『──起きるのですよー!』
『んなッ、ちょ、──いたっ!』
夢の続きを見ている。いつかあったのだろう、過去を見ている。
『むふふ、目が覚めました? ほら、早く支度するのですよ-! 今日は大事な大事な、退魔師試験の日なのです!』
『……そっかー』
寝ぼけ眼で男は答えた。ややあって、はっとしたかと思うとわなわなと震え始める。
『今日は何月の何日?』
『3月の12なのです』
『……試験じゃねーか!』
『やっぱり寝ぼけてたのですね……』
『──私、■■と申します。これまで、魔を払った回数は4度! 1級の敵を2体払っております』
『ああ、【白雲】の。知っているよ。少年が、1級の魔と正面から打ち合って下したと。素晴らしい成果じゃないか。むしろこちらから願うほどだ。──合格以外にあるまい』
『──あれ。お前、ひとりなのか』
『■■? どうしたのですよー?』
『ああ、すまない。すぐ行く』
『……■■? それはなんなのですよ?』
『卵だろう。……何が生まれるかは、私にもわからない。ひょっとすると命が灯っていない可能性すらある』
『……ふふ。生まれてくれるといいですね』
『ああ。──本当に』
男は、過去に出会ったひとりの小さき友の残した卵が孵ることを、こころから楽しみにしていた。
『──超級!? 一級よりも上ですか……?』
『ああ。そんな化物を相手にしないといけねぇ……本部は俺らを見捨てるつもりだ。お前は逃げろ』
『……いえ。私は友を見捨てない。……師匠の名を、貶すわけにはいかないのです』
『馬鹿野郎! お前を無くすと退魔師は一気に衰える! お前はもう、その域にまで至っちまってんだ……! 頼む、無駄死にする事ないだろ!? 生きてくれ……生きてくれれば、俺らは……!』
『すまない』
『……っ、勝手にしやがれ……』
『……すまない……!』
『【白雲】──流石、退魔師最優と呼ばれるだけはある』
『……私の勝ちだ』
『ああ、お前の勝ちだ。……そして俺に勝ったことをいつか後悔して死ね』
『……ぐっ!? こ、これは……』
『俺に止めを刺したな。お前は何れ、俺に成り果てるだろう……く──く、ふ、ふ──』
『……苦しいのですか?』
『……ああ。いつ君に刃を向けるかわからない。そうなったときは、私を──』
『わかっているのです。そのときは……』
『……君には迷惑をかけてばかりだ』
『──ぴゅわっ』
『……ああ、大丈夫だ友よ。私はまだ堕ちていない』
『……ぴゅっ』
『君にも迷惑をかける。昔から、手伝わせてばかりだ』
『──いつから寝てないのですか?』
『憶えていない』
『…………』
『……二月ほど前から』
『……もう、すぐなのですね』
『私はもう駄目らしい』
『……まだです! まだ希望は……。…………』
『……』
『……どうしても、無理なのですか?』
『……どうしてもだ』
『おかしいのですよ。まだ成人の儀も終えていないのです。まだ結ばれていないのです。それで、お別れなんて、あんまりなのですよぉ……!』
『……君を悲しませるヤツから君を守ると誓った。
……私が、それに成り果てたか』
『──時間か』
『…………』
『最優の退魔師と呼ばれた私が、よもや魔に成り下がるとは……これも報いか?
いくら理由を付けたとて、斬ったことには変わりがない』
『……ぴゅわっ』
『ああ、友よ。君にはつらいことを頼むな。……すまない』
『ぴゅわ』
『彼女を頼む。私が逝った後、あの子が幸せを掴めるように──』
『──幸せになんて、なれるわけがないのです』
『──馬鹿な。やめろ。私はそんなこと望んでいない』
『……私が、決めたのです』
『やめろと言っている!』
『嫌です! あなたをひとりにするくらいなら、私の命なんて──!』
『……なんだ、これは』
『……どうして私だけが……生き残っている? あの子はどこだ? 友は?』
『──ああ、ああ。漸く解った。これが私への罰か』
『──師を見捨てた私が、幸せを望むなど』
俺は、全ての記憶を見た。隣の男は閉じていた目を開き、こちらを向く。
「……これが私の全てです」
「ああ。……だからあんたは、福間を羨んだか」
「……ええ。想い人と引き裂かれる気持ちは知っています。それでいて、先に進めたあの方が……私には、とても眩く見える」
「見てわかるものか? それ……」
「ええ。目が、そうでした。私と同じだった」
同調しているから、彼の感情は分かる。
……俺には、想い人を亡くした痛みはわからない。逢いたい人に、逢いたいとさえ言えない……そんな気持ちを、完全に理解することなんてできない。そんなのすべて想像だ。親友を喪いそうになったことを思い返す。……それですら、心が軋みをあげるのだから。
彼の立場になると、俺は耐えられない。
最近出会うのは想い人に対して真摯過ぎる人たちばかりだ。彼らは皆、一様に届かない望みを抱き続けている。
──だから。
手助けしたいと思ってしまうんだろう。
──それの脅威を知っていた。
魔王、レギオン・ガリオン・バルガルドーラは始まりの術式と正面から対峙したことがあるのだ。そして、知っている。その術式の顛末を。
(──合意での封印、だな。結局……どれだけの戦力を集めても、戦いにはならなかった。
だが、空白だったヤツに在り方を決定づけた。……なんという奇跡だろう。あの神ですら、そんなマネは不可能だった)
そもそもその神は何かに意味を持たせること自体が尋常でなく苦手であったが。
ともかく、術式に意味を持たせるなんてことは、普通は不可能だ。
特に、意思を持った術式に関しては。なぜなら術式を変質させるには、それだけ術式に親しむ必要がある。……同調術式ではない。それとはまた別。もっと、術式に対する──無意識のラインでのものが必要だ。
一体どんな生き方をしてきたのか。あの魔法少女は、術式と人間の境がない。いや、どころか世界に対して自分を開け広げにしすぎている。他者との境界も曖昧だ。だからこそ同調できる。
その生き方は──限りなく、難しい。純情というものはそれだけで尊いものだ。だからこそ、汚される。無垢は汚される。
だがそれを保っている──それが、あの魔法少女を、魔法少女たらしめているのだろう。
純粋であればあるほど、魔法少女は力を増す。そしてそれだけではない。本人の、圧倒的な才能も相まって漸くできること。
まさに奇跡だ。
だが、だからこそ──術式を封印する以外の手段が取れる。
魔王が正面から戦えば、あの術式を封印することは簡単だ。だが、それをすると……白髪の男と少女は、またこの地に縛られる。
だから。
「水槌」
「はい」
(む、落ち着きおって。これから告白だというのに……)
それとは別に惚れた男とくっつけるしなーという思いもあった。
「……その、私は……お前を……」
「…………」
「…………」
言葉が出てこない。顔はもう真っ赤だろう。どうしたらいいのかわからない。
そんな魔王を見て、水槌が笑った。
彼女の手を取った。ぴくりと跳ねた体の前で、目を閉じる。
彼は言った。
「ドーラさん」
「……は、はい」
「──好きです。俺と、付き合ってください」
返事。へ、へっ、へんじ……。
魔王はもう真っ赤になりながら、開いた口から言葉を引き出そうとする。
「……ぁ、ぅ……はい……」
「……──っ!」
「ぇ──わひゃぁっ!?」
──福間水槌は、抱きついた。
「……ありがとう。こんな俺を受け入れてくれて」
「……んふ。違うぞ。私は……お前だからこそ、好きになったんだ」
「それでも……ですよ」
──竜が、停止した。
「──やった……!」
「フェリア、警戒を……」
「いえ、もう大丈夫」
流星の魔法少女は。
自身の子の力を、彼女はなにより知っている。
竜が輝き──そして、光は弾けて空へと散った。
──どれだけ、春が来ただろう。
馬鹿な子供だった。傷つくのが怖かった。それは心の傷だ。体の傷より、心の傷のほうが遥かに痛かった。
だから逢うことを恐れた。けれど、肯定されて……だからこそ、進むべきだと思ったのだ。
「──ただいま」
「おかえり」
言葉を返された。久しぶりに出会って、なにを思っているのだろうか。
「……じゃあ、行こうか」
「ああ」
そして、部屋に入った。どれだけひさしぶりだろう。ここで3人で集まるのは。
「……久しぶり」
「うん。ひさしぶり」
部屋には、少女の姿がある。長い前髪は、顔を隠すように。けれど後ろ髪は短く。女性らしさを削ろうとしているかのようだ。
対して──先に座った、出迎えた人物は、髪を長くながく伸ばしている。中性的な顔立ちのせいで、女性に間違えるものは多いだろう。
「……ごめん」
謝った。荒れていた頃、ふたりにはとても迷惑をかけたのだ。結局謝れもしなかった。頭を下げると、ふたりは笑ってそれを許した。
「……そんなことより、水槌が向こうで何してたのかを知りたいな」
「そうそう。大丈夫? ご飯ちゃんと食べてた?」
「流石にそれは。……そうだなぁ、この間、すごいことがあってさ」
──話し込んだ。
もう過去には戻れないが、それでも……思い出すことがあるのだ。
「……水槌は、今幸せかい?」
「ああ」
それだけは断言できた。
がちゃり、と玄関から音が聞こえる。ふたりがやばい、という顔をした。
「俺、帰るわ」
「え、今……? 大丈夫? 水槌、あの人たちのこと嫌いだったでしょ?」
「まぁ……でも、今はどうでもいいからな」
部屋から出る準備をしていると、部屋の扉が開いた。
怒りの感情を貼り付けて、嫌いだった人が立っていた。
「……お前とは縁を切ると言ったぞ」
「ああ。俺もそれを納得した」
「ならば何故お前はここにいる」
「俺はお前らとの縁を切った。兄貴と切った憶えはない」
「……二度と我が家の敷居を跨ぐな」
「ああ。二度と来る気はねぇさ」
なぜなら、
「俺は居場所を見つけちまった」
「……良い顔をするようになった」
「あ?」
「行け。お前を待つ人がいるんだろう」
「……ああ」
部屋から出ようとする。が、その前に。忘れていたことを思い出した。カバンから紙を取り出す。
「未来」
「ん? なにー?」
「俺の彼女の連絡先。何か相談があるならってよ」
「……水槌」彼女は言った。「馬鹿だよね」
「昔からだ」
それで終わりだった。
子供の頃以来だった、実家訪問は──これで終わった。
『……水槌』
「ん? どうしたよ白雲」
『いや。貴方がそれでいいなら、何も言わないでおこう』
「ああ」
手のひらサイズの白髪の男が、ちょこんと頭の上に乗った。その姿は、他のひとには見えないらしい。
電車に揺られ、家へと戻る。都会の景色になってきた。
歩く。CDショップの上の街頭ビジョンでは、聞き覚えのある曲の広告を流していた。
『──である、福間さんのNEWアルバム──』
歩く。
歩く。
どこにでもあるようなマンションの4階。エレベーターから一番遠い、通路の奥の部屋。
「──ただいま」
「んふ。おかえり、水槌」
笑った。
『んも-! ドーラさん! 調理中なのですよ-!』
「おっと、すまない。そういうわけだ。期待して待っててくれ!」
エプロンをしている彼女が、去っていった。
『愛されてるな、貴方は』
「お前もだろ?」
さて。
パソコンの前に座り、起動した。
たった1日で、たくさんのことがあった。自身の垣根がぶっ壊されたあの日。飛び降りから始まった、なんとも驚くような恋。
……結局、不定なのだろう。傷は癒えた。ふさがった。すべてがすべて過去のものだ──希望を語ってみてもいいだろう。
人は変わっていくものだ。変わらないものはない。けれど、変わらずにいることはできる。
すべてが変わってしまっても──彼の音は彼のものだ。だれの指図も受けない。どこまでだって羽ばたいていくだろう。
悟った卵殻は夢を見る。あの日、竜が生まれたとき、彼もきっと生まれることができたのだ。
「──きゅっ!」
「お前は元気だなぁ。けど、子供ってのはそれくらいがちょうどいいか」
飛びついてきた竜の子に苦笑した。望みのものはわかっている。
立て掛けてあったギターを手にとった。
軽く弾くと、福間水槌の音がした。
福間水槌
実はボカロ曲を作ったりしてた。本人も時々歌う。この一件以降は清純派な曲を投稿するようになった。意外と受け入れられているようである。
また、兄、幼馴染との関係は多少改善したもよう。
最近の悩みは兄がめちゃくちゃ女性らしいことと、裏の業界の事件との遭遇率がちょっと高いこと。
それに恋人のアタックが激しいこと。体目当てとか思われたくないらしい。
魔王
この一件から、水槌の家に住むようになった。仕事があるとき以外は基本水槌といちゃついている。
水槌の家が快適になるようにめちゃくちゃ術式で防護してる。年中快適な室温になるようにしてるし防音も完璧!
子供はいつできるんでしょうね。
青年と少女
魔王の魔力で体を維持している。
術式としての役目がなくなったので、現代をみにまむぼでぃで楽しんでいるらしい。ちなみにときどき大きい体になったりもする。
竜
水槌の家のペットになった。
性質は反転し、祈りの竜に。水槌のギターがお気に入りらしい。かわいい。
体からは春の香りがする。かわいい。
次回予告です!!!!!
「結婚したのか、俺以外のヤツと……」
魔法少女になってから半年とちょっと。出会うやいなや求婚してくる彼と再会してしまったアナタ。
「お前と結婚するのは、俺だと思ってた……」
テレレレレー↑
「今夜は、帰したくない」
次回「神、降臨」。勇者もあるよ!