「あらーいさーん、それ誰ー?みかけないフレンズだねー」
「あっ!フェネック―!これを見るのだ!アライさんはとうとうこれを手に入れたのだ!」
平原の向こうからもう一人の少女……フレンズが歩いてくる。
耳はやや広く黄色い。明るいピンクのシャツにやはり短いスカートを穿いていた。
どうもアライさんの知己らしい。
「帽子だねあらいさーん。よかったねー。似合ってるよー」
「えへへ。これでボスとおしゃべりできるのだ!これはゲールマンがくれたのだ!」
フェネックというフレンズがこちらを見て友好的に話しかける。
だが眠たげな目は笑っていない。こちらを値踏みしているようだ。
そしてそれは正しい。狩人など、誰も血塗れなのだから。
「へー。ありがとねー、ゲールマン。みかけないフレンズだねー」
「ああ、どうやら迷い込んでしまったようでね……
勝手がよくわからないのだよ。
すまないが、いろいろと教えてくれると助かるのだが」
「ふーん、わかったよー」
なかなか勘が鋭い。なるほどアライさんの短慮さをフェネックが補っているというわけか。
信頼を得るのは難しそうだ。物でつろうにもポケットにあるのはおぞましい物しかない。
そもそも、少女が二人でいるところに老人がでしゃばるというのも無理があるだろう。
「フェネックー!ゲールマン!はやくボスを見つけに行くのだ-!」
「はーいよー」
「ああ、すまないね」
■
果たしてしばらくしてボスとやらは見つかった。
アライさんもフェネックも獣の特徴を持っているらしく、人間離れした嗅覚や聴覚を持っていた。
興味深い知見だ。
「ハジメマシテ、ボクハラッキービーストダヨ。ヨロシクネ」
「やったのだ!ボスがしゃべったのだ!」
ゲールマンはいささか困惑した。なんだこれは……獣を模した青いぬいぐるみのようだ。
だがそれが動いてしゃべっている。オト工房が作っていた機械仕掛けのようなものだろうか?
「キミノ名前ヲオシエテ。君ガ何ガ見タイ?」
「私はゲールマン」
「アライさんなのだ!」
「フェネックだよー」
何が見たい、か……抽象的な質問だ。
なのでこちらも抽象的な、核心を突いた答えにならざるを得ない。
「ここは何なのかね?」
「ワカッタ。ココハジャパリパーク。ジャパリパークニツイテハナスネ。
ジャパリパークハ気候ヲモトニシテ幾ツカノチホーニワカレテルヨ。
ソレゾレニ動物植物ガ展示サレテイルンダ」
展示されている……だと?!つまりここは巨大な博物館というわけなのか!
動植物をそのまま展示する……一体どれほどの富と技術があればできるのだろう。
やはりここは遠い未来なのか。
「つまり……ここは巨大な博物館なのかね?」
「ソウダヨ」
「フレンズも展示物の一つなのかね?フレンズとは……何なのかね?」
「彼女ラハ動物ヤソノ遺物トサンドスターガ接触シタ事ニヨッテ動物ガヒト化シタモノダヨ」
獣がヒト化したもの……まるで、かつての我々ヤーナムの民と同じではないか。
ヤーナムでは、結局のところ我々は人になりきれることはなかった。
獣の病でヤーナム人は元の獣に戻ってしまった。
「フレンズが元の獣に戻ることは?」
「寿命デ死ンダリ、サンドスターガナクナルト、元ノ動物ニモドルヨ」
「それは元の動物に戻るだけなのかね?
たとえば……フレンズの力を持ったまま理性なき獣に堕ちることは?」
「ソレハイママデデ確認サレテナイヨ。ダイジョウブ」
それはよかった……ここで獣の病が蔓延する可能性は低いのかもしれない。
あくまでこのラッキービーストを信じるならばだが。
「むーっ!ゲールマンばかりずるいのだ!アライさんともしゃべるのだーっ!」
「ゲールマン、キミハドコヘイキタイ?」
ラッキービーストはアライさんを無視してこちらに話しかけてくる。
おそらくは……それは彼女が展示品だからなのだろう。
しかし真実はあまりも残酷だ。彼女に突きつけるべきではない。
「すまないが、彼女たちにも話しかけてくれないかね?」
「ソレハ、許可サレテナイヨ。ゴメンネ」
「誰ならば許可が出るのかね?」
「パークガイドノ許可ガイルネ」
「それはどこに?」
「ア……ア……ア」
どうやら答えられない事らしい。まずい。ここでラッキービーストに壊れてもらっては困る。
「わかった。人がいる施設はあるかね?
可能ならばサンドスターについて資料が見たい」
「ソレナラ、図書館ガアルヨ。
サンドスターニ関スル資料ハ、司書ノ許可ガイルヨ」
「むーっ!ゲールマン!帽子を貸すのだ!
その帽子ならボスと話せるかもなのだ!」
「ああ、後で返してくれたまえよ」
アライさんはゲールマンの帽子を被ってラッキービーストに話しかけてみるが、しかし無視され続けていた。
フェネックがこちらに来る。
「ゲールマン、ありがとねー。
ボスにアライさんとしゃべるように言ってくれたんだねー」
「ああ……結果は芳しくなかったがね」
「どうしてゲールマンはボスと喋れるんだろうねー」
言うべきだろうか。私はフレンズではなく、薄汚い人間であると。
人すら辞めてしまった人でなしだと。
今はただこの善良な彼女たちを傷つけたくない。
「それは……私がヒトだからだろう。
おそらく、このジャパリパークを作った獣だ。
私はフレンズではないのだよ……」
フェネックの眠たげな眼がわずかに光った。
「じゃあセルリアン?」
「セルリアンというものは知らないが、違うだろう。
そうさな……フレンズに似た、しかし決して同じではない獣。
それがヒトというものだ。
ヒトという獣は……あまり良い獣ではない。
もし会うことがあれば近づかぬ方が良い」
フェネックがわずかに構える。自然体を装っているが私にはわかる。
いつでも逃げ、あるいはとびかかれる姿勢だ。
「じゃあゲールマンは私たちを狩る気なのかな?」
「いいや、それは無いと誓おう。むしろ守りたいのだ。ヒトという獣の悪意から」
アライさんの声を背景にしばらく、緊張した無言の時間が流れた。
フェネックは私の目を見、私はフェネックの目を見ていた。
やがて、フェネックが構えを解いた。
「わかったよー信じるかなー『今は』ねー」
「それでよい。ヒトの言うことなど信じるべきではない」
と、そこにアライさんが半泣きでフェネックのところに駆け寄ってきた。
「あーんダメだったのだフェネックー!
やっぱりあの白い帽子じゃないとダメなのだー!
どうしてゲールマンはボスと話せるのだ?」
「ゲールマンはヒトってけもののフレンズなんだってさー。だから特別なんだってねー」
フェネックが軽く目配せをしてきた。話を合わせるべきだろう。
しかしもう一人の帽子を被った者、か……おそらくヒトだろう。
私は良い。どうせ老い先短い身で、狂人や悪党の相手ならば慣れ切っている。
だが、アライさんに人を会わせるべきではない。この少女が傷つくところは見たくない。
さて、どうしたものか……
「あ、ああ……どうもそうらしい。白い帽子もヒトの物だろう。
図書館にならばあるいはヒトがいるかもしれない。
どうだろう。私が代わりに行ってくる。旅は危険なものになるだろう。
どうかここで待っていてはくれないかね?」
アライさんはうむむむ、と唸り、フェネックはそれを見守っている。
「うむむむ……それはアライさんのために帽子をとってきてくれるということなのだ?」
「帽子はわからないが、なんとかボスが君と話せるように取り計らって来よう」
さあどうだろう。これであきらめてくれればいいが。
「ならアライさんも一緒に行くのだ!ゲールマンだけでは心配なのだ!
それに、これはもともとアライさんが言い出した事なのだ!」
即答だった。何の曇りもない純粋な善意だった。
こんな穢れのない言葉を聞いたのは一体いつぶりだろうか?
「わたしもいくよー。アライさんだけじゃ心配だしねー」
「フェネックもついてきてくれるのだ!これで百人力なのだ!
あぶない旅なら、なおさら群れで行った方がいいのだ!」
危険だとわかっていつつも、私はその穢れのない善意に勝てなかった。
「……わかった。だが危険があれば基本的に迂回しよう。約束できるかね?」
「わかったのだ!」
「はーいよー」
かくしてさばんなちほーの美しい夕焼けに照らされて、旅が始まった。