光の柱が落ちた。それは周囲の大地を根こそぎえぐり取り、あまりの光量に離れていたとしても直視はできない。それでいて、近くにいたとしても熱をまったくかんじないのだから不可思議だ。
光が晴れたとき、そこにはひとつの塔ができていた。
「……世界を貫いたか」
「なんです、それ」
「要はあれでまとめようってことだ。たぶん、他の場所にも同じ用に刺さっているだろう。そしてその座標はまとめられている」
「つまり……あれを使ったら簡単に外国に行けるってことですか」
「おそらくは、そうだろう」
ほつれは納得する。一介のモブ呪術師であれど、術に触れているなら分かる原理だ。拡大解釈こそが術式の真価であり、進化。わけのわからない理論であれ、それが現実になってしまう以上この程度の理解は容易である。
「つまりは転移術式の大規模バージョンって考えでいいですか?」
「設置型のな。あれだけデカイ理由は……周囲から魔力を吸い取るためか」
「……つまり、あれは既存の原理ですか? 世界の発展がどうこう言ってましたけど、やってることは秘匿されてたもんを公に出しただけですか」
「……いや……」
そこで、長は言い淀んだ。難しい顔がある。それはきっと、ほつれのようなモブキャラにはわからないものなのだろう。
まだ何かがある? そう考えて、塔を見た。
『勘のいい人がいるみたい』
そして、目があった。
「……!」
確実に目があった。塔の上には少女が立っている。一瞬だけ、タブレットに目を移す。そこにはわかりづらいが、塔の鈍色がちらりと映っている。
視線を戻す。間違いない。ほつれは視力に自信があるわけではないが、これでも多少の死線はくぐり抜けている。だからこそ理解できる。あれは間違いなく、そこにいる。見間違いではない。
「長」
「気づいてらぁ。嬢ちゃん、ここからあの塔までどのくらい掛かる?」
「えっと……目算だけど」神薙灘華は言う。「だいたい30分くらい」
魔法少女は基本的に空戦が得意だ。距離感覚は他人よりも優れている。
「行きますか?」
「ああ。──既に、動いてるぞ」
「さて──どうしようか」
「お主も来たか」
「ああ。早いな?」
「嘗めるな。今でこそ力はないが、私は魔王だぞ?」
「……まぁ、そうだな」
塔を眼前にして、勇者と魔王は合流した。
以前のように圧倒的な力はない。月まで飛ぶほどの力は、彼には残されていない。
「……入るしかないか」
「登らないのか?」
「今の力でそれができると思うほどうぬぼれてない」
つまり、塔の上にいるであろう村崎引裂のもとへと向かうには難しい、ということだ。
真っ当に向かうには──塔の中から駆け上っていくしかないが。
「それで駄目だったらどうする?」
「なら別れるか?」
「そうしようではないか」
と、決めたはいいものの、どうやらその必要はないらしい。
地面を突き破り──巨大な猫が飛び出した。
『──ぉん』
「始まりの術式……の、抜け殻か」
「囮になろうか?」
「……いや」
勇者は言った。
「倒すぞ」
「……正気か? 万全でも勝てない相手だぞ?」
「なんだ、臆したか?」
「……安い挑発だ」
「冗談だ。勝算はある」
「……乗ってやろう!」
──世界が水に沈んだ。
けれど勇者は剣を抜いて、放たれた水の弾丸を
「──やっぱりな」
「……ああ、なるほど。これならたしかに、勝算ありだ」
世界の法則が塗り替えられる。勇者が剣を投げる。それが不可思議な軌道で、始まりの術式に刺さり──洪水が世界から消滅した。
──【神代回帰】。消滅したはずの、勇者の術式が、発動していた。
「……結界を張ったのはヤツ自身だ。しかし──それがヤツの首を締める」
「結界内部の世界は次元をズラして存在する。拡大解釈の上ではここは──平行世界ということになろう」
「ここは『術式が存在する世界』だと──拡大解釈したわけだ」
故に、勇者はその力を行使できる。
故に、魔王はその力を行使できる。
「さてさて──久しぶりに、しがらみもなく本気で戦える」
「……意外と繊細なやつよの」
「煩い」
勇者は言った。それはきっと、押し隠してきた本音だった。
「勝手な定義で切り捨てるのは、──どうにもやりづらいんだ」
「お兄ちゃん、もっと飛ばして」
「あああああああああ他人事だと思いやがってえええええええ俺はお兄ちゃんじゃなあああああああああい」
「叫ぶ暇があるならペダルを回せ。遅いぞ」
嘘だろ爺さん。
平然と自転車に並走する長を見て、ほつれは戦慄しながら目に入る汗に眉を顰める。
自転車はパクってきた。ママチャリとはいえ、相当飛ばしているのだ。これに並走してくるほうがおかしい。
「……青春の気分だ……」
「あ──! おーいほつれ──!」
「嘘だろシッショー」
前方に、同じく塔に向かっていたと思われるほつれの師匠がいることを見て彼の目は死んだ。
すれ違い間際、長が素晴らしい手際で少年をかごに乗せた。途端に重くなった自転車は、ふらつきつつもスピードを維持しようとする。
「青春ってクソ──!」
「若人がそう言うものじゃないぞ。俺が乗ってないだけマシだろう」
「長が漕げばよくないですか?」
「いいけど置いてくぞ」
「それでいいんですけどね……」
呪怨ほつれはモブキャラだ。最終決戦に参加しないくらいでちょうどいいのだ。
中途半端に強いせいで「な、なんだ!? お前らどうした!?」とか言った次のコマで殺されるようなモブではないのだ。
「ああああああつらああああああああああ」
「だ、大丈夫!? お兄ちゃん盛大にキャラ崩壊してるよ!?」
「家に帰ってゲームしたい……」
「……む、止まれほつれ」
「自転車は急にはとまれないー!」
「ふん!」
強制停止した。吹き飛びそうになる体をなんとか抑えていると、空から竜が降りてくる。
「よし」
長が自転車を担ぎ上げた。
「え、あの長なにやってんですか」
「お兄ちゃん……ぎゅっ」
「嫌な予感が……」
「着地はうまくやれよ」
「察した──!」
そして、自転車と3人は宙を舞う。
人間の筋力ではありえない、だいたいビル3階ほどの高さまで吹き飛びつつ、推進力を持った自転車は塔をめがけて進んでいく。
「きゃ────!!」
「着地どうすんだこれぇぇぇぇえええええええええ」
「こ、これ絶対着地の衝撃でかごのフレームがめちゃくちゃ痛いのだ──!?」
灘華がほつれの背中にぶらさがった。
「ばーか! お前ばーか! この状態で動くなこける!」
「で、でも絶対このままいったら私のおしりが駄目になるの」
「知るかぁああああああああみんな駄目になるわぁぁぁあああああああああ!!」
「──おー、まい、ごっど」
「師匠──!?」
地面が迫る。
着弾した。
「あぐっふ」
「あああああああああいってぇえええええ」
衝撃で少年がかごから飛び出すのを、なんとか右手をのばしてキャッチする。重たい足をなんとかまわして、ガタガタになった自転車で息も絶え絶えになりながら彼らは再出発する。
「おらぁ──! やったったらぁ──!!」
「お兄ちゃんまでフェリアになったの……」
「あんなことがあったら、そりゃあハイにもなる」
「背中がぁ……背中が痛いのだぁ……腕が枯れたときより痛いのだぁ……」
「かごに乗ってなくてよかった……」
ひでぇ女だ。そう思いつつも、自転車を走らせていると、塔はもう目前だ。
「すっげぇぎちぎちいってるけど自転車大丈夫これ!?」
「やばい」
ばつんッ! という大きい音のあと、ペダルが空回りし始めた。
「チェーン外れたわ」
「やばい」
「ブレーキ効かないわ」
「やばい」
うーん、とほつれは一瞬考えて、
「──ダイナミック乗り捨てだ……!」
「やばい」
かなりの速度がある。しかしこのままいけば塔の真正面ルート。
かごから少年が飛び降りた。着地に失敗してこける様子は瞬く間に視界から消える。
塔の入り口に入るコース。サドルに両足を置き、蹴り飛ばすようにして後ろに飛び退く。塔の中に入った自転車はある一定まで進んでその場から消滅した。きっと外国のどこかの塔から飛び出してくるのだろう。着地ミスで地面に倒れ込みながら、ほつれはそんなどうでもいいことを思った。
「お兄ちゃん! 登るよ!」
「無茶言うなお兄ちゃん言うな」
「酷い目にあったのだ……」
しかし、と思う。後ろを見て、ほつれは考える。
「……どうして足止めの必要が?」
「ここから誰かがくると邪魔だったとかじゃないの?」
「……いや、それはない気が──」
──ちゅどぉ!! という音と共に、極大の爆発が起こった。先程ほつれたちが通ってきた道である。
地響きのような音。そして、甲高い──少女の、声のような音。
そして、彼ら──長と、ソアラ・グレインフォードが、先程のほつれたちに追いついた。
「はーっはっはっは! 私の技術を舐めるなー! 特技は無差別の毒殺であるぞー!!」
「お前の地獄みたいな特技はどうでもいい」
はっはっは、と笑う彼女はちらり、と空を見て。
「この上にさっちゃんがいるでいいのであるな?」
「ああ。今もいるぞ、しっかりこっちを見ている」
「わお」
次に塔に視線を移して、触れてから「ふむふむ」と言った。
「よしわかった」
そして一切の躊躇なく爆破した。
「わひゃ──!?」
そんな声が、上からした。へし折れた──どころか跡形もなく消し飛んだ塔の上から、少女が降ってくる。
「あっ──」声だ。少女の声。「たまおかしいんじゃないのかな……!? 人が上にいるってわかってなんで爆破するのかな!? 私、すっごいわかんないんだけど……!」
「やるじゃないか」
「いえーい、もっと褒めるのだ」
「無視したなぁ!? この私が! 至極まっとうな意見を言ったというのに!!」
「自分で主張するのやめとけよ、痛いぞ」
「あーすっごく怒りそう」
まったく、といいつつ、彼女は軽く手を持ち上げた。
直後に塔が再建された。
(あ、しれっとヤバい能力使ってるわ。モブキャラには荷が重いなぁ)
そう思いながら、ほつれは疲れた体に鞭打って、神を名乗る少女を見据える。
(──そう言えば。今……他の神様は何をしているのやら……)
手を貸してくれると嬉しいなぁ、と思いながらほつれは手を握り締める。
「ノスタリアの『の』ーはー、野原ひろしの『の』ー!!」
「なんでそうなるのか僕にはまったくわからないんだけど」
「ノスタリアの『す』ーはー、すげぇウザいの『す』ー!!」
「喧嘩なら買うけど」
「ノスタリアの『た』ーはー!! たくさんお食べの『た』ー!!」
「意味がわからないよ」
「ノスタリアの『り』ーはぁああああああああああ!! リカちゃん人形の『り』ー!!」
「は?」
「あ、開いた。リカちゃん人形で開いたぞ」
「うっそだー……」
空の向こう。言葉のとおりではなく、もっと概念的なそれ。
その向こうに封印されたふたりは、今も封印を解除しようと奮闘中である──!!