──夜の肌寒さのような、そんな気配。
小さく息を吐く。羽の生えた女性に連れられ、とある場所へと向かう。どこなのかは知らない。だが、向かっているということだけはわかる。ともあれ、連れられ、ある程度進むと扉が見えた。女性がそれを開ける。その奥へと向かう。ここから先には同伴してくれないようだ。
部屋に入ると、景色は一変した。夜を幻視する世界から一転し、光がさした。
──雲の上だった。
そこに、ひとりの男がいた──全てのパーツが、あるべき場所に存在する。この世の最上級のパーツを、丁寧に敷き詰めた、それでいて破綻しない顔。……つまるところ、世界単位で見て最上位に位置するほどに、その男は完成していた。そんな男が、ちらり。こちらを見る。
「──やぁ、やぁ」
そう言った。声も、話し方も、発声も、イントネーションも不快感のないものだ。いや、むしろ心地よくさえある。ずっと聞いていたいと思うような。いわば、最上位の引き手が最上位の楽器を使って奏でた音のように、声すら完成していた。だがしかし安物イヤホンでゴリゴリに潰れた音源を聴くことを好む俺には『すげー』と思うがその程度。こうかはなかった。
「久しぶりだね」
……そう。俺はこいつとあったことがあった。子供の頃だ。詳しくいつだったかは忘れたが、少なくとも、同じ場所で話したことは憶えている。その内容というものは……思い出したくない。だがこいつを見ると否応無しに記憶から引きずり出されるというものだ。
「じゃあ、約束どおりに」
「おい。ガキの頃の口約束だろうが。ノーカンだノーカン」
「けれど君は確かに頷いた。違うかい?」
「ばーか。あんなのカウントされねぇよド変態。死ね」
「困ったな……。既に子供の数まで計画していたんだが」
……そう。
こいつは、俺に求婚してきたのだった。
当時の俺は、あんまり疑いもなくオーケーしたんだったか。子供の純粋さを利用するなんて、なんて卑劣な輩だ。生かしてはおけない。だがゾラがいない。だから術式が使えなかった。
……それに、メルが意外と喜んでいるから困る。
「君が嫌だというのなら仕方ない。僕は愛人でいいよ」
「いやそういうことじゃなくてだな。てか普通逆だろ」
立場が違うだろ。というかその顔でしれっとそういうことをいうからなんかギャップがすごい。困る。
「……そもそもお前は誰だ」
俺の至極当然な問いに、
「僕は神だよ」
と、男は言った。
しれっと言いやがった。魔法少女として活動してからそこそこ経っているから、そう言われてもあんまり驚きはしないが……しかし神か。一応俺の親愛なるお父様も魔神という二つ名を持っていたはずだ。……それと同じような称号じゃないのか?
と、思うがこいつは微笑んでいるばかりで何も言わない。いや、別に帰ってくることを期待していたわけじゃないが。しかし……神のくせに読心も使えないのか? ひょっとすると大したやつではないのかもしれない。
「そのとおり、僕には君の心は読めない。その子が隠しているからね」
「ひぇっ……」
すこし背筋が震えた。読めてるじゃん。
「読めてない。君は表情が豊かだからね。そこからある程度はわかるさ」
「……。キモい」
「君は率直にものを言うね。いや、いいよ。それが君の魅力でもある」
……。
どうしよう。というか、これ帰れないかな。どうしたらいいんだろう。
「……お前は相変わらず変なやつだよなぁ」
と、そこで後ろから声が聞こえた。ものすごく聞き覚えのある声だ。振り向くと、父さんが立っていた。
「よっ」
よっじゃねえよ。
しかし、どうにもふたりは面識があるらしい。男は父さんを見て、わずかに気を緩めた……ように見える。親しいのだろうか?
「やぁ、久しぶりだね。
「会う気はなかったけどな。俺は俺の世界に満足してんだよ」
秋雨は父さんの名前である。見た目はどう見ても外国人なのだが、育ちは日本だから日本名だ。
ちなみに母さんも日本人じゃない。あれ? 俺って完全に外国の民では……?
なんでこの年まで考えてもなかったのか、残念な俺の頭はともあれ。
「お前がこいつに執着する理由はわかる。唯一自分にできないことをできるやつがいりゃあ、ほしくもなるわな。お前はそれ以外のすべてを持ってる。気持ちは理解できるぜ」
「ああ。そのとおりだ」
「だが認めん。娘は渡しませんわよ」
娘じゃねーよ。ダメだこの親父。かばうように前に出た父さんの背中を指で突く。ダメージはないのだろう、全く反応をしない。……魔神とか言う二つ名のくせにわりと体がしっかりしているのがちょっとムカつく。
見た目が無駄に若いのもムカつく。小学校のときの参観日は両親じゃなくて兄と姉とかいうふうに見られてたのもちょっとムカつく。高校のときは彼氏とか言われた。俺は男だよバカヤロー。今は違うけど。
「秋雨。君の気持ちもわかる。けどね、これはどうしても必要なことなんだよ」
「ほう。必要だって? ああわかった言ってみろ。言い分によっては全殺しで勘弁してやる」
おはぎ……?
「彼女の中には僕の最初の子供がいるだろう? だから責任を取らないといけないと思った」
「よしわかった。お前は死ね」
ちょっとお腹を押さえた。まぁ違うか。メルのことだ。間違ったことは言ってないが、その言い方がものの見事に間違っている。
……別に俺は女じゃないから。
「彼女はこの世界で唯一僕の子たちの親になれる人なんだ。君には悪いが認めてもらう」
「……俺の娘を見ろ」
父さんは俺の前から体を退けた。
「犯罪なんだ」
……。
俺の今の見た目は幼女と言って問題ないものだ。たしかに、それに求婚したとなると中々な問題である。
「それがどうした。僕を法ごときで縛れると思うな」
「良識ってもんがあるだろうがぁ──! お前は馬鹿だなほんとに! せっかく俺が落ち着いて諭してやろうとしたのによぉ──!」
そのまえに殺しにかかってませんでした……?
いよいよキレた父さんは術式を介さず魔力で魔法を発動した。常人がやろうとすると頭がパンクして死ぬそれをしれっと行使し、空に太陽を複製した。それを超速で落とす。
それを男は指を振っただけで消し飛ばした。なにをしたのかわからない。おそらくは魔法だろう。
「満たせ。揺らせ。そのまま廻せ」
詠唱が発動した。世界に浮かぶ星々全てが、標的一点をめがけて降った。
「彼方。此方。狭間の天秤。揺らがず、流れず」
対して詠唱。時間が止まった。世界の時間が止まり、流星が停止する。あとは男が腕を振るだけで、全てがあっさりと痕跡を残さずに消えた。
「……まぁ、術式勝負じゃ決着が付かねぇわな」
「それはそうだろう。魔神と術神。私たちはどちらが上というわけでもない」
「来いよノスタリア。術なんて捨ててかかってこい」
「なるほど、名案だ。なら3、2、1を合図にしよう」
「解った。じゃあいくぞ」
すう、と息を吸う音が聞こえた。
「「3!」」
そしてお互いに言ったことを守らなかった。
術式が展開し、ぶつかりあう。魔力の奔流が激突し、世界を蒼に染めた。足場はとうに崩壊している。魔力の乱気流によって、しかし立ったままの体勢をキープできる。
そして父は炎を。
男は氷を。
放出し、──なにもかもが消し飛んだ。
「……夢か」
汗がすごい。体がじっとりとして気持ち悪い。軽くシャワーでも浴びるかなぁ、と思いつつ、ともかく……だ。びしょ濡れの寝間着を脱いだ。
部屋にタオルを放置するたちではない。脱衣所にすべて置いてある。取りにいくために、着替えを持って、脱衣所に向かった。
「おや、起きたのか」
「あ──! 見るんじゃねぇロリコン野郎!」
……さっき夢で見たふたりがいた。
無視して着替えることにした。
タオルで体を拭いて、下着までぱっと替えて、顔を洗ってリビングに戻ってきた。床に倒れている神と、それを心配するように顔を叩くメルに、拳を掲げて勝ち誇る父さん。ソファーの上ではゾラがぐったりと倒れている。折れてないから大丈夫だろう。
男をまたいで、俺は冷蔵庫からお茶を取り出した。コップを出して、注いで、飲む。寝汗のせいで喉が乾いていた。冷蔵庫にお茶を戻す。
ソファーに腰掛ける。メルがぴょこんと膝に乗ってきた。
「……で、なんでいるの?」
「さっきのだよ。ちゃんと話さないとな」
と言って、父さんは男を蹴った。むくりと起き上がった男が、寄ってきて俺の隣に座った。
「そういうことだ。まずは自己紹介からだろう。僕はノスタリア。この世界を作った普通の神さ」
「ああうん。半年前から会う人のインフレが進んでる気がするんだけど俺呪われてるのかな」
「ふふ、僕と結婚したいって? 素直になったじゃないか」
「言ってねぇよ。てか近づくな。触ってくんなっ!」
ゾラを握って威嚇する。この間使った反発術式の用意はしている。魔力をこめると発動する状態だ。近づいてきたので発動した。ソファーの端まで吹き飛ばされたノスタリアが少し笑う。
「冗談だ。僕も流石に友人の子を無理やり手篭めにする気はない。殺される」
それが本音だろ。
父さんが言った。
「サキは神の成り立ちについてどれだけ理解してる?」
「いや全く。神とか全く知らない」
これは真面目に。術式に関してはそこらの術士よりも理解があるつもりだが、裏の業界自体には自分は疎い。魔王とはメアド交換したから、教会についてはちょっとだけ知っているが……魔法使いも、血族も、変身ヒーローもよく知らなかったりする。呪術師に関してはあったことすらない。
この間の一件で出会ったふたりに関しては呪術師勢力のできる前の勢力らしいし。
……退魔師は、あの一件以降順調に廃れていったらしい。それに成り代わるようにして呪術師が誕生したのだと聞いた。……それだけだ。
「そもそも神ってのがいることすら知らなかった」
「こっちの業界の神は俺らふたりだけだからな。そりゃあそうだ」
じゃあ魔神って、単なる二つ名じゃないのか。そのとおりの意味なのだろう。
「ノスタリアについては、この世界を作った神だからな。管理は杜撰だが、神として生まれるべく生まれた」
「それとは違って、秋雨は勝手に神になった世界のバグだよ」
「つまり俺は天才ってこったな! ほら、褒めろ!」
「調子に乗るな。焼き肉のとき肉ばっか食うな。俺のほうにくるぶんが少なくなるんだよ」
「だってお前少食じゃねぇか。てか俺が稼いだ金だぞ。俺が食って当然だろ?」
「器が小さいよね。神様なのに。褒める気なくしたなー。なにかおいしいものおごってもらわないとだめだわーこれー」
「……何が食いたい?」
「ケーキ買って。チーズケーキ」
「仕方ない……天才たる俺が買ってきてやろう」
「やったー! 父さん大好きだよ」
そういうと、父さんがノスタリアに勝ち誇った。
醜い争いである。
「で、神の成り立ちについてだったけど……どういうこと?」
「ああ、神が生まれた理由だよ。世界を豊かにするために生み出された。今世界にある全てのものの基礎はこいつが生み出したものだ」
……てことは、父さんが神になったのは、魔法の分野に特化して世界を豊かにすると判定されたためか? ……誰に?
「人が求めたのさ」
俺の疑問には、ノスタリアが答えた。
「あ、なるほど。ノスタリアのときとはまた別なんだ。ノスタリアは、世界の発展の基礎として生み出されたから最初から神だったけど……父さんは、多数決で神になったわけってこと?」
「正解」
つまるところ、たくさんの人が発展に不可欠だと判断したから神になったわけだ。でもその理屈だったら、神はもっといるはずだ。歴史上の著名人なら、なにかしらで成し遂げれると思うのだが……
「秋雨の場合は特別だ。血族の長としてあった上に、魔法の才能もあった。それに世界を4度ほど救っている。その功績を認められてさ」
「……なにやってんの」
「巻き込まれただけだっての。俺だって望んで世界の命運がかかった戦いなんかしたくねぇよ」
俺が事件に巻き込まれまくるの、ひょっとすると遺伝かもしれない。小さくため息をついた。
──と、インターホンが鳴った。誰だろう? 玄関へと向かう──前に、そいつらは上がりこんできた。
「──揃ってますね」
フレンだった。親友を連れている。よ、と父さんが手を上げた。
「遅かったじゃねぇか」
「すみません。俺もちょっと準備がありまして。……では行きましょう」
「どこに!?」
俺の問いに、フレンは「言ってないんですか?」と言った。父さんは頷いた。
この野郎。
勇者は言った。
「──これから、呪術師の学校に殴り込みます」
メンバーがだいたい畜生。
ノスタリア
主人公の「術式に意味を与える性質」がほしいから小学校低学年時のサキちゃんに求婚した。愛がないわけではない。
村崎秋雨
主人公の父親。はっきりいうと前作主人公のようなキャラクター。戦闘力自体は勇者と魔王より下。洞察力が鋭い上、魔法に対する理解が優れている。血族の長でもあり、多方面に顔が効く。
実は主人公のお爺ちゃんは生きている。日本育ちということは……?
サキちゃんはあったことがない。
バルガ・ゾラ
最近影が薄い。
実は力をもう取り戻している。ステッキの封印を解除できるほどには。
ちなみにサキちゃんはゾラで変身しないとメルの術式とか魔力弾くらいしか使えません。サキちゃんが最近使わない「めてお」とかは魔力弾の応用なので変身しないでも使えます。
変身しなくてもそこそこ戦えるけど防護がないからきけんがあぶない