──祈ることしかできなかった。
祈りではなにも変わらないことを、知っていたはずなのに。
そして、それは呪いになった。
命をつなぎとめる呪いになった。
結局捕まり、こちらの部屋……307号室へと戻ってきた。魔王もこちらに来ている。わりと全力で逃げたので、少し疲れた。消音の術式は使ってたし、廊下に他の人はいなかったから迷惑にはなってないはずだ。……たぶん。とはいえ、迷惑なことをしてしまったので少し反省する。
「で、なんで貴様らまでいる。怒るぞ。我めっちゃ怒るぞ。怒って暴れるまであるぞ」
「ガチギレ魔王様……一部に需要がありそうなのだ」
「地獄かなにか?」
と、俺は言うが、魔王の方はどうにも思い当たるところがあるようで、俺は魔王の側には関わらないようにしようと決めた。
見えてる地雷だし。
問題はその地雷のほうから来る。まぁ、今回は俺も乗ってしまったが。
仕方ないのだ。ラブコメの波動を感じるとちらっと見たくなるのだ。これは俺でなくともそうだと思う。
『ぉん』
『いや君等くらいだよ。さっきのはほんとに命が要らないのかと思ったんだけど。君、厄ネタがどうのこうの言うくせにさっきのはどう考えても自分から首突っ込んだからね。いやわりとマジで』
うるせぇ黙れ折るぞそんなこと俺もわかってんだよ。
『逆ギレかぁ……』
怒ってないよ。
「でも貴方がああまで人に執着するのは珍しい。昔から知ってる人からしたら気になるものでしょ?」
「……そういうものか?」
「そういうものなの」
「そうか……そうか。うむ。すまなかった」
素直すぎない?
謎の理論にあっさりと流された魔王に、少し驚く。なんというか……あれだ。こうしてみれば見るほどに魔王らしくはないように感じる。
『それ、彼女の前で言うなよ。面倒なキレ方するから』
めんどくさいやつ多すぎじゃないかなぁ。
思念で伝えてくるゾラに俺はそう思う。まぁ、そのくらい癖の強いやつでないとこっちの世界ではやっていけないのだろう。真っ当な感性ではおかしくなってしまいそうな領域だし。そう考えて、その考えを撤回する。うん。俺はまともだ。そうだまともだ。
『君がまともなわけないじゃないか』
はっはー、曲げる。
『わぁこわーい』
「……」
『……』
「……」
ゾラを掴んだ。
『わぁー!? マジで折る気だ! マジで折る気だ! 誰か助けて-!!』
「折れろクソステッキ……!」
「待ってサキちゃんはしたないから! ストップ! 落ち着いて! いくらそいつが気分でいろんな勢力に喧嘩売ってステッキに封印された馬鹿龍王だからってさすがに折ったらダメだから!!」
『ねぇ!? ちょっと待ってそんな昔のこと持ち出してくるのよくないって! 一応僕も反省してはいるんだから! 反省してないと魔法少女の手伝いとかできないだろ!? な!?』
「やっぱ厄ネタじゃねぇかテメー折れろ」
「ここまで問題のあるステッキってこれくらいなんじゃないかしら……」
「つーかこいつ、もともとやばいレベルのクズなのだ。クズがクズらしくしててむしろ好感持てるのだ」
「ふふふソアラ。この龍王だけはダメだからね。あんた結構惚れっぽいんだし」
「クズに惚れるわけがないである」
「お主らちょっとひどすぎないか?」
魔王に憐れまれるステッキってなんだ。
てか魔王に憐れまれるほど酷い言い草だったのだろうか。こいつこれまで一体何をやらかしてきたんだろう。みしみし音を立てるステッキにそう思いつつ、だいぶ落ち着いたのでゾラを開放した。
カバンの中にすごすご引っ込んでいったゾラは、なんとなくかわいそうに見えた。今度謝っておこう。
さて、
「……で、魔王はなにか母さんに話があるんじゃないっけ」
「まぁ、そうだ。いや別に、そこの魔法少女じゃなくてもいい。ちょっと聞きたいことがあってな」
その、といい、少し言いづらそうに顔をしかめ、逡巡ののち、ようやく言った。
「……その。一緒にいてどきどきするー、とか、くっついていたいー、とか、そんなに思うんだけど……これって、なんだ?」
「「「「…………」」」」
……………………。
「いや、最初は怒りとか殺意とかかなーって思ってたんだ。でも、なんか……こう……そうじゃないんだなって。なんか、こう、……言いづらいけど。あいつの好きなものはこっちも好きだし、あいつが嫌なことは我も嫌だし、なんというか……その、わかるか?」
「わかる」
「わかる」
「わかるのだ」
「わ、わか……わか……うぅ、言えない……私はそんな素敵体験したことないなんて……!」
「行き遅れなのだ」
「はい逆鱗」
「逆鱗多すぎなのだ。モンハンか?」
なんでモンハンとか知ってるんだろう……。
「……そうか? わかるか? なら、これがなんなのかもわかるか?」
まさか一番純粋なのが魔王とか誰が思うんだろう。
母さんが言う。
「ずばり教えてあげましょう。それはね……ラブなのです」
「……らぶ?」
「つまりあれですよー。すきすきだいすきあいしてるーってことですよー。はぁーマジ無理しょげる……」
「めんどくさいなお前……」
自分がダメだからって露骨にダウナーになるな。
ともあれ、魔王はその言葉の意味を考えるように、少しの間考え、
「……は、はっ? はぁぁぁあああああああああああ!? 愛してるって、あれ、ラブって、いやそんな……は? え!?」
わかりやすく狼狽えた。
「いやいや……え!? そ、そんな……え!? そうなのか!? え!? ちょっ……なぁ──!? で、でも……そうか……いやいや……え!?」
「こまってる……」
「へーん。どうせ私は行き遅れですよー。……あぁ!? 誰が生き遅れだぁ!?」
「自分の言葉でキレんな」
めんどくささが渋滞してる。
「……なるほど。わかった。これは……愛なのだな」
と、ほどを置いて魔王が言った。「それで」、と続け、
「ど、どうしよう……どうすればいいんだ……!? 我はこれからどうすればいい!?」
「決まってるじゃない」
母さんは言う。
「告白し──」
『 告白するのでっすよ-!! 』
机の下から現れた、手のひらサイズの少女がそう言った。
誰だよ。
『お願いなのです! 早くくっついてほしいのですよ!!』
だから誰だよ。
『もう時間はないのです。今日、強い魔力を持った人がこんなに揃ったせいで……この地に宿った精霊が目覚めてしまったのです!』
ちょっと待て。
『急がないと、この土地が地図から消えてしまうのですよ!!』
厄ネタじゃねぇか。
『お願いなのです、どうか──』
──世界が揺れた。
『……! 動いたのですよ! もうそんなに……! っ……!』
そして少女の体が、どんどん消えていく。
と、そこで気づいた。
この少女、術式だ。だから、ゾラを持ち、魔法少女の状態へとノーモーションで変身する。そして同調術式を展開した。
やることは、煉瓦さんのときの応用だ。術式と同調し、そしてこちらから魔力を供給する。これは、おそらくこの少女が魔力の供給源から断たれたのが原因の維持限界だ。だからこそ魔力を送りこみ、
『……すみません。助かったのですよ』
「それより、なんで告白したらなんとかなるんだよ」
維持を可能にする。俺より場馴れしているだけあって、皆この状況で、それぞれができる警戒態勢に。さっきまで呆けていた魔王ですら、先程とは全く違う──おそらく、抑えていたのだろう力を開放している。
赤の混じった黒髪は、燃えるように真っ赤な髪に。普通の洋服は、黒のドレスに。大量のフリルがついている。それが戦闘衣装なのだろうか。どうでもいい方向に逸れ始めた思考をもとに戻す。少女は『はい』、と言って、
『昔、この土地に封印された精霊なのです! それが、長い時間の中で力を付けたせいで、ここまで強力になっているのですよ!』
「それが! なんで告白がどうこうにつながるんだよ!」
『……その術式は』
少女は言った。
『私と将来を約束した人の、成れの果てなのです』
「──なんっ……だ、この揺れ……!」
建物が傾いた、と言うほどの揺れ。地震かと考え机の下に隠れるが、けれどそれとは何か違う。一瞬の強い揺れのあとには何もない。
扉の外を見る。悲鳴が上がっているが、外に人の姿はない。
──調べるか? 水槌は、一瞬湧いた自分の考えを即座に否定する。なにせ危険だ。と考え、自嘲した。
現金なものだ。死にたがりだったはずの自分が、危険を恐れ動けない。馬鹿みたいだ。
これも、全て彼女のせいか。……いや、おかげか。そう考え、突如首筋に触れた悪寒に振り向いた。
「──貴方は──」
そこに、人がいた。白髪の男だ。端正な顔つきをしている。着物を着こなしており、腰には刀を携えていた。時代錯誤も甚だしいが……それよりも疑問がある。こいつはどこから出てきたのだろうか? 自分が先程座っていたソファーの、上に立っている。
扉は開いていない。どこから入ってきたのか、と思うと、男は水槌を見て瞠目する。疑念も一瞬。男は、水槌の手を取って立ち上がらせる。そして、扉を見た。
「……お前は誰だ?」
「私は……いえ、話は後です。今はとりあえず、この場をどうにか切り抜けましょう」
「どういう……」
「来ますよ」
と、その言葉からまもなく。
壁が壊れた。狭い個室の扉すら巻き込んで、壁は消えた。
そして、そこにいたのは──
「……卵?」
「未だ孵っていませんか。なのにこれだけの規模……となると、私には手が負えませんね。足止めします。その隙に逃げてください」
どういうことだ、とは聞けなかった。現状が危険なことはもう理解している。現実味がないが、それは今日、彼女とあったときからそうだ。水槌は知っている。現実は、意外と変なことばかりなんだと。
だって、そもそも──
そして、男が卵と激突した。
「──行ってください!」
「──!」
よくわからない。よくわからないが、知っている。逃げるのが一番である、と。
このカラオケは大きい作りで、巨大な階段がある。そして吹き抜けになっており、1階に食事用のスペースがあるのを、上から見下ろせる。その脇にそれぞれの通路があるのだ。
移動手段はエレベーター。だが、これは人が集まっている。だから……使えるのは、階段だ。
「…………──!!」
「なっ……! 待て、貴様の相手は私だ……!」
追ってきやがった。舌打ちをする暇もないが、したい気分だった。卵のような、巨大な白い球体は廊下をところ狭しと転げ回りこちらに向かってくる。潰されると……まず、生存は絶望的だろう。
そして、吹き抜けが見えた。なんとか通路を抜け、そして──
奥の通路から、もうひとつの球体が現れた。階段を登ってくる姿も見える。これでは階段は使えない。
舌打ちひとつ。そして、考える。この状況を突破する方法を。
あの球体は、水槌を狙って来ている。それは間違いない。途中にいた、他の人には目もくれないのだから。故に考える。
一か八かで正面突破? リスクが大きい。
もうすぐ後ろに迫ってきている。なんとか白髪の男が食い止めてくれているようだが、すこしづつ近づかれている。
だから。
福間水槌は、飛び降りた。
3階ぶんの高さを見て、それでも躊躇なく飛び降りた。
死ぬ気はない。うまく着地して、そしてこの店から出ていく。そのルートを、頭の中で構築する。
「──まったく、お主は飛び降りるのが大好きだな」
「……ええ。俺の人生、落ちてばかりです」
──だが、それは無駄になった。
飛び降りた水槌を、空中で抱きとめた姿があったからだ。
「我がいなかったら、死ぬかもしれなかったな?」
「死にませんよ。あなたがいるんで」
「そうか、そうか。……ふふ。そうか」
「ええ」
そして水槌は付け足す。
「その姿も似合ってますね」
「……驚かないんだな」
「ええ。だって」
水槌は赤い髪に、そっと触れて。
「最初にあった時から、あなたの髪は燃えていたから」
だから、驚かない。
髪の毛が赤に発光する人間なんて、普通はいない。だから──彼女がなんであろうとも、彼からすれば今更だ。
「……んふふ。我としたことが、うっかりしていた」
「そうですか? でも、そのおかげであなたの秘密を知れた気がしました」
「知りたいか?」
「ええ」
「ならば教えてやる。お前に、全部」
──通路から飛び出た球体が、すべて2人に襲いかかる。
それにまったく動じることなく、むしろ余裕すら感じさせる振る舞いで、
彼女は。
レギオン・ガリオン・バルガルドーラは。
高らかに、彼女の力を謳い上げた。
「──【ノスタルジック・グレイ】」
魔王の固有の術式が発動する。
それは自分より未熟な対象との戦いを『省略』し、勝利した結果を残す術式。
故に、発動の瞬間に球体は全て潰え、消え去った。
当然だ。彼女は魔王。
この世界の最強の一角なのだから──この程度の術式など、いくら有っても敵ではない。
まだ続くよ。
インプットをもっと増やさないとなぁと思うのは自堕落生活すかすか脳みその脆弱由来。実際技名のときめっちゃ迷うんですよね。