──羽化。術式はまだ生まれていない。だが魔力を蓄えすぎている。すでに生まれるまであと少し……そして、生まれるとどうなるか。
それはもう、破壊の限りを尽くすだろう。それが役割だ。
俺が見てきたすべてを統合して考えると、術式というものは自身の存在定義に沿って行動する。その定義は生まれる前に与えられたものだ。祈りでも、呪いでも、なんだっていい。それが術式というものだ。そして、現状覚醒しかけの術式の役割は……考察するなら。
復讐だ。
嘆き、悲しみ、妬み、そして墜つる。それが今、覚醒しようとする術式の性質であるだろうと、俺は考える。
『サキさん、どうするですか?』
「どうもこうもねぇよ。封印しても根本的な解決にはならないから──」
俺は、言った。
「性質を反転させる」
『そんな──無理なのです! 性質を捻じ曲げるなんて、負荷が……!』
「経験はある。一応他のやつより理解があるつもりだ」
というか、
「お前がやろうとしたことに乗っかるだけだよ。未練を取り除いて、その隙に干渉する」
『……』
なんとなく察している。こいつは、この地に術式を封印した本人だ。……自分の想い人を封印しなければならないなんて、酷い話だ。
そして、彼女はそのときに自分の体を犠牲にした。本体の体が残っていない。
自分自身を封印の術式に変換したのだ。
術式性質は、封印だ。となればここまでの察しはつく。こちとら【神代回帰】すら解析してコピーした天才様だぞ。そのくらい察せないわけあるか。雑にイキっていると、卵が見えた。
「ゾラ」
『うん』
それだけだ。適当に魔力を渡すと、卵が吹き飛んだ。なんの術式だろうか。近づけば吹き飛ぶので、おそらくは反発の術式だ。ならそれでいい。対象を限定する。術式に干渉するのは、俺の特技だ。そして出力を上げた。
俺の放った術式に押され、卵は空の彼方まで吹き飛んでいった。
「……つーか、空間がループしてやがる。これも術式のせいか?」
『いえ、昔はこんなことできなかったのです』
「成長したか、他のなにかか。何がなんでも分断したかったのか?」
……そう。
俺は、迷っていた。
俺たちがいた場所はカラオケの3階のはずだ。けれど、気づけば6階にいた。転移だろう。そして、いくら進んでも階段は見えない。エレベーターもこない。扉をこじ開けると、その先も鏡のように通路が続いていた。
「特定のルートをたどれば出れるか、そうではないか。どっちだと思う?」
『たぶん……起点を壊さないといけないのです』
「わかった。メル」
『──ぉん』
探しものは俺の得意分野だ。秘匿の逆位置なのだから。拡大解釈──術式使いならば、扱わない理由がない。術式の応用幅が広くなるからだ。使いこなせれば、という前提はつくが。
メルのサーチによって、起点となっているだろう宝石を発見した。ゾラで軽く叩く。呪いはかかっていない。だがかなり硬そうだ。
破壊するなら……どうしようか。俺の得意属性は水だ。メルが水の属性の術式だからだ。メルを宿している俺自身の特性だって、水になる。だが得意なのは洪水などのような範囲攻撃で、一点に攻撃を集中させるのは苦手なのだ。
「……どうしよっかな」
『……私がなんとかします』
「ん? じゃあ任せる」
別に壊せないことはないだろうが、こういってくるということはなにかしら、あるのだろう。彼女はふ、と宝石に触れると、一瞬気持ちの悪い感覚の後に、エレベーターの前に転送された。階層を見る。3階。なんとか突破できたようだ。
『……ふぅ』
「大丈夫か? てか何したんだ?」
『発動に必要なぶんの魔力を吸い取ったのですよー。それでわかったのですが、やっぱりサキさんの魔力をかなり吸い取ってるみたいなのです』
「マジか。ひょっとしてあんまり術式は使わないほうが良い?」
『なのです。サキさんは魔力がすっごく多いからなんとかなってますが……普通の退魔師なんかが術式を使うと、すぐに干からびちゃうのですよ』
「それは怖いなぁ……」
たぶん、自分に作用するタイプの術式ならばセーフだ。だが攻撃に術式を扱うと、相手を強化するハメになってしまう、と。中々厄介な相手だ。今日集まったやつらはフェリア以外が術士だ。フェリアはゴーレムを操作するが、実は本体も格闘タイプなので、今回のような場合は向いているだろう。
魔王は……言うに及ばず、物理型。勇者と殴り合ってたらしいしな。術式の扱いも相当なものなのだろう。
今回、相性が良くないのは俺と母さんだ。俺は知ってのとおり攻撃手段は殆ど術式を介するものである。攻撃術式でないなら、神代回帰やメルのだいこうずいがあるが。これは相手にも作用する。だから、今回に関しては俺は殆ど置物だろう。同調術式で性質反転を狙う以外に、俺はできることがない。
「……む、さっちゃん! さっちゃんも転移してたのだ?」
「ああ。他のやつらは?」
「他の階だろうな」
「ていうか、どうやって突破したんだ?」
彼女はああ、と言って、
「人の気配がなかったから。階層を爆破したのである」
「やることが豪快……!」
ほら、と爆弾を見せていってくるソアラに、少し引いた。なんで爆弾を持っているのかわからないが……まぁ、スタイルなのだろう。準備って大切だよな。
と、そこで母さんとフェリアも戻ってきた。少し疲れたようにため息をつき、
「さっちゃぁん……疲れたよぉ……」
「お前そんなんでよくフレンについていけたよなぁ……」
「私は働きたくないから。というか、ちょっと面倒だったんだよ」
まぁ、フェリアは範囲攻撃を持っていないから仕方ないか。
「母さんはどうやって抜けたの?」
そういえば、俺は母さんの手札を知らない。流星の魔法少女という二つ名は知っているが、どういう戦い方をするのかわからない。母さんはうーん、と少し唸って、
「面倒だったから隕石落としたの」
『これが血筋か……』
おいこら。
1階の開けたスペースに向かうと、魔王たちが座っていた。見たことのない男もいる。近寄ると、すぐに気づかれた。
適当に近くから椅子を引っ張ってきて座る。そこそこの団体になる。
『……あなたがいるなんて、びっくりなのですよ』
「ああ。私も、君と再び会えるなんて思ってもなかった」
少女と、知らない男がそう言った。
少し注視してみるとわかる──男も、術式である。とすると……あれか?
「術式から排斥されたか?」
「……! ええ、そうですが……貴方は……?」
「なるほど、なるほど……つまり、こいつのいう想い人がお前か」
俺は納得した。それから自己紹介する。
しかし、となると──厄介だ。彼が術式に囚われたままであれば、まだどうにかなった。善意がわずかにあれば、その比率をいじってやるだけでいい。しかし、排除されたとなると……残ったのは、悪意の塊だ。
どうする? 反転などさせずに封印するべきか。そう考えていると、母さんが俺の頭を叩いた。ちょっと痛い。
「痛いじゃなくて。サキちゃん、そんなだからあなたはコミュ障だって言われるのよ? 友達何人いたの? 即答できないでしょ?」
「それは関係ないだろ!?」
……まあ、とりあえず。
「……生まれるまであとどれくらいだ?」
『もうすぐなのですよ。はやくどうするかを……』
どうしようね、本当に。
「よく理解できていないのが」魔王が、言った。「どうして我が水槌に告白したらいいんだろうか」
「こ、告白!? え、……それ、ドーラさんからじゃないとダメですか?」
……。
よかったね、魔王様。真っ赤になったふたりを見て俺はそう思った。
ひとまず、ある程度理解できている俺から解説しよう。
「どっちからでもいい。『告白して、結ばれた』っていう事実が一番大事になる。
「……未練を無くすということか?」
「そういうこと。最低でも術式強度は確実に下がる。そうなったら、無理に戦わなくとも封印することが可能だ。……お前が言っていたのはこういうことだろ?」
『……はいです。全部わかっていたのですね』
「いきなり言われると訳がわからないけどな。考える時間があればこれくらいは」
で、と俺は続けた。
「
「……どういうこと?」
男がこくり、と頷いた。自分自身だっただけあって、事態に一番くわしいのは、おそらく彼だ。
「強くなりすぎたんだ。それに……私を吐き出してしまっている。本来の成り立ちすら、すでにあやふやでしょう。効果はあっても、あくまで多少でしかない」
「たしかに、そうであるな。なにせ、中身がない」
「つまり現状、戦って封印する選択肢のほうが可能性が高い」
「でもでもさっちゃん! 戦うっていったって、このメンバーだと大変じゃない?」
「うん。フレンを呼んだら確実だろうけど……時間が足りない」
真っ当に戦うとなると、時間制限が酷いのだ。それがなければこの選択肢も全然あった。
相手は、悪意の塊だ。俺たちと戦うことなんて放って、情動のままに暴れるだろう。
被害は食い止められない。
それに相手の特性も厄介だ。魔力を吸収する──隔離したとしても、世界を構成している魔力をすべて奪ってこちらに出てくる。
だからこそ、自身の体を犠牲にしての封印。……本来はここまで強くなかったにせよ、その選択肢を取る理由もよくわかる。
「……勝てないとは言ってないけど、戦うにしたって、この街の被害は甚大になる」
だから、
「彼と俺を、同調術式で重ねる」
「……まさか」
母さんはすぐに気づいたようだ。
「彼を再び術式の中に送り込む。それなら、最初の方法で隙を作れる」
「なるほど。だがお主、魔力は? 魔力を吸収する敵に同調するのなら、お主の魔力も吸い取られるだろう?」
「そこは拡大解釈する。魔力の在り処を『秘匿』すれば、むしろ魔力はぶんどれるだろう」
「……始まりの術式か。たしかに、そいつならなんとかなるだろう」
俺の術式操作の精度は、わりと魔力によるゴリ押しが大きい。本当は攻撃術式に秘匿を使えるならそれがいいだろうが……だが、攻撃をぶつけたときに性質は霧散する。攻撃するなら、奪われるのだ。
だが俺自身からは奪われない。魔王は納得したように頷いた。赤面しながら。
「なら、お主がそこの男を同調で引っ張っていったあとに……こ、告白すればいいのだな? 我が! 水槌に!」
「うわー、顔真っ赤。真顔で通そうとして失敗しちゃってるわこの子」
「魔王様……ファイトなのだ」
「ええい黙れ! だって恥ずかしいじゃん! 仕方ないであろう!?」
「あの、ドーラさん。俺も恥ずかしいんですけど……」
「あ、水槌。あの、その、嫌なわけでは……その、ないぞ? ただ恥ずかしいだけで……うぬぬぬ、なんで見られながら告白せねばならんのだ-! 我は魔王だぞ? 魔王なんだぞ!?」
「あ、告白組じゃない人は街に被害が出ないようにガード頼んだ。たくさん一般人を巻き込んでるのは……まぁ、上の人がなんとかするだろうけど」
「うむ。それくらいしかやることがないから仕方ないであるな」
おそらく、これでなんとかなる。
告白で術式が揺らいだ隙に、俺がその性質を反転させる。善としての有り様を見ているのだ。
『……。サキさん、本気で術式を……』
「ああ。お前の手は借りないよ。なんせ俺は魔法少女だからな!」
そう言って、近づいてきた少女の頭をぐりぐりと指で撫でる。
俺は魔法少女だ。魔法少女だから──悲しみに、別離に終止符を。
誰かの祈りを、踏みにじられた祈りを。誰もすくいとれないなんて、悲しいから。
──街が揺れた。空に浮かびながら、少女が言った。
『……来ます』
さて。談笑は終わり。
「メル」
──おん。
普段よりも、力のこもった声だった。自身に秘匿を施しながら、同調術式の準備をする。魔力の残りは十分以上。
「じゃあ、頼む」
「……ええ。ありがとうございます」
「まだ早いだろ。そういうのは全部終わったら──」
「ええ、そうですね」
同調する。術式に介入するのは、この間でコツを掴んだ。だからミスはない。やり遂げる。
世界を切り裂くように、巨体が姿を現した。
──それは竜だ。積もり積もった怨念で出来た竜。
悲しい竜。かわいそうな竜。在り方を忘れてしまった竜。
だから、お前に意味を与えよう。冬が終わり、春が訪れるように。お前の心にも春を──
メル。
『──おぉぉぉぉぉ──ん!!』
術式展開。
──ゆめのつづき。
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執筆速度がめっちゃ落ちてますすみません。