──ため息。
見事勇者たちに連行された俺がやってきたのは、学校だった。一見すると普通の学校に見える。だが目を凝らしてみると、結界が張られていることに気づいた。つまりあれだ。中身はおそらく、外見と違うのだろう。
この間の、不幸の件はわりと自業自得なところがあったのであんまり不幸だとは言わない。だが今回のこれは他人から持ち込まれた不幸だ。この野郎勇者。
……ともあれ。
「本当に学校でなんか起こったりするのか? ちょっと信じられないっていうか……」
「いえ、あります」
フレンは断言した。親友が、学校のほうを見て、
「気配が強い。間違いなくここだろうな──」
「──
そう、親友が過去に戦ったという、最初の血族。それが呪術学校にいるという情報が入ったらしいのだ。かつて、それを倒した親友がいうんなら間違いないのだろう。
だが解せない。何故俺を連れてきたのか、だ。メルを狙っているんなら、俺をここに連れてこないほうがよかったんじゃないだろうか。
「──いえ。そのために術神を連れてきたんですから。むしろここのほうが安全ってくらいですよ」
「たしかにそれはそうだが……」
──と、いうやり取りを経て、突撃。
現在、森でひとりぼっちである。
「……言ってること、違うじゃん」
それは突然だった。結界の中へと突入した瞬間、俺にだけ転移の術が働いて、気づけば森に立っていた。
これは完全に狙われていたのだろう。読まれていた。完全に。
警戒は解かない。ゾラはいるのだ。だからどうにか現状の打破をしなくてはならない。だが──
「……魔力の消費が多い」
おそらく、この空間は魔力を散らしてしまう。術式の展開にも魔力を少量消費するから、魔法を使おうにも大変だ。防護をはっているだけでもガンガン魔力が削られる。
ああ、読まれている。魔法少女の弱点は術を使えなくすればなにもできないところだ。
そこそこやり手なのだろうか……と、考えたときに、ふと気配を察知した。メルは外に出ているように見えてもそれは魔力で作った分身だ。本体は必ず俺の中にいる。だから、何かを暴けばそれを俺に伝えてくれる。
振り向けば、草むらからぴょこんと飛び出した……人の髪の毛のようなもの。
「……」
罠、だろうか。流石にここまでしっかり術士殺しを考えてきた輩だ。間抜けだとは思わない。……というか考えたくない。
……。
「おい」
「なぁ──! 何故バレたのだ──!?」
「なんででしょうね師匠。でも見つかったんなら仕方ないでしょう。腹くくりましょう」
「う、うむ……そうであるな」
草むらからばっ! と勢いよく飛び出したのは、……子供と、優男。
「くらえぃ! ほつれ砲!」
「いや俺ですか……まぁいいっすけど」
向かってきて軽く小突いてきた男が、少年に言った。
「ダメです、効きません」
「がっ!! でむ!!」
少年が、手に持っていたものを地面に叩きつけた。……巻物?
そしてはっとしたように男を見て、
「待てほつれ。ノリでやっちゃったけどお前今全力出してなかったじゃん」
「いえいえ師匠。俺はわりと真面目にやりましたって。ほら、手もこんなに赤くなってる。まっかっか」
「……たしかに。うむ、疑って悪かった」
「いえいえ、元はと言えばやる気のなかった俺のせいですから」
「そうかそうか。……ん? やる気なかったって」
「気のせいですよ」
「気のせいか?」
「気のせいです」
「そうか……気のせいか……」
マジかよお前。
マーカーペンで手を赤く塗った男に、しれっと騙される少年。この関係性がよくわからなかった。
……敵対、という雰囲気でもない。だがしかし、油断はできない。
「なぁ、お前」
俺は男に話しかけた。たしかほつれ、だったか。
「はい、何です?」
「強いだろ」
「はは、なんのことやら」
ほがらかに笑って流したが……だがわかる。
こいつは俺の天敵だ。
おそらく、戦うと負ける──そういう感覚がある。
父親たちとは違うのだ。もっと恐ろしいなにか──存在として上位にあるような。
ノスタリアは俺のことを求めている。好意的だ。だから、わからないが──これまで出会ったなかで一番やばい相手だ。……俺にとっては。
「まぁ、安心してください。今の俺はあなた狙いじゃありませんから」
「今の、ねぇ……」
「子守りもありますし」
師匠じゃなかったの?
……まぁ、信用してもいいだろう。今のところ敵対する気が鳴いのはわかる。
「……ふふん。今日のところは勘弁しておいてやろう」
と、少年が言った。そして去っていこうとする姿を走って押さえつける。
「やめろー!離せ-!」と暴れる少年をしっかりと、足を絡めて逃走を阻害した。少しすると疲れたのか、あるいは無駄だと思ったのかその動きを止める。そんな様子を男が笑って見ていた。
「──ほ、ほつれー! こいつを退けるのだ!」
「はっはっは」
「笑ってないで! は! や! く! なのだぁー!」
「どうでもいいですが師匠。なんでそんな口調なんですか? キャラ立てが露骨で反応に困ります」
「今それ関係あった!? というか口調は仕方ないだろ! 呪いなのだ!」
「ええよく存じておりますとも。師匠が呪いで子供の体にされてしまったのも、それを解くために術の作成者であるバルガ・ゾラを狙ってこんな空間を作ったのもよーく存じております」
『えっ、僕のせい?』
「厄ネタポイント加点な」
10溜まったら曲げる。
「しかし短絡的でしたね、師匠」と、男がその雰囲気を一変させて、「解かれました」
直後、男は
血は流れない。だが威力は絶大だ。ダメージはしっかりと通ったのだろう。膝をつき、周囲に視線を這わせる男が、一点──俺の後ろを見つめる。
「──さて。どうしてくれようか」
「……俺はただのモブ術士なんですけどねぇ」
振り返る。
親友が、そこにいた。
鉛を舐めたような、そんな気分だ。
眼前に倒れている少女を見下ろしながら、勇者──フレンは鼻を鳴らした。
「……ば、馬鹿な……今の私は殆ど完全体だというのに……」
「……君の術式は恐ろしいね」
「こんなのは児戯だ。俺の未来を軽く捻じ曲げているにすぎん」
喀血し、どうやら立ち上がることすら困難らしい。つまらない。フレンが求めているのは強敵との──負けを前提とした戦いだ。だがそんなものは魔王程度だ。
触れれば死ぬというのなら、触れなければいい。そういうものだ。
倒れた
漸く抜いた──ここまで、彼は無手で勝負していたのだ。剣を抜くまでもなく、完勝。
──それが勇者・フレン。陣営に所属するだけで全ての均衡を破壊してしまう、最強の一角。
「──殺しはしない。だが貴様が二度と悪巧みできぬよう、全ての力を削ぐ」
「……おのれ、勇者め……!」
フレンは刃を突き立てた。少女の矮躯を地面に縫い止め、そして──その手足が、200に分断される。
それは力だ。彼女の力を200に分割した。特にその耐久力を削った。銃弾が体に突き刺さるだけでも死に届く可能性がある程に。
そして、それは風に流され消えていく。
「せいぜい細々と生きるといい。俺から隠れていたように」
「……君、容赦ないよね。だが分かる。──悪巧み以外の楽しみを知ると良い」
──そして、最初の血族は完全に沈静化した。
「……ふぅ」
フレンは小さく息をつく。
疑問だった。
呪術学校の生徒を、ここまで見ていない。
ひょっとしてこいつは撒き餌だったのか──そう考えたタイミングで、何かが降ってきた。
「……?」
上を見る。空だ。だがそれの中に、何かが混じっている。
「──嘘だろ?」
だが現実だ。ノスタリアも気づいたのか、珍しく焦り、術を発動する。立ち上げたのは回復の術式だ。それを見て、フレンは走る。空を蹴り、落ちてきたものを抱える。
それは少女だ。それも、よく知っている少女だ。だが──その姿は。明らかに異常だった。
落ちてきた少女──村崎引裂は。
その下半身をどこかに忘れ、空から落下してきたのだった。
「戻れ」
回復術式が発動する。だが、その身は戻らない。まるでその状態が正常であるかのような。まるで、その状態で固定されているかのような。血は出ない。だが意識はない。
フレンは焦った。彼にしては珍しく焦った。
「引裂さん! ……ちっ、起きない……!」
「……いや。死には……けど……」
どういうことだ? 唐突すぎて、何が起きているのかわからない。
「……ゆうしゃ」
目を覚ました! 喜びも一瞬。彼女の表情が歪む。おそらく、今ですらぎりぎりの状態なのだろう。そんな状態でも言葉を残そうと、半分を喪った体で考えているのだ。
「……ぞらが……」
「バルガ・ゾラがどうした」
「てきに」
「……何?」
その言葉は、なによりも疑問だった。バルガ・ゾラは村崎引裂に執着していた。自分の今の立場に、そこそこ満足しているとも語っていたのだ。あの龍王は研究者気質を持っている。出来の良い教え子たる彼女を手放すとは思えない。
「うばわれた」
「……」
「まほうしょうじょに」
……ステッキを二本、ということだろうか。だが……そんなことはできないはずだ。
いや、だからか。フレンは納得する。彼女は、かつてフレンとの戦いでバルガ・ゾラと一心同体になったといった。それは冗談でもなんでもなく──事実。
ステッキを引き剥がされた彼女は、自らの半身を喪ったのだろう。
けれど、とその仮説を否定する。そうなればステッキのほうにも影響があるはずだ。
……全て、宿主に寄生していた? ゾラ自身はなんのコストも負っていない?
可能性は浮かぶ──可能性は。だがそれは。
バルガ・ゾラが元から裏切るつもりであった可能性を、どんどんと浮き彫りにしていた。
──はるか上空。
そこに、ひとりの少女がいた。
「……つまんないの」
「君が動くのは何年ぶりだろうね」
彼女の持っていたステッキが変化し、人の姿を作り出す。
「どうしたんだい? なんで今になって? というか君──帰ってきてたんだね」
「質問が多い。区切って」
「じゃあひとつにしよう。君はどうやって戻ってきた?」
「決まってるの」
彼女は笑った。とても美しい笑みだった。
「──地球が私を呼んでたから」
彼女は。
かつて、地球から追い出された──魔女は。
地球を眼下に、へらりと笑った。
実はラストの子、以前こっそり話題にあがってます。