湖畔を抜けると道沿いに草原が広がった。
この近くに公園と城を模した遊具があるらしい。
抜けるような青空に地平線まで広がる絨毯のような草原。
遠くには山や森が見える。
美しい……
「あーっ!みんな遊んでいるのだ!楽しそうなのだ!」
「そーだねー。そろそろとしょかんも近いし、あそこで休んでいこっかー」
公園の方を見るとフレンズたちが仲良く遊んでいるではないか。
ボールを蹴っている……サッカーのようなものか?
「あれはどういう遊びなのだ?ゲールマンは知ってるのだ?」
「似たような遊びならば知っている。サッカーといってあのボールという丸いものを蹴って遊ぶ。
両側にゴールというものを置き……その中にボールを入れる」
「むむむ……むずかしそうなのだ!」
サッカーのルールを初見の者に教えるというのはなかなか難しいようだ。
やってみればすぐわかるのだが……
「何も難しく考えることはない。君はただ、ボールを追えば良い。
サッカーとはそうしたものだよ。やってみれば直にわかる」
「なるほどねー……あの大きくて丸いのがゴールかなー」
巨大なタイヤが埋まっている。あれもまた、遊具だったのだろう。
「ああ、おそらくはそうだろう。私も、ごく小さい頃はよくやったものだ」
「へー……ゲールマンもやってみる?」
「足がこの通りでは、どれだけできるかわからないがね」
しかしあの灰色の角のフレンズ……聖職者のフレンズではなかろうか?
いいや、ジャパリパークに医療協会の聖職者などいるはずもない。いてはならない。
単に鹿のフレンズなのだろう。
「ゲールマンは足が速いのだ!きっとできるのだ!できないならできないなりに遊ぶのだ!
アライさんもやり方がさっぱりわからないけど遊ぶのだ!」
「私が教えるよー。あっちのあの子がねーたぶんねー」
フェネックがアライさんにルールを教えながら歩くことしばし。
「おーい!おーい!いっしょにあそぶのだーっ!」
やがて彼女らの姿が近くに見えて、ボールがアライさんの足下に飛んでくる。
「おっ!ちょうどよかった!パスパスパース!蹴って蹴ってー!」
獅子のようなたてがみのフレンズがアライさんに言う。
皆、とても生き生きと遊んでいる。
まるで争い事と無縁のようだ。
「おっ!任せるのだ!えーいっ!うわっ!」
「はーいよっと!」
アライさんがボールを蹴ろうとして転び、フェネックが代わりに蹴る。
ボールはタイヤの間に転がっていった。
「やったー!」
「おい待て、反則だろう」
獅子のフレンズが飛び跳ねて歓び、鹿のフレンズが泰然と答える。
「すまないが、彼女たちも遊びに加えてくれないかね?」
「お前は?」
「私は……ゲールマン。ヒトのフレンズの一種だ」
獅子のフレンズと目が合う。彼女は私を冷静に観察していた。
直感的にどちらが強いか計算できる獣の目だ。
そして、すぐに穏やかなフレンズの目になる。
「んーじゃあ、いったん休憩にしようかー。
3人だし、一人と二人に別れて入れればいいんじゃないかなー」
「よーし!では私はこっちのゲールマンのフレンズを指名する!
後の二人はそっちに入れて良いぞ!」
鹿のフレンズが私を指さした。どうやら、すでにやることになっているらしい。
なるほど、彼女ら二人がリーダーなのか。
「そだねー。それで丁度よさそう。
じゃあー、自己紹介して、ルールの説明をしようかー」
「フェネックだよー」
「アライさんなのだ!」
獅子から聞いた話では、おおよそサッカーとルールは変わりないようだ。
オフサイドはないようだが、草サッカーではそれで丁度良いというものだ。
「ところでー、ヒトのフレンズってことはかばんを探しに来たのかな?」
獅子のフレンズが穏やかな猫をかぶりつつ、その下に冷静な王者の風格を隠して聞いてきた。
フェネックがそっと前に出て答える。
「かばんさんのもってる帽子があればボスとおしゃべりできるって思ってねー。
ちょっと貸してもらおうと思うんだー」
「そうなのだ!おたからのありかがわかるのだ!」
「私は……図書館にサンドスターについて調べに行こうと思ってね。
同じヒトの一種としてかばんさんにも興味があるとも」
ライオンとヘラジカは数秒おいてうなずいた。
「そっかー。まー大丈夫そうだねー」
「うむ!一緒に遊んでみればわかる!さあいくぞーっ!」
こちらに害意はないと納得したようだ。
ゲームが再開された。フレンズたちが走って行く。
「やれやれ、老体に無茶をさせる……」
そう言いながらも、私は加速を使って草原を駆けていた。
こんなに気持ちの良い草の匂いと太陽の下で加速を使うのは初めてだ。
気がつけば、私も年甲斐もなく夢中でボールを追っていた。
童心に返るというのも、悪くはない。
■
「いやはや、久しぶりに良い汗をかいたとも」
「いやーキミ良い体してるねえ」
「はっはっは!年を取ったフレンズの動きじゃなかったぞ!
休んだら私ともう一勝負してくれ!」
フレンズたちは皆して水場に行って水を飲んでいた。
私もそれに習う。
冷えた湧き水が喉に心地よい。
こんな澄んだ水を頻繁に飲めるのだからジャパリパークはすばらしい。
しかし、勝負か……
「ふむ、それは狩りごっこと言うことかね?」
「まーそれに近い感じでー。力試しかなー。
この丸いのを体につけてー、これで割った方の勝ち―」
なるほど、安全な遊戯だ。
しかし何故私に?
「なるほど。それならば受けよう。
しかし、何故この老いたフレンズに?力は君達の方が上だろう」
「一目見たときからピンと来た。
ライオンに勝るとも劣らない何かがあると!
お前は強い!だから全力で戦ってみたい!」
わかるよ。身体は闘争を求めるものだ。
今の体でどれだけ動けるかも確認しておきたい。
本気ではなく全力……良い物だな。
「いいだろう。そういった戯れに応じるのも狩人の礼儀というものだ」
私は巻物で作られた剣をとり、静かに構えた。
右手を下に、左手は自由に。
曲刀の感覚で行けば良いだろう。
「では……いざ勝負だーっ!」
ヘラジカが棒を振りかぶり突っ込んでくる。
なるほど、見た動きだ。
私は何百回とやったようにしずかに歩いて斬撃をかわし、背後に回ろうとする。
「なにっ!」
返す刀でヘラジカがさらに体をひねって切ってくる。
ここは無理せずバックステップ。
さらに追撃をヘラジカが棒を振り回してこちらにせまる。
銃があればパリィできるが……無粋というものだ。
ラッシュに対しては斜め前に加速。背後を取った!
ため攻撃……いや、ここはこちらもラッシュで応じよう。
「ハァッ!」
「やるなっ!」
驚くべき事にこちらのラッシュ全てを棒による防御でガードされた。
スタミナがそろそろ持たない。再びバックステップ。
息を整えつつ、ほんのわずかな後退でヘラジカの棒を避け続ける。
「ぬおりゃー!」
突撃からのタックル!ここは距離を空けるチャンスだ。
やはり斜め前に出てすれ違い、さらに後ろに後退する。
ヘラジカが向きを変えてこちらに来るまで2秒。それだけあれば問題ない。
私は空中に飛び上がって棒を担ぐ。さあ棒がどれだけ持ってくれるか……
ため攻撃にてわずかに神秘を纏わせ、風による不可視の刃を放つ。
「うわーっ!」
ヘラジカは吹っ飛びしかしすぐに体制を立て直す。
ほぼ武器による威力が無く手加減したとはいえ、あれを直撃してなお来るか!
そろそろ棒も壊れそうだ。お開きの勝負と行こうか。
「うおおおお!」
「ハァッ!」
加速からの三連撃を繰り出す!切る、防がれる。
加速して回り込む、切る。
棒を振り回されて体に一撃入る。
なかなか重い。重打だなこれは。重打はいかん……
下がり、この棒では無理だが、鎌の使い方として使う。必殺の突き!
ああ、やはり棒が折れたか。
「降参だ。棒が折れてしまった」
「いや、引き分けだ。最後の最後で割られてしまった」
こちらの棒も、ヘラジカの風船も壊れていた。
これまで座っていた獅子が立ち上がりうなずく。
「この勝負、引き分けだ!」
静まりかえっていたフレンズたちがわああっと駆け寄ってくる。
「やっぱりゲールマンは強かったのだ!すごいのだ!」
「無理しちゃだめだよーゲールマン」
「ああ、さすがに疲れたよ。この年では長くは全力は出せん」
ライオンのフレンズが水を入れた器を持ってきてくれた。
「いやあやるねえ。本気だと武器がもう一つ二つありそうだけど」
「ああ……ごっこではない狩りではね。
とはいえ、やはり鈍ったなりの動きしかできないものだ」
「はっはっは!良い勝負だった!
あんなすいすい避けられるやつは初めてだ!
ライオンとはまた違った強さだったが、満足だ!」
私は小さなタイヤの上に座り、息を整える。
やれやれ、本当に年甲斐もない。
「そういえばゲールマンはヒトのフレンズなんだよね。
ヒトはどのちほーに住んでるか知ってるかー?
かばんが知りたがってたんだ」
かばんがヒトの居場所を知りたがっていた、か……
とすればかばんはヒトの居場所を知らないわけだ。
となれば、やはりごく最近ヒトのフレンズとしてうまれたのだろう。
無垢な子供、しかしフレンズとして種族の特性は持っている……
ならば、なおさらヒトに触れさせるべきではない。
かばんとやらが善性であればあるほどだ。
「おそらく、ジャパリパークにはもうごくわずかしか残っていないだろう。
図書館に残っていると思って私たちも来たのだが……」
「あーいないねえ。としょかんにはハカセたちだけだよ?」
「ハカセはヒトではないのかね?」
「フクロウのフレンズだったような……」
なるほど、フレンズが今や保持管理しているのか。
おそらくラッキービーストの手助けを借りて。
どっと肩の荷が下りた。フレンズならば脅威はぐっと下がる。
「そうか……ありがとう」
「かばんたちはどこに住もうかって言ってたね。
ヒトが住めるちほーってわかる?」
「ヒトは……およそどこにでも住む。
その元々の生息地はサバンナだが、森林や草原、湖畔などが向いているだろう。
砂漠や雪原に住む者もいるが、それは数が少ない。
……こんなところかね」
おお……とフレンズたちが喜ぶ。
「それならサーバルと一緒に住めそうだな!帰ってきたら教えてやろう!」
「そうだねー。なんならサーバルごと草原に誘っちゃう?」
「うーむそれはいいかもしれないな!」
ここでも、かばんは好印象を残したようだ。
おそらく、かばんは本当に善性なのだろう。
プレーリーを見て私は啓蒙された。
プレーリーとは元々かなり凶暴な生き物だ。
だが、あのフレンズは良い子だった。
ならば、ヒトもまたその善性を最大限引き出された状態でフレンズになるのではないか?
「かばんは、ここで何をして行ったのだね?」
「おおっ!気になるのだ!
きっとかばんさんはここでも親切をしたに違いないのだ!」
「ああうん……たしかに、よく気がつく子だったねえ。
あたしら縄張り争いをしてたんだけどさー。
あの子が来てくれてこうやって遊べるようになったもんねー」
「うむ!かばんはいいやつだぞ!」
縄張り争いをスポーツで決めるように安全に取りはからったという。
ただ、戦いはからっきし駄目だったようだが。
「なるほど……相当に頭が良く、演技も出来る……
しかし、それを悪用せず最善を尽くす……ありがとう、参考になったよ」
「かばんさんが争いを鎮めたのだ!かばんさんは偉大なのだな!」
「そーだねー。良い子なのは間違いなさそうだねー」
アライさんが目を輝かせてかばんさんの活躍を聞き入っていた。
どうか、この子の期待に外れるような人物でないことを祈ろう。
「それにしても……かばんとゲールマンはずいぶん違う……
同じヒトのフレンズでもだいぶ得意なことが違うんだね……」
目つきの鋭いフレンズが丁度良いタイミングで話しかけた。
「ああ……私は狩ることに特化したヒトだからね。
ヒトというのは個体によって得意なことが分かれている。
私のように狩りにしか能が無いヒトもいれば、かばんのように機転が利く者もいる」
即座にアライさんが私の目を見て言った。
「そんなことないのだ!ゲールマンはふえが吹けたり木ですごいのを作ったり、いろんな事ができるフレンズなのだ!」
アライさんの言葉がまぶしい。そして、存外にうれしかった。
ああそうだ、いくつもの可能性があったのだ。それを全て私はゴミにしてしまった。
「……ああ、いろんな道があったはずだった。
だが、結局私は狩りしかしなかった。
自ら可能性……出来ることをつぶしていってしまった……
それが老人というものだよ」
「だったら今からでも遅くないのだ!いろいろやってみるのだ!」
「ゲールマンは昔のことを気にしてるみたいだけどさー。
悪いことをしちゃったなら、今からでも良いことをしてったらどうなのさー」
善意が、身にしみる。こんな言葉をかけられるのはヤーナムではなかった。
ああ、そうだ。今からでも償えることは償っていこう。
どれだけ生きれるかわからないが、一つでも善いことをしよう。
フレンズのために。
「アライさん、フェネック……ありがとう」
「いいのだ!ゆっくり休んで元気出したらとしょかんいくのだ!」
「いーってことさー」
また水を飲み、湖畔で取った木の実をかじる。
悪くない。ああ、そうだ。悪くない心地だ。
ライオンが来て、いたわるように耳元でささやいた。
「ゲールマンはー、かばんに会ったらどうするつもりだったのかなー?」
「……最初は、それが悪しきヒトであるならば『狩る』のが私の役目だと思っていた。
だが今は……ただ会ってみたい。ただ善いヒトというものを見てみたいのだ。
そして、叶うならば皆を守りたい」
「そっかー……じゃあ、この草原はあたしらに任せなよ。ゲールマンはゲールマンの群れを作れば良いよー」
「……ああ、この身が尽きるまではね」
草むらの上で寝転び、見上げる空はどこまでも青かった。