「……くそ、クソ、クソッッ!!」
男は自らの不運を嘆いた。
完全犯罪だ。既に被害者は宇宙の塵であり、全ては明るみに出ることはない。そのはずだった。全てが塵に消えたはず。
……そのはずだったのだ。
苛立ちに任せて机を叩く。手が傷もうが、そんなことはどうでもよかった。
男は──ガーベルド・ドゥーラは、魔法使いである。それも、はぐれの。
陣営に所属せず、自分の研究にのみ没頭した。そんな男が目をつけたのは──かつて、未だ純粋だった魔法少女だ。
まずはその両親を買収した。ろくな親ではなかった。金で買えるような命だった。あまりの順当さに思わず笑ってしまうほどあっさりと、魔法少女の命は落札された。
そうすればあとはもう楽だった。純粋な少女を汚すのに、なにも特別なことは要らない。かんたんに魔法少女は壊された。男の目的も果たされた。古い体を捨てて、そうして新しい体に成り代わったのだ。
──その少女が、まさか暴走したときは肝を冷やしたが。世界をまるごと漂白するという目的を掲げた彼女は、しかし多数派の味方である勇者──そして、魔神によって宇宙に追放された。
宇宙で、人間が生きていられるはずもない。
できたとて、地球には戻ってこれない。
故に完全犯罪。確実な隠蔽は完了し、全てが終わったはずだった。
そのはず、だった。
「いないよ」
「何故だ……何故だ!? 私はいつ来るかわからない追手に怯え続けなくてはいけないのか!? どうしてあの小娘は……!!」
奥歯が砕ける、というほどに歯ぎしりし、男は椅子を蹴倒した。物に当たらねばやっていられなかった。
「いないよ」
「どうしてだ……どうしてだ……!! 何を間違えたッ!! 私は何を間違えたッッ?!」
魔法少女を利用するなど、最初から考えなければよかったのだろうか。しかし彼女が一番安全に利用できそうな実力者だった。だから彼女を利用するという選択肢は間違ってなかったはずだ! まさか、足りなかったとでもいうのだろうか。彼女を利用するならば、もっと徹底して傀儡にする勢いで利用するべきだったのだろうか。
既に汚されていない場所がない、というほどに徹底的に蹂躙されて──まだ足りなかったとでも言うのか!
「いないよ」
「──っ……」
電話がけたたましく鳴いた。
ガーベルドはどうするか、考える。この場所に電話をかけてくるのは彼の同士くらいだろう。いや、しかしこと今になってはその考えは甘いかもしれない。既に彼の犯罪は露見していて──出れば、死刑宣告されるのかもしれない。
果たして彼の考えは、当たっていた。悪い方に。
留守録が再生される。
『いるよ』
そして、男は気づいた。さっきまで
『いない』のに、『いる』。背筋が嫌に震える。口内は一気に水分を無くし、舌が嫌に貼り付いた。
「──な、なんだ!?」
──いる。その確信がある。だがなにも見えない。目が嫌に明滅する。視界が眩む。恐ろしさか? それはなにか?
わからない。既に思考能力すらなくなった。
再び、着信。ガーベルドはそれに飛びついた。何かにすがらないと、恐ろしさで押しつぶされそうだった。
「いるよ」
と、声。しかし、どこかおかしかった。受話器を当てた右の耳でなく、左の耳から聞こえたような──
恐れもなく、振り向いた。
そして男の意識は『漂白』された。
鉄を木刀で殴っているような感覚だ。中々どうして攻撃を通すには骨が折れる──物理的にも。
都会の街の風景は、既に変わってしまっている。建物もなにもが灰燼に帰した。それが人間範疇生物の激突での衝撃によるものだとだれが思うのだろう。
あちこちに散らばった魔力の欠片が充満しており、魔力の濃度は尋常でなく高い。これは耐性のないものが酔い、意識を喪ってしまうほどの濃さを誇っている。勇者と魔女ですら例外ではなく、呼吸は浅くなっていく一方だ。
呼吸が浅いということはお互いに、だんだんと頭も鈍ってくる、ということ。
(──早く──)
(さっさと──)
「「死ね!!」」
故に決着を急ぎ──世界がお互いを勝者に立てようとし、攻撃が互いに不規則に曲がる。それは照準を大きく外れ、対象に空気の揺らぎすら感じさせない。
いわば泥仕合。ひとつひとつが相手を殺しうる大技合戦でありつつ、やっていることは派手に見せるだけの見世物バトル。
「埒が明かないの」
「そうか、なら貴様が消えろ」
「耳が腐る……それしか言えないの? Botなの?」
「はっ」勇者は笑った。「それは貴様だろう、復讐に縋る精神弱者」嘲笑だ。「何かを拠り所にするしかない貴様に、俺を語れるものか」
「私の想いに名前を付けるな」
充満していた魔力が、一点に。
濃密な魔力を纏い、それに浮かされ気色ばんだ顔を外界に晒しながら、術式が成る。
そして、放出された黒の砲撃が大地を大きく穿った。
──地面が消失した。
そして、地球が割れた。
放たれた砲撃は正反対まで突き抜け、その点から崩壊が始まる。拡散するように地球が割れた。
「──あっははははははは!!」
そして、全く同じ威力の砲撃が合計1024発放たれる。
大地に刺さり、勇者に刺さり、何もかもを細断していく。ブロック状になった勇者のひとかけらに触れ、魔女はにこやかに笑った。
「勇者様──ああ、勇者様。だいじょうぶ、また一緒に……」
魔女は無邪気に笑う。世界を滅ぼしたことなど、些事であるかと言うように。
「作り直すから」
「否定する」
──放たれた砲弾の寸前で、勇者は結界から離脱した。そして頃合いを見計らい再構成。
滅んだ世界はなかったことにされ、時間の狭間に押しつぶされる。
そして、勇者は無防備な彼女の頸に自らがもっとも信頼する刃を振るい──
「あ」
一瞬の抵抗。しかしそれを押しのけ、
魔女の頭を体から断ち切った。
ごとり、と地面に頭が落ちる。勇者はそれを足で踏んだ。
血は流れない。どころか、頭だけになっても魔女は意識を残している。──死んでいない。
「……汚いの」
「靴が汚れるようなやわな戦い方をするか。土で靴を汚すような輩はド三流だ」
「気分の問題」魔女は唇を尖らせた。「それで、ここからどうするの?」
「──さて、どうしようかな。俺はこれからどうしてもいい。お前を殺してもいいし、生かしてもいい。どっちがいい?」
「希望なんか聞かないくせに、ひどい人」少女はくすりと笑った。「けど──貴方は私を侮ったの」
「──あー」
いいつつ、剣を振り下ろした。尋常ではない剣速は言葉よりも早く到達する。頭を4つに断割され、魔女はそれでもなおも声を放った。
「いるよ」
たった三文字。それだけで起こせる奇跡──それが魔法。
魔法にも種類があり、詠唱が術式の役割を成すタイプの魔法や術式で発動するタイプの魔法がある。どちらも利点と欠点を有しているがゆえに、魔法使いは両方を扱えてこそとされている。
詠唱タイプはアクションが早く、手を加えることが容易だ。だが音を発する以上隠密には向かず、詠唱を禁じられると発動できない。また、その効果が想像しやすく、最良の効果を発揮しにくいという欠点を持つ。
だが固有術式を持つものの詠唱術式は違う。本人の性質が効果を発する以上、本人の意志が性質を纏って自由自在に変質し、変化する。
故に。
たった三文字──三文字でも、本人の性質と意志にマッチすれば、とてつもない力を発揮することができる。
存在を主張した魔女は、そこに『いる』。誰がなんと言おうと、いくら否定しようと本人がそう主張する以上は『いる』のだ。
故に魔女はそこにいる。万全の状態で、そこに立っている。虎視眈々と復讐の時を待っている。
「なるほど」勇者は言った。「
「だっているんだから、当然でしょ?」
くすりと笑った。勇者は振り向く。
そこに、万全の魔女が立っていた。先程頭だけになっていたのがまるで夢だったかのように、万全の状態で立っていた。
「それじゃ、第二回戦といきましょ?」
「……面倒な手合いだ」
剣を振った。勇者の剣が風を切った。魔女が今まで通りにステッキで対応する。
──変わらない光景のハズだった。
だが、剣はステッキと打ち合わなかった。
滑るようにくぐり抜け、そして斬れないはずだった魔女の肩を袈裟に引き裂いたのだった。
「──!?」
初めて魔女が驚いたように、その表情を歪める。切り裂いた肩を押さえて後退した。吹き出す血がその手の隙間から零れ落ちていく。
血が地を濡らす。信じられないと言った風貌の少女に、勇者は笑っていった。
「わからないか」
「なにが」
「調子に乗ったな、お前」
魔女の顔が歪む。
「どういうこと」
「簡単だろう。お前が俺の術式を盗んだように、俺もお前の術式を解析して──無効化した」
「そんなこと、できるわけ……」
そこで、気づいた。
首を切られたとき──警戒はしていなかったとはいえ、術式は解いていなかったのではないか?
いや、違う。解いていた。そのはずだ。しかし──どうにも記憶が曖昧だ。……嫌? 待て。何かがおかしい。魔女は頭を振った。
「……私から術への信頼を奪うつもり?」
「さて、どうかな。けど──
だから、と続け、
「お前の勝ちは──もうない」
勇者は踏み込んだ。
魔女の細い四肢をちぎり取り、そしてその首に剣を突きつける。
「……いたい」
「そのくらい耐えろ」
「でも、お腹の中をかき回されるよりはましだね」
「…………」
──ふと、違和感があった。
「1つ教えろ」
「……ん」
「お前はなんで、そうなった」
「んー」
魔女は笑った。魅惑の笑みだ。心を奪われてしまうほどの笑みだ。
「ないしょ」
「そうか」
そして、勇者は、剣を振り下ろし、
少女の体を引き裂いた。
間に現れた村崎引裂の体を──引き裂いた。
「──な」
「い」口から血が溢れた。「ってぇぇぇ……」
「なぜ──!?」
その場の誰もが驚いた。勇者だけでなく、魔女さえも。
第三者が乱入するなど思わなかったし──そのうえ、魔女を助けるなど。だれが考えるのだろう。
魔女の血と、魔法少女の血が混ざった。何が起きているのかわからない。最強の脳みそが混乱している。導き出せない。どこに正答があるのか。あるいはないのか──その魔法少女は、どうして血を流しているのか。
勇者のせいだ。
「──引裂さん、どうして……!」
フレンは、つい問いかけた。理解ができなかった。どうしてこうなったのか。
少女の体は、しっかりある。半分にちぎれてはいない。──なら。
まさか、とフレンは思う。
「裏切ったんですか」
「裏切るとか、そんなんじゃねーよ。もともと俺はどこにも着いてない」
「…………そうですか。わかりました」
フレンは言った。
「なら──あなたは、俺の敵だ」
「そうか」その宣言を受けたうえで、少女は言う。「けど残念だったな。もう死ぬ」
見ろ、と少女が自分の下半身を指差した。そこには、裂け目がある。
それは、一気に広がっていって──完全に断割された。
ちぎれた下半身の断面に魔女が吸い込まれた。そして、その場から消え去る。しまった。勇者は自分の迂闊に顔を歪める。
逃げられた。確実に殺せるタイミングで。
動揺していなかったといえば嘘になる。だがそれに気を取られ、敵を見逃すとは──勇者の名が廃る。
舌打ちひとつ。
「最後に聞かせてください」
「……なに?」
「どうして裏切ったんですか?」
「……かんたんだよ?」
──そして、魔法少女はにへらと笑う。
「誰も死なないでいい選択肢があるなら──それを選びたいだけ」
「……彼女は人を殺す」
「殺してないだろ。ただちょっと、人の悪い部分を消しただけだ」
「……あなたはそれを生きていると言うんですか」
「……死んではない。……そもそも殺人者がどうこうっていうなら……お前も、親友も、父さんもみんなそうだ」
「ですが」
「いいたいことはわかるけど──ああ、駄目だ。時間だわ」
そうして、少女は笑った。
「──考えようぜ。殺す以外の選択をさ」
「…………」
それが、最期の言葉だった。
その言葉を最期に──村崎引裂は、死んだ。
勇者と魔女の決着は時系列的には魔女がほつれくんに乗っかってるときあたりです。