……重いですね」
「じゃー次!のこぎり?だっけ?」
「ノコギリ鉈という。それは取っ手の部分にあるトリガーを引くことで伸ばせるのだ」
「こう、かな?うわっ!これはちょっと怖いかも……指を挟みそうです」
振ってみるが、かなり重そうで振り回されているというのが正しい表現だ。
「じゃーさいご!杖を使ってみようね!」
「うん、これは……これなら振れそうです!」
かばんはすいすいと杖を振ってみせる。
かばんは平原では棒を使い、セルリアン狩りの夜では松明を使っていた。
やはりこうしたシンプルで軽い物が合うのだろう。
「それも持ち手のボタンを押すことで鞭へと変わる。鋭い刃がついているので気をつけたまえ」
「わっ、だらんってなったよ!」
「これは……振り回すんですか?」
「ああ、自らに当たらぬように振り回せば良い。戻すときは地面を突けば戻る」
「はい!……よっ!はっ!」
危なっかしいが、それでも自らにあてずに振るのはなかなか才があるようだ。
「決まったかね?」
「はい!この杖にします!」
「じゃー私はこっちのノコギリで!」
サーバルに変形が使えるか不安だが、できなければ変形機構をオミットすれば良いだろう。
「よろしい。ではまず銃をお見せしよう」
あらかじめ木の板をいくらか立てておいた。
私は特製の二連装銃を取り出し、構える。
「危ないので、そこから動かぬよう見ていたまえ」
「はーい!」
「わかりました!」
そして、撃つ。
大きな銃声が響き渡った。
サーバルはびくっと毛並みを逆立て、かばんは驚いたように口を開けていた。
「これは……」
「すごいけど、なんだかこわいね……」
「ああ、銃とは恐ろしい物だ。
さっきの武器も使い方を誤れば自らを傷つける。
故に、武器を畏れぬ者に武器を扱う資格はないのだよ」
「……はい!」
私は短銃を取り出し、かばんに渡した。
散弾銃でもよかったのだが、長旅では少しでも荷物は小さい方が良い。
また、散弾銃ではフレンドリーファイアの可能性があるからだ。
「これが……銃。思ったより重いですね」
「ああ、それが武器を持つ重みだ。忘れてはならない」
「はい!」
いい目だ。血に酔い惑う事の無い。正しく血を恐れる目。
かばんならば、夜にありて迷うことはないだろう。
「では、的に向かい撃ってみたまえ」
「わかりました!こうですか?」
「ああ、銃の先は的を指さすように向け、ぶれずにまっすぐ持つのだ。
銃の先と後ろの部分が重なって見える位置がよい」
「なるほど……こうですか?」
「ああ、そうだ。それで撃てる」
かばんは両手で短銃を握り、しっかりと的を見て引き金を引いた。
軽い音がして的が倒れた。
「すっごーい!かばんちゃん上手いね!」
「あはは、ありがとうサーバルちゃん。なんだかすごく手になじんで……」
銃とはヒトによる、ヒトだけが扱う武器だ。
フレンズ化によりその特性が反映されているのだろう。
「よくやった。最終的には左手に銃、右手に杖で戦えるようにならねばならない。
修練は長く険しい物になるだろう。大丈夫かね?」
「やります!僕もサーバルちゃんを守れるようになりたいですから」
「よろしい、ではリロードを教えよう」
かくして、かばんは繊細な銃の扱い方を学ぶこととなったが、
一度教えただけでまるでどこかで知っていたように覚えてしまった。
やはり、フレンズとはその種のすべての経験をどこかで覚えているものなのだろう。
「サーバルちゃんはどれにする?」
「あたしこれにする!のこぎり!でも、上手く使えるかなー?形が変るのがよくわかんないよ」
「じゃあ、こうしよう。ゲールマンさん、この布、使っても良いですか!」
「それはもう君達のものだ。好きにしたまえ」
かばんはノコギリ鉈の取っ手に巻かれた包帯を取り、布で変形機構を封印した。
仕掛けのない武器は狩人の武器ではない。だが、それでいいのだろう。
これはかばんがフレンズであるサーバルに託したものなのだから。
「これなら楽そう!ぶんぶん振れるよ!」
「すごいね!サーバルちゃん!ゲールマンさん、これ振り方とかあるんですか?」
「基本的にはあるが、皆好きなように振っていた。故に、好きに振れば良いのだ。
だが、どの狩人でもできる動きがある。やって見せよう」
「楽しみです」
しかしこの足では正確には教えられまい。
「ハッ!」
私は加速をできるだけ使わず、ヤーナムステップを繰り出した。
いささか不格好なそれは、しかしかばんに十分な学びを与えたようだ。
「すっごーい!はやいね!私もやってみよう!」
「実戦ではこれを左右前後の四方と、斜め方向を合わせて八方に跳ぶ。
まあ、やってみたまえ」
「よっ、と……こうですか?」
かばんはぎこちないなりにステップを踏んで見せた。
「そうだ。横へはこう。後ろへはこうする」
「よっ……はっ!うみゃっ!」
「こんなかんじ?こんなかんじー?」
かばんは真似するのが精一杯という様子だが、
サーバルは自分なりのやり方で軽くステップを刻んでいる。
「後はローリングも教えたいが……まあ、まずはステップと武器の振り方に慣れることだ」
「はい!」
「はーい」
夕暮れの赤い日差しがかばんたちの頬を赤く染める。
「夜になれば、うちに泊まると良い。君達は覚えが早い。
実に優秀な教え子で、私も楽しいよ」
「ありがとうございます!また、よろしくお願いします!」
■
それから、かばんたちは時々うちに来ては教えを乞うようになった。
その上達は乾いた砂が水を飲むように早く、私はフレンズの力を見直すこととなった。
「ローリングにステップ、武器の扱い方……君達はよくやった。
最後にこれを教えておこう。ヤーナムの狩人の代名詞と言うべき技だ」
「わあ、たのしみたのしみー!」
「ぜひ教えて下さい!」
月の晩に二人は庭に座って私を見ていた。
私は的として用意した砂袋に向かう。
「この技は、相手が武器を振り下ろそうとする隙をついた銃撃や……
背後からの強い攻撃で相手が体制を崩し、怯んだ隙に使う。
……このように!」
私の右手が獣化し、砂袋に突き入れられる。
そして中身を引っかき回し……引きずり出して振り払う。
砂袋はずたずたになって四散した。
あまりにも無慈悲な攻撃であり、教えるべきか私は悩んだ。
しかし杖をもった非力な狩人ではこれは必須であろう。
「うわーっ……!」
「野生解放だね!私もできるよ!」
「では、やってみたまえ」
砂袋はいくつもある。
サーバルはひっかくようにツメを振り回して鋭利に切り裂いた。
「うみゃーっ!」
「うむ、それはそれで良いが、同じ技ではない。
わずか一秒に満たない間だけ手に集中してけものプラズムを集め獣性を解放した右手を作る。
そして、正面から突き入れるのだ」
「僕もやってみます!うみゃーっ!」
かばんは型は正しいが、野生解放ができていない。
あれでは突き指をしてしまうと心配したが、
けものプラズムの光が出て傷はなかった。
無意識にサンドスターを消費して手を保護したのだろう。
「その光がけものプラズムだ。
それはサンドスターがフレンズという形を保つために使われている力であり……
上手く利用すれば野生解放のように力を貯めることができたり、武器を作ることができる」
かばんは光る己の手を見つめ、その叡智をたたえた目でサンドスターの輝きを見る。
虹色の光はあっというまにはかなく消えた。
「これが……野生解放の力」
「野生解放のやり方は私が教えるよ!かばんちゃんは動きを教えて!」
「うん、サーバルちゃんおねがい!」
かばんとサーバルは仲むつまじく教え合っている。
やがて、かばんは野生解放に至るだろう。
■
「かばんよ。君はよく学んだ。
もう私が教えることは何もない。後は自らの手でつかんでゆきたまえ」
「はい!ありがとうございました!」
あれから私はさまざまな事をかばんに教えた。
敵と戦うときは前に避けること、あらゆる道具を使うこと。
戦うときは決して欲張らず、相手の隙を待つこと。
そのほか、簡単な弓の作り方や罠の用い方まで……
「君は狩りのやり方を学んだ。
見て学び、本で学び、工夫を思いつく。
それがヒトの可能性だ。ヒトは血に酔うのだよ……故に警句を授けよう。
『かねて血を恐れたまえ』」
力は与えた。しかし、どれほど伝えきれたか……
「『かねて血を恐れたまえ』……
はい、しっかり覚えておきます。
……見てて下さい、ゲールマンさん!」
かばんは庭に今や山と積まれた砂袋の前に立ち、構えを取った。
ステップで近づき、わずかに力を貯めるとサンドスターの神秘の輝きが現われる。
そして、かばんは
「それは……」
「これなら、傷つけずに倒せるんじゃないかなって。駄目、ですかね……」
「いや、その思いやりを忘れないでくれ」
かばん、君は血を恐れるその意味をもうわかっているのだな。
君ならば、獲物に対する一握の慈悲と敬意を受け継いでくれるだろう。
ああ、なんだか安心したよ……