現代日本人の感覚からすると滅多に日々に感謝することはないが、それはきっかけ次第であっさりと変化する。死の危険というものをなかなか実感しない現代人は、それはそれは現在の生を当然であると享受するものだ。自分もそういうものだと思っていた。
昨日までの日々を振り返ると、今日よりもあきらかにいい日だったのは間違いないのだ。寝起きの頭でそう考える。それは間違いがないと確信を持っている。
なぜかと言われれば簡単だ。
『──だから、僕と契約して魔法少女になってくれよって言ってるんだよ』
ポストに入ってた変なステッキがそんなことを俺に向かって言ってきた。
──明らかに厄ネタ──!
俺、
という奇特な家族だからか、自分が働かないことをあっさりと認められたのである。というか「20年以内にお前は世界に名を轟かせる魔法使いになる。星がそう告げている」とかちょっと痛いと思うよパパン。
むしろ積極的に肯定してたのは親としてどうなんだろうか。
「んで……俺、男なんだけど。魔法少女ってどういうことだよ」
『そのままの意味だよ。君は魔法少女に高い適正がある。だから僕と契約して魔法少女になっておくれよ』
さて厄ネタ。流石に俺も魔法に対して憧れる年じゃないしそもそも男だし、と断ったがなかなかしつこい。魔法少女になるというまで耳元でささやき続けるという脅迫まで駆使してきやがった。
そうまでして俺に魔法少女をさせたい理由は……どうも、魔法少女の適正が高いということなんだけど。
まぁ、両親が魔法使いらしいしそういうもんなんだろうか。
「却下。せめて女に頼め」
『なんでそういうこというの……』
ステッキの声が泣き出しそうになってる。
でもこのステッキの声、めっちゃ渋いおっさんの声なんだよな……。
『いや、ね。僕も他の人に頼もうかと思ったりはしたんだよ。でもね、君ほどの天才を見てしまうとそのどれもが霞むんだ。だから君に頼んでるんだよ』
「俺は嫌だっつってるんだ。はよ他のところあたれ──」
爆音が響いた。
『──もう来たか……! 君、早く僕と契約して変身してくれ!』
「待てよテメェなに厄介事持ち込んでやがる折るぞ」
『僕は人の手では折れないようになって──ちょっ、待ってマジで折れるからストップ──!』
ふざけたことをぬかしたステッキを握り、そのまま力を込める。みしみしと音がして、命乞いの声が聞こえた。
まぁ折れないので力を抜く。
その瞬間、ステッキが輝いた。
『……ふ、ふふ……握ってしまえばこっちのもんだ──! 契 約 決 定 !』
「はぁ!? ちょ、お前、ふざけんな! ──どわぁ!?」
その光はまたたく間に全身に伝播する。体から何かが吸われる感覚と共に、服が消し飛んだ。
光が開け──そして、また別の光に世界が染め上げられた。
轟音と同時に、何かに押しつぶされたのだった。
「──ぷぁっ、死ぬかと思った……って俺の家ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
どころか、周囲の家まで消し飛んでる。……クレーターから身を起こして、とんでもない惨状に開いた口が塞がらない。
『あー、隕石落としてきやがったか。向こうもガチだねぇ……』
「はぁ!? 隕石? まじかよ……っつーか、なんか声が変……?」
違和感から喉に触れる。と、自分のものではない肌触りがした。もともと喉仏も目立つ方ではなかったが、けれどここまでなかったはずがない。
というか頭が重いし、体はすーすーするし、下着の肌触りが変。嫌な予感に動かされるまま、手を頭に、顔を下に向ける。
そこには、だれがこんなの着るんだよ、というくらいにところどころが露出したロリロリしているファンシーな服と、明らかに自分のものではない華奢な体があった。
「ふ、ふ、ふ……き れ そ う」
『ああ、魔法少女適正が高すぎたんだねぇ……魔法少女に適した体に完全に変質してるよ。これ、たぶん元に戻らないかな』
「あぁゴミカスぅ──!! 死ねぇ──!!」
『ふ、少女の力で僕を折れるといたいいたい折れちゃうからストップぅぅぅぅぅ!!』
へし折ろうとしたステッキが手から抜け出した。くそが。
「てことは……俺、一生このまま?」
『うん。でもよかったね、こんな奇跡を起こせる魔法少女はたぶん君だけだよ』
「……うれしかねーよ、くそが」
吐き捨てる。立ち上がり、頭を触ればコンクリートの破片がぽろぽろと落ちた。……にしても隕石って。そんなの落とせるのかよ。なんでそんなのにこいつは狙われてんだよ。
「……くそが」
『ふざけるのはここまでにしようか。とりあえずここから逃げよう。じゃないと次の攻撃が来る』
「……てか、俺んちどうしてくれんだ」
『別次元に逸れたから、元の次元に戻ったときには建物は無事だよ。今この世界には、攻撃してきたやつらと僕たちしかいないはずだ』
ひとまず、その場から走り始める。次の攻撃がくるとなると、こんな住宅街じゃ危ないだろう。はやく安全なところを見つけないと。
……とはいえ、隕石とか落としてくるやつの攻撃に安置なんかあるのか?
『あるよ。たぶん、一箇所にとどまりすぎなければさっきみたいな攻撃はできない』
「ナチュラルに心を読むな」
『僕たちは契約によって一心同体になったんだ。僕の魔法演算領域を貸してあげてるんだし、そんなことは言わないでほしい』
「……新しいワードを出すなよ……」
『まぁ魔力自体は君のを使ってるけどね』
クソが。
多分、字面から想像するに魔法演算領域ってのは魔法の発動に使われるものだろう。それしかわからん。
……でもそうか。魔法少女になったんだったら、こうして律儀に歩く必要はないな。どうやるのかわからんけど、空を飛んで移動できたらそれが一番速い。
なにせ建物を無視して動ける。遮蔽物がない。それだけで移動にかかる時間は大きく変わる。
よし、やってみよう。
体を空に飛ばすイメージを組んだ。背中に羽があって、それを使って飛んでいくイメージ。それを組み上げた。それを構成するのは……
……そういえば、変身する時、体からなにかが吸われる感覚があった。あれは魔力の感覚だろう。あれを使えばいいのかもしれない。
体から何かが抜ける。それは、背に集まって翼になった。腕と同じような感覚で動かすと、体は簡単に宙に浮く。
「……おお、できたできた。よし、さっさ逃げよ」
『……本当に、天才だな……ただ飛ぶだけなのに、ここまで緻密な魔力操作をするなんて……!』
これそんなムズいか?
とりあえず、空を飛びながら質問する。
「お前……なんて呼べばいいかわかんないけど、とりあえずお前! 状況を説明しろ! まず……なんで狙われてる!? 敵はどこだ!」
『そうだね……僕の説明からしよう。僕の名前はバルガ・ゾラ。世界に9本あるステッキの一つさ。気軽にゾラって呼んでね。
それでなんで狙われてるか……なんだけど、その前にこの世界について説明したほうがいい。
まずこの世界には、【魔法使い】、【呪術師】、【教会勢力】、【血族】、【変身ヒーロー】がいるんだ』
「いきなりぶっこんできたなぁ……」
まぁ、魔法使いに関しては父親がそう主張してたし、そんなに気にならない。こう、自分が変身した時点でそれは諦めている。
「じゃあ魔法少女は魔法使いの陣営か?」
『違う。魔法少女は各々が好きなところに与するね。だからこそ狙われやすいんだけど……
まぁ、それで。今回攻撃を仕掛けてきているのは教会だね。儀式で術を展開するから、基本大技を撃つのが得意なんだよねあそこ』
「なんで教会は攻撃してくるんだ? 魔法少女は仲間に引き込みたいんじゃないのか?」
『そうなんだけど……その魔法少女が
「……なんでそう言い切れるんだ?」
『……ごめん。昔教会と喧嘩したからさ……』
……ふんふん。
つまり全部こいつのせいでは?
「やっぱ厄ネタじゃねぇかお前ぇ……!」
『ごめんってばー! ……ついでにだけど。たぶん術者は外国にいるから、どうにかして倒す方法を考えないとだねぇ……』
規模がががが。どうすればいいんだこれ。
『とりあえず、敵がどこから攻撃してきているのか察知しなきゃだね……』
「それどーやんのぉ!?」
『敵の魔力を──』
──鐘の音がする。
その瞬間、俺を囲むように無数の魔法陣が展開された。そしてそのどれもが、エネルギーを充填しているように光り輝いている。
危機感。それが体を滑らせた。包囲された中、放たれたのは光の砲撃。その隙間に体を入り込ませ、一射目を回避する。魔力の翼が消し飛んだ。しかし、瞬時に風を引き裂く音と共に復活する。
──体を前へと押し倒す。ぴりっ、と、嫌な予感が肌に焼き付く。魔力を放出して加速し、体を傾けわずかに高度を下げる。
頭の上を、光が通過した。過ぎ去っていった場所は、どことなく空気が美味しく思える。
息を吸うと、体になにか入ってきた。……これ、魔力だろうか。多分そうだ。
上から、下から──360度から迫る砲撃を、回避する。魔力を回収しつつ動いているから、移動に使った魔力以上のリターンを得られている。この調子じゃあ、凡ミスしない限りでは被弾しないだろう。
……ちょっと楽しいかも知れない。
『……っ、敵の魔力を集めて、僕に送ってくれ! 僕が解析して、場所を洗い出す!』
「一心同体じゃないの?」
『僕が君からもらう魔力は君の魔力の割合が多いから、解析に時間がかかってしまう! だから吸い込んだ魔力をこっちに!』
「あいよ」
溜めた分の魔力をゾラへと回す。結構な量の魔力が吸われた。……ひょっとして、この飛び方はコスパ悪いんだろうか? 今度練習しないとな。
『──解析完了。……地球の裏側だね』
「どうすればいいんだよそれ!?」
『慌てないで。僕が場所を設定するから、なにかしら──地球の裏まで届きそうな攻撃を!』
「……おーけー」
地球の裏まで届きそうな攻撃──というと。
……正直自信がない。だから、とりあえず全力で──砲撃をイメージする。
「……あ、あれがあるじゃん」
と、そこでふと思い出した──地球の裏からの攻撃を、どでかいのを一発食らったじゃないか。
──魔力で球を作る。それはどんどん大きくなっていく──そして、空を覆い尽くした。
それでも肥大化は止まらない。それは遥か地平線までを埋め尽くし、世界に影を落とす。
『──は、はぁっ!? おかしいだろ、なんだよこの魔力量!』
──そうだ。名前を付けよう。
「ゾラぁ! 投げるぞ! 準備はいいか!?」
『う、嘘だろ!? これ投げるの!? ──座標指定はオッケーだけども……!』
「よっしゃぁ──!」
よし、ここは安直に──
「──めてお!!」
──そして、世界から音が消え去った。
──そして、俺は家に戻ってきていた。
体は変身したままで戻っていない。ステッキが俺の手から離れた時に服自体は戻ったが体はそのままだった。かなりショック。
『……たぶん、今回の件で教会はこっちに手を出してこないけど……派手にやりすぎたね。絶対やばい連中に目をつけられた……』
「……まじ?」
『教会が何万人の魔力を合わせて生み出しただろう隕石……それ以上のものを、一人で作っちゃったからね。そりゃあやばいってもんさ。さて、今後どうなるもんかね……』
「でもあれで魔力ほとんど使い果たしたし……」
『人が一人であんな規模の技を使えるのがおかしいの! ……それに、君の攻撃の何がおかしいってあれで
「誰が魔法少女だよ」
……怒る気力も沸かない。たぶん魔力を使いすぎたからだ。
ああ、本当に──
「……夢なら良いなぁ」
『ん? 夢じゃないよ? むしろこっちが夢って疑いたいんだけど……あら、殆ど寝かけだね。こうしてると美少女なのになぁ……』
「……俺は男だぞ」
『……ふふ。そっか』
──最悪の朝だ。
『──この子なら、この世界を変えてしまうかも──』
……おやすみ。
二秒で考えた世界観。たぶんエタる。