やがて、図書館へ行く森の中を我々は歩く。
「おや、あれは……」
「ふさがれているのだ!でも脇を通って行けそうなのだ!」
「ゲールマン、何かわかるー?」
道にバリケードが設置され、矢印がつけられている。
どうも標識から取った物のようだが……かなり執拗だ。
この先に迂回すべきものがあるのだろうか?
「右に、こちらの道に行けと言うことらしい。
しかしヘラジカに聞いた道はまっすぐ行った方だ。
さて、どうしたものか」
「近道かもしれないのだ!ちょっと行ってみるのだ!」
「あぶなかったら引き返せば良いよー。じゃあ行ってみようか、アライさーん」
木漏れ日の中、木で出来たトンネルを進む。
蔦のように曲がり生け垣を作れる木か……よく手入れがされている。
これもボスにより管理されているのだろうか?
「おっ!何か置いてあるのだ!」
「ああ、何か書いてあるようだ。どれ……」
まるでカレル文字のような曲線の多い文字だ。
見たことがない。
ただ、強いて言えば極東の文字に近い。
あれはカインハーストによる輸入品だったか。
だがわかる。啓蒙がささやくように自己の内にあったものに気づく。
言葉もそうだが、どうやらフレンズが言語能力を獲得するようにジャパリパークの言語がわかる。
これもサンドスターによる導きという訳か。
まことに都合が良いが、実に優しげなものだ。
「ラクダは一日にコップ500杯の水が飲めるかどうかと書いてあるようだ。
はいならば右へ、いいえならば左へ……
そういった意味のことが書かれている」
おおー、とフェネックとアライさんが感心する。
そして少し考え始めた。
「ラクダのフレンズは知り合いかね?」
「うーん、こないださばくに行ったのが初めてだったからさー。
会ったことはないねえ」
「でも、さばくに住んでるフレンズならそのくらい出来そうなのだ!
こっちなのだー!」
アライさんは次の枝道に走って行った。
あの書かれていた内容といい、この構造といい、どうやら教育用の迷路のようだ。
おそらく、これも出し物だったのだろう。
「次!次のがあるのだ!」
「どれどれ……ラクダのコブは水であるかどうか、とある」
「水を飲んだら水が入るに決まってるのだ!いくのだー!」
我々は最初の道に戻った。
ああ、懐かしい物だ。かつて私も遺跡の迷宮を駆けた。
あのような悪辣極まる巨大迷宮でなく人を楽しませる迷路。
素晴らしいじゃないかね。
「もどっちゃったねー」
「問題を間違うと最初の道に戻るらしい。だが危険はないようだ。
ゆっくりと行こうじゃないかね」
「そーだねー」
「うぬぬ、次はまちがえないのだー!」
4問目あたりでアライさんが疲れてきた。
「うぬぬ……アライさんは頭を使いすぎて疲れてきたのだ……ゲールマンは平気なのだ?」
「ああ、こうした迷宮には慣れているのだよ」
「じゃあ次はゲールマンに任せてみようかー」
私は問題を解く振りをして迷宮の道をよく観察する。
迷宮とは作り手の意志が現われる物だ。故に、正解の道にはわずかな誤差だが特徴が現われる。
道の角度、幅、長さ。それらはなんとなくわかる物なのだ。
つまりは、墓暴きの勘だ。
まあ、それ以上に不正解の道は最初に戻るためにやや長い。それでわかる。
「こちらだろう」
「おー、せいかーい」
「ゲールマンは物知りなのだな!」
「ああまあ、慣れというものだよ、これは。楽しい迷路だった」
そして、森を抜け図書館にたどり着く。
美しい庭だ。花が咲き乱れ、日差しが暖かい。芝生は青々としている。
その中に大木に屋根を貫かれた建物があった。
壁は白く、屋根は赤く、そしてこの形……リンゴを模しているのか!
ならばこの木はデザインの一部、リンゴの実の葉か。
つまり、この図書館は大木の周りを囲むように建てられたのだ。
「これは……すばらしい」
かじられたリンゴの実の形は知恵の実を暗示し、そのために大木を取り入れて建物を作る。
やはり、ジャパリパークを作った者たちはとてつもない文明を持っていたようだ。
明らかに我々より建築技術が高い。やはりここは未来なのか。
「きれーなところだねえ」
「ついにとしょかんにたどりついたのだ!なんかいい匂いがするのだ!」
後方から気配がする。私は横に飛びながら後ろを振り向いた。
「ほう、あれをよけるとはやるのです」
「やりますね」
じゃれついただけ、なのだろうか?フクロウのフレンズとはこの二人だろうか。
「どうも、アフリカオオコノハズクのハカセです」
「どうも、じょしゅのワシミミズクです」
私は狩人の一礼をして名乗った。
「やあ、君達がハカセかね。私はゲールマン。ヒト科のフレンズだ」
「アライさんなのだ!」
「フェネックだよー」
二人のフレンズは双子のようにうなずき合う。
無表情だが、これはフクロウの特性が出ているのだろうか?
「ヒト……これは期待できるのです」
「期待できますね、ハカセ」
「それで何の用できたのですか」
我々は順番に説明した。
「かばんさんが持ってるぼうしを貸して欲しくってねー。
あれがあるとボスとしゃべれるみたいなのさー」
「そう!それでおたからのありかを聞き出すのだ!やま?にあると聞いたのだ!」
ハカセたちは顔を見合わせてうなずきあった。やはりまるで双子のようだ。
「なるほど……ならかばんを追うのです。かばんはペパプのらいぶにいったのですよ」
「それで、そっちのゲールマンというフレンズは何の用なのですか」
「私は……サンドスターに関する資料が見たい。
それと、可能ならばパークを管理するヒトと連絡が取りたいのだが」
ハカセはしばらく考え込んだ。
「ヒトはパークにはもういないのです。
絶滅したか、どこかへ逃げたか……我々にもわかりません」
「サンドスターに関する資料はとても大事なのです。おいそれと見せられないのです」
やはりヒトは管理を放棄して脱出したらしい。
すばらしい、そのおかげでフレンズは平和を謳歌できるのだから。
しかし、やはりサンドスターに関する情報が重要であるという認識は言い伝えられてきたらしい。
それで良い。あれはヒトの手に渡ってはいけないものだ。
しかし、何か対価を要求している様子でもある。さてどうしたものか。
「何か、対価を支払いたいのだがあいにくと君達が何を好むかわからない。
よければ、教えてくれるかね?」
ハカセたちはうんうんとうなずく。なるほど、何か欲しいらしい。
「話がわかるですね。では料理をするのです。料理はわかるですか?」
「ああ、食材を調理したものだ。しかし……料理か……」
我が英国は産業革命による過酷な労働と貧困、
憎きフランスとの戦争による小麦の高騰で食文化は壊滅してしまった。
あまりに忙しく貧しい生活ではとても料理などできたものではなかったのだ。
「ゲールマン!できるのだ?」
「いや……私の故郷は……あまりにも貧しくてね。料理をする余裕などとてもなかったのだ」
「うーん、困ったねえー。じゃあじゃあー、前にゲールマンが出したこうちゃとかどうかなー?」
それだ!確かに我が英国は飯がまずい国だ。
だが三食みな不味かったわけではない。イングリッシュブレックファーストというものがあった。
それに、サンドイッチや茶菓子程度ならば作れるだろう。
我々は飯がまずいのではない。朝食に全力を注ぐだけなのだ。
夜など、獣狩りがなければ飲んで眠るだけなのだから。
「ありがとうフェネック。私にもできる料理があったことを思い出したよ。
そうだな……お茶でも一杯いかがかね?菓子もつけよう。食材があれば作れるのだが……」
「では我々についてくるのです。さあ、我々を満足させてみるのです!」
スッとハカセたちは音も無く飛んで図書館へと我々を誘った。
かすかに、『やったですね助手』『楽しみなのです』などと聞こえる。
交渉に持ち込もうとしたり、どうにも小賢しいというか、人間性の悪しき面が見え隠れしていたが……
杞憂だったようだ。何のことはない。彼女たちもまた善きフレンズなのだ。
「さあこれが食材なのです」
「料理を作ってみるのです。我々がおいしいと言えば資料をみせてやるのです」
「ヒトのフレンズということは文字がよめるはずなのです。料理の本を見ても良いのですよ」
目の前には見たこともないほど新鮮な野菜達が机に置かれていた。
野菜のみか……サンドイッチも大半の菓子も難しいだろう……
「ふーむ……牛乳や卵、砂糖や小麦はないのかね?」
肉はさすがにフレンズの間では禁忌だろう。
我々も罹患者の獣は食いはしなかった。
とはいえ、ハムもソーセージもないのは厳しい。
材料となる血肉は儀式素材として持っているが……
トゥメル人の血はさすがに良くないだろう。
どんな影響が出るかわからない。
「卵と小麦ととうにゅー?ならあるのです。砂糖もまあ……あるのです」
「できるですか、できないですか?」
差し出された卵は存外に大きかった。これはもしや彼女たちが産んだのでは。
いや、深く考えるのはよそう。どのみち無精卵だ。
「なんとかやってみせよう。火が使える所はあるかね?かまどとか、キッチンだ」
「こっちにあるですよ」
「やはり火が使える……これは期待できるのです」
案内された場所は野外のキッチンだ。
清潔感がある……これも彼女たちかボスが手入れしているのだろう。
「それで、何を作るのだゲールマン!」
「そうさね、せっかくサツマイモがあるのだ。
ベイクドスイートポテトとパンプキンパイにしようと思う。
火を使う。危ないので少し離れたまえ」
発火には炎ヤスリのかけらを用いる。
もはや手持ちの10個しかない炎ヤスリだが、発火用のかけらを我々墓暴きは良く持っていた。
松明に火炎瓶、火薬庫の武器。炎が必要な武器はたくさんあるからだ。
最悪に備えて火打ち石もあるが。
「わっ……なんだかすごいのだ」
「ちょっとこわいねえアライさん」
やはりフレンズもまた炎を恐れるようだ。
私は慎重に油壺から油を注ぎ、たき付け用の炭を入れていく。
「うわわ」
「すまないが、アライさん……木の枝を持ってきてくれるかね?乾いた物が良い」
「わかったのだ!」
「フェネックは……乾いた枯れ葉を頼む」
「はーいよー」
ポケットにあった乾いたゴミクズを少しづつ混ぜていく。
やがてアライさんが木の枝を持ってきた。
「持ってきたのだ!ここに置いておくのだ!」
「うむ、ありがとう」
炎を大きく、安定させていく。よし……こんなものでよいだろう。
水を張っておいた鍋にカボチャを入れて煮る。
落ち葉も火に入れ、サツマイモを焼き芋にしていく。
「しばらく、私は火を見ている。煮えるまで待ち給え」
「わかったのだ!ゲールマンは勇敢なのだ!」
「ヒトという獣は火に魅入られた獣というだけだよ。
我々は、この力を好み、時に誤り時に有益に使ってきたのだ」
煮る横で砂糖を使い飴を作る。
これは何も難しいことはない。スプーンやフライパンに砂糖を入れ、ただ熱するだけで良い。
「いい匂いがするねえアライさん」
「おいしそうなのだ!甘いにおいなのだ!」
「こちらのアメは後で食べよう。どれ、芋が焼けたようだ。
腹も減っただろう。すこしつまみ給え」
焼き芋の内一つを皆に渡す。
「うーむこれは……」
「たしかに料理なのですが、なんだか納得がいかないのです……」
「甘いのだ!おいしいのだ!」
「ほくほくするねえ」
「それは料理の途中の物だ。これからさらに手を加える。
こちらの鍋をアライさん、こちらの鍋をフェネックがこねたまえ」
芋とカボチャを別々のボウルに入れ、砂糖、豆乳、卵に小麦粉を入れる。
良い感じの枝を削って作ったすりこぎを使い、これらをこねる。
「おおー、なんだか楽しいのだ!」
「あったかいし、良い香りがするねー」
こねた生地を金属のカップに積め、そこからさらに1時間。
「まだなのですか」
「もう焼けたと思うのですよ」
「すまないね。その間にこのアメをなめたまえ。腹が落ち着くはずだ」
このためにあらかじめ焼いておいたアメを渡す。
この間に紅茶の用意もしておく。茶葉はアルパカから少量もらった。
今こそ使うべき時だろう。
紅茶を出すための道具はもとよりポケットに入れている。
狩りのさなかや遺跡探索では休息こそが大事なのだから。
「さあ、めしあがれ」
「おおー!アライさんたちも食べて良いのだ?」
「皆に渡るように作ってある。では、お茶の時間といこう」
図書館内にある机の上にお茶とスイートポテト、スイートパンプキンを並べた。
甘く、良い香りが充満する。
「これは……あまい!甘いのです」
「カレーとはまた違ったおいしさが……」
お茶を飲み、一息入れる。
「甘さに飽いたならば、お茶を飲み給え。丁度良くなるだろう」
「お茶とお菓子……意外にあうのです!」
「アルパカに教えた甲斐がありましたね、ハカセ」
「許可を出した甲斐があったのです。じょしゅ」
そういえば、アルパカも図書館で茶の入れ方を調べたと言っていた。
壁一面にある本はどれも好奇心をそそるものだ。
「それで、合格かね?」
「ごうかくなのです」
「サンドスターに関する資料はこっちにあるですよ」
図書館の一室、書斎らしき一角にそれらはあった。
ほとんどは紙によるメモだが、ノートや雑誌もある。
おそらくは論文が載っているのだろう。
「好きに読むと良いのです。何かわかったら我々にも教えるですよ」
「ああ、ありがとう」
真に秘されるべき危険な情報は伏せておくべきだろう。
さて、どれから目を通した物か……
■
しばし、メモ書きや論文と闘い、概要程度には把握できた。
動物をフレンズに、無機物をセルリアンにするのは序の口だった。
状態を保存し、環境を一定の状態に保つ。
その効果は物理法則まで及び、サンドスターによって変更された物理法則は保存される……
サンドスターには種類があり、サンドスター・ローはセルリアンの元になるが、フィルターを通し加工すればサンドスターになる……
「まるで、神が我々を哀れんで恵みを下さったかのようだ」
物質を保存し、環境を操り、情報からフレンズを生成する……
それは不老不死や生命の根幹にかかわる物だ。
さまざまな可能性や夢がふくれあがるが、これはヒトが触ってはならないものなのだ。
あまりにも過ぎた力すぎる。
「その源は、宇宙から降り注いだが、一部は地中に埋没し……
火山の噴火と共にジャパリパークの元となる島として噴出した、か……」
ここはまさに楽園だ。
もし、ヒトが皆フレンズになれるならば……それは大いなる希望だろう。
だが、フレンズは一人一種。
私のように種族の枷を外すことも不可能ではないが、それは多くの犠牲を伴うだろう。
やはり、触れるべきではない。
フレンズがヒトと離れて暮らしている今の状況を守るべきだ。
「あるいは、それこそが私がサンドスターによって再び生を受けた意味かも知れないな」
私は、ゆっくりと立ち上がった。
■
外ではハカセたちとアライさん達が話し合っていた。
「ゲールマン、何かわかったですか」
「ああ……おそらく、山に埋設された大切な物とはサンドスターの鉱床だろう。
しかし、そのままではセルリアンの元となるサンドスター・ローもまた排出されてしまう。
何か、それを濾過するフィルターが設置されていたはずだが……」
ハカセたちはうなずきあい、やや真剣な表情で言った。
「そこまで知ったのならば良いでしょう。
フィルターは四神という4人の偉大なフレンズによって作られた石版によって管理されています。
ですが、今はその行方もわからないのです」
「フィルターは、今はかどうしていますが、少しづつ弱まっているのです」
「かばんのぼうしが完全ならば、四神の正しい位置がわかるかもしれないのです」
アライさんがよくわからないという顔で聞いていたが、何かを思いついたようだ。
「あっ、これなのだ?かばんさんの帽子に刺さっていたものなのだ!」
赤く美しい飾り羽をアライさんは取り出した。
「それです」
「それなのです。それをかばんに渡してボスから四神のありかを聞き出すのです。
そして、フィルターを正常に戻すのですよ」
私にはそれがとても慈悲深く思えた。
この穢れた身にパークを守る使命まで与えてくれるというのだ。
ありがたく受け取ろう。
「かばんさんにこの羽を届ければ良いのだな!」
「ヒトの住むところも教えてあげなきゃねー」
「ありがたく拝命しよう。
パークを守れる使命をいただけるというならば、この上ない喜びという物だ」
ハカセたちは顔を見合わせそしてやや柔らかな表情で言った。
「かばんたちはペパプのライブに行ったのです。
ゲールマン、お前は少し歌でも聞いてくるですよ」
「我々のアメを一個づつあげるのです。お前には少し甘い物が必要なのです」
やや賢しく欲を知っていると警戒していたが……やはり、彼女たちもまたフレンズだった。
他者を思いやる事のできる生き物……なんとすばらしいことか。
「……ありがとう。確かに受け取った」
「ヒトの近くにはなぜかセルリアンがいたのです。
でも、それはお前を見てなんとなくわかったのです」
「ヒトはセルリアンに立ち向かっていったのです。でも、それで滅んでは何にもならないのです」
「みかけたら、さっさとにげるですよ。美味しい物を食べてこその人生なのです!」
「我々は、おかわりを待っているですよ。必ずかばんをつれてまた戻ってくるです!」
その微笑みはとても美しい物だった。私は、彼女らを疑ったことを恥じた。
「……ありがとう、必ず戻ってくるとも」
「道中、気をつけるのですよ」
「お前がいくら強くても、命があってこそなのです」
我々は満腹感と共に図書館を後にした。
道すがら食べるアメはとてもうまかった。
いつかここで再び食べる料理も、きっと、うまい。
エンディングにかなり悩んでいます…
活動報告でご意見を受け付けております。